うわー、今日のZoffと比べたらクソ中のクソみたいな返答だーwww
全面的に争う感じ? https://togetter.com/li/2617698 /画像なので、はてな村民的にはEvil扱いやな。
全ツッパ
画像表明は悪い文化。/まあ「わいの書いた本読んだに違いないのに参考文献に入ってない」と云った側に証明責任があるので、あとは裁判で争ってもろて。
これは裁判を誘ってるでしょ。空中戦を地上戦に持ち込んでいく流れ。やはり大手、上手いよ
小説なので「どっちでも良いこと」で有りこんなもんそれこそ論文でもないので「お気持ち」問題にされちゃう。最初から参考文献に入ってないって言うのは筋が悪い話だし、作者なり版元なりにコソコソ聞くのが初手かと
この手の証明が困難を極めることは明らかですから……
要するに「『ラッセンとは何だったのか?』に書いてあるようなこと(当該書籍の内容とされるもの)は単なる一般常識(読まなくてもわかる」と全否定してる(集英社が正しい。「原田の主張はムリスジ」と指摘したとおり
《篠田氏が『ラッセンとは何だったのか?』を図書館で借りた事実はあるものの、内容を読まずに返却したため、参照はしていない》との集英社回答。うーん⋯ https://x.com/haradayuki2/status/1981618031710314767?t=huO4AS7UxeY7WZEXrvkueQ&s=19
図書館で借りたけど読んでないとかいうよくわからない話には触れないんだ
法廷で会いましょう ですね
事実はわからないけど、天下の集英社が出す文書とは思えない質でかなりびっくりしてしまった。というか著者がマジで読んだか否かは本人以外知りようがないのにここまで強気に出れるのか。
ほかのページのソース流用 https://www.bungei.shueisha.co.jp/interview/umaretate/
例示だけ見ると確かに読んでなくても書けそうなんだよなーとは思った
よしんば作家が読んでないとして、編集者はこのモチーフで原田氏の著作に気がついていなかったのかな。
本作る前に一回同じカテゴリの本検索しないの?って思う。
同じモチーフを別の主体が取材執筆したら当然共通する部分が出る…ということは踏まえた上でそれ以上の疑い部分が指摘されていたと思うけど、そこにはどう応答したのでしょうね。この文章では触れられていないね。
図書館の貸出記録が外部に出るはずはないのに、借りたことは正直に言うんだ
「図書館で借りた事実はあるものの、内容を読まずに返却した」ってなぜ書いてないのか
たしかに図書館の件だけ伝えるのは謎(読まずに返すことはよくあるが)。あと書評は元来一方的なもので「遺憾」なら反論すればいいだけだし第三者の意見表明も自由、この辺は常識を疑う
なんか興味本位で読みたくなってきた。
片方どころか両方とも読んでなさそうな部外者が騒いで何か意味あんのか?
おお、強めに出たね
マンガの方であんまいいイメージないけど、文芸の方も編集者あんま良くないのかな。
うーん、じゃあ読む価値のない独自研究て周回遅れという事か。悲しい話やなあ
まあ仁義しか問題ではないからな 争う態度でなんら問題ない
いうて評論でもないフィクション小説に参考文献が必須なのかよくわからない
そもそもパクるなら何も参考文献を書かない方がつけ込まれにくいし、「読んでないが図書館では借りた」的なことは絶対に言う必要がない。バレたいのか、あるいは何か病的な乗っ取り欲やマウント欲求があるのか。
書評に対して遺憾、というのは一見不可解ではあるが、昨今の公式見解のみを是とする風潮を思えば腑には落ちる。評論、論評といったものをいよいよ出版社も認めなくなり始めたわけだ。全く賛同しかねるな。
まぁそうなるわな。これは普通の対応だと思うよ。
誰でも作品を配信できる時代だから、「この作品は自分の××の盗作だ」という訴えは数え切れないほど来てるんだろうなぁ。
『青の純度』読んだけど、原田氏の著作を読まなくても書ける内容には違いない。普通は下調べで読みそうだけど、作中の偽ラッセンは本物とかけ離れてるので、本物に引き摺られないよう避けてもおかしくはない。
字がちっちゃくてワロタ
やましいことはないって書いているのに画像なんだ。検索避けみたいなつもりなんかな
徹底抗戦。 / 書評は著者・出版者に仁義を切る必要はない。
原田氏に向けてというより、「根拠もないのにパクリ炎上させがちなネット言論へのけん制」がメインっぽい。荒っぽい文章なのは疑問だが、その危惧自体は分かる
予想通り。斎藤環が東山魁夷と平山郁夫を持ち出すのを見てポストモダンの焼き直しをこれでしてどうすんだ?と思ったし。
どうにも上手くないプレスリリース文。出版社なのにというか出版社だからか。
内容の真偽はともかく、「結論から申し上げますと、」でまずびびった。集英社文芸編集部が発信する公式文書でこれでいいのか…?/(追記)結論を先に書くこと自体ではなく書き方の話です
結局、両方読んでみないと何とも言えないか。でもラッセンにそこまで興味ないしなあ。
篠田氏がラッセン本を図書館で借りたけど読んでないってのは本当なのかな
ラッセンがテーマであの本を読んでないならそれはそれでどうなのか。篠田節子の作風(参考文献を大量に読み込む)からして。書評での意見表明が遺憾だというのもおかしい。書評は宣伝ではない。内々で済ませろと?
結論から申し上げる文章もっと増えてほしい。
出版社がちゃんと作家を守った。良い。転がる方向によって、先方と和解して対談でもすると良いかも
作品の内容に関する論評がとんと流れてこないことが全てですかね。
信じることはできないが筋は通ってる。もし裁判になれば、この線で集英社サイドが勝つと思う
画像でリリース出すのって怪しいイメージしかないw 反省の色がない会社あるある手法w なんで画像なのww
ほんとに読んだか読んでないかはわからないにせよ、読まなくても書ける内容ってことでしょ?立証責任は
知っていながらあえて避けた、というのはたしかにありそう。とは言え、重要資料を読まないとかぶってしまうこともあるわけで。
作品の肝なので、参考文献から意図的に外してあえて自分で再調査したんだろうなという印象
「ラッセンAND評論」なりなんなりで検索1位はかならず原田氏著作なんだけどそんなことある?
まあ、そういうこともありえる。
これもトレス疑惑と同じで、何か共通部分が上がってきたりするかも。
お、受けて立つ姿勢か。最近騒げばSNSで取り上げられるからって、なんでも剽窃認定する奴出てくるよな。原田も本当に剽窃だと思うなら訴えたらええ。
ププーッ 生成AIでOCR能力が格段に向上して、テキストと「画像に書かれた文字」の境界線は事実上消滅しているのに「少しでも穏便に済ませたい」という十数年来の不誠実な慣習が声明をよりかっこわるく見せてる。ヤバ
"著者がマジで読んだか否かは本人以外知りようがない" それは相手方にも言えることなんだが?公にいきなりイチャモンつけられたらこういう態度にもなるやろ
集英社が出す文書とは思えないような、表現の稚拙さや評論へのスタンスが気になるが、それはそれとして事実無根のデマがはびこることにほとほと腹が立っているであろうことには同情する
作家が雇ってるリサーチャーがポカしたことにして幕引きかな どう擁護しようと下調べ工程を本人がどこまで掌握できてるかに疑義が入る 編集仕事しろ案件かも 難しい
集英社がこのスタンスなら裁判して欲しいなぁ。小説に論考がさほど有用とも思えないし、訴え側の意見も話半分なのよね。
原田氏には著者は原田氏の著作を図書館で借りたが読まずに返却したと返答があったそうだがその件は触れられていないのか
Zoffの完璧な謝罪文を見た後なのでとにかく落差がひどい。仮にも出版社の書く文章か?これが
集英社怒りのリリース
純粋に商売という観点からするとこれを売ることで物議を醸すのはほぼ確なわけじゃん(編集者が無知無能の場合を除く)。んで、それを強行するのはそれを押してでも世に出したい作品のはずだがこの謝罪でほんとうに?
どっちも読んでない時点で外野が片方の言い分だけ信じることはできませんね。草津町の件で学びませんでしたか?
2冊を読み比べた上で言及してる人はどのくらいいるんだろう。この文章を単体で品評するのはなぁ(画像で掲出されてたんで最初間違えて「謝罪文」と書いてしまった。まあ話題にされたくない話ではあるのか)
どことなく松本零士と槇原敬之の件を思い起こさせるなあ。
そもそも小説のモデルはラッセンではないらしいんだけど、読んでないから分かんないな。
資料を多く見たり読んだりすると、かえって無意識にどれかの資料に引っ張られてるって事はある気がする。うろ覚え選手権とかの描いた事はないが特徴を描き出せるみたいに、意外と記憶に残ってるもんだったりするし。
もしやAIに書かせたからAIは学習してたけど著者は読んでないとかそんなオチではなかろうな
図書館で借りたが読んでない、のくだりが消えてる……?
剽窃でないものを剽窃と主張するな、という趣旨の文章だが、どうしても剽窃扱いにしないと困る人間、これを「書評を許さない」と解釈しないと自分の主張を正当化できない人間など、さまざまな不正ブコメに満ちている
外野は黙っとれってとこか
「著者がマジで読んだか否かは本人以外知りようがない」ということであれば「依拠性が証明できない」ってことなんだから強気に出ても不思議ではないのでは?
集英社は掛け金上げる作戦に出たと。こっちは大手だし、適当に突っぱねておけば時間経過で治まるだろって魂胆が透ける感じがする。最悪尻尾切りでも良いしね。
純粋に偶然の一致と片付けるには類似性が高いようにも思うし、本を読んだかは別としても何らかの形で影響は受けたんじゃないかなあ。剽窃にはならないとしても一定のリスペクトは示してもよかろうに。
どちらにせよこれ以上は原田氏に立証責任があるので具体的な箇所をベースに立証してもらうしかなかろ。ラッセンは実在する人物で原田氏の空想物では無いのだから。
そもそもラッセンがモデルであるということも否定しているとのこと。
令和の発行文は怒りを隠さずぶつけるスタイルが始まる
書評だけでも読めばよかったのに『ラッセンとは何だったのか』https://honz.jp/articles/-/29425(2013年) 『とるにたらない美術』https://book.asahi.com/article/15144575(2024年)『評伝クリスチャン・ラッセン』https://honz.jp/articles/-/54949(2024年)
これが論文だったら後からの人が既報を読んだかどうかは問題にならないけど、小説の場合はどうなるんだろうか。理屈としてはこのコメントは成立し得るとは思うけど。あと、本人に直接問わずに評論を出すのはOKでは?
図書館でラッセン本を借りたのは事実だが、読まずに返したから参考文献にしてないし、そもそもラッセンをモデルにしていない。支離滅裂だな。まるでフロイトの「鍋の論理」のようだ。
こういうときちゃんと読んでから判断しろって言われるけど読んで意見言っても誰も聞いてくれないんだよな。それよりこのネタが新しいうちに想像で面白そうな事を言ったほうがウケる。
青の純度?ボクの色は三毛!違う色も見てみたいにゃ。どんなお話かニャ〜?ちょっと気になるにゃ!
内容を詳細に検討しないと分かりようがない話。
そもそもラッセンではない、なるほど
「借りたけど読んでない」らしいけど、ずいぶん強気ですなあ。
「ラッセンとは何だったのか」って擁護風分析風見下し感漂ういけ好かない感じの本だからなあ。篠田氏が違うスタンスならパラ見して合わないと思って読まなかったってならあり得る話かなと
アイデア出し論を語るのにヤング著の「アイデアの作り方」が入っていないみたいに、そのテーマを語るなら何でこれが参考文献に入っていなくて独自取材とか言ってるのって話っぽいのはブコメで分かった。
おお、受けて立ったか。そう来なくては。
著者というのはタレントで、その人がいないと出版社は収入を得られないので、著者が納得するような形のコメントにする必要があるからここまで強気なのだろう
事実については著作権保護対象外で、文章の全箇所について出典さえ示せばいいので、それができれば問題ない。もともと、事実がいくら参考にされても参考文献に列挙してもらう法的権利なんかないしな。
「SNS上にて、憶測をもとに事実確認もしないまま、作家に対し「剽窃」などと断じる行為に対しては断固抗議」詳細はともかくこれは正しい対応だな。
暖気終了、エンジン全開に向けてアクセルを踏む直前、という良い感じの流れだね。集英社が変に強気なところ、そろそろ「青の純度」回収直前なのかな。回収される前に買おうか悩むのがネット民の嗜み
↓なかなか微妙っぽいが、じゃあ依拠してて著作権侵害だ、裁判するぞ、ってなるかというと、それも難しい気はする。
著者がこう言ってるはわかったが、編集は読み比べてどう思ったのか知りたい
最近の書評って提灯記事ばかり
裁判では勝てなそう
「多くの書籍、ウェブサイトを参考」ってある中の一つってことでしょ。原田氏が倫理的な問題というけれど具体的にどうしたいのかが不明。著者は読んでない主張なので参考文献に記載しないだろう。
著作権では争えないって言われてるのに、この発表でこのブコメである。「剽窃」と言うデマをばら撒くなって「意見表明」は別に問題ないと思うが?公式は何言われても黙ってろって凄い意見じゃないですか。
読んでないことにしよう。偶然偶然。相手は裁判は勝てない。
なんかもう新聞とか出版社とか物書きの劣化が酷いね
ラブホテルには入ったがそういう行為はなかったみたいな話になってきた
両方読んだ第三者の感想を聞きたい。自分で読む気にはならん。
おれのをパクったという思い込みで起こされた悲しい事件があったね
この件はわからんけど、素人には斬新な切り口に感じるけど、業界人からすると常識の範囲だっていうのは割とよくある話ではある。そんで素人がさわいで、業界人を陰謀論扱いするのとか、オタク業界でよく見る。
集英社は読んだ読んでないという問題にして証明できないと決着させたいのだろうけど、当該の書籍に類似の一文があるのを考えると無理があるだろ
なんだこの文章…
エッセイ風公式ステートメントだ。読んだ読まないは証明が難しいので作品そのものに具体的な剽窃箇所があるかどうかだが、それについては自信があるのだろう。
読んでないのは作家としてどうなのてことでどちらにしてもキツイ
キレてる?
『ラッセンとは何だったのか?』は2013年、『青の純度』は2025年7月4日発売。/版元が著者を守るのは当然だと思う
説明文書は結論から書くと誤解を生みにくく読者の理解を促進するので文書の形式は何の問題もない。文書の中身は何が真実か分からんのでなんとも言えん。
ひぇー
やっぱり問題になった
全面戦争始まるってことか。オラワクワクしてきたぞ!
プロレスからガチに?/ ミステリ小説で実在人物をモデルにするのは常套手段だが、それを作者が認めることはまずない(ルブラン、クリスティ、乱歩、清張など)。/ 認めた例:カポーティ『冷血』エルロイ『黒ダリア』
コピペ疑いの箇所を全て全文公開してもらえれば、多数の判断が概ね正確になるのでは。
主文後回し死刑。集英社は戦闘民族。剽窃と作者に騒がれネット上でパクリ言われ始めたので言うがうちの作者はその本読んで無いからと。
内容はともかく、声明文書として画像貼り付けはいかがなものか...
2作品未読/読んだら影響受けるのは目に見えてるから読まないこと自体は十分あると思うし、裁判まで見据えて最低限に留めてそうな印象ある。
この場合の事実確認とはなんなのかという疑問はある。剽窃の場合は文献の類似性や発行年代や公知性の調査をすれば十分なのでは? まさか作者が剽窃だと言ってたかどうかが事実確認じゃあるまいし。
「ラッセンがモデルではない」って、どこに書いてあるの
見た→ https://togetter.com/li/2620241 / 経緯が分からん。まとめサイト見てこよう。
なぜ、このお知らせだけは”画像”なのかな?
「著者は取材過程において当該書籍および原田氏の他の著作を読んだことがあり、無意識のうちに知見が混入した可能性を認め、謝罪しております。これを受け、弊社は当該書籍の今後の重版を行わないことを決定」
出版社、編集者は何をやっていたのかと思っていた。くさいところは事前に潰しておくもんだと思うけど、この文章だと全く予見していなかったのかな。
“経緯説明の文書は、10月22日にフィルムアート社にお渡ししています”、これどこにいったのだろう。
弊社刊『青の純度』につきまして | 集英社 文芸ステーション
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小説なので「どっちでも良いこと」で有りこんなもんそれこそ論文でもないので「お気持ち」問題にされちゃう。最初から参考文献に入ってないって言うのは筋が悪い話だし、作者なり版元なりにコソコソ聞くのが初手かと
この手の証明が困難を極めることは明らかですから……
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《篠田氏が『ラッセンとは何だったのか?』を図書館で借りた事実はあるものの、内容を読まずに返却したため、参照はしていない》との集英社回答。うーん⋯ https://x.com/haradayuki2/status/1981618031710314767?t=huO4AS7UxeY7WZEXrvkueQ&s=19
図書館で借りたけど読んでないとかいうよくわからない話には触れないんだ
法廷で会いましょう ですね
事実はわからないけど、天下の集英社が出す文書とは思えない質でかなりびっくりしてしまった。というか著者がマジで読んだか否かは本人以外知りようがないのにここまで強気に出れるのか。
ほかのページのソース流用 https://www.bungei.shueisha.co.jp/interview/umaretate/
例示だけ見ると確かに読んでなくても書けそうなんだよなーとは思った
よしんば作家が読んでないとして、編集者はこのモチーフで原田氏の著作に気がついていなかったのかな。
本作る前に一回同じカテゴリの本検索しないの?って思う。
同じモチーフを別の主体が取材執筆したら当然共通する部分が出る…ということは踏まえた上でそれ以上の疑い部分が指摘されていたと思うけど、そこにはどう応答したのでしょうね。この文章では触れられていないね。
図書館の貸出記録が外部に出るはずはないのに、借りたことは正直に言うんだ
「図書館で借りた事実はあるものの、内容を読まずに返却した」ってなぜ書いてないのか
たしかに図書館の件だけ伝えるのは謎(読まずに返すことはよくあるが)。あと書評は元来一方的なもので「遺憾」なら反論すればいいだけだし第三者の意見表明も自由、この辺は常識を疑う
なんか興味本位で読みたくなってきた。
片方どころか両方とも読んでなさそうな部外者が騒いで何か意味あんのか?
おお、強めに出たね
マンガの方であんまいいイメージないけど、文芸の方も編集者あんま良くないのかな。
うーん、じゃあ読む価値のない独自研究て周回遅れという事か。悲しい話やなあ
まあ仁義しか問題ではないからな 争う態度でなんら問題ない
いうて評論でもないフィクション小説に参考文献が必須なのかよくわからない
そもそもパクるなら何も参考文献を書かない方がつけ込まれにくいし、「読んでないが図書館では借りた」的なことは絶対に言う必要がない。バレたいのか、あるいは何か病的な乗っ取り欲やマウント欲求があるのか。
書評に対して遺憾、というのは一見不可解ではあるが、昨今の公式見解のみを是とする風潮を思えば腑には落ちる。評論、論評といったものをいよいよ出版社も認めなくなり始めたわけだ。全く賛同しかねるな。
まぁそうなるわな。これは普通の対応だと思うよ。
誰でも作品を配信できる時代だから、「この作品は自分の××の盗作だ」という訴えは数え切れないほど来てるんだろうなぁ。
『青の純度』読んだけど、原田氏の著作を読まなくても書ける内容には違いない。普通は下調べで読みそうだけど、作中の偽ラッセンは本物とかけ離れてるので、本物に引き摺られないよう避けてもおかしくはない。
字がちっちゃくてワロタ
やましいことはないって書いているのに画像なんだ。検索避けみたいなつもりなんかな
徹底抗戦。 / 書評は著者・出版者に仁義を切る必要はない。
原田氏に向けてというより、「根拠もないのにパクリ炎上させがちなネット言論へのけん制」がメインっぽい。荒っぽい文章なのは疑問だが、その危惧自体は分かる
予想通り。斎藤環が東山魁夷と平山郁夫を持ち出すのを見てポストモダンの焼き直しをこれでしてどうすんだ?と思ったし。
どうにも上手くないプレスリリース文。出版社なのにというか出版社だからか。
内容の真偽はともかく、「結論から申し上げますと、」でまずびびった。集英社文芸編集部が発信する公式文書でこれでいいのか…?/(追記)結論を先に書くこと自体ではなく書き方の話です
結局、両方読んでみないと何とも言えないか。でもラッセンにそこまで興味ないしなあ。
篠田氏がラッセン本を図書館で借りたけど読んでないってのは本当なのかな
ラッセンがテーマであの本を読んでないならそれはそれでどうなのか。篠田節子の作風(参考文献を大量に読み込む)からして。書評での意見表明が遺憾だというのもおかしい。書評は宣伝ではない。内々で済ませろと?
結論から申し上げる文章もっと増えてほしい。
出版社がちゃんと作家を守った。良い。転がる方向によって、先方と和解して対談でもすると良いかも
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信じることはできないが筋は通ってる。もし裁判になれば、この線で集英社サイドが勝つと思う
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知っていながらあえて避けた、というのはたしかにありそう。とは言え、重要資料を読まないとかぶってしまうこともあるわけで。
作品の肝なので、参考文献から意図的に外してあえて自分で再調査したんだろうなという印象
「ラッセンAND評論」なりなんなりで検索1位はかならず原田氏著作なんだけどそんなことある?
まあ、そういうこともありえる。
これもトレス疑惑と同じで、何か共通部分が上がってきたりするかも。
お、受けて立つ姿勢か。最近騒げばSNSで取り上げられるからって、なんでも剽窃認定する奴出てくるよな。原田も本当に剽窃だと思うなら訴えたらええ。
ププーッ 生成AIでOCR能力が格段に向上して、テキストと「画像に書かれた文字」の境界線は事実上消滅しているのに「少しでも穏便に済ませたい」という十数年来の不誠実な慣習が声明をよりかっこわるく見せてる。ヤバ
"著者がマジで読んだか否かは本人以外知りようがない" それは相手方にも言えることなんだが?公にいきなりイチャモンつけられたらこういう態度にもなるやろ
集英社が出す文書とは思えないような、表現の稚拙さや評論へのスタンスが気になるが、それはそれとして事実無根のデマがはびこることにほとほと腹が立っているであろうことには同情する
作家が雇ってるリサーチャーがポカしたことにして幕引きかな どう擁護しようと下調べ工程を本人がどこまで掌握できてるかに疑義が入る 編集仕事しろ案件かも 難しい
集英社がこのスタンスなら裁判して欲しいなぁ。小説に論考がさほど有用とも思えないし、訴え側の意見も話半分なのよね。
原田氏には著者は原田氏の著作を図書館で借りたが読まずに返却したと返答があったそうだがその件は触れられていないのか
Zoffの完璧な謝罪文を見た後なのでとにかく落差がひどい。仮にも出版社の書く文章か?これが
集英社怒りのリリース
純粋に商売という観点からするとこれを売ることで物議を醸すのはほぼ確なわけじゃん(編集者が無知無能の場合を除く)。んで、それを強行するのはそれを押してでも世に出したい作品のはずだがこの謝罪でほんとうに?
どっちも読んでない時点で外野が片方の言い分だけ信じることはできませんね。草津町の件で学びませんでしたか?
2冊を読み比べた上で言及してる人はどのくらいいるんだろう。この文章を単体で品評するのはなぁ(画像で掲出されてたんで最初間違えて「謝罪文」と書いてしまった。まあ話題にされたくない話ではあるのか)
どことなく松本零士と槇原敬之の件を思い起こさせるなあ。
そもそも小説のモデルはラッセンではないらしいんだけど、読んでないから分かんないな。
資料を多く見たり読んだりすると、かえって無意識にどれかの資料に引っ張られてるって事はある気がする。うろ覚え選手権とかの描いた事はないが特徴を描き出せるみたいに、意外と記憶に残ってるもんだったりするし。
もしやAIに書かせたからAIは学習してたけど著者は読んでないとかそんなオチではなかろうな
図書館で借りたが読んでない、のくだりが消えてる……?
剽窃でないものを剽窃と主張するな、という趣旨の文章だが、どうしても剽窃扱いにしないと困る人間、これを「書評を許さない」と解釈しないと自分の主張を正当化できない人間など、さまざまな不正ブコメに満ちている
外野は黙っとれってとこか
「著者がマジで読んだか否かは本人以外知りようがない」ということであれば「依拠性が証明できない」ってことなんだから強気に出ても不思議ではないのでは?
集英社は掛け金上げる作戦に出たと。こっちは大手だし、適当に突っぱねておけば時間経過で治まるだろって魂胆が透ける感じがする。最悪尻尾切りでも良いしね。
純粋に偶然の一致と片付けるには類似性が高いようにも思うし、本を読んだかは別としても何らかの形で影響は受けたんじゃないかなあ。剽窃にはならないとしても一定のリスペクトは示してもよかろうに。
どちらにせよこれ以上は原田氏に立証責任があるので具体的な箇所をベースに立証してもらうしかなかろ。ラッセンは実在する人物で原田氏の空想物では無いのだから。
そもそもラッセンがモデルであるということも否定しているとのこと。
令和の発行文は怒りを隠さずぶつけるスタイルが始まる
書評だけでも読めばよかったのに『ラッセンとは何だったのか』https://honz.jp/articles/-/29425(2013年) 『とるにたらない美術』https://book.asahi.com/article/15144575(2024年)『評伝クリスチャン・ラッセン』https://honz.jp/articles/-/54949(2024年)
これが論文だったら後からの人が既報を読んだかどうかは問題にならないけど、小説の場合はどうなるんだろうか。理屈としてはこのコメントは成立し得るとは思うけど。あと、本人に直接問わずに評論を出すのはOKでは?
図書館でラッセン本を借りたのは事実だが、読まずに返したから参考文献にしてないし、そもそもラッセンをモデルにしていない。支離滅裂だな。まるでフロイトの「鍋の論理」のようだ。
こういうときちゃんと読んでから判断しろって言われるけど読んで意見言っても誰も聞いてくれないんだよな。それよりこのネタが新しいうちに想像で面白そうな事を言ったほうがウケる。
青の純度?ボクの色は三毛!違う色も見てみたいにゃ。どんなお話かニャ〜?ちょっと気になるにゃ!
内容を詳細に検討しないと分かりようがない話。
そもそもラッセンではない、なるほど
「借りたけど読んでない」らしいけど、ずいぶん強気ですなあ。
「ラッセンとは何だったのか」って擁護風分析風見下し感漂ういけ好かない感じの本だからなあ。篠田氏が違うスタンスならパラ見して合わないと思って読まなかったってならあり得る話かなと
アイデア出し論を語るのにヤング著の「アイデアの作り方」が入っていないみたいに、そのテーマを語るなら何でこれが参考文献に入っていなくて独自取材とか言ってるのって話っぽいのはブコメで分かった。
おお、受けて立ったか。そう来なくては。
著者というのはタレントで、その人がいないと出版社は収入を得られないので、著者が納得するような形のコメントにする必要があるからここまで強気なのだろう
事実については著作権保護対象外で、文章の全箇所について出典さえ示せばいいので、それができれば問題ない。もともと、事実がいくら参考にされても参考文献に列挙してもらう法的権利なんかないしな。
「SNS上にて、憶測をもとに事実確認もしないまま、作家に対し「剽窃」などと断じる行為に対しては断固抗議」詳細はともかくこれは正しい対応だな。
暖気終了、エンジン全開に向けてアクセルを踏む直前、という良い感じの流れだね。集英社が変に強気なところ、そろそろ「青の純度」回収直前なのかな。回収される前に買おうか悩むのがネット民の嗜み
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著者がこう言ってるはわかったが、編集は読み比べてどう思ったのか知りたい
最近の書評って提灯記事ばかり
裁判では勝てなそう
「多くの書籍、ウェブサイトを参考」ってある中の一つってことでしょ。原田氏が倫理的な問題というけれど具体的にどうしたいのかが不明。著者は読んでない主張なので参考文献に記載しないだろう。
著作権では争えないって言われてるのに、この発表でこのブコメである。「剽窃」と言うデマをばら撒くなって「意見表明」は別に問題ないと思うが?公式は何言われても黙ってろって凄い意見じゃないですか。
読んでないことにしよう。偶然偶然。相手は裁判は勝てない。
なんかもう新聞とか出版社とか物書きの劣化が酷いね
ラブホテルには入ったがそういう行為はなかったみたいな話になってきた
両方読んだ第三者の感想を聞きたい。自分で読む気にはならん。
おれのをパクったという思い込みで起こされた悲しい事件があったね
この件はわからんけど、素人には斬新な切り口に感じるけど、業界人からすると常識の範囲だっていうのは割とよくある話ではある。そんで素人がさわいで、業界人を陰謀論扱いするのとか、オタク業界でよく見る。
集英社は読んだ読んでないという問題にして証明できないと決着させたいのだろうけど、当該の書籍に類似の一文があるのを考えると無理があるだろ
なんだこの文章…
エッセイ風公式ステートメントだ。読んだ読まないは証明が難しいので作品そのものに具体的な剽窃箇所があるかどうかだが、それについては自信があるのだろう。
読んでないのは作家としてどうなのてことでどちらにしてもキツイ
キレてる?
『ラッセンとは何だったのか?』は2013年、『青の純度』は2025年7月4日発売。/版元が著者を守るのは当然だと思う
説明文書は結論から書くと誤解を生みにくく読者の理解を促進するので文書の形式は何の問題もない。文書の中身は何が真実か分からんのでなんとも言えん。
ひぇー
やっぱり問題になった
全面戦争始まるってことか。オラワクワクしてきたぞ!
プロレスからガチに?/ ミステリ小説で実在人物をモデルにするのは常套手段だが、それを作者が認めることはまずない(ルブラン、クリスティ、乱歩、清張など)。/ 認めた例:カポーティ『冷血』エルロイ『黒ダリア』
コピペ疑いの箇所を全て全文公開してもらえれば、多数の判断が概ね正確になるのでは。
主文後回し死刑。集英社は戦闘民族。剽窃と作者に騒がれネット上でパクリ言われ始めたので言うがうちの作者はその本読んで無いからと。
内容はともかく、声明文書として画像貼り付けはいかがなものか...
2作品未読/読んだら影響受けるのは目に見えてるから読まないこと自体は十分あると思うし、裁判まで見据えて最低限に留めてそうな印象ある。
この場合の事実確認とはなんなのかという疑問はある。剽窃の場合は文献の類似性や発行年代や公知性の調査をすれば十分なのでは? まさか作者が剽窃だと言ってたかどうかが事実確認じゃあるまいし。
「ラッセンがモデルではない」って、どこに書いてあるの
見た→ https://togetter.com/li/2620241 / 経緯が分からん。まとめサイト見てこよう。
なぜ、このお知らせだけは”画像”なのかな?
「著者は取材過程において当該書籍および原田氏の他の著作を読んだことがあり、無意識のうちに知見が混入した可能性を認め、謝罪しております。これを受け、弊社は当該書籍の今後の重版を行わないことを決定」
出版社、編集者は何をやっていたのかと思っていた。くさいところは事前に潰しておくもんだと思うけど、この文章だと全く予見していなかったのかな。
“経緯説明の文書は、10月22日にフィルムアート社にお渡ししています”、これどこにいったのだろう。