こ、これは……。(絶句)
>学年も障害の程度も違う子供たちが、同じ教室で学ぶ うーん。仕方なくね??頑張るとして、障害の程度を揃える方かなあ。
"校長はこう告げた。「教育委員会から人材確保のために若手に対して指導しないよう求められている…」" 「指導」すると教員が辞めるからと。この管理職も酷いが、結局は国が定める教師の配置基準と給与水準の問題では
教職員が戦後積み上げ続けてきた成果であり文化を象徴しているな。
そんなもんだろうな。全く知らなくても綺麗な場所とは思いもしないし
みいちゃんは適切な教育を受けられればああならなかったのかなぁ
特別支援学校の「質の高い教育守れない」は、この社会がそのコストを負えるのか疑わしい。生徒200名に教員100人つけてもそう感じてるんだから。
まぁ進んで特別支援学校の教員になりたい人は、必要数に対して少数だろうなぁ。その中で何とか体裁を繕おうとしている校長と許せない正義の教員のやるせない対立ってところか。
健常者と障害者が同じ場所で同じように教育を受けるインクルーシブ教育なんて平等の幻想だし、何なら支援学級向けの特別な配慮をしないことの言い訳になってるよね。
"2025年度に義務教育段階で特別支援教育を受ける児童生徒の割合は全体の7・8%。10年前の3・6%の2倍以上" 10年での激変は極めて大きな負担が生じるだろうが、そもそもなぜこの割合変化が起こるのだろう。
要約できないからPaginator要らないんだよね、1ページにしてくれんかな
昭和の時代は、特殊学級や特殊学校として明確に分けられていたのを多様性を旗印に混ぜるなキケンした結果。昔も稀に、本当なら特殊学級だろ、という児童、生徒が通常学級にいたりしたけど周囲はガン無視してたな。
健常者、障害者と一口に言うがグラデーションなんだよね。明確に線引きできるものではなく地域社会では共に生きなきゃいけないから、子どもの頃から自然に関わる機会は大切。もちろん必要な支援がないのは間違ってる
正義感で頑張ってるのだろうけど、無理して鬱になって仕事を放棄してるんだから、テキトーにやってる先生のほうがマシかもしれない
みい山をある程度読んでこの記事読んだ。こうやって取りこぼされた子達が出来上がるのかと暗澹たる気持ちになる。地獄に落ちるのはやる気のない学校&教師側だろ。やる気ある人潰して取りこぼし増やしてどうすんの?
障害児童を可愛いと思えない、これは教員も人間ゆえ仕方ない。しかし、地獄に落ちればいいとまで抜かす人間に教員の適性はないだろう。
全校生徒二百人は少なくないか?特別支援学校だからか…
まじめで有能な人ほど貧乏くじを引く。ここで多少でも前に進めれば、あとが楽になるのに。シビアに言えば少しでも就職ルートやグループホームに行けるかも知れない。そうでなかったらより税金がかかる。
特別支援「学校」と、特別支援「学級」と、特別支援「教育」の内容が交錯してて、読みにくい記事だなぁ
正常発達から外れる度合いで判断して、違う特性の生徒を同じ箱にぶち込む。近年は外国人子女もいれて、学習環境としては最悪。近年の研究で、同じ認知レベル同士の交流こそ、発達に一番重要なことがわかっている。
"埼玉県は詳しい取材に応じていません""法律上、専門の免許がなくても通常免許のみで担当することができる""現場にいたのは障害者教育に関する知識もなく、「通常学級を任せられない」とみなされた教員たち"
余裕は無くなってきた。ナチュラルセレクションも必要か
地獄よな。ホント同業者として痛み入りますわ。応援してる
“『闇』”こんな大層なことを言わずとも、日本中どんな現場にも起きていることだなとおもった。大層なもったいつけた言い方は、逆に「植松聖みたいな何か」に近づきやすくなるのであんまりいいことな気がしない
個人ではなくシステムの問題。非正規教員への依存を減らす計画的な採用、経験豊富な教員の配置、管理職評価に「職場改善」を組み込むこと、外部が検証できる仕組みが必要。教育は制度設計で支えるべき。
地域差、学校差もとても大きいように感じてる。校長が適切な認識を持ってると対応がとても良い。昭和な価値観の人だとかなり辛い。教育委員会はまったく信じていない。
いま息子が特別支援級に週2通ってるけど当たり外れはあるなーと思う。(去年は微妙、今年は当たり)しかしそれは通常の学級側でも同じ程度に感じるので、結局先生って難しいよなーということに。
教育の供給を一定にできて、かつ余裕が出てから質の向上に取り組むべきだ。そのために教員はもっと分業しないとだめだ。
うちの子特支だけど学校との頻繁なやりとりは必須じゃないと子も親も困る。ゆえに先生の負担も多く、今年は新卒の先生で休職があった。低学年とはいえ初年度から担任持つのは無理のある仕事。子供のためにも改善を。
ひどい話だけど明るみになったことを今後の改善につなげないとね。それをしないなら、管理職も教委も文科省も教育を担う者としての志がなさすぎる。大事なのは和や体面や聞き分けのよさじゃない。
結局金がないの一言で終わる話。金がないのは政府のせいでは無く、ただただ老人が多すぎてそこに大量の金が費やされるだけ。報酬では無く「やる気」に依存する制度が回るはずも無いしね。
これって全然闇じゃなくて、単にリソースが足りてないって事なので、もっと公に議論されたほうがよいのでは?
優しさの享受対象者を出生段階からの選別と大増税の両方をやる北欧的ではなく、大増税だけで人間の優しさがいきわたる世にしようという、安全保障とは別のお花畑がバブル崩壊で消えてから、お花畑全てが疑わしい。
障害者とは、診断と投薬と「健常者さま世界線」と合わない人を体よく排除できるための都合のいい箱、ってかんじ。分類した後は責任取らない政治
特別支援学校には「間違いなく『闇』が存在します」現役の公立校教員が実名で明かすリアル 非正規教員で穴埋め、事なかれ主義の管理職…真実は?(47NEWS) - Yahoo!ニュース
こ、これは……。(絶句)
>学年も障害の程度も違う子供たちが、同じ教室で学ぶ うーん。仕方なくね??頑張るとして、障害の程度を揃える方かなあ。
"校長はこう告げた。「教育委員会から人材確保のために若手に対して指導しないよう求められている…」" 「指導」すると教員が辞めるからと。この管理職も酷いが、結局は国が定める教師の配置基準と給与水準の問題では
教職員が戦後積み上げ続けてきた成果であり文化を象徴しているな。
そんなもんだろうな。全く知らなくても綺麗な場所とは思いもしないし
みいちゃんは適切な教育を受けられればああならなかったのかなぁ
特別支援学校の「質の高い教育守れない」は、この社会がそのコストを負えるのか疑わしい。生徒200名に教員100人つけてもそう感じてるんだから。
まぁ進んで特別支援学校の教員になりたい人は、必要数に対して少数だろうなぁ。その中で何とか体裁を繕おうとしている校長と許せない正義の教員のやるせない対立ってところか。
健常者と障害者が同じ場所で同じように教育を受けるインクルーシブ教育なんて平等の幻想だし、何なら支援学級向けの特別な配慮をしないことの言い訳になってるよね。
"2025年度に義務教育段階で特別支援教育を受ける児童生徒の割合は全体の7・8%。10年前の3・6%の2倍以上" 10年での激変は極めて大きな負担が生じるだろうが、そもそもなぜこの割合変化が起こるのだろう。
要約できないからPaginator要らないんだよね、1ページにしてくれんかな
昭和の時代は、特殊学級や特殊学校として明確に分けられていたのを多様性を旗印に混ぜるなキケンした結果。昔も稀に、本当なら特殊学級だろ、という児童、生徒が通常学級にいたりしたけど周囲はガン無視してたな。
健常者、障害者と一口に言うがグラデーションなんだよね。明確に線引きできるものではなく地域社会では共に生きなきゃいけないから、子どもの頃から自然に関わる機会は大切。もちろん必要な支援がないのは間違ってる
正義感で頑張ってるのだろうけど、無理して鬱になって仕事を放棄してるんだから、テキトーにやってる先生のほうがマシかもしれない
みい山をある程度読んでこの記事読んだ。こうやって取りこぼされた子達が出来上がるのかと暗澹たる気持ちになる。地獄に落ちるのはやる気のない学校&教師側だろ。やる気ある人潰して取りこぼし増やしてどうすんの?
障害児童を可愛いと思えない、これは教員も人間ゆえ仕方ない。しかし、地獄に落ちればいいとまで抜かす人間に教員の適性はないだろう。
全校生徒二百人は少なくないか?特別支援学校だからか…
まじめで有能な人ほど貧乏くじを引く。ここで多少でも前に進めれば、あとが楽になるのに。シビアに言えば少しでも就職ルートやグループホームに行けるかも知れない。そうでなかったらより税金がかかる。
特別支援「学校」と、特別支援「学級」と、特別支援「教育」の内容が交錯してて、読みにくい記事だなぁ
正常発達から外れる度合いで判断して、違う特性の生徒を同じ箱にぶち込む。近年は外国人子女もいれて、学習環境としては最悪。近年の研究で、同じ認知レベル同士の交流こそ、発達に一番重要なことがわかっている。
"埼玉県は詳しい取材に応じていません""法律上、専門の免許がなくても通常免許のみで担当することができる""現場にいたのは障害者教育に関する知識もなく、「通常学級を任せられない」とみなされた教員たち"
余裕は無くなってきた。ナチュラルセレクションも必要か
地獄よな。ホント同業者として痛み入りますわ。応援してる
“『闇』”こんな大層なことを言わずとも、日本中どんな現場にも起きていることだなとおもった。大層なもったいつけた言い方は、逆に「植松聖みたいな何か」に近づきやすくなるのであんまりいいことな気がしない
個人ではなくシステムの問題。非正規教員への依存を減らす計画的な採用、経験豊富な教員の配置、管理職評価に「職場改善」を組み込むこと、外部が検証できる仕組みが必要。教育は制度設計で支えるべき。
地域差、学校差もとても大きいように感じてる。校長が適切な認識を持ってると対応がとても良い。昭和な価値観の人だとかなり辛い。教育委員会はまったく信じていない。
いま息子が特別支援級に週2通ってるけど当たり外れはあるなーと思う。(去年は微妙、今年は当たり)しかしそれは通常の学級側でも同じ程度に感じるので、結局先生って難しいよなーということに。
教育の供給を一定にできて、かつ余裕が出てから質の向上に取り組むべきだ。そのために教員はもっと分業しないとだめだ。
うちの子特支だけど学校との頻繁なやりとりは必須じゃないと子も親も困る。ゆえに先生の負担も多く、今年は新卒の先生で休職があった。低学年とはいえ初年度から担任持つのは無理のある仕事。子供のためにも改善を。
ひどい話だけど明るみになったことを今後の改善につなげないとね。それをしないなら、管理職も教委も文科省も教育を担う者としての志がなさすぎる。大事なのは和や体面や聞き分けのよさじゃない。
結局金がないの一言で終わる話。金がないのは政府のせいでは無く、ただただ老人が多すぎてそこに大量の金が費やされるだけ。報酬では無く「やる気」に依存する制度が回るはずも無いしね。
これって全然闇じゃなくて、単にリソースが足りてないって事なので、もっと公に議論されたほうがよいのでは?
優しさの享受対象者を出生段階からの選別と大増税の両方をやる北欧的ではなく、大増税だけで人間の優しさがいきわたる世にしようという、安全保障とは別のお花畑がバブル崩壊で消えてから、お花畑全てが疑わしい。
障害者とは、診断と投薬と「健常者さま世界線」と合わない人を体よく排除できるための都合のいい箱、ってかんじ。分類した後は責任取らない政治