・AIを使うと、強く意識しないと品質が落ちる。発注側は気が付くが受注側は気が付きにくい。これは熟練者でも起きている ・意図理解が浅くAI丸投げする等が原因? 細部だけ目がいくので、仕事してる気になる /マジか
怖いのは、クオリティが下がったことに気づける人もこの先減っていくと言う点に思えた
「AI使うと強く意識しないとクオリティが落ちる。発注側はそれに気がつくが」「AIの出力にはソシャゲのガチャのようなギャンブル的な魅力」「外注先がAIで作るならば、外注せずに発注側がAIで作ればいい」
手を動かしながら、「イレギュラーな使い方によってはエラーになりそう」みたいなのに気づく時間がなくなったのは確か。現場に確認すると「たまにやりますね」って言われて、対応すると喜ばれる。
DTP黎明期にも、うわ、DTPでやってる雑誌レイアウトってあからさまにダサいな、という感じの時期はあった
オレは格段に上がったと言われ、逆にどうかと思う。
AI臭にみんな慣れてAI臭それ自体はクオリティ低下ではないという認知が形成されてくるから大丈夫。
過渡期と言う印象だなぁ。今のところはそれに気付けるから問題として取り上げられるけど、既存の状態と差がなくなれば何の問題もないというお話でもある。技術や使う人が追い付くのか、世間の感覚が変わるのが先か
発注側のクオリティもじわじわ下がっていると思う。何の依頼かよくわからない依頼増えたし、体裁だけ整った中身のないオリエンシート見る機会も増えた。量だけ増えてみんなチェックする暇ないんだよ、たぶん。
過渡期。一体いつから────クオリティが落ちていることに気づいていないと錯覚していた?
デザイナー系もAIで持ち味が無くなった人居るなぁ
発注側の仕様が甘いんじゃない
発注側の発注仕様のクオリティが下がってるとか要求レベルがあがってるとかの視点はないのな
逆に、AIらしさをほんの少しでも感じ取った瞬間、内容そのものは優れていても「質が落ちた」と自動的に評価してしまう人もいます。
わいも仕事は格段に質が上がってる自覚がある。aiの方が何倍も働き者で、何倍も賢い。。😭
クオリティが落ちたことに気づいた人がウザがられる時代だよ、過剰品質大好きな日本人には大変だね
そういうこともあるとは思うけど、手を動かす時間を取ったことで評価が下がるからな。雑なアウトプットでいいものはそこに投げるしかない。本当は自分でやりたいものもあるけど。
クオリティとはなんなのか
全社のAI利活用タスクフォース()が投げてくる資料がAI作成丸出しで頓珍漢なKPIを定義してくるのでこっちもAIで埋めて返した。明らかにおかしい内容をチェックせずに投げてくるなよ。
自分としては、仕事でAIはプログラミングにしても文章や創作にしても、その出来を判断できる能力、修正できる能力を持たない人が使うのは危険だと思う。優劣よりも「危険」な部分を残した時の回避ができないので。
この人は社長だからAI登場前から『何を手放して、何を手放さないか』の判断が鍛えられてるんだろうね。先日のエイベックスの松浦氏の記事でも「数字は細かくチェックしろ」と口を酸っぱく言っていた(AIが)。
要求が適当でもAIが適当に補完して完成品を出すから要求定義があまくなってるだけだと思う。もともと定義があまい発注側にも責任はあるし、要求をしつこく聞かなくなった受注側(外注さん)にも責任はありそう。
デジタル作画に変わった時や、オンプレVBから、WEBベースのシステムに変わった時にもあった話だなと。 落ちる人は落ちるけど、全体としては上がっていくんだろうね。
“修正お願いするのも人を挟んでてやりづらいし終了しようと思う”
いい話だなぁ。
すごく主観的な話の展開に感じる。クオリティって何か、あたりから知りたい。その業者らしさなのか、細部のこだわりなのか、そういうもんではないのか。
クライアントが求めてるのはクオリティじゃ無かったのでは?で、落ちたと言うのは何を根拠に言ってるの?数字?
フライヤーとかは『AIでダサい』よりも『べつにこれでよくない?』って思ってる人のほうが製作者・お客さん側で圧倒的に多いからAIでクォリティが下がったって言ってる人は職業的な理由だけな気がする。
専門分野では落ちを感じる。でも100時間で100ポインツ達成してた仕事を、10分で70ポインツ叩き出すAIは捗りが過ぎる。その際「この仕事は最終成果物で100ポインツを求められていた」判断ミスが起こるのもまた人生
ブルシットジョブじゃん。全てが。つまり労働力と資本の需要に対して現状の供給は圧倒的に過大なんだよ。資源配分システムでしかない経済が実態にそぐわない肥大化を起こしている。
いらすとやが絵のクオリティがバキバキに上がったら、いらすとやを求めてた人にとっては「なんか違うじゃん」ってなるよね。そういうこと。これを四文字熟語で「要猫不虎」といいます。
なんというか、LLMって超ワーキングメモリーがデカい専門家なので、その成果物に人のワーキングメモリーサイズ由来の制約が利きづらいと感じる。ここを統制せずAIに並列会話すると生成量が爆発してカオスになるなと
現時点での観測なので、来年どうなっているかわからないが、外注が減っているのは間違いない。
車の運転で例えると、全部ドライバーが運転するより、9割で自動で運転されて残り1割をドライバーが気をつけていないといけないみたいの方がしんどいみたいな感じかな
くだらない話、新味がひとつもない。 外注先なら教育レベル上げれば誰も損しない。費用捻出できないなら続けない、それだけの話。権力はあらゆる場所から生じるので、至るところにある(フーコー)を思い出した。
なぜ品質低下が起きたのか?解像度上げて理解する必要がある。プログラミングだと、責務分解やパッケージ間のインターフェースが維持されていれば酷くならない印象。実現できている現場がどれほどあるかは疑問だが。
『AIに段階的に頼るようになったことで、いつの間にかAIのアウトプットをちゃんと見なくなったり、意思決定をAIにたよるようになり、深く考えなくなった末に起きている現象なのではないでしょうか』
自分も黙ってAI使ってみたらクオリティ落ちたと不評だった。自分にできないこともAIを使うとできて本人はクオリティが上がった気分になる。しかしAI生成物を見慣れていると、それは見飽きたつまらない表現でしかなく。
AIの出力物が客向けに使い物になるかはルール把握してる人間のチェックと修正が必要でぼちぼち時間がかかるからそれができる人は自分でやった方が良いかぐらいなのにそこ飛ばす奴は振り回されてるだけなのでは。
Pixivとかでも、古い順に並べると最古のものはみんな手描きで、味わい深さを感じるよねぇ・・・まあそれを元絵にAIでリファインもできちゃうんだろうけど
"仕事は大体の場合 発注意図への理解が必要 理解が浅いとプロンプトが雑に AIに丸投げし、アウトプットをまとめず/狙い所の理解がAI任せ が怖い/理解の外部化はできない/人間は 意思決定が苦手/メタ認知の罠"
人がやるときに比べて7割くらいの質で高速に作業したい(してもらいたい)場合に向いているという印象
AI製だと知らない状態で評価してほしい。知ってると評価を下げる人がいるから
もちろん使う人にもよるがAIだと思うからクオリティ下がって見える病の可能性。未だに人が手を動かさないと心がこもってないみたいなスピリチュアルおるからね。
昔は面白いこと書いてたブロガーがAI記事書くようになってからみるみるクオリティが下がってなあ……
句読点整えたりする「作業」を通して中身の問題に気づくことってよくあるよね。20代見てると心配になる。世の中のブームとAIガチャで使っちゃうのもあるある。自分はまだ成果物には使わず検索ツールとして使ってる。
考えるのってパワー使うし歳取るとインプットもアウトプットも億劫になってくる。そこでAIに任せちゃうのは結局自分の老化を早めるんじゃないかな。後10年も経てば隠居な身だからまだいいけど若い人はどうだろうか
AIのクオリティにそのうちみんな慣れて何も感じなくなるでしょ。今は移行フェーズだから余計そう感じるんじゃないかと思う
それはそれとして、発注する側が自分のやりたいことを明確化できてなくて外注の気配りに頼ってたという数多の事例をなかったことにされてもね、はあるんじゃないか。人間の気配りがAI利用によって消えた面も。
ボク、難しいことはわかんないけど、飼い主さんが楽ばかりしてボクのおやつを忘れたら、鋭い猫パンチをくらわせるにゃ!ちゃんと考えてにゃ!
「AI使ってるんだろうけどAIの使い方が下手だな…」という例が多いと感じてますね。 分かりやすい例だと、デザインとか写真とかに明らかにAI使ってるんだけど文章校正にAI使ってなくて誤字だらけとか(実体験…)
価値があるのは前半部のXポストの張り付けだけで、途中から生成AI丸出しの駄文を投げてくる品質の低さ。こんな有様でクオリティがどうのを語るのは世も末だよ。
アニメのCGも素人のMMDみたいなのを結構見た。
例えばAI広告を自分でタダみたいな値段で作れるのであればクオリティや効果が80→35になったとしても「コスパ」はメチャクチャ良いんだよな。そしてその低下は経済合理性によって肯定される。大量ABテスト→厳選も可能
外注先は本来の作者を馘にして営業窓口だった人がAIで作るようになってたりして? そこまでではなくとも、AI利用で安く請ける下請けに切り替えたくらいはあるかも?
AIで作る外注に出すより自分がAIに外注した方がクオリティが上がると思うよ。意思伝達が100%できるから。外注を人にするかAIにするかの違いだったが、外注が更にAIに再外注してるから中間工程が要らなくなる。
理由の分析、全部間違ってるよ。品質低下に気付かない最大の理由は「お前が品質低下を指摘しないから」に決まってるだろ。品質下がったら黙って切るとか言ってると、自分もどんどんAIしか使わなくなって品質下がるぞ
結果としてほんだしみたいなことが起きると。でも時代が許容していく気もするし、であればこそ「人が作ったもの」に新たな価値も生まれるだろう。
ものすごいわかる。仕事ではもう生成AI使わない方がいいんじゃないかと思う日もある。
クオリティの良し悪しを定義しないと噛み合うわけがない話/ネットで同意見があるからn=1ではないって、分母考えたら?
他人と仕事せずAIと仕事ごっこする(すぐAIに逃げる)奴は増えた気はする。ヒトの話を聞かなくなってる。
AIっぽさと品質をごっちゃにしない。
泥臭いし昭和なやり方だなと思うけど、AIとやり取りするよりもクライアントとじっくり話しながら作った方が面白いものが出来上がるし、クライアントの満足度も高いんだよな
正直効率化は度外視してクオリティアップのためにAIを適宜併用し実作業の殆どを自らがやるスタイルが個人的にはしっくり来ている。大枠の手作業、細部の手作業はやっていると見落としやら気づきがやっぱりある
「新技術の導入で一時的に品質が低下するがその後徐々に上がっていく」現象として概念や専門用語はすでにあるような気がするけど。id:strange 生産性Jカーブですね。ありがとう!
成果物のクオリティの話だけすればよいのでは。
AIに丸投げすると、ときたまとんでもない代物吐き出すからね。AIとは直接関係無いかもだけど、最近も少年漫画誌のグラビアに6本指の女の子の写真が載ってたしw。
みんなAIでクオリティが下がっても甘受するようになるのか、それともAI使ってる分さらに高いクオリティが求められるようになるのか。
要件定義が甘くてガチャの排出率がクソだとクオリティが落ちたりAI臭くてダメでしょってなるんじゃないかなーって思う。審美眼もだけどまずそっちじゃねーのと。
Xの本日のニュースは人によって違う事がわかっていない人は細かい事に気付けない人な印象
冒頭の「ある企業から依頼している外注さんが、AIを使い始めて」の「から」の後に読点打たないセンスに違和感感じて、その先ちょっと読んで止めた。
クオリティは元々低かったんだけど、外注が出してくる成果物に対してAI使って評価できるようになって、そう感じるようになったんじゃね?つまり、AIによるクライアント側のレベル底上げによって起きた可能性。
子どもの高校の学園祭に行ったら、修学旅行のまとめ報告ポスターに生成AI丸投げのがいくつもあった。プロとして審美眼を養う前からAI丸投げを覚えた層が社会に出てくるのも間もなく
絵でも文章でもAIぽさというのは将来的に無くなっていくかもしれんが問題にされてるのは表面的な話ではなく専門的なクオリティの話なのでズレてコメントしてる人が多い。
タスクを行ううえでの『①課題の設定力②仕上げを評価する力』に違いでもあるのかな?そうなると同じ道具(AI)を使った際に大きな差が出てしまい、①②の能力がある依頼主に、取引先から納得いかないAI生成物が提供され
「AIの出力にはソシャゲのガチャのようなギャンブル的な魅力が」「品質を担保する人間のチェック力(つまり審美眼)が最も大事だと思う。そしてそれを育むのが難しい」
みんな雰囲気でぽやーんとした話しかしていなくて、定量的にどうなのさ。手戻り増えて工数増えたの?
“会社を経営してきて強く感じたが、人間はそもそも意思決定が苦手で、人に委ねたがる。 AI記事はつまらないので、記事を書く部分は自分でやる。自分で書くと1記事6〜8時間かかりしんどいが、自分の理解度が高まる”
その社がマネジメントできていないことが可視化された。トップのマネジメントができていないことが問題なので、指摘して治るようなものではないし気付けないのは仕組みとしてそのとおり。自社を映す鏡であることにも
プロとして判断できる指針を持ってない業界のアウトプットは特に感覚で話すのでまずい。ボトムの品質は上がるだろうからそこから抜ける難易度は上がってる。
AI生成した飲食店のメニューが集合体で怖い
技術的限界とクオリティチェックの問題なのでちょっと違うかもしれないが、3Dとか流行りだした頃に「え、このクオリティで出しちゃうの!?」と衝撃だったのは覚えてる。ツールに慣れてない過渡期にはよくある事かと。
>理解が浅い状態だと表面的なチェックに終始し、大きな論点がザルになる >手を動かさないので疑問が生まれない
業界人がクオリティだと思っていたものは消費者には関係の無い物だったというのは過去何度も繰り返されている。権威が地位を独占するための難癖だったんじゃないか。
「プロに対してクオリティ面の指摘はできても、プロセスまで口にするのは憚られます」憚られるというか、契約になかったら、言えないに決まってんだろ!
手を抜くためにAIで手抜きしてんだからチェックのための労力なんか使うわけないんだよ。だから誤字や背景の矛盾や整合性のなさなんかも当然見逃すわけ
“発注側が見極められなくなること”
若いコンサルが持ってくる営業資料の文章がどんどん冗長になり、スライドの文字サイズが極端に小さくなって来ている。生成した本人はプロンプトを把握しているし、視力も落ちていないので全く気づいていないようだ。
一度でもクオリティを買った相手なのだから手間を惜しまず話し合いで指摘すれば良いと思うんだけどな、この判断もAI依存症ゆえなのか
AIネイティブになれるかどうかの篩分けの時期だからね。新時代に適応できないなら淘汰されるだけ。どんどん切り替えてこ。
「新技術の導入で一時的に品質が低下するがその後徐々に上がっていく」現象として概念や専門用語はすでにあるような気がする → 「生産性Jカーブ」のことじゃないかとおもう。徐々に上がるじゃなく急上昇だけど
仕様書、マニュアルとかは自覚あるなぁ。 どーせ読んでないし、的な扱いになることがある。
この話も全く理解できるけど、個人的にはAIを使い始めてから受注数も継続率も明らかに上がってるし納品物のクオリティも上がったように自分では思ってる。効率化も大事だけど、クオリティが一番大事よね。
スピード優先になるのはすべて悪いことじゃない。日本の生産性が上がらないのは過度に些事にこだわりすぎた点もある。求める前提次第。
クオリティ低いものが上がってきたら「自分でやった方が早い」ってなっていたけど、AI相手だと自分がやると遅くなるのでAIは使ったままでなんとかしないと、というのは強く思う。新人育てる様なもんか。
ITの世界でのドキュメントの必要な所では、カオスになっている所がある。営業レベルの曖昧な所はいいが、実務になると存在しない設定名が現れたりする。資料のボリュームはAIで格段に増え、チェックも追いつかない。
AI向けのSEOを行うのであれば、人が読んでクオリティが下がったように見えてもAIには高評価ということもあり得る。この先、人がどれだけクオリティを評価できるのか、という問題に行きつきそう。
そうかもしれんが「思い込み」な可能性は高いというか, 活版印刷の時もワープロの時もDTPのときもそういう話はあったと思うが今どうなっているか考えて見てよ
1-2年のスパンでAIのクオリティが派生上回ってくるから大丈夫だろう
昔からある、it企業と自称しながら内部では30歳過ぎたら自ら手を動かすエンジニアより、他人を管理する社員の給料を高くした結果、品質が下がってる件と似てる(しかし自分たちは品質下がってると思ってない)
なんやこれ。発注先のクオリティが落ちたのを修正できないってことは、発注側のディレクション能力がないってことだよね。発注先が当たりが出るまで発注先ガチャをするのかな
「自分で認識するためには、強いメタ認知が必要になります」「自分は大丈夫で、でもAIめっちゃ効率的に使ってるよ!と思ってしまう」自分は大丈夫で、でもAIめっちゃ効率的に使ってるよ!と思ってます
具体的になんの事例だろう。生成物ばかり見てると「これでいいや」になってくるのはあると思う、審美眼”が”落ちる。ただそれが常に必要かというと
安いAIって、人当たりのいい詐欺師みたいなもんだから、ころっと騙されてしまう。
わかる。AI臭の話じゃない。/AI出力の共有がウケないのはコンテキストの共有がないから。要点らしきもの→さっと読んで合点!狙い所をAI任せにする怖さ。本質理解には本人作業コストが不可欠
AIで誰でも作れるんなら自社内製できるだろって、そもそも低クオリティならなんで金払って外注するのか意味不明。発注側にリテラシーないからボッタクリビジネスだったって事じゃないのかな。
AIで出力の量が増えても、ちゃんと人力で監修や推敲しなかったり、機械の機能に任せっきりで、出来がいまいちなのはよくある話だよなあ。
もはやAI同士の会話をコピペする仕事してるヒトが大半説
生成AIに依存しきってしまった元イラストレーターが、出力画像の破綻に気づけずそのまま公開してしまう、という事例も複数あるからなあ。認知機能への悪影響も否定しきれない。
AIに手を出すというのは事業開発なので、コストやスケジュールを優先したマネジメントをすると商品が粗悪になる。今後の品質向上を前提に開発を進めないと失敗に終わる。
「AIを使っているから」という枕を抜きに単純に品質判断すればいいじゃん。品質のかわりに効率化を取っているのかも知れないし。
これはトレンドの潮目変わったな。もはやAI驚き屋は稼げないぞ!今後はAI嘆き屋の時代だ!
発注側の審美眼も劣化していくだろうし、先は暗い。『同時並行で発注側にも起きているはずです』/ Eldipa を Elpida に空目した。並べると無理もない感ある
受注側の責任ばかり求められがちだが、発注者のタスク起票のクオリティ低下が一因にあると思う。AI以降、読みにくいドキュメントが本当に増えた。
長いエントリだな⋯
マグネットパワーに頼ってたおかげで技の精度が落ちてたサイコマンのごとし
自分でも気づいちゃいるけど今更戻れないって人は結構いると思う
聞いた話。1行目でもうダメだった。AI使えてない人っぽい。
そういう世界もあるんでしょうね。大抵はもっとレベルが低いので、ただAIに丸投げするだけでもある程度クオリティが上がります。50点の人は60点になるし、90点の人は80点になるって話だと思います
洗濯機が登場した時も洗濯物は手洗いしないと!とか言われてたんかな。カエサルですら「文字はダメだ。人間の記憶力を衰えさせるひどい存在だ。」とか嘆いてるものな
AI=外注で完結してるんだから人間の外注をやめる理由じゃね、AIで代替できると言うと角が立つが、外注さんの質が落ちたという方がやめやすいよな
外ヅラが見えないものは、多少中身の質が落ちても量と速さが上がるほうがいいんじゃ無いかと思ったりしている
発注側もAIで素描できた気になり雑になり、その割に外注への要求が高くなってきてることもあると思うが
神は細部に宿るの正体の9割は、細かいとこに粗が残ると信頼を失ってアウトプットそのものにバイアスがかかる。客観性がなさ過ぎて、それの範疇にしか見えない。
何かの一枚絵が、あのフォント&あの絵柄なだけでまともに見る気が失せる人はここには多数派だと思うけど世の中全体から考えると少数派なのではないだろうか?と怖い…
こういうムーブの人はAIをすごく信用しているんだと思う。すごい、と思うものもある反面お粗末なものも多いので個人的にそこまで信用していない
生成より判断や評価に時間がかかる作業は人間がやったほうがいいし、逆はAIでいい。大切なのは人間の認知負荷に依存しない評価方法を考えること。
法務相談がAIでなんとなく書けてしまうので法務部はどう思ってんのかなとは思う
この人の会社のウェブサイト見てみたら、モロAIが作ったクオリティーでびっくりした。彼は審美眼を持っているのだろうか?
これは過度期、変遷期の話に過ぎないのでは? 一生使わないならともかく、使うなら習熟に時間がいるってだけで。
AI過信しすぎなんじゃないかね。AIポン出しをノーチェックで確認依頼かけてくる人もいるし。
人間の付加価値を考えるためにもAIがどこまでできて、思い描く成果物とのギャップを考えることが必要
ロジックツリー組み立てて指示出すなら自分で書いた方が早いし、ロジックツリーに破綻のない資料作らせるにはそれなりのノウハウが必要なので、記事のような状況に陥るんだよなぁ…。楽にするための努力が必要。
こういうの、なんとなく言いたいことはわかるんだけど、じゃあどのように落ちたのかというのがわからないので、具体的にどの部分が落ちているのかというのを示してほしい。
AIで外注成果物の質が下がっても、本人は気づきにくい。依頼の意図や原資料の理解までAIに任せると、表面的な修正しかできなくなる。仕事の目的を自分で把握し、品質を見極める「審美眼」が重要。
元々品質の観点がなかった人なので仕方ないと思う
「いろいろ細かく描けてるからヨシ!」と判断してるのではないかという何を主張したいのか今一わからないイラストとかほんと見ますよねぇ……紅葉の山のつもりなんだろうけど細かく描きすぎて岩肌に見えかねないとか
審美眼とかの話になるとまた微妙なのだが、たいていの仕事っていうのは、楽できて上手く動いてりゃいいんじゃないですかねという思いもある。
某電通とかが中抜きって批判されるけど意外とそうでもないよなって話。AIと顧客の間でどういう価値を付加できるかはこれからのビジネスの肝になるだろう
人は有能であればあるほどいかに悩むかがキモ。現状の一般人向けAIでそれを再現するのは逆にコスパ悪いと思うんだよね。加えて人間の目や脳の補完能力と順応性を甘く見すぎている人が多い。AI現場猫。ヨシ!
人力1時間の作業がAIだと5分。 そしてAIの成果物を40分かえてレビュー&修正することで、さすがAI!のアウトプットになるのだよ。 結局15分しか短縮されないのだけど、そういうものと割り切る時代。まだ。
凄い単純にAIといっても、ツールなので使い方が下手なだけだろ。別に使って均一になる物でも。一様にクオリティが上がる物でもないよ。性能上がっても使い手の能力で頭打ちになるし。
一応バレにくくするために手作業の部分混ぜて判断鈍らせるようにしてるな…
発注側もその品質をちゃんと定義できていないだけでは…
AIに移行する過渡期だったなあ、と数年後しみじみ思う。
効率的に仕事してる自分に酔えるからもっと使う、失敗したくなくて自分で決めずAIに頼る、理解が浅くてもそれっぽいものが出てくる。で、AIに投げっ放しと同じまで質が落ちたら、その人に発注する理由なくなるよな
他人が出してきたものにバツつけるのと自分が出したものにバツつけるのは難易度違うからしょうがなくはある(だから一日寝かせてバツつけれる所あるか探したりするんだし)
いや外注なら気後れせず指摘しないと単なる費用の無駄でしょ
御社のサイトもむっちゃAIっぽい\(^o^)/
イラストやの画像使うよりはええんでない?ぐらいの印象はある。公共ポスターいろんなとこがいらすと屋だったりしたからなぁ。
AIの仕事をチェックする優秀な監修者が重宝される時代か
記事読んで、ソッコーでお客さんに電話したわ(忖度なく答えてくれるお客さんを選んだ上で)。
AI使ってますか?ではなく最近品質落ちてますね?で具体的な指摘しながら聞けないのでは発注側も言語化できてない
この記事自体がAI味。。。前半+結論読んだけど、何が言いたいかわからなかった。。。
クオリティの定義が難しいジャンルだと業界の空気や昔からの慣習が大きく影響するから、そういう配慮ができないAI生成物は質が下がって見える。でも業界を知らない外部から見ると別に下がって見えなかったりする。
若い子の育成をどーするべきか分からん。AIで仕事回しているうちに、審美眼が養われるんだろうか。AIがさらに進化していくんだろうか。
AI使うようになって評判良くなったかも、は正直ある。アイデア面で幅は確実に広がった/これはAIではない人間だから出来るものだと思うんですよ!と好評もらった時は若干モニョった。勿論ポン出しでは全然無いけどさw
AI使って品質落ちる人は、もともと品質高くない気がする。品質の高さって自己検査や推敲の賜物じゃない?そこに時間を掛けなくてよいとはなかなか判断できないし、できる人はそこに価値を感じていない人だからで。
新装開店の飲食で注意書きがAI生成でデジタル疎い同行者が「見にくいね」って笑っててわかるんだなーって思った。注意書きなのに実例写真が過剰加工、強調すべきところが同系色。綺麗だけど目的としてカス
”理解の外部化” ね。それは怖い。その状態で細部を修正しても何も良くならないもんね。
手でやってる時の「何度も見直したはずなのにミスがあった(送信後に気づいた)」のひどいバージョンが生まれている感じがする。メカニズムはわからない。
未だにAIで作ったもので何も稼げてない(クオリティに納得できずリリースできてない)し、ブログは元々クオリティが終わってるので、俺には当てはまらないかな(スタートラインに立ってないだけ) orz
結局はてブはもの言った側に何かを言いたいだけのようだが、お金払って発注してて質が下がったら嫌じゃない?うちも割と同じことが起こっていたり。
まずクオリティの定義がないとうまくイメージがつかめなかった。保守性が下がるのか、フロントエンドがダサいのか、バグが多いのかでハーネスをどう変えるかが決まるのではないだろうか。
AIポン出しでイイなら発注元が直でAI使えばいいだけなので、要は「人間を一枚噛ます」意味を理解しているかどうか、かなあ。
今だけの摩擦を楽しめよ
〈一時期、プロデュースに徹しようと制作機能を外部に移したプロダクションで、こういった例をよく見ましたね〉AIに限らない、と。スタッフや外注をうまく使えるかどうかと関係あったりするかな。
「仕事には発注側の意図があり、達成したいゴールがあります。この『仕事の意図の理解』を自分がしていなければ AI が出したアウトプットのクオリティの判断はできるはずもありません。」
自分で作った資料や文章やコードの間違いに気付けなかった人がAIの出した間違いに気づけるはずがないんだよね
大事なのは審美眼じゃなく自信だと思う。AIの玉石混交な助言のうち、ギリギリ石な物を動揺せず却下できる自信。自信なく独力で手探り不安げ、だけど結果的に良品を仕上げてきた系の人には、AIの助言は多分毒。
昨年の今頃には気付いていたので、コード生成と事前調査以外では使わん。 知的労働者は脳でどれだけ汗かき続けるかが価値に直結する。少しでもサボるとすぐ錆びる。
何かをアウトソースしようとすると「自分でやったほうがマシ」に陥ることはよくある。生成AIの問題はそれっぽく見えるが故に思考停止に陥ってクオリティ低下に気づかないこと
「外注さん」と差別的呼称している時点でお察し。割に合わんギャラしか払ってないからだろ。
予算3倍ぐらい出してくれたら自分で作ってくれるかもしれませんよ。
どんどん人間の感覚が鈍くなっていって、WALL・Eの人間のようなしまりのない身体と心になってゆくのか
今の時代の育成はほんとに難しいと痛感している。成果物の良し悪しを判断できる目を養うには、生成AI誕生以前のものを教材化するしかないのか…
“思考することが億劫になり始めていると、意図の理解、ゴールの解像度を上げる、という骨の折れる作業が嫌になってきます。”これが一番危ないと思う
"AIに任せすぎると、脳は「自分で考える必要がない」と判断"人間の認知負荷がボトルネックであり、人類補完計画が必要である
自分のアウトプットという責任と自覚と能力あるならチェックできるはずだが。単に自分を超えたアウトプットが、自分レベルをはるかに超えすぎてて理解できないだけの素人寄りの外注なんじゃ
シンプルに今のAIがまだその域に達してないてことよなDTPとかコンピュータの能力に制限があってクオリティは一旦落ちたし、デジタル作画なんかも登場したて使い始めはやはりクオリティが落ちていたしCGもそうだった
このnoteはAIによって書かれていますってどこかにないか探した。もし見つかればもうどうにもならない、と思いながら。
「クオリティが落ちた」と発注先に言うなら "クオリティ" の定義, 或いは最低でも言語化が必要. それなしにただ落ちた落ちた言うならイチャモンと受け取られても仕方ない
正直なところ記事やブログに関しては、きちんと指示出して外注するのがいいか、AI生成して社内でチェック修正した方がいいのか、の分岐点がよくわからなくなりつつある。査読すらAIにやらせて指摘をもとに人間で修正
AIが出すものって基本的にどこか間違っていて、それを自動なり手動なりで補正しなきゃいけないんだけどそれをせずに納品してしまってるのかもしれない。
品質の担保を自分で書く事に収斂させすぎ。構想と設計をして矛盾を解きほぐせているかどうかが重要なのよ。AIに書かせること自体がダメなのではない。本質を見誤ってそう。
“AIは楽をするためではなく、理解と解像度を上げるために使っていくことが非常に重要だと感じます。AIによって仕事が楽になったとだけ感じているのであれば、それは要注意信号かもしれません。”
作品内に自分の思想が入らなくなるので、作者がやりたかったことが読めなくなるよ
AIでクオリティが落ちた外注さんが、自分では気づけてないという怖い話|片山良平@Eldipa代表、paiza創業者
・AIを使うと、強く意識しないと品質が落ちる。発注側は気が付くが受注側は気が付きにくい。これは熟練者でも起きている ・意図理解が浅くAI丸投げする等が原因? 細部だけ目がいくので、仕事してる気になる /マジか
怖いのは、クオリティが下がったことに気づける人もこの先減っていくと言う点に思えた
「AI使うと強く意識しないとクオリティが落ちる。発注側はそれに気がつくが」「AIの出力にはソシャゲのガチャのようなギャンブル的な魅力」「外注先がAIで作るならば、外注せずに発注側がAIで作ればいい」
手を動かしながら、「イレギュラーな使い方によってはエラーになりそう」みたいなのに気づく時間がなくなったのは確か。現場に確認すると「たまにやりますね」って言われて、対応すると喜ばれる。
DTP黎明期にも、うわ、DTPでやってる雑誌レイアウトってあからさまにダサいな、という感じの時期はあった
オレは格段に上がったと言われ、逆にどうかと思う。
AI臭にみんな慣れてAI臭それ自体はクオリティ低下ではないという認知が形成されてくるから大丈夫。
過渡期と言う印象だなぁ。今のところはそれに気付けるから問題として取り上げられるけど、既存の状態と差がなくなれば何の問題もないというお話でもある。技術や使う人が追い付くのか、世間の感覚が変わるのが先か
発注側のクオリティもじわじわ下がっていると思う。何の依頼かよくわからない依頼増えたし、体裁だけ整った中身のないオリエンシート見る機会も増えた。量だけ増えてみんなチェックする暇ないんだよ、たぶん。
過渡期。一体いつから────クオリティが落ちていることに気づいていないと錯覚していた?
デザイナー系もAIで持ち味が無くなった人居るなぁ
発注側の仕様が甘いんじゃない
発注側の発注仕様のクオリティが下がってるとか要求レベルがあがってるとかの視点はないのな
逆に、AIらしさをほんの少しでも感じ取った瞬間、内容そのものは優れていても「質が落ちた」と自動的に評価してしまう人もいます。
わいも仕事は格段に質が上がってる自覚がある。aiの方が何倍も働き者で、何倍も賢い。。😭
クオリティが落ちたことに気づいた人がウザがられる時代だよ、過剰品質大好きな日本人には大変だね
そういうこともあるとは思うけど、手を動かす時間を取ったことで評価が下がるからな。雑なアウトプットでいいものはそこに投げるしかない。本当は自分でやりたいものもあるけど。
クオリティとはなんなのか
全社のAI利活用タスクフォース()が投げてくる資料がAI作成丸出しで頓珍漢なKPIを定義してくるのでこっちもAIで埋めて返した。明らかにおかしい内容をチェックせずに投げてくるなよ。
自分としては、仕事でAIはプログラミングにしても文章や創作にしても、その出来を判断できる能力、修正できる能力を持たない人が使うのは危険だと思う。優劣よりも「危険」な部分を残した時の回避ができないので。
この人は社長だからAI登場前から『何を手放して、何を手放さないか』の判断が鍛えられてるんだろうね。先日のエイベックスの松浦氏の記事でも「数字は細かくチェックしろ」と口を酸っぱく言っていた(AIが)。
要求が適当でもAIが適当に補完して完成品を出すから要求定義があまくなってるだけだと思う。もともと定義があまい発注側にも責任はあるし、要求をしつこく聞かなくなった受注側(外注さん)にも責任はありそう。
デジタル作画に変わった時や、オンプレVBから、WEBベースのシステムに変わった時にもあった話だなと。 落ちる人は落ちるけど、全体としては上がっていくんだろうね。
“修正お願いするのも人を挟んでてやりづらいし終了しようと思う”
いい話だなぁ。
すごく主観的な話の展開に感じる。クオリティって何か、あたりから知りたい。その業者らしさなのか、細部のこだわりなのか、そういうもんではないのか。
クライアントが求めてるのはクオリティじゃ無かったのでは?で、落ちたと言うのは何を根拠に言ってるの?数字?
フライヤーとかは『AIでダサい』よりも『べつにこれでよくない?』って思ってる人のほうが製作者・お客さん側で圧倒的に多いからAIでクォリティが下がったって言ってる人は職業的な理由だけな気がする。
専門分野では落ちを感じる。でも100時間で100ポインツ達成してた仕事を、10分で70ポインツ叩き出すAIは捗りが過ぎる。その際「この仕事は最終成果物で100ポインツを求められていた」判断ミスが起こるのもまた人生
ブルシットジョブじゃん。全てが。つまり労働力と資本の需要に対して現状の供給は圧倒的に過大なんだよ。資源配分システムでしかない経済が実態にそぐわない肥大化を起こしている。
いらすとやが絵のクオリティがバキバキに上がったら、いらすとやを求めてた人にとっては「なんか違うじゃん」ってなるよね。そういうこと。これを四文字熟語で「要猫不虎」といいます。
なんというか、LLMって超ワーキングメモリーがデカい専門家なので、その成果物に人のワーキングメモリーサイズ由来の制約が利きづらいと感じる。ここを統制せずAIに並列会話すると生成量が爆発してカオスになるなと
現時点での観測なので、来年どうなっているかわからないが、外注が減っているのは間違いない。
車の運転で例えると、全部ドライバーが運転するより、9割で自動で運転されて残り1割をドライバーが気をつけていないといけないみたいの方がしんどいみたいな感じかな
くだらない話、新味がひとつもない。 外注先なら教育レベル上げれば誰も損しない。費用捻出できないなら続けない、それだけの話。権力はあらゆる場所から生じるので、至るところにある(フーコー)を思い出した。
なぜ品質低下が起きたのか?解像度上げて理解する必要がある。プログラミングだと、責務分解やパッケージ間のインターフェースが維持されていれば酷くならない印象。実現できている現場がどれほどあるかは疑問だが。
『AIに段階的に頼るようになったことで、いつの間にかAIのアウトプットをちゃんと見なくなったり、意思決定をAIにたよるようになり、深く考えなくなった末に起きている現象なのではないでしょうか』
自分も黙ってAI使ってみたらクオリティ落ちたと不評だった。自分にできないこともAIを使うとできて本人はクオリティが上がった気分になる。しかしAI生成物を見慣れていると、それは見飽きたつまらない表現でしかなく。
AIの出力物が客向けに使い物になるかはルール把握してる人間のチェックと修正が必要でぼちぼち時間がかかるからそれができる人は自分でやった方が良いかぐらいなのにそこ飛ばす奴は振り回されてるだけなのでは。
Pixivとかでも、古い順に並べると最古のものはみんな手描きで、味わい深さを感じるよねぇ・・・まあそれを元絵にAIでリファインもできちゃうんだろうけど
"仕事は大体の場合 発注意図への理解が必要 理解が浅いとプロンプトが雑に AIに丸投げし、アウトプットをまとめず/狙い所の理解がAI任せ が怖い/理解の外部化はできない/人間は 意思決定が苦手/メタ認知の罠"
人がやるときに比べて7割くらいの質で高速に作業したい(してもらいたい)場合に向いているという印象
AI製だと知らない状態で評価してほしい。知ってると評価を下げる人がいるから
もちろん使う人にもよるがAIだと思うからクオリティ下がって見える病の可能性。未だに人が手を動かさないと心がこもってないみたいなスピリチュアルおるからね。
昔は面白いこと書いてたブロガーがAI記事書くようになってからみるみるクオリティが下がってなあ……
句読点整えたりする「作業」を通して中身の問題に気づくことってよくあるよね。20代見てると心配になる。世の中のブームとAIガチャで使っちゃうのもあるある。自分はまだ成果物には使わず検索ツールとして使ってる。
考えるのってパワー使うし歳取るとインプットもアウトプットも億劫になってくる。そこでAIに任せちゃうのは結局自分の老化を早めるんじゃないかな。後10年も経てば隠居な身だからまだいいけど若い人はどうだろうか
AIのクオリティにそのうちみんな慣れて何も感じなくなるでしょ。今は移行フェーズだから余計そう感じるんじゃないかと思う
それはそれとして、発注する側が自分のやりたいことを明確化できてなくて外注の気配りに頼ってたという数多の事例をなかったことにされてもね、はあるんじゃないか。人間の気配りがAI利用によって消えた面も。
ボク、難しいことはわかんないけど、飼い主さんが楽ばかりしてボクのおやつを忘れたら、鋭い猫パンチをくらわせるにゃ!ちゃんと考えてにゃ!
「AI使ってるんだろうけどAIの使い方が下手だな…」という例が多いと感じてますね。 分かりやすい例だと、デザインとか写真とかに明らかにAI使ってるんだけど文章校正にAI使ってなくて誤字だらけとか(実体験…)
価値があるのは前半部のXポストの張り付けだけで、途中から生成AI丸出しの駄文を投げてくる品質の低さ。こんな有様でクオリティがどうのを語るのは世も末だよ。
アニメのCGも素人のMMDみたいなのを結構見た。
例えばAI広告を自分でタダみたいな値段で作れるのであればクオリティや効果が80→35になったとしても「コスパ」はメチャクチャ良いんだよな。そしてその低下は経済合理性によって肯定される。大量ABテスト→厳選も可能
外注先は本来の作者を馘にして営業窓口だった人がAIで作るようになってたりして? そこまでではなくとも、AI利用で安く請ける下請けに切り替えたくらいはあるかも?
AIで作る外注に出すより自分がAIに外注した方がクオリティが上がると思うよ。意思伝達が100%できるから。外注を人にするかAIにするかの違いだったが、外注が更にAIに再外注してるから中間工程が要らなくなる。
理由の分析、全部間違ってるよ。品質低下に気付かない最大の理由は「お前が品質低下を指摘しないから」に決まってるだろ。品質下がったら黙って切るとか言ってると、自分もどんどんAIしか使わなくなって品質下がるぞ
結果としてほんだしみたいなことが起きると。でも時代が許容していく気もするし、であればこそ「人が作ったもの」に新たな価値も生まれるだろう。
ものすごいわかる。仕事ではもう生成AI使わない方がいいんじゃないかと思う日もある。
クオリティの良し悪しを定義しないと噛み合うわけがない話/ネットで同意見があるからn=1ではないって、分母考えたら?
他人と仕事せずAIと仕事ごっこする(すぐAIに逃げる)奴は増えた気はする。ヒトの話を聞かなくなってる。
AIっぽさと品質をごっちゃにしない。
泥臭いし昭和なやり方だなと思うけど、AIとやり取りするよりもクライアントとじっくり話しながら作った方が面白いものが出来上がるし、クライアントの満足度も高いんだよな
正直効率化は度外視してクオリティアップのためにAIを適宜併用し実作業の殆どを自らがやるスタイルが個人的にはしっくり来ている。大枠の手作業、細部の手作業はやっていると見落としやら気づきがやっぱりある
「新技術の導入で一時的に品質が低下するがその後徐々に上がっていく」現象として概念や専門用語はすでにあるような気がするけど。id:strange 生産性Jカーブですね。ありがとう!
成果物のクオリティの話だけすればよいのでは。
AIに丸投げすると、ときたまとんでもない代物吐き出すからね。AIとは直接関係無いかもだけど、最近も少年漫画誌のグラビアに6本指の女の子の写真が載ってたしw。
みんなAIでクオリティが下がっても甘受するようになるのか、それともAI使ってる分さらに高いクオリティが求められるようになるのか。
要件定義が甘くてガチャの排出率がクソだとクオリティが落ちたりAI臭くてダメでしょってなるんじゃないかなーって思う。審美眼もだけどまずそっちじゃねーのと。
Xの本日のニュースは人によって違う事がわかっていない人は細かい事に気付けない人な印象
冒頭の「ある企業から依頼している外注さんが、AIを使い始めて」の「から」の後に読点打たないセンスに違和感感じて、その先ちょっと読んで止めた。
クオリティは元々低かったんだけど、外注が出してくる成果物に対してAI使って評価できるようになって、そう感じるようになったんじゃね?つまり、AIによるクライアント側のレベル底上げによって起きた可能性。
子どもの高校の学園祭に行ったら、修学旅行のまとめ報告ポスターに生成AI丸投げのがいくつもあった。プロとして審美眼を養う前からAI丸投げを覚えた層が社会に出てくるのも間もなく
絵でも文章でもAIぽさというのは将来的に無くなっていくかもしれんが問題にされてるのは表面的な話ではなく専門的なクオリティの話なのでズレてコメントしてる人が多い。
タスクを行ううえでの『①課題の設定力②仕上げを評価する力』に違いでもあるのかな?そうなると同じ道具(AI)を使った際に大きな差が出てしまい、①②の能力がある依頼主に、取引先から納得いかないAI生成物が提供され
「AIの出力にはソシャゲのガチャのようなギャンブル的な魅力が」「品質を担保する人間のチェック力(つまり審美眼)が最も大事だと思う。そしてそれを育むのが難しい」
みんな雰囲気でぽやーんとした話しかしていなくて、定量的にどうなのさ。手戻り増えて工数増えたの?
“会社を経営してきて強く感じたが、人間はそもそも意思決定が苦手で、人に委ねたがる。 AI記事はつまらないので、記事を書く部分は自分でやる。自分で書くと1記事6〜8時間かかりしんどいが、自分の理解度が高まる”
その社がマネジメントできていないことが可視化された。トップのマネジメントができていないことが問題なので、指摘して治るようなものではないし気付けないのは仕組みとしてそのとおり。自社を映す鏡であることにも
プロとして判断できる指針を持ってない業界のアウトプットは特に感覚で話すのでまずい。ボトムの品質は上がるだろうからそこから抜ける難易度は上がってる。
AI生成した飲食店のメニューが集合体で怖い
技術的限界とクオリティチェックの問題なのでちょっと違うかもしれないが、3Dとか流行りだした頃に「え、このクオリティで出しちゃうの!?」と衝撃だったのは覚えてる。ツールに慣れてない過渡期にはよくある事かと。
>理解が浅い状態だと表面的なチェックに終始し、大きな論点がザルになる >手を動かさないので疑問が生まれない
業界人がクオリティだと思っていたものは消費者には関係の無い物だったというのは過去何度も繰り返されている。権威が地位を独占するための難癖だったんじゃないか。
「プロに対してクオリティ面の指摘はできても、プロセスまで口にするのは憚られます」憚られるというか、契約になかったら、言えないに決まってんだろ!
手を抜くためにAIで手抜きしてんだからチェックのための労力なんか使うわけないんだよ。だから誤字や背景の矛盾や整合性のなさなんかも当然見逃すわけ
“発注側が見極められなくなること”
若いコンサルが持ってくる営業資料の文章がどんどん冗長になり、スライドの文字サイズが極端に小さくなって来ている。生成した本人はプロンプトを把握しているし、視力も落ちていないので全く気づいていないようだ。
一度でもクオリティを買った相手なのだから手間を惜しまず話し合いで指摘すれば良いと思うんだけどな、この判断もAI依存症ゆえなのか
AIネイティブになれるかどうかの篩分けの時期だからね。新時代に適応できないなら淘汰されるだけ。どんどん切り替えてこ。
「新技術の導入で一時的に品質が低下するがその後徐々に上がっていく」現象として概念や専門用語はすでにあるような気がする → 「生産性Jカーブ」のことじゃないかとおもう。徐々に上がるじゃなく急上昇だけど
仕様書、マニュアルとかは自覚あるなぁ。 どーせ読んでないし、的な扱いになることがある。
この話も全く理解できるけど、個人的にはAIを使い始めてから受注数も継続率も明らかに上がってるし納品物のクオリティも上がったように自分では思ってる。効率化も大事だけど、クオリティが一番大事よね。
スピード優先になるのはすべて悪いことじゃない。日本の生産性が上がらないのは過度に些事にこだわりすぎた点もある。求める前提次第。
クオリティ低いものが上がってきたら「自分でやった方が早い」ってなっていたけど、AI相手だと自分がやると遅くなるのでAIは使ったままでなんとかしないと、というのは強く思う。新人育てる様なもんか。
ITの世界でのドキュメントの必要な所では、カオスになっている所がある。営業レベルの曖昧な所はいいが、実務になると存在しない設定名が現れたりする。資料のボリュームはAIで格段に増え、チェックも追いつかない。
AI向けのSEOを行うのであれば、人が読んでクオリティが下がったように見えてもAIには高評価ということもあり得る。この先、人がどれだけクオリティを評価できるのか、という問題に行きつきそう。
そうかもしれんが「思い込み」な可能性は高いというか, 活版印刷の時もワープロの時もDTPのときもそういう話はあったと思うが今どうなっているか考えて見てよ
1-2年のスパンでAIのクオリティが派生上回ってくるから大丈夫だろう
昔からある、it企業と自称しながら内部では30歳過ぎたら自ら手を動かすエンジニアより、他人を管理する社員の給料を高くした結果、品質が下がってる件と似てる(しかし自分たちは品質下がってると思ってない)
なんやこれ。発注先のクオリティが落ちたのを修正できないってことは、発注側のディレクション能力がないってことだよね。発注先が当たりが出るまで発注先ガチャをするのかな
「自分で認識するためには、強いメタ認知が必要になります」「自分は大丈夫で、でもAIめっちゃ効率的に使ってるよ!と思ってしまう」自分は大丈夫で、でもAIめっちゃ効率的に使ってるよ!と思ってます
具体的になんの事例だろう。生成物ばかり見てると「これでいいや」になってくるのはあると思う、審美眼”が”落ちる。ただそれが常に必要かというと
安いAIって、人当たりのいい詐欺師みたいなもんだから、ころっと騙されてしまう。
わかる。AI臭の話じゃない。/AI出力の共有がウケないのはコンテキストの共有がないから。要点らしきもの→さっと読んで合点!狙い所をAI任せにする怖さ。本質理解には本人作業コストが不可欠
AIで誰でも作れるんなら自社内製できるだろって、そもそも低クオリティならなんで金払って外注するのか意味不明。発注側にリテラシーないからボッタクリビジネスだったって事じゃないのかな。
AIで出力の量が増えても、ちゃんと人力で監修や推敲しなかったり、機械の機能に任せっきりで、出来がいまいちなのはよくある話だよなあ。
もはやAI同士の会話をコピペする仕事してるヒトが大半説
生成AIに依存しきってしまった元イラストレーターが、出力画像の破綻に気づけずそのまま公開してしまう、という事例も複数あるからなあ。認知機能への悪影響も否定しきれない。
AIに手を出すというのは事業開発なので、コストやスケジュールを優先したマネジメントをすると商品が粗悪になる。今後の品質向上を前提に開発を進めないと失敗に終わる。
「AIを使っているから」という枕を抜きに単純に品質判断すればいいじゃん。品質のかわりに効率化を取っているのかも知れないし。
これはトレンドの潮目変わったな。もはやAI驚き屋は稼げないぞ!今後はAI嘆き屋の時代だ!
発注側の審美眼も劣化していくだろうし、先は暗い。『同時並行で発注側にも起きているはずです』/ Eldipa を Elpida に空目した。並べると無理もない感ある
受注側の責任ばかり求められがちだが、発注者のタスク起票のクオリティ低下が一因にあると思う。AI以降、読みにくいドキュメントが本当に増えた。
長いエントリだな⋯
マグネットパワーに頼ってたおかげで技の精度が落ちてたサイコマンのごとし
自分でも気づいちゃいるけど今更戻れないって人は結構いると思う
聞いた話。1行目でもうダメだった。AI使えてない人っぽい。
そういう世界もあるんでしょうね。大抵はもっとレベルが低いので、ただAIに丸投げするだけでもある程度クオリティが上がります。50点の人は60点になるし、90点の人は80点になるって話だと思います
洗濯機が登場した時も洗濯物は手洗いしないと!とか言われてたんかな。カエサルですら「文字はダメだ。人間の記憶力を衰えさせるひどい存在だ。」とか嘆いてるものな
AI=外注で完結してるんだから人間の外注をやめる理由じゃね、AIで代替できると言うと角が立つが、外注さんの質が落ちたという方がやめやすいよな
外ヅラが見えないものは、多少中身の質が落ちても量と速さが上がるほうがいいんじゃ無いかと思ったりしている
発注側もAIで素描できた気になり雑になり、その割に外注への要求が高くなってきてることもあると思うが
神は細部に宿るの正体の9割は、細かいとこに粗が残ると信頼を失ってアウトプットそのものにバイアスがかかる。客観性がなさ過ぎて、それの範疇にしか見えない。
何かの一枚絵が、あのフォント&あの絵柄なだけでまともに見る気が失せる人はここには多数派だと思うけど世の中全体から考えると少数派なのではないだろうか?と怖い…
こういうムーブの人はAIをすごく信用しているんだと思う。すごい、と思うものもある反面お粗末なものも多いので個人的にそこまで信用していない
生成より判断や評価に時間がかかる作業は人間がやったほうがいいし、逆はAIでいい。大切なのは人間の認知負荷に依存しない評価方法を考えること。
法務相談がAIでなんとなく書けてしまうので法務部はどう思ってんのかなとは思う
この人の会社のウェブサイト見てみたら、モロAIが作ったクオリティーでびっくりした。彼は審美眼を持っているのだろうか?
これは過度期、変遷期の話に過ぎないのでは? 一生使わないならともかく、使うなら習熟に時間がいるってだけで。
AI過信しすぎなんじゃないかね。AIポン出しをノーチェックで確認依頼かけてくる人もいるし。
人間の付加価値を考えるためにもAIがどこまでできて、思い描く成果物とのギャップを考えることが必要
ロジックツリー組み立てて指示出すなら自分で書いた方が早いし、ロジックツリーに破綻のない資料作らせるにはそれなりのノウハウが必要なので、記事のような状況に陥るんだよなぁ…。楽にするための努力が必要。
こういうの、なんとなく言いたいことはわかるんだけど、じゃあどのように落ちたのかというのがわからないので、具体的にどの部分が落ちているのかというのを示してほしい。
AIで外注成果物の質が下がっても、本人は気づきにくい。依頼の意図や原資料の理解までAIに任せると、表面的な修正しかできなくなる。仕事の目的を自分で把握し、品質を見極める「審美眼」が重要。
元々品質の観点がなかった人なので仕方ないと思う
「いろいろ細かく描けてるからヨシ!」と判断してるのではないかという何を主張したいのか今一わからないイラストとかほんと見ますよねぇ……紅葉の山のつもりなんだろうけど細かく描きすぎて岩肌に見えかねないとか
審美眼とかの話になるとまた微妙なのだが、たいていの仕事っていうのは、楽できて上手く動いてりゃいいんじゃないですかねという思いもある。
某電通とかが中抜きって批判されるけど意外とそうでもないよなって話。AIと顧客の間でどういう価値を付加できるかはこれからのビジネスの肝になるだろう
人は有能であればあるほどいかに悩むかがキモ。現状の一般人向けAIでそれを再現するのは逆にコスパ悪いと思うんだよね。加えて人間の目や脳の補完能力と順応性を甘く見すぎている人が多い。AI現場猫。ヨシ!
人力1時間の作業がAIだと5分。 そしてAIの成果物を40分かえてレビュー&修正することで、さすがAI!のアウトプットになるのだよ。 結局15分しか短縮されないのだけど、そういうものと割り切る時代。まだ。
凄い単純にAIといっても、ツールなので使い方が下手なだけだろ。別に使って均一になる物でも。一様にクオリティが上がる物でもないよ。性能上がっても使い手の能力で頭打ちになるし。
一応バレにくくするために手作業の部分混ぜて判断鈍らせるようにしてるな…
発注側もその品質をちゃんと定義できていないだけでは…
AIに移行する過渡期だったなあ、と数年後しみじみ思う。
効率的に仕事してる自分に酔えるからもっと使う、失敗したくなくて自分で決めずAIに頼る、理解が浅くてもそれっぽいものが出てくる。で、AIに投げっ放しと同じまで質が落ちたら、その人に発注する理由なくなるよな
他人が出してきたものにバツつけるのと自分が出したものにバツつけるのは難易度違うからしょうがなくはある(だから一日寝かせてバツつけれる所あるか探したりするんだし)
いや外注なら気後れせず指摘しないと単なる費用の無駄でしょ
御社のサイトもむっちゃAIっぽい\(^o^)/
イラストやの画像使うよりはええんでない?ぐらいの印象はある。公共ポスターいろんなとこがいらすと屋だったりしたからなぁ。
AIの仕事をチェックする優秀な監修者が重宝される時代か
記事読んで、ソッコーでお客さんに電話したわ(忖度なく答えてくれるお客さんを選んだ上で)。
AI使ってますか?ではなく最近品質落ちてますね?で具体的な指摘しながら聞けないのでは発注側も言語化できてない
この記事自体がAI味。。。前半+結論読んだけど、何が言いたいかわからなかった。。。
クオリティの定義が難しいジャンルだと業界の空気や昔からの慣習が大きく影響するから、そういう配慮ができないAI生成物は質が下がって見える。でも業界を知らない外部から見ると別に下がって見えなかったりする。
若い子の育成をどーするべきか分からん。AIで仕事回しているうちに、審美眼が養われるんだろうか。AIがさらに進化していくんだろうか。
AI使うようになって評判良くなったかも、は正直ある。アイデア面で幅は確実に広がった/これはAIではない人間だから出来るものだと思うんですよ!と好評もらった時は若干モニョった。勿論ポン出しでは全然無いけどさw
AI使って品質落ちる人は、もともと品質高くない気がする。品質の高さって自己検査や推敲の賜物じゃない?そこに時間を掛けなくてよいとはなかなか判断できないし、できる人はそこに価値を感じていない人だからで。
新装開店の飲食で注意書きがAI生成でデジタル疎い同行者が「見にくいね」って笑っててわかるんだなーって思った。注意書きなのに実例写真が過剰加工、強調すべきところが同系色。綺麗だけど目的としてカス
”理解の外部化” ね。それは怖い。その状態で細部を修正しても何も良くならないもんね。
手でやってる時の「何度も見直したはずなのにミスがあった(送信後に気づいた)」のひどいバージョンが生まれている感じがする。メカニズムはわからない。
未だにAIで作ったもので何も稼げてない(クオリティに納得できずリリースできてない)し、ブログは元々クオリティが終わってるので、俺には当てはまらないかな(スタートラインに立ってないだけ) orz
結局はてブはもの言った側に何かを言いたいだけのようだが、お金払って発注してて質が下がったら嫌じゃない?うちも割と同じことが起こっていたり。
まずクオリティの定義がないとうまくイメージがつかめなかった。保守性が下がるのか、フロントエンドがダサいのか、バグが多いのかでハーネスをどう変えるかが決まるのではないだろうか。
AIポン出しでイイなら発注元が直でAI使えばいいだけなので、要は「人間を一枚噛ます」意味を理解しているかどうか、かなあ。
今だけの摩擦を楽しめよ
〈一時期、プロデュースに徹しようと制作機能を外部に移したプロダクションで、こういった例をよく見ましたね〉AIに限らない、と。スタッフや外注をうまく使えるかどうかと関係あったりするかな。
「仕事には発注側の意図があり、達成したいゴールがあります。この『仕事の意図の理解』を自分がしていなければ AI が出したアウトプットのクオリティの判断はできるはずもありません。」
自分で作った資料や文章やコードの間違いに気付けなかった人がAIの出した間違いに気づけるはずがないんだよね
大事なのは審美眼じゃなく自信だと思う。AIの玉石混交な助言のうち、ギリギリ石な物を動揺せず却下できる自信。自信なく独力で手探り不安げ、だけど結果的に良品を仕上げてきた系の人には、AIの助言は多分毒。
昨年の今頃には気付いていたので、コード生成と事前調査以外では使わん。 知的労働者は脳でどれだけ汗かき続けるかが価値に直結する。少しでもサボるとすぐ錆びる。
何かをアウトソースしようとすると「自分でやったほうがマシ」に陥ることはよくある。生成AIの問題はそれっぽく見えるが故に思考停止に陥ってクオリティ低下に気づかないこと
「外注さん」と差別的呼称している時点でお察し。割に合わんギャラしか払ってないからだろ。
予算3倍ぐらい出してくれたら自分で作ってくれるかもしれませんよ。
どんどん人間の感覚が鈍くなっていって、WALL・Eの人間のようなしまりのない身体と心になってゆくのか
今の時代の育成はほんとに難しいと痛感している。成果物の良し悪しを判断できる目を養うには、生成AI誕生以前のものを教材化するしかないのか…
“思考することが億劫になり始めていると、意図の理解、ゴールの解像度を上げる、という骨の折れる作業が嫌になってきます。”これが一番危ないと思う
"AIに任せすぎると、脳は「自分で考える必要がない」と判断"人間の認知負荷がボトルネックであり、人類補完計画が必要である
自分のアウトプットという責任と自覚と能力あるならチェックできるはずだが。単に自分を超えたアウトプットが、自分レベルをはるかに超えすぎてて理解できないだけの素人寄りの外注なんじゃ
シンプルに今のAIがまだその域に達してないてことよなDTPとかコンピュータの能力に制限があってクオリティは一旦落ちたし、デジタル作画なんかも登場したて使い始めはやはりクオリティが落ちていたしCGもそうだった
このnoteはAIによって書かれていますってどこかにないか探した。もし見つかればもうどうにもならない、と思いながら。
「クオリティが落ちた」と発注先に言うなら "クオリティ" の定義, 或いは最低でも言語化が必要. それなしにただ落ちた落ちた言うならイチャモンと受け取られても仕方ない
正直なところ記事やブログに関しては、きちんと指示出して外注するのがいいか、AI生成して社内でチェック修正した方がいいのか、の分岐点がよくわからなくなりつつある。査読すらAIにやらせて指摘をもとに人間で修正
AIが出すものって基本的にどこか間違っていて、それを自動なり手動なりで補正しなきゃいけないんだけどそれをせずに納品してしまってるのかもしれない。
品質の担保を自分で書く事に収斂させすぎ。構想と設計をして矛盾を解きほぐせているかどうかが重要なのよ。AIに書かせること自体がダメなのではない。本質を見誤ってそう。
“AIは楽をするためではなく、理解と解像度を上げるために使っていくことが非常に重要だと感じます。AIによって仕事が楽になったとだけ感じているのであれば、それは要注意信号かもしれません。”
作品内に自分の思想が入らなくなるので、作者がやりたかったことが読めなくなるよ