寄稿いたしました。動物を娯楽に使うことの次は、人間が娯楽の対象(見せもの)になることが禁じられていくかもしれません
「競馬、闘牛、猿回し」
動物愛護の波でショーが気を遣いまくりの腫れ物になってるの生々しいな。競馬も他人事じゃないわ
人類が犬との絆や幸せを確信できるうちは、イルカのことも見くびっちゃいけないだろうと思う。そしてこれはワイの大好きなベルーガのナナちゃん→ https://www.youtube.com/watch?v=PCf_ZR-Aocg
年に数回行くけれど、そういえばここ数年はイルカショー見てなかったな。ステージからの放水なのかw
なるほど
(競馬はわからんけど、ワシの中の何かが「芸するの嬉しい飼育個体もいるんでは?」と囁く。鴨川の故ネズミイルカは呼ばれぬのにベルーガのショーに参加。https://godsummer.exblog.jp/6553173/ 一種のコミニュケーションゆえ
動物愛護を主義主張で掲げる個人・団体は糞
イルカが気を使われていたぞっ
伊豆の天城いのしし村でウリ坊のショーを見た後その足でぼたん鍋を食べられた時代が懐かしい
当然のことながら、沖縄のハブvsマングースショーもなくなった
娯楽の競馬や闘牛と違い、水族館は野生動物の研究&保護施設という立ち位置だから、ショーの存在理由が苦しい。自分的には動物ショーより、人体の不思議展という古代ローマ並みに猟奇的な娯楽が消えた事の方が残念
あいつらフグでラリったりする知的生物だから、ちゃんと雇用契約結んで退場の自由を与えればいいんじゃないかな。
むしろこれは観る人間側が試されていて、ハズバンダリートレーニングあたりで盛り上がれれば問題ない。つまり大事なのは応援上演スタイル。受動スタイルはダメ
ミンストレルショーとかフリークショーとか考えると動物の方が後とも言えるかもしれない
『さようなら、いままで魚をありがとう』となる日も近い……か?
逆にイルカショーはえのすいでしか見たことなくて皆あの感じなんだと思っていたんだが、アクアパーク品川行ったらバリバリのショーだしBabaYetu流れるのに俺以外だれも動じてないしでカルチャーショックを受けた。
肥やして殺して食うのがOKだったら、芸を仕込んだり見世物にしたり近親交配繰り返して奇形作って売買して去勢して狭い家に閉じ込めて外に出さないのもOKだと思う。よく分からないのはそれを家族だとか言っていること
いおワールドのユキちゃん https://news.ntv.co.jp/n/kyt/category/society/ky5d8953bffd6448b2821ef85f251f7786 見るとイルカとしても芸が出来るようになると楽しいみたいなのよね。これを許容するのが令和のイルカショーなんじゃない?
おたる水族館は「どうぶつのじかん」というラベリングに変わってたな(https://otaru-aq.jp/events/penguin)。それはそうと、言うことを聞かないペンギンショーを観てほしい。最高なので https://dailyportalz.jp/kiji/121127158501
イルカはショーよりも飼育下で死なせては野生のものを捕獲して補充する体制の方が批判されているのだが、なぜショーで言い訳をするのが動物愛護になると(水族館も筆者も)判断したのか理解できない
アニマルウエルフェアなんてのは、他人のやる事にケチしか付けない反社会的な己の活動を正義だと思ってるキチガイ共の手慰みなので、相手にしたらもう社会の負けなんだよな/金で取引される畜生だぞ
名古屋水族館もジャンプのショー微妙だった。もっとバンバン飛んでたような気がしてたんだけど。もう10年以上前だけど鴨川シーワールドのショーは本当に凄かった。
サラブレッドは野生では生きてけないだろうし、せめて馬が快適に生きられるよう飼育してくのが人類の責任かなと思う。競馬を馬も楽しんでるなら嬉しいが。/"人間が人間自身を否定して、静かに淘汰" やあ、少子化だね
42
ここ数年で3箇所でみたけど、全部ピョンピョン飛んだり、上にトレーナーさん乗せて泳ぐ昔ながらのイルカショーだった。そこに虐待の雰囲気を嗅ぎ取る人はさすがにちょっと変だと思うぐらい普通にアットホームだった
新えのすいにはイルカショーが2種類あって、一つはふつうのショー、もう一つは「イルカやクジラを知ってもらうための特別なパフォーマンス」だとか。たまたま後者を見たんじゃね https://www.enosui.com/show_index.php
「乙巳の変」の寸劇ではなかった(さよなら入鹿ショー)
正直、真面目に倫理を考えるのならば、脳や意識を持たないで生まれる肉牛や食用豚をゲノム編集で作ることを本気で考えるべきだと思うし、100年後はそういう世の中になっているんじゃないかと思う。
子連れで初めて八景島に行きイルカ大好き!になったけど大きくなってから行ってないな。どんな感じなんだろ?有名なサーカスに行った時は入り口付近に愛護団体の人がビラとか配っててめちゃテンション下がった思い出
ペンギンなんで名前呼んでこっちくるだけで凄いのに、イルカは大変だ。
アニマルウェルフェア言うと、もう狭い水槽に閉じ込めてる水族館そのものもダメと言われないのかと思う。闘牛は7年くらい前にはポルトガルで見たけど、今もやってるんだろうか。
昭和40年代頃までは動物園でもゾウやゴリラのショーがあったというし、イルカショーも近い将来『懐かしのイルカショー』になるのだろうと思ってる。むしろまだ維持できてることに感心する。
おたる水族館のペンギンの時間とかもその流れなんだろうか https://otaru-aq.jp/events/penguin
自分も今年、品川に来た欧州人の家族連れに水族館あたりどうかと言ったら「イルカがジャンプとかするやつ?」「それは動物虐待だから無理」って言われたことがある。今は日本でも配慮するところはするんだな。
キリスト教が普及していく中でローマの剣闘士が廃れていった歴史もある
去年家族で鬼怒川に行き、日光猿軍団を見た。オーナーも代わり規模も縮小しているらしく、神奈川の寂れた情景とわたしの中で重なりあった。そのことを思い出した
イルカをトレーニングしてるのは毎日の健康管理の一環でもあるんだねけどね。イルカショーが中止されてもトレーニングは続く。つまり素人は黙っとれ案件。
イルカくらい賢いと「動物園みたいな暮らしは野生じゃ無理」とか言ってそのうち少子化するかもしれん
イルカショーが"要るか"どうかが試されている
「島崎君はいるかの曲芸?!」…古いな
宇宙に帰るの…?
読んでいて複数の感情が湧き、様々な考えが頭の中を駆け巡る内容だった。個人の実感がダイレクトに表現されたような文章に圧倒されもした。
これ以上暑くなったら宇宙に帰るかもねえ。So long.
おたるのペンギンショーは昔からアレですよw もともとペンはショー映えしないからパレードとかエサやりイベントが中心。モルモットの触れ合いイベントなんかも健康管理優先で縮小されつつある。
イルカショーは「イルカの健康状態を確認するためにイルカ自身に覚えてもらいたいこと」をショーの理由にしてるからねえ
銀河ヒッチハイク・ガイド定期
ほぼ同感
なんか共感できない
さすがに肉食をやめて全て大豆に変えたら人類の持続可能性が危機だよ(動物の権利のために人類は持続しなくてよい、という主張は有るでしょうが)
オリンピックで馬術のコーチが進まない馬の尻にパンチして世界で大騒ぎになった時、上に乗ってハミ噛ませてムチで叩いて今更何言ってるのか、都合よく協力関係とでと思っていたのか、矛盾に強烈な違和感を感じた
江ノ島水族館のブログによると、ショーはイルカの運動不足解消や知的刺激を与えられるメリットがあるらしい。ファクトはしらん。https://www.enosui.com/diaryentry.php?eid=02701
奄美大島のハブセンターではハブvsマングースの殺し合いが行われて・・・いたのだが、今はかつてのショーのビデオを流すだけだった。さすがに生で殺し合いをさせるのはダメらしい
培養肉しか流通しない世の中は持たぬ者を食い物にするディストピアだろう。いざとなれば豚を飼育・屠殺して食べられる自由が人権を担保してくれている。動物愛護を推し進めすぎると人の自然権を損ねることになる。
「アニマル・ウェルフェア/人間、いつも過渡期だ」
新江ノ島水族館のイルカショーは説明という感じが少ないけどなぁ。むしろ協会所属の某水族館は「イルカの身体の仕組みの解説」という前置きで、イルカを寝転がせたりするパフォーマンスを見せてて、より説明的だった
さよならイルカショー
寄稿いたしました。動物を娯楽に使うことの次は、人間が娯楽の対象(見せもの)になることが禁じられていくかもしれません
「競馬、闘牛、猿回し」
動物愛護の波でショーが気を遣いまくりの腫れ物になってるの生々しいな。競馬も他人事じゃないわ
人類が犬との絆や幸せを確信できるうちは、イルカのことも見くびっちゃいけないだろうと思う。そしてこれはワイの大好きなベルーガのナナちゃん→ https://www.youtube.com/watch?v=PCf_ZR-Aocg
年に数回行くけれど、そういえばここ数年はイルカショー見てなかったな。ステージからの放水なのかw
なるほど
(競馬はわからんけど、ワシの中の何かが「芸するの嬉しい飼育個体もいるんでは?」と囁く。鴨川の故ネズミイルカは呼ばれぬのにベルーガのショーに参加。https://godsummer.exblog.jp/6553173/ 一種のコミニュケーションゆえ
動物愛護を主義主張で掲げる個人・団体は糞
イルカが気を使われていたぞっ
伊豆の天城いのしし村でウリ坊のショーを見た後その足でぼたん鍋を食べられた時代が懐かしい
当然のことながら、沖縄のハブvsマングースショーもなくなった
娯楽の競馬や闘牛と違い、水族館は野生動物の研究&保護施設という立ち位置だから、ショーの存在理由が苦しい。自分的には動物ショーより、人体の不思議展という古代ローマ並みに猟奇的な娯楽が消えた事の方が残念
あいつらフグでラリったりする知的生物だから、ちゃんと雇用契約結んで退場の自由を与えればいいんじゃないかな。
むしろこれは観る人間側が試されていて、ハズバンダリートレーニングあたりで盛り上がれれば問題ない。つまり大事なのは応援上演スタイル。受動スタイルはダメ
ミンストレルショーとかフリークショーとか考えると動物の方が後とも言えるかもしれない
『さようなら、いままで魚をありがとう』となる日も近い……か?
逆にイルカショーはえのすいでしか見たことなくて皆あの感じなんだと思っていたんだが、アクアパーク品川行ったらバリバリのショーだしBabaYetu流れるのに俺以外だれも動じてないしでカルチャーショックを受けた。
肥やして殺して食うのがOKだったら、芸を仕込んだり見世物にしたり近親交配繰り返して奇形作って売買して去勢して狭い家に閉じ込めて外に出さないのもOKだと思う。よく分からないのはそれを家族だとか言っていること
いおワールドのユキちゃん https://news.ntv.co.jp/n/kyt/category/society/ky5d8953bffd6448b2821ef85f251f7786 見るとイルカとしても芸が出来るようになると楽しいみたいなのよね。これを許容するのが令和のイルカショーなんじゃない?
おたる水族館は「どうぶつのじかん」というラベリングに変わってたな(https://otaru-aq.jp/events/penguin)。それはそうと、言うことを聞かないペンギンショーを観てほしい。最高なので https://dailyportalz.jp/kiji/121127158501
イルカはショーよりも飼育下で死なせては野生のものを捕獲して補充する体制の方が批判されているのだが、なぜショーで言い訳をするのが動物愛護になると(水族館も筆者も)判断したのか理解できない
アニマルウエルフェアなんてのは、他人のやる事にケチしか付けない反社会的な己の活動を正義だと思ってるキチガイ共の手慰みなので、相手にしたらもう社会の負けなんだよな/金で取引される畜生だぞ
名古屋水族館もジャンプのショー微妙だった。もっとバンバン飛んでたような気がしてたんだけど。もう10年以上前だけど鴨川シーワールドのショーは本当に凄かった。
サラブレッドは野生では生きてけないだろうし、せめて馬が快適に生きられるよう飼育してくのが人類の責任かなと思う。競馬を馬も楽しんでるなら嬉しいが。/"人間が人間自身を否定して、静かに淘汰" やあ、少子化だね
42
ここ数年で3箇所でみたけど、全部ピョンピョン飛んだり、上にトレーナーさん乗せて泳ぐ昔ながらのイルカショーだった。そこに虐待の雰囲気を嗅ぎ取る人はさすがにちょっと変だと思うぐらい普通にアットホームだった
新えのすいにはイルカショーが2種類あって、一つはふつうのショー、もう一つは「イルカやクジラを知ってもらうための特別なパフォーマンス」だとか。たまたま後者を見たんじゃね https://www.enosui.com/show_index.php
「乙巳の変」の寸劇ではなかった(さよなら入鹿ショー)
正直、真面目に倫理を考えるのならば、脳や意識を持たないで生まれる肉牛や食用豚をゲノム編集で作ることを本気で考えるべきだと思うし、100年後はそういう世の中になっているんじゃないかと思う。
子連れで初めて八景島に行きイルカ大好き!になったけど大きくなってから行ってないな。どんな感じなんだろ?有名なサーカスに行った時は入り口付近に愛護団体の人がビラとか配っててめちゃテンション下がった思い出
ペンギンなんで名前呼んでこっちくるだけで凄いのに、イルカは大変だ。
アニマルウェルフェア言うと、もう狭い水槽に閉じ込めてる水族館そのものもダメと言われないのかと思う。闘牛は7年くらい前にはポルトガルで見たけど、今もやってるんだろうか。
昭和40年代頃までは動物園でもゾウやゴリラのショーがあったというし、イルカショーも近い将来『懐かしのイルカショー』になるのだろうと思ってる。むしろまだ維持できてることに感心する。
おたる水族館のペンギンの時間とかもその流れなんだろうか https://otaru-aq.jp/events/penguin
自分も今年、品川に来た欧州人の家族連れに水族館あたりどうかと言ったら「イルカがジャンプとかするやつ?」「それは動物虐待だから無理」って言われたことがある。今は日本でも配慮するところはするんだな。
キリスト教が普及していく中でローマの剣闘士が廃れていった歴史もある
去年家族で鬼怒川に行き、日光猿軍団を見た。オーナーも代わり規模も縮小しているらしく、神奈川の寂れた情景とわたしの中で重なりあった。そのことを思い出した
イルカをトレーニングしてるのは毎日の健康管理の一環でもあるんだねけどね。イルカショーが中止されてもトレーニングは続く。つまり素人は黙っとれ案件。
イルカくらい賢いと「動物園みたいな暮らしは野生じゃ無理」とか言ってそのうち少子化するかもしれん
イルカショーが"要るか"どうかが試されている
「島崎君はいるかの曲芸?!」…古いな
宇宙に帰るの…?
読んでいて複数の感情が湧き、様々な考えが頭の中を駆け巡る内容だった。個人の実感がダイレクトに表現されたような文章に圧倒されもした。
これ以上暑くなったら宇宙に帰るかもねえ。So long.
おたるのペンギンショーは昔からアレですよw もともとペンはショー映えしないからパレードとかエサやりイベントが中心。モルモットの触れ合いイベントなんかも健康管理優先で縮小されつつある。
イルカショーは「イルカの健康状態を確認するためにイルカ自身に覚えてもらいたいこと」をショーの理由にしてるからねえ
銀河ヒッチハイク・ガイド定期
ほぼ同感
なんか共感できない
さすがに肉食をやめて全て大豆に変えたら人類の持続可能性が危機だよ(動物の権利のために人類は持続しなくてよい、という主張は有るでしょうが)
オリンピックで馬術のコーチが進まない馬の尻にパンチして世界で大騒ぎになった時、上に乗ってハミ噛ませてムチで叩いて今更何言ってるのか、都合よく協力関係とでと思っていたのか、矛盾に強烈な違和感を感じた
江ノ島水族館のブログによると、ショーはイルカの運動不足解消や知的刺激を与えられるメリットがあるらしい。ファクトはしらん。https://www.enosui.com/diaryentry.php?eid=02701
奄美大島のハブセンターではハブvsマングースの殺し合いが行われて・・・いたのだが、今はかつてのショーのビデオを流すだけだった。さすがに生で殺し合いをさせるのはダメらしい
培養肉しか流通しない世の中は持たぬ者を食い物にするディストピアだろう。いざとなれば豚を飼育・屠殺して食べられる自由が人権を担保してくれている。動物愛護を推し進めすぎると人の自然権を損ねることになる。
「アニマル・ウェルフェア/人間、いつも過渡期だ」
新江ノ島水族館のイルカショーは説明という感じが少ないけどなぁ。むしろ協会所属の某水族館は「イルカの身体の仕組みの解説」という前置きで、イルカを寝転がせたりするパフォーマンスを見せてて、より説明的だった