面白いこととAI語であることは両立するのだということを教えてくれる/AI語は罪なのか?マナー違反なのか?不快と思う部分はあるが、今後どうなっていくのか。社会の大きな変化点に立ち会える喜びもある
AI語を批判することで己のポジションを確立しているテックエバンジェリストもいることを忘れてはいけない
受容どころかこの記事を読んでるだけでイライラしてきて面白い。
単語はあんまり気にならないけど、Opus 4.7-4.8あたりで急に口調が口語的になった現象が受容できなかった。コミットを"切る"とか。逆に人間みたいな言葉遣いはしてほしくなかったり。
表面的には"ここでこういう表現はしないだろ" と "いくらなんでもお前(AI)そのワード好きすぎだろ"なんだが、後者は元が人間産でもAIが使えば使うほどAI語扱いされだすんで最終的に全てがAIになる
AI語の話なかなか面白い。AIとチャットしまくってると人間の言葉もAIに近づいていくかもしれない。
「視覴」を受容するの(違う)/それは「AI調文体」と言うべきかな。
AI語と言うか英文の技術書にありがちな表現・話術をどうやって自然な日本語表現に叩き直すか。今のは何やっても英文ベースの思考が第多数なんだし英語で書かせてからローカライズ(意訳)させるのがよくない?
AI語を受容する
面白いこととAI語であることは両立するのだということを教えてくれる/AI語は罪なのか?マナー違反なのか?不快と思う部分はあるが、今後どうなっていくのか。社会の大きな変化点に立ち会える喜びもある
AI語を批判することで己のポジションを確立しているテックエバンジェリストもいることを忘れてはいけない
受容どころかこの記事を読んでるだけでイライラしてきて面白い。
単語はあんまり気にならないけど、Opus 4.7-4.8あたりで急に口調が口語的になった現象が受容できなかった。コミットを"切る"とか。逆に人間みたいな言葉遣いはしてほしくなかったり。
表面的には"ここでこういう表現はしないだろ" と "いくらなんでもお前(AI)そのワード好きすぎだろ"なんだが、後者は元が人間産でもAIが使えば使うほどAI語扱いされだすんで最終的に全てがAIになる
AI語の話なかなか面白い。AIとチャットしまくってると人間の言葉もAIに近づいていくかもしれない。
「視覴」を受容するの(違う)/それは「AI調文体」と言うべきかな。
AI語と言うか英文の技術書にありがちな表現・話術をどうやって自然な日本語表現に叩き直すか。今のは何やっても英文ベースの思考が第多数なんだし英語で書かせてからローカライズ(意訳)させるのがよくない?