諦める・手放すことで楽になるってのは真理やな。過度な「なぜなぜ分析」で自分追い詰めるのはマジで鬱の素やで(´・ω・`)
そう思ったりまた死にたくなったりを繰り返している。まあいつ死んでもあんま変わんねぇかとか考えたり。どっちの意味でも
「足るを知る」って大事なことだよなあ。現代はそんなことが難しい
増田も知ってそうだけど、「あきらめる」は元々、物事を明らかにしてよく見るって意味。/「障害者のくせに」なんて卑屈になることないけど、恋愛結婚仕事で自己実現とかなくても、幸せに生きられるのは事実だよね。
文章が出来すぎているとか思っちゃった。ごめんなさい。
自分に対して常にマイナス評価だったのが、自分を受け入れた結果、プラス評価が出来るようになったのではなかろうか。良き。
言語性IQとかだけ高くて子どもの頃に見逃されちゃってた感じかな…。1つずつ煩悩を捨てつつあるので、悟りに近づいていってる気がする。
こういう投稿にただただいいね!を送りたい。それだけでいいと思う。
わかる。幸福を追いかけたり、幸福の定義を考えず、ある意味でどうでも良いと思えてから始まり。自分の心は深淵なので見つめてはいけない
禅の境地というか、ブッダの悟りは元々そういうものという理解
年取ったんだよ。なんか若いときのほうが死にたい度って強いよね。なおガチで死ぬのは50代。
文才が有
自分に似ている。諦めてからが人生開始ってのはあるよね。仏教的になっちゃうのわかる。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
自分のことで精一杯で周りが見えなくなってたんだろう。社会人になった時、周りを見て「こんなに適当でいいのか!?」と驚いたのを思い出した。
はじまったね!!
意識して頑張らないようにすると意外と上手くいくの不思議だよねー
こんな大変な人生送ると「普通の人」にはなれないだろうけど、楽しみも見つけながらなんとか生きていければ十分だと思う。自分も過去を引き摺りすぎなんだよな〜。。
諦めるというか、その手前の期待や希望を持たなければ落胆も空しさも不安も感じなくなるんだろうと最近思う。でも欲を持たないってとても難しいし、できたとしてそれはそもそも人間なのか?とも思う。
それは自分のキャパを超えると思ったら、結婚や子供といった世間の「普通」を手放した方が、結果的に幸福の総量は増えると思っている。/ただ逃げてるだけじゃ人生詰むからバランスが難しいのだけど。
自分を許す
足るを知るという言葉は自分も大事にしていますが、それは例えばこれから数年間拷問にあって苦しみ抜いて死ぬことも止むを得ない有様が待ち受けてなお、まだ生きていられることを感謝する、ようなものだと思います
人生がたまたま上手くいくフェーズになり、希死念慮がなくなったのではないかと思った。人生をあきらめても、日々の生活がうまくいっていないときは、希死念慮はなくならない気がする。
同じ趣味の友達がいてよかった。うらやましいよ
死ねば助かるの典型例
かけるべき言葉がわからない 読んだ
お金があるんだ。うらやましいねえ
「できない」や「わからない」を受け入れることは、できたりわかるようになるのと同じくらい価値がある。そうだそうだ
産まれてきた以上、死ぬまで生き続けるのは義務であり責任である。と、俺は考えとるよ。ただなぁ、治る見込みもなくひたすら病苦と闘うってのは希望がなさ過ぎるよな。増田の場合は苦痛が軽減されたんやろな。
手放すことで手に入る幸せもある。人生は自分でコントロールできないことばかり。
まー「がんばる」にも序列があって、「夢中」>「努力」>「忍耐」>「我慢」かな? 「忍耐」や「我慢」をがんばってる連中は本当に悲惨で、そりゃ死にたくもなる。「夢中」な奴には誰も敵わんからな。胸に刻め。
最初から「どうせ自分は人間未満の奴隷だし、一生かけて平民の最底辺ぐらいに入れたらラッキー(上級市民?貴族?何それ食えるの)」ぐらいに思ってると人生楽しいぞ☆
やっぱりミニバンに乗ってるの?
状況は違うけど自分も似たような者なので参考になる。
若いと可能性が広がってて自分にも人生にも期待しがちだけど年取ると自分の可能性が狭まって諦めやすくなるよね。自分のことも何となくわかってきて冷静に見れるようになるし。
そういう解呪の方法もあるか
余生に入った感じ。あれもこれも出来ないし出来なくなっていくけど死ぬまで死なない、ちょっと楽しいことやろう。
負けるが勝ちってあるよなあ。勝ちっつーか楽っつーか。
いいね。遠藤周作また読んでみようかな
遠藤周作をもう一度読み返したくなってきた。「論理」の世界の中、世に「文学」があって本当によかった
希死念慮って、「その場から逃げたい」ってことで、「その場」がどうでもいい場所になったら減ると思う。生きること(理想)への執着こそが希死念慮の元という逆説。オッサンになると楽になるのも恥を捨てるから。
同年代だろうけど自分も最近この感じになってきてる気がする
樽を知るって奥が深い。
真面目すぎるのかもな。諦めるくらいで丁度良いというか。
こうであるべきという、こうありたいという枠を取り外せたら自分はすごく楽になった。
「趣味があって仲間がいてお金と時間もあるけど 人生には意味がない、禅の境地で余生を楽しもう」それで良いと思う。言葉の定義がちょっと違う気がするけど、落ち着けたなら良いと思う。なんか、羨ましいけどね。
これを読んで救われる人が居る。意義があると思うよ。
たぶんマシなほうなだけだったんだよ…
足るを知るってやつ?人と比べると何もうまくいかんよね。ふと振り返ると羨まれない人生だけど宝物なんだよなぁ…
うわ。驚くほど共感してしまった。ありがとう、増田。
青い鳥は探してはいけないんだろうな。俺が青い鳥だ。の方がいいのかも
障害者なのに、健常者として扱ってもらおうとしてるのが無理がある。そもそもが健常者以下なのに、追いつくために頑張ったら苦しむのは当然な話で。障害者として生きて死ぬほうが楽なんだけど金が足りないんだよね。
「優秀でなければ生きている価値がない」という思想は、資源が無くて大きな戦争に負けた国の民にかけられた呪いだと思うね
諦観…ってコト!?
哲学者だ
愛を説く作品はたくさんあるが、結局自分の人生の中で愛を見つけ、「あれはこういうことだったのだな」と気付くことしかできないものだ
金はある、友達はいる、努力は尽くした 自虐風自慢 クソくらえ
あきらめてるわけでなくて、人と比べるのをやめただけだと思う。それでいいしそれが最高
大した希死念慮じゃない。俺たちは雨が降るだけで死にたくなる
気づけてよかった
そんなもんよね。諦念ってやつ。
増田には諦めることにしか救いが無かった、って話を良い話のように扱いたくない。かなり悔しい。これは現実に対する怒りだ。
これからの100年でAIが人類を大量に淘汰していく可能性が高いから細かいことは気にすんな。
これから貧しい我々は玩具として圧倒的な暴力に蹂躙される未来が訪れる。目を潰され鼻耳を削がれ爪を剥がされ指を折られ切られ四肢をもがれ全身の皮を剥がされ焼けた砂の上に放置される。その前の自殺が唯一の救い
認知を変えるよう説得をした、主治医の先生が素晴らしいね/「他の人は100だから」と10から100を目指したり、「どうせ100にはなれない」と全て諦めるのではなく、10を11にする努力を積み重ねていくのがいいと思う
これだけ文章をまとめられるのは普通に優秀だと思う
凄く頑張ったから、その今の境地があると思います。あなたの今後の人生に幸あれ。あ、幸なんて求めなくて良いから
ミスマッチは悲劇だなぁ。マッチって何かって納得だと思うなぁ。
遠藤周作の「沈黙」をちゃんと読んで消化できる人は頭悪くないよ。自分を「自分は大した人間じゃない」とメタ認知できるだけ大したもんだよ。大抵のダメ人間はダメなくせに自己防衛のためのプライドばかり高い。
生きているのは素晴らしい、そう思えることが一番の幸せ
そりゃはてなの皆さんのような高学歴富裕層健常者は底辺が人生を諦めて歯向かってこなくなったほうが楽ですからこういう反応になりますよね
人間って不思議だね。人生って不思議だね。自分の意志とは無関係に無から生まれて死んでまた無になる。それまでの人生。その中になにか意味を持たせたい。でも、意味なんかないんかな?
元増田は「保育園おちた」レベルのレジェンドになったのかな / 遠藤周作の言葉は大きいね、当たり前なのに多くの人は自分を世間のあるべきに当てはめないと存在意義なしくらい考えてしまう。
「生まれたからには 生きてやる 生まれたからには 生きてやる 誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない 自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか」(『ロクデナシ』作詞:真島昌利,作曲:真島昌利
自分にも他人にも期待してない。いいことあったらラッキー、悪いことあったらそんなもん。
森田療法的。あとは死ぬだけ、死ぬまで気分良く過ごす。成長捨てて苦痛避けて死ぬまで緩和ケアプラン。苦手克服、背伸びしたらやっと届く難しめの課題の求不得苦からハードル下げて片手間でできるヌルゲー不求自得。
ありがとう
すごい。わたしはまだ諦められない
死んでないから生きている 良い言葉
「「できない」や「わからない」を受け入れることは、できたりわかるようになるのと同じくらい価値がある」「「死んでいないから生きている」という禅の境地で余生を楽しもう」
“大好きな遠藤周作の『沈黙』にもこう書いてある 「魅力のあるもの、美しいものに心ひかれるなら、それは誰だってできることだった。/色あせて、襤褸のようになった人間と人生を棄てぬことが愛だった。」 ”
リアルで「転生した件」みたいな感じでいいね
宗教の多くが、その諦めを促すために、寄付や世俗からの疎遠を進めるんだろうけど、結局その宗教組織を運営するのも人間なので、業から抜けられない、という……
煩悩を捨てると苦しみが薄らぐんですよ。「ちゃんとやらなくては! 正しく生きなくては!!」がまさに増田の煩悩。すべてを諦めなくても要求レベルを下げるだけでだいぶ楽になるよ。
できることとできないことを理解するのはかなり難しい…/ 関連ありそうな記事上がってきてた https://www.toyoeiwa.ac.jp/chu-ko/news/2026/09/025010.html
「幸せになりたい」というのは暗黙に「今はそうではない」という呪いでもあるからね。生きてるだけで十分よ
わかる。私は躁鬱だった。頑張っても上手くいかない。むしろ頑張るから悪化する。諦めて、 無理なことはしない様にした。そしたらすごく楽になった。
トップコメの「足るを知る」、あまり馴染みなかったが、いい言葉·考え方だな
へー大変そうだなぁと思って読んでたら、最後の5行くらいで健常者の私より豊かな資産(金だけではない)を持ってるらしいことが分かり横転した
タイトルでうつ病の回復期になったらヤバいのでは……と思ったら違った。増田は自分の人生をちゃんと生きてるよ。
「死んでいないから生きている」これよね
特段不幸な境遇に生きているという話ではなく人間なんかしら満足に至らない部分があるという話のようなので、他人としては「それはそう」で済ませてもよさそう
最初の数行で大学が出てきて「普通」に求めるレベルが高すぎる案件かなと思った。人生を諦めてからが大人の生活だよなー
高機能型の発達障害ってやつでしょ、勉強は出来るが人間関係の構築が苦手なタイプ。特性が邪魔せず上手くはまれば人並み以上に稼げる職場はあるし、この手の人は「普通」の仕事には全く適性が無い。普通ってなーに?
基本「生きてるだけで丸儲け」って思って生きてるから死にたいと思ったことは連続では30分ぐらいしかない。30分ぐらいで「でもいま死んだら損だな」となる。「肺をやられて息をするだけで苦しい」になったら死ぬかも
サクセスストーリーは勇気や励ましにならないと感じていて。成果の如何に関わらず人生に対する姿勢が尊いのだなと感じるようになった。ルッキズムならぬサクセシズムが提供され、それが人を不幸にしてる面あると思う
"もしかして人生ってやる気がない方が本領発揮できて上手くいく?" 仕事し始めてからそれは何度か思ったな。苦労なくできることは得意なこと。努力は報われにくい。
悟りは大事だね/しかし勉強したはずなのに「波形(いい日も悪い日もどちらもあり、一方だけ続くことはない)」「中央値(普通という言葉こそ極端を内包する)」の概念はなんでつかえなかったんだろ。
生きてるだけで精一杯な人は多い。自分もそう。人より何一つうまくできないけど…それでも生きてる。頑張ろう…
人生をあきらめたら希死念慮がなくなった
諦める・手放すことで楽になるってのは真理やな。過度な「なぜなぜ分析」で自分追い詰めるのはマジで鬱の素やで(´・ω・`)
そう思ったりまた死にたくなったりを繰り返している。まあいつ死んでもあんま変わんねぇかとか考えたり。どっちの意味でも
「足るを知る」って大事なことだよなあ。現代はそんなことが難しい
増田も知ってそうだけど、「あきらめる」は元々、物事を明らかにしてよく見るって意味。/「障害者のくせに」なんて卑屈になることないけど、恋愛結婚仕事で自己実現とかなくても、幸せに生きられるのは事実だよね。
文章が出来すぎているとか思っちゃった。ごめんなさい。
自分に対して常にマイナス評価だったのが、自分を受け入れた結果、プラス評価が出来るようになったのではなかろうか。良き。
言語性IQとかだけ高くて子どもの頃に見逃されちゃってた感じかな…。1つずつ煩悩を捨てつつあるので、悟りに近づいていってる気がする。
こういう投稿にただただいいね!を送りたい。それだけでいいと思う。
わかる。幸福を追いかけたり、幸福の定義を考えず、ある意味でどうでも良いと思えてから始まり。自分の心は深淵なので見つめてはいけない
禅の境地というか、ブッダの悟りは元々そういうものという理解
年取ったんだよ。なんか若いときのほうが死にたい度って強いよね。なおガチで死ぬのは50代。
文才が有
自分に似ている。諦めてからが人生開始ってのはあるよね。仏教的になっちゃうのわかる。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
自分のことで精一杯で周りが見えなくなってたんだろう。社会人になった時、周りを見て「こんなに適当でいいのか!?」と驚いたのを思い出した。
はじまったね!!
意識して頑張らないようにすると意外と上手くいくの不思議だよねー
こんな大変な人生送ると「普通の人」にはなれないだろうけど、楽しみも見つけながらなんとか生きていければ十分だと思う。自分も過去を引き摺りすぎなんだよな〜。。
諦めるというか、その手前の期待や希望を持たなければ落胆も空しさも不安も感じなくなるんだろうと最近思う。でも欲を持たないってとても難しいし、できたとしてそれはそもそも人間なのか?とも思う。
それは自分のキャパを超えると思ったら、結婚や子供といった世間の「普通」を手放した方が、結果的に幸福の総量は増えると思っている。/ただ逃げてるだけじゃ人生詰むからバランスが難しいのだけど。
自分を許す
足るを知るという言葉は自分も大事にしていますが、それは例えばこれから数年間拷問にあって苦しみ抜いて死ぬことも止むを得ない有様が待ち受けてなお、まだ生きていられることを感謝する、ようなものだと思います
人生がたまたま上手くいくフェーズになり、希死念慮がなくなったのではないかと思った。人生をあきらめても、日々の生活がうまくいっていないときは、希死念慮はなくならない気がする。
同じ趣味の友達がいてよかった。うらやましいよ
死ねば助かるの典型例
かけるべき言葉がわからない 読んだ
お金があるんだ。うらやましいねえ
「できない」や「わからない」を受け入れることは、できたりわかるようになるのと同じくらい価値がある。そうだそうだ
産まれてきた以上、死ぬまで生き続けるのは義務であり責任である。と、俺は考えとるよ。ただなぁ、治る見込みもなくひたすら病苦と闘うってのは希望がなさ過ぎるよな。増田の場合は苦痛が軽減されたんやろな。
手放すことで手に入る幸せもある。人生は自分でコントロールできないことばかり。
まー「がんばる」にも序列があって、「夢中」>「努力」>「忍耐」>「我慢」かな? 「忍耐」や「我慢」をがんばってる連中は本当に悲惨で、そりゃ死にたくもなる。「夢中」な奴には誰も敵わんからな。胸に刻め。
最初から「どうせ自分は人間未満の奴隷だし、一生かけて平民の最底辺ぐらいに入れたらラッキー(上級市民?貴族?何それ食えるの)」ぐらいに思ってると人生楽しいぞ☆
やっぱりミニバンに乗ってるの?
状況は違うけど自分も似たような者なので参考になる。
若いと可能性が広がってて自分にも人生にも期待しがちだけど年取ると自分の可能性が狭まって諦めやすくなるよね。自分のことも何となくわかってきて冷静に見れるようになるし。
そういう解呪の方法もあるか
余生に入った感じ。あれもこれも出来ないし出来なくなっていくけど死ぬまで死なない、ちょっと楽しいことやろう。
負けるが勝ちってあるよなあ。勝ちっつーか楽っつーか。
いいね。遠藤周作また読んでみようかな
遠藤周作をもう一度読み返したくなってきた。「論理」の世界の中、世に「文学」があって本当によかった
希死念慮って、「その場から逃げたい」ってことで、「その場」がどうでもいい場所になったら減ると思う。生きること(理想)への執着こそが希死念慮の元という逆説。オッサンになると楽になるのも恥を捨てるから。
同年代だろうけど自分も最近この感じになってきてる気がする
樽を知るって奥が深い。
真面目すぎるのかもな。諦めるくらいで丁度良いというか。
こうであるべきという、こうありたいという枠を取り外せたら自分はすごく楽になった。
「趣味があって仲間がいてお金と時間もあるけど 人生には意味がない、禅の境地で余生を楽しもう」それで良いと思う。言葉の定義がちょっと違う気がするけど、落ち着けたなら良いと思う。なんか、羨ましいけどね。
これを読んで救われる人が居る。意義があると思うよ。
たぶんマシなほうなだけだったんだよ…
足るを知るってやつ?人と比べると何もうまくいかんよね。ふと振り返ると羨まれない人生だけど宝物なんだよなぁ…
うわ。驚くほど共感してしまった。ありがとう、増田。
青い鳥は探してはいけないんだろうな。俺が青い鳥だ。の方がいいのかも
障害者なのに、健常者として扱ってもらおうとしてるのが無理がある。そもそもが健常者以下なのに、追いつくために頑張ったら苦しむのは当然な話で。障害者として生きて死ぬほうが楽なんだけど金が足りないんだよね。
「優秀でなければ生きている価値がない」という思想は、資源が無くて大きな戦争に負けた国の民にかけられた呪いだと思うね
諦観…ってコト!?
哲学者だ
愛を説く作品はたくさんあるが、結局自分の人生の中で愛を見つけ、「あれはこういうことだったのだな」と気付くことしかできないものだ
金はある、友達はいる、努力は尽くした 自虐風自慢 クソくらえ
あきらめてるわけでなくて、人と比べるのをやめただけだと思う。それでいいしそれが最高
大した希死念慮じゃない。俺たちは雨が降るだけで死にたくなる
気づけてよかった
そんなもんよね。諦念ってやつ。
増田には諦めることにしか救いが無かった、って話を良い話のように扱いたくない。かなり悔しい。これは現実に対する怒りだ。
これからの100年でAIが人類を大量に淘汰していく可能性が高いから細かいことは気にすんな。
これから貧しい我々は玩具として圧倒的な暴力に蹂躙される未来が訪れる。目を潰され鼻耳を削がれ爪を剥がされ指を折られ切られ四肢をもがれ全身の皮を剥がされ焼けた砂の上に放置される。その前の自殺が唯一の救い
認知を変えるよう説得をした、主治医の先生が素晴らしいね/「他の人は100だから」と10から100を目指したり、「どうせ100にはなれない」と全て諦めるのではなく、10を11にする努力を積み重ねていくのがいいと思う
これだけ文章をまとめられるのは普通に優秀だと思う
凄く頑張ったから、その今の境地があると思います。あなたの今後の人生に幸あれ。あ、幸なんて求めなくて良いから
ミスマッチは悲劇だなぁ。マッチって何かって納得だと思うなぁ。
遠藤周作の「沈黙」をちゃんと読んで消化できる人は頭悪くないよ。自分を「自分は大した人間じゃない」とメタ認知できるだけ大したもんだよ。大抵のダメ人間はダメなくせに自己防衛のためのプライドばかり高い。
生きているのは素晴らしい、そう思えることが一番の幸せ
そりゃはてなの皆さんのような高学歴富裕層健常者は底辺が人生を諦めて歯向かってこなくなったほうが楽ですからこういう反応になりますよね
人間って不思議だね。人生って不思議だね。自分の意志とは無関係に無から生まれて死んでまた無になる。それまでの人生。その中になにか意味を持たせたい。でも、意味なんかないんかな?
元増田は「保育園おちた」レベルのレジェンドになったのかな / 遠藤周作の言葉は大きいね、当たり前なのに多くの人は自分を世間のあるべきに当てはめないと存在意義なしくらい考えてしまう。
「生まれたからには 生きてやる 生まれたからには 生きてやる 誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない 自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか」(『ロクデナシ』作詞:真島昌利,作曲:真島昌利
自分にも他人にも期待してない。いいことあったらラッキー、悪いことあったらそんなもん。
森田療法的。あとは死ぬだけ、死ぬまで気分良く過ごす。成長捨てて苦痛避けて死ぬまで緩和ケアプラン。苦手克服、背伸びしたらやっと届く難しめの課題の求不得苦からハードル下げて片手間でできるヌルゲー不求自得。
ありがとう
すごい。わたしはまだ諦められない
死んでないから生きている 良い言葉
「「できない」や「わからない」を受け入れることは、できたりわかるようになるのと同じくらい価値がある」「「死んでいないから生きている」という禅の境地で余生を楽しもう」
“大好きな遠藤周作の『沈黙』にもこう書いてある 「魅力のあるもの、美しいものに心ひかれるなら、それは誰だってできることだった。/色あせて、襤褸のようになった人間と人生を棄てぬことが愛だった。」 ”
リアルで「転生した件」みたいな感じでいいね
宗教の多くが、その諦めを促すために、寄付や世俗からの疎遠を進めるんだろうけど、結局その宗教組織を運営するのも人間なので、業から抜けられない、という……
煩悩を捨てると苦しみが薄らぐんですよ。「ちゃんとやらなくては! 正しく生きなくては!!」がまさに増田の煩悩。すべてを諦めなくても要求レベルを下げるだけでだいぶ楽になるよ。
できることとできないことを理解するのはかなり難しい…/ 関連ありそうな記事上がってきてた https://www.toyoeiwa.ac.jp/chu-ko/news/2026/09/025010.html
「幸せになりたい」というのは暗黙に「今はそうではない」という呪いでもあるからね。生きてるだけで十分よ
わかる。私は躁鬱だった。頑張っても上手くいかない。むしろ頑張るから悪化する。諦めて、 無理なことはしない様にした。そしたらすごく楽になった。
トップコメの「足るを知る」、あまり馴染みなかったが、いい言葉·考え方だな
へー大変そうだなぁと思って読んでたら、最後の5行くらいで健常者の私より豊かな資産(金だけではない)を持ってるらしいことが分かり横転した
タイトルでうつ病の回復期になったらヤバいのでは……と思ったら違った。増田は自分の人生をちゃんと生きてるよ。
「死んでいないから生きている」これよね
特段不幸な境遇に生きているという話ではなく人間なんかしら満足に至らない部分があるという話のようなので、他人としては「それはそう」で済ませてもよさそう
最初の数行で大学が出てきて「普通」に求めるレベルが高すぎる案件かなと思った。人生を諦めてからが大人の生活だよなー
高機能型の発達障害ってやつでしょ、勉強は出来るが人間関係の構築が苦手なタイプ。特性が邪魔せず上手くはまれば人並み以上に稼げる職場はあるし、この手の人は「普通」の仕事には全く適性が無い。普通ってなーに?
基本「生きてるだけで丸儲け」って思って生きてるから死にたいと思ったことは連続では30分ぐらいしかない。30分ぐらいで「でもいま死んだら損だな」となる。「肺をやられて息をするだけで苦しい」になったら死ぬかも
サクセスストーリーは勇気や励ましにならないと感じていて。成果の如何に関わらず人生に対する姿勢が尊いのだなと感じるようになった。ルッキズムならぬサクセシズムが提供され、それが人を不幸にしてる面あると思う
"もしかして人生ってやる気がない方が本領発揮できて上手くいく?" 仕事し始めてからそれは何度か思ったな。苦労なくできることは得意なこと。努力は報われにくい。
悟りは大事だね/しかし勉強したはずなのに「波形(いい日も悪い日もどちらもあり、一方だけ続くことはない)」「中央値(普通という言葉こそ極端を内包する)」の概念はなんでつかえなかったんだろ。
生きてるだけで精一杯な人は多い。自分もそう。人より何一つうまくできないけど…それでも生きてる。頑張ろう…