理解負債はどう考えるんだろう
レビューされる側もAIに修正させてるんだし、印鑑程度の意味しかないと思ってる。無駄だからさっさと滅んで欲しい。
もはやプログラムを理解する必要は無いとこまで来てるって感想。10年後のプログラマーとはどんな仕事だろうか?
“シニアエンジニアが PR を見るとき、頭の中で何を、どんな順番で、どこに照らして見ているか。これを書き出せる組織と、書き出せない組織のあいだに、品質とスピードの新しい格差が生まれます”
高級言語とコンパイラが普通に使われるようになった頃、「コンパイラにバグがあったらどうする」と機械語を1語1語チェックする人たちがいたものだが、もう誰もやらない。これが1階層上がったのが今。
責任分担は?
いつでもいつまでもAIが使えるといいな/ちなみに品質保証はレビューではないしレビューは承認でもテストでもない
コードは人が書かない読まないレビューもしない。AIが全部やる。可読性とか不要なので効率、性能だけを求めるコードだけになる将来?高級言語不要??しらんけど。
レビュー観点なんてどこも大体一緒なんでそのうち公式が95点くらいのレビュースキル出すだろうと思ってたけど出ないので今のAIには無理なんだと思ってる。
生成AIを再現性があるコンパイラに例えるな高校校歌
今のAIをそのレベルで信頼するのは無謀だと思う。本番環境で障害が起きてから見たこともないソースを追っても復旧できない。
最初からこの発想で始まるアプリは増えるだろうが既存のものがこうなっていく勇気をみんな持てるんだろうか
コードレビューの観点って、大きく分けて、人の意図と合っているか、と、コードとして適切か、の2つがあるかと思ってるけど、後者は生成AIでかなり精度良い。自分では前者と生成AIが作った後者の内容の評価、くらいに
レビューやってもやらなくてもいい。ただし責任はあるからな?
AIが責任取ってくれるならいいんじゃね?
コードレビューはシニアの育成でもあるのよ、過半はAIに任せるとしても人間が関与しない状況はいつしか破綻する。AIで全て賄える程度の品質でよければ好きにすれば良いが。
ハッキング手法が分かってるという前提だったら何をかいわんやなんだけど。
じゃ、使うのもAIにすればいいじゃん。人間は疎外される。マルクスの言うとおりだ。
仮に生成AI任せで一切のプログラミングをやって不具合が出た場合、このブロブ主が責任取ってくれる訳でもないからなw。こういう急進的な意見に耳を貸す必要は無い。
責任て謝罪担当のこと?
コードレビューはAIでいいんだけどさ、それでも「これはどうする?」っていう仕様や設計や方針の判断が大量に渡されるので全然それだけでコスト増というか大変なんだよね、即断できないことも多いし
これを経営者が読むと「コードレビューはAIに丸投げしろ、シニアエンジニアはいらない」になってしまう。
言語化というと言葉にするだけというニュアンスだが、実際はそれはほとんど研究に近い。分かっているけど言葉にできてないのではなく、言葉にできてないのはよくわかってないから
コードレビューさえもAIに任せたらクビにされる人ここに大量にいるだろ
広木さんにしては観念的で踏み込みの弱い記事だな / 人間がコードを全然見ないとして、では AI は実践的モデラーになれるのか?
一周回って、自然言語では意図を正確に表現できないみたいな問題は発生しないんだろうか
レビューを3並列させてるけど、コストがなー。もっと並列駆動に特化したエージェントが欲しい。サブエージェントのコストをもっと切り詰めたい。
監視カメラの画像をAIで拡大みたいな話もあったけど、結局AIは元のプロンプトにない情報を学習データから補完してるのでそれがほんとうに正しいのか確認する作業が絶対に必要だと思うんだよね
どこまでクリティカルな業務かによるよな
某AIプロダクトはFalse Positive出まくるので採用見送ったりした
文体は直してるけど、内容はAIが書いてるんじゃないかな?ふわっとしてて概念的すぎる。現場で動かしたことがある手法じゃなさそう。
「シニアが最後に見るから大丈夫」←レビュアにそんな責任が負わされていたのか。怖いな。というか、それならシニアが直接生成AIを使えばいい、ってなりそうだな。人は育たないが。
コードレビューは要らないけどプロンプトレビューしたほうがいいような予感はある
なんかあった時AIが責任を取ってくれたらいいですね
勘定とか科学計算とか正しさを担保する必要があるとこはどうなるかなあ
コードレビュー原理主義者こそ人力チェックを好むよな。そしてPR細分化にも異常なこだわりを見せる。
つい最近もこんな事があったわけで、「設計」の確認だけでは見落としがありそう>「Codex」がSSDを酷使? 年間換算で約640TB書き込み、寿命を1年足らずで使い切るおそれhttps://forest.watch.impress.co.jp/docs/serial/yajiuma/2119473.html
レビューもAIの領域になる。自己責任で使っていたはずのOSSライブラリの中身を把握できていない時点で誰がどこまで責任を持つかを考えると。。「観点を細かく分けて並列に走らせる、スイスチーズモデルで多層に防ぐ」
航空のスイスチーズモデルって事故が発生する原因を説明する(それぞれの層に穴があれば何重にしても事故は起こる)ものだけど、それを目指して良いのだろうか・・・?
めくら判最強
人間レビューとAIレビュー併用したらいいじゃん。なぜ0/1みたいな話になるのか。頭ノイマンか?
ただし責任を取るのは人間である
問題起きた時にAIが責任取ってくれるようになればいいな。
コードレビューの解体 スイスチーズモデル
過渡期なのだろうかという気持ちではある。結局は最終的な成果物に責任を持つ必要があるので、結果への信頼がどの程度になるのかとか、不具合があった場合のリスクをどの程度許容するのかなどになってくるのでは
まあいいんだけど、「AIで何でもできる時代にユーザーはどうしてうちのソフトウェアやシステムを買ってくれるのか?(何に価値を感じてお金を払ってくれているのか?)」はマジメに考えた方がいいんだろうなとか思う
別にいいけどなんかあった時のケツは自分で拭けよ。だいたい「AIが出してきたんで」で逃げるからな。
レビュー視点をあらかじめ列挙しておいてタスク毎に複数のレビューエージェント召喚して多層モデル構築してる。問題はAIが構造化済の課題で学習されてることなので、問いそのものを疑えるようになれば解決する。
レビュー観点が明確であれば、「その観点をクリアしているか」を事前にコーディングエージェントに評価させればいいのはそう
仕事がプログラマーからAI調教師になるだけだったり。人間のタスクがよりややこしく抽象化されてくんだろうな。/ごめん、高度なコピペツールだって根本を外さない方がいいとは思うよ。
今のポジションで目一杯カッコいいことを言っとく、周りも同類だからウケるし、それ自体で元取れる、いずれ別の会社に移るってNewspicsというメデイアでは一番親和性の高いパターンだな。
AI使ってゴリゴリ開発やってるけど、人間のレビュー抜きは危険すぎるよ。場当たり的な修正や後方互換性を考えない修正をするし、AIレビュー側もそこまで指摘しなくて良いのにという指摘をしてくる。
ビッグテックやユニコーンでもAIレビューは回すけど最後は人がレビューする方針みたいだし、SWE-PRBenchでも人のレビューにはまだ及ばないという結果になっているに幻想と言うには早すぎると思う。https://arxiv.org/pdf/2603.26130
AI のレビューが 100% 信用できないものだとして他人の目は、自分の目はどれだけ信用できるのかな。 どっちも 100% 信用できないなら併用すればいいよね。
以前の技術は決定的だといってるやつはあまいだろ。AIと比較したらより決定的くらいは言えるけど。
コードレビューなんて不要でしょう。時間がかかって低品質。それよりも出口のテストケースをいかに漏れなくするかのほうが大切。
人間がボトルネックになるんなら、俺はそれでいいと思う。そのボトルネックの広さは組織によるだろうけれど、認知できる範囲を超えたものを作り出しても手に負えなくなるだけではないだろうか?
人間のコードレビューが不要になれば、人間に読みやすいコードを生成する必要もなくなるし、いろいろ効率はよくなるとは思うけど、残念ながらまだそういうレベルには達してない
どこまでリスクを負えるかでしかない。何か問題があったときに、「AIのレビューでチェックしきれなかったね誰のせいでもないよ」と経営陣が思えるならいいんじゃない?(反語)
ベテランの観点をAIに落とし込んで多層ハーネスの仕組みにして属人化を解消しようねって話。でもタイトルのせいかな、「人間は不要」と読めちゃうのが非常に良くないと思った。
コンパイラ云々から周回した感。要は責任の所在。
ループエンジニアリングによりLLM側で設計→開発→実装→テスト→レビュー→設計を回し続けることでだいぶマシにはなるが、結局LLMに再現性がない以上、最後に人間がチェックする羽目にはなる。
提供時の品質保証に時間と金かけるよりも不具合対応にかけたほうが効率いい
レビューは誰がやってもいい、人間でもAIでもいい。あとは意図をどれだけ伝えられるかだよ。新人教育と変わらん。新人がどれほど優秀でも、ドメイン知識を刷り込むには高度な引き継ぎ資料が要る。
まあ、今はAIが出す出力の品質にばらつきがあるから複雑になってる。そもそもAIが書いたものをAIでレビューするというのはナンセンス。でも、やるとマシになるという現実があって過渡期だと思う。品質保証の方が重要。
コンパイラやインタープリタは決定論的な実行だけど、現状のLLMは非決定論的な尤度モデル。でも人間の仕事はどちらかというと後者に近いので自分はhuman in the loopの human部分がハーネスに置換されていくのは必然だと思う
日常的にAIコード生成をしていて思うことは、最後に残る課題はAIと人のワーキングメモリの差なのではと思う。長名の命名や、大量のフラグ管理等はAIは簡単に読み書きできるが人には出来ない。それを許容するか否か
ざっと眺めて、言語化し難い、何となく気持ち悪い、違和感があるみたいなことはあると思うけどね。暗黙知を形式知化するのって大変ではある。
「誰も読んでないコードは本番で障害あったときに困る」って言う人よく言うけど、みなさんだって誰が書いたか分からない/書いた奴がとっくに辞めてるコードが起因で障害おきたの直すことぐらいあるでしょ
もうコードより成果物にこだわる時代だよ。エンジニアより専門職が作るものが評価される。
問題でたときの説明責任のためなのかねぇ。人間がレビューしなくて問題が起こるリスクの影響度と発生確率が許容リスクの範囲内という判断ならレビューしなくてよいかもね。リスクはゼロにならないし。
データベースが消し飛んで、ごめんなさいで済むのであればAIだけでいいだろうね。障害対応のポストモーテムすらしない組織では、そもそも課題の難しさを理解していないのだろうな。
人間にできるのは責任を取ることだと思うので、そのためにレビュー必須と思います。間違い多々ありますし。オブジェクト指向の方向性の変遷(再利用しやすい作り→自動テストしやすい作り)とかももっと考察した方が。
どうして動いているのか誰も知らないプログラムの責任を取らなきゃならんのか。そりゃ大変だ(他人事)
コードレビューといいつつ設計のレビューしてる(してくれてる)レビュアーもいるからなあ。形式論的レビューならAIでよいというか、属人要素を排除すると形式論的レビューになるという。。。
「AIのコードを人間が読むに必要がない」系の記事は読まずにクソ記事認定して良いことになっている
異常に業務ドメインの強い領域、超重要なOSSのコアロジックとか以外は人間レビュー滅ぶと思います。理由はAIに書き直させる・AIにレビューさせる方が安くて圧倒的に速いからです
人が死なないモノ・サービスについては、(設計を詰めたうえで)AIによるコードレビューでいいと思うけど、人の安全性に関わるものは人がしたほうがいいのでは。バグが顕在化したので直します、じゃすまない。
ちょうど牛尾っちが真逆のこと言うてたな https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/simplearchitect/n/n25ffaadb6cf2
こういう議論してる間にAIが飛び越えていってしまうんだ
コンパイラの挙動チェックやマシン語のレビューが行われないのと同様に、人力でのコードレビューも廃れていくのだろう
現状よく使われる賢いAIに、再現性が無いのは明らかなのに、このようなことを書けるのはすごい
担当してる案件だとジュニアはいなくて全員30代以降の開発経験ある人達がしっかりAIと壁打ちして作るのでコードレビューは10分以内に終わる。ジュニアに作らせないと早くていいから全員おっさんしかいない。
https://arstechnica.com/gadgets/2026/06/how-to-burst-the-ai-bubble-strike-at-its-roots/ の「逆ケンタウロス」論(「LLMで思考強化つよつよ」というケンタウルスではなく、「LLMに使われる」逆ケンタウルス化する)は思い出しちゃうな。
最近この手の話題よく見るけど、コードレビューが形骸化してる現場ってそんなに多いの? / 絶対逸脱してほしくないからと細かく具体的に書いた手順すら守れないAIに何でもかんでも手放しで任せられるわけないよね
コードレビューで最も価値があるのは本当にその仕様・その挙動でいいのかをシニアが確認するという点だと思う。本来はもっと前の要件定義で決まってないといけないのだが実際は実装されるまで気づけないものも多い。
"人間は品質を担保できないけどAIはできる" と主張してるように思えるけどマジ? ソフトウェアの品質ってソフトウェ工学最大の難問で未だ誰も正解を出せてないんだけど
「コードレビューは人間がやるべき」 という、最後の幻想
理解負債はどう考えるんだろう
レビューされる側もAIに修正させてるんだし、印鑑程度の意味しかないと思ってる。無駄だからさっさと滅んで欲しい。
もはやプログラムを理解する必要は無いとこまで来てるって感想。10年後のプログラマーとはどんな仕事だろうか?
“シニアエンジニアが PR を見るとき、頭の中で何を、どんな順番で、どこに照らして見ているか。これを書き出せる組織と、書き出せない組織のあいだに、品質とスピードの新しい格差が生まれます”
高級言語とコンパイラが普通に使われるようになった頃、「コンパイラにバグがあったらどうする」と機械語を1語1語チェックする人たちがいたものだが、もう誰もやらない。これが1階層上がったのが今。
責任分担は?
いつでもいつまでもAIが使えるといいな/ちなみに品質保証はレビューではないしレビューは承認でもテストでもない
コードは人が書かない読まないレビューもしない。AIが全部やる。可読性とか不要なので効率、性能だけを求めるコードだけになる将来?高級言語不要??しらんけど。
レビュー観点なんてどこも大体一緒なんでそのうち公式が95点くらいのレビュースキル出すだろうと思ってたけど出ないので今のAIには無理なんだと思ってる。
生成AIを再現性があるコンパイラに例えるな高校校歌
今のAIをそのレベルで信頼するのは無謀だと思う。本番環境で障害が起きてから見たこともないソースを追っても復旧できない。
最初からこの発想で始まるアプリは増えるだろうが既存のものがこうなっていく勇気をみんな持てるんだろうか
コードレビューの観点って、大きく分けて、人の意図と合っているか、と、コードとして適切か、の2つがあるかと思ってるけど、後者は生成AIでかなり精度良い。自分では前者と生成AIが作った後者の内容の評価、くらいに
レビューやってもやらなくてもいい。ただし責任はあるからな?
AIが責任取ってくれるならいいんじゃね?
コードレビューはシニアの育成でもあるのよ、過半はAIに任せるとしても人間が関与しない状況はいつしか破綻する。AIで全て賄える程度の品質でよければ好きにすれば良いが。
ハッキング手法が分かってるという前提だったら何をかいわんやなんだけど。
じゃ、使うのもAIにすればいいじゃん。人間は疎外される。マルクスの言うとおりだ。
仮に生成AI任せで一切のプログラミングをやって不具合が出た場合、このブロブ主が責任取ってくれる訳でもないからなw。こういう急進的な意見に耳を貸す必要は無い。
責任て謝罪担当のこと?
コードレビューはAIでいいんだけどさ、それでも「これはどうする?」っていう仕様や設計や方針の判断が大量に渡されるので全然それだけでコスト増というか大変なんだよね、即断できないことも多いし
これを経営者が読むと「コードレビューはAIに丸投げしろ、シニアエンジニアはいらない」になってしまう。
言語化というと言葉にするだけというニュアンスだが、実際はそれはほとんど研究に近い。分かっているけど言葉にできてないのではなく、言葉にできてないのはよくわかってないから
コードレビューさえもAIに任せたらクビにされる人ここに大量にいるだろ
広木さんにしては観念的で踏み込みの弱い記事だな / 人間がコードを全然見ないとして、では AI は実践的モデラーになれるのか?
一周回って、自然言語では意図を正確に表現できないみたいな問題は発生しないんだろうか
レビューを3並列させてるけど、コストがなー。もっと並列駆動に特化したエージェントが欲しい。サブエージェントのコストをもっと切り詰めたい。
監視カメラの画像をAIで拡大みたいな話もあったけど、結局AIは元のプロンプトにない情報を学習データから補完してるのでそれがほんとうに正しいのか確認する作業が絶対に必要だと思うんだよね
どこまでクリティカルな業務かによるよな
某AIプロダクトはFalse Positive出まくるので採用見送ったりした
文体は直してるけど、内容はAIが書いてるんじゃないかな?ふわっとしてて概念的すぎる。現場で動かしたことがある手法じゃなさそう。
「シニアが最後に見るから大丈夫」←レビュアにそんな責任が負わされていたのか。怖いな。というか、それならシニアが直接生成AIを使えばいい、ってなりそうだな。人は育たないが。
コードレビューは要らないけどプロンプトレビューしたほうがいいような予感はある
なんかあった時AIが責任を取ってくれたらいいですね
勘定とか科学計算とか正しさを担保する必要があるとこはどうなるかなあ
コードレビュー原理主義者こそ人力チェックを好むよな。そしてPR細分化にも異常なこだわりを見せる。
つい最近もこんな事があったわけで、「設計」の確認だけでは見落としがありそう>「Codex」がSSDを酷使? 年間換算で約640TB書き込み、寿命を1年足らずで使い切るおそれhttps://forest.watch.impress.co.jp/docs/serial/yajiuma/2119473.html
レビューもAIの領域になる。自己責任で使っていたはずのOSSライブラリの中身を把握できていない時点で誰がどこまで責任を持つかを考えると。。「観点を細かく分けて並列に走らせる、スイスチーズモデルで多層に防ぐ」
航空のスイスチーズモデルって事故が発生する原因を説明する(それぞれの層に穴があれば何重にしても事故は起こる)ものだけど、それを目指して良いのだろうか・・・?
めくら判最強
人間レビューとAIレビュー併用したらいいじゃん。なぜ0/1みたいな話になるのか。頭ノイマンか?
ただし責任を取るのは人間である
問題起きた時にAIが責任取ってくれるようになればいいな。
コードレビューの解体 スイスチーズモデル
過渡期なのだろうかという気持ちではある。結局は最終的な成果物に責任を持つ必要があるので、結果への信頼がどの程度になるのかとか、不具合があった場合のリスクをどの程度許容するのかなどになってくるのでは
まあいいんだけど、「AIで何でもできる時代にユーザーはどうしてうちのソフトウェアやシステムを買ってくれるのか?(何に価値を感じてお金を払ってくれているのか?)」はマジメに考えた方がいいんだろうなとか思う
別にいいけどなんかあった時のケツは自分で拭けよ。だいたい「AIが出してきたんで」で逃げるからな。
レビュー視点をあらかじめ列挙しておいてタスク毎に複数のレビューエージェント召喚して多層モデル構築してる。問題はAIが構造化済の課題で学習されてることなので、問いそのものを疑えるようになれば解決する。
レビュー観点が明確であれば、「その観点をクリアしているか」を事前にコーディングエージェントに評価させればいいのはそう
仕事がプログラマーからAI調教師になるだけだったり。人間のタスクがよりややこしく抽象化されてくんだろうな。/ごめん、高度なコピペツールだって根本を外さない方がいいとは思うよ。
今のポジションで目一杯カッコいいことを言っとく、周りも同類だからウケるし、それ自体で元取れる、いずれ別の会社に移るってNewspicsというメデイアでは一番親和性の高いパターンだな。
AI使ってゴリゴリ開発やってるけど、人間のレビュー抜きは危険すぎるよ。場当たり的な修正や後方互換性を考えない修正をするし、AIレビュー側もそこまで指摘しなくて良いのにという指摘をしてくる。
ビッグテックやユニコーンでもAIレビューは回すけど最後は人がレビューする方針みたいだし、SWE-PRBenchでも人のレビューにはまだ及ばないという結果になっているに幻想と言うには早すぎると思う。https://arxiv.org/pdf/2603.26130
AI のレビューが 100% 信用できないものだとして他人の目は、自分の目はどれだけ信用できるのかな。 どっちも 100% 信用できないなら併用すればいいよね。
以前の技術は決定的だといってるやつはあまいだろ。AIと比較したらより決定的くらいは言えるけど。
コードレビューなんて不要でしょう。時間がかかって低品質。それよりも出口のテストケースをいかに漏れなくするかのほうが大切。
人間がボトルネックになるんなら、俺はそれでいいと思う。そのボトルネックの広さは組織によるだろうけれど、認知できる範囲を超えたものを作り出しても手に負えなくなるだけではないだろうか?
人間のコードレビューが不要になれば、人間に読みやすいコードを生成する必要もなくなるし、いろいろ効率はよくなるとは思うけど、残念ながらまだそういうレベルには達してない
どこまでリスクを負えるかでしかない。何か問題があったときに、「AIのレビューでチェックしきれなかったね誰のせいでもないよ」と経営陣が思えるならいいんじゃない?(反語)
ベテランの観点をAIに落とし込んで多層ハーネスの仕組みにして属人化を解消しようねって話。でもタイトルのせいかな、「人間は不要」と読めちゃうのが非常に良くないと思った。
コンパイラ云々から周回した感。要は責任の所在。
ループエンジニアリングによりLLM側で設計→開発→実装→テスト→レビュー→設計を回し続けることでだいぶマシにはなるが、結局LLMに再現性がない以上、最後に人間がチェックする羽目にはなる。
提供時の品質保証に時間と金かけるよりも不具合対応にかけたほうが効率いい
レビューは誰がやってもいい、人間でもAIでもいい。あとは意図をどれだけ伝えられるかだよ。新人教育と変わらん。新人がどれほど優秀でも、ドメイン知識を刷り込むには高度な引き継ぎ資料が要る。
まあ、今はAIが出す出力の品質にばらつきがあるから複雑になってる。そもそもAIが書いたものをAIでレビューするというのはナンセンス。でも、やるとマシになるという現実があって過渡期だと思う。品質保証の方が重要。
コンパイラやインタープリタは決定論的な実行だけど、現状のLLMは非決定論的な尤度モデル。でも人間の仕事はどちらかというと後者に近いので自分はhuman in the loopの human部分がハーネスに置換されていくのは必然だと思う
日常的にAIコード生成をしていて思うことは、最後に残る課題はAIと人のワーキングメモリの差なのではと思う。長名の命名や、大量のフラグ管理等はAIは簡単に読み書きできるが人には出来ない。それを許容するか否か
ざっと眺めて、言語化し難い、何となく気持ち悪い、違和感があるみたいなことはあると思うけどね。暗黙知を形式知化するのって大変ではある。
「誰も読んでないコードは本番で障害あったときに困る」って言う人よく言うけど、みなさんだって誰が書いたか分からない/書いた奴がとっくに辞めてるコードが起因で障害おきたの直すことぐらいあるでしょ
もうコードより成果物にこだわる時代だよ。エンジニアより専門職が作るものが評価される。
問題でたときの説明責任のためなのかねぇ。人間がレビューしなくて問題が起こるリスクの影響度と発生確率が許容リスクの範囲内という判断ならレビューしなくてよいかもね。リスクはゼロにならないし。
データベースが消し飛んで、ごめんなさいで済むのであればAIだけでいいだろうね。障害対応のポストモーテムすらしない組織では、そもそも課題の難しさを理解していないのだろうな。
人間にできるのは責任を取ることだと思うので、そのためにレビュー必須と思います。間違い多々ありますし。オブジェクト指向の方向性の変遷(再利用しやすい作り→自動テストしやすい作り)とかももっと考察した方が。
どうして動いているのか誰も知らないプログラムの責任を取らなきゃならんのか。そりゃ大変だ(他人事)
コードレビューといいつつ設計のレビューしてる(してくれてる)レビュアーもいるからなあ。形式論的レビューならAIでよいというか、属人要素を排除すると形式論的レビューになるという。。。
「AIのコードを人間が読むに必要がない」系の記事は読まずにクソ記事認定して良いことになっている
異常に業務ドメインの強い領域、超重要なOSSのコアロジックとか以外は人間レビュー滅ぶと思います。理由はAIに書き直させる・AIにレビューさせる方が安くて圧倒的に速いからです
人が死なないモノ・サービスについては、(設計を詰めたうえで)AIによるコードレビューでいいと思うけど、人の安全性に関わるものは人がしたほうがいいのでは。バグが顕在化したので直します、じゃすまない。
ちょうど牛尾っちが真逆のこと言うてたな https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/simplearchitect/n/n25ffaadb6cf2
こういう議論してる間にAIが飛び越えていってしまうんだ
コンパイラの挙動チェックやマシン語のレビューが行われないのと同様に、人力でのコードレビューも廃れていくのだろう
現状よく使われる賢いAIに、再現性が無いのは明らかなのに、このようなことを書けるのはすごい
担当してる案件だとジュニアはいなくて全員30代以降の開発経験ある人達がしっかりAIと壁打ちして作るのでコードレビューは10分以内に終わる。ジュニアに作らせないと早くていいから全員おっさんしかいない。
https://arstechnica.com/gadgets/2026/06/how-to-burst-the-ai-bubble-strike-at-its-roots/ の「逆ケンタウロス」論(「LLMで思考強化つよつよ」というケンタウルスではなく、「LLMに使われる」逆ケンタウルス化する)は思い出しちゃうな。
最近この手の話題よく見るけど、コードレビューが形骸化してる現場ってそんなに多いの? / 絶対逸脱してほしくないからと細かく具体的に書いた手順すら守れないAIに何でもかんでも手放しで任せられるわけないよね
コードレビューで最も価値があるのは本当にその仕様・その挙動でいいのかをシニアが確認するという点だと思う。本来はもっと前の要件定義で決まってないといけないのだが実際は実装されるまで気づけないものも多い。
"人間は品質を担保できないけどAIはできる" と主張してるように思えるけどマジ? ソフトウェアの品質ってソフトウェ工学最大の難問で未だ誰も正解を出せてないんだけど