“日本人はハイテキストコミュケーションと言われるけれど、AIにこれできる?って聞いて、できるからしましたと言われた時に、日本だけじゃないなきっと ってなった”
いやいやある程度は言外を察しないとそれこそコミュニケーションにならないでしょ。大事なのはそのバランス。少なくともこのポストを「そのまま受け取」れば、行間は一切読むなとしか取れない。
被害妄想で行間捏造する奴もウザいが文脈無視で額面通り受け取って暴走する奴も面倒なんだよな
だから日本人にはテプラが欠かせない。
背後にある思いや意味・概念の繋がりなどを推測することじたいは必要でも、そこで浮かぶのはあくまで受け手その人が持っている枠組みだという前提は自省的に意識する必要はあるでしょうね。
言語という器で疎通しようとしている前提は認識していた方がよいと思う。言語は自分の意図を100%表現し得うるものではない。100%伝わるものでもないし、クオリア問題もある。
夫婦間とかでそれがストレスになる場合はテキストのやり取りをお互いの母語でない言語(たとえば英語)にするとわりとマシになります
「行間を読み取らない」は手続きとしての会話の話。「行間は大事」というのは、もっと親密だったりカジュアルだったりする会話の話なのではないだろうかと思うけど、そこを使い分けられない人っているよね。
こういうの言われすぎてて、最近はむしろ「意図を理解しようよ」と思うことが多い。
「なんで怒ってるの?」「なんで怒ってるんだろうね!」って問いに問いで返す亡き妻のようなケースはしばしばイマジンゼアズノーヘブンな気分になりましたし答え合わせしてないものも大量にあります。
でも実際にコミュ強扱いされるのは言外の意図すらも察する能力が高いタイプで、これはコミュニケーションにおいて「成功する方法」ではなく「失敗しない方法」感がある。
子供の頃から幾度も受けてきた国語の読解点数低い人は大勢いるんだもん。知性•理性で抑止しないとナチュラルにそうなってしまうんやろ、仕方ないよ
読まれたり想像されたりする可能性も、逆に全くされない可能性も考えないといけないのがしんどすぎる所
もう全部書面でやりとりしなさいよ。
その通りなんですが、読ませようとする邪悪な人間の多いことよ。
マスコミからして勝手に総理の内心を想像して記事を書いたりしているからね。
これは結構簡単で、行間を読む時は善意を持って読む、コレだけなんよ。善意で読み取れない事は何かがおかしかったり矛盾を孕むのよ
話し手にとって在る行間は読んで無い行間は読むな、だなんてずいぶん都合がいい主張だな ——という「誤解」をもたらしかねない言動は慎んだ方がいい……ここまでがワンセンテンスだ、宜しいか?
善意で取れる行間を重視・悪意で取れる行間は無視ってコミュ強がやってるよね。知ってる。でも自分が出来るかどうかは別なんだよなぁ(咄嗟の判断を誤る)
読んでるつもりで読めてないのが問題。なぜなら相手を見ていないから。
これ一歩進めて「行間を埋める時はポジティブな推測で埋める」を徹底するとすごく性格の良い人になれるよ。用心のためにネガティブな推測をするのは良いけど、それを表明したりあまつさえ同調を強要してはいけない
コミュニケーションは言語化能力だけではない、ということでもあるのかもしれないが、そのへんの身体言語の読解が苦手なので、例えあなたが言語化が苦手なのだとしても、なるべく言葉にして欲しい、と思う。
これの前提は素直に過不足なく伝えるという行為を例外なく100%やってるということが不可欠になると思うので、まず自分を見つめ直してできてるか確認してからほざいて欲しい言葉だなって思う。
同意しない。ただし、書き言葉では「読みすぎ」は発生する。/「読んだもの」と「書いてあるもの」の区別は必要。
「屋根が壊れてますよ」「詐欺じゃないです」素直に受け取る訓練が必要。
全部書けないし、読めない。自然言語ではなく数学行け
いや、単純に『素直に受け取ればこう』、『行間を読むとこうも考えられる』って切り分けて理解すればいい話なんじゃないの????? 理解自体を間違う可能性はあるけど切り分けて説明すりゃ誤解は解きやすいし。
言ってないことで怒る人はたまにいるよな。やっぱ塩がいいねって言ったら醤油はダメってことかって怒り出すみたいな
ビジネスではそう。但し、会社内では行間を読む時もある。
正しくは1.プレーンなテキスト情報のみを受け取る 2.その上で行間を複数のシナリオで読み、意図の解釈の幅を検証する、では? 背景を推測しないのも単一のシナリオで決めつけるのも不十分。
日本語テキストだと、主語や動作主を省略するケースが多い。読み手は補って読まないといけない。悪意のある解釈が生まれやすい。書き手が省略しすぎちゃうかな
AIの吐き出した文章でスラ行間を読むべし。況んや人の文章においてをや。
ある種の障害持ちを除いて、日本人に限らず行間を読まない人間も空気を読まない人間も基本的にはいないだろ。単に、察してちゃんにどう対応するのかでお国柄が現れるだけ。
行間のあるなしってどう見分けるの?
まず人と人が話し合えば理解しあえるという幻想を捨てるべき
“最低限の原理原則”水を飲まないと死ぬ、くらいの最低限なら理解できるけど、これ両方やらないのはむしろコミュニケーションにならないじゃん
id:Hanpuu この文章を「行間を一切読むなとしか取れない」のならそれこそ素直に受け取る訓練が必要だね。/ネットには文意を読み取れてないのに裏を読もうとして文意を作り出すのを「読解力」と思ってるやつが多すぎる
行間を作らないコミュニケーションも行き詰まるから気をつけてな。リモワでムダにヘイトを稼いでそのあとどうにか元に戻した経験者からの老婆心です。
暗黙のルールを理解しなければ「常識がない」とか怒られるのに?
京都弁ネタか
行間を読まない典型はAI
イチゼロの話ではないよね。身内に「察してるつもり」で勝手に悪い想像してキレる人がいるので、程度問題かと
つまりエスパーのように質問者の心を的確に読み取り、望む最適な回答をしろってことですね。 ただ、指示や質問内容が完璧ならこんなことする必要ないのです。
まずは言われたことや書かれていることをちゃんと読み取るのが大切だよね~。
行政や企業の発信の場合でも責任の所在を曖昧にするために語の定義や経緯をあえてぼかすことがあるからな。発信側、受信側、どちらか一方の責任という事はない。誤解を少なくするには細かく確認取り続けるしかないよ
引用元のなんでこうなったはなんでこうなったであるべきはわかるけどこの人の言いたいことは全くわからない。行間読んで気持ちよくなってるだけとか何に言ってんの
はてブの場合悪意を持って「無い行間を読み」非難するケースが続発するので気をつけようね。僕もはてサからずいぶんやられたよ。「お前はレイシストだぁ」ってね。彼らは自分の意見と異なる者を人格否定するからね。
悪い人はじぶんの知ってる事は世界の常識でじぶんが知らない事を知ってるあなたは無駄な知識しかない扱いをする(ふつう知らない事でも一般常識でも)、コミュニケーションをしたいんじゃない、権力の確認したいのだ
他意がないことが伝わるような喋り方・表情を訓練しましょう。
相手が何を言わんとしているかを好意的に受け止めることができればいいね。
ない行間というか行間を正しく読めないなら読まないほうがマシ、が正しいのでは?
そもそも行間はないのでは???
コミュニケーションの原理原則と言うなら、言葉は不完全なので、言外の情報から推察するのは必須。その上でするべきなのは「慮る」ことであり、するべきではないのは「邪推」。
ハンロンの剃刀か。
トップコメの「ある程度は察せ」の基準が人によって違うから困るんだけどね
それよりも、基本的にコミュニケーションって発信側のほうが責任あるので、行間を読む余地があるようなコミュニケーション(発信)をしないってのが大事。
ケースによる。相手が当然知っているはずのことをいちいち説明したり、相手が知っているはずがなくてかつ重要なことを聞かれるまで黙ってたりされると困るし。
狭い世界の信頼で成り立っていた日本のめんどくさコミュニケーションの崩壊の始まり
行間を読み取るというか共感能力ってまさに人間らしい能力だし、それが無い人はASDで障害者となってしまうのだが
ビジネスならこれできてない方が悪いで済むかもなんだけど、コミュニケーションはそういうのばかりでないのでな
書いてあることが全てじゃないよ。書いてあるとおり鵜呑みにすると痛い目を見ることがある。
こういう行間の読み間違いを防ぐために絵文字や感嘆符を使うんじゃないの
行間を読んだり想像で補ったりする場合は、あくまでも自分の想像であり不確かなものとして扱う。自分の想像を裏付けも無く正しい確かなものとして扱ってしまうと、陰謀論や他者とのトラブルになる。
言語化能力が低くて「言いたいことと言ってることが違う」というパターンもあるぞ。出力の方に問題があるケース。
行間読むのが当たり前ってブコメみんな言うけど、世界の大半ではそんな事しない。「言わなければ伝わらない」が当たり前。日本人のコミュニケーション文化が独特すぎるということは自覚したほうがいい
読み間違えたものをもとにコミュニケーションをとることが失礼なのであって、行間を明らかにする行為とすり合わせは必要。ただ、関係値がない、関係が破綻している場合は、出ている言葉を受け止める必要がある。
余裕がない時は行間はあえて読まない。
行間読んでも、意図を想像してもいいよ。ただ正しく把握する事は難しいのに、その解釈で怒ったり突き進むのは勘弁。
常識的に言わなくてもこれぐらい察してよというのは無くはないが、悪意的な感じで自分だけ優位な要求を通そうとする自己中な人とはコミュニケーションが出来ない。最悪なのは出来ないといわなかったという人。
察してほしいというスタンスの人は、基本的に集団の中で仕事ができない。純然たる事実。 /行間を使うのはいいけど、行間を確認するための質問には必ず応えてほしい。それは攻撃じゃなくてロジックの確認だから
主観かどうか大事なのに、断定形で書くべしとかいうクソノウハウのせいで滅茶苦茶になったように思う。
英語の数ある常套句でも定番なのが“Read between the lines“なんだけど、日本人てわが国独自の慣習大好きよな
行間どころか書かれている情報を読まない人ばかりのはてな民は何なんだろうな
行間は読んでいいんだけれど、その読み方はあなたの処理の仕方だし、その影響も読んだ上で使わないとただの暴力になる時があるよ。相手とあなたで作る行間なのでコミュニケーションの本質だけどね。
3行や140文字でさえ長いと言われる時代だもんね。丁寧な説明するとバカにされたとか思いこむ人間もよく見かけるし。
業務依頼はローコンテクストというのを社内で周知させたりしてるけど、それは依頼がそのような性質に向いてるからで、日本はハイコンテクスト文化なのでその理解がないとうまく付き合いが出来ない
行間を読むことはボランティアであって、強制したり、こうあるべきとかを押し付けてはいけないと思う。 ボランティアなら進んでやる人も多いのでは。
同調圧力は高まるばかり、しかも察して人間が増えてる気がしますが。
コメントのポジティブや善意で行間を読むの意味が分からなかったんだけど、性善説に基づいて相手の言動を解釈するということっぽいな
ぶぶ漬けいかがどす?
相手の心理…?そんなもの読まなくていい。文脈を共有してる相手なら自然とできる。共有してない相手は決めつけずに確認する。心理を読めなんて言う奴がいたらそいつが自己中なだけ。
そうやって例も挙げずに具体性のない話を延々するから、こっちとしては多少なりとも肉付けしながら聞かないと、それこそコミュニケーションもへったくれもないわけですよ。行間どころか行数不足。
字面妄想症候群
京都の人はすごいなあ
「なんでやねん」は疑問文だが、反語として読むことも出来る。それは行間では無い。ツッコミというものだ。
自分は察する努力をしろ。他人にエスパーを求めるな。そんなに難しいことか?
行間を読ませるのは相手にコミュニケーションコストを払わせていることを自覚する必要がある
AIの批判?
契約書などは例外として言外の意図を一切含まないコミュニケーションはありえないだろうし、「無い行間」と「ある行間」(?)の境界もよく分からない
文章はびっくりとか使って、悪意に取られないように気をつけてるつもり
「ハンロンの剃刀」「オッカムの剃刀」やね
コミュニケーションにおいて、言語とノンバーバル(非言語)が与える影響の割合は、最も有名な「メラビアンの法則」によると言語が7%、ノンバーバル(聴覚・視覚)が93%。つまり行間読めないと詰むってこと。
昔話題になった本「ブッタとシッタカブッタ」にもそんなことが書かれてるのでオススメ
多分、“無い行間を読んじゃう人”の多くは、そもそも存在してる“行”が正しく読めてないんだと思うが。行読めてないのに、行間読めるわけがない。まず行を読めや。
「無い行間を読まない」「見えてない意図を想像しない」などはコミュニケーションにおける最低限の原理原則で素直に受け取る訓練が必要という意見が物議を醸す
“日本人はハイテキストコミュケーションと言われるけれど、AIにこれできる?って聞いて、できるからしましたと言われた時に、日本だけじゃないなきっと ってなった”
いやいやある程度は言外を察しないとそれこそコミュニケーションにならないでしょ。大事なのはそのバランス。少なくともこのポストを「そのまま受け取」れば、行間は一切読むなとしか取れない。
被害妄想で行間捏造する奴もウザいが文脈無視で額面通り受け取って暴走する奴も面倒なんだよな
だから日本人にはテプラが欠かせない。
背後にある思いや意味・概念の繋がりなどを推測することじたいは必要でも、そこで浮かぶのはあくまで受け手その人が持っている枠組みだという前提は自省的に意識する必要はあるでしょうね。
言語という器で疎通しようとしている前提は認識していた方がよいと思う。言語は自分の意図を100%表現し得うるものではない。100%伝わるものでもないし、クオリア問題もある。
夫婦間とかでそれがストレスになる場合はテキストのやり取りをお互いの母語でない言語(たとえば英語)にするとわりとマシになります
「行間を読み取らない」は手続きとしての会話の話。「行間は大事」というのは、もっと親密だったりカジュアルだったりする会話の話なのではないだろうかと思うけど、そこを使い分けられない人っているよね。
こういうの言われすぎてて、最近はむしろ「意図を理解しようよ」と思うことが多い。
「なんで怒ってるの?」「なんで怒ってるんだろうね!」って問いに問いで返す亡き妻のようなケースはしばしばイマジンゼアズノーヘブンな気分になりましたし答え合わせしてないものも大量にあります。
でも実際にコミュ強扱いされるのは言外の意図すらも察する能力が高いタイプで、これはコミュニケーションにおいて「成功する方法」ではなく「失敗しない方法」感がある。
子供の頃から幾度も受けてきた国語の読解点数低い人は大勢いるんだもん。知性•理性で抑止しないとナチュラルにそうなってしまうんやろ、仕方ないよ
読まれたり想像されたりする可能性も、逆に全くされない可能性も考えないといけないのがしんどすぎる所
もう全部書面でやりとりしなさいよ。
その通りなんですが、読ませようとする邪悪な人間の多いことよ。
マスコミからして勝手に総理の内心を想像して記事を書いたりしているからね。
これは結構簡単で、行間を読む時は善意を持って読む、コレだけなんよ。善意で読み取れない事は何かがおかしかったり矛盾を孕むのよ
話し手にとって在る行間は読んで無い行間は読むな、だなんてずいぶん都合がいい主張だな ——という「誤解」をもたらしかねない言動は慎んだ方がいい……ここまでがワンセンテンスだ、宜しいか?
善意で取れる行間を重視・悪意で取れる行間は無視ってコミュ強がやってるよね。知ってる。でも自分が出来るかどうかは別なんだよなぁ(咄嗟の判断を誤る)
読んでるつもりで読めてないのが問題。なぜなら相手を見ていないから。
これ一歩進めて「行間を埋める時はポジティブな推測で埋める」を徹底するとすごく性格の良い人になれるよ。用心のためにネガティブな推測をするのは良いけど、それを表明したりあまつさえ同調を強要してはいけない
コミュニケーションは言語化能力だけではない、ということでもあるのかもしれないが、そのへんの身体言語の読解が苦手なので、例えあなたが言語化が苦手なのだとしても、なるべく言葉にして欲しい、と思う。
これの前提は素直に過不足なく伝えるという行為を例外なく100%やってるということが不可欠になると思うので、まず自分を見つめ直してできてるか確認してからほざいて欲しい言葉だなって思う。
同意しない。ただし、書き言葉では「読みすぎ」は発生する。/「読んだもの」と「書いてあるもの」の区別は必要。
「屋根が壊れてますよ」「詐欺じゃないです」素直に受け取る訓練が必要。
全部書けないし、読めない。自然言語ではなく数学行け
いや、単純に『素直に受け取ればこう』、『行間を読むとこうも考えられる』って切り分けて理解すればいい話なんじゃないの????? 理解自体を間違う可能性はあるけど切り分けて説明すりゃ誤解は解きやすいし。
言ってないことで怒る人はたまにいるよな。やっぱ塩がいいねって言ったら醤油はダメってことかって怒り出すみたいな
ビジネスではそう。但し、会社内では行間を読む時もある。
正しくは1.プレーンなテキスト情報のみを受け取る 2.その上で行間を複数のシナリオで読み、意図の解釈の幅を検証する、では? 背景を推測しないのも単一のシナリオで決めつけるのも不十分。
日本語テキストだと、主語や動作主を省略するケースが多い。読み手は補って読まないといけない。悪意のある解釈が生まれやすい。書き手が省略しすぎちゃうかな
AIの吐き出した文章でスラ行間を読むべし。況んや人の文章においてをや。
ある種の障害持ちを除いて、日本人に限らず行間を読まない人間も空気を読まない人間も基本的にはいないだろ。単に、察してちゃんにどう対応するのかでお国柄が現れるだけ。
行間のあるなしってどう見分けるの?
まず人と人が話し合えば理解しあえるという幻想を捨てるべき
“最低限の原理原則”水を飲まないと死ぬ、くらいの最低限なら理解できるけど、これ両方やらないのはむしろコミュニケーションにならないじゃん
id:Hanpuu この文章を「行間を一切読むなとしか取れない」のならそれこそ素直に受け取る訓練が必要だね。/ネットには文意を読み取れてないのに裏を読もうとして文意を作り出すのを「読解力」と思ってるやつが多すぎる
行間を作らないコミュニケーションも行き詰まるから気をつけてな。リモワでムダにヘイトを稼いでそのあとどうにか元に戻した経験者からの老婆心です。
暗黙のルールを理解しなければ「常識がない」とか怒られるのに?
京都弁ネタか
行間を読まない典型はAI
イチゼロの話ではないよね。身内に「察してるつもり」で勝手に悪い想像してキレる人がいるので、程度問題かと
つまりエスパーのように質問者の心を的確に読み取り、望む最適な回答をしろってことですね。 ただ、指示や質問内容が完璧ならこんなことする必要ないのです。
まずは言われたことや書かれていることをちゃんと読み取るのが大切だよね~。
行政や企業の発信の場合でも責任の所在を曖昧にするために語の定義や経緯をあえてぼかすことがあるからな。発信側、受信側、どちらか一方の責任という事はない。誤解を少なくするには細かく確認取り続けるしかないよ
引用元のなんでこうなったはなんでこうなったであるべきはわかるけどこの人の言いたいことは全くわからない。行間読んで気持ちよくなってるだけとか何に言ってんの
はてブの場合悪意を持って「無い行間を読み」非難するケースが続発するので気をつけようね。僕もはてサからずいぶんやられたよ。「お前はレイシストだぁ」ってね。彼らは自分の意見と異なる者を人格否定するからね。
悪い人はじぶんの知ってる事は世界の常識でじぶんが知らない事を知ってるあなたは無駄な知識しかない扱いをする(ふつう知らない事でも一般常識でも)、コミュニケーションをしたいんじゃない、権力の確認したいのだ
他意がないことが伝わるような喋り方・表情を訓練しましょう。
相手が何を言わんとしているかを好意的に受け止めることができればいいね。
ない行間というか行間を正しく読めないなら読まないほうがマシ、が正しいのでは?
そもそも行間はないのでは???
コミュニケーションの原理原則と言うなら、言葉は不完全なので、言外の情報から推察するのは必須。その上でするべきなのは「慮る」ことであり、するべきではないのは「邪推」。
ハンロンの剃刀か。
トップコメの「ある程度は察せ」の基準が人によって違うから困るんだけどね
それよりも、基本的にコミュニケーションって発信側のほうが責任あるので、行間を読む余地があるようなコミュニケーション(発信)をしないってのが大事。
ケースによる。相手が当然知っているはずのことをいちいち説明したり、相手が知っているはずがなくてかつ重要なことを聞かれるまで黙ってたりされると困るし。
狭い世界の信頼で成り立っていた日本のめんどくさコミュニケーションの崩壊の始まり
行間を読み取るというか共感能力ってまさに人間らしい能力だし、それが無い人はASDで障害者となってしまうのだが
ビジネスならこれできてない方が悪いで済むかもなんだけど、コミュニケーションはそういうのばかりでないのでな
書いてあることが全てじゃないよ。書いてあるとおり鵜呑みにすると痛い目を見ることがある。
こういう行間の読み間違いを防ぐために絵文字や感嘆符を使うんじゃないの
行間を読んだり想像で補ったりする場合は、あくまでも自分の想像であり不確かなものとして扱う。自分の想像を裏付けも無く正しい確かなものとして扱ってしまうと、陰謀論や他者とのトラブルになる。
言語化能力が低くて「言いたいことと言ってることが違う」というパターンもあるぞ。出力の方に問題があるケース。
行間読むのが当たり前ってブコメみんな言うけど、世界の大半ではそんな事しない。「言わなければ伝わらない」が当たり前。日本人のコミュニケーション文化が独特すぎるということは自覚したほうがいい
読み間違えたものをもとにコミュニケーションをとることが失礼なのであって、行間を明らかにする行為とすり合わせは必要。ただ、関係値がない、関係が破綻している場合は、出ている言葉を受け止める必要がある。
余裕がない時は行間はあえて読まない。
行間読んでも、意図を想像してもいいよ。ただ正しく把握する事は難しいのに、その解釈で怒ったり突き進むのは勘弁。
常識的に言わなくてもこれぐらい察してよというのは無くはないが、悪意的な感じで自分だけ優位な要求を通そうとする自己中な人とはコミュニケーションが出来ない。最悪なのは出来ないといわなかったという人。
察してほしいというスタンスの人は、基本的に集団の中で仕事ができない。純然たる事実。 /行間を使うのはいいけど、行間を確認するための質問には必ず応えてほしい。それは攻撃じゃなくてロジックの確認だから
主観かどうか大事なのに、断定形で書くべしとかいうクソノウハウのせいで滅茶苦茶になったように思う。
英語の数ある常套句でも定番なのが“Read between the lines“なんだけど、日本人てわが国独自の慣習大好きよな
行間どころか書かれている情報を読まない人ばかりのはてな民は何なんだろうな
行間は読んでいいんだけれど、その読み方はあなたの処理の仕方だし、その影響も読んだ上で使わないとただの暴力になる時があるよ。相手とあなたで作る行間なのでコミュニケーションの本質だけどね。
3行や140文字でさえ長いと言われる時代だもんね。丁寧な説明するとバカにされたとか思いこむ人間もよく見かけるし。
業務依頼はローコンテクストというのを社内で周知させたりしてるけど、それは依頼がそのような性質に向いてるからで、日本はハイコンテクスト文化なのでその理解がないとうまく付き合いが出来ない
行間を読むことはボランティアであって、強制したり、こうあるべきとかを押し付けてはいけないと思う。 ボランティアなら進んでやる人も多いのでは。
同調圧力は高まるばかり、しかも察して人間が増えてる気がしますが。
コメントのポジティブや善意で行間を読むの意味が分からなかったんだけど、性善説に基づいて相手の言動を解釈するということっぽいな
ぶぶ漬けいかがどす?
相手の心理…?そんなもの読まなくていい。文脈を共有してる相手なら自然とできる。共有してない相手は決めつけずに確認する。心理を読めなんて言う奴がいたらそいつが自己中なだけ。
そうやって例も挙げずに具体性のない話を延々するから、こっちとしては多少なりとも肉付けしながら聞かないと、それこそコミュニケーションもへったくれもないわけですよ。行間どころか行数不足。
字面妄想症候群
京都の人はすごいなあ
「なんでやねん」は疑問文だが、反語として読むことも出来る。それは行間では無い。ツッコミというものだ。
自分は察する努力をしろ。他人にエスパーを求めるな。そんなに難しいことか?
行間を読ませるのは相手にコミュニケーションコストを払わせていることを自覚する必要がある
AIの批判?
契約書などは例外として言外の意図を一切含まないコミュニケーションはありえないだろうし、「無い行間」と「ある行間」(?)の境界もよく分からない
文章はびっくりとか使って、悪意に取られないように気をつけてるつもり
「ハンロンの剃刀」「オッカムの剃刀」やね
コミュニケーションにおいて、言語とノンバーバル(非言語)が与える影響の割合は、最も有名な「メラビアンの法則」によると言語が7%、ノンバーバル(聴覚・視覚)が93%。つまり行間読めないと詰むってこと。
昔話題になった本「ブッタとシッタカブッタ」にもそんなことが書かれてるのでオススメ
多分、“無い行間を読んじゃう人”の多くは、そもそも存在してる“行”が正しく読めてないんだと思うが。行読めてないのに、行間読めるわけがない。まず行を読めや。