ジャーナリストに限らないけど、よく批判的な事を言う人間ほど自分自身がよく調べず無知だったりするのあるあるだよな
ネットのない、双方向でない時代はチェックする機能がなかったから断定偏見やり放題、言ったもん決めつけたもん勝ちだった面はあるだろうなぁ。
違うよ。パワハラモラハラセクハラが横行してて異論を認めない的に言論抑圧を組織的集団的にやってたからだよ。NPO法人の代表がよくやっているのと同じ(´・_・`)捏造や虚言、妄想と知っててそれを真実言い続けたでしょ
これに似たようなことはいろんなところで感じるところではある。「ちょっと勉強した」くらいが断定癖が出るイメージ。
ネット掲示板のペースで"議論"するのに慣れ過ぎて、日刊紙も初手で正解を出さないといけないみたいな風潮になってる気はする。
分かりません、で止めることはマスコミの死であるからではないの
そうは言っても、少なくない人が断定的に言われた方を信じる傾向があるでしょ。医師や研究者が慎重に発言するよりも。断定してもらった方が判断コストがかからず楽だし、安心するんだろな。
そうだよ(ブクマカ並の大便乗)
今のメディアが慎重ってのは知らない世界線だ。知ったかぶりと偏向者だらけで、そのまま受け取れる記事はとても少ない。情報源への金払いが悪いってのも一因かも知れないけど。
ジャーナリストが情報を求めている消費者に己の考えを押し付けているのは今も昔も変わらないよ。専門家だけでなく素人にも突っ込まれるようになったのはネットのお陰。
メディアの本懐は権力のプロパガンダが隠してることをつまびらかにすること 主張はビジネス的な意味しかない
医者も今みたいにエビデンスベースになる前は、断定的に説明していたかも/断定した方が安心すると言う市民も多かったのかもしれない
ネットが普及してる中SNSで善悪を断定しまくってる皆さーん!!
昔の新聞はマジで「作文(誰かがこういう言動をした、という想像)」が横行してたからな……
大昔、熊本のローカル誌で「ケツメイシは本物」という音楽評を見て、『何言ってんだ?』と思って、その雑誌を読まなくなったな。
ジャーナリストというのは昔からカスというだけの話やで
国末さんが朝日新聞で幹部になれないことに問題があるんだけどな…
「集めた資料の範囲ではこう考えられる」と示すのもいいと思う。今だったら反証があればすぐ情報が寄せられるだろうし。
「断定調で書いたほうがバズる」ってのは何もネット時代になってからの話ではない。昔っからそうなんだよね。本多勝一も『日本語の作文技術』で書いてる
長谷川豊が、今まで数千人に取材してきたって言ってたけど、一つのニュースあたり数人だよね。その人達(その道のプロ)が、自分が正しいと断定的に言うと、それが正しいと断定的になるよね。ある立場の一意見なのに
考えれば考えるほど、何も言えなくなる。
取材が足りないというか、自分の思想の中で完結できていたからでしょうし、何よりもその方がウケる。正しいことを曖昧に伝えるより、怪しげな事を断定調で言う方が受け入れられやすいんですよ。人間てそういうもの。
知の巨人はネットですぐ本業の人がレスポンスしてくる時代には厳しいかもなあ。
ここにまとめられてる全てのポストに対する皮肉になってるのかな?どこの誰だかわからん人の100文字程度のポストより、新聞その他の報道のほうが信頼できるでしょ。私は取材が足りないどころかゼロで書いてます。
ただ、断言的に書けば売れるからでは?読者は考えることなく楽だし
警察や政治家などの不適切発言はバチバチに批判して、「支持率さげてやる」発言は注意だけで終わらせる連中を信じるのは、ただのお人好しだろう。 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/bd73d1451af0da130afc98b15c3b68817f6d2039
「それはダニング=クルーガー効果だ」と決めつけるのも、断定するジャーナリストと同じ様な行動なのではないだろうか。
社会で起こる現象に客観的な真実など無い。旗色を鮮明にする事こそジャーナリズムであると、80年代に本多勝一が言っていたね。それから掲載紙でバイアスは前提として読む癖はついた。
一般人よりも情報を多く握っているジャーナリストでさえそうだからね
小林秀雄の考察すら、2ちゃんねるの匿名のやりとりより浅かったりすることも度々だったと思う。インターネットがないころに偉そうに仕事できてよかったね。
断言を批判し「中庸」をよしとするのは危険。まず自分の意見を持ち、根拠を示して他者と議論し、反論を受けて考えを練り直す。その過程こそ言論の自由がある社会の健全な議論だと思う。中庸から改革は産まれない
バカバカしい。事実だのに対して究極的に謙虚でいたいなら学者にでもなればいい。事実/真実の不可知性に対して一定の見識を打ち出せないなら家で本でも読んでろってことだよ。
「今回の事象が正規分布に従う(σ=c)とすると今回の事例は2σを超えるので、珍しいと言えますね」みたいな統計的価値判断を含むジャーナリズムがあっても良いのでは……、とは思う(これからそうなれば良いね)。
昔はネットもなくバレなかったので、断定調に書いた方が人気でた。たぶんわかっててテクニックとしてやってただけ。今はできない。
断定だけなら中学生でもできる
昔は批評が無い&知識へのアクセス性も悪かったから仕方ない面も有るけど、未だに同じ事やってるのなら弁護の余地は無い。
マウント
断定されると信じやすくなるのは人間の脳の弱点で、ある意味その脳の弱点をハックしてきたのだろうなと。そして、同じ脳ハックならフェイクニュースの方が上を行ってしまう...というのが現状か
受け取り側の問題は別として、記事は記名発信で責任を持つものなので、事実を羅列しその帰結として考えを断定するのは何も間違っていない。間違えた時に訂正し、それを受け入れる社会が望ましいけどそれは
自身の知識と経験、有限の参照できる証拠を以て判断する。これ以外の道は無い。
またモリカケをウヤムヤにしたい自民党のネット工作か
専門外だったり当事者でなくてあまり詳しく知らないからできたことだと思ってる
“あの手の連中はAIのハルシネーションよりもひどい”
人間による認知自体、断定から始まるのであって、統計処理からは始まらんので。知覚の生理学的メカニズムは別として。
どちらかというと、現在のメディアを見ていると取材不足というより、最初から「特定の結論」を述べる材料集めをして報道しているだけの媒体やジャーナリストが圧倒的に多い気がしている。。
ついこの間も「六月に日本が詰む」と断言した自称専門家がいたな。期限(しかも直近)を明記したらすぐにウソだとバレるのに何で言っちゃうのか
物事を批判するのはそれについての知識がなくてもできるが、褒めることはそれについての知識がないとできないんだよね
SNS全盛の今は、最初から一次情報に当たるつもりすらなく、自分の利益誘導のために断定する人がたくさんいるわけだけど
議論の発生源として、メディアの意見はあるべきだと思う。ブクマカとして、ああだこうだと記事に意見する日々を送っているので、記事の有様には寛容的態度をとりつつ、自分がどう考えるかも大事にしていきたいもの
物事が一枚岩でいかないことなんて十分理解した上で断定して批判しないといけないことは多々あると思うけどね
中庸から改革は生まれないというかたもいらっしゃるけど、中庸は多数の極論すべてから等間隔に遠いところと思います。極は断言して結論をだすのをいそぐけど、結論がおくれるよりはやいほうがたいへんな目にあうかと
ダメなものはダメでしょう。ホテルニュージャパンの社長とか。今だって兵庫県知事とか。
断定的に物を言ってる人を信用するのは慎重に。対立する物事でも、知れば知るほどどちらの意見も見方によって正しいものばかり。
大槻ケンジさんも昔の雑誌記事は情報操作し放題だったと言っていました。ジャーナリズムというよりはサブカルチャー方面の話ですが。
普段の生活でもよくわからないことほど断定しがちになっちゃうことはあると思うの。
オールド左翼ってそういうことなんだろうな。知識のアップデートと無関係すぎるもんな。
若い頃、ジャーナリストの先人たちが「これはこうだ」「あれは悪い」と文章で断定するのを読んで憧れた…今となっては、あれは取材が足りないからこそ断定できたのでは?
ジャーナリストに限らないけど、よく批判的な事を言う人間ほど自分自身がよく調べず無知だったりするのあるあるだよな
ネットのない、双方向でない時代はチェックする機能がなかったから断定偏見やり放題、言ったもん決めつけたもん勝ちだった面はあるだろうなぁ。
違うよ。パワハラモラハラセクハラが横行してて異論を認めない的に言論抑圧を組織的集団的にやってたからだよ。NPO法人の代表がよくやっているのと同じ(´・_・`)捏造や虚言、妄想と知っててそれを真実言い続けたでしょ
これに似たようなことはいろんなところで感じるところではある。「ちょっと勉強した」くらいが断定癖が出るイメージ。
ネット掲示板のペースで"議論"するのに慣れ過ぎて、日刊紙も初手で正解を出さないといけないみたいな風潮になってる気はする。
分かりません、で止めることはマスコミの死であるからではないの
そうは言っても、少なくない人が断定的に言われた方を信じる傾向があるでしょ。医師や研究者が慎重に発言するよりも。断定してもらった方が判断コストがかからず楽だし、安心するんだろな。
そうだよ(ブクマカ並の大便乗)
今のメディアが慎重ってのは知らない世界線だ。知ったかぶりと偏向者だらけで、そのまま受け取れる記事はとても少ない。情報源への金払いが悪いってのも一因かも知れないけど。
ジャーナリストが情報を求めている消費者に己の考えを押し付けているのは今も昔も変わらないよ。専門家だけでなく素人にも突っ込まれるようになったのはネットのお陰。
メディアの本懐は権力のプロパガンダが隠してることをつまびらかにすること 主張はビジネス的な意味しかない
医者も今みたいにエビデンスベースになる前は、断定的に説明していたかも/断定した方が安心すると言う市民も多かったのかもしれない
ネットが普及してる中SNSで善悪を断定しまくってる皆さーん!!
昔の新聞はマジで「作文(誰かがこういう言動をした、という想像)」が横行してたからな……
大昔、熊本のローカル誌で「ケツメイシは本物」という音楽評を見て、『何言ってんだ?』と思って、その雑誌を読まなくなったな。
ジャーナリストというのは昔からカスというだけの話やで
国末さんが朝日新聞で幹部になれないことに問題があるんだけどな…
「集めた資料の範囲ではこう考えられる」と示すのもいいと思う。今だったら反証があればすぐ情報が寄せられるだろうし。
「断定調で書いたほうがバズる」ってのは何もネット時代になってからの話ではない。昔っからそうなんだよね。本多勝一も『日本語の作文技術』で書いてる
長谷川豊が、今まで数千人に取材してきたって言ってたけど、一つのニュースあたり数人だよね。その人達(その道のプロ)が、自分が正しいと断定的に言うと、それが正しいと断定的になるよね。ある立場の一意見なのに
考えれば考えるほど、何も言えなくなる。
取材が足りないというか、自分の思想の中で完結できていたからでしょうし、何よりもその方がウケる。正しいことを曖昧に伝えるより、怪しげな事を断定調で言う方が受け入れられやすいんですよ。人間てそういうもの。
知の巨人はネットですぐ本業の人がレスポンスしてくる時代には厳しいかもなあ。
ここにまとめられてる全てのポストに対する皮肉になってるのかな?どこの誰だかわからん人の100文字程度のポストより、新聞その他の報道のほうが信頼できるでしょ。私は取材が足りないどころかゼロで書いてます。
ただ、断言的に書けば売れるからでは?読者は考えることなく楽だし
警察や政治家などの不適切発言はバチバチに批判して、「支持率さげてやる」発言は注意だけで終わらせる連中を信じるのは、ただのお人好しだろう。 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/bd73d1451af0da130afc98b15c3b68817f6d2039
「それはダニング=クルーガー効果だ」と決めつけるのも、断定するジャーナリストと同じ様な行動なのではないだろうか。
社会で起こる現象に客観的な真実など無い。旗色を鮮明にする事こそジャーナリズムであると、80年代に本多勝一が言っていたね。それから掲載紙でバイアスは前提として読む癖はついた。
一般人よりも情報を多く握っているジャーナリストでさえそうだからね
小林秀雄の考察すら、2ちゃんねるの匿名のやりとりより浅かったりすることも度々だったと思う。インターネットがないころに偉そうに仕事できてよかったね。
断言を批判し「中庸」をよしとするのは危険。まず自分の意見を持ち、根拠を示して他者と議論し、反論を受けて考えを練り直す。その過程こそ言論の自由がある社会の健全な議論だと思う。中庸から改革は産まれない
バカバカしい。事実だのに対して究極的に謙虚でいたいなら学者にでもなればいい。事実/真実の不可知性に対して一定の見識を打ち出せないなら家で本でも読んでろってことだよ。
「今回の事象が正規分布に従う(σ=c)とすると今回の事例は2σを超えるので、珍しいと言えますね」みたいな統計的価値判断を含むジャーナリズムがあっても良いのでは……、とは思う(これからそうなれば良いね)。
昔はネットもなくバレなかったので、断定調に書いた方が人気でた。たぶんわかっててテクニックとしてやってただけ。今はできない。
断定だけなら中学生でもできる
昔は批評が無い&知識へのアクセス性も悪かったから仕方ない面も有るけど、未だに同じ事やってるのなら弁護の余地は無い。
マウント
断定されると信じやすくなるのは人間の脳の弱点で、ある意味その脳の弱点をハックしてきたのだろうなと。そして、同じ脳ハックならフェイクニュースの方が上を行ってしまう...というのが現状か
受け取り側の問題は別として、記事は記名発信で責任を持つものなので、事実を羅列しその帰結として考えを断定するのは何も間違っていない。間違えた時に訂正し、それを受け入れる社会が望ましいけどそれは
自身の知識と経験、有限の参照できる証拠を以て判断する。これ以外の道は無い。
またモリカケをウヤムヤにしたい自民党のネット工作か
専門外だったり当事者でなくてあまり詳しく知らないからできたことだと思ってる
“あの手の連中はAIのハルシネーションよりもひどい”
人間による認知自体、断定から始まるのであって、統計処理からは始まらんので。知覚の生理学的メカニズムは別として。
どちらかというと、現在のメディアを見ていると取材不足というより、最初から「特定の結論」を述べる材料集めをして報道しているだけの媒体やジャーナリストが圧倒的に多い気がしている。。
ついこの間も「六月に日本が詰む」と断言した自称専門家がいたな。期限(しかも直近)を明記したらすぐにウソだとバレるのに何で言っちゃうのか
物事を批判するのはそれについての知識がなくてもできるが、褒めることはそれについての知識がないとできないんだよね
SNS全盛の今は、最初から一次情報に当たるつもりすらなく、自分の利益誘導のために断定する人がたくさんいるわけだけど
議論の発生源として、メディアの意見はあるべきだと思う。ブクマカとして、ああだこうだと記事に意見する日々を送っているので、記事の有様には寛容的態度をとりつつ、自分がどう考えるかも大事にしていきたいもの
物事が一枚岩でいかないことなんて十分理解した上で断定して批判しないといけないことは多々あると思うけどね
中庸から改革は生まれないというかたもいらっしゃるけど、中庸は多数の極論すべてから等間隔に遠いところと思います。極は断言して結論をだすのをいそぐけど、結論がおくれるよりはやいほうがたいへんな目にあうかと
ダメなものはダメでしょう。ホテルニュージャパンの社長とか。今だって兵庫県知事とか。
断定的に物を言ってる人を信用するのは慎重に。対立する物事でも、知れば知るほどどちらの意見も見方によって正しいものばかり。
大槻ケンジさんも昔の雑誌記事は情報操作し放題だったと言っていました。ジャーナリズムというよりはサブカルチャー方面の話ですが。
普段の生活でもよくわからないことほど断定しがちになっちゃうことはあると思うの。
オールド左翼ってそういうことなんだろうな。知識のアップデートと無関係すぎるもんな。