「人間らしさは偏り」って指摘はかなりしっくりくる。チェックリスト的なアプローチの限界を感じてたから、この試みは面白い
自分の場合は過去にブログに書いた文章が大量にあるので、それを食わせて文体を真似させるだけで AI 臭さは簡単に消せると思っている。ニーズが無いので特にやらないが。
みんなそもそも「人がAIに書かせた文章を"なぜ"読みたくたいか?」という問いには答えられてないと思うけどテクニカルにはとても面白い問題設定だと思います!
a
AI出力独特の均質性は画像生成で実感。視線を誘導し構図や明暗を強調し抜くところは抜いてと口酸っぱく言っても聞く耳を持たない。結局バラ生成+レタッチに明け暮れる。文章も然りなので新しいやりかた興味深し。
これなー「英語統語の癖」
生成された文章、AIっぽいと思ってしまった。「> 名前が変わると数字が動く。」 とか、 「>構造は少し違っていて、そこに小さな段差があります。」とか、言い回しが独特なんだよね、なんでなんだろう。
AI臭の原因の大部分がAIは思考言語が英語または中国語で日本語の論理に従わない事が原因だから、本質的には訓練データの日本語が過半を占める基幹モデルをチューニングしないと消しようがない
“というのが直感です。でも数字は逆を示している。”もう全然AI臭い、というよりClaude臭い(フロンティアモデルの中で一番日本語がマシなのがClaudeなので仕方ない)/AI出力物を責任もって出す人を信用できる社会がい
今までで見た中でトップクラスにAIっぽくない。新聞とか上品な雑誌のしゃらくさいエッセイとして違和感がない
どうでもいいところを細かく説明してくるのはAI臭い気がする。それよりこのブログの同じ話が何度も出てくるのはAIに校正させたほうがいい
題材に対しての熱量や体験のユニークさが面白さに繋がると思うのだが、AI記事はそこを均してしまいドキュメントやデータを解説しただけの文章になるからでしょ?かあいがもんの日記みたく再読したくなるか?って話で
ボクの毛並みみたいに自然な文章を作るために、一生懸命工夫してるんだね!難しいことはよく分からないけど、ボクの肉球で画面をポンと押して応援するにゃ!
ものすごく申し訳ないけどAI以前に読みにくくて目が滑る。文末の統一がされてなく、数字も漢数字とアラビアが混じる。全部読めなかった。
ユニバレ(UNIQLOを着ている事がバレる、今ならGUかしまむら)みたい、AI(UNIQLO)ユーザーにしかAI(UNIQLO)くささがバレない。
ぼく個人はAIぽいから読みたくないって昔の○○風の文体が受け付けないなのと同じだと思ってる。なんで内容を吟味せず文体に怒るのかいつも理解が追いつかない笑
鍵カッコを多用してるとAIにしか見えない…
AIの文章よりご自身の書かれた「具体の執筆された」とか「自腹を吐いて」が気になって仕方ない。これだけ日本語に向き合ってる人が間違えるはずない、コレはこれでアリなのか?とか…そういう方向での人間らしさ?
てか世にあるAIくさい文章って特定文体の訓練させてないだけ(モデルの文体をそのまま使っているだけ)でしょ。いろいろ話の前提がおかしい。
AIか人間かに関わらず、無駄に長い上に全然本論に入らずに無関係な話してるような文章は嫌い。軽薄な文体で思いついた順に書いてるこんな文より、AIが書いた解説を読んだ方がマシ。
AI臭い文章が嫌、というよりAIアウトプットを校閲なしに出されたときの蔑ろにされた感じが嫌なんだと思ってる
皆、AIくさい文章ってよく判別出来るな
AIが出た頃に一時期流行った村上春樹文体みたいに特定の作家の文体を入れてさらにAIに推敲してもらうとAI臭が消えるんじゃないかとふと思うなどした(試してはいない)
むかし英文を授業で訳したみたいな文章書くのはやったなあ。
敬体とだ・であるの混交は、読み手によってはなかりストレスになるので、事例としてどうかなと
Amazonのマケプレで怪しい日本語の商品は即スルーするのと同じで、AI臭いのは足切り対象なんだよな。いちいち吟味なんてしてられないから。
"まだまだAI臭い部分はありますが" 著者もこれで完璧だと言ってるんじゃないだろう/AI臭さの感じ方はマジで人によるんだよな ちなみにAI使い倒してる奴の方がAI文を見慣れてるんで敏感という調査はいくつかある
AI臭さの正体は「おもしろくない」だから。
凄く読みにくかった。GPT-5.6 Sola に「背景・目的・結論のレポート形式でまとめて」ってお願いしたところ、「目的に対する結論までの道筋が整理されていないため、非常に伝わりにくくなっています」とのこと
ごめん、目が滑って全部文章読めなかった。言いたいことはわかるんだけど、そもそもの筆者の文筆能力が低いので、AI云々の前に内容が頭に入ってこない。
生成AIはエピソードトークが苦手。逆に言えば、そこだけ2つぐらい人間が書けば一気に人間っぽくなる印象。
人間が書いたのに「AIみたい」って言われることが褒め言葉になる界隈もどこかにあるんじゃないか的なことを一瞬考えてみた。
ということを書いてるこの記事自体もAI作成なんだろうな、とか思った瞬間に読む気無くした
大まかには6つの仕組みでAI臭さを除いています。1.まなざしの再現 2.再帰的推論リサーチ 3.プロンプト 4.自己点検ループ 5.静的検知 6.揺らぎを作る。解決できなかった課題:英語統語の癖
いや、Claudeってフロンティアモデルの中で一番日本語が下手だよ
思考を凝らせた、って趣向を凝らしたの間違いじゃないの?と一旦ケチをつけて、念のため検索したら、青空文庫全文検索で2件、国会図書館デジタルコレクションだと約1,700件ヒットした。私が悪かったです。
AIの学習元となるネットに転がっている日本語文章の中にも英語直訳調がごろごろ転がっているから完全な駆除は難しい
APIに払うお金で資料を買って自分で読んで書くんじゃだめなの?
500円のくだりなんで2回言ったすぎますね
出力されたものは、お題から完全にずれてるし、中身のない言い回しが散見されるし、「育児」「子育て」の違いに説得力がないし、いきなり話が飛ぶし、全体として何を言いたいのか謎。これはAI臭を消そうとした結果?
なんか同じセクションが繰り返されてないか? 何を読んでるのかよく分からなくなった。noteの表現力の限界かもだが。それと「生活者」とは「各一個人」という意味なので、なろうとしてなるものではないです。
AIっぽいのはテキストで何となくあれ?って思うけど、システムの設定とか操作の解説を検索してヒットした記事に画面のスクリーンショットが1つもない、とかからも感じる。雑な量産記事で信用に値しない感
まだ残ってる「ここがAI臭いよね」って部分を編集して、diff作ったら「その人が思うAI臭さ」が抽出できそう。言い回しの面であって、論理部分ではないけど
「AIくささ」が一種の文体になっているのだから、ほれを打ち消すのではなく、「好みの文体」を書けるようにするほうがよほど生産的なような…。手段の目的化を感じる。
この人は「」がないと生きていけないタイプの人なんだとAIも理解してくれたのかな
ガチプロのライターや編集者が開発して、彼らが認めるクオリティならいいけど、このぐらいだとまだ誤差範囲かと。今の時点では、自分で修正・校正した方が早くて確実。
結論から言うとこのツール、かなり筋がいいです。AI臭くない文章を書きたい人たちに刺さります。これを押さえれば勝ちです。
なぜ、AIより読みにくい文章を書く人ほどAI臭さを嫌うのか
”AIアウトプットを校閲なしに出されたときの蔑ろにされた感じ” これofこれ。わかる。会社でもまんまAIに書かせてお前考えてないだろ、ちょっと添削入れただけだろで全部こちらに負担押し付けるやつが嫌い。
確かに読みにくい…。書き終わったら分かりやすさのために章を入れ替えたり、結論を先に持ってきたりして、ストーリーとして次に何が来るか想像しやすくするものだと思う。逆に?AIにこれができたら面白いのかも。
なんで意地でもAIに丸投げして、ゴミの悪臭をマスクしたゴミを作りたがるのかが理解できない。まともなものが書きたいなら、AIと壁打ちに徹して「自分の頭と手で」書けばできるじゃんっていう。
AI臭さ以前に、論点の分類や情報設計が整理できておらず、同じ説明の反復で読みにくい。まずはMECEな章立てと編集で重複を削るべき。AI対策より先に人間向けの校正が必要。
「完全に自分専用の実験ツールを作ってみたからみんな見て!」ってことね。「その種類の文章をわざわざAIに書かせること」自体があんまり共感できないやつ
AIに書かせた文章だってバレるのが嫌ってのは、 知人に書かせた読書感想文だとバレないようにってのと同じ感じなんだろうか
子供の頃からAIとばかりコミュニケーションしてると書く文章もそっちに寄るんだろうか。将来的に、自然な文章=AI出力文章になる?
定量的な計測や専門的な知見がないから、AI生成物が人間にとっての良いものか悪いのものかもわからずに、(AIの賢さ引き出せてないのに)自分が頑張ったから、賢いAIが出したから、と勘違いしちゃう典型的なやつだ。
公開場所をブログ以外にするだけで済むこと。「AI臭さとは何か」を考えるだけで出る答え。「エディターとは何か」も考えてみては。
「AI臭くない文章」を書かせることができる執筆エディタを作った|なつ (生活者/デザイナー/リサーチャー)
「人間らしさは偏り」って指摘はかなりしっくりくる。チェックリスト的なアプローチの限界を感じてたから、この試みは面白い
自分の場合は過去にブログに書いた文章が大量にあるので、それを食わせて文体を真似させるだけで AI 臭さは簡単に消せると思っている。ニーズが無いので特にやらないが。
みんなそもそも「人がAIに書かせた文章を"なぜ"読みたくたいか?」という問いには答えられてないと思うけどテクニカルにはとても面白い問題設定だと思います!
a
AI出力独特の均質性は画像生成で実感。視線を誘導し構図や明暗を強調し抜くところは抜いてと口酸っぱく言っても聞く耳を持たない。結局バラ生成+レタッチに明け暮れる。文章も然りなので新しいやりかた興味深し。
これなー「英語統語の癖」
生成された文章、AIっぽいと思ってしまった。「> 名前が変わると数字が動く。」 とか、 「>構造は少し違っていて、そこに小さな段差があります。」とか、言い回しが独特なんだよね、なんでなんだろう。
AI臭の原因の大部分がAIは思考言語が英語または中国語で日本語の論理に従わない事が原因だから、本質的には訓練データの日本語が過半を占める基幹モデルをチューニングしないと消しようがない
“というのが直感です。でも数字は逆を示している。”もう全然AI臭い、というよりClaude臭い(フロンティアモデルの中で一番日本語がマシなのがClaudeなので仕方ない)/AI出力物を責任もって出す人を信用できる社会がい
今までで見た中でトップクラスにAIっぽくない。新聞とか上品な雑誌のしゃらくさいエッセイとして違和感がない
どうでもいいところを細かく説明してくるのはAI臭い気がする。それよりこのブログの同じ話が何度も出てくるのはAIに校正させたほうがいい
題材に対しての熱量や体験のユニークさが面白さに繋がると思うのだが、AI記事はそこを均してしまいドキュメントやデータを解説しただけの文章になるからでしょ?かあいがもんの日記みたく再読したくなるか?って話で
ボクの毛並みみたいに自然な文章を作るために、一生懸命工夫してるんだね!難しいことはよく分からないけど、ボクの肉球で画面をポンと押して応援するにゃ!
ものすごく申し訳ないけどAI以前に読みにくくて目が滑る。文末の統一がされてなく、数字も漢数字とアラビアが混じる。全部読めなかった。
ユニバレ(UNIQLOを着ている事がバレる、今ならGUかしまむら)みたい、AI(UNIQLO)ユーザーにしかAI(UNIQLO)くささがバレない。
ぼく個人はAIぽいから読みたくないって昔の○○風の文体が受け付けないなのと同じだと思ってる。なんで内容を吟味せず文体に怒るのかいつも理解が追いつかない笑
鍵カッコを多用してるとAIにしか見えない…
AIの文章よりご自身の書かれた「具体の執筆された」とか「自腹を吐いて」が気になって仕方ない。これだけ日本語に向き合ってる人が間違えるはずない、コレはこれでアリなのか?とか…そういう方向での人間らしさ?
てか世にあるAIくさい文章って特定文体の訓練させてないだけ(モデルの文体をそのまま使っているだけ)でしょ。いろいろ話の前提がおかしい。
AIか人間かに関わらず、無駄に長い上に全然本論に入らずに無関係な話してるような文章は嫌い。軽薄な文体で思いついた順に書いてるこんな文より、AIが書いた解説を読んだ方がマシ。
AI臭い文章が嫌、というよりAIアウトプットを校閲なしに出されたときの蔑ろにされた感じが嫌なんだと思ってる
皆、AIくさい文章ってよく判別出来るな
AIが出た頃に一時期流行った村上春樹文体みたいに特定の作家の文体を入れてさらにAIに推敲してもらうとAI臭が消えるんじゃないかとふと思うなどした(試してはいない)
むかし英文を授業で訳したみたいな文章書くのはやったなあ。
敬体とだ・であるの混交は、読み手によってはなかりストレスになるので、事例としてどうかなと
Amazonのマケプレで怪しい日本語の商品は即スルーするのと同じで、AI臭いのは足切り対象なんだよな。いちいち吟味なんてしてられないから。
"まだまだAI臭い部分はありますが" 著者もこれで完璧だと言ってるんじゃないだろう/AI臭さの感じ方はマジで人によるんだよな ちなみにAI使い倒してる奴の方がAI文を見慣れてるんで敏感という調査はいくつかある
AI臭さの正体は「おもしろくない」だから。
凄く読みにくかった。GPT-5.6 Sola に「背景・目的・結論のレポート形式でまとめて」ってお願いしたところ、「目的に対する結論までの道筋が整理されていないため、非常に伝わりにくくなっています」とのこと
ごめん、目が滑って全部文章読めなかった。言いたいことはわかるんだけど、そもそもの筆者の文筆能力が低いので、AI云々の前に内容が頭に入ってこない。
生成AIはエピソードトークが苦手。逆に言えば、そこだけ2つぐらい人間が書けば一気に人間っぽくなる印象。
人間が書いたのに「AIみたい」って言われることが褒め言葉になる界隈もどこかにあるんじゃないか的なことを一瞬考えてみた。
ということを書いてるこの記事自体もAI作成なんだろうな、とか思った瞬間に読む気無くした
大まかには6つの仕組みでAI臭さを除いています。1.まなざしの再現 2.再帰的推論リサーチ 3.プロンプト 4.自己点検ループ 5.静的検知 6.揺らぎを作る。解決できなかった課題:英語統語の癖
いや、Claudeってフロンティアモデルの中で一番日本語が下手だよ
思考を凝らせた、って趣向を凝らしたの間違いじゃないの?と一旦ケチをつけて、念のため検索したら、青空文庫全文検索で2件、国会図書館デジタルコレクションだと約1,700件ヒットした。私が悪かったです。
AIの学習元となるネットに転がっている日本語文章の中にも英語直訳調がごろごろ転がっているから完全な駆除は難しい
APIに払うお金で資料を買って自分で読んで書くんじゃだめなの?
500円のくだりなんで2回言ったすぎますね
出力されたものは、お題から完全にずれてるし、中身のない言い回しが散見されるし、「育児」「子育て」の違いに説得力がないし、いきなり話が飛ぶし、全体として何を言いたいのか謎。これはAI臭を消そうとした結果?
なんか同じセクションが繰り返されてないか? 何を読んでるのかよく分からなくなった。noteの表現力の限界かもだが。それと「生活者」とは「各一個人」という意味なので、なろうとしてなるものではないです。
AIっぽいのはテキストで何となくあれ?って思うけど、システムの設定とか操作の解説を検索してヒットした記事に画面のスクリーンショットが1つもない、とかからも感じる。雑な量産記事で信用に値しない感
まだ残ってる「ここがAI臭いよね」って部分を編集して、diff作ったら「その人が思うAI臭さ」が抽出できそう。言い回しの面であって、論理部分ではないけど
「AIくささ」が一種の文体になっているのだから、ほれを打ち消すのではなく、「好みの文体」を書けるようにするほうがよほど生産的なような…。手段の目的化を感じる。
この人は「」がないと生きていけないタイプの人なんだとAIも理解してくれたのかな
ガチプロのライターや編集者が開発して、彼らが認めるクオリティならいいけど、このぐらいだとまだ誤差範囲かと。今の時点では、自分で修正・校正した方が早くて確実。
結論から言うとこのツール、かなり筋がいいです。AI臭くない文章を書きたい人たちに刺さります。これを押さえれば勝ちです。
なぜ、AIより読みにくい文章を書く人ほどAI臭さを嫌うのか
”AIアウトプットを校閲なしに出されたときの蔑ろにされた感じ” これofこれ。わかる。会社でもまんまAIに書かせてお前考えてないだろ、ちょっと添削入れただけだろで全部こちらに負担押し付けるやつが嫌い。
確かに読みにくい…。書き終わったら分かりやすさのために章を入れ替えたり、結論を先に持ってきたりして、ストーリーとして次に何が来るか想像しやすくするものだと思う。逆に?AIにこれができたら面白いのかも。
なんで意地でもAIに丸投げして、ゴミの悪臭をマスクしたゴミを作りたがるのかが理解できない。まともなものが書きたいなら、AIと壁打ちに徹して「自分の頭と手で」書けばできるじゃんっていう。
AI臭さ以前に、論点の分類や情報設計が整理できておらず、同じ説明の反復で読みにくい。まずはMECEな章立てと編集で重複を削るべき。AI対策より先に人間向けの校正が必要。
「完全に自分専用の実験ツールを作ってみたからみんな見て!」ってことね。「その種類の文章をわざわざAIに書かせること」自体があんまり共感できないやつ
AIに書かせた文章だってバレるのが嫌ってのは、 知人に書かせた読書感想文だとバレないようにってのと同じ感じなんだろうか
子供の頃からAIとばかりコミュニケーションしてると書く文章もそっちに寄るんだろうか。将来的に、自然な文章=AI出力文章になる?
定量的な計測や専門的な知見がないから、AI生成物が人間にとっての良いものか悪いのものかもわからずに、(AIの賢さ引き出せてないのに)自分が頑張ったから、賢いAIが出したから、と勘違いしちゃう典型的なやつだ。
公開場所をブログ以外にするだけで済むこと。「AI臭さとは何か」を考えるだけで出る答え。「エディターとは何か」も考えてみては。