親族まきこんだ自殺および殺人事件だからね
無理心中ということばも、「潜在的な合意はあるけど、手段が拙かった心中」や、武士が落城のときに妻子殺して切腹、安徳天皇入水みたいなその方が客観的に苦が少なかった自殺的な印象をあたえるから、やめるべき。
これは言葉いじりとかでなく、日本における一家心中って諸外国と比べると罪状が軽い。この点こそ真の論点のはず。
これは全面支持。心中って言葉で、子供を道連れにした虐待を覆い隠してしまってはならないよね。昔とは異なり、子供だけ残されても支援の道はあるのだから。
心中よりもハードルが上がって外部に助けを求めやすくなることを祈る。いじめも傷害暴行脅迫恐喝にしよう。
そもそも心中の辞書的意味は共同自殺なので、合意が無いものに心中の語を当てるのがおかしかった。/虐待死だと保護責任者遺棄致死が含まれそうだけど(cf.児童虐待防止法2条3号)、殺人に限定して良いような。
良い流れ
"専門委は昨年の報告で「こどもは保護者の所有物ではなく、権利の主体だ」との認識を社会が持つことが重要だと指摘" まだそんなステージなのだよな。心中以外でも子供殺した場合は罪が軽いように見える
長すぎる。用語集の見出し語ではなく意味や説明のほうに書かれているような表現だ。単語として表せるものを考えるべきだと思う。
「行政無能による死亡事件」「制度的放置による死亡事件」「公的保護不全による死亡事件」「XXX(都道府県の長の名前、こども家庭庁の大臣の名前) の怠慢による死亡事件」
元々心中ってのは「曾根崎心中」のような男女の情死を指す言葉で、情死という概念がほぼ社会的制約の除去により死語となる中で、心中自体が家族含むものに広義化されちゃってたみたいな経緯はあるかな〜、とも
アンナチュラルで話題に挙げられてたな。「拡大自殺」が適当な気がする。
江戸幕府も「『忠』の字の上下を逆にして『心中』とはけしからん」ということでこの語を禁止して「相対死(あいたいじに)」と呼んでた(むかし大河ドラマで得た知識) https://w.wiki/ULPc
(一家、無理)心中という言葉を安易に使わないこと自体は大賛成だが、そうなるといよいよ「子どもは社会が育てる」方向に舵を切っていかなければならないのだが、そこんとこ大丈夫?
“有料記事がプレゼントされました! 9月11日 12:51まで全文お読みいただけます。 もう「心中」と呼ばない 国の専門委が変更 「子殺し覆い隠す」批判:朝日新聞” https://x.com/kii539174722981/status/2097896414051242464
いうて心中なら犯人も死ぬじゃん?どうやって刑重くすんの?
これ自体は良いことだな
子殺しの後自殺が短くて良いと思ったがどうだろう。
合意して一緒に死ぬ「心中」と、相手を殺して自分も死ぬ「無理心中」はさすがに別物のはずだけど、昨今は一緒くたにされてるのかな。/親と小さい子の死ぬ合意なんて有り得ない(子に合意する能力はない)とは思う。
「万引き」もやめよう
しょーもな
これはいいことだと思う
善哉
標的を狙った自爆テロと同じようなものだからな
言葉の変更はいいことだと思うけどマスコミはこの用語をちゃんと使うのか? "これまで「心中」と呼んできた事案を、今後は「保護者の自殺を伴うこどもの虐待死」と呼ぶ"
回りくどくて分かりにくいから広まらんと思う
殺人という意識づけが必要なのはわかる。でもどうしたって親は子供に対する責任みたいなのを感じがちだし社会からも負わされがち。保護者支援が第一だよね。言葉を変える「だけ」じゃ子供は救われないわけで。
下らない言葉遊びしてないで、子供を殺した親にしっかり拘禁刑を科して残った子どもの親権を取り上げろよ。あんなゆるゆるな刑法の恣意的運用しといて、子殺しを甘く見てんのは誰だ?って話だよ
「子殺し覆い隠す」言われてみればそうだな
自殺も自己責任っぽくてよくない(社会の責任を覆い隠してしまう)からもっと「世間が悪い」方向へよせてくべき(「私たちは売春させられた」理論。これが嵩じると「他人を道づれにすべき」になるので言い換えてもムダ
子供殺しを、どういう方向性であれ美化すべきじゃないので賛成。殺人行為は殺人行為でしかない、その点を誤魔化すべきじゃない。
総論賛成なのだが、「保護者の自殺を伴うこどもの虐待死」は長すぎて使われないのではないか。
次はぜひ「いじめ」も。現実を覆い隠さず、暴行、傷害といった事実に即した表記にしたほうがいい。
普通に考えて殺人罪になるよね。交際相手なら同意殺人罪かな?
親の事情(プロセス)で覆われていた子の虐待(結果)をよりオープンに評価する試みかと / 親子心中や一家心中が対象か。ちなみに本来の相対死(あいたいじに)であるところの心中は、現在どのくらいあるのだろうか?
無理心中でよくない?
心中と無理心中は別じゃないのと思ったら、すでにコメでその指摘あった。
そもそも誤用だよね、っていう。
無理心中という言葉を殺人の代わりにつかうのは問題と認識したということだろう
“加害者が実母の場合、動機は「保護者自身の精神疾患、精神不安定」「育児不安や育児負担感」が多く、実父の場合は「夫婦間のトラブルなど家庭に不和」「経済的困窮(多額の借金など)」が多かった。”
『無理心中』でいいです。意味の説明としてそれを用いればいい。
日本では親による子殺し(トイレ等への産み捨て含む)、車を介した子殺しに極端に甘い。異常なほど親の監護権が強いのも特徴。子供には意思も人格も自己決定権もないことを前提に法律が作られているのだろう。
長えよ。4文字以内に収めてから出直してこい。
まぁ普通に殺人だよなぁ。
強制心中とすれば、強の字犯罪に仲間入り
「心中」という言葉は、追い詰められた親の行為を「愛情ゆえの悲劇」と美化し、児童虐待の残酷な現実を隠蔽するとの批判があった。識者からは「無理心中は究極の虐待」と指摘され、表現の見直しに繋がった
子どもを殺すのはだいたい親。その割にちょっとでも目を離すと叩かれる。
リンゼー・クランシーの話が上がってくるかなと思ったらそんな気配はなかった。フェミニズムが暴走しすぎてついに母の子殺しを擁護する人まで現れている https://www.bbc.com/japanese/articles/cy0zkn8k32wo
「卑属殺人」でいいかな。
老々介護でも起きるけど、無理心中と虐待とは違うし、じゃあこれで困窮や介護で行き詰まった世帯を助けるわけでもないでしょw 言い方変えて自己責任強化して、叩ける棒を増やしたいだけにも見えるけど
マーダースイサイドだって、アンナチュラルで石原さとみが言うてた/尊属殺人は大昔に法改正されたが、いまだに量刑は、親殺し>子殺しの傾向が強いらしいね。保護責任自体が軽いんか?保有物意識?
"約20年使い続けた用語" たった20年
子を殺した挙げ句に責任からも罪からも逃れようとする鬼畜の所業
「心中」はいいけど、「無理心中」が良くないよな。
「「心中は子殺し自殺」 2023年度の虐待死65人、こども家庭庁の専門委が「名称見直し」を提言 - 弁護士ドットコム」 https://www.bengo4.com/c_18/n_19486/
尊属殺人罪がなくなって久しいが、うっすら子供の命と尊厳が軽いよね。他所の国と比べてどうかまでは知らんが
これは賛成。子供だけじゃなくて配偶者とかも理不尽に殺されたりするし。でも「自殺」を「自死」というのも綺麗事みたいで嫌なんだが。
尊属殺の違憲判決時に、近親殺重罰ならOKという補足意見があったのに、単純に尊属殺重罰規定のみ廃止したのはやっぱり間違ってると思うよ。殺人の半数が近親殺で事実上の厳罰化につながるらしいけど。
あー素晴らしい、素晴らしくないけど素晴らしい 英語だとsuicide-murder だもんね
そりゃそうだ、いつまで意味わからん言葉使っとんねん
じゃ、いじめも「暴行」だな。
子どもの人生があるからこそ親の都合で殺すのだから、名称を変えることで思いとどまる人がこれから増えれば。合わせて相談所の周知もいるか。
言葉遊びをすると心中が減るらしい。さすが言霊の国。
海外刑事ドラマ『MAJOR CRIMES』で、親の自殺に子を道連れにする日本の「心中」にドン引きする描写があったような。
付き合いあった人が借金苦で心中したけど「可哀そうだけどあの人最後に家族を殺したのか。」と思っちゃうね。
それって子の時だけ?介護してる時のやつは意図に含まれてる?
オールドメディアは「なぜなぜ」をやって他の用語も見直すべき。イジメ→暴行・強要、奨学金→学生ローン、万引き→窃盗、等々。
ようやくか。心中お察し申し上げます。
これは卑属◯人の罪が軽く見積もられて続けてるということで、日本も儒教文化の影響を脱することができないということなのだろう(刑法200条は削除されたけどね)
子殺しといえば、米国の子殺し(3人も)が今話題だけど、あれ、無罪に傾いているらしく、驚いている。陪審員の一人が粘って無罪に抵抗しているとか。
マスコミ先に動けなかったのかなぁ
覆い隠すという意味に受け取ったことはないけど世間的にはそういう意味なんだろうか。そもそも心中と殺人は違うと思うんだけど
やっとか
六本木保護者の自殺を伴うこどもの虐待死/曽根崎保護者の自殺を伴うこどもの虐待死/保護者の自殺を伴うこどもの虐待死エレジー
無理心中よね。「親が子どもを殺害して自らも自殺を図ることを、昨年までは「心中による虐待死」と呼んでいた」というのが明らかに異常だったと感じる
現代のその事象に対してその言葉を使わない意図はわかるけど歴史や文学、俗語への言葉狩りまではしないでほしいね
やっとか。とてもよい。
一歩前進。でも尊属殺害の刑罰が重いのは憲法違反とされてても相変わらず裁判では重罪になるように実務は変わんないと思う。世代が変わる半世紀後に期待。
それで何が変わるのか理解できなかった。そうすることで親が子を道連れにすることが減るわけではないし、残された人間へのスティグマが強化されるだけでは?まぁ減らしたいという心意気だけ買えばいいか
全面的に賛成したいです。
育児も介護も向き合わず逃げた人間への言葉もちゃんとしてほしいかな
殺人と言えば足りるのに虐待と言いたくて仕方ないのか、おかしな事になってる。子供は親の所有物という感覚を捨てるつもりがあるならまず虐待で何でも説明しようとするのを止めたほうがいい
「心中」は他の殺人と比べても刑期が軽くなりやすいので、そこも是正されるべきと考える
尊属殺人罪の名残りかな。親の場合は地獄行きみたいな大罪扱いなのに、子どもの場合はなぜか切腹みたいな恩赦があるのは理解に苦しむ。あと夫婦の場合でも夫▶妻の場合は心中で逆なら極悪鬼畜扱いなのは何だかなぁ。
「無理心中」は朝日の事件報道に関する社内指針では「合意の上であるかのような印象を読者に与え、殺人などの要素が薄れる可能性もあり、安易に使わないよう注意する」だそうだが、今後は警察の発表も言い換えるの?
変更の趣旨は合理的だが、言い換えがお役所らしいというか生硬で冗長すぎる。「子殺し自殺」で良いだろ
良いと思う。万引きやイジメも窃盗とか暴行とかに変えよう。
子殺しの現実覆い隠している/児童虐待の認識薄く愛情ゆえの行為だと美化.../子殺しの実態伝わらない/こどもは保護者の所有物ではなく権利の主体/米国や豪州「filicide-suicide」韓国「こども殺害後の極端な選択(自殺)」
前近代の価値観なら個人という観念はなく、親(一族)が滅べば幼子は他人の奴隷にされる人生だからむしろ一緒に殺してやるのが情と解釈されたが、家業の継承という制度が崩壊した近代社会で子を道連れの自決は無意味
支持
アンナチュラル
無理心中で親も死んだならまだしも、親だけ生き残ったケースでは正真正銘の単なる子殺し殺人だしな。
素晴らしい。次は「いじめ」を
根本的な対策や解決策は置き去りで、言葉遊びだけは仕事が早いの実に我が国らしいな。
無理心中は日本の刑法でも普通に殺人罪であり、心中も殺人教唆/幇助が成立し得るし、日本だけ特別に軽いという主張は誤り
単純に「殺人」や「殺害」と呼ぶことには問題があるのかな。「虐待死」だと違うものをイメージしてしまう気がする。
子どもに限らないのだから、道連れ殺人とかでいいんでは?
「やむにやまれず」みたいな同情的なニュアンスあるかも
呼び方を変えて、何が変わる?そもそも長すぎるから定着しない。
すべては親の責任だ、と強調するため。そのことで社会や行政の責任を逃れたい という狙い。「みんな親が悪いんだ。親を責めろ。おれたちは悪くない。おれたちには責任はない」と。死者を死刑にして、一件落着に。
言い換えるにしても、もっとこう…漢語の素養はないのか。
まあ、相手との合意があるかどうかなんて実際にはわかんないし。うんと言わざるをえなくさせられてる間柄ってのもあるし、殺人を犯した後に自殺するケースと一緒でいいですよ
賛成かな。子殺し擁護するアホもいるからね
これを報じる新聞は、自死芸能人の手段や事情、自宅や親族取材に殺到するのでした。
もう「心中」と呼ばない 国の専門委が変更 「子殺し覆い隠す」批判:朝日新聞
親族まきこんだ自殺および殺人事件だからね
無理心中ということばも、「潜在的な合意はあるけど、手段が拙かった心中」や、武士が落城のときに妻子殺して切腹、安徳天皇入水みたいなその方が客観的に苦が少なかった自殺的な印象をあたえるから、やめるべき。
これは言葉いじりとかでなく、日本における一家心中って諸外国と比べると罪状が軽い。この点こそ真の論点のはず。
これは全面支持。心中って言葉で、子供を道連れにした虐待を覆い隠してしまってはならないよね。昔とは異なり、子供だけ残されても支援の道はあるのだから。
心中よりもハードルが上がって外部に助けを求めやすくなることを祈る。いじめも傷害暴行脅迫恐喝にしよう。
そもそも心中の辞書的意味は共同自殺なので、合意が無いものに心中の語を当てるのがおかしかった。/虐待死だと保護責任者遺棄致死が含まれそうだけど(cf.児童虐待防止法2条3号)、殺人に限定して良いような。
良い流れ
"専門委は昨年の報告で「こどもは保護者の所有物ではなく、権利の主体だ」との認識を社会が持つことが重要だと指摘" まだそんなステージなのだよな。心中以外でも子供殺した場合は罪が軽いように見える
長すぎる。用語集の見出し語ではなく意味や説明のほうに書かれているような表現だ。単語として表せるものを考えるべきだと思う。
「行政無能による死亡事件」「制度的放置による死亡事件」「公的保護不全による死亡事件」「XXX(都道府県の長の名前、こども家庭庁の大臣の名前) の怠慢による死亡事件」
元々心中ってのは「曾根崎心中」のような男女の情死を指す言葉で、情死という概念がほぼ社会的制約の除去により死語となる中で、心中自体が家族含むものに広義化されちゃってたみたいな経緯はあるかな〜、とも
アンナチュラルで話題に挙げられてたな。「拡大自殺」が適当な気がする。
江戸幕府も「『忠』の字の上下を逆にして『心中』とはけしからん」ということでこの語を禁止して「相対死(あいたいじに)」と呼んでた(むかし大河ドラマで得た知識) https://w.wiki/ULPc
(一家、無理)心中という言葉を安易に使わないこと自体は大賛成だが、そうなるといよいよ「子どもは社会が育てる」方向に舵を切っていかなければならないのだが、そこんとこ大丈夫?
“有料記事がプレゼントされました! 9月11日 12:51まで全文お読みいただけます。 もう「心中」と呼ばない 国の専門委が変更 「子殺し覆い隠す」批判:朝日新聞” https://x.com/kii539174722981/status/2097896414051242464
いうて心中なら犯人も死ぬじゃん?どうやって刑重くすんの?
これ自体は良いことだな
子殺しの後自殺が短くて良いと思ったがどうだろう。
合意して一緒に死ぬ「心中」と、相手を殺して自分も死ぬ「無理心中」はさすがに別物のはずだけど、昨今は一緒くたにされてるのかな。/親と小さい子の死ぬ合意なんて有り得ない(子に合意する能力はない)とは思う。
「万引き」もやめよう
しょーもな
これはいいことだと思う
善哉
標的を狙った自爆テロと同じようなものだからな
言葉の変更はいいことだと思うけどマスコミはこの用語をちゃんと使うのか? "これまで「心中」と呼んできた事案を、今後は「保護者の自殺を伴うこどもの虐待死」と呼ぶ"
回りくどくて分かりにくいから広まらんと思う
殺人という意識づけが必要なのはわかる。でもどうしたって親は子供に対する責任みたいなのを感じがちだし社会からも負わされがち。保護者支援が第一だよね。言葉を変える「だけ」じゃ子供は救われないわけで。
下らない言葉遊びしてないで、子供を殺した親にしっかり拘禁刑を科して残った子どもの親権を取り上げろよ。あんなゆるゆるな刑法の恣意的運用しといて、子殺しを甘く見てんのは誰だ?って話だよ
「子殺し覆い隠す」言われてみればそうだな
自殺も自己責任っぽくてよくない(社会の責任を覆い隠してしまう)からもっと「世間が悪い」方向へよせてくべき(「私たちは売春させられた」理論。これが嵩じると「他人を道づれにすべき」になるので言い換えてもムダ
子供殺しを、どういう方向性であれ美化すべきじゃないので賛成。殺人行為は殺人行為でしかない、その点を誤魔化すべきじゃない。
総論賛成なのだが、「保護者の自殺を伴うこどもの虐待死」は長すぎて使われないのではないか。
次はぜひ「いじめ」も。現実を覆い隠さず、暴行、傷害といった事実に即した表記にしたほうがいい。
普通に考えて殺人罪になるよね。交際相手なら同意殺人罪かな?
親の事情(プロセス)で覆われていた子の虐待(結果)をよりオープンに評価する試みかと / 親子心中や一家心中が対象か。ちなみに本来の相対死(あいたいじに)であるところの心中は、現在どのくらいあるのだろうか?
無理心中でよくない?
心中と無理心中は別じゃないのと思ったら、すでにコメでその指摘あった。
そもそも誤用だよね、っていう。
無理心中という言葉を殺人の代わりにつかうのは問題と認識したということだろう
“加害者が実母の場合、動機は「保護者自身の精神疾患、精神不安定」「育児不安や育児負担感」が多く、実父の場合は「夫婦間のトラブルなど家庭に不和」「経済的困窮(多額の借金など)」が多かった。”
『無理心中』でいいです。意味の説明としてそれを用いればいい。
日本では親による子殺し(トイレ等への産み捨て含む)、車を介した子殺しに極端に甘い。異常なほど親の監護権が強いのも特徴。子供には意思も人格も自己決定権もないことを前提に法律が作られているのだろう。
長えよ。4文字以内に収めてから出直してこい。
まぁ普通に殺人だよなぁ。
強制心中とすれば、強の字犯罪に仲間入り
「心中」という言葉は、追い詰められた親の行為を「愛情ゆえの悲劇」と美化し、児童虐待の残酷な現実を隠蔽するとの批判があった。識者からは「無理心中は究極の虐待」と指摘され、表現の見直しに繋がった
子どもを殺すのはだいたい親。その割にちょっとでも目を離すと叩かれる。
リンゼー・クランシーの話が上がってくるかなと思ったらそんな気配はなかった。フェミニズムが暴走しすぎてついに母の子殺しを擁護する人まで現れている https://www.bbc.com/japanese/articles/cy0zkn8k32wo
「卑属殺人」でいいかな。
老々介護でも起きるけど、無理心中と虐待とは違うし、じゃあこれで困窮や介護で行き詰まった世帯を助けるわけでもないでしょw 言い方変えて自己責任強化して、叩ける棒を増やしたいだけにも見えるけど
マーダースイサイドだって、アンナチュラルで石原さとみが言うてた/尊属殺人は大昔に法改正されたが、いまだに量刑は、親殺し>子殺しの傾向が強いらしいね。保護責任自体が軽いんか?保有物意識?
"約20年使い続けた用語" たった20年
子を殺した挙げ句に責任からも罪からも逃れようとする鬼畜の所業
「心中」はいいけど、「無理心中」が良くないよな。
「「心中は子殺し自殺」 2023年度の虐待死65人、こども家庭庁の専門委が「名称見直し」を提言 - 弁護士ドットコム」 https://www.bengo4.com/c_18/n_19486/
尊属殺人罪がなくなって久しいが、うっすら子供の命と尊厳が軽いよね。他所の国と比べてどうかまでは知らんが
これは賛成。子供だけじゃなくて配偶者とかも理不尽に殺されたりするし。でも「自殺」を「自死」というのも綺麗事みたいで嫌なんだが。
尊属殺の違憲判決時に、近親殺重罰ならOKという補足意見があったのに、単純に尊属殺重罰規定のみ廃止したのはやっぱり間違ってると思うよ。殺人の半数が近親殺で事実上の厳罰化につながるらしいけど。
あー素晴らしい、素晴らしくないけど素晴らしい 英語だとsuicide-murder だもんね
そりゃそうだ、いつまで意味わからん言葉使っとんねん
じゃ、いじめも「暴行」だな。
子どもの人生があるからこそ親の都合で殺すのだから、名称を変えることで思いとどまる人がこれから増えれば。合わせて相談所の周知もいるか。
言葉遊びをすると心中が減るらしい。さすが言霊の国。
海外刑事ドラマ『MAJOR CRIMES』で、親の自殺に子を道連れにする日本の「心中」にドン引きする描写があったような。
付き合いあった人が借金苦で心中したけど「可哀そうだけどあの人最後に家族を殺したのか。」と思っちゃうね。
それって子の時だけ?介護してる時のやつは意図に含まれてる?
オールドメディアは「なぜなぜ」をやって他の用語も見直すべき。イジメ→暴行・強要、奨学金→学生ローン、万引き→窃盗、等々。
ようやくか。心中お察し申し上げます。
これは卑属◯人の罪が軽く見積もられて続けてるということで、日本も儒教文化の影響を脱することができないということなのだろう(刑法200条は削除されたけどね)
子殺しといえば、米国の子殺し(3人も)が今話題だけど、あれ、無罪に傾いているらしく、驚いている。陪審員の一人が粘って無罪に抵抗しているとか。
マスコミ先に動けなかったのかなぁ
覆い隠すという意味に受け取ったことはないけど世間的にはそういう意味なんだろうか。そもそも心中と殺人は違うと思うんだけど
やっとか
六本木保護者の自殺を伴うこどもの虐待死/曽根崎保護者の自殺を伴うこどもの虐待死/保護者の自殺を伴うこどもの虐待死エレジー
無理心中よね。「親が子どもを殺害して自らも自殺を図ることを、昨年までは「心中による虐待死」と呼んでいた」というのが明らかに異常だったと感じる
現代のその事象に対してその言葉を使わない意図はわかるけど歴史や文学、俗語への言葉狩りまではしないでほしいね
やっとか。とてもよい。
一歩前進。でも尊属殺害の刑罰が重いのは憲法違反とされてても相変わらず裁判では重罪になるように実務は変わんないと思う。世代が変わる半世紀後に期待。
それで何が変わるのか理解できなかった。そうすることで親が子を道連れにすることが減るわけではないし、残された人間へのスティグマが強化されるだけでは?まぁ減らしたいという心意気だけ買えばいいか
全面的に賛成したいです。
育児も介護も向き合わず逃げた人間への言葉もちゃんとしてほしいかな
殺人と言えば足りるのに虐待と言いたくて仕方ないのか、おかしな事になってる。子供は親の所有物という感覚を捨てるつもりがあるならまず虐待で何でも説明しようとするのを止めたほうがいい
「心中」は他の殺人と比べても刑期が軽くなりやすいので、そこも是正されるべきと考える
尊属殺人罪の名残りかな。親の場合は地獄行きみたいな大罪扱いなのに、子どもの場合はなぜか切腹みたいな恩赦があるのは理解に苦しむ。あと夫婦の場合でも夫▶妻の場合は心中で逆なら極悪鬼畜扱いなのは何だかなぁ。
「無理心中」は朝日の事件報道に関する社内指針では「合意の上であるかのような印象を読者に与え、殺人などの要素が薄れる可能性もあり、安易に使わないよう注意する」だそうだが、今後は警察の発表も言い換えるの?
変更の趣旨は合理的だが、言い換えがお役所らしいというか生硬で冗長すぎる。「子殺し自殺」で良いだろ
良いと思う。万引きやイジメも窃盗とか暴行とかに変えよう。
子殺しの現実覆い隠している/児童虐待の認識薄く愛情ゆえの行為だと美化.../子殺しの実態伝わらない/こどもは保護者の所有物ではなく権利の主体/米国や豪州「filicide-suicide」韓国「こども殺害後の極端な選択(自殺)」
前近代の価値観なら個人という観念はなく、親(一族)が滅べば幼子は他人の奴隷にされる人生だからむしろ一緒に殺してやるのが情と解釈されたが、家業の継承という制度が崩壊した近代社会で子を道連れの自決は無意味
支持
アンナチュラル
無理心中で親も死んだならまだしも、親だけ生き残ったケースでは正真正銘の単なる子殺し殺人だしな。
素晴らしい。次は「いじめ」を
根本的な対策や解決策は置き去りで、言葉遊びだけは仕事が早いの実に我が国らしいな。
無理心中は日本の刑法でも普通に殺人罪であり、心中も殺人教唆/幇助が成立し得るし、日本だけ特別に軽いという主張は誤り
単純に「殺人」や「殺害」と呼ぶことには問題があるのかな。「虐待死」だと違うものをイメージしてしまう気がする。
子どもに限らないのだから、道連れ殺人とかでいいんでは?
「やむにやまれず」みたいな同情的なニュアンスあるかも
呼び方を変えて、何が変わる?そもそも長すぎるから定着しない。
すべては親の責任だ、と強調するため。そのことで社会や行政の責任を逃れたい という狙い。「みんな親が悪いんだ。親を責めろ。おれたちは悪くない。おれたちには責任はない」と。死者を死刑にして、一件落着に。
言い換えるにしても、もっとこう…漢語の素養はないのか。
まあ、相手との合意があるかどうかなんて実際にはわかんないし。うんと言わざるをえなくさせられてる間柄ってのもあるし、殺人を犯した後に自殺するケースと一緒でいいですよ
賛成かな。子殺し擁護するアホもいるからね
これを報じる新聞は、自死芸能人の手段や事情、自宅や親族取材に殺到するのでした。