読書猿氏の思考の整理が見事。傲慢が集団化と自己像の強化から生まれる構造やリベラリズムの自己制約の重要性が深く考察されてて読み応えある
大衆を見下す事が目的化してる人に運動を乗っ取られてるからまずそこを何とかしないと。
リベラルに「反日」という要素が足されると、「ハテサ」というバケモノが出来上がるよ。
本質が「反ナントカ」(ナントカには任意の語を)の陣営は傲慢もエネルギーになるし必然とも思える。「反・知性主義」を「反知性・主義」と誤解した上で説教されたりすると乾いた笑いが生まれるが。
知識の冒険者たちが自らの傲慢さに気づく旅路、ダンテの地獄のようですわね。
自らに見え、知り、理屈で解釈できる世界がすべてだという自称「若者」が左へ、人生途中で見たり知ったり知らない言葉を知ろうとしなくなり、神仏や心霊信仰で済ます人が右に行くから、声の大きさ勝負。大差ない。
俺はリベラルの論理構造と認知バイアスを繋ぐ線があると思っているし、そう考える歪んだ人間なのでな「肝心な所避けて書いてんじゃねーのか」と読んでしまう
政治学上の自由主義と普遍主義の区別が出来ないとこうなる/杉田敦「権力論」を読むといい
現代のリベラリズムは本来の古典的リベラリズムからあまりにかけ離れてるのが問題なんだよな 個々人がもっと自由に生きられる思想に新しい名称を付けてそっちに移動できないものか
読んでないけど本来の意味の自由主義が傲慢になるのは当然では
こういう話題は特に肯定も否定も中身を読まずタイトルだけ読んでテキトーにブコメされがちだけど、かなり内容が精緻で良かったのでちゃんと内容を読まれた上でコメントされると良いなと思う
“私たちだけが、何が正しいかを判定する資格を持っている、と振る舞うことである。”←なんか最近見たよ、遺伝的云々がどうとかこうとかで
ネトウヨ爆釣れ記事やんけ
リベラルは↓みたいな感じ。嘲笑するのが目的化していて知性を感じない。
「多様な価値観の人と共存する」と言っているのに、「人権を尊重しないとかカスか?」のような自分の考えの絶対視・相手の人格否定をするのはリベラリズムの理念に反し、傲慢だ、と。
リベラルが意見を異にする人達を見下すという行動自体は仕方がない、でも擁護してね…としか書いてないなこれ
ん? ここでいう「リベラル」以外も、結構傲慢だけど? 前提おかしくないかしら。
僕は政治思想の左右は優先順位の差であって優劣ではないと考えてる。だが右派の中にも自分が正義と信じ切っている者もいる。これは傲慢な考え方だ。左派だって同じ。正義ではなく優先順位の差だから譲歩ができるのに
同意しない。全体主義の方が「俺が正しい」「キサマは非国民で間違っている」を一直線に出してくるシステムだから。これは思想の定義自体がそうなっている。(全体は個に優先する。)傲慢なリベラルはただの失敗。
社会的な議論や運動、意思決定の理想的な在り方──くらいの話として読むとしっくり来るな。「リベラル」はここで言うリベラリズムとは語源が同じくらいの繋がりしかないので、話題としてはノイズ。
本田由紀見てればわかるよね。他人は意気揚々と叩くくせに、自分がやらかしたら知らん振り。そんなのが自分は公正でござい言ってんだから傲慢でなくて何なのかと
“対話の相手ではなく、教育されるべき対象として扱っている。”これが左右の大きな違いよな。右は「なら置き去りにしていくね」として、もう二度と関わらないか、「まだ言ってる」と嘲笑するだけ。これが最大の違い
「リベラリズムは、「善い人間が権力を握ればよい」とは考えない」
「正しさ」を独占しようとするのがリベラルの傲慢だと思ってる。でも完全な「正しさ」なんて存在しないし、もしあっても我々はそれを実践できない。誰だってどこか間違ってる。
ここでいうリベラリズムが世間一般的なものを指すのか、「自分はリベラルだ!」と喧伝している人たちの行動を指すのか
ネトウヨも傲慢なのになぜリベラルだけが清廉さや謙虚さを求められるんだ!ネトウヨと同じように傲慢にふるまわせろ!ってリベラルが言ってたのでリベラルはリベラリズムの傲慢への警戒を理解していないかもしれない
自分と価値観が異なる人間なんて、大抵の場合不快ですよ。自分が価値あると考える存在にも、あり得ないと考える物事にも同意しないのだから。しかし、その不快を相互に受け入れた先にしか多様性のある社会はない。
常々思うんだけど右か左か、男か女かの2択にするから「こいつさえいなければ」と思って揉めるんだよな。敵が明確すぎる。4択にしよう。上下左右。実際合ってもすぐ2択に絞るやつが出てくるんだけどな
id:jaguarsan 本田由紀見てればわかるよね、のコメントを見て本田由紀を「竹田恒泰」に置き換えても成立すると思ったけど、彼は学問上の権威はないからな。権威を持ったリベラルが見下してる、と言われたら返せない。
非リベラルもネット普及以前なら時代遅れ扱いされたりバカにされながら、草の根で活動して支えてた活動家がいたし。リベラルは今そのターンだけど、そこで耐えて活動つづけられるかだよなあ。
議論の起点からめちゃくちゃ。起点命題が証明されていない。
冗長で途中までしか読んでいないが、元々リベラルでない不寛容な思想はいくら傲慢でも自己矛盾しないが、リベラリズムは自由や寛容を掲げる以上、運動になると自己矛盾しやすいという話か。まあそりゃそうだろう。
「見下し」という視点が現代の病理だな。SNSが作ってるが。マスコミが国民国家を作り、大戦を作り出したが、今度はSNSが世界を中世に変える
良記事。最近の研究では「左翼権威主義」とも呼ばれるリベラル自認の高学歴・文化的エリート層の進歩派が、自由よりも独自の道徳的正しさを優先した反民主的・検閲的・排他的言動で目立っていると指摘されてる。。
彼らに共通しているのは、自分だけは正しいと思っていること、そして反対意見の人間は全て敵と見なし攻撃するし、絶対謝らない。デモが好きなのも、反対されず自分の意見だけ言えるから。簡単に言えば自己中
リベラルは傲慢になると自己正当性が失われるというお話。ま、そりゃそうだよね
反ワクに目覚めた人はまだ目覚めてない人達のことを“従順な羊”と見下していた。左右関係なくどこもそんなもんでは
リベラルが笑止千万なのは、そもそも世界の基本的な成り立ちである数学や物理は何一つ解らないまま、中身のない空理空論と基督教コピペの倫理観を振りかざして「人間や社会を理解している」と主張する所。曲学阿世
具体的に誰のどの行為に対する批判なのかを明示せず、都合の良い藁人形集団としての「リベラル」を作り上げ、被害者意識を増幅させる。「ディープステート」を憎む陰謀論者と一体何が違うのか。
社会運動自体が、教化の側面がどうしてもあって、結果として運動側が強権教師のようにふるまうことになってしまい、結果リベラリズムとは齟齬をきたすみたいな。共産主義が独裁につながるみたいな。
右とか左とかの主張に関係なく、「傲慢だからNO」をもっと突きつけていくべきなのでは?
先にリベラルに対する嫌悪が存在しており、その嫌悪を説明(正当化)するため「傲慢」という属性を付与している可能性はないのでしょうか?また「傲慢」という評価も相手を道徳的に貶める便利なレトリックになります
“傲慢は、リベラリズムに付随する単なる副作用ではない。 自らを正当化していた根拠そのものの反転になる。 〜理念を実現しようとする過程で、その理念が、自らの反対物へ変わるという失敗である。”
SNS以前はもうちょっとマシだったからリベラリズムは30年前くらいに回帰してそっから同じ轍を踏まないようにやり直したほうがいいんじゃない? と私は心のどっかで思っている
お洒落な人がオシャレに気を使ってる姿を見ただけで「見下された・バカにされた」と感じるような人が多過ぎ。自分が正しいと思う方向性で、高みを目指して努力したらいかんのか?(リベラルは理想主義)
書かれている内容には同意するんだけど、ここまで考えて左派やっている現場の人、どれくらいいるのかなー、って思っちゃう。え?左派とリベラルは別?まあ、そうかもだけどそんなー
誰か?って思ったら読書猿さん。信頼してるネットの論客。、
リベラルと保守は左右ではなく、前後の位置関係にある。前後の位置どりも人それぞれで、80年代の女性の社会進出くらいまではリベラル側が多かったが、LGBTとか移民とかがイシューになると保守側が多くなったと思う。
多重質問の誤謬。「お前はまだ奥さんを殴っているのか」論法
Eテレで山下範久先生が近代西欧が内向きには公正・公平だが植民地には劣った人間として酷いことができた二重基準の視線を解説していた.Wokeは帝国主義の人間と同じだから他者に対して残酷なんだろうと思った.
なるほど。傲慢な右翼や保守の存在に違和感はないが、傲慢なリベラルと聞くと「傲慢さはリベラルちゃうやろ!」と思ってしまうということね
ロールズを含めた包括的な『政治的リベラリズム』批判はミアシャイマーの「The Great Delusion」が強くて好き。逆にリベラリスト自認の方こそ本書に全力反論しながら読むとめっちゃ強くなると思います。オススメ(5回目
まず最初に身内とヨソ者に区別するのが保守の基本だよね。ヨソ者のことも尊重するならいいけどだいたい郷に入れば郷に従え論調になるのよな。
「意見の違う相手を教育されるべき対象として扱う」「人間の目的が多数あることを無視してる」がリベラルの傲慢さ。そして理想のためなら「他者の同じ自由を破壊しても良い」となり本来の思想から逸脱し自滅してる。
本質的に「言動不一致」に聞こえてしまうからね。“しかしリベラリズムは、自身の傲慢さによって、もっとも深く傷つく思想である” /そして、相手が持たない知識を言うんだから「バカにされてる」と思うのも不可避
リベラリズムとは全く違う話を「リベラル」の話として扱っている例。 / この種の言説はとにかく「リベラル」を攻撃することしか目的としていないので、このように論理的な正しさに対する敬意が無いブコメ群になる。
連合赤軍のリンチ以来、資本主義の大勝利以来。左翼リベラルは貧困者、労働者運動から離れ、アカデミズムやショービジネス、マスコミの要塞町に住み貴族化した。世界的に同じ流れ。
傲慢さへの自己批判を許容できることが強みでも弱さでもあるって内容なのにタイトルだけ読んでだからリベラルはダメだ!系のコメつけてる奴見ると色々諦めざるを得ないわな。リトマス試験紙としてもいい記事ですね。
こんなことは誰もわかってる。ただ未だ実在しない「目的/理想」を扱う方法を我々は知らないのよ。平和は誰も一致できる理想だが、だから全て武力を否定すれば傲慢で、それを避ければ平和のための武力なる欺瞞になる
"この権利は、私たちに同意しないあなたのものでもある。この手続きは、私たちを政権から追い落とすためにも使える。この自由は、私たちを批判するためにも保障される。"全面的に同意だけど特にコレ
タイトルが酷い…「正しさはなぜ『傲慢』に変わるのか 社会運動の論理とリベラリズムの自己矛盾」あたりが妥当でしょう。そして保守も自分の思い込んだ正しさを絶対視して「保守」としては歪むことは普通にあるし。
人間が不完全である(天使ではない)ことを織り込んだ制度を作り上げることは不完全な人間にできるんだろうか?
この文章を理解できる自称リベラリストがどれだけいるだろうか
今の「リベラル派」はリベラル思想でなく「進歩主義左派」だからね、「リベラル」は本来、近代自由主義を基礎にした自由民主主義の中道、自民党とかも。左派思想とは本来別物だが冷戦終結後欧米でも接近し乗っ取った
アンチリベラルのほうがはるかに傲慢だろ。「リベラルを無条件で弾圧しろ」という暴論を当然のように主張しておきながら、これに反発すると「リベラルは不寛容!」の大合唱だからな。新庄のマット殺人犯共と同じ
正義論を議論し尽くしていくうちに、その姿勢そのものが傲慢にならざるを得ず、それがその正義に叶わないというのはもはや宿痾というか……
"個人の傲慢なら反省の対象になっても、集団が共有した傲慢は、やがて「常識」や「正義」を名乗り始める。" 集団内でのエコーチェンバーにより「傲慢」に対する自己批判意識が薄れ「正義」に変わっていくように思う
コンビニ前で左右仲良く肉まんでも食って語り合おう。
そうだっけ?無知のベールは?→“ジョン・ロールズの政治的リベラリズムへと連なる系譜の出発点には、人々は善い生き方について最終的には一致しないという認識”
こういうタイトルの時に「どういうデータでリベラルは傲慢だと示されているのか」を確認した方が良い。/ここで言うリベラルとは何かも。人によって異なる。/この記事自体はどうなんでしょう。
論理的筋立てはこの記事でよいと思うが、社会の実相(実装)を見ると学問ギルド内再生産とか政党組織の自己目的化とかが絡んで複雑(で描き切れぬ)よな(ブコメで文句言ってる人は米屋の店頭で焼肉定食を出せと騒いでる感
コメント見てると、なぜか右派を持ち出してるのがいくつかある。そして星が集まってる。なぜリベラルは左派だけのものだと思い込んでるんだろう?リベラル右派なんて海外見てもそこら中にあるのに。
自民党も外国いけばリベラル。
読まずにコメントするのはブクマカの恥とされる
こういう御託、まだやる人いるんだね。こういうのは大衆心理や経済に無知でもリベラル派が権威側に回れてた時代の産物よな。小難しく語ることで、結果が伴わなくなっても権威側に居座りたい欲望が伝わってくる。
本田由紀先生みたいな人に社会運動を乗っ取られて正しさの判断基準まで委ねていることに、よくリベラルな方々は耐えられるな。あのような態度と振る舞いこそ打破すべき傲慢な権力者の振る舞いだろうに。
リベラルは片手縛られたような勝負にされがちよね『誰が勝っても敗者を市民でなくしたりしないこと。リベラルが敗れても、リベラリズムを敗れさせないこと。そして、自らが守った自由を、自らに同意しない者へも返す
リベラリズムは傲慢によって最も傷付くはずなのに傲慢なリベラリストが多いように見えるのは実は彼らはただのファッションリベラリストだからだよ。なんか先進的!マイノリティかわいそう!くらいのノリなんだろう
知能指数と学歴と地位と収入が上なのはヨーロッパなら貴族だから傲慢で当たり前。それがアメリカでリベラルエリート層になった。某国立大学教授からすればあの批判はトランプ支持者のような猿の群れに見えてる。
長いから読んでない。ただリベラルが傲慢なのではなく、リベラルを自称する傲慢な奴等が残ったという事だけ主張しておく。ホンマモンの自由主義者は、そんな奴等に厭気がさしてリベラルの看板を捨てたんや。
「保守」が傲慢でも文句を言われない。元々傲慢なので。さらにはウソつきでもバカでも平気。元々そうなので。リベラルは傲慢でもウソをついてもバカでも責められる。
結局白人の啓蒙主義から生まれたからじゃないの?無知な者共を啓蒙し支配するのは正しいというのは植民地主義が堂々と横行してた時代から変わらないかもしれない
正直それこそがアメリカ型資本主義というか反共産主義勝共あたりにプロパガンダされてうっすら洗脳されているんだと思う。
ダブスタしなきゃ何でもいいよ。
読んだ。リベラリズムが他の主義よりユニークに優れていて国家の政治原理として採用すべき理由は、正しさの過度の達成により正当性が崩壊する自壊装置を持っているから。保守や右派の攻撃が検証装置となり鍛えになる
傲慢なのはにんげん。
傲慢というかそれ以前に幼稚かつ頭がとにかく悪くて、それ故行動が傲慢に見えるって感じなんだよな。人の言う事を素直に理解する知性を持ち合わせていないし、先を見通したりする事も出来ない
“自らの傲慢を、正義として完成させないことにある” 出来てないじゃない。何で、その上で我々は、リベラルどもに阿呆扱いされなくてはならないのかね
リベラルが傲慢化する背景には、普遍的な理念を掲げた社会運動が反対者を道徳的な誤りとみなす構造的力学が存在する
「リベラリズムが勝った社会とは、リベラルが選挙に負けても、リベラリズムが敗れない社会である。」蓋し日本はリベラリズムが体現した社会である。まあ、政権与党も「自由民主党」だしな。
「リベラリズムは、自身の傲慢さによって、もっとも深く傷つく思想である」確かに、トランプやイスラエルは、自身の傲慢さに全く傷つかないしな。リベラルの勝ち目なし。
リベラルは傲慢だし、右翼は馬鹿だし、ってことだね。
AIポン出し文章なのに肩書だけでこんなに読まれるのか
リベラリズムは不寛容に陥る./アドボケイトの範囲を超えて実は自分自身の主張を言ってるような感じがあると萎える.辺野古問題とか社会運動自体が目的になっているケースとか./常に自身の反省を内包する必要がある.
読んだ。リベラル「思想」は傲慢、のほうが近いのでは?そもそもネットリベラルが戦ってるのは同レベルの知性を期待できない「他者の同じ自由を破壊」している連中なので、書いてある内容はほぼ当てはまらないのよ。
本質的には国民が飢えている中で幹部だけ豪華な食事を貪っていたクメール・ルージュみたいなもんだから。
共存の知恵としての諸々は法治主義とまとめてしまってたけど『政治的リベラリズム』という本があったのか。
リベラルと言うよりも「全ての共産党員」って言い換えるとスルリと入ってきたのは不思議ww
自分たちの誤りは、情報不足、戦術上の失敗、理念の不徹底として説明される。ところが反対者の誤りは、無知、偏見、知性の不足、道徳的な欠陥として説明される。
「リベラル」が意見の異なるものを「差別者」とし、「そういった差別者とは話をしない」としたところでカルト化に歯止めがかからなくなったと思う。
なぜリベラルは「傲慢」なのか——社会運動の論理と、リベラリズム固有の傷|Reading Monkey
読書猿氏の思考の整理が見事。傲慢が集団化と自己像の強化から生まれる構造やリベラリズムの自己制約の重要性が深く考察されてて読み応えある
大衆を見下す事が目的化してる人に運動を乗っ取られてるからまずそこを何とかしないと。
リベラルに「反日」という要素が足されると、「ハテサ」というバケモノが出来上がるよ。
本質が「反ナントカ」(ナントカには任意の語を)の陣営は傲慢もエネルギーになるし必然とも思える。「反・知性主義」を「反知性・主義」と誤解した上で説教されたりすると乾いた笑いが生まれるが。
知識の冒険者たちが自らの傲慢さに気づく旅路、ダンテの地獄のようですわね。
自らに見え、知り、理屈で解釈できる世界がすべてだという自称「若者」が左へ、人生途中で見たり知ったり知らない言葉を知ろうとしなくなり、神仏や心霊信仰で済ます人が右に行くから、声の大きさ勝負。大差ない。
俺はリベラルの論理構造と認知バイアスを繋ぐ線があると思っているし、そう考える歪んだ人間なのでな「肝心な所避けて書いてんじゃねーのか」と読んでしまう
政治学上の自由主義と普遍主義の区別が出来ないとこうなる/杉田敦「権力論」を読むといい
現代のリベラリズムは本来の古典的リベラリズムからあまりにかけ離れてるのが問題なんだよな 個々人がもっと自由に生きられる思想に新しい名称を付けてそっちに移動できないものか
読んでないけど本来の意味の自由主義が傲慢になるのは当然では
こういう話題は特に肯定も否定も中身を読まずタイトルだけ読んでテキトーにブコメされがちだけど、かなり内容が精緻で良かったのでちゃんと内容を読まれた上でコメントされると良いなと思う
“私たちだけが、何が正しいかを判定する資格を持っている、と振る舞うことである。”←なんか最近見たよ、遺伝的云々がどうとかこうとかで
ネトウヨ爆釣れ記事やんけ
リベラルは↓みたいな感じ。嘲笑するのが目的化していて知性を感じない。
「多様な価値観の人と共存する」と言っているのに、「人権を尊重しないとかカスか?」のような自分の考えの絶対視・相手の人格否定をするのはリベラリズムの理念に反し、傲慢だ、と。
リベラルが意見を異にする人達を見下すという行動自体は仕方がない、でも擁護してね…としか書いてないなこれ
ん? ここでいう「リベラル」以外も、結構傲慢だけど? 前提おかしくないかしら。
僕は政治思想の左右は優先順位の差であって優劣ではないと考えてる。だが右派の中にも自分が正義と信じ切っている者もいる。これは傲慢な考え方だ。左派だって同じ。正義ではなく優先順位の差だから譲歩ができるのに
同意しない。全体主義の方が「俺が正しい」「キサマは非国民で間違っている」を一直線に出してくるシステムだから。これは思想の定義自体がそうなっている。(全体は個に優先する。)傲慢なリベラルはただの失敗。
社会的な議論や運動、意思決定の理想的な在り方──くらいの話として読むとしっくり来るな。「リベラル」はここで言うリベラリズムとは語源が同じくらいの繋がりしかないので、話題としてはノイズ。
本田由紀見てればわかるよね。他人は意気揚々と叩くくせに、自分がやらかしたら知らん振り。そんなのが自分は公正でござい言ってんだから傲慢でなくて何なのかと
“対話の相手ではなく、教育されるべき対象として扱っている。”これが左右の大きな違いよな。右は「なら置き去りにしていくね」として、もう二度と関わらないか、「まだ言ってる」と嘲笑するだけ。これが最大の違い
「リベラリズムは、「善い人間が権力を握ればよい」とは考えない」
「正しさ」を独占しようとするのがリベラルの傲慢だと思ってる。でも完全な「正しさ」なんて存在しないし、もしあっても我々はそれを実践できない。誰だってどこか間違ってる。
ここでいうリベラリズムが世間一般的なものを指すのか、「自分はリベラルだ!」と喧伝している人たちの行動を指すのか
ネトウヨも傲慢なのになぜリベラルだけが清廉さや謙虚さを求められるんだ!ネトウヨと同じように傲慢にふるまわせろ!ってリベラルが言ってたのでリベラルはリベラリズムの傲慢への警戒を理解していないかもしれない
自分と価値観が異なる人間なんて、大抵の場合不快ですよ。自分が価値あると考える存在にも、あり得ないと考える物事にも同意しないのだから。しかし、その不快を相互に受け入れた先にしか多様性のある社会はない。
常々思うんだけど右か左か、男か女かの2択にするから「こいつさえいなければ」と思って揉めるんだよな。敵が明確すぎる。4択にしよう。上下左右。実際合ってもすぐ2択に絞るやつが出てくるんだけどな
id:jaguarsan 本田由紀見てればわかるよね、のコメントを見て本田由紀を「竹田恒泰」に置き換えても成立すると思ったけど、彼は学問上の権威はないからな。権威を持ったリベラルが見下してる、と言われたら返せない。
非リベラルもネット普及以前なら時代遅れ扱いされたりバカにされながら、草の根で活動して支えてた活動家がいたし。リベラルは今そのターンだけど、そこで耐えて活動つづけられるかだよなあ。
議論の起点からめちゃくちゃ。起点命題が証明されていない。
冗長で途中までしか読んでいないが、元々リベラルでない不寛容な思想はいくら傲慢でも自己矛盾しないが、リベラリズムは自由や寛容を掲げる以上、運動になると自己矛盾しやすいという話か。まあそりゃそうだろう。
「見下し」という視点が現代の病理だな。SNSが作ってるが。マスコミが国民国家を作り、大戦を作り出したが、今度はSNSが世界を中世に変える
良記事。最近の研究では「左翼権威主義」とも呼ばれるリベラル自認の高学歴・文化的エリート層の進歩派が、自由よりも独自の道徳的正しさを優先した反民主的・検閲的・排他的言動で目立っていると指摘されてる。。
彼らに共通しているのは、自分だけは正しいと思っていること、そして反対意見の人間は全て敵と見なし攻撃するし、絶対謝らない。デモが好きなのも、反対されず自分の意見だけ言えるから。簡単に言えば自己中
リベラルは傲慢になると自己正当性が失われるというお話。ま、そりゃそうだよね
反ワクに目覚めた人はまだ目覚めてない人達のことを“従順な羊”と見下していた。左右関係なくどこもそんなもんでは
リベラルが笑止千万なのは、そもそも世界の基本的な成り立ちである数学や物理は何一つ解らないまま、中身のない空理空論と基督教コピペの倫理観を振りかざして「人間や社会を理解している」と主張する所。曲学阿世
具体的に誰のどの行為に対する批判なのかを明示せず、都合の良い藁人形集団としての「リベラル」を作り上げ、被害者意識を増幅させる。「ディープステート」を憎む陰謀論者と一体何が違うのか。
社会運動自体が、教化の側面がどうしてもあって、結果として運動側が強権教師のようにふるまうことになってしまい、結果リベラリズムとは齟齬をきたすみたいな。共産主義が独裁につながるみたいな。
右とか左とかの主張に関係なく、「傲慢だからNO」をもっと突きつけていくべきなのでは?
先にリベラルに対する嫌悪が存在しており、その嫌悪を説明(正当化)するため「傲慢」という属性を付与している可能性はないのでしょうか?また「傲慢」という評価も相手を道徳的に貶める便利なレトリックになります
“傲慢は、リベラリズムに付随する単なる副作用ではない。 自らを正当化していた根拠そのものの反転になる。 〜理念を実現しようとする過程で、その理念が、自らの反対物へ変わるという失敗である。”
SNS以前はもうちょっとマシだったからリベラリズムは30年前くらいに回帰してそっから同じ轍を踏まないようにやり直したほうがいいんじゃない? と私は心のどっかで思っている
お洒落な人がオシャレに気を使ってる姿を見ただけで「見下された・バカにされた」と感じるような人が多過ぎ。自分が正しいと思う方向性で、高みを目指して努力したらいかんのか?(リベラルは理想主義)
書かれている内容には同意するんだけど、ここまで考えて左派やっている現場の人、どれくらいいるのかなー、って思っちゃう。え?左派とリベラルは別?まあ、そうかもだけどそんなー
誰か?って思ったら読書猿さん。信頼してるネットの論客。、
リベラルと保守は左右ではなく、前後の位置関係にある。前後の位置どりも人それぞれで、80年代の女性の社会進出くらいまではリベラル側が多かったが、LGBTとか移民とかがイシューになると保守側が多くなったと思う。
多重質問の誤謬。「お前はまだ奥さんを殴っているのか」論法
Eテレで山下範久先生が近代西欧が内向きには公正・公平だが植民地には劣った人間として酷いことができた二重基準の視線を解説していた.Wokeは帝国主義の人間と同じだから他者に対して残酷なんだろうと思った.
なるほど。傲慢な右翼や保守の存在に違和感はないが、傲慢なリベラルと聞くと「傲慢さはリベラルちゃうやろ!」と思ってしまうということね
ロールズを含めた包括的な『政治的リベラリズム』批判はミアシャイマーの「The Great Delusion」が強くて好き。逆にリベラリスト自認の方こそ本書に全力反論しながら読むとめっちゃ強くなると思います。オススメ(5回目
まず最初に身内とヨソ者に区別するのが保守の基本だよね。ヨソ者のことも尊重するならいいけどだいたい郷に入れば郷に従え論調になるのよな。
「意見の違う相手を教育されるべき対象として扱う」「人間の目的が多数あることを無視してる」がリベラルの傲慢さ。そして理想のためなら「他者の同じ自由を破壊しても良い」となり本来の思想から逸脱し自滅してる。
本質的に「言動不一致」に聞こえてしまうからね。“しかしリベラリズムは、自身の傲慢さによって、もっとも深く傷つく思想である” /そして、相手が持たない知識を言うんだから「バカにされてる」と思うのも不可避
リベラリズムとは全く違う話を「リベラル」の話として扱っている例。 / この種の言説はとにかく「リベラル」を攻撃することしか目的としていないので、このように論理的な正しさに対する敬意が無いブコメ群になる。
連合赤軍のリンチ以来、資本主義の大勝利以来。左翼リベラルは貧困者、労働者運動から離れ、アカデミズムやショービジネス、マスコミの要塞町に住み貴族化した。世界的に同じ流れ。
傲慢さへの自己批判を許容できることが強みでも弱さでもあるって内容なのにタイトルだけ読んでだからリベラルはダメだ!系のコメつけてる奴見ると色々諦めざるを得ないわな。リトマス試験紙としてもいい記事ですね。
こんなことは誰もわかってる。ただ未だ実在しない「目的/理想」を扱う方法を我々は知らないのよ。平和は誰も一致できる理想だが、だから全て武力を否定すれば傲慢で、それを避ければ平和のための武力なる欺瞞になる
"この権利は、私たちに同意しないあなたのものでもある。この手続きは、私たちを政権から追い落とすためにも使える。この自由は、私たちを批判するためにも保障される。"全面的に同意だけど特にコレ
タイトルが酷い…「正しさはなぜ『傲慢』に変わるのか 社会運動の論理とリベラリズムの自己矛盾」あたりが妥当でしょう。そして保守も自分の思い込んだ正しさを絶対視して「保守」としては歪むことは普通にあるし。
人間が不完全である(天使ではない)ことを織り込んだ制度を作り上げることは不完全な人間にできるんだろうか?
この文章を理解できる自称リベラリストがどれだけいるだろうか
今の「リベラル派」はリベラル思想でなく「進歩主義左派」だからね、「リベラル」は本来、近代自由主義を基礎にした自由民主主義の中道、自民党とかも。左派思想とは本来別物だが冷戦終結後欧米でも接近し乗っ取った
アンチリベラルのほうがはるかに傲慢だろ。「リベラルを無条件で弾圧しろ」という暴論を当然のように主張しておきながら、これに反発すると「リベラルは不寛容!」の大合唱だからな。新庄のマット殺人犯共と同じ
正義論を議論し尽くしていくうちに、その姿勢そのものが傲慢にならざるを得ず、それがその正義に叶わないというのはもはや宿痾というか……
"個人の傲慢なら反省の対象になっても、集団が共有した傲慢は、やがて「常識」や「正義」を名乗り始める。" 集団内でのエコーチェンバーにより「傲慢」に対する自己批判意識が薄れ「正義」に変わっていくように思う
コンビニ前で左右仲良く肉まんでも食って語り合おう。
そうだっけ?無知のベールは?→“ジョン・ロールズの政治的リベラリズムへと連なる系譜の出発点には、人々は善い生き方について最終的には一致しないという認識”
こういうタイトルの時に「どういうデータでリベラルは傲慢だと示されているのか」を確認した方が良い。/ここで言うリベラルとは何かも。人によって異なる。/この記事自体はどうなんでしょう。
論理的筋立てはこの記事でよいと思うが、社会の実相(実装)を見ると学問ギルド内再生産とか政党組織の自己目的化とかが絡んで複雑(で描き切れぬ)よな(ブコメで文句言ってる人は米屋の店頭で焼肉定食を出せと騒いでる感
コメント見てると、なぜか右派を持ち出してるのがいくつかある。そして星が集まってる。なぜリベラルは左派だけのものだと思い込んでるんだろう?リベラル右派なんて海外見てもそこら中にあるのに。
自民党も外国いけばリベラル。
読まずにコメントするのはブクマカの恥とされる
こういう御託、まだやる人いるんだね。こういうのは大衆心理や経済に無知でもリベラル派が権威側に回れてた時代の産物よな。小難しく語ることで、結果が伴わなくなっても権威側に居座りたい欲望が伝わってくる。
本田由紀先生みたいな人に社会運動を乗っ取られて正しさの判断基準まで委ねていることに、よくリベラルな方々は耐えられるな。あのような態度と振る舞いこそ打破すべき傲慢な権力者の振る舞いだろうに。
リベラルは片手縛られたような勝負にされがちよね『誰が勝っても敗者を市民でなくしたりしないこと。リベラルが敗れても、リベラリズムを敗れさせないこと。そして、自らが守った自由を、自らに同意しない者へも返す
リベラリズムは傲慢によって最も傷付くはずなのに傲慢なリベラリストが多いように見えるのは実は彼らはただのファッションリベラリストだからだよ。なんか先進的!マイノリティかわいそう!くらいのノリなんだろう
知能指数と学歴と地位と収入が上なのはヨーロッパなら貴族だから傲慢で当たり前。それがアメリカでリベラルエリート層になった。某国立大学教授からすればあの批判はトランプ支持者のような猿の群れに見えてる。
長いから読んでない。ただリベラルが傲慢なのではなく、リベラルを自称する傲慢な奴等が残ったという事だけ主張しておく。ホンマモンの自由主義者は、そんな奴等に厭気がさしてリベラルの看板を捨てたんや。
「保守」が傲慢でも文句を言われない。元々傲慢なので。さらにはウソつきでもバカでも平気。元々そうなので。リベラルは傲慢でもウソをついてもバカでも責められる。
結局白人の啓蒙主義から生まれたからじゃないの?無知な者共を啓蒙し支配するのは正しいというのは植民地主義が堂々と横行してた時代から変わらないかもしれない
正直それこそがアメリカ型資本主義というか反共産主義勝共あたりにプロパガンダされてうっすら洗脳されているんだと思う。
ダブスタしなきゃ何でもいいよ。
読んだ。リベラリズムが他の主義よりユニークに優れていて国家の政治原理として採用すべき理由は、正しさの過度の達成により正当性が崩壊する自壊装置を持っているから。保守や右派の攻撃が検証装置となり鍛えになる
傲慢なのはにんげん。
傲慢というかそれ以前に幼稚かつ頭がとにかく悪くて、それ故行動が傲慢に見えるって感じなんだよな。人の言う事を素直に理解する知性を持ち合わせていないし、先を見通したりする事も出来ない
“自らの傲慢を、正義として完成させないことにある” 出来てないじゃない。何で、その上で我々は、リベラルどもに阿呆扱いされなくてはならないのかね
リベラルが傲慢化する背景には、普遍的な理念を掲げた社会運動が反対者を道徳的な誤りとみなす構造的力学が存在する
「リベラリズムが勝った社会とは、リベラルが選挙に負けても、リベラリズムが敗れない社会である。」蓋し日本はリベラリズムが体現した社会である。まあ、政権与党も「自由民主党」だしな。
「リベラリズムは、自身の傲慢さによって、もっとも深く傷つく思想である」確かに、トランプやイスラエルは、自身の傲慢さに全く傷つかないしな。リベラルの勝ち目なし。
リベラルは傲慢だし、右翼は馬鹿だし、ってことだね。
AIポン出し文章なのに肩書だけでこんなに読まれるのか
リベラリズムは不寛容に陥る./アドボケイトの範囲を超えて実は自分自身の主張を言ってるような感じがあると萎える.辺野古問題とか社会運動自体が目的になっているケースとか./常に自身の反省を内包する必要がある.
読んだ。リベラル「思想」は傲慢、のほうが近いのでは?そもそもネットリベラルが戦ってるのは同レベルの知性を期待できない「他者の同じ自由を破壊」している連中なので、書いてある内容はほぼ当てはまらないのよ。
本質的には国民が飢えている中で幹部だけ豪華な食事を貪っていたクメール・ルージュみたいなもんだから。
共存の知恵としての諸々は法治主義とまとめてしまってたけど『政治的リベラリズム』という本があったのか。
リベラルと言うよりも「全ての共産党員」って言い換えるとスルリと入ってきたのは不思議ww
自分たちの誤りは、情報不足、戦術上の失敗、理念の不徹底として説明される。ところが反対者の誤りは、無知、偏見、知性の不足、道徳的な欠陥として説明される。
「リベラル」が意見の異なるものを「差別者」とし、「そういった差別者とは話をしない」としたところでカルト化に歯止めがかからなくなったと思う。