動画授業の可能性に期待しつつも、現状だと課題は多いという主旨。教員の「手作り信仰」は確かにすごくて、そこがいいところであり悪いところでもある。
教員自身が同じ動画に飽きちゃうってのは面白い。この辺はやってみないとわからんことよね。結局たまに使う分にはってとこに落ち着いてくるんだよね。
動画と生身の教師の授業、ライブと録音、何がどう影響して違いを生むんだろうかね。記事では人間関係だという話だけど。
動画見せるだけじゃ機能しなくてワークシートと規律訓練が必要って知見がリアルで面白い
授業したい教師から動画理解の補助者への意識転換が必要と
授業の利点は「質問できること」だから、それがないなら動画でも自習で教科書を読むでも同じじゃないかなあ/大人しく本を読めない生徒って、高校にいる意味あるの?元気に肉体労働して好きな身につけた方がいいよ
教師側の飽きの問題は考えたことなかったし、集中力が続かないは実際現場の経験ないと実感できないかもね。
下手したら親よりアホな奴の授業より予備校講師トップ層の動画授業の方が圧倒的に分かりやすいのは経験としてある/動画・直接問わず集団指導自体が苦手な生徒に対して個別指導をする時間を捻出する方策としても賛成
他人の作ったセミナー資料で話すの苦手。教師は平気なんだろうか
そういえば英語圏SNSではその辺に転がってるインド人の解説YouTube動画がいかに授業より役立つかという感謝の声が毎年聞かれる
ドパガキ対策の内容がそもそもの動画授業の基本だと思ってた。
「これからは…」「次世代の…」という話は大体において眉唾なので、こういう地に足の着いた検証は大切。なお、筆者は「教師」像の変容を危惧しているが、引用の人々は「学校」の概念自体を変える想定だろうと思う。
同じ名前でも築いたアイデンティティーを教員側が維持できないんじゃ抵抗するよな、と身も蓋もない話もちゃんと取り上げてあった。
動画の学習サービスで高校の勉強やり直そうとしたけどさっぱり頭に入ってこなかった。参考書だけのほうが良かった。現役のとき動画授業だったら成績ヤバかったと思う
"適宜動画を止めて、問いについて考えさせて、グループワークや指名・発表などを行わせた" ← グループワーク以外でも千鳥の相席食堂みたいに「ちょっとまて」ストップをかけて、教師がツッコミ(補足)するのもありかも
AI化の波がくるかもしれないしね
分かりやすい動画を見て、自分でやってみて、困ったところを相談したいみたいな状態になった際に、今はAIがあるので、もはやリソースが充実し過ぎていて、何が問題なのかが分からない
学校じゃなくて塾だけど、河合塾マナビスが割と近いことやってる。娘に無料体験受けてもらったけど受けた本人は良いか悪いか判断出来ないと言っていた。 https://www.manavis.com
へー/もう中高年が見たほうがいいだろこれ、偽史だの疑似科学だのうんざりだよ
何が問題なのか分からないとか言う人、賢そうに見えて単に自分以外の想像が出来ない残念な頭の持ち主なんだよな
動画だけだと臨場感が足りない。音楽やらなんやらで適時にフックを入れないと子供は退屈しそう。「教師像の転換」については、時代の変化だと受け入れるしかないのでは。
『手づくり信仰』も極まれば「教科書も各教師がそれぞれ書けば?」て話になるからなぁ(寺子屋時代の私塾はそうだった)。教材も紙の本⇒テキストデータ⇒動画とグラデーションあるしそれぞれ使い方次第で優劣はない
動画でもいいし、Duolingoみたいなもので置き換えられる部分もあると思う。なまの人間はもっと重要なところで仕事すべきというのは賛成
そこにいる生身の教員の権威性は間違いなく落ちるよな
“低学力の生徒は5分以上お勉強の動画に集中することは困難。ちゃんと動画をみせる仕掛けがあれば対策可能だ。そもそも連中はあれだけYouTubeやTikTokを見ているんだからポテンシャル的にできないわけがない”
「動画でいい」というのは「受験・テスト対策的な授業は動画いい」の意味だと明確にした方がいいと思う。それなら、浮いた時間を 1on1 の個別指導にあてて「本来の学び」を目指します…という主張がスッと入ってくる
授業中にわからないのを生徒のほうから質問するようなまでのレベルでなかった中学高校出身だったから、私は動画でいいかと思います。もっと勉強したい人とかは授業後に聞いてたし先生もその時が余裕あって助かってた
教育コンテンツを見せておけばよいのか、教師の関与が必要なのかについては、業界では50年前から有名な論争がある(西本・山下論争)。正直まだやってんのか感。(計算間違えた70年前でした)
もちろんAIでの学習補助も含むだろ。「動画だから効率悪い」みたいな反論は時代遅れ
学校での授業に動画をとり入れる話として穏当な意見だと思う
そもそも自走できる子は生身だろうが動画だろうが自走できてしまうんだろう、特にAIがある今は。それより広域通信制の話をしたいところ
N高校とか放送大学とかで、教育界ではもっと動画講義の知見が溜まってるかと思ってたが、まだ全然議論の基盤が固まってない感じなのね
現実的にはハイブリッドというか、前半動画、後半生身の解説くらいがちょうど良くなるんじゃないか?
オールドメディアじゃなくて、学校の文法って話だよね / 「学校教育の「文法」:なぜ変革はこれほど困難なのか?」https://journals.sagepub.com/doi/10.3102/00028312031003453 これとか面白いし動画教育は論文でホットな領域よ
習熟度別に作った動画での自習を基本にして教員がサポートする形の方が効率良いと思う。文字の教材や動画はいつでも何度でも見直し出来る利点があるし、苦手分野に時間を割ける。
動画教材は意外なことに優れており、教員が授業に取り入れる価値は大きいが、それに全てを任せるのも無理。また「教師の仕事は授業ではない」ってテーゼが社会に短期間で受容される可能性も低い、みたいな話か
動画を使って授業するのと動画みせて授業とするのとでは全然違うわな //動画見せるだけなら評価できないんで成績はテストのみ 業務も圧縮 わかんない子は留年して動画見る 児童生徒の成績に対する責任もなくなる
「倍速で視聴したい」わかる、すでに周辺知識がある内容だと等速はイライラする
成長期の体調やメンタルで通学が不安定という生徒が結構いる。授業が動画ならわざわざN高校に転校しなくていいし
学校教員の給与から一部を削りだして、オペレーターという非正規雇用者が学校教育の場に生まれる結果になりそう。
惣菜を外で買う例を挙げていたが、どちらも選択可能にすべきだし、なっていくのだろうね。
動画は基本倍速で見る世代には、たるいだろうな
すごく平凡なことを書くけど、「使いよう」だよね。質が一定しているのと、教師の人的リソースを最大に生かせる一助になる可能性があるのはたぶんたしかで、少なくとも検討を続けない手はないと思う。
ライブに行くのはオールドメディアって言う理解で良いですか?(たぶん間違ってる)/マスプロの講義なら動画と変わらんけど、今日日の学校は違うと信じたい。
いい先生なんだろうな。逆に“(反対に言えば、ダメな授業はたいていの場合、人間関係の構築に失敗している)”という言が物語っているように「ダメな先生は動画授業をすると失敗する。」ということです。私には無理
過去はてブでは、この記事冒頭に紹介されているような「授業は動画でいい」という主張がよく見られていました。その検証の一つ。
昔予備校の実況中継っていう参考本があった。教科書を読むより非常に頭に入りやすいが、その場にいるともっと良いんだろうなあと思った。そういうことだと思う。
まあ教師ってもピンからキリまでおるから、下の方の方々はおとなしく動画を使って下され…(授業参観に行って思ったこと)
「授業で動画教材を積極的に活用すべき」という論を「全部動画でいい」に言い換えて藁人形論法に使っている印象
大学がメインだったがコロナ禍でのオンライン授業の議論を覚えているので、今になって生の授業の方がいいみたいなことを言い出している人の主張は正直信用できない。/あと近年の塾ってコーチングがメイン。
しっかりした人だなぁという印象を持った。
"忙しい教師が1on1で生徒に向き合う時間を捻出するため" っていうのは実に説得力があると思う。今だって既製品の教科書を活用しているのだろうし、どこまで既製品を使うのかは変えてもよいしむしろ広げていくべき。
さらに一歩進めてAI教師によるAI授業であれば個の知能水準に合わせて効果的に学習できてしまうだろうか?
動画もいいけど、やっぱり直接ナデナデされる方がいいにゃ。ボクは画面越しより、膝の上で授業を受ける方が集中できる気がするにゃん。みんなと一緒に温もりを感じたいにゃ。
“教員の長時間労働の原因の一つにはこの「手づくり信仰」がある”
ドパガキ問題対策が求められて当初の授業対策よりも手間がかかることになりそうな気がする。あと、そもそも生徒と向き合うコミュニケーションの場の一つが授業なんじゃないの?と思うのだけど。
学校になんとなく絶望感というか期待しない人々ってブコメに多いのでしょうね。教室でのライブ授業で知的興奮と共感で発憤した経験の有無が肯定否定を左右しそう。動画は補完的な教材だし「白熱授業」には及ばない。
NHK 高校講座はけっこういいと思うけど冗長だったり余計な部分も多いんでただ流すんじゃなくてエッセンス的に抜粋してハイブリッドでやったほうがいいと思う。
教育に動画を導入するというのはアリだとは思っている。とは言え単純に見せれば良いわけではないというのもその通り。やり方次第ではあるし、良い所も悪い所もあると思っている
例えばサンデーモーニングの段ボール工作説明。逆に問題を分かりにくくしてたり矮小化してたり。自由研究にも言えることだけど「手作り信仰」はそろそろ限界なんじゃないかとも思う。
教材として動画のどこで止めてどんな議論をするとか、こんなコメント入れましょうとか、小テストとかも含めて提供できるのであれば教師の仕事はだいぶ楽になりそうだな。
理解できなかったところを教師に聞くの、シャイな子にはハードルが物凄く高いんだよね。まずは動画で基本を押さえて、あとは各自、わかるまでAIと壁打ちするのがいいのでは。
動画もいいけど、それよりAIをどう教育に組み込むかを考えるべき時期だと思う。
「政治的中立性の確保」これについてはビデオの方がまだましでは。思想強めの教師は普通にいるしビデオのほうが外部検証を行いやすい
大学や社会人研修にも重なる貴重な実践の記録ですね。なお、現場であまり導入が進まないのは、文中にも少し書かれていますが、教員が「つまらないから」でしょう。人前で声を張って喋るのって、気持ちいいんですよ。
動画とか読み上げは遅いな〜ってなって集中力切れがちなんだよな
今は全生徒にタブレット支給しているので、あらゆる生徒が質の良い授業を視聴する権利が与えられるべき。進学塾何て存在意義を失うくらいの高品質な動画を国が提供すべきで、学習の「機会」を提供すべき。
たしかに20分の動画を集中して見るのはキツいわw
これ軽くアカウント登録して見てみたら、過去回も無料で全部見られそうな勢いなんだがすごいな?
座学は全部家で好きな時間に動画見るようにして登校は午後で体育とかディスカッションやるようにしたらいい。そうすると遺伝的に朝型の人にも夜型の人にも優しい環境になる。今の制度は夜型に不利すぎ
これは知らなかった“高校講座公式サイトではなんと丁寧にNHKが作成した動画視聴用のワークシートがダウンロードできる”
面白い教師に当たるか、は運。良い両親に当たるかは、運。人生は運ゲーなのか。 webは公平性の一助なんだな。
ネットの友達と付き合い始めて挙句に結婚までしてごめんな?(クソリプ)//仰ってることほぼすべて妥当だと思いますが、こんなことも知らずに御高説を垂れてる自称業界人って一体何なの?って気持ちになりますね。
そのうち動画で教える一般的な学校と教師が直接教える高級or高偏差値の学校で二極化して世知辛いとこになりそう
学習だけなら色々代替手段はある。一番有望なのはインタラクティブなeラーニングかな。それでできた余力を有効に使うなら意義ある。公務員減らしに使うなら考えもの。
結局動画も教科書の代わりでしかなく、現場では受講する生徒・学生が多種多様なわけで、このように現場に落とし込む際のギャップへのフォローがいるのだろうな~
面白かった。そもそもの発端として専門的知識を教えるための教師なのだからそれを浮かして生活指導や部活に割り振るという前提自体が間違ってないか?
この観点はなかったな。実体験者からの興味深い意見だ → "はたして、このようなアイデンティティの転換に耐えられる教員がどれほどいるのだろうか。"
学習ソースはネットの普及で増えているし、現場で言うと教員は不足してるしみたいな今と昔と環境が全然違うのでそれに合わせていく必要はあると思う。じゃないと今の仕組みのまま持続し続けるのは無理だと思う。
受験科目は質の低い教師に当たると悲惨だし動画は全然有りだと思うな。現代史を消化できずに終わった歴史の教師の事は今でも恨んでる。
教材もシェアしたり、AI使ってもいいしで、効率化・標準化できるところはあるよなぁ
実際にやってみて人の話は課題も具体的だしおもしろいなと思った
そもそも授業ってものが、リアルでも動画でもいらないけどね。教科書、参考書、問題集で普通にわかるだろ。わかんなかったら、わかるまでAIに深掘りして聞いていけ。
まあ50分の動画流すだけで置き換え可能ならとっくに東進ハイスクールが天下取ってるわな。
しっかりとした動画があった上で、今回筆者がされていた「動画をみせるための仕掛けとサポート」の部分をAIが個別インタラクティブにできるようになれば、学習というのもずいぶん変わるのではないか。
予備校は、動画よね。
正直授業自体は動画とか得意な人に任せて、それで理解できない人のフォローとか得意、苦手分野の分析に時間あてた方がいいんじゃないか?とは思う
動画授業だけだと難しいのは、習得に向けた演習の課題を生徒に出してやらせる部分かな(数学とか英語はこれが重要)。教員リソースの割当てをそこに特化していくと武田塾みたいになるな。
それにしても昔からNHK教育で放送されてるし、放送大学ってものもあるのに、未だに動画+授業を実践的に取り組んで成果を報告してるところとかないんだろうか(N高とかやってそうなイメージある)
ストリーミングではなく単体の動画で提供する場合のメリットとして,学生側が純粋に分からない時や見逃した,聞き逃したときに見返せるってのがある,というのがアンケートから分かったことがあった
説得力
今までもNHK教育流してたでしょ//動画はあくまで教材で、教師が主役//学力によって動画の速度が変わる問題。教材を分けるべきだと思うけど、学力ない子向けの教材という名称は生々しいな
あれを怠けてると捉える奴なんて取っ捕まえてボコるしかない。
人間に任せると授業の質のバラツキがひどいのよ。試行錯誤はあるかもしれんが、多分動画にした方が総合点でかなり上回る(´Д`)めう
NHK高校講座は、書道まであって驚いた。ちゃんと興味を持てるように工夫してある。ただやはり一方通行になるので、現場では分からない生徒へのフォローや、理解した生徒への発展学習サポートなどやることはありそう。
ちなみに高校講座には「簿記」もあるんだぜ。社会人(特に自営・起業を予定している人)は一度見ておくといいんだぜ。
低偏差値は何やっても駄目、無駄に攻撃的、という事実が旭日に晒されてしまったな
学校は集団行動を学ぶ場だからね。組織に属するのが苦手な人はそれでいいけど、普通の人を無視しちゃダメだよ
本論の趣旨とは少し異なるかもしれないが、教員はただでさえ過重労働が問題になっているのだからその解決のためには考慮してもいいアイデアだとは思う。もちろん抵抗があるのも理解はできる。
メモ「NHK高校講座の保健体育は壇蜜が担当している」
コマを拡大して、1教科を90分 ビデオとディスカッションを交互に20分ずつとか良さそう。一日3,4教科なら持ち物も減るし
全国の公立小学校約18000校、中学校約9000校、合わせて約2.7万校で同じ様な内容の授業をバラバラの品質で行っていると思うと非効率極まりないとは思う
動画は情報密度が薄くなる。やる気のない時は倍速動画でポイントだけ学ぶと良い。やる気のある時や好きなものをする時はテキストや人からの指導の方が圧倒的に効率が良いぞ。
勉強って内容より覚える方法の方が大事だと歳食ってから気付いた
授業する方もおんなじのやってて飽きるんじゃないかな。動画も教材の一種、くらいに考えて教師の裁量で使えばいいんじゃないの。知らんけど。
高校の授業はほとんど聞いてない 教科書と問題集だけで受験ならなんとかなる 深い理解はしてないけど
“用意した動画を見せるだけではダメに決まっている。ちゃんと動画をみせるための仕掛け(アーキテクチャ)と十分なサポートがあればある程度までは対策可能” 当然。だが教師はこれまで通りの仕事を続けたがるもの。
眠たくなる動画とドパガキ向けの動画は全然違うでしよ
伝統的なやり方には、長い歴史に裏打ちされた何かがあるのではないかと思うけど、いろいろなものが技術を取り入れて進歩しているなかで、教育だけオールドスタイルに拘泥するのは認められないわね。
放送大学については学部1~2年生向け教養教育として評価する現役の大学教員は結構いる印象。
解像度が高い。AIがあればコンサルやプログラマはいらない言ってる人がいる問題に似ている
現実的には⑤の課題が大きくて、ほとんどの先生は業務変えたくないんだよね。政治的な圧力を強くかけないかぎり無理なんですが、子どもより激務にみえる教員のほうがかわいそうランキングが高くて政治力で負けてる。
大量のユーザー向けのコンテンツという形にすると、その分制作コスト(労力)を多く割けるので質は上げられる。予備校のサテライト授業みたいなもの(費用対効果が出ないなら営利企業である予備校は採用しない)。
鈴木寛氏の経歴ちがくない?と思って調べたら、議員時代はずっと民主党。政治家引退後、安倍政権時代に文科省参与や文科大臣補佐官に登用されている。
一方通行の情報伝達は飽きるし眠くなるのよ。生徒たちは、インタラクティブな授業であれば飽きないし起きていられる。教師↔生徒、生徒↔生徒といったやり取りがあるからこそ授業の意味があるんよ。
例えば、コロナ禍で大学はほぼ全面オンライン授業をしていたけど、なぜ定着しなかったんでしょうね?とかもこの議論の射程に含まれそう。
昔も道徳とかのNHK番組(20分位)見て授業ってのはあった気がする。教師が授業以外に労力割くのは違うとは思うんだけど、リンクされてる別記事(話題沸騰中)によれば、環境作りこそが教育の基本という説もあるようだ。
"保健体育は壇蜜が担当している" ギャグ漫画っぽさがある。(後半にあるけど、教員採用難な一方で授業の品質を一定以上に保つために、動画への依存を強めざる得ないんじゃないかな)
その分野の専門家、有名な高校教諭や大学教授がレクチャーする。そして、エンタメ性も担保されている(ちなみに今だと、日本史探究は乃木坂の秋元真夏、世界史は山崎怜奈、保健体育は壇蜜が担当している)
高偏差値の高校生からは「動画を倍速にしてほしい」、低偏差値の高校生からは「動画が早くて内容が分からなかった」と地頭格差が分かる感想があって大草原。頭いいやつは読書も会話も早いからな。残酷な現実
ZEN大学ですずかん先生の授業を現在進行形で受けてるが、人生に必要な知識すべて動画でいいんだよな。余ったリソースは体力作りとかでいい。もはや進学する必要性を感じないし公共動画とか用意すればいい。
少し詳しい人ならすぐわかるんだけど、記事内で流されているor書かれていない部分に 授業が成立するための教師の専門性の発露があるんよな そこを指摘すると動画で成り立ってないじゃんという結論になってしまうが…
教師がこのように丁寧に使うのであれば、文字教材を使うか、視聴覚教材を使うかの差で、「教師が」という主語は外せない話なのかもしれないな…とか思った。
動画授業は、教師の授業を全面に置き換えるのは不可。ただし、質の高い動画を授業の一部で使い、教師が補足・質問・理解確認・個別支援を行うなら、学習効果と教員負担軽減の両面で有効だとする条件付き賛成である。
授業動画の画面右上に芸能人がワイプで「なるほど〜」「これはマジやられた」とか言っていれば見るのではないか。
動画を見せるだけの投げっぱなしではダメで、動画もあくまでも教材の一つであり、使い方次第ということだろう。生徒のタブレット端末の有効活用を考えれば、動画とテキストのハイブリッドに向かうのはむしろ自然。
大学受験時に東進衛生予備校(有名講師の授業を録画したものを各地の塾の個人ブースで見る)を使った身としては、動画の質と本人のやる気が高ければ機能する、とは思う。でも大半のケースでそうではないよな
補助教材またはメイン教材として使うには有効だけど教師のサポートが必要、と。まあ当たり前の話なんだけど、全部それでいいというわけではないわな。
教師の授業ならバカにも理解させられる、というのがまず幻想
自分も自分なりにコメント残そうと思ったけど "保健体育は壇蜜が担当している" これで全て飛んだ
動画で十分であることは、代々木ゼミナールは30年前からサテライトで東京の人気講師の授業を地方で受講できるようにしていて、とっくに証明されている。
自分も授業しているわけだが。質のいい講義動画があるならぜひ活用したい一方、学生個別の疑問を拾い上げて解消し、理解が乏しい内容は察知して全体で再度掘り下げるなど、コミュニケーションが講義の本質なのよね
5分以上の動画に集中することが困難なこどもが45分間もの長時間にわたって教室で授業を集中して聞けるはずもなく。けっきょく同じことなのでは。
大学で非常勤講師をやっているが結論はこの記事と同じ。動画で授業はできても教育としての学びを成立させるためには、どうしても教師(もしくはそれに準ずる仕組み)が必要になる。モノだけが揃っててもダメ。
半分動画で、半分それを踏まえた解説みたいにしたら良いと思うけど、まぁなんにせよ大変だ
ふーむ。
教師の意欲能力にも模範的から反面教師まで色々ある。無能教師のための補助教材としての視点でも論じるべき。無能教師では動画教材の良さを生かせないのではとか。
“私は公民科の常勤講師である。 私は、ほぼNHK高校講座で授業をすませていた時期がある”という立場から教室での動画教材の是非について整理された良記事
担当教師ガチャはあるので公平にオンライン授業をしたほうが良いのでは?とは常々思っていた…
教材の動画化は結構進んだよね。家でも誰でも見れる動画の教材はもっと増えて欲しい、
またすぐにAIでどうかという時期がきそうやね
自分も納得がいく意見だった。部活狂の教師は知らんけど少なくとも私は喋りたくて教師になってるんで動画のアシスタントじゃ全くやる気にならない。生徒も動画見せる監視員のおじさんになんてなりたいと思うか疑問
家で座学のビデオ見て、学校で討論、質問、自習が今時か。AIも視野に入る。
だいぶ面白いけど「オンライン通話だけで親友ができたことがあるだろうか」だけちょっと雑で惜しい(収録動画と生徒の間に人間関係が発生しないのはオンラインだからではなく双方向性がないからです)
授業はルーティンワークではなくクリエイティブだから、作成済み資料を活用して生徒の学習と興味をどう高めていくか、なのよね
"先述のワークシートはカンペとして使ってよいことにした(ここでメモを取りながら聴くインセンティブも発生)" (略) "ここまでしたら、どちらの学校でもほとんどの生徒はちゃんと動画に向き合ってくれるようになった"
授業で使うのは今やっていない金融系とかインターネット犯罪でその顛末がどうなったかを伝えるために使ったらいいのでは?個人情報や写真を載せたりすると家バレや顔バレするし、いつどこで恨み買うかもわからんしね
"保健体育は壇蜜が担当" ふむふむ
教師のアイデンティティが「授業」で、それを守れという主張には同意できん。教師は生徒の成長の補佐に主眼を置くべきで、授業はその手段でしかないはず。生徒は、教師が授業やって満足したい欲望満たす道具ではない
どっちかっていうと他人と一緒に同じ行動をする、社会を学ぶという意義のほうが学校には求められていると思う 社会に出てから私は私!!誰のいうことも制限も知らない自由自由ってやられたら困るので
報酬設計をしないと動画は見られない。教員なしでは脱落者が出る。毎回同じ授業は自身が飽きる。教員になる敷居は年々下りレベルの低下もある。答えは出せないが長短を見極め上手く活用するのが大切という話
そもそも、現在の高校や大学での授業は反転授業が推奨されている。大学では事前に動画を視聴した上で授業は手を動かす演習やディスカッションをするという形態も普及しつつあるので、特に乱暴でも斬新でもない。
教科書の文字や写真より動画が資料として情報多いから、(例えば、銅鏡の写真or動画)社会は、割合高めてもよさそう。 数学だとかなりやさしめなので高校講座を全部見てもチャートできんと思う。科目による。
代ゼミとか東進の地方校はずっと前から有名講師のビデオ授業だよね
紙書籍が電子書籍になってもフォーマット(ぺーじめくる的な)が変わらないように、教育も授業が授業動画になるだけなのかな。大人の学び方は多様(書籍・動画・セミナー等)なのに、子どもの学び方は画一的(効率問題?)。
「学校は何のために行くのか」ってのが本質的な問いだと思う。学力のためだけだったら、動画の方がいい。でも、そうじゃないんだよね。動画も授業もうまく活用できたらいいんだろうね
教師がゆっくり話すタイプだと、ドパガキの集中力が持たなくてクラスが荒れるとも聞くし、動画も個別に視聴速度変えられた方がいいのかもしれない
動画は所詮教材なので、それだけをポンと渡して自発的に自習する生徒ばかりなら世話は無い。勿論教材なので授業として活用する分には有用ということ。
部活指導もNHK
放送大学を受講してた頃に、なんか受講者が集まって一緒に受講したりディスカッションする地域コミュニティがあればいいのにな、と思ったんですよね。生っぽさがあればハードル下がるのにな、と思いつつ卒業した
代ゼミサテラインではどうなるだろ?
教員ごとに教材作るのは非効率だから、教師がアレンジしなくてもそのまま使える標準の教材あれば時間外労働は少し減らせそうだよなあ。教える点ではNHKや有名講師のビデオ講座には普通の教師では勝てない。
完全リモートワーク・オンラインMTGでもOKという人に向けてのコメントと重なる部分は多い。
同業者として助かるぅ
"教員の実存の問題など知らんしそれでも「教員」は集まる、と切り返されるかもしれないが、もう一つハードルがある。サービスの受給者側の「教師像」の問題だ"
このクラスには何が合うかを試行錯誤してくれることこそが、人間の教師の仕事なんだろうなと思った。そこが固まれば動画でも生身でも。授業が好きならそれ以外のところをITや無免許者でカバーしてほしい
動画やアプリ、チャットAIでもいい。でも全部それに丸投げというのは難しそう。個別対応の時間を捻出するためならありだと思う
大学初年度からコロナで閉鎖されていた世代の卒論や修士での成果が酷くて、学力というか定着にかなり失敗してる印象はある。対人コミュニケーションは言わずもがなでもあるが。
ちゃんとした動画を作ることができるなら良いと思う。題材ごとに細かく分割する、聞き取りやすい発声をする、スクリプト全文を別途用意する、図などの素材をきちんと作り込む、プロが編集する、は必要だと思う。
俺は大学でeラーニングの講師に対して何の思い入れもなかったから、高校生のときにビデオ授業ばかりだったら教師を舐め腐る生徒だったろうな。教師が楽してるとかアンケよりも実際は生徒同士で馬鹿にしてるよ
現役教師の実際にやってみた生の声、素晴らしいです!
これを読んでも id:ustar やid:sumomo-kun のような「教科書と問題集だけで受験ならなんとかなる」「教科書、参考書、問題集で普通にわかるだろ」みたいな、お勉強秀才ブコメが出てくるからなぁ。「学び」の本質理解してね。
問題点として挙げられた主な課題は、要するに「生身の人間が授業をする前提があるから」ということなので、それを変えるのはどうかな?のアンサーには根本的にはなってないかも。現状無理だわという話はわかるけど。
そういえば、NHK学園の授業は高校講座の視聴だけではないというのを説明会で知った。
実際に自分のレゾンデートル脅かされる技術って触りづらいよなぁ。生成AIとSIerの構造と同じものを感じた。
こういう記事が世に溢れて欲しい
30年以上前に予備校で人気講師のサテライト教室という衛星中継の授業があったが、リアル授業より理解度が大幅に落ちたのを思い出す。教師と対峙する緊張感や空気感は考えている以上に学習への影響が大きいのだろう。
部活動も外部のコーチを入れていいようにすればだいぶ教員は楽になるだろうな、そんな予算どこからくるとか色々あるけど
中学くらいからは図書室みたいな机と椅子と参考書が無料で使える環境があれば先生は不要だった。今ならPCとネットが借りれたら多分不要。学業以外で必要かもしれないけど経験上思いつかないので人による。
我々のような紙ネイティブ世代と今の子の動画ネイティブじゃ脳の作りも違ってるだろうしなあ
本気でやるなら効果を実測してから議論して欲しい。
自分の場合は動画の方が絶対あってたな。というか動画もいらないんだけどね(高校の場合)。
先生のやり方を押し付けてついていけいない人は劣等生みたいな扱いもどうかと思うんですけど…(これは小中学校の時ほんとうにあった)
知識の習得だけなら動画でもAIとでもできるから、先生も人間じゃなきゃできない部分はどこかってところよね。手抜きとか言う輩も新しい形として定着するまでの移行期間が終わればそんなに発生しないのでは。
今でも優秀な人材を医師、金融、コンサルタントに取られてしまっているから、いずれ動画にせざるを得なくなる。それなら追い込まれる前に攻めてみようとの意見のほうが建設的に思える。
教室での動画講義だと、設備の影響をもろに受けて、画面がしょぼくて見づらかったり、声がぜんぜん聞き取れなかったりする時があるんだよな…公立学校みたいな場所だと尚更。
まぁ、NHK高校講座をメインに授業している学校もありますけどね。NHK学園高等学校というのですけど。
公民科の教師で、鈴木寛は「自民党所属の参議院議員」だったと解説する人、実在するのか?動画より本を読む方が理解が進む人向けに教師用指導書を配布してほしい。
動画授業中ちゃんと生徒を座らせることと(拘束時間)、小テストで解答させれば(教師が動画を完全理解している)特に問題ないかな。全部ではなく、少しづつ導入すればいい。いろんな形式の授業を。
代ゼミ時代から サテライト授業はある 地方の 塾では 動画視聴中に 何を 学生に 提供しているか?を 分析しては
やっぱりすずかんは害悪。入試改革の時も平気で、記述式を採用している大学の比率について自分の主張に都合のいい数字を主張していた。/いろいろ工夫したという話なのに、肝心のそこが後半すっぽり落ちている
NHK高校講座を流し続けたあの夏――学校の授業は全部動画でいいと言う人へ|佐々木
動画授業の可能性に期待しつつも、現状だと課題は多いという主旨。教員の「手作り信仰」は確かにすごくて、そこがいいところであり悪いところでもある。
教員自身が同じ動画に飽きちゃうってのは面白い。この辺はやってみないとわからんことよね。結局たまに使う分にはってとこに落ち着いてくるんだよね。
動画と生身の教師の授業、ライブと録音、何がどう影響して違いを生むんだろうかね。記事では人間関係だという話だけど。
動画見せるだけじゃ機能しなくてワークシートと規律訓練が必要って知見がリアルで面白い
授業したい教師から動画理解の補助者への意識転換が必要と
授業の利点は「質問できること」だから、それがないなら動画でも自習で教科書を読むでも同じじゃないかなあ/大人しく本を読めない生徒って、高校にいる意味あるの?元気に肉体労働して好きな身につけた方がいいよ
教師側の飽きの問題は考えたことなかったし、集中力が続かないは実際現場の経験ないと実感できないかもね。
下手したら親よりアホな奴の授業より予備校講師トップ層の動画授業の方が圧倒的に分かりやすいのは経験としてある/動画・直接問わず集団指導自体が苦手な生徒に対して個別指導をする時間を捻出する方策としても賛成
他人の作ったセミナー資料で話すの苦手。教師は平気なんだろうか
そういえば英語圏SNSではその辺に転がってるインド人の解説YouTube動画がいかに授業より役立つかという感謝の声が毎年聞かれる
ドパガキ対策の内容がそもそもの動画授業の基本だと思ってた。
「これからは…」「次世代の…」という話は大体において眉唾なので、こういう地に足の着いた検証は大切。なお、筆者は「教師」像の変容を危惧しているが、引用の人々は「学校」の概念自体を変える想定だろうと思う。
同じ名前でも築いたアイデンティティーを教員側が維持できないんじゃ抵抗するよな、と身も蓋もない話もちゃんと取り上げてあった。
動画の学習サービスで高校の勉強やり直そうとしたけどさっぱり頭に入ってこなかった。参考書だけのほうが良かった。現役のとき動画授業だったら成績ヤバかったと思う
"適宜動画を止めて、問いについて考えさせて、グループワークや指名・発表などを行わせた" ← グループワーク以外でも千鳥の相席食堂みたいに「ちょっとまて」ストップをかけて、教師がツッコミ(補足)するのもありかも
AI化の波がくるかもしれないしね
分かりやすい動画を見て、自分でやってみて、困ったところを相談したいみたいな状態になった際に、今はAIがあるので、もはやリソースが充実し過ぎていて、何が問題なのかが分からない
学校じゃなくて塾だけど、河合塾マナビスが割と近いことやってる。娘に無料体験受けてもらったけど受けた本人は良いか悪いか判断出来ないと言っていた。 https://www.manavis.com
へー/もう中高年が見たほうがいいだろこれ、偽史だの疑似科学だのうんざりだよ
何が問題なのか分からないとか言う人、賢そうに見えて単に自分以外の想像が出来ない残念な頭の持ち主なんだよな
動画だけだと臨場感が足りない。音楽やらなんやらで適時にフックを入れないと子供は退屈しそう。「教師像の転換」については、時代の変化だと受け入れるしかないのでは。
『手づくり信仰』も極まれば「教科書も各教師がそれぞれ書けば?」て話になるからなぁ(寺子屋時代の私塾はそうだった)。教材も紙の本⇒テキストデータ⇒動画とグラデーションあるしそれぞれ使い方次第で優劣はない
動画でもいいし、Duolingoみたいなもので置き換えられる部分もあると思う。なまの人間はもっと重要なところで仕事すべきというのは賛成
そこにいる生身の教員の権威性は間違いなく落ちるよな
“低学力の生徒は5分以上お勉強の動画に集中することは困難。ちゃんと動画をみせる仕掛けがあれば対策可能だ。そもそも連中はあれだけYouTubeやTikTokを見ているんだからポテンシャル的にできないわけがない”
「動画でいい」というのは「受験・テスト対策的な授業は動画いい」の意味だと明確にした方がいいと思う。それなら、浮いた時間を 1on1 の個別指導にあてて「本来の学び」を目指します…という主張がスッと入ってくる
授業中にわからないのを生徒のほうから質問するようなまでのレベルでなかった中学高校出身だったから、私は動画でいいかと思います。もっと勉強したい人とかは授業後に聞いてたし先生もその時が余裕あって助かってた
教育コンテンツを見せておけばよいのか、教師の関与が必要なのかについては、業界では50年前から有名な論争がある(西本・山下論争)。正直まだやってんのか感。(計算間違えた70年前でした)
もちろんAIでの学習補助も含むだろ。「動画だから効率悪い」みたいな反論は時代遅れ
学校での授業に動画をとり入れる話として穏当な意見だと思う
そもそも自走できる子は生身だろうが動画だろうが自走できてしまうんだろう、特にAIがある今は。それより広域通信制の話をしたいところ
N高校とか放送大学とかで、教育界ではもっと動画講義の知見が溜まってるかと思ってたが、まだ全然議論の基盤が固まってない感じなのね
現実的にはハイブリッドというか、前半動画、後半生身の解説くらいがちょうど良くなるんじゃないか?
オールドメディアじゃなくて、学校の文法って話だよね / 「学校教育の「文法」:なぜ変革はこれほど困難なのか?」https://journals.sagepub.com/doi/10.3102/00028312031003453 これとか面白いし動画教育は論文でホットな領域よ
習熟度別に作った動画での自習を基本にして教員がサポートする形の方が効率良いと思う。文字の教材や動画はいつでも何度でも見直し出来る利点があるし、苦手分野に時間を割ける。
動画教材は意外なことに優れており、教員が授業に取り入れる価値は大きいが、それに全てを任せるのも無理。また「教師の仕事は授業ではない」ってテーゼが社会に短期間で受容される可能性も低い、みたいな話か
動画を使って授業するのと動画みせて授業とするのとでは全然違うわな //動画見せるだけなら評価できないんで成績はテストのみ 業務も圧縮 わかんない子は留年して動画見る 児童生徒の成績に対する責任もなくなる
「倍速で視聴したい」わかる、すでに周辺知識がある内容だと等速はイライラする
成長期の体調やメンタルで通学が不安定という生徒が結構いる。授業が動画ならわざわざN高校に転校しなくていいし
学校教員の給与から一部を削りだして、オペレーターという非正規雇用者が学校教育の場に生まれる結果になりそう。
惣菜を外で買う例を挙げていたが、どちらも選択可能にすべきだし、なっていくのだろうね。
動画は基本倍速で見る世代には、たるいだろうな
すごく平凡なことを書くけど、「使いよう」だよね。質が一定しているのと、教師の人的リソースを最大に生かせる一助になる可能性があるのはたぶんたしかで、少なくとも検討を続けない手はないと思う。
ライブに行くのはオールドメディアって言う理解で良いですか?(たぶん間違ってる)/マスプロの講義なら動画と変わらんけど、今日日の学校は違うと信じたい。
いい先生なんだろうな。逆に“(反対に言えば、ダメな授業はたいていの場合、人間関係の構築に失敗している)”という言が物語っているように「ダメな先生は動画授業をすると失敗する。」ということです。私には無理
過去はてブでは、この記事冒頭に紹介されているような「授業は動画でいい」という主張がよく見られていました。その検証の一つ。
昔予備校の実況中継っていう参考本があった。教科書を読むより非常に頭に入りやすいが、その場にいるともっと良いんだろうなあと思った。そういうことだと思う。
まあ教師ってもピンからキリまでおるから、下の方の方々はおとなしく動画を使って下され…(授業参観に行って思ったこと)
「授業で動画教材を積極的に活用すべき」という論を「全部動画でいい」に言い換えて藁人形論法に使っている印象
大学がメインだったがコロナ禍でのオンライン授業の議論を覚えているので、今になって生の授業の方がいいみたいなことを言い出している人の主張は正直信用できない。/あと近年の塾ってコーチングがメイン。
しっかりした人だなぁという印象を持った。
"忙しい教師が1on1で生徒に向き合う時間を捻出するため" っていうのは実に説得力があると思う。今だって既製品の教科書を活用しているのだろうし、どこまで既製品を使うのかは変えてもよいしむしろ広げていくべき。
さらに一歩進めてAI教師によるAI授業であれば個の知能水準に合わせて効果的に学習できてしまうだろうか?
動画もいいけど、やっぱり直接ナデナデされる方がいいにゃ。ボクは画面越しより、膝の上で授業を受ける方が集中できる気がするにゃん。みんなと一緒に温もりを感じたいにゃ。
“教員の長時間労働の原因の一つにはこの「手づくり信仰」がある”
ドパガキ問題対策が求められて当初の授業対策よりも手間がかかることになりそうな気がする。あと、そもそも生徒と向き合うコミュニケーションの場の一つが授業なんじゃないの?と思うのだけど。
学校になんとなく絶望感というか期待しない人々ってブコメに多いのでしょうね。教室でのライブ授業で知的興奮と共感で発憤した経験の有無が肯定否定を左右しそう。動画は補完的な教材だし「白熱授業」には及ばない。
NHK 高校講座はけっこういいと思うけど冗長だったり余計な部分も多いんでただ流すんじゃなくてエッセンス的に抜粋してハイブリッドでやったほうがいいと思う。
教育に動画を導入するというのはアリだとは思っている。とは言え単純に見せれば良いわけではないというのもその通り。やり方次第ではあるし、良い所も悪い所もあると思っている
例えばサンデーモーニングの段ボール工作説明。逆に問題を分かりにくくしてたり矮小化してたり。自由研究にも言えることだけど「手作り信仰」はそろそろ限界なんじゃないかとも思う。
教材として動画のどこで止めてどんな議論をするとか、こんなコメント入れましょうとか、小テストとかも含めて提供できるのであれば教師の仕事はだいぶ楽になりそうだな。
理解できなかったところを教師に聞くの、シャイな子にはハードルが物凄く高いんだよね。まずは動画で基本を押さえて、あとは各自、わかるまでAIと壁打ちするのがいいのでは。
動画もいいけど、それよりAIをどう教育に組み込むかを考えるべき時期だと思う。
「政治的中立性の確保」これについてはビデオの方がまだましでは。思想強めの教師は普通にいるしビデオのほうが外部検証を行いやすい
大学や社会人研修にも重なる貴重な実践の記録ですね。なお、現場であまり導入が進まないのは、文中にも少し書かれていますが、教員が「つまらないから」でしょう。人前で声を張って喋るのって、気持ちいいんですよ。
動画とか読み上げは遅いな〜ってなって集中力切れがちなんだよな
今は全生徒にタブレット支給しているので、あらゆる生徒が質の良い授業を視聴する権利が与えられるべき。進学塾何て存在意義を失うくらいの高品質な動画を国が提供すべきで、学習の「機会」を提供すべき。
たしかに20分の動画を集中して見るのはキツいわw
これ軽くアカウント登録して見てみたら、過去回も無料で全部見られそうな勢いなんだがすごいな?
座学は全部家で好きな時間に動画見るようにして登校は午後で体育とかディスカッションやるようにしたらいい。そうすると遺伝的に朝型の人にも夜型の人にも優しい環境になる。今の制度は夜型に不利すぎ
これは知らなかった“高校講座公式サイトではなんと丁寧にNHKが作成した動画視聴用のワークシートがダウンロードできる”
面白い教師に当たるか、は運。良い両親に当たるかは、運。人生は運ゲーなのか。 webは公平性の一助なんだな。
ネットの友達と付き合い始めて挙句に結婚までしてごめんな?(クソリプ)//仰ってることほぼすべて妥当だと思いますが、こんなことも知らずに御高説を垂れてる自称業界人って一体何なの?って気持ちになりますね。
そのうち動画で教える一般的な学校と教師が直接教える高級or高偏差値の学校で二極化して世知辛いとこになりそう
学習だけなら色々代替手段はある。一番有望なのはインタラクティブなeラーニングかな。それでできた余力を有効に使うなら意義ある。公務員減らしに使うなら考えもの。
結局動画も教科書の代わりでしかなく、現場では受講する生徒・学生が多種多様なわけで、このように現場に落とし込む際のギャップへのフォローがいるのだろうな~
面白かった。そもそもの発端として専門的知識を教えるための教師なのだからそれを浮かして生活指導や部活に割り振るという前提自体が間違ってないか?
この観点はなかったな。実体験者からの興味深い意見だ → "はたして、このようなアイデンティティの転換に耐えられる教員がどれほどいるのだろうか。"
学習ソースはネットの普及で増えているし、現場で言うと教員は不足してるしみたいな今と昔と環境が全然違うのでそれに合わせていく必要はあると思う。じゃないと今の仕組みのまま持続し続けるのは無理だと思う。
受験科目は質の低い教師に当たると悲惨だし動画は全然有りだと思うな。現代史を消化できずに終わった歴史の教師の事は今でも恨んでる。
教材もシェアしたり、AI使ってもいいしで、効率化・標準化できるところはあるよなぁ
実際にやってみて人の話は課題も具体的だしおもしろいなと思った
そもそも授業ってものが、リアルでも動画でもいらないけどね。教科書、参考書、問題集で普通にわかるだろ。わかんなかったら、わかるまでAIに深掘りして聞いていけ。
まあ50分の動画流すだけで置き換え可能ならとっくに東進ハイスクールが天下取ってるわな。
しっかりとした動画があった上で、今回筆者がされていた「動画をみせるための仕掛けとサポート」の部分をAIが個別インタラクティブにできるようになれば、学習というのもずいぶん変わるのではないか。
予備校は、動画よね。
正直授業自体は動画とか得意な人に任せて、それで理解できない人のフォローとか得意、苦手分野の分析に時間あてた方がいいんじゃないか?とは思う
動画授業だけだと難しいのは、習得に向けた演習の課題を生徒に出してやらせる部分かな(数学とか英語はこれが重要)。教員リソースの割当てをそこに特化していくと武田塾みたいになるな。
それにしても昔からNHK教育で放送されてるし、放送大学ってものもあるのに、未だに動画+授業を実践的に取り組んで成果を報告してるところとかないんだろうか(N高とかやってそうなイメージある)
ストリーミングではなく単体の動画で提供する場合のメリットとして,学生側が純粋に分からない時や見逃した,聞き逃したときに見返せるってのがある,というのがアンケートから分かったことがあった
説得力
今までもNHK教育流してたでしょ//動画はあくまで教材で、教師が主役//学力によって動画の速度が変わる問題。教材を分けるべきだと思うけど、学力ない子向けの教材という名称は生々しいな
あれを怠けてると捉える奴なんて取っ捕まえてボコるしかない。
人間に任せると授業の質のバラツキがひどいのよ。試行錯誤はあるかもしれんが、多分動画にした方が総合点でかなり上回る(´Д`)めう
NHK高校講座は、書道まであって驚いた。ちゃんと興味を持てるように工夫してある。ただやはり一方通行になるので、現場では分からない生徒へのフォローや、理解した生徒への発展学習サポートなどやることはありそう。
ちなみに高校講座には「簿記」もあるんだぜ。社会人(特に自営・起業を予定している人)は一度見ておくといいんだぜ。
低偏差値は何やっても駄目、無駄に攻撃的、という事実が旭日に晒されてしまったな
学校は集団行動を学ぶ場だからね。組織に属するのが苦手な人はそれでいいけど、普通の人を無視しちゃダメだよ
本論の趣旨とは少し異なるかもしれないが、教員はただでさえ過重労働が問題になっているのだからその解決のためには考慮してもいいアイデアだとは思う。もちろん抵抗があるのも理解はできる。
メモ「NHK高校講座の保健体育は壇蜜が担当している」
コマを拡大して、1教科を90分 ビデオとディスカッションを交互に20分ずつとか良さそう。一日3,4教科なら持ち物も減るし
全国の公立小学校約18000校、中学校約9000校、合わせて約2.7万校で同じ様な内容の授業をバラバラの品質で行っていると思うと非効率極まりないとは思う
動画は情報密度が薄くなる。やる気のない時は倍速動画でポイントだけ学ぶと良い。やる気のある時や好きなものをする時はテキストや人からの指導の方が圧倒的に効率が良いぞ。
勉強って内容より覚える方法の方が大事だと歳食ってから気付いた
授業する方もおんなじのやってて飽きるんじゃないかな。動画も教材の一種、くらいに考えて教師の裁量で使えばいいんじゃないの。知らんけど。
高校の授業はほとんど聞いてない 教科書と問題集だけで受験ならなんとかなる 深い理解はしてないけど
“用意した動画を見せるだけではダメに決まっている。ちゃんと動画をみせるための仕掛け(アーキテクチャ)と十分なサポートがあればある程度までは対策可能” 当然。だが教師はこれまで通りの仕事を続けたがるもの。
眠たくなる動画とドパガキ向けの動画は全然違うでしよ
伝統的なやり方には、長い歴史に裏打ちされた何かがあるのではないかと思うけど、いろいろなものが技術を取り入れて進歩しているなかで、教育だけオールドスタイルに拘泥するのは認められないわね。
放送大学については学部1~2年生向け教養教育として評価する現役の大学教員は結構いる印象。
解像度が高い。AIがあればコンサルやプログラマはいらない言ってる人がいる問題に似ている
現実的には⑤の課題が大きくて、ほとんどの先生は業務変えたくないんだよね。政治的な圧力を強くかけないかぎり無理なんですが、子どもより激務にみえる教員のほうがかわいそうランキングが高くて政治力で負けてる。
大量のユーザー向けのコンテンツという形にすると、その分制作コスト(労力)を多く割けるので質は上げられる。予備校のサテライト授業みたいなもの(費用対効果が出ないなら営利企業である予備校は採用しない)。
鈴木寛氏の経歴ちがくない?と思って調べたら、議員時代はずっと民主党。政治家引退後、安倍政権時代に文科省参与や文科大臣補佐官に登用されている。
一方通行の情報伝達は飽きるし眠くなるのよ。生徒たちは、インタラクティブな授業であれば飽きないし起きていられる。教師↔生徒、生徒↔生徒といったやり取りがあるからこそ授業の意味があるんよ。
例えば、コロナ禍で大学はほぼ全面オンライン授業をしていたけど、なぜ定着しなかったんでしょうね?とかもこの議論の射程に含まれそう。
昔も道徳とかのNHK番組(20分位)見て授業ってのはあった気がする。教師が授業以外に労力割くのは違うとは思うんだけど、リンクされてる別記事(話題沸騰中)によれば、環境作りこそが教育の基本という説もあるようだ。
"保健体育は壇蜜が担当している" ギャグ漫画っぽさがある。(後半にあるけど、教員採用難な一方で授業の品質を一定以上に保つために、動画への依存を強めざる得ないんじゃないかな)
その分野の専門家、有名な高校教諭や大学教授がレクチャーする。そして、エンタメ性も担保されている(ちなみに今だと、日本史探究は乃木坂の秋元真夏、世界史は山崎怜奈、保健体育は壇蜜が担当している)
高偏差値の高校生からは「動画を倍速にしてほしい」、低偏差値の高校生からは「動画が早くて内容が分からなかった」と地頭格差が分かる感想があって大草原。頭いいやつは読書も会話も早いからな。残酷な現実
ZEN大学ですずかん先生の授業を現在進行形で受けてるが、人生に必要な知識すべて動画でいいんだよな。余ったリソースは体力作りとかでいい。もはや進学する必要性を感じないし公共動画とか用意すればいい。
少し詳しい人ならすぐわかるんだけど、記事内で流されているor書かれていない部分に 授業が成立するための教師の専門性の発露があるんよな そこを指摘すると動画で成り立ってないじゃんという結論になってしまうが…
教師がこのように丁寧に使うのであれば、文字教材を使うか、視聴覚教材を使うかの差で、「教師が」という主語は外せない話なのかもしれないな…とか思った。
動画授業は、教師の授業を全面に置き換えるのは不可。ただし、質の高い動画を授業の一部で使い、教師が補足・質問・理解確認・個別支援を行うなら、学習効果と教員負担軽減の両面で有効だとする条件付き賛成である。
授業動画の画面右上に芸能人がワイプで「なるほど〜」「これはマジやられた」とか言っていれば見るのではないか。
動画を見せるだけの投げっぱなしではダメで、動画もあくまでも教材の一つであり、使い方次第ということだろう。生徒のタブレット端末の有効活用を考えれば、動画とテキストのハイブリッドに向かうのはむしろ自然。
大学受験時に東進衛生予備校(有名講師の授業を録画したものを各地の塾の個人ブースで見る)を使った身としては、動画の質と本人のやる気が高ければ機能する、とは思う。でも大半のケースでそうではないよな
補助教材またはメイン教材として使うには有効だけど教師のサポートが必要、と。まあ当たり前の話なんだけど、全部それでいいというわけではないわな。
教師の授業ならバカにも理解させられる、というのがまず幻想
自分も自分なりにコメント残そうと思ったけど "保健体育は壇蜜が担当している" これで全て飛んだ
動画で十分であることは、代々木ゼミナールは30年前からサテライトで東京の人気講師の授業を地方で受講できるようにしていて、とっくに証明されている。
自分も授業しているわけだが。質のいい講義動画があるならぜひ活用したい一方、学生個別の疑問を拾い上げて解消し、理解が乏しい内容は察知して全体で再度掘り下げるなど、コミュニケーションが講義の本質なのよね
5分以上の動画に集中することが困難なこどもが45分間もの長時間にわたって教室で授業を集中して聞けるはずもなく。けっきょく同じことなのでは。
大学で非常勤講師をやっているが結論はこの記事と同じ。動画で授業はできても教育としての学びを成立させるためには、どうしても教師(もしくはそれに準ずる仕組み)が必要になる。モノだけが揃っててもダメ。
半分動画で、半分それを踏まえた解説みたいにしたら良いと思うけど、まぁなんにせよ大変だ
ふーむ。
教師の意欲能力にも模範的から反面教師まで色々ある。無能教師のための補助教材としての視点でも論じるべき。無能教師では動画教材の良さを生かせないのではとか。
“私は公民科の常勤講師である。 私は、ほぼNHK高校講座で授業をすませていた時期がある”という立場から教室での動画教材の是非について整理された良記事
担当教師ガチャはあるので公平にオンライン授業をしたほうが良いのでは?とは常々思っていた…
教材の動画化は結構進んだよね。家でも誰でも見れる動画の教材はもっと増えて欲しい、
またすぐにAIでどうかという時期がきそうやね
自分も納得がいく意見だった。部活狂の教師は知らんけど少なくとも私は喋りたくて教師になってるんで動画のアシスタントじゃ全くやる気にならない。生徒も動画見せる監視員のおじさんになんてなりたいと思うか疑問
家で座学のビデオ見て、学校で討論、質問、自習が今時か。AIも視野に入る。
だいぶ面白いけど「オンライン通話だけで親友ができたことがあるだろうか」だけちょっと雑で惜しい(収録動画と生徒の間に人間関係が発生しないのはオンラインだからではなく双方向性がないからです)
授業はルーティンワークではなくクリエイティブだから、作成済み資料を活用して生徒の学習と興味をどう高めていくか、なのよね
"先述のワークシートはカンペとして使ってよいことにした(ここでメモを取りながら聴くインセンティブも発生)" (略) "ここまでしたら、どちらの学校でもほとんどの生徒はちゃんと動画に向き合ってくれるようになった"
授業で使うのは今やっていない金融系とかインターネット犯罪でその顛末がどうなったかを伝えるために使ったらいいのでは?個人情報や写真を載せたりすると家バレや顔バレするし、いつどこで恨み買うかもわからんしね
"保健体育は壇蜜が担当" ふむふむ
教師のアイデンティティが「授業」で、それを守れという主張には同意できん。教師は生徒の成長の補佐に主眼を置くべきで、授業はその手段でしかないはず。生徒は、教師が授業やって満足したい欲望満たす道具ではない
どっちかっていうと他人と一緒に同じ行動をする、社会を学ぶという意義のほうが学校には求められていると思う 社会に出てから私は私!!誰のいうことも制限も知らない自由自由ってやられたら困るので
報酬設計をしないと動画は見られない。教員なしでは脱落者が出る。毎回同じ授業は自身が飽きる。教員になる敷居は年々下りレベルの低下もある。答えは出せないが長短を見極め上手く活用するのが大切という話
そもそも、現在の高校や大学での授業は反転授業が推奨されている。大学では事前に動画を視聴した上で授業は手を動かす演習やディスカッションをするという形態も普及しつつあるので、特に乱暴でも斬新でもない。
教科書の文字や写真より動画が資料として情報多いから、(例えば、銅鏡の写真or動画)社会は、割合高めてもよさそう。 数学だとかなりやさしめなので高校講座を全部見てもチャートできんと思う。科目による。
代ゼミとか東進の地方校はずっと前から有名講師のビデオ授業だよね
紙書籍が電子書籍になってもフォーマット(ぺーじめくる的な)が変わらないように、教育も授業が授業動画になるだけなのかな。大人の学び方は多様(書籍・動画・セミナー等)なのに、子どもの学び方は画一的(効率問題?)。
「学校は何のために行くのか」ってのが本質的な問いだと思う。学力のためだけだったら、動画の方がいい。でも、そうじゃないんだよね。動画も授業もうまく活用できたらいいんだろうね
教師がゆっくり話すタイプだと、ドパガキの集中力が持たなくてクラスが荒れるとも聞くし、動画も個別に視聴速度変えられた方がいいのかもしれない
動画は所詮教材なので、それだけをポンと渡して自発的に自習する生徒ばかりなら世話は無い。勿論教材なので授業として活用する分には有用ということ。
部活指導もNHK
放送大学を受講してた頃に、なんか受講者が集まって一緒に受講したりディスカッションする地域コミュニティがあればいいのにな、と思ったんですよね。生っぽさがあればハードル下がるのにな、と思いつつ卒業した
代ゼミサテラインではどうなるだろ?
教員ごとに教材作るのは非効率だから、教師がアレンジしなくてもそのまま使える標準の教材あれば時間外労働は少し減らせそうだよなあ。教える点ではNHKや有名講師のビデオ講座には普通の教師では勝てない。
完全リモートワーク・オンラインMTGでもOKという人に向けてのコメントと重なる部分は多い。
同業者として助かるぅ
"教員の実存の問題など知らんしそれでも「教員」は集まる、と切り返されるかもしれないが、もう一つハードルがある。サービスの受給者側の「教師像」の問題だ"
このクラスには何が合うかを試行錯誤してくれることこそが、人間の教師の仕事なんだろうなと思った。そこが固まれば動画でも生身でも。授業が好きならそれ以外のところをITや無免許者でカバーしてほしい
動画やアプリ、チャットAIでもいい。でも全部それに丸投げというのは難しそう。個別対応の時間を捻出するためならありだと思う
大学初年度からコロナで閉鎖されていた世代の卒論や修士での成果が酷くて、学力というか定着にかなり失敗してる印象はある。対人コミュニケーションは言わずもがなでもあるが。
ちゃんとした動画を作ることができるなら良いと思う。題材ごとに細かく分割する、聞き取りやすい発声をする、スクリプト全文を別途用意する、図などの素材をきちんと作り込む、プロが編集する、は必要だと思う。
俺は大学でeラーニングの講師に対して何の思い入れもなかったから、高校生のときにビデオ授業ばかりだったら教師を舐め腐る生徒だったろうな。教師が楽してるとかアンケよりも実際は生徒同士で馬鹿にしてるよ
現役教師の実際にやってみた生の声、素晴らしいです!
これを読んでも id:ustar やid:sumomo-kun のような「教科書と問題集だけで受験ならなんとかなる」「教科書、参考書、問題集で普通にわかるだろ」みたいな、お勉強秀才ブコメが出てくるからなぁ。「学び」の本質理解してね。
問題点として挙げられた主な課題は、要するに「生身の人間が授業をする前提があるから」ということなので、それを変えるのはどうかな?のアンサーには根本的にはなってないかも。現状無理だわという話はわかるけど。
そういえば、NHK学園の授業は高校講座の視聴だけではないというのを説明会で知った。
実際に自分のレゾンデートル脅かされる技術って触りづらいよなぁ。生成AIとSIerの構造と同じものを感じた。
こういう記事が世に溢れて欲しい
30年以上前に予備校で人気講師のサテライト教室という衛星中継の授業があったが、リアル授業より理解度が大幅に落ちたのを思い出す。教師と対峙する緊張感や空気感は考えている以上に学習への影響が大きいのだろう。
部活動も外部のコーチを入れていいようにすればだいぶ教員は楽になるだろうな、そんな予算どこからくるとか色々あるけど
中学くらいからは図書室みたいな机と椅子と参考書が無料で使える環境があれば先生は不要だった。今ならPCとネットが借りれたら多分不要。学業以外で必要かもしれないけど経験上思いつかないので人による。
我々のような紙ネイティブ世代と今の子の動画ネイティブじゃ脳の作りも違ってるだろうしなあ
本気でやるなら効果を実測してから議論して欲しい。
自分の場合は動画の方が絶対あってたな。というか動画もいらないんだけどね(高校の場合)。
先生のやり方を押し付けてついていけいない人は劣等生みたいな扱いもどうかと思うんですけど…(これは小中学校の時ほんとうにあった)
知識の習得だけなら動画でもAIとでもできるから、先生も人間じゃなきゃできない部分はどこかってところよね。手抜きとか言う輩も新しい形として定着するまでの移行期間が終わればそんなに発生しないのでは。
今でも優秀な人材を医師、金融、コンサルタントに取られてしまっているから、いずれ動画にせざるを得なくなる。それなら追い込まれる前に攻めてみようとの意見のほうが建設的に思える。
教室での動画講義だと、設備の影響をもろに受けて、画面がしょぼくて見づらかったり、声がぜんぜん聞き取れなかったりする時があるんだよな…公立学校みたいな場所だと尚更。
まぁ、NHK高校講座をメインに授業している学校もありますけどね。NHK学園高等学校というのですけど。
公民科の教師で、鈴木寛は「自民党所属の参議院議員」だったと解説する人、実在するのか?動画より本を読む方が理解が進む人向けに教師用指導書を配布してほしい。
動画授業中ちゃんと生徒を座らせることと(拘束時間)、小テストで解答させれば(教師が動画を完全理解している)特に問題ないかな。全部ではなく、少しづつ導入すればいい。いろんな形式の授業を。
代ゼミ時代から サテライト授業はある 地方の 塾では 動画視聴中に 何を 学生に 提供しているか?を 分析しては
やっぱりすずかんは害悪。入試改革の時も平気で、記述式を採用している大学の比率について自分の主張に都合のいい数字を主張していた。/いろいろ工夫したという話なのに、肝心のそこが後半すっぽり落ちている