この読みはとても興味深い。男の「感情の語れなさ」を、信田〜三宅ラインの多分に生得的な困難と捉えるのではなく、フォーディズム世代のPTSDと捉えることもできる、と。戦場のことを語れなかった世代と同様に。
50、60の男が女がやっているカウセリングセンターに行くという様子が想像出来ない。しかも、電車移動必須な原宿でしょう?そもそもだいぶ偏ったサンプルなのでは。俺の持論では電車好きの男は歳を問わずガイジだよ。
信田さよ子:臨床心理士、フェミニスト。アダルトチルドレンブームの火付け役。(wikiより)。うんフェミニストの言うことだしね。
最近よく思うのは”発達障害”で人の行動をなんでも説明しようとするところがある.グラデーションがあるんだから.生活の”障害”になってないならわざわざ言及する必要はないように思う.
雑
他人と違うことをADHDやら発達障害で仕分けしてしまうことの浅はかさ
発達障害とか社会構造の変化で生まれたものでしかないからな、社会が高度化して肉体労働より頭脳労働を重視するようになった結果
(いうてDisorderはDisorderやろとなる。それで被害受けた人間としては。/ 正確な言葉を使って欲しいとの提言と理解するけど、個人的にはまだ正確さより敷衍性を優先してほしい事柄かなと思う。まだ世間に伝わってない)
ほらね、フェミニストって馬鹿でしょ?/男らしさの基本は「 怒り以外の感情を抑制すること」だから、感情垂れ流しで空気を読まないASD/ADHDの対極だよ。そもそも、寡黙で非言語コミュニケーション重視だからな?
一部の男女の発達障害とおぼしき行動が昭和らしさでマスキングされていたか=YES。昭和の男は発達障害だったか=NO
病名を付けることで幸せになった人もいるだろうが、同じだけ不幸になった人もいると考えている。
迷惑な人を見つけては「あいつは発達傷害」と指さすようなのは良くないが、実際に妻を病ませてる夫の言動に対して、発達障害を疑ってなんらかの対処が出来るのなら、疑いのヒントが与えられるのは悪か?とは思う。
で?女らしさの方は理想の人間像かな?
自分も2つ(以上)の事象間に類似性を見つけるのが日々の趣味だけど、天下に発表して世の中を動かしたい人はもう少し硬度を増してからにしたほうがよいと思う。※なんでもそれで説明できちゃう、が魅力的なのは判る
難しいな。祖父母の世代を見ると、男子に対してはその男らしさを育む教育をしてきたから。発達障害はまさに男らしさと対極な人もいる。世代的価値観と障害や疾病を同一視するのは危険だと思う。
昨日のNHK スペシャルみたいに、脳の構造的・機能的変化があり、薬がそこに効くエビデンスがあるならいいけど、なんちゃら障害の病名の殆どには、それがないよ。製薬会社じゃなくて、AIに研究してもらった方がいいかも
「要領の良さ」や「柔軟さ」だけを正解としそれ以外の生き方を認めないという別の同調圧力。 カウンターが次の権力になる構造では。 男らしさを批判するの、不正確な医学用語使わなくてもいくらでもできるはず。
発達障害的、というのは、便利な言葉だな、とおもった。が、非発達障害的なふるまいが、時代や文化の影響を受けていない普遍的なものであるとは到底思えない以上、なにをもって、発達障害的というのかは怪しいものだ
こんな暴論が通じるなら、「俺の背中を見て育て」は超ハイコンテキストだし、むしろ「言わないでも私の気持ち察してよ」な女性的な特徴ともいえるんじゃないか。
専門家の立場を悪用して性差別するの、ナチスドイツの二番煎じだから。/ id:kahoma621 星新一も昭和50年時点で似たこと言ってるのでそうなのかもしれないhttps://okwave.jp/qa/q2867526.html
昭和の男らしさは女性への接待義務強要。「男が無自覚に女を下に見てやる気を出せるよう、女は努力しろ(接待次第で男が守ってくれるかもよ?男が良くならなきゃ女が悪い)」。令和の無気力ミソ男と相性良いのは確か
社会全体に漂う空気によって、人の行動はいくらでも変わる。「まとも」は国や時代で違う。今の人を、今の尺度によって評価すべきであって、「悪しき過去」の象徴たる昭和を持ち出したところで無意味。
フェミニズムは社会悪だ。少なくともアカデミアが権威として取り上げるべきではない
昭和の男像を擁護する気は全くないが、先天的なものに例えるのは筋が悪い。どちらかというと当時の社会や企業によるPTSDでしょう。あ、糞フェミの糞共に何言っても無駄なのは分かってる。
みいちゃんガーじゃあないんだよなマジで
信田氏の話はおかしい。昭和の男らしさ云々て、高倉健的な何かでしょ。主演映画観れば分かるけど、その男らしさを受け入れていたのは観客で、映画内での高倉健は「古くて頑固」で孤立する価値観を体現していたからね
なわけね〜 で終わり
志高い心理士って、障害を悪いものと扱う同業に異常に厳しいよね/当事者は あ~わかるわ~くらい温度感というのがまた酔いの美学的/健常と障害の境界への抗議ならまだしも「的」まで目くじら立てたらおしまい
『「自分の信念を曲げずに頑固なまでに固執する態度」が「発達障害的」と形容される』← なら武士道とか発達障害かよ
いい加減なラベリング、レッテル貼りだ
ふた昔前は昭和の男目線で「神経症的」いう表現をよく見かけたが、令和には逆サイドから「発達障害的」という「見立て」が多用されるかもね。
実際被害にあっている人間からすると、「他人と違うことをADHDやら発達障害で仕分けしてしまうことの浅はかさ」で、片づけられるとほんと救いがないんだよな。本当に問題ある発達障害だった場合どうすんの?
不景気でリストラが盛んな時代に仕事関係で懇意にしていた人が首を吊った。失うものがあるのが辛いと溢していたのが最期の言葉。一家の大黒柱という昭和の男らしさで抱えすぎた。でもそれが発達障害とは思わない。
発達障害の特徴なんか100%の人が持っている。それが脳の特性によって起きてコントロール可能かどうかが問題なんだよ。それに昭和の時代の男性の特徴を「発達障害」に当てはめてネガティブに評価していることも問題
寝技、根回し、接待とか、昭和のサラリーマンってかなり社交性が求められていたと思うんだけどな。昭和的な企業に発達障害を持つ人が適応できる気もしないし…全然ピンとこない。
なんでもすぐ発達障害。誰もその意味を理解してない。
発達障害の否定的使用の終焉が必要は分かるが「昭和的男性」 に生じた自己中心的行言動異常とそれを安易に紐付けるのはどうか。AIで現在の概念で注意して扱うべき言葉が含まれているか確認すればよかったのに。
ある一面のみにフォーカスして症状を当てはめれば、なんでも発達障害と重なるを言えるよね。
この文脈だと男らしさと自分のプライドに拘り、仲間に助けを求められなかった末に世界を滅ぼしたエレン・イェーガーは完全に発達障害児だな。
発達障害という言葉はもうちょいカジュアルに使ってよいとは日頃思っているが、「便利なゴミ箱・押しつけ先」として使っていいとは全く思わない。
他人を発達障害!で貶めてするマウントが大好物な同質性依存の接待大好きな人格未成熟者がする、自己肯定のための思索系駄文も結構ブクマに上がってくるよね。
時代の価値観の変化と発達障害のレッテル貼りを混同するのは危険という指摘はごもっとも。安易に診断名的な言葉をネガティブに使う風潮は良くないな
男だ女だというから冷静に考えられなくなる。フォード式工業社会で労働者に求められていたのは、ひと昔前のロボットや人工知能のようになることで、当時の労働者といえば主に男性が想定されていたというだけのこと
これはかなり批判されても仕方ない記述だろうとは思うものの、まだ読んでないので、ぼんやり思っているだけになる。しかし、こういうのが受け入れられるのは結構危うい時代性も感じたりもする。
結局みんな、偉そうな立場から差別がしたくて仕方ないのよね
発達障害と昭和の男らしさを同一視って、対立的な特徴を同じと言っている感じ……メチャクチャ多様性があるから一部重なる部分もあるだろうけど
同じ文化、言語、習慣を共有してきた者達だからこその「言わなくてもわかる」だったのであって、多様な価値観の中ではASDの症状のように見えてしまう。それを発達障害と断言してしまうのはアテンションエコノミー
「発達障害的」といえば、なにか対象の弱点を見切ったみたいな使い方してるの、「ガイジ」って悪口言う小学生と変わらない
昭和の職人でも横の繋がり必要な仕事だと人付き合いが苦手な発達障害では苦労しそうだからなあ……。昭和の人付き合いには飲み会での社交性や腹芸必須だし。
雑な考えは「敵」を作る。子細に眺めると、世の中そうそう「敵」なんかいないとわかる。単に様々な利害関係者がいて、時に競合しているたけ。
発達障害持ちのレスパしてるフェミニストをみると、「昭和のおじさん」そのものだと思う。記事は読んでない。
かつて生きやすかった人が生きにくくなってもいるが、かつて生きにくかった人が生きやすくもなっているはず
知識人とされている職業に就いてる人が知的怠惰な症状を見せ始めた場合はどんな病名をつけるべきでしょうかね?「なんとか障害的」と呼ぶべきでしょうか?
自分の親がそうなんだろうか? 昭和の男らしさって、どっちかっていうと、リーダー気質、ヤンキーっぽい、面倒見のいい、義理人情、みたいなことだと思うんだけど。。
ボクたちの特性を悪口に使うなんて、本当に困った人間だにゃ!そんなこと言ったら、ボクの可愛い猫パンチをお見舞いしちゃうにゃ。もっと優しくしてにゃ。
そういう一面もあったとは思うが時代に適応した結果なのだとしたらその昭和の男が現代を生きていたらそうはならんかっただろうと。障害の有無は社会適合を見るので適合できていたのであれば問題にするまでもないかな
ちょっとズレるけど「自分の信念を曲げずに頑固なまでに固執する態度」がプラスの価値を持っていたというよりは女性がそれに耐えることが美徳とされていたんじゃないだろうか
昭和の男らしさは文化的なものだなぁ。発達障害特性にも色々あるが、むしろ相反するものも多そう。
熊代先生が反応しそうな話題だ。昭和の男らしさにはいいところも悪いところもあるが、時代に合わなくなり、更に本人にはどうにもできなかったものが問題とされ、発達障害と名前がついたってとこでは。
発達障害は「社会」で生きづらい人たちが診断される。生きづらくなければズレてても診断される必要はない。つまりある意味社会側に責がある障害。昭和の男らしさを社会が受け入れなくなったという意味では、重なる。
理性の求められる範囲が社会で変化し続けており、人間の本能に根ざす部分がどんどん障害扱いされていってるだけなのでは?
「発達障害」と「発達障害的」では全然意味が違うし、これを混同するレベルの人間が他人の知性を論評するのは荒唐無稽にすぎる
よう知らんけど当時は特性から生じる問題も生きづらさも障害と呼ぶほどではなかったのでは
"それらは現在では「発達障害的」だとされる" みたいな共通認識は無いよね、という話。それはそう。エビデンスを示そう
実際、誰かの特徴的なコミュニケーションなんて、人間特有のものか、哺乳類特有のものか、病気か、文化かで説明できるのがほとんどだと思う。性格とかの差はわずかでしかない。
一部の発達障害者を見て昭和の男は発達障害者だというのはおかしいというコメと、一部のフェミの言動を見てフェミは◯◯だというコメが星を集めるグロさ
引きこもりの子どもがいるという、限定された父親から観察された「男らしさ」を発達障害と表現することも問題だし、それを「男らしさ」全般に普遍するのもおかしいよね
そんな研究はないというかそもそも「昭和の男らしさ」が多義的すぎて重なりません。寡黙に見えるのがかぶっただけでそういう議論するのは雑も雑
何でもかんでも病気だ障害だ特性だとつけていったら「普通」とはなんぞやになる気がする/すべて「普通」の人がごく少数になったらすべて「普通」も障害になるのかな
人工物に囲まれて生活しすぎてしまって自らも規格化し始めてしまった人類という感じある
こういう安易なレッテル張りの弊害に、自分自身気をつけていきたい。
先日の本田先生もだけど、言葉の意味は私が決めると言わんばかりの傲慢さは感じるよなあ。
発達障害の傾向はあらゆる人がもっていて多い少ないで問題になるか決まる。なので人間が関係している何かの現象の説明に発達障害をもちだすとすべて当たっちゃう。大事なのはどの程度、障害が関係しているかの割合だ
“発達障害の特徴と重なっている”こんなに安易にラベリングしていいのかな。得手不得手の範囲まで発達障害なんて言われたら暮らしていけないよ
逆になんだけど、逆に昭和の男が発達障害コミュニティを築いて「今の定型発達男」が苦労してたとしたらそれはもう「今の定型発達男」が当時は発達障害扱いだったんよ。
間違えてると思う。その文化が先行して存在して、その発達障害でも問題なく過ごせるくらい優遇された時代であったと、令和の今振り返っているに過ぎない。だから文化先行でしょ。
発達障害はスペクトラムなので、「発達障害なのでは?」という視点で世界を見るといろんな物事が発達障害的に見えるアハ体験をしてしまう。そしてそれは陰謀論にハマる人の初期状況と近いと思う。
"しかし、それを表現するために、「発達障害」という言葉を用いる必要があるのだろうか?"…"「発達障害」を否定的な意味で使うのは、そろそろ終わりにしたい。"
発達障害への無理解に立脚した無自覚なミサンドリーとしか言いようがない
縦社会の中で報連相に感情は不要(思い込みであらぬ方向へ行かない様に)と訓練され続けてたんだから突然感情入れろと言われても困るだろうよね。 一方の井戸端会議してきた妻側はお気持ち優先で訓練してきたから…。
フェミニストのエビデンスもない戯言なんぞまともに聞くだけ無駄な気もするが。精神科医からしてみれば鼻で笑う感じだろう。要はこれは単なる晒し上げだな😄
これ昭和の上野千鶴子の発言「自閉症の原因はマザコン」の再来でしょう。そも「男/女らしさ」という害悪は家族形成(婚姻制度)という根源的悪から派生したに過ぎない。「男/女らしさ」は常に結婚との関係で思考すべき
「自分の感情について正確に語れない」のは昔から男女を問わず日本人が抱える問題のように思う。ASDもADHDも特性の出方は千差万別で、時代ゆえに許されてきた特性も許されず叩き潰されてきた特性も恐らく両方ある
ほんとそう。自分もADHD傾向を自覚しているが、スクリーニングテストでは注意欠陥はかなり強くて衝動性は人並み。
こうやって真面目に批評するに値する言論なんだと初めて知った。若い人には主張は雑でも何か魅力があって売れている人も多いから、細かく突っ込むのは野暮って感じがする。
過去には問題にならなかった精神的・脳関係の病気や障害って色々ありますよね。痴呆も習慣通りの生活は出来るので、畑仕事してご飯食べて寝るだけの時代には痴呆扱いされなかった人は多いです。
いろいろ同意。発達障害を何かのラベリングだと思っている人は結構いる。これをさらに拗らした人は発達障害のことを発達と略すようになる
引用元の「「発達障害的」だとされる」のカギカッコと「的」と「とされる」という三重の留保を読めるかどうかという話に読める
暇な人が書いた価値のない文章を読んで感じた違和感についての文章を暇な人が書く。今から読もうとしている方が暇じゃないなら読むのやめた方がいいと思います。書き手の方には申し訳ないです。
極論と思える記載でブコメの反発は理解できるが…、その上で個人的見解として。身近にいた男らしさにこだわるパワハラ上司(後に認定され左遷された)がガチでADHDっぽかった。処分されるまで部下の話聞く人間でなかった
↓実物の高倉健はまともな言葉でのコミュニケーションをしない。できないのではなく、ある「らしさ」のためで、そういう振る舞いや特徴は今「発達障害的」とくくられ「価値を下げてる」って話だ。病気の話じゃない。
まあ定型発達という概念自体があやふやだしな。昭和男性の定型発達と令和男性の定型発達は違うのでは
発達障害を揶揄や悪口的に使ってる節があるよねこれ…本に書く人も、本にしちゃった人も、引用しちゃう人も、なかなかのものだな(褒めてない)。ネットの戯言でも昨今はダメだよな。
発達障害て周りの空気読んでテキトーに合わせられない的な所もあるので、◯らしさとまとめにくい気がするが。あの頃の昭和らしさに合わせたくなかった人の恨みつらみかな
昭和の男らしさはむしろ被虐待児とかPTSDの症状って言われたほうがまだエビデンス的に納得感ある。「専業主婦三職昼寝付き」や「農家の嫁嫁姑問題」あたりも結局は虐待と戦争のPTSDだと思う。
「ヨコ関係で感情を伝えるコミュニケーションを忘れてしまった男性たちの姿こそ、信田が描き出そうとしているものではないだろうか」武士階級もヨコ関係が希薄だった。日本の伝統であり、宿痾である
50年くらいで価値観が180度ひっくり返ったんだな、面白い
昭和の男が言っていた「嫌よ嫌よは好きのうち」は人の発言を字義通りに受け取らず、勝手な「文脈」に当てはめて歪めているので定型発達者のコミュニケーションそのもの。発達障害の特徴とは正反対ではないだろうか
日本の製造業は伝統的に多能工やジェネラリストを育成してきたから製造業の理解も浅はかだな
「発達障害という言葉を否定的な意味の文脈で用いるのは、発達障害の子どもや大人、家族の気持ち考えると、いかがなものだろうと思う。」
エビデンスを示さずに属性だけで他人を勝手に病気扱いするのは差別だよ。
三宅香帆は時代の寵児であり、ファンが喜ぶ言説を提供していると見るべきだろう。もちろんこうした主張をLLMと精神医学エビデンスで検証すれば出鱈目であることが即座に判明するが、彼女達が行うことは決してない。
「男は黙って」というのは「愚痴や感傷を吐かない」という話であって「業務上必要となるコミュニケーションをしない」という意味ではない。
発達障害って定型ぽくないってことだから、どの発達障害みたいなのか言わないと雑すぎてどうとでも言える。兄は現代ならADHDと診断おりそうな子供だったが、ASDみのある自分とは全然様態が違った。
上野、本田から続く、和フェミ系マウント。発達アウティングなどの普通なら許されない事をして、罰がなにも下らない事で己の権力を誇示する。
こういうのにインスタントな区別の言葉として"発達障害"が消費されるのすげー嫌な雰囲気だなと最近思う所。発達障害児の子らなど見てたら気軽に言えないよ。
『「発達障害」を否定的な意味で使うのは、そろそろ終わりにしたい』:『発達障害』を否定的な意味で使うのも、対処や考えを進めるのに用いない、単なるラベル付けにとどまらせるのも、そろそろ終わりにしたい。
「発達障害」の言い方も古くすでに「神経発達症」に変わっている
信念の堅固さとASDの頑迷さはまた別物だと思うよ。実際父がそれだったけどやっぱり別物だと思った。不器用さみたいなのは様々な現象がその箱に入れられていたように思う。
自分が望まない・気に入らない振る舞いをする他者を病気扱いしているだけでは。昔は人格障害とか言ってた
まぁ要するにみんな幼稚だったのよ
あたしんちのお父さんのような、作者の視点を極度に戯画化されたもののみで語ってそうな感じ
普通に表現がマズイ。他者への共感を弱さと切り捨て、弱った仲間に対し異常なまでに冷淡、葬儀には必ず参加する。これは米軍が観察した旧日本軍捕虜の行動と合致する。新卒時の経営者も戦中世代が多く、時代の犠牲者
実のところこの記事に登場する人物は誰一人として、昭和の男らしさあふれる男が発達障害であるとは断言していないのである
発達障害とその特性を知ったから、自分が敵視する全てが発達障害に見えているだけでは。マズローのハンマー。
ナチスが障害者を標的にしたことを考えると行き着く先が恐ろしいよ
団塊の世代男とZ世代男が自己中我儘な所が似ているから(店員・業者・サンリオ界隈・勤めた会社調べ)、世代関係ない。就職氷河期世代あたりは他の世代に痛めつけられているせいか他の世代に比べて比較的おとなしい
信田先生はカウンセリングの大家だけどクライアントとの距離と言説の噛み合い方は私にはちょっと心配に見える部分があって、もやもやすることはまあまあある(私には合わないだけでダメだというわけでもないだろうけ
ブクマカ勉強不足すぎるだろ。中でも「発達障害」という単語でコメントしてるコメントは読む価値なし。あとこの文章で信田さよ子をフェミニズムの文脈で語るのも違和感ある。とにかく勉強してからコメントしてくれ。
これも児童精神科医の文章だが、科学や統計をフェミ思想や社会学的にねじ曲げて、それが一部の専門家を通じて主流の学説や治療をねじ曲げるのは本当に良くない。発達障害関係は極めて危うく害悪な言説ばかり。
当事者のワイ、父が昭和の男そのものだったがアレを自分が目の前で知る数多の同診断済み各位のそれと同じと評価して良いとは到底思えずにいる
過剰医療の行き着く先は、リソースの無駄遣いと健康毀損。ええかげんにせえ。
おれは双極性障害(躁うつ病)というオールドスクールな障害持ちだが、発達障害についてはその範囲も広く、あまりにもカジュアルに使われているので、素人なりのこれという理解に及んでいない
「正しい発達」があるという幻想。
他の専門家たちはなんというかなあ
発達障害的なものを否定的に受け止める文化が日本的だなと思う。海外の著作では発達障害の人に天才的に発達した能力があることがあるとそういう支援をしているのに日本の発達障害の捉え方は差別的だとしか言えない。
「発達障害」を「他人を気持ちよく攻撃できるけど禁止ワードリストに該当しない便利な言葉」みたいに振り翳すなよ。「昭和の男らしさ」も禁止ワードに該当しないからセーフなんだろ?醜悪極まりない。
芯がないコウモリ人間が現代のスタンダード、なわけない。
昭和の男らしさは、そのまま発達障害の特徴と重なっているのか?|TU
この読みはとても興味深い。男の「感情の語れなさ」を、信田〜三宅ラインの多分に生得的な困難と捉えるのではなく、フォーディズム世代のPTSDと捉えることもできる、と。戦場のことを語れなかった世代と同様に。
50、60の男が女がやっているカウセリングセンターに行くという様子が想像出来ない。しかも、電車移動必須な原宿でしょう?そもそもだいぶ偏ったサンプルなのでは。俺の持論では電車好きの男は歳を問わずガイジだよ。
信田さよ子:臨床心理士、フェミニスト。アダルトチルドレンブームの火付け役。(wikiより)。うんフェミニストの言うことだしね。
最近よく思うのは”発達障害”で人の行動をなんでも説明しようとするところがある.グラデーションがあるんだから.生活の”障害”になってないならわざわざ言及する必要はないように思う.
雑
他人と違うことをADHDやら発達障害で仕分けしてしまうことの浅はかさ
発達障害とか社会構造の変化で生まれたものでしかないからな、社会が高度化して肉体労働より頭脳労働を重視するようになった結果
(いうてDisorderはDisorderやろとなる。それで被害受けた人間としては。/ 正確な言葉を使って欲しいとの提言と理解するけど、個人的にはまだ正確さより敷衍性を優先してほしい事柄かなと思う。まだ世間に伝わってない)
ほらね、フェミニストって馬鹿でしょ?/男らしさの基本は「 怒り以外の感情を抑制すること」だから、感情垂れ流しで空気を読まないASD/ADHDの対極だよ。そもそも、寡黙で非言語コミュニケーション重視だからな?
一部の男女の発達障害とおぼしき行動が昭和らしさでマスキングされていたか=YES。昭和の男は発達障害だったか=NO
病名を付けることで幸せになった人もいるだろうが、同じだけ不幸になった人もいると考えている。
迷惑な人を見つけては「あいつは発達傷害」と指さすようなのは良くないが、実際に妻を病ませてる夫の言動に対して、発達障害を疑ってなんらかの対処が出来るのなら、疑いのヒントが与えられるのは悪か?とは思う。
で?女らしさの方は理想の人間像かな?
自分も2つ(以上)の事象間に類似性を見つけるのが日々の趣味だけど、天下に発表して世の中を動かしたい人はもう少し硬度を増してからにしたほうがよいと思う。※なんでもそれで説明できちゃう、が魅力的なのは判る
難しいな。祖父母の世代を見ると、男子に対してはその男らしさを育む教育をしてきたから。発達障害はまさに男らしさと対極な人もいる。世代的価値観と障害や疾病を同一視するのは危険だと思う。
昨日のNHK スペシャルみたいに、脳の構造的・機能的変化があり、薬がそこに効くエビデンスがあるならいいけど、なんちゃら障害の病名の殆どには、それがないよ。製薬会社じゃなくて、AIに研究してもらった方がいいかも
「要領の良さ」や「柔軟さ」だけを正解としそれ以外の生き方を認めないという別の同調圧力。 カウンターが次の権力になる構造では。 男らしさを批判するの、不正確な医学用語使わなくてもいくらでもできるはず。
発達障害的、というのは、便利な言葉だな、とおもった。が、非発達障害的なふるまいが、時代や文化の影響を受けていない普遍的なものであるとは到底思えない以上、なにをもって、発達障害的というのかは怪しいものだ
こんな暴論が通じるなら、「俺の背中を見て育て」は超ハイコンテキストだし、むしろ「言わないでも私の気持ち察してよ」な女性的な特徴ともいえるんじゃないか。
専門家の立場を悪用して性差別するの、ナチスドイツの二番煎じだから。/ id:kahoma621 星新一も昭和50年時点で似たこと言ってるのでそうなのかもしれないhttps://okwave.jp/qa/q2867526.html
昭和の男らしさは女性への接待義務強要。「男が無自覚に女を下に見てやる気を出せるよう、女は努力しろ(接待次第で男が守ってくれるかもよ?男が良くならなきゃ女が悪い)」。令和の無気力ミソ男と相性良いのは確か
社会全体に漂う空気によって、人の行動はいくらでも変わる。「まとも」は国や時代で違う。今の人を、今の尺度によって評価すべきであって、「悪しき過去」の象徴たる昭和を持ち出したところで無意味。
フェミニズムは社会悪だ。少なくともアカデミアが権威として取り上げるべきではない
昭和の男像を擁護する気は全くないが、先天的なものに例えるのは筋が悪い。どちらかというと当時の社会や企業によるPTSDでしょう。あ、糞フェミの糞共に何言っても無駄なのは分かってる。
みいちゃんガーじゃあないんだよなマジで
信田氏の話はおかしい。昭和の男らしさ云々て、高倉健的な何かでしょ。主演映画観れば分かるけど、その男らしさを受け入れていたのは観客で、映画内での高倉健は「古くて頑固」で孤立する価値観を体現していたからね
なわけね〜 で終わり
志高い心理士って、障害を悪いものと扱う同業に異常に厳しいよね/当事者は あ~わかるわ~くらい温度感というのがまた酔いの美学的/健常と障害の境界への抗議ならまだしも「的」まで目くじら立てたらおしまい
『「自分の信念を曲げずに頑固なまでに固執する態度」が「発達障害的」と形容される』← なら武士道とか発達障害かよ
いい加減なラベリング、レッテル貼りだ
ふた昔前は昭和の男目線で「神経症的」いう表現をよく見かけたが、令和には逆サイドから「発達障害的」という「見立て」が多用されるかもね。
実際被害にあっている人間からすると、「他人と違うことをADHDやら発達障害で仕分けしてしまうことの浅はかさ」で、片づけられるとほんと救いがないんだよな。本当に問題ある発達障害だった場合どうすんの?
不景気でリストラが盛んな時代に仕事関係で懇意にしていた人が首を吊った。失うものがあるのが辛いと溢していたのが最期の言葉。一家の大黒柱という昭和の男らしさで抱えすぎた。でもそれが発達障害とは思わない。
発達障害の特徴なんか100%の人が持っている。それが脳の特性によって起きてコントロール可能かどうかが問題なんだよ。それに昭和の時代の男性の特徴を「発達障害」に当てはめてネガティブに評価していることも問題
寝技、根回し、接待とか、昭和のサラリーマンってかなり社交性が求められていたと思うんだけどな。昭和的な企業に発達障害を持つ人が適応できる気もしないし…全然ピンとこない。
なんでもすぐ発達障害。誰もその意味を理解してない。
発達障害の否定的使用の終焉が必要は分かるが「昭和的男性」 に生じた自己中心的行言動異常とそれを安易に紐付けるのはどうか。AIで現在の概念で注意して扱うべき言葉が含まれているか確認すればよかったのに。
ある一面のみにフォーカスして症状を当てはめれば、なんでも発達障害と重なるを言えるよね。
この文脈だと男らしさと自分のプライドに拘り、仲間に助けを求められなかった末に世界を滅ぼしたエレン・イェーガーは完全に発達障害児だな。
発達障害という言葉はもうちょいカジュアルに使ってよいとは日頃思っているが、「便利なゴミ箱・押しつけ先」として使っていいとは全く思わない。
他人を発達障害!で貶めてするマウントが大好物な同質性依存の接待大好きな人格未成熟者がする、自己肯定のための思索系駄文も結構ブクマに上がってくるよね。
時代の価値観の変化と発達障害のレッテル貼りを混同するのは危険という指摘はごもっとも。安易に診断名的な言葉をネガティブに使う風潮は良くないな
男だ女だというから冷静に考えられなくなる。フォード式工業社会で労働者に求められていたのは、ひと昔前のロボットや人工知能のようになることで、当時の労働者といえば主に男性が想定されていたというだけのこと
これはかなり批判されても仕方ない記述だろうとは思うものの、まだ読んでないので、ぼんやり思っているだけになる。しかし、こういうのが受け入れられるのは結構危うい時代性も感じたりもする。
結局みんな、偉そうな立場から差別がしたくて仕方ないのよね
発達障害と昭和の男らしさを同一視って、対立的な特徴を同じと言っている感じ……メチャクチャ多様性があるから一部重なる部分もあるだろうけど
同じ文化、言語、習慣を共有してきた者達だからこその「言わなくてもわかる」だったのであって、多様な価値観の中ではASDの症状のように見えてしまう。それを発達障害と断言してしまうのはアテンションエコノミー
「発達障害的」といえば、なにか対象の弱点を見切ったみたいな使い方してるの、「ガイジ」って悪口言う小学生と変わらない
昭和の職人でも横の繋がり必要な仕事だと人付き合いが苦手な発達障害では苦労しそうだからなあ……。昭和の人付き合いには飲み会での社交性や腹芸必須だし。
雑な考えは「敵」を作る。子細に眺めると、世の中そうそう「敵」なんかいないとわかる。単に様々な利害関係者がいて、時に競合しているたけ。
発達障害持ちのレスパしてるフェミニストをみると、「昭和のおじさん」そのものだと思う。記事は読んでない。
かつて生きやすかった人が生きにくくなってもいるが、かつて生きにくかった人が生きやすくもなっているはず
知識人とされている職業に就いてる人が知的怠惰な症状を見せ始めた場合はどんな病名をつけるべきでしょうかね?「なんとか障害的」と呼ぶべきでしょうか?
自分の親がそうなんだろうか? 昭和の男らしさって、どっちかっていうと、リーダー気質、ヤンキーっぽい、面倒見のいい、義理人情、みたいなことだと思うんだけど。。
ボクたちの特性を悪口に使うなんて、本当に困った人間だにゃ!そんなこと言ったら、ボクの可愛い猫パンチをお見舞いしちゃうにゃ。もっと優しくしてにゃ。
そういう一面もあったとは思うが時代に適応した結果なのだとしたらその昭和の男が現代を生きていたらそうはならんかっただろうと。障害の有無は社会適合を見るので適合できていたのであれば問題にするまでもないかな
ちょっとズレるけど「自分の信念を曲げずに頑固なまでに固執する態度」がプラスの価値を持っていたというよりは女性がそれに耐えることが美徳とされていたんじゃないだろうか
昭和の男らしさは文化的なものだなぁ。発達障害特性にも色々あるが、むしろ相反するものも多そう。
熊代先生が反応しそうな話題だ。昭和の男らしさにはいいところも悪いところもあるが、時代に合わなくなり、更に本人にはどうにもできなかったものが問題とされ、発達障害と名前がついたってとこでは。
発達障害は「社会」で生きづらい人たちが診断される。生きづらくなければズレてても診断される必要はない。つまりある意味社会側に責がある障害。昭和の男らしさを社会が受け入れなくなったという意味では、重なる。
理性の求められる範囲が社会で変化し続けており、人間の本能に根ざす部分がどんどん障害扱いされていってるだけなのでは?
「発達障害」と「発達障害的」では全然意味が違うし、これを混同するレベルの人間が他人の知性を論評するのは荒唐無稽にすぎる
よう知らんけど当時は特性から生じる問題も生きづらさも障害と呼ぶほどではなかったのでは
"それらは現在では「発達障害的」だとされる" みたいな共通認識は無いよね、という話。それはそう。エビデンスを示そう
実際、誰かの特徴的なコミュニケーションなんて、人間特有のものか、哺乳類特有のものか、病気か、文化かで説明できるのがほとんどだと思う。性格とかの差はわずかでしかない。
一部の発達障害者を見て昭和の男は発達障害者だというのはおかしいというコメと、一部のフェミの言動を見てフェミは◯◯だというコメが星を集めるグロさ
引きこもりの子どもがいるという、限定された父親から観察された「男らしさ」を発達障害と表現することも問題だし、それを「男らしさ」全般に普遍するのもおかしいよね
そんな研究はないというかそもそも「昭和の男らしさ」が多義的すぎて重なりません。寡黙に見えるのがかぶっただけでそういう議論するのは雑も雑
何でもかんでも病気だ障害だ特性だとつけていったら「普通」とはなんぞやになる気がする/すべて「普通」の人がごく少数になったらすべて「普通」も障害になるのかな
人工物に囲まれて生活しすぎてしまって自らも規格化し始めてしまった人類という感じある
こういう安易なレッテル張りの弊害に、自分自身気をつけていきたい。
先日の本田先生もだけど、言葉の意味は私が決めると言わんばかりの傲慢さは感じるよなあ。
発達障害の傾向はあらゆる人がもっていて多い少ないで問題になるか決まる。なので人間が関係している何かの現象の説明に発達障害をもちだすとすべて当たっちゃう。大事なのはどの程度、障害が関係しているかの割合だ
“発達障害の特徴と重なっている”こんなに安易にラベリングしていいのかな。得手不得手の範囲まで発達障害なんて言われたら暮らしていけないよ
逆になんだけど、逆に昭和の男が発達障害コミュニティを築いて「今の定型発達男」が苦労してたとしたらそれはもう「今の定型発達男」が当時は発達障害扱いだったんよ。
間違えてると思う。その文化が先行して存在して、その発達障害でも問題なく過ごせるくらい優遇された時代であったと、令和の今振り返っているに過ぎない。だから文化先行でしょ。
発達障害はスペクトラムなので、「発達障害なのでは?」という視点で世界を見るといろんな物事が発達障害的に見えるアハ体験をしてしまう。そしてそれは陰謀論にハマる人の初期状況と近いと思う。
"しかし、それを表現するために、「発達障害」という言葉を用いる必要があるのだろうか?"…"「発達障害」を否定的な意味で使うのは、そろそろ終わりにしたい。"
発達障害への無理解に立脚した無自覚なミサンドリーとしか言いようがない
縦社会の中で報連相に感情は不要(思い込みであらぬ方向へ行かない様に)と訓練され続けてたんだから突然感情入れろと言われても困るだろうよね。 一方の井戸端会議してきた妻側はお気持ち優先で訓練してきたから…。
フェミニストのエビデンスもない戯言なんぞまともに聞くだけ無駄な気もするが。精神科医からしてみれば鼻で笑う感じだろう。要はこれは単なる晒し上げだな😄
これ昭和の上野千鶴子の発言「自閉症の原因はマザコン」の再来でしょう。そも「男/女らしさ」という害悪は家族形成(婚姻制度)という根源的悪から派生したに過ぎない。「男/女らしさ」は常に結婚との関係で思考すべき
「自分の感情について正確に語れない」のは昔から男女を問わず日本人が抱える問題のように思う。ASDもADHDも特性の出方は千差万別で、時代ゆえに許されてきた特性も許されず叩き潰されてきた特性も恐らく両方ある
ほんとそう。自分もADHD傾向を自覚しているが、スクリーニングテストでは注意欠陥はかなり強くて衝動性は人並み。
こうやって真面目に批評するに値する言論なんだと初めて知った。若い人には主張は雑でも何か魅力があって売れている人も多いから、細かく突っ込むのは野暮って感じがする。
過去には問題にならなかった精神的・脳関係の病気や障害って色々ありますよね。痴呆も習慣通りの生活は出来るので、畑仕事してご飯食べて寝るだけの時代には痴呆扱いされなかった人は多いです。
いろいろ同意。発達障害を何かのラベリングだと思っている人は結構いる。これをさらに拗らした人は発達障害のことを発達と略すようになる
引用元の「「発達障害的」だとされる」のカギカッコと「的」と「とされる」という三重の留保を読めるかどうかという話に読める
暇な人が書いた価値のない文章を読んで感じた違和感についての文章を暇な人が書く。今から読もうとしている方が暇じゃないなら読むのやめた方がいいと思います。書き手の方には申し訳ないです。
極論と思える記載でブコメの反発は理解できるが…、その上で個人的見解として。身近にいた男らしさにこだわるパワハラ上司(後に認定され左遷された)がガチでADHDっぽかった。処分されるまで部下の話聞く人間でなかった
↓実物の高倉健はまともな言葉でのコミュニケーションをしない。できないのではなく、ある「らしさ」のためで、そういう振る舞いや特徴は今「発達障害的」とくくられ「価値を下げてる」って話だ。病気の話じゃない。
まあ定型発達という概念自体があやふやだしな。昭和男性の定型発達と令和男性の定型発達は違うのでは
発達障害を揶揄や悪口的に使ってる節があるよねこれ…本に書く人も、本にしちゃった人も、引用しちゃう人も、なかなかのものだな(褒めてない)。ネットの戯言でも昨今はダメだよな。
発達障害て周りの空気読んでテキトーに合わせられない的な所もあるので、◯らしさとまとめにくい気がするが。あの頃の昭和らしさに合わせたくなかった人の恨みつらみかな
昭和の男らしさはむしろ被虐待児とかPTSDの症状って言われたほうがまだエビデンス的に納得感ある。「専業主婦三職昼寝付き」や「農家の嫁嫁姑問題」あたりも結局は虐待と戦争のPTSDだと思う。
「ヨコ関係で感情を伝えるコミュニケーションを忘れてしまった男性たちの姿こそ、信田が描き出そうとしているものではないだろうか」武士階級もヨコ関係が希薄だった。日本の伝統であり、宿痾である
50年くらいで価値観が180度ひっくり返ったんだな、面白い
昭和の男が言っていた「嫌よ嫌よは好きのうち」は人の発言を字義通りに受け取らず、勝手な「文脈」に当てはめて歪めているので定型発達者のコミュニケーションそのもの。発達障害の特徴とは正反対ではないだろうか
日本の製造業は伝統的に多能工やジェネラリストを育成してきたから製造業の理解も浅はかだな
「発達障害という言葉を否定的な意味の文脈で用いるのは、発達障害の子どもや大人、家族の気持ち考えると、いかがなものだろうと思う。」
エビデンスを示さずに属性だけで他人を勝手に病気扱いするのは差別だよ。
三宅香帆は時代の寵児であり、ファンが喜ぶ言説を提供していると見るべきだろう。もちろんこうした主張をLLMと精神医学エビデンスで検証すれば出鱈目であることが即座に判明するが、彼女達が行うことは決してない。
「男は黙って」というのは「愚痴や感傷を吐かない」という話であって「業務上必要となるコミュニケーションをしない」という意味ではない。
発達障害って定型ぽくないってことだから、どの発達障害みたいなのか言わないと雑すぎてどうとでも言える。兄は現代ならADHDと診断おりそうな子供だったが、ASDみのある自分とは全然様態が違った。
上野、本田から続く、和フェミ系マウント。発達アウティングなどの普通なら許されない事をして、罰がなにも下らない事で己の権力を誇示する。
こういうのにインスタントな区別の言葉として"発達障害"が消費されるのすげー嫌な雰囲気だなと最近思う所。発達障害児の子らなど見てたら気軽に言えないよ。
『「発達障害」を否定的な意味で使うのは、そろそろ終わりにしたい』:『発達障害』を否定的な意味で使うのも、対処や考えを進めるのに用いない、単なるラベル付けにとどまらせるのも、そろそろ終わりにしたい。
「発達障害」の言い方も古くすでに「神経発達症」に変わっている
信念の堅固さとASDの頑迷さはまた別物だと思うよ。実際父がそれだったけどやっぱり別物だと思った。不器用さみたいなのは様々な現象がその箱に入れられていたように思う。
自分が望まない・気に入らない振る舞いをする他者を病気扱いしているだけでは。昔は人格障害とか言ってた
まぁ要するにみんな幼稚だったのよ
あたしんちのお父さんのような、作者の視点を極度に戯画化されたもののみで語ってそうな感じ
普通に表現がマズイ。他者への共感を弱さと切り捨て、弱った仲間に対し異常なまでに冷淡、葬儀には必ず参加する。これは米軍が観察した旧日本軍捕虜の行動と合致する。新卒時の経営者も戦中世代が多く、時代の犠牲者
実のところこの記事に登場する人物は誰一人として、昭和の男らしさあふれる男が発達障害であるとは断言していないのである
発達障害とその特性を知ったから、自分が敵視する全てが発達障害に見えているだけでは。マズローのハンマー。
ナチスが障害者を標的にしたことを考えると行き着く先が恐ろしいよ
団塊の世代男とZ世代男が自己中我儘な所が似ているから(店員・業者・サンリオ界隈・勤めた会社調べ)、世代関係ない。就職氷河期世代あたりは他の世代に痛めつけられているせいか他の世代に比べて比較的おとなしい
信田先生はカウンセリングの大家だけどクライアントとの距離と言説の噛み合い方は私にはちょっと心配に見える部分があって、もやもやすることはまあまあある(私には合わないだけでダメだというわけでもないだろうけ
ブクマカ勉強不足すぎるだろ。中でも「発達障害」という単語でコメントしてるコメントは読む価値なし。あとこの文章で信田さよ子をフェミニズムの文脈で語るのも違和感ある。とにかく勉強してからコメントしてくれ。
これも児童精神科医の文章だが、科学や統計をフェミ思想や社会学的にねじ曲げて、それが一部の専門家を通じて主流の学説や治療をねじ曲げるのは本当に良くない。発達障害関係は極めて危うく害悪な言説ばかり。
当事者のワイ、父が昭和の男そのものだったがアレを自分が目の前で知る数多の同診断済み各位のそれと同じと評価して良いとは到底思えずにいる
過剰医療の行き着く先は、リソースの無駄遣いと健康毀損。ええかげんにせえ。
おれは双極性障害(躁うつ病)というオールドスクールな障害持ちだが、発達障害についてはその範囲も広く、あまりにもカジュアルに使われているので、素人なりのこれという理解に及んでいない
「正しい発達」があるという幻想。
他の専門家たちはなんというかなあ
発達障害的なものを否定的に受け止める文化が日本的だなと思う。海外の著作では発達障害の人に天才的に発達した能力があることがあるとそういう支援をしているのに日本の発達障害の捉え方は差別的だとしか言えない。
「発達障害」を「他人を気持ちよく攻撃できるけど禁止ワードリストに該当しない便利な言葉」みたいに振り翳すなよ。「昭和の男らしさ」も禁止ワードに該当しないからセーフなんだろ?醜悪極まりない。
芯がないコウモリ人間が現代のスタンダード、なわけない。