アウトプット脳とユーザー価値脳の衝突はどこの現場でも見るやつ。問いの矛先を人に向けない仕組み作りが刺さる
違うものがズレるのは当たり前。逆に完全一致したらスゴイ。
ユーザー行動に関心が弱い組織ならA/Bテストとかの数値を追いかけるカルチャーを醸成するしかないんじゃないかな。
あとで
んでどうやったらユーザーが使ってくれる機能になるんだろうね。効果検証してるけどそもそもあたったことないわ
これは良い架け橋。ただここまで互いの価値観を理解して組織を動かせる人は激レアだし、それを推す経営もレアな認識
コンシューマーはプロジェクトが巨額化してるから、普通のディレクターは重責任に怯えてアウトプット脳特化になり、ユーザー価値思考を拒絶しがちよね…
わかる。 とても良い。
そもそも違うものなのでズレるとかいう話ではないような…価値を生みたければ顧客に聞くしかないと思うのだけれど。
無自覚のうちに手段が目的となってしまってるからなじゃないか?kubernetesの開発者の哲学無視して利用したり不用意にMicroserviceなんて組んだり、日本の小さな小さなサービスに対してOverengineeringで溢れている。
「アウトプット脳はサイクルが自己完結できるから楽」というのが一番の理由じゃないかな。価値を決めるのはユーザーとわかっていても、不確実なユーザー行動を指標にするのは辛い道だもの。
作るだけなら誰にでもできるからね
“企業にとって成果とは 1. 予定通りアウトプットを出すこと。 2. ユーザーが価値を受け取ること。企業はアウトプットを測定しがち。価値は小さな実験から始まる。価値志向を検証可能に(仮説->結果のPDCA)”
価値を生むKSFを作れる人をスーパーマンと呼びそう。手段と目的の連続性は認識しているのかもしれないが、その連続性を観測する能力の方が価値を生むKSFを作るよりもハードルが高いことに気づいているのだろうか。
「作ること」と「価値を生むこと」はなぜズレるのか:アウトプットと価値の断絶を乗り越える / Why "Building" and "Delivering Value" Diverge
アウトプット脳とユーザー価値脳の衝突はどこの現場でも見るやつ。問いの矛先を人に向けない仕組み作りが刺さる
違うものがズレるのは当たり前。逆に完全一致したらスゴイ。
ユーザー行動に関心が弱い組織ならA/Bテストとかの数値を追いかけるカルチャーを醸成するしかないんじゃないかな。
あとで
んでどうやったらユーザーが使ってくれる機能になるんだろうね。効果検証してるけどそもそもあたったことないわ
これは良い架け橋。ただここまで互いの価値観を理解して組織を動かせる人は激レアだし、それを推す経営もレアな認識
コンシューマーはプロジェクトが巨額化してるから、普通のディレクターは重責任に怯えてアウトプット脳特化になり、ユーザー価値思考を拒絶しがちよね…
わかる。 とても良い。
そもそも違うものなのでズレるとかいう話ではないような…価値を生みたければ顧客に聞くしかないと思うのだけれど。
無自覚のうちに手段が目的となってしまってるからなじゃないか?kubernetesの開発者の哲学無視して利用したり不用意にMicroserviceなんて組んだり、日本の小さな小さなサービスに対してOverengineeringで溢れている。
「アウトプット脳はサイクルが自己完結できるから楽」というのが一番の理由じゃないかな。価値を決めるのはユーザーとわかっていても、不確実なユーザー行動を指標にするのは辛い道だもの。
作るだけなら誰にでもできるからね
“企業にとって成果とは 1. 予定通りアウトプットを出すこと。 2. ユーザーが価値を受け取ること。企業はアウトプットを測定しがち。価値は小さな実験から始まる。価値志向を検証可能に(仮説->結果のPDCA)”
価値を生むKSFを作れる人をスーパーマンと呼びそう。手段と目的の連続性は認識しているのかもしれないが、その連続性を観測する能力の方が価値を生むKSFを作るよりもハードルが高いことに気づいているのだろうか。