「子供のため」とかいう魔法の言葉でタダ働きさせるの、教育現場の闇深すぎやろ。行政が予算ケチってるだけやん
ほんとにそうなんだけど地域住民にはやりたい人もまだ一部いて簡単に切り離せないところもある。あと10年もすればほぼそういう人もいなくなるけど行政がそこに予算使うかどうかわからないから教員の負担が増えるだけ
財政が豊かならな。自分の子だけは、私立学校に入れれば、自分の範囲内では万事解決。そういう世の中。
そもそも教員が残業代を払ってもらってないので、定時から超過した分は「無償労働」だが?
( ふるさと納税で、受益者負担義務すら放棄してる人民がいうことじゃないよ。地域の子供の面倒をみれば横の連帯が維持できて、治安維持にも役立つのでっせ )
増田の地域はそういうのに強制集合かけられる感じなのかな?コミュニティの力が強いって良し悪しよね。でも本来公立学校は地域で協力して運営してくもんなんだよ。親たちにその余裕がない状況が異常なんだよね。
財政赤字及びその原因として公務員の人件費が叩かれ過ぎ https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4263。地方公務員の人件費(20〜25兆)の約半分は教務員関係。
つまり(歳入が歳出を下回っている現在)独身も含めてより課税すべき(所得でも消費税でも)と言う話になるが、それを良しとしない人々がいるので子持ちが無償でー、先生が無償でー(喜んでする人も存在するし)になっている
ほいじゃー所得税を全体的に5%上乗せしましょうか。無償労働が有償になって経済回るしいいんじゃない?しらんけど。
教育基本法第13条は地域住民の相互連携・協力の努力義務が定められいる。教育基本法は「日本国憲法の精神」を具体化する法律の一つ。世界に誇る憲法を発信しよう
学校を無償化しろってそういう事ですやん。それで金だけは払えって、どんな錬金術使うの?
"「子どものため」という言葉を使えば、無償で人を集め続けてもいいのか"
こども園のPTA会長、小学校の副会長経験者だけど、地域とのつながりみたいな話は一旦置いといて、必要なことは予算を確保して学校がやるべきってのは正しいと思う。今は本来いくら必要なのかすら算出できていない。
(是非は置いといて、こういう一面もある、という事例として読んでほしいのだが)普段から住民が学校行事を手伝う地域に住んでいます。災害時の避難や避難所運営、炊き出しなどは比較的円滑にできたと感じています。
地域も学校に諸々要請をしてるので、どっちもどっちだよ。人間関係において「どっちかだけ得だ(損だ)」という発想は関係の分断につながるよ。
都内はPTAは任意加入が進み、中学校によっては半数近くが加入しなくなってる。イベント参加も手上げ制。PTAは無償労働!っていうけど、そもそも子育て自体が無償労働ばかりだよ。
教育どころじゃく、本来行政の仕事である自治会の事業までPTAの人足に依存してる。日本の行政は金ださなさすぎ
そう思うなら君が教育長になったら完璧な取り仕切りできるんだな?明日から。って毎回思う。少しずつしか変われないのに根っこをごそっと変えさせようとする人多いよね。
個人としてはやりたくないけど地域全体の未来のことを考えると住民の協力をした方がよい。子供がちゃんと育つことは地域にとってかなり重要。問題は地方ではそうやって育てた子供が都会に出て行く事よ。循環してない
民生委員も足りてないらしい
「なるほど完璧な作戦っスねーーっ 社会の誰も公教育にろくに予算を出してくれようとしないって点に目をつぶればよぉ〜〜」
教育に限らず、地域の活動は地域住民が協力してやるべき部分は少なからずあると思うが、税金だけ払えば義務はすべて果たしたと思ってる人は少なくない。
なんでか有償公務員や企業の奴隷ばかりが金にあかせていばりくさって主婦や地域の住人をDVしまくって財界や国家権力もそれに乗っかって女子供年寄りの差別をし続けた結果なんだよなこれ。
値段付けると逆にクオリティが下がるってのはあるんだよね。情熱持ってる人がいるなら謝礼金すらない方が良い。それで回らないなら増税して賄うしかあるまいが。
無償ばかりは良くないけど、担い手が地域住民であることは別に相反しないし、親や地域が参画することは地域にあった教育を模索する上で双方に有意義よ。
本来とか昔の話なんか知らんよね。今の状況に合ったシステムを組めよというだけの話なのに。世の中ホントに遅い。動きが遅い。まごまごしてる間に子供が卒業してしまうよ。
教育を受けさせる義務
地域や国家が企業に対して弱すぎる。通勤なんてさせずに地域奉仕させなければならない
自分の住む地域に貢献することは労働ではないし、無償労働という言い方がもう新自由主義のイデオロギーに染まり過ぎていると思う。
商業に乗ってないものってそういうことだよね/原資は必要、この点小野寺議員の税再分配への取組は期待ができる
行政は無償労働で成り立っている。https://geopolitics.hatenadiary.com/entry/2024/05/23/100000
公教育への予算をもっと積むべきだとは思うが、ボランティア精神も大事だと思うけどね。予算を完璧に公正に配分することなんて無理なんだしそこまで行政も信頼できないわけで
増田は社会契約の正論概念で一括パッチ当てようとしてるだけで自分の施策でトレードオフされる対象を考慮してないやん それ適用したら全体維持してる境界の相互努力が「俺の仕事じゃない」で一気に消滅するで
ウチの父親は、定年退職後町内会の仕事に従事して顔が知られていたおかげで、公園で転倒して怪我した時に周囲にいた子供がすぐに救急車を呼んでくれた(永住する気があるなら、地域とかかわった方がいい)
国民や地域住民の投票行動の結果ですが何か問題でも。少なくとも学校や教育委員会のせいではない。
PTAに参加して地域のお祭りに参加すると、地域を見るときの解像度が上がるので面白いですよ。近所の人らとしゃべる機会があるのもいいなとおっさんになって思い始めました。
自分が学校のために毎年100万円出しますと言えばそこそこ解決しそうではある。人手が出せないならカネ。
そもそも教育を「国家にしてもらうこと」だと考えてる奴等は、自分を近代国家の市民じゃなくて企業の顧客だと思ってない?子弟は主体的に育成するもんで、国家に全投げするなら恣意的な洗脳をされても文句いえんぞ?
社会にフリーライドするテイカーが多すぎる。自助、共助、公助が大事と言った菅義偉は正しい。公助も誰かが納税で支えて社会が成り立っている。そんな事も分からないとか親として恥ずかしいよ。
善意で繋がるのを許容できるくらいの余裕はもって暮らしたいけど、難しいね
自分の住んでる地域の人達に顔が売れるのが割と大きいメリットなので参加してる。
23区だが地域の防災も清掃も無償労働でやってる(し、逆に地域からの受益もある)けど、やらないタイプの人が増えてるんだろうね…
だな。
PTAは選挙狙いでやってるのも多そう。
正論だけど、子供に教育の機会を提供する義務があるのは、学校、自治体、国家、国民、ひいては地域住民だからなあ、とミサカはミサカはど正論を吐いてみたり。
税金
この国は老人に金を使い子供には使わないって選択をしてるからね。しょうがないね。国が頼れないから各個人ができるのは公の金の力で解決できる東京に住むってくらい。皮肉じゃ無くけっこうガチで言ってる。
最近この手の地元有志(学校関係、消防、治安関係)の活動否定する傾向強いけど、じゃあその辺全部全国国が統括して一元的に指示・管理するのが良いの?という話になってしまうと思うのだけど。
無償労働でもいいが、それを当然として次から次に負担を増やすのだけは勘弁して欲しい。 させてるほうは無償労働させてるという自覚を持って。
町内会の会計をちょっとやったけど、この手の地域(自治)貢献のやつは、居住地を頻繁に変えるかどうかの影響が大きいと思った。すぐに引っ越す身軽な人は十数年後の為とか言われてもメリット感じにくいだろうし。
公立校は地域施設という側面もあって(例えば防災拠点だったり投票所だったり)、本来なら地域とも協力し合えるのが理想。ただ無償ボランティアできるおおらかメンタルの人は絶滅危惧種なので増田の言うことも分かる
子供は社会全体で育てるものだろう、自分達だってそうやって育てられたし、と言ったら独身の方にこれだから子持ち様はって激怒された事ある。余裕がない人には決して要求しないよ
教育予算はもっと増やしてほしいとも思うし、親や地域が学校運営により深く関わるべきだとも思う。が、実生活上は稼ぎが少なくて納税額が低い(あるいは還付金)からそういう機会に積極的に体で払っていました。
公務員に休出ボランティアを強制するブラック企業みたいな自治体が大阪にありましてな。サビ残を強要しやらせる人が今知事やってるんですわ。知ってる?ミャクミャク様の中の人って公務員やで。グッズ購入も強制やで
“本来は学校や教育委員会が人員や予算を確保すべきでは?” 税金で賄うべき、という主張?
協力がないからって降りてくる予算が増えるわけじゃないので、維持というより、協力的な地域だけ教育サービスが良くなってるのでは。
むしろ世界的にはその方が普遍的だったりする。教育の権利を全部国家に取られていいのかという議論もあったりするからなぁ。
ふるさと納税を使わない事で居住地域の税収に貢献しています。ふるさと納税推進してた奴って誰だっけ?
対価はお金ではなく地域の治安、つながり、平和な日常ではないでしょうか
十分な税収があって税金だけで対応出来れば素晴らしいけど現状の日本でそれを望むのは無理がありそうなので、質を求めて地域の協力を得るか、質を諦めるかになりそう。
PTAが学校の補助機関な訳がない。親と教師の協議体。なのでPTAが機能しないのなら規模や予算含め再検討を。人材や資金含め持続可能なリソース管理が必要。共働きとかあったりして昔と提供できる物事が変わってる場合も
年寄りには理由つけて金を使い、子供には理由つけて金を使わないどころか生まれる権利すら剥奪してるのはバランス悪いなと思ってる。国も企業も「人が足りない」と言うが産んでそれなりに育て上げる金は出さない
本来地域がのちに子どもによって維持されるという前提があるからの設計なんだろうけど、多くが東京に人が出て行っちゃうからね。 東京から予算を取ってくるというのが、本来のあり方、ということになるだろう。
無償労働は新自由主義ではなくフェミニズムのタームだよ
昔とは地域の在り方が変わっているからこういう意見が出るのも理解できる。けど、基本はペイフォワードでやってもらったことやってるだけなんだよね。やめたらそこで終わる。
「義務教育」って子供の「教育を受ける権利」を保障するための大人の義務だからねぇ。子どもが居ようが居まいが、大人はその義務を放棄して他人に丸投げすることはできないんだよなぁ
結果的には制度がこうなっているので、豊かな自治体の住民に時間的経済的に余裕がある地域の公立学校に通わせるのが最善となる。
はい。まず法律チェックしよう。”教育基本法 第十三条 学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする”
じゃあそこら辺全部やめよう。教師も放課したら生徒をとっとと追い出すなど人権に配慮した社会にしないとね。言っとくけどカネは出さないよ。
地域との連携、地域に開かれた学校、学校運営協議会(地教行法第47条の5)、‥ もともとアメリカ式のガチの住民自治を目指していたのを地方教育行政法で行政の下に移動したもので本来教育長も行政の管轄外の役職
PTAのこども祭。設営、出店、誘導、撤収、全てボランティアがやる。それが「労働」なら、手伝わない子や親はフリーライダーってことになる。僕は手伝える余裕があって幸せだなと思いながら子ども達の喜ぶ姿をながめる
ブコメ欄では校区毎のしがらみ強度の差ばかり触れられてるけど、地域の経済格差や階級差が根底にあるので(+私立に逃げられる地域では更に問題大きい)、学校運営を地域社会に依存する日本の公教育の在り方は改めるべき
俺は共助というものや地域社会を信用していないので、この人に同意する
義務教育は無償なので…。ただ、実際問題が起きてしまっているのなら解決方法を探さねばならないね。
コミュ症ほど地域の活動に関わって、駄目な人だけど活動には参加してるのでマシになる方がいいのだよね・・・
自分のやりたくないことは無償労働と行って拒否してるだけなんで、そこで変に無償労働とか屁理屈をつけずにいやなのでやりたくないですと言うべき。
情けは人のためならず。どんなに気を付けていても急に地震だ!火事だ!水害だ!ってなれば、嫌でもたすけ合わなきゃいけない。平和な日常でたすけ合いの訓練よ。
私立に通わせると地域との関わりが一つ減るな、学校区による地区割りも他人事になるよなと当たり前のことをぼんやり思った。
子供ってのは本来地域社会で育てるもんだよ。学校と親だけで育てろって方が異常な状態
ヒトは群れを作って暮らしている動物である事を完全に失念している増田。
市町村が行政機能の一部を自治会に依存しているのもどうかと思う部分はあるが、それなしに行政が全部カバーしようとすると「統治」しかないのだと思う。最終的に自分を助けるのは共助と自助という身も蓋もない話
貧しくとも住民が地域の子弟のために土地や資金を提供し学校を建てたりは昔から行われてきたんよ 教育は子供を学歴でシグナリングするために行われてる訳ではない 私立中受験などに染まった浅ましい思想
「公共」とは何か、みたいな教育と議論が行政にも市民にも足りてないんじゃないかなこれ。やっぱり中学校の公民でハーバーマスを読ませよう(無茶)
子供の数が全盛期の1/3くらいになってるのに予算足りないのもう怪しさしか無いよね
今は元働きがデフォだから地域貢献してる時間が無い。年配者も退職金も年金も雀の涙になったから70越えても働かないといけなくて時間が無い。
廃校寸前の地域だと、運動会は地域全体の行事になったりしてるんだよなぁ。
いまさら真剣に議論もなにも地域生活は自助共助で回せってのは本邦政府の以前からの基本方針ですよ? 教育分野での公費の投入先は教育自体に限られており、それ以外の活動は自助共助によると決められています。
学校はあくまでも勉強を教えるところで子供の教育や成長なんて本来は他人任せにせず自分らでやる意識であるべきでは
そうすると災害時の避難所とかも学校とは別に考える必要があるんだろうか。
学校に丸投げして文句だけ言うなら、それでよしとする私立学校を探すか学校なんか行かせずに自分ですべてやればいいじゃない・・・義務教育の定義=学校への登校ではないので
議員が税金を湯水のように使ってゴージャスな海外旅行してる横で「教育に回す金ないからボランティアでお願い」とか言われたらそりゃバカバカしくなるよなあ。
これが社会でしょ
定年後は否が応でも地域社会と接する時間が増える。これは別の学校に転校するようなもので、誰も知らない環境に馴染めず孤立する人も少なくない。そんな時に"教室"にPTAで見知った顔が数名いるだけで安心感が違う。
あまりに過疎地だと学校も廃校になりまして。
年寄りの医療費、社会福祉費に回ってるからだよ。今の高齢者は団塊の世代が狡猾で強いので仕方ないけどバブル&氷河期世代が高齢者になればガッツリと削るからもう15年待ってろ。
独立心の強い米国の白人プロテスタントのコミュニティーなら、むしろ「自治でやるから政府は口を出すな」となるだろう。森本あんり『反知性主義』で書かれたチャーチ型・セクト型という考え方で問題を整理できるかも
昔は地域で学校を支えるのが普通だったような気がする。それを、公私立とも授業料無償化で、別の予算があるのかな?私立は授業料分をそのまま充当できるが、、
子どもたちを育てるために地域社会が協力しあえないような社会では、そりゃ少子化も進むはずである。
サステナブルな未来って、金でつながらない関係の中にあるのかな。
PTAから地元のボランティア団体に入ると、知らないところでめちゃくちゃ助けられていたことを知った。ただ、共働きが増えすぎてPTAは崩壊した。
そんな事言ってたら災害時に学校を避難所として使えなくなると思うよ。「学校の設備は子供のためのものだろう。大人がタダで使っていいのか?」って言われてしまう。学校が地域のものなら普段から地域で維持しないと
人間さん、難しいことはボクには分からないにゃ。でも疲れているなら、ボクが膝の上に乗ってゴロゴロして癒してあげるから、少し休んでほしいにゃ!
保育園の話だけど、季節毎に土曜にイベント(夏祭り、ハロウィン、クリスマス等)やってくれるのはありがたいけど、先生たちの負担になってんじゃないかといつも心配になる
地域交流・連携と学校運営の是非を混同しているブコメが多くないか。地域が連携するのは前提としても備品購入等をPTA会費頼りになっているのは良くないと思ってる。きちんと予算として計上した方がいい。
学校行事とかの前もって分かってる経費なら予算として取っておくべきだよな。労働力としては部外者を学校に入れるより父兄がボランティアで参加した方が良いという気もするしどうなんやろ
地域が学校の無償労働に依存し過ぎだから、トントンじゃねえかな
人口減少等で余力がなくなりつつある地方社会で、無償労働を強いられるのは、確かに問題でしょう
“行政が本来負担すべきコスト” ここでは
例えば東京の離島では小学校の人数が少ないため、島民のほとんどが参加する運動会があったりする。それは地域性だし、そこに住むことを選んだゆえのコミュニティの活動だと思うよ。
外人の親はあんまり参加しないで、メリットだけ受けるイメージ
やったあと、税金で飼育されているアンチビジネス勢への対応が面倒くさい。
地方の学校はいまだに専業主婦前提で動いてるよな
住民自治は大切だけど、学校や行政の下請け扱いされるのは違うよね。「意見は聞かない・労働と金は提供しろ」はおかしいんじゃないの?と思う時はある。
「地域に教育レベルの高い小中学校があること」は地価や治安にも影響するので、無償だけど間接的には地域に見返りがあるよ。目先のお金だけに拘るの良くない
行政がお金を積んだってやる人いないんだから地域住民でどうにかしろって方向になると思うよ。
良い地域は公費で負担しても住民が私費を出す格差がやばくなるだけ
そもそも学校教育への協力は労働ではなく地域活動の一部。
地方や共同体が完膚なきまでに破壊されている状況が、はからずも無償労働という言葉遣いで見て取れる。誰の世話になっとんねん。忘れんな、恩知らず。
地域の人の協力や、必須ではないけどあると助かる物品を寄付してくれて最低限の上のプラスワンになってるならいいけど。消防団みたく地元の有志がいないとインフラが回らない面もあるとはいえ。
本来そういうものだった地域社会が資本主義に誘導された個人主義によって破壊されたんだよ。
PTA業務には合理化すべき領域が多々あるとは思うけどもともと自治体や教師の恣意により好き勝手な教育をされないためにPTAが存在するのよ
じゃ、やりません。で終わって思い知らせればいいんじゃない。金出して口出すなって思ってたりしないか、おぉ怖。
かつては高校生が地域や実家の田植えや雪かき作業を授業より優先していたからな……/労働価値として算出可能となり、アンペイドワーク批判が起こるのは良いが、コミュニティは貨幣価値を超えた動機も必要となる。
千歳烏山、千歳船橋の千歳村は、学校運営資金が足りなくなったので東京市に合併した経緯があったり
なんなら掃除も無償で学生にやらせてるからなぁ…
元々リソースが全然足りてないんだろうな(´-`)先生とかも有り得ない量の稼働だし
21世紀の総理大臣で一番悪質だったのは「公助」を一番後回しにした者だったと理解している
それはその通りなのですが、先生の人件費すら十分に確保できてないのが現状。
そういうのの積み重ねが自治、民主主義につながるから、一概に否定はしたくない。色んな人がいていいから、やりたい人、やりたくない人いていいんだけどね
そうだよ。アメリカ公立学校は地区民の負担する教育費によって大きく差があるよ。金の多寡で教育の質に大差はつけないというのが日本国民の基本的な了解で、金を出さないなら労力を出し合って運営していくのだよ。
程度問題=線引きの問題ではあるとは思うが、タイトルは必要以上に言葉が強すぎる感
否定的な意見が多いけど、専業主婦が当然の時代に作った「手間をかけて出費を抑える仕組み」が現代にマッチしてないってのは多いと思う。
地域の助け合いがないと、災害時など、いざという時に機能しないので、必要なんだよね。
増田が「本来はぁ!」って拳を振り上げてるが、上位コメにあるように本来(特に公立学校は)地域で協力して運営してくもんだと思うよ。
自己解決せよと公教育機関に言ったところで予算も人員も決定的に足りてないから、ボランティア調達できなければ行事が消滅するだけだと思うけど。
あらゆるものを商品として考えるのは、新自由主義に染まりすぎ。
港区にでも住んどけば?
地域住民の学校関連行事参加よりも、学校教員が地域活動の無償労働に借り出されてるし、地域とか地方議員もそれが当たり前だと思ってるほうがヤバいんですよ。
学校教育って教員の無償残業で維持していいの?が地域に広がっただけです、共通の敵は学校でなく財務省です。みんな予算出せ!ってパブコメを送ろう
いいんじゃないの。そもそも人間の前に貨幣はない
「学校や教育委員会が人員や予算を確保すべき」それは税から出るので、有志労働にした方が双方安上がりだったりするのである。/あと「予算を確保する」のは議会だな。
小学生の商店街探訪とか職場見学はみんなボランティアじゃないかな。有料になる未来だったらイヤだなあ
夏休みに学校のプール開放しなくなったのもそういう流れらしい。
まさに、年々搾取がひどくなる。自分は活動に手を挙げてやってる上で文句を言ってるが、学校にはお金も権限もないし教育委員会は「公教育だから」としか言わない。子供のためというならちゃんとお金をかけようよ
ブクマが否定派が多くて意外。みなさん地域貢献してるんだな。自分は感謝を込めて町会費を納めるのが精一杯……。子どもが小学生になったらPTA活動する余裕できるのかなあ。
少数派だけど、わしは同感する。仕事を休んで9時5時に開催される会議に出席したとき、給料の出る業務時間内に出てきた教頭にヘラヘラと「人手の足りないところはボランティアで」って言われたのがもう忘れられない
どこまでコミットするかで意見は分かれるが、地域での協力体制自体は持っていた方が良い。子供がいないと分断、孤立化が進むのもよく分かるが。
子育て世代が大変なことがわかってる元子育て世代が無償労働することはあってもいいけど、現役世代も行事減らすとか簡素化するとか現役だからこそできることをして負担を減らせって思う。
ふるさと納税使ってないのに腐される筋合いねえなって言うブコメが。特定の誰かかわかってねえのに適当ぶっこいてんじゃねえよ。で、こういうのの延長が中学生が災害時に老人を助けるとかに繋がってそうな気もする…
地域コミュニティが崩壊してるのに地域コミュニティ依存のシステムだけが残っている。崩壊したのはたぶん90年代前半とかなんだけど、その頃何があったのかよく知らないのよね。誰か教えて。
戦後は自営業者(戦後すぐだと6割)が支え、その後は専業主婦が支えてきたものが、男女共働き化によって、企業活動に巻き取られてていったことで、支える人がいなくなった。今でもそういう人が多い地域は回ってる。
『必要不可欠』なの?
なお、災害時には学校の体育館が避難所になります。世論はハコモノなら何でも叩いてたし、氷河期世代にも冷淡だったし、デフレを歓迎してたし、企業に対する補助金に反対してたので半導体などで抜かれたし(以下略)
そのとおりやね。国や行政がそうやって学校中心のコミュニティ作ろうとしてるけどフリーライドもいいところだと思う。引退した方々への活動提供でもあるんだろうけどさ。
国の人口って、親の無償労働で維持していいの?
そんくらいやれよ
有償の地域奉仕でも、人集めに難儀してます。 フルタイム労働と両立できなければ人が集まらないというのが本質的なところかと思う。企業を引退してから、喜んで引き受けてくれる人もいますね。
日本政府は教育予算を減らし続けてるからねぇ。仕方ないね
まず自分の子供だろうという責任感に訴えているのであって、それを金で買うといくらになるんだろうな? 金で済む話なら自分でバイトでも雇って行って貰えばどうだ? 払いたくないんだろう、結局。
まあ「真剣に議論する」のはいいことだと思います。ただ、人員を確保する予算権限は学校にはないので、地元の議員に言った方が有効と思います。教員の多くは地域の有権者ではなく、地元議会への発言力がありません。
いい。直接民主主義の一形態、地方自治のあるべき姿のひとつだ。協力者が減ることで、自然と過剰サービスの淘汰も起きる。公に予算を付けたら、なかなか無駄も減らぬ。
(中央の)政治家が自助共助を口にすると評判悪いけど、地方自治も自助の延長で、それを税金払ってるから知らねと公助にアウトソーシングする方が新自由主義的。新自由主義というイデオロギーこそむしろ自助共助を嫌う
世の中、すっかり新自由主義だな(それはそれでアリだけど
学校教育って、地域住民の無償労働で維持していいの?
「子供のため」とかいう魔法の言葉でタダ働きさせるの、教育現場の闇深すぎやろ。行政が予算ケチってるだけやん
ほんとにそうなんだけど地域住民にはやりたい人もまだ一部いて簡単に切り離せないところもある。あと10年もすればほぼそういう人もいなくなるけど行政がそこに予算使うかどうかわからないから教員の負担が増えるだけ
財政が豊かならな。自分の子だけは、私立学校に入れれば、自分の範囲内では万事解決。そういう世の中。
そもそも教員が残業代を払ってもらってないので、定時から超過した分は「無償労働」だが?
( ふるさと納税で、受益者負担義務すら放棄してる人民がいうことじゃないよ。地域の子供の面倒をみれば横の連帯が維持できて、治安維持にも役立つのでっせ )
増田の地域はそういうのに強制集合かけられる感じなのかな?コミュニティの力が強いって良し悪しよね。でも本来公立学校は地域で協力して運営してくもんなんだよ。親たちにその余裕がない状況が異常なんだよね。
財政赤字及びその原因として公務員の人件費が叩かれ過ぎ https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4263。地方公務員の人件費(20〜25兆)の約半分は教務員関係。
つまり(歳入が歳出を下回っている現在)独身も含めてより課税すべき(所得でも消費税でも)と言う話になるが、それを良しとしない人々がいるので子持ちが無償でー、先生が無償でー(喜んでする人も存在するし)になっている
ほいじゃー所得税を全体的に5%上乗せしましょうか。無償労働が有償になって経済回るしいいんじゃない?しらんけど。
教育基本法第13条は地域住民の相互連携・協力の努力義務が定められいる。教育基本法は「日本国憲法の精神」を具体化する法律の一つ。世界に誇る憲法を発信しよう
学校を無償化しろってそういう事ですやん。それで金だけは払えって、どんな錬金術使うの?
"「子どものため」という言葉を使えば、無償で人を集め続けてもいいのか"
こども園のPTA会長、小学校の副会長経験者だけど、地域とのつながりみたいな話は一旦置いといて、必要なことは予算を確保して学校がやるべきってのは正しいと思う。今は本来いくら必要なのかすら算出できていない。
(是非は置いといて、こういう一面もある、という事例として読んでほしいのだが)普段から住民が学校行事を手伝う地域に住んでいます。災害時の避難や避難所運営、炊き出しなどは比較的円滑にできたと感じています。
地域も学校に諸々要請をしてるので、どっちもどっちだよ。人間関係において「どっちかだけ得だ(損だ)」という発想は関係の分断につながるよ。
都内はPTAは任意加入が進み、中学校によっては半数近くが加入しなくなってる。イベント参加も手上げ制。PTAは無償労働!っていうけど、そもそも子育て自体が無償労働ばかりだよ。
教育どころじゃく、本来行政の仕事である自治会の事業までPTAの人足に依存してる。日本の行政は金ださなさすぎ
そう思うなら君が教育長になったら完璧な取り仕切りできるんだな?明日から。って毎回思う。少しずつしか変われないのに根っこをごそっと変えさせようとする人多いよね。
個人としてはやりたくないけど地域全体の未来のことを考えると住民の協力をした方がよい。子供がちゃんと育つことは地域にとってかなり重要。問題は地方ではそうやって育てた子供が都会に出て行く事よ。循環してない
民生委員も足りてないらしい
「なるほど完璧な作戦っスねーーっ 社会の誰も公教育にろくに予算を出してくれようとしないって点に目をつぶればよぉ〜〜」
教育に限らず、地域の活動は地域住民が協力してやるべき部分は少なからずあると思うが、税金だけ払えば義務はすべて果たしたと思ってる人は少なくない。
なんでか有償公務員や企業の奴隷ばかりが金にあかせていばりくさって主婦や地域の住人をDVしまくって財界や国家権力もそれに乗っかって女子供年寄りの差別をし続けた結果なんだよなこれ。
値段付けると逆にクオリティが下がるってのはあるんだよね。情熱持ってる人がいるなら謝礼金すらない方が良い。それで回らないなら増税して賄うしかあるまいが。
無償ばかりは良くないけど、担い手が地域住民であることは別に相反しないし、親や地域が参画することは地域にあった教育を模索する上で双方に有意義よ。
本来とか昔の話なんか知らんよね。今の状況に合ったシステムを組めよというだけの話なのに。世の中ホントに遅い。動きが遅い。まごまごしてる間に子供が卒業してしまうよ。
教育を受けさせる義務
地域や国家が企業に対して弱すぎる。通勤なんてさせずに地域奉仕させなければならない
自分の住む地域に貢献することは労働ではないし、無償労働という言い方がもう新自由主義のイデオロギーに染まり過ぎていると思う。
商業に乗ってないものってそういうことだよね/原資は必要、この点小野寺議員の税再分配への取組は期待ができる
行政は無償労働で成り立っている。https://geopolitics.hatenadiary.com/entry/2024/05/23/100000
公教育への予算をもっと積むべきだとは思うが、ボランティア精神も大事だと思うけどね。予算を完璧に公正に配分することなんて無理なんだしそこまで行政も信頼できないわけで
増田は社会契約の正論概念で一括パッチ当てようとしてるだけで自分の施策でトレードオフされる対象を考慮してないやん それ適用したら全体維持してる境界の相互努力が「俺の仕事じゃない」で一気に消滅するで
ウチの父親は、定年退職後町内会の仕事に従事して顔が知られていたおかげで、公園で転倒して怪我した時に周囲にいた子供がすぐに救急車を呼んでくれた(永住する気があるなら、地域とかかわった方がいい)
国民や地域住民の投票行動の結果ですが何か問題でも。少なくとも学校や教育委員会のせいではない。
PTAに参加して地域のお祭りに参加すると、地域を見るときの解像度が上がるので面白いですよ。近所の人らとしゃべる機会があるのもいいなとおっさんになって思い始めました。
自分が学校のために毎年100万円出しますと言えばそこそこ解決しそうではある。人手が出せないならカネ。
そもそも教育を「国家にしてもらうこと」だと考えてる奴等は、自分を近代国家の市民じゃなくて企業の顧客だと思ってない?子弟は主体的に育成するもんで、国家に全投げするなら恣意的な洗脳をされても文句いえんぞ?
社会にフリーライドするテイカーが多すぎる。自助、共助、公助が大事と言った菅義偉は正しい。公助も誰かが納税で支えて社会が成り立っている。そんな事も分からないとか親として恥ずかしいよ。
善意で繋がるのを許容できるくらいの余裕はもって暮らしたいけど、難しいね
自分の住んでる地域の人達に顔が売れるのが割と大きいメリットなので参加してる。
23区だが地域の防災も清掃も無償労働でやってる(し、逆に地域からの受益もある)けど、やらないタイプの人が増えてるんだろうね…
だな。
PTAは選挙狙いでやってるのも多そう。
正論だけど、子供に教育の機会を提供する義務があるのは、学校、自治体、国家、国民、ひいては地域住民だからなあ、とミサカはミサカはど正論を吐いてみたり。
税金
この国は老人に金を使い子供には使わないって選択をしてるからね。しょうがないね。国が頼れないから各個人ができるのは公の金の力で解決できる東京に住むってくらい。皮肉じゃ無くけっこうガチで言ってる。
最近この手の地元有志(学校関係、消防、治安関係)の活動否定する傾向強いけど、じゃあその辺全部全国国が統括して一元的に指示・管理するのが良いの?という話になってしまうと思うのだけど。
無償労働でもいいが、それを当然として次から次に負担を増やすのだけは勘弁して欲しい。 させてるほうは無償労働させてるという自覚を持って。
町内会の会計をちょっとやったけど、この手の地域(自治)貢献のやつは、居住地を頻繁に変えるかどうかの影響が大きいと思った。すぐに引っ越す身軽な人は十数年後の為とか言われてもメリット感じにくいだろうし。
公立校は地域施設という側面もあって(例えば防災拠点だったり投票所だったり)、本来なら地域とも協力し合えるのが理想。ただ無償ボランティアできるおおらかメンタルの人は絶滅危惧種なので増田の言うことも分かる
子供は社会全体で育てるものだろう、自分達だってそうやって育てられたし、と言ったら独身の方にこれだから子持ち様はって激怒された事ある。余裕がない人には決して要求しないよ
教育予算はもっと増やしてほしいとも思うし、親や地域が学校運営により深く関わるべきだとも思う。が、実生活上は稼ぎが少なくて納税額が低い(あるいは還付金)からそういう機会に積極的に体で払っていました。
公務員に休出ボランティアを強制するブラック企業みたいな自治体が大阪にありましてな。サビ残を強要しやらせる人が今知事やってるんですわ。知ってる?ミャクミャク様の中の人って公務員やで。グッズ購入も強制やで
“本来は学校や教育委員会が人員や予算を確保すべきでは?” 税金で賄うべき、という主張?
協力がないからって降りてくる予算が増えるわけじゃないので、維持というより、協力的な地域だけ教育サービスが良くなってるのでは。
むしろ世界的にはその方が普遍的だったりする。教育の権利を全部国家に取られていいのかという議論もあったりするからなぁ。
ふるさと納税を使わない事で居住地域の税収に貢献しています。ふるさと納税推進してた奴って誰だっけ?
対価はお金ではなく地域の治安、つながり、平和な日常ではないでしょうか
十分な税収があって税金だけで対応出来れば素晴らしいけど現状の日本でそれを望むのは無理がありそうなので、質を求めて地域の協力を得るか、質を諦めるかになりそう。
PTAが学校の補助機関な訳がない。親と教師の協議体。なのでPTAが機能しないのなら規模や予算含め再検討を。人材や資金含め持続可能なリソース管理が必要。共働きとかあったりして昔と提供できる物事が変わってる場合も
年寄りには理由つけて金を使い、子供には理由つけて金を使わないどころか生まれる権利すら剥奪してるのはバランス悪いなと思ってる。国も企業も「人が足りない」と言うが産んでそれなりに育て上げる金は出さない
本来地域がのちに子どもによって維持されるという前提があるからの設計なんだろうけど、多くが東京に人が出て行っちゃうからね。 東京から予算を取ってくるというのが、本来のあり方、ということになるだろう。
無償労働は新自由主義ではなくフェミニズムのタームだよ
昔とは地域の在り方が変わっているからこういう意見が出るのも理解できる。けど、基本はペイフォワードでやってもらったことやってるだけなんだよね。やめたらそこで終わる。
「義務教育」って子供の「教育を受ける権利」を保障するための大人の義務だからねぇ。子どもが居ようが居まいが、大人はその義務を放棄して他人に丸投げすることはできないんだよなぁ
結果的には制度がこうなっているので、豊かな自治体の住民に時間的経済的に余裕がある地域の公立学校に通わせるのが最善となる。
はい。まず法律チェックしよう。”教育基本法 第十三条 学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする”
じゃあそこら辺全部やめよう。教師も放課したら生徒をとっとと追い出すなど人権に配慮した社会にしないとね。言っとくけどカネは出さないよ。
地域との連携、地域に開かれた学校、学校運営協議会(地教行法第47条の5)、‥ もともとアメリカ式のガチの住民自治を目指していたのを地方教育行政法で行政の下に移動したもので本来教育長も行政の管轄外の役職
PTAのこども祭。設営、出店、誘導、撤収、全てボランティアがやる。それが「労働」なら、手伝わない子や親はフリーライダーってことになる。僕は手伝える余裕があって幸せだなと思いながら子ども達の喜ぶ姿をながめる
ブコメ欄では校区毎のしがらみ強度の差ばかり触れられてるけど、地域の経済格差や階級差が根底にあるので(+私立に逃げられる地域では更に問題大きい)、学校運営を地域社会に依存する日本の公教育の在り方は改めるべき
俺は共助というものや地域社会を信用していないので、この人に同意する
義務教育は無償なので…。ただ、実際問題が起きてしまっているのなら解決方法を探さねばならないね。
コミュ症ほど地域の活動に関わって、駄目な人だけど活動には参加してるのでマシになる方がいいのだよね・・・
自分のやりたくないことは無償労働と行って拒否してるだけなんで、そこで変に無償労働とか屁理屈をつけずにいやなのでやりたくないですと言うべき。
情けは人のためならず。どんなに気を付けていても急に地震だ!火事だ!水害だ!ってなれば、嫌でもたすけ合わなきゃいけない。平和な日常でたすけ合いの訓練よ。
私立に通わせると地域との関わりが一つ減るな、学校区による地区割りも他人事になるよなと当たり前のことをぼんやり思った。
子供ってのは本来地域社会で育てるもんだよ。学校と親だけで育てろって方が異常な状態
ヒトは群れを作って暮らしている動物である事を完全に失念している増田。
市町村が行政機能の一部を自治会に依存しているのもどうかと思う部分はあるが、それなしに行政が全部カバーしようとすると「統治」しかないのだと思う。最終的に自分を助けるのは共助と自助という身も蓋もない話
貧しくとも住民が地域の子弟のために土地や資金を提供し学校を建てたりは昔から行われてきたんよ 教育は子供を学歴でシグナリングするために行われてる訳ではない 私立中受験などに染まった浅ましい思想
「公共」とは何か、みたいな教育と議論が行政にも市民にも足りてないんじゃないかなこれ。やっぱり中学校の公民でハーバーマスを読ませよう(無茶)
子供の数が全盛期の1/3くらいになってるのに予算足りないのもう怪しさしか無いよね
今は元働きがデフォだから地域貢献してる時間が無い。年配者も退職金も年金も雀の涙になったから70越えても働かないといけなくて時間が無い。
廃校寸前の地域だと、運動会は地域全体の行事になったりしてるんだよなぁ。
いまさら真剣に議論もなにも地域生活は自助共助で回せってのは本邦政府の以前からの基本方針ですよ? 教育分野での公費の投入先は教育自体に限られており、それ以外の活動は自助共助によると決められています。
学校はあくまでも勉強を教えるところで子供の教育や成長なんて本来は他人任せにせず自分らでやる意識であるべきでは
そうすると災害時の避難所とかも学校とは別に考える必要があるんだろうか。
学校に丸投げして文句だけ言うなら、それでよしとする私立学校を探すか学校なんか行かせずに自分ですべてやればいいじゃない・・・義務教育の定義=学校への登校ではないので
議員が税金を湯水のように使ってゴージャスな海外旅行してる横で「教育に回す金ないからボランティアでお願い」とか言われたらそりゃバカバカしくなるよなあ。
これが社会でしょ
定年後は否が応でも地域社会と接する時間が増える。これは別の学校に転校するようなもので、誰も知らない環境に馴染めず孤立する人も少なくない。そんな時に"教室"にPTAで見知った顔が数名いるだけで安心感が違う。
あまりに過疎地だと学校も廃校になりまして。
年寄りの医療費、社会福祉費に回ってるからだよ。今の高齢者は団塊の世代が狡猾で強いので仕方ないけどバブル&氷河期世代が高齢者になればガッツリと削るからもう15年待ってろ。
独立心の強い米国の白人プロテスタントのコミュニティーなら、むしろ「自治でやるから政府は口を出すな」となるだろう。森本あんり『反知性主義』で書かれたチャーチ型・セクト型という考え方で問題を整理できるかも
昔は地域で学校を支えるのが普通だったような気がする。それを、公私立とも授業料無償化で、別の予算があるのかな?私立は授業料分をそのまま充当できるが、、
子どもたちを育てるために地域社会が協力しあえないような社会では、そりゃ少子化も進むはずである。
サステナブルな未来って、金でつながらない関係の中にあるのかな。
PTAから地元のボランティア団体に入ると、知らないところでめちゃくちゃ助けられていたことを知った。ただ、共働きが増えすぎてPTAは崩壊した。
そんな事言ってたら災害時に学校を避難所として使えなくなると思うよ。「学校の設備は子供のためのものだろう。大人がタダで使っていいのか?」って言われてしまう。学校が地域のものなら普段から地域で維持しないと
人間さん、難しいことはボクには分からないにゃ。でも疲れているなら、ボクが膝の上に乗ってゴロゴロして癒してあげるから、少し休んでほしいにゃ!
保育園の話だけど、季節毎に土曜にイベント(夏祭り、ハロウィン、クリスマス等)やってくれるのはありがたいけど、先生たちの負担になってんじゃないかといつも心配になる
地域交流・連携と学校運営の是非を混同しているブコメが多くないか。地域が連携するのは前提としても備品購入等をPTA会費頼りになっているのは良くないと思ってる。きちんと予算として計上した方がいい。
学校行事とかの前もって分かってる経費なら予算として取っておくべきだよな。労働力としては部外者を学校に入れるより父兄がボランティアで参加した方が良いという気もするしどうなんやろ
地域が学校の無償労働に依存し過ぎだから、トントンじゃねえかな
人口減少等で余力がなくなりつつある地方社会で、無償労働を強いられるのは、確かに問題でしょう
“行政が本来負担すべきコスト” ここでは
例えば東京の離島では小学校の人数が少ないため、島民のほとんどが参加する運動会があったりする。それは地域性だし、そこに住むことを選んだゆえのコミュニティの活動だと思うよ。
外人の親はあんまり参加しないで、メリットだけ受けるイメージ
やったあと、税金で飼育されているアンチビジネス勢への対応が面倒くさい。
地方の学校はいまだに専業主婦前提で動いてるよな
住民自治は大切だけど、学校や行政の下請け扱いされるのは違うよね。「意見は聞かない・労働と金は提供しろ」はおかしいんじゃないの?と思う時はある。
「地域に教育レベルの高い小中学校があること」は地価や治安にも影響するので、無償だけど間接的には地域に見返りがあるよ。目先のお金だけに拘るの良くない
行政がお金を積んだってやる人いないんだから地域住民でどうにかしろって方向になると思うよ。
良い地域は公費で負担しても住民が私費を出す格差がやばくなるだけ
そもそも学校教育への協力は労働ではなく地域活動の一部。
地方や共同体が完膚なきまでに破壊されている状況が、はからずも無償労働という言葉遣いで見て取れる。誰の世話になっとんねん。忘れんな、恩知らず。
地域の人の協力や、必須ではないけどあると助かる物品を寄付してくれて最低限の上のプラスワンになってるならいいけど。消防団みたく地元の有志がいないとインフラが回らない面もあるとはいえ。
本来そういうものだった地域社会が資本主義に誘導された個人主義によって破壊されたんだよ。
PTA業務には合理化すべき領域が多々あるとは思うけどもともと自治体や教師の恣意により好き勝手な教育をされないためにPTAが存在するのよ
じゃ、やりません。で終わって思い知らせればいいんじゃない。金出して口出すなって思ってたりしないか、おぉ怖。
かつては高校生が地域や実家の田植えや雪かき作業を授業より優先していたからな……/労働価値として算出可能となり、アンペイドワーク批判が起こるのは良いが、コミュニティは貨幣価値を超えた動機も必要となる。
千歳烏山、千歳船橋の千歳村は、学校運営資金が足りなくなったので東京市に合併した経緯があったり
なんなら掃除も無償で学生にやらせてるからなぁ…
元々リソースが全然足りてないんだろうな(´-`)先生とかも有り得ない量の稼働だし
21世紀の総理大臣で一番悪質だったのは「公助」を一番後回しにした者だったと理解している
それはその通りなのですが、先生の人件費すら十分に確保できてないのが現状。
そういうのの積み重ねが自治、民主主義につながるから、一概に否定はしたくない。色んな人がいていいから、やりたい人、やりたくない人いていいんだけどね
そうだよ。アメリカ公立学校は地区民の負担する教育費によって大きく差があるよ。金の多寡で教育の質に大差はつけないというのが日本国民の基本的な了解で、金を出さないなら労力を出し合って運営していくのだよ。
程度問題=線引きの問題ではあるとは思うが、タイトルは必要以上に言葉が強すぎる感
否定的な意見が多いけど、専業主婦が当然の時代に作った「手間をかけて出費を抑える仕組み」が現代にマッチしてないってのは多いと思う。
地域の助け合いがないと、災害時など、いざという時に機能しないので、必要なんだよね。
増田が「本来はぁ!」って拳を振り上げてるが、上位コメにあるように本来(特に公立学校は)地域で協力して運営してくもんだと思うよ。
自己解決せよと公教育機関に言ったところで予算も人員も決定的に足りてないから、ボランティア調達できなければ行事が消滅するだけだと思うけど。
あらゆるものを商品として考えるのは、新自由主義に染まりすぎ。
港区にでも住んどけば?
地域住民の学校関連行事参加よりも、学校教員が地域活動の無償労働に借り出されてるし、地域とか地方議員もそれが当たり前だと思ってるほうがヤバいんですよ。
学校教育って教員の無償残業で維持していいの?が地域に広がっただけです、共通の敵は学校でなく財務省です。みんな予算出せ!ってパブコメを送ろう
いいんじゃないの。そもそも人間の前に貨幣はない
「学校や教育委員会が人員や予算を確保すべき」それは税から出るので、有志労働にした方が双方安上がりだったりするのである。/あと「予算を確保する」のは議会だな。
小学生の商店街探訪とか職場見学はみんなボランティアじゃないかな。有料になる未来だったらイヤだなあ
夏休みに学校のプール開放しなくなったのもそういう流れらしい。
まさに、年々搾取がひどくなる。自分は活動に手を挙げてやってる上で文句を言ってるが、学校にはお金も権限もないし教育委員会は「公教育だから」としか言わない。子供のためというならちゃんとお金をかけようよ
ブクマが否定派が多くて意外。みなさん地域貢献してるんだな。自分は感謝を込めて町会費を納めるのが精一杯……。子どもが小学生になったらPTA活動する余裕できるのかなあ。
少数派だけど、わしは同感する。仕事を休んで9時5時に開催される会議に出席したとき、給料の出る業務時間内に出てきた教頭にヘラヘラと「人手の足りないところはボランティアで」って言われたのがもう忘れられない
どこまでコミットするかで意見は分かれるが、地域での協力体制自体は持っていた方が良い。子供がいないと分断、孤立化が進むのもよく分かるが。
子育て世代が大変なことがわかってる元子育て世代が無償労働することはあってもいいけど、現役世代も行事減らすとか簡素化するとか現役だからこそできることをして負担を減らせって思う。
ふるさと納税使ってないのに腐される筋合いねえなって言うブコメが。特定の誰かかわかってねえのに適当ぶっこいてんじゃねえよ。で、こういうのの延長が中学生が災害時に老人を助けるとかに繋がってそうな気もする…
地域コミュニティが崩壊してるのに地域コミュニティ依存のシステムだけが残っている。崩壊したのはたぶん90年代前半とかなんだけど、その頃何があったのかよく知らないのよね。誰か教えて。
戦後は自営業者(戦後すぐだと6割)が支え、その後は専業主婦が支えてきたものが、男女共働き化によって、企業活動に巻き取られてていったことで、支える人がいなくなった。今でもそういう人が多い地域は回ってる。
『必要不可欠』なの?
なお、災害時には学校の体育館が避難所になります。世論はハコモノなら何でも叩いてたし、氷河期世代にも冷淡だったし、デフレを歓迎してたし、企業に対する補助金に反対してたので半導体などで抜かれたし(以下略)
そのとおりやね。国や行政がそうやって学校中心のコミュニティ作ろうとしてるけどフリーライドもいいところだと思う。引退した方々への活動提供でもあるんだろうけどさ。
国の人口って、親の無償労働で維持していいの?
そんくらいやれよ
有償の地域奉仕でも、人集めに難儀してます。 フルタイム労働と両立できなければ人が集まらないというのが本質的なところかと思う。企業を引退してから、喜んで引き受けてくれる人もいますね。
日本政府は教育予算を減らし続けてるからねぇ。仕方ないね
まず自分の子供だろうという責任感に訴えているのであって、それを金で買うといくらになるんだろうな? 金で済む話なら自分でバイトでも雇って行って貰えばどうだ? 払いたくないんだろう、結局。
まあ「真剣に議論する」のはいいことだと思います。ただ、人員を確保する予算権限は学校にはないので、地元の議員に言った方が有効と思います。教員の多くは地域の有権者ではなく、地元議会への発言力がありません。
いい。直接民主主義の一形態、地方自治のあるべき姿のひとつだ。協力者が減ることで、自然と過剰サービスの淘汰も起きる。公に予算を付けたら、なかなか無駄も減らぬ。
(中央の)政治家が自助共助を口にすると評判悪いけど、地方自治も自助の延長で、それを税金払ってるから知らねと公助にアウトソーシングする方が新自由主義的。新自由主義というイデオロギーこそむしろ自助共助を嫌う
世の中、すっかり新自由主義だな(それはそれでアリだけど