多分そういうタイプの人なんだろうな、というのは、この件最初に聞いた時にまず思ったよね…>「ご焼香の後、誰よりも深く、長く、頭を下げてくださった方がおられました。それが先生でした。」
この話をスルーする方々の本音を聞いてみたい。もしかして「あなたがnoteで煽るから先生は追い詰められたのでは」とか腹の内で思っているのだろうか
きっと先生は、天国で平和のために基地反対しているに違いない。デニー再選!
一生、このご家族は辺野古のことを考え続けるだろう。それが彼女の為になると思っているように思えた。
自分はこんなふうにふるまえないだろうな…… すごい。同時に、亡くなられた方の魂が安らかであるように。
規則は血で書かれている。失敗は失敗で改善しなければならない。難しい。
遺族の言葉が重すぎる…誰か一人に責任押し付けて終わらせちゃダメな問題だな
"当事者の一人として発信を続けてきた立場であること、そして命の問題であることから、覚悟を持って書き残すことにしました"
そんなに悔いるくらいなら裁判で証言してほしかったよな/ id:hanajibuu id:getcha id:takahire_hatene ←はてな運営は何故こいつらをBANしないのか
最初の日に学校が組織として誠実に遺族と向き合っていれば、ここまで酷い話にはならなかっただろう。
もう見返すだけでも嫌になるんだが、この件に対するはてな民の反応はこちら→ https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.co.jp/webnews/pages/abc_62289.html
間に学校や弁護士がいるので難しいと思うが、もし遺族と先生が接触できていれば、また違う結末があったかもしれない
( 遺書はないが事故当時の状況から自死されたと考えられているらしい。) /https://news.yahoo.co.jp/articles/3bc1e7c7a13409eb9565aec471b9c21e0914c7ee?page=3
抑えた書き方をしているが、下見をしない判断を下したのはこの教師である。実際にボートに乗る下見をしたとして、常識的には当然と考えられる、取りやめを判断できた人だったかどうかもわからない。自死は無責任。
いつも犠牲になるのは深く相手に感情を寄せている人。悪意と責任は別の話だが深く心を痛めていたことは伝わってくる/記事を読む限り謝罪の意は伝えられているようで、学校の対応とは関係無しに耐えきれなかったのか
複雑な思い、としか言いようがない...
つくづく休職を出来ていればという思いが強い。
『責任は、命で取るものではありません。生きて、事実を語り、間違いを認め、変えていくことでしか、果たせないのです。』
日本には信教、信条の自由がある。自らの奉じる正しさの為なら、未成年をオルグしても良い。来年も危険なボートに学生を乗せれば良いと考える人もいるのでしょう。/しかし、卑しくも教育者がそれでは困るんですよ。
“責任は、命で取るものではありません。”
全員死ぬまでやめないのか。法的な手続きを取った以上、裁定や事実解明は司法の場に委ねるべき。私刑を煽るような港の動画を出す必要はなかった。
責任感のつよい人が死んで、無責任でいい加減な連中が生き残ってるの腹立たしいけど、そんなもんだよな
この教諭が責任なかったというわけではなくて。ただ責任感ある人のほうが命を絶ってしまって、現地活動家のような攻撃的な人たちが責任とろうとする気配がないの悲しいよな。
凄い父親だな…真似できないな(私も人の親ではあるんだが)
一礼して30秒で退席するのを見た子どもたちは何を思うか→大人たちが責任とどう向き合うか
id:hanajibuu 全員死ぬまで認めないのか。生徒たちは天候状況に関わらず誰もそんな場所みたいと思ってなかったうえに大波は唐突に現れたわけでもなく避けられた事故だったということを。
3がとても大切。大人達がどう向き合うのか見ている。だが真摯な心を阻むのは組織。協議会、党、学校法人、教会。
これを読んでさらに溝を深めようとする人もいるんだよね。この記事はこの記事として素直に読もうよ。
このレベルの文章が書ける人は大新聞でも大マスコミでもなかなかいないと思う
平和教育を受けた生徒たちが溝を埋める側になったのかはわからないが、今回の事故は溝を深める結果になった。辺野古移設反対派は悪者のようなネット世論になっているが、沖縄県民は今でも反対のほうがやや多い。
命で償えないものを、僕らは今日も積み重ねていくしかない。それを人類の叡智と呼んだり、進化と呼んだり、文化と呼んだりする。価値を決められるのは人間だけなのだから。
あまり多くは言いたくはないけど。なぜ人は亡くなった人の気持ちを語ろうとするのだろうか。
キリスト教系の学校のことなので「ご冥福をお祈りします」を使っていない。
責任は命で取るものではないという言葉が実に重い…
このお父様は立派な方だなとしか…。書かれていた3つのこと、全てその通りだと思いました。亡くなった先生が何を思って、何を苦にしたかなどは何もわからないけど、関係者が皆向き合い改善する方向に進んでほしい
『責任は、命で取るものではありません。』どの生徒にも届いて欲しい。そして、未だ出てこない責任者にも。
ご遺族は生前この教師に思いの丈をぶつけて恨んで罵って泣いたらまだ救いがあったかもしれないがそれすら出来ず教師のかたも遺族に向き合えず自死を選んだ。そう考えるとこの事故を取り巻く闇の深さが伺い知れる
先生の自殺関連でとても酷いブコメが複数あったが、そういう方々こそこの話を読んで何かを残すべきじゃないだろうか。 https://megalodon.jp/2026-0908-2208-53/https://b.hatena.ne.jp:443/entry/4792376590766397826/comment/h22_Funny_Bunny
なんか・・・ブコメ見てゲンナリするな。ようもまぁ心を痛めて重さに耐えかねて自死の道を選ばざるを得なかった人に自己責任みたいな事が言えるな。あなたの身内だったらと考えてみなよ。
死を選ぶことは責任をとったことにはならないし、ある意味逃げでしかない。組織としての問題があったんだから、それを是正しないと……
“責任は、命で取るものではありません。生きて、事実を語り、間違いを認め、変えていくことでしか、果たせないのです。命ある限り、今日を生きてください”
この国では死ぬと有耶無耶になること多いから、原因究明は変わらずに続けてほしい。
真摯な姿勢で向き合ってきたからこそ耐えられない重みだったのだろうことが伝わってきて胸が詰まった。責任を追及する側である遺族の方も同様に真摯に応答されていると思う
「あなたがnoteで煽るから先生は追い詰められたのでは」まちがないくその一端で中心でもあろう。過去のnoteの扇情的な内容をきちんと見返して徹底的に検証すべきだろう。自分が要求したように。白々過ぎるとしか。
”すべての先生、生徒、関係者の命が守られますよう、切に、切に、願っております。”
うわああn
“生徒の皆さんに向けて書きます。これから皆さんは、この事故をめぐって、大人たちが責任とどう向き合うかを見ていくことになります。だから、これだけは覚えていてください。責任は、命で取るものではありません”
第三者委員会報告書にもある通り、この事故の本質は安全配慮義務違反だし、再発防止こそが重要でそれは引き続き行われるべき。でも「自死は無責任」というブコメはいただけない
何とも言葉にならない。。。
相も変わらず、死者の想いを勝手に語る輩が湧いていてゲンナリするな。自分の言葉を語れば良いものを
こう言うと申し訳ないが、この亡くなった教師が生物として弱かった結果だよな。追及は必要だった。何をどうすればこうならなかったとかは無い。優しくはあったのかもしれないが、ただ弱かった。若人よ強くあれよ
すごい人
該当する活動に深く関わってきた左翼団体や共産党はほとんどスルーなんだろうか。もし何も対応しないのなら本当に人の心がない。
我々は部外者であって批判者気取りで消費してるだけって認識すべき。弱いとか強いとか、何様で何をわかったつもりで我々はコメントしてるんだろう。
“先生が亡くなられたことが、検証を終える理由になってはなりません。”これを理由に検証を終わらせようと、嬉々としてお前らが悪いと被害者ムーブまでして来てるからな。
カルトにハマるのって良く言えば純心な人が多いからな。真っ直ぐ自分の無謬を信じてフェニックスになるパターンもあるが。/少なくとも一連のnoteに非は微塵も無いだろう。これ以上に誠実真摯な対応などまず無い。
なんで被害者遺族なのにこんなにも気遣いが出来てこんなにも善良でいられるんだ…!凄い人だ。
繊細な方だったんだろうとは思うんだが⋯ 思うんだが⋯(´・ω・`) やっぱり生きて前を向いて事実を語り続けてほしかった。/ ネットの有象無象の中傷と違って、この人の発信を彼の死を以て批判することは違うと思う。
命の大切さ、から全て始まっているのに
余程のことでないと死を選ばないと思う。残念。しかし事の発端でもあり、学校の内情を外部に発信できる立場からは無責任だとは思う。遺族はいたたまれないよこんなの。
遺書が無いとなると、その直前までの言動をかき集めて判断せざるを得なくて
この文章を書くことができるためには、相当の忍耐と教養と客観視と自責のバランスが必要になる。そこに娘さんへの想いまで包括してるのだから頭が下がる。自分には到底無理。
こんなことを、娘を亡くした遺族に書かせたくない、こんな辛いことあるか。
粛々と原因究明と再発防止に取り組むべき。それ無くして辺野古を利用した平和教育に未来はない
なんというか森友学園の件と同じ雰囲気になってきた感はある。結局これも上に遡っていくと政党絡みの失態という感じだしなあ。
「責任は命で取るものではない」基本的には賛同するけど、日本に死刑がある以上、「責任は命で取る場合がある」という解釈の方が正しい気はする。少なくとも、現代日本においては。
死んだから責任を取ったも違うし、死んだから責任を放棄したも違う。亡くなったことによって果たせなかった責任はある。/死刑は刑罰であって責任ではない。切腹のせいだと思う。
思いやりをもって深く考える人だったんだな 理想の教師のように思えるがそれ故に向き合いすぎている 傍から見ればこれからだったという思いだが本人にとってはどん詰まりだったんだろう
本来責任を取るべき大人がずっと隠れてるし更には下見をしなかった教師が自殺した。
亡くなられた教師は自分たちのやらかしを反省どころか悩みすらしないカルト信者orサヨクではなかったので、悩み抜いた上に亡くなられたんだろうなと察せられる顛末。
3つのことの3点目、これは本来学校が教育者として伝えるべき言葉。
初期の頃より「人々」に対しての語り方がうまくなってるな^^;悪い事ではないんだけど、読む人はちゃんと自分の考え方なのか読後の感覚なのか分けて考えてほしい。
生徒には先生とは別人格があり学校はどうしてそれを尊重出来なかったのか.あらゆる方面に気を遣いながらも,それこそが同志社の過ちの本質ではないかと問いている.
“正直に言えば、生徒が退くほどの政治批判が、沖縄の研修旅行で講師やガイドにより行われてきたことは、親として複雑な思いです。” うーん
そもそも自死なのかを疑っているが、さすがにそこまでは書けないか
ここの部外者達は、遺族にとっての事故と先生が直面した事件は指すものが違うと理解するかな。遺族の勇気に同情するけど、先生のことなら先生のお墓に頭を垂れに行く方がいいと思う。この呼び掛けで回収されないから
こんなコメントは本来の主旨ではないのは承知だがこの人の文章力すばらしいな
この人は自分のブログが批判側の燃料になり、先生に負担をかけたとは思わないんですね。そのような人間が、「責任」について語ってほしくないなあ。「事故」は起きるけど、2次災害を起こすべきなんですか?
誰も責任を取らないという声に応えて死体が1つ増えた。防げたはずの死の責任を、責めていた誰も取ることはない。先生も死に損だな。図々しくあらねば殺される。
これは強硬なデニーの所に巡り巡って、"deny"を突き付けるかもしれないね。
正直で誠実な人物なんだな。「だが、生徒達の顔色を見ていると、その情熱を受け止め切れずに『退いて』しまっていることも少なくない。そういった生徒達の反応も、私は責める気になれないのである」/ ブコメがひどい
第三者委員会の報告書読んだ限りだけど、件の教師の方は事故原因の解明のために真摯に協力されたと思う
休職を受け入れなかった同志社国際高校やその校長よりも、辺野古ボート転覆事故遺族の方が、亡くなられた先生に寄り添った発言をしているというのが何とも言えない。言葉にならない。
生徒を半ばだまして知り合いの団体の小舟に乗せて高波の中を自衛隊にチェイスさせて死なせ、学校も団体もダンマリ…で担当の先生が責任感じたのか亡くなったら、再発防止を願った遺族のせいなん???学校が怖いよ
『溝を埋める』これこそ「平和活動」だろう。
またもや防衛拠点にされそうな沖縄の人々には、政府の政策に抗議する権利がある。それを思想と言って封じるのは間違い。一方で、高校側は、正確な実習内容の事前説明、中立な立場の教育を保証をするべきだった。
良い文章。「責任は、命で取るものではありません」という事は本当にそう。まだ半ばになっている各方面の事件捜査が進みますように
教育される側が内容を喜ぶとは限らないから、生徒が引くような話をする奴の所に連れて行ってもそれ自体はおかしくない。だが、同時に自衛隊や施設庁の話も聞かせるべきだったろうし、違法ボートに乗せるなど言語道断
同じ事が繰り返されないようにして欲しい。再発防止のためにも原因解明してほしいね。“先生が亡くなられたことが、検証を終える理由になってはなりません。”
これに尽きると思う。"4年間にわたって、多くの判断が積み重なり、どの場面でも誰も立ち止まれなかった。本来みんなで分かち合うべき重さが、誰か一人の肩に乗ることが、あってはならないと思っています。"
責任感の強い人から死んでいく理不尽な世界
「知華の通夜のご焼香の後、誰よりも深く、長く、頭を下げてくださった方がおられました。それが先生でした。事故の後、私と妻は先生と直接お話しする機会のないままでした」
個人的には外野なので「責任」ではなく「対策」を求めている。「誰が」じゃなくて「何が」の方が変わらん限りなんの意味もない。
無責任に言わせてもらうけど、プチブルの極み!!!! 自分が絶対悪の加害者ではないという根拠のない自信に満ちあふれすぎ!!!!
同志社国際OB生徒によると亡くなった教員は辺野古コースの引率教員ではない、事件当時は別コースの引率をしていたとの事
うーむ、遺族なのに聖人じみた言動をしないといけないのはつらいだろうな。。。
先生のこと|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
多分そういうタイプの人なんだろうな、というのは、この件最初に聞いた時にまず思ったよね…>「ご焼香の後、誰よりも深く、長く、頭を下げてくださった方がおられました。それが先生でした。」
この話をスルーする方々の本音を聞いてみたい。もしかして「あなたがnoteで煽るから先生は追い詰められたのでは」とか腹の内で思っているのだろうか
きっと先生は、天国で平和のために基地反対しているに違いない。デニー再選!
一生、このご家族は辺野古のことを考え続けるだろう。それが彼女の為になると思っているように思えた。
自分はこんなふうにふるまえないだろうな…… すごい。同時に、亡くなられた方の魂が安らかであるように。
規則は血で書かれている。失敗は失敗で改善しなければならない。難しい。
遺族の言葉が重すぎる…誰か一人に責任押し付けて終わらせちゃダメな問題だな
"当事者の一人として発信を続けてきた立場であること、そして命の問題であることから、覚悟を持って書き残すことにしました"
そんなに悔いるくらいなら裁判で証言してほしかったよな/ id:hanajibuu id:getcha id:takahire_hatene ←はてな運営は何故こいつらをBANしないのか
最初の日に学校が組織として誠実に遺族と向き合っていれば、ここまで酷い話にはならなかっただろう。
もう見返すだけでも嫌になるんだが、この件に対するはてな民の反応はこちら→ https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.co.jp/webnews/pages/abc_62289.html
間に学校や弁護士がいるので難しいと思うが、もし遺族と先生が接触できていれば、また違う結末があったかもしれない
( 遺書はないが事故当時の状況から自死されたと考えられているらしい。) /https://news.yahoo.co.jp/articles/3bc1e7c7a13409eb9565aec471b9c21e0914c7ee?page=3
抑えた書き方をしているが、下見をしない判断を下したのはこの教師である。実際にボートに乗る下見をしたとして、常識的には当然と考えられる、取りやめを判断できた人だったかどうかもわからない。自死は無責任。
いつも犠牲になるのは深く相手に感情を寄せている人。悪意と責任は別の話だが深く心を痛めていたことは伝わってくる/記事を読む限り謝罪の意は伝えられているようで、学校の対応とは関係無しに耐えきれなかったのか
複雑な思い、としか言いようがない...
つくづく休職を出来ていればという思いが強い。
『責任は、命で取るものではありません。生きて、事実を語り、間違いを認め、変えていくことでしか、果たせないのです。』
日本には信教、信条の自由がある。自らの奉じる正しさの為なら、未成年をオルグしても良い。来年も危険なボートに学生を乗せれば良いと考える人もいるのでしょう。/しかし、卑しくも教育者がそれでは困るんですよ。
“責任は、命で取るものではありません。”
全員死ぬまでやめないのか。法的な手続きを取った以上、裁定や事実解明は司法の場に委ねるべき。私刑を煽るような港の動画を出す必要はなかった。
責任感のつよい人が死んで、無責任でいい加減な連中が生き残ってるの腹立たしいけど、そんなもんだよな
この教諭が責任なかったというわけではなくて。ただ責任感ある人のほうが命を絶ってしまって、現地活動家のような攻撃的な人たちが責任とろうとする気配がないの悲しいよな。
凄い父親だな…真似できないな(私も人の親ではあるんだが)
一礼して30秒で退席するのを見た子どもたちは何を思うか→大人たちが責任とどう向き合うか
id:hanajibuu 全員死ぬまで認めないのか。生徒たちは天候状況に関わらず誰もそんな場所みたいと思ってなかったうえに大波は唐突に現れたわけでもなく避けられた事故だったということを。
3がとても大切。大人達がどう向き合うのか見ている。だが真摯な心を阻むのは組織。協議会、党、学校法人、教会。
これを読んでさらに溝を深めようとする人もいるんだよね。この記事はこの記事として素直に読もうよ。
このレベルの文章が書ける人は大新聞でも大マスコミでもなかなかいないと思う
平和教育を受けた生徒たちが溝を埋める側になったのかはわからないが、今回の事故は溝を深める結果になった。辺野古移設反対派は悪者のようなネット世論になっているが、沖縄県民は今でも反対のほうがやや多い。
命で償えないものを、僕らは今日も積み重ねていくしかない。それを人類の叡智と呼んだり、進化と呼んだり、文化と呼んだりする。価値を決められるのは人間だけなのだから。
あまり多くは言いたくはないけど。なぜ人は亡くなった人の気持ちを語ろうとするのだろうか。
キリスト教系の学校のことなので「ご冥福をお祈りします」を使っていない。
責任は命で取るものではないという言葉が実に重い…
このお父様は立派な方だなとしか…。書かれていた3つのこと、全てその通りだと思いました。亡くなった先生が何を思って、何を苦にしたかなどは何もわからないけど、関係者が皆向き合い改善する方向に進んでほしい
『責任は、命で取るものではありません。』どの生徒にも届いて欲しい。そして、未だ出てこない責任者にも。
ご遺族は生前この教師に思いの丈をぶつけて恨んで罵って泣いたらまだ救いがあったかもしれないがそれすら出来ず教師のかたも遺族に向き合えず自死を選んだ。そう考えるとこの事故を取り巻く闇の深さが伺い知れる
先生の自殺関連でとても酷いブコメが複数あったが、そういう方々こそこの話を読んで何かを残すべきじゃないだろうか。 https://megalodon.jp/2026-0908-2208-53/https://b.hatena.ne.jp:443/entry/4792376590766397826/comment/h22_Funny_Bunny
なんか・・・ブコメ見てゲンナリするな。ようもまぁ心を痛めて重さに耐えかねて自死の道を選ばざるを得なかった人に自己責任みたいな事が言えるな。あなたの身内だったらと考えてみなよ。
死を選ぶことは責任をとったことにはならないし、ある意味逃げでしかない。組織としての問題があったんだから、それを是正しないと……
“責任は、命で取るものではありません。生きて、事実を語り、間違いを認め、変えていくことでしか、果たせないのです。命ある限り、今日を生きてください”
この国では死ぬと有耶無耶になること多いから、原因究明は変わらずに続けてほしい。
真摯な姿勢で向き合ってきたからこそ耐えられない重みだったのだろうことが伝わってきて胸が詰まった。責任を追及する側である遺族の方も同様に真摯に応答されていると思う
「あなたがnoteで煽るから先生は追い詰められたのでは」まちがないくその一端で中心でもあろう。過去のnoteの扇情的な内容をきちんと見返して徹底的に検証すべきだろう。自分が要求したように。白々過ぎるとしか。
”すべての先生、生徒、関係者の命が守られますよう、切に、切に、願っております。”
うわああn
“生徒の皆さんに向けて書きます。これから皆さんは、この事故をめぐって、大人たちが責任とどう向き合うかを見ていくことになります。だから、これだけは覚えていてください。責任は、命で取るものではありません”
第三者委員会報告書にもある通り、この事故の本質は安全配慮義務違反だし、再発防止こそが重要でそれは引き続き行われるべき。でも「自死は無責任」というブコメはいただけない
何とも言葉にならない。。。
相も変わらず、死者の想いを勝手に語る輩が湧いていてゲンナリするな。自分の言葉を語れば良いものを
こう言うと申し訳ないが、この亡くなった教師が生物として弱かった結果だよな。追及は必要だった。何をどうすればこうならなかったとかは無い。優しくはあったのかもしれないが、ただ弱かった。若人よ強くあれよ
すごい人
該当する活動に深く関わってきた左翼団体や共産党はほとんどスルーなんだろうか。もし何も対応しないのなら本当に人の心がない。
我々は部外者であって批判者気取りで消費してるだけって認識すべき。弱いとか強いとか、何様で何をわかったつもりで我々はコメントしてるんだろう。
“先生が亡くなられたことが、検証を終える理由になってはなりません。”これを理由に検証を終わらせようと、嬉々としてお前らが悪いと被害者ムーブまでして来てるからな。
カルトにハマるのって良く言えば純心な人が多いからな。真っ直ぐ自分の無謬を信じてフェニックスになるパターンもあるが。/少なくとも一連のnoteに非は微塵も無いだろう。これ以上に誠実真摯な対応などまず無い。
なんで被害者遺族なのにこんなにも気遣いが出来てこんなにも善良でいられるんだ…!凄い人だ。
繊細な方だったんだろうとは思うんだが⋯ 思うんだが⋯(´・ω・`) やっぱり生きて前を向いて事実を語り続けてほしかった。/ ネットの有象無象の中傷と違って、この人の発信を彼の死を以て批判することは違うと思う。
命の大切さ、から全て始まっているのに
余程のことでないと死を選ばないと思う。残念。しかし事の発端でもあり、学校の内情を外部に発信できる立場からは無責任だとは思う。遺族はいたたまれないよこんなの。
遺書が無いとなると、その直前までの言動をかき集めて判断せざるを得なくて
この文章を書くことができるためには、相当の忍耐と教養と客観視と自責のバランスが必要になる。そこに娘さんへの想いまで包括してるのだから頭が下がる。自分には到底無理。
こんなことを、娘を亡くした遺族に書かせたくない、こんな辛いことあるか。
粛々と原因究明と再発防止に取り組むべき。それ無くして辺野古を利用した平和教育に未来はない
なんというか森友学園の件と同じ雰囲気になってきた感はある。結局これも上に遡っていくと政党絡みの失態という感じだしなあ。
「責任は命で取るものではない」基本的には賛同するけど、日本に死刑がある以上、「責任は命で取る場合がある」という解釈の方が正しい気はする。少なくとも、現代日本においては。
死んだから責任を取ったも違うし、死んだから責任を放棄したも違う。亡くなったことによって果たせなかった責任はある。/死刑は刑罰であって責任ではない。切腹のせいだと思う。
思いやりをもって深く考える人だったんだな 理想の教師のように思えるがそれ故に向き合いすぎている 傍から見ればこれからだったという思いだが本人にとってはどん詰まりだったんだろう
本来責任を取るべき大人がずっと隠れてるし更には下見をしなかった教師が自殺した。
亡くなられた教師は自分たちのやらかしを反省どころか悩みすらしないカルト信者orサヨクではなかったので、悩み抜いた上に亡くなられたんだろうなと察せられる顛末。
3つのことの3点目、これは本来学校が教育者として伝えるべき言葉。
初期の頃より「人々」に対しての語り方がうまくなってるな^^;悪い事ではないんだけど、読む人はちゃんと自分の考え方なのか読後の感覚なのか分けて考えてほしい。
生徒には先生とは別人格があり学校はどうしてそれを尊重出来なかったのか.あらゆる方面に気を遣いながらも,それこそが同志社の過ちの本質ではないかと問いている.
“正直に言えば、生徒が退くほどの政治批判が、沖縄の研修旅行で講師やガイドにより行われてきたことは、親として複雑な思いです。” うーん
そもそも自死なのかを疑っているが、さすがにそこまでは書けないか
ここの部外者達は、遺族にとっての事故と先生が直面した事件は指すものが違うと理解するかな。遺族の勇気に同情するけど、先生のことなら先生のお墓に頭を垂れに行く方がいいと思う。この呼び掛けで回収されないから
こんなコメントは本来の主旨ではないのは承知だがこの人の文章力すばらしいな
この人は自分のブログが批判側の燃料になり、先生に負担をかけたとは思わないんですね。そのような人間が、「責任」について語ってほしくないなあ。「事故」は起きるけど、2次災害を起こすべきなんですか?
誰も責任を取らないという声に応えて死体が1つ増えた。防げたはずの死の責任を、責めていた誰も取ることはない。先生も死に損だな。図々しくあらねば殺される。
これは強硬なデニーの所に巡り巡って、"deny"を突き付けるかもしれないね。
正直で誠実な人物なんだな。「だが、生徒達の顔色を見ていると、その情熱を受け止め切れずに『退いて』しまっていることも少なくない。そういった生徒達の反応も、私は責める気になれないのである」/ ブコメがひどい
第三者委員会の報告書読んだ限りだけど、件の教師の方は事故原因の解明のために真摯に協力されたと思う
休職を受け入れなかった同志社国際高校やその校長よりも、辺野古ボート転覆事故遺族の方が、亡くなられた先生に寄り添った発言をしているというのが何とも言えない。言葉にならない。
生徒を半ばだまして知り合いの団体の小舟に乗せて高波の中を自衛隊にチェイスさせて死なせ、学校も団体もダンマリ…で担当の先生が責任感じたのか亡くなったら、再発防止を願った遺族のせいなん???学校が怖いよ
『溝を埋める』これこそ「平和活動」だろう。
またもや防衛拠点にされそうな沖縄の人々には、政府の政策に抗議する権利がある。それを思想と言って封じるのは間違い。一方で、高校側は、正確な実習内容の事前説明、中立な立場の教育を保証をするべきだった。
良い文章。「責任は、命で取るものではありません」という事は本当にそう。まだ半ばになっている各方面の事件捜査が進みますように
教育される側が内容を喜ぶとは限らないから、生徒が引くような話をする奴の所に連れて行ってもそれ自体はおかしくない。だが、同時に自衛隊や施設庁の話も聞かせるべきだったろうし、違法ボートに乗せるなど言語道断
同じ事が繰り返されないようにして欲しい。再発防止のためにも原因解明してほしいね。“先生が亡くなられたことが、検証を終える理由になってはなりません。”
これに尽きると思う。"4年間にわたって、多くの判断が積み重なり、どの場面でも誰も立ち止まれなかった。本来みんなで分かち合うべき重さが、誰か一人の肩に乗ることが、あってはならないと思っています。"
責任感の強い人から死んでいく理不尽な世界
「知華の通夜のご焼香の後、誰よりも深く、長く、頭を下げてくださった方がおられました。それが先生でした。事故の後、私と妻は先生と直接お話しする機会のないままでした」
個人的には外野なので「責任」ではなく「対策」を求めている。「誰が」じゃなくて「何が」の方が変わらん限りなんの意味もない。
無責任に言わせてもらうけど、プチブルの極み!!!! 自分が絶対悪の加害者ではないという根拠のない自信に満ちあふれすぎ!!!!
同志社国際OB生徒によると亡くなった教員は辺野古コースの引率教員ではない、事件当時は別コースの引率をしていたとの事
うーむ、遺族なのに聖人じみた言動をしないといけないのはつらいだろうな。。。