史実じゃなくて創作だと思ってたので個人的には敬遠してたけど、海軍が頭脳明晰で紳士的なのに対し、陸軍は無謀で愚昧という世間のイメージの一部は司馬史観に由来してるんじゃないかという気づきを得た。
“「二十二歳の自分への手紙」でした。つまり、昭和20年8月、司馬さんが抱いた疑問、「なぜ日本はこんなダメな国になったのか、本当の日本・日本人はこんなダメなものとは違うのではないか、違うはずだ」”
「私は少年のころ、見渡すかぎり草がつづいているという風景がすきで、海などは好まず、海底に沈んでいる死体よりも陸地で腐乱している死体を望んだ」
日本人スゴイ!って言えなくなったからじゃないの?
武田鉄矢が司馬遼太郎に会ったとき、龍馬が行くのファンです!と言ったら「あれ殆ど創作だよ」と返して武田鉄矢をガッカリさせた話し大好きw。
山岡荘八で足りてます
“「ノモンハン事件であれ、太平洋戦争であれ、統帥権とうすいけんに触れると、昭和天皇について書かなければならない。それはまだ無理だ」”
かつて産経新聞にいて、日枝の乱を大いに支持したという逸話からして胡散臭い。司馬の有り様を見て「日本スゴイと煽ってデタラメ書けば文化人枠に収まる」と百田尚樹に思わせたのが彼。
元の単行本が2004年出版なのでしょうがないけど、2026年に「大本営の方からきた参謀」や「装甲板やすりがけ」について補足説明抜きで書いちゃうのは厳しいやね。(前者については秦郁彦『昭和史の秘話を追う』に詳しい
戦国も幕末も日露戦争も書いたのに…「太平洋戦争」だけ小説にしなかった司馬遼太郎が弟分に真顔で残した言葉
史実じゃなくて創作だと思ってたので個人的には敬遠してたけど、海軍が頭脳明晰で紳士的なのに対し、陸軍は無謀で愚昧という世間のイメージの一部は司馬史観に由来してるんじゃないかという気づきを得た。
“「二十二歳の自分への手紙」でした。つまり、昭和20年8月、司馬さんが抱いた疑問、「なぜ日本はこんなダメな国になったのか、本当の日本・日本人はこんなダメなものとは違うのではないか、違うはずだ」”
「私は少年のころ、見渡すかぎり草がつづいているという風景がすきで、海などは好まず、海底に沈んでいる死体よりも陸地で腐乱している死体を望んだ」
日本人スゴイ!って言えなくなったからじゃないの?
武田鉄矢が司馬遼太郎に会ったとき、龍馬が行くのファンです!と言ったら「あれ殆ど創作だよ」と返して武田鉄矢をガッカリさせた話し大好きw。
山岡荘八で足りてます
“「ノモンハン事件であれ、太平洋戦争であれ、統帥権とうすいけんに触れると、昭和天皇について書かなければならない。それはまだ無理だ」”
かつて産経新聞にいて、日枝の乱を大いに支持したという逸話からして胡散臭い。司馬の有り様を見て「日本スゴイと煽ってデタラメ書けば文化人枠に収まる」と百田尚樹に思わせたのが彼。
元の単行本が2004年出版なのでしょうがないけど、2026年に「大本営の方からきた参謀」や「装甲板やすりがけ」について補足説明抜きで書いちゃうのは厳しいやね。(前者については秦郁彦『昭和史の秘話を追う』に詳しい