“反AI側からの歴史改変があるので釘を差すようにしています” コンピュータの社会実装の歴史は、半ば「コンピュータなんか使うのは・・」という偏見の歴史じゃないかな。
更に昔で言えば、トーンを使うと揶揄される時代があった。点一つまで自分の手で打たないと許されない時代。歴史は何度も繰り返される。
愛とか魂を言語化できない人が愛とか騙しを理解できる矛盾
デジタル絵は簡単そうに見えて実際やってみるととても難しく奥深いというのが浸透した結果認められてる感
3Dモデルのポーザーを使うと「顎の線が一致してるから問題!不買!」って世界はあったよ
表現方法の違いから勝手に愛を読み取ることの可笑しさよ。手描きだろうが愛の欠片もねえゴロなんぞ死ぬほどいるじゃろ?/猫も杓子もクリスタまみれで昔以上に遥かに楽して描いてるのにね/露骨にAIなのは好かんがね
デジ絵を描ける人はアナログでも描ける。効率や不慣れでクオリティは多少落ちるけど絵を描く技術は失われない。生成AIでしか絵を出力できない人は永遠に絵は描けない。4年ほど生成AI界隈見てるけど描ける人はいない
つまりこれまでの歴史がそうだったように感情論で新技術の普及が止まることなどないってことだ。昔はAIを使うことに愛がないって批判的な人がいたらしいけど信じられない、なんて時代もすぐに来るのでは?
もちろんデジタル化とAI絵では全く論点が違うのだが、批判点を絞らず「袈裟まで憎い」式に戦線を広げてると、このように議論の拡散と薄まりを招く。
速くて綺麗な方がいいよね。
まあ履歴書にも手書きのヌクモリティを求められてたことを鑑みると…/「苦労すること」に価値を見出そうとするのは一定数いそう
印刷すると味気ないから発行部数分作者が描こう
人の温もりを感じられる人皮装丁の本にしよう
AIのファンアートに愛が無いとは限ら無いけど、デジタル絵とAI絵はそもそも別物の話だと思うんだけど、そこ同列に話してんのよくわからん
全然関係ないけどこの間フィギュア制作の動画見たらペンタブのカッター版?ヘラ版?みたいのあってスゴー!てなった。デジタル粘土をリアルみたいに削るデバイス
GANTZを初めて読んだときはたまげたなー。こんながっつりCG漫画でもやっていいんだーって。
完成品の品質と平行して消費した労力にも価値を見出す風潮と今のAIで決定的に異なるのは、他人の技術を労せず盗んでいる点では。その辺の人を襲って盗ってきたダイヤの指輪を貰って嬉しいか?って話だと思うのだが。
AI絵が憎いのは新しい技術だからではなくて権利の問題でしょ。なんでかつてのデジタル作画と同列に語ってるのか意味不明。
絵を描けない人がAI絵をつくるのと、絵を描ける人が画材としてデジタルを使用することは全く別のことだよ。
このブコメでもAIは違う!が湧いてら。 デジ絵もそうだし、手書きとワープロ打ちでも見たなこういうの。こういう言説はみんな無視したほうがいいよ。今回はいつもと違う!という意見はだいたいそんなこと無いです。
スクリーントーンを使うとつめたい、愛がないとされる時代…道具の進化と共にいろんな意見があったんだな / それはともかくAIで絵を「生成」するのは描くとは違うよね。絵を描く道具にAIを利用するのとは違う
所謂ラッダイト運動であり、技術の進歩による省コスト化を止める手段どころか理由すら存在しなかったのだが、その行き着く先が人間を省略することだったのは歴史の皮肉である。
デジタルで書けるならアナログでも書けるって論は、クオリティの多寡と、アナログでも他者の技術を利用していることを度外視している。絵の具を使わず、辰砂や緑青の顔料から作るべきでは?(ミラーリング)
id:hanninyasu こういう反AIって平然とデマ撒くから困るんだよね。何も見てないでしょキミhttps://note.com/studiomasakaki/n/n1732db6116df
権利でと言ってる人多いけど一般の多くの人はたぶん新しい技術に対する忌諱だと思うよ。ネットの一部のリテラシーの高い人が権利が問題だと思ってるだけで。
ブクマカもAIで書かれた技術紹介noteを「人間を舐め腐ったAI文体」と忌み嫌っているしな https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/kyutaro15/n/n4482c1bebc76
「自分の苦労が意味なくなる、自分が評価されなくなる、技術進歩が嫌い、憎い」という感情が先で論理は後づけだから
アナログもデジタルもインプットが同じならアウトプットが同じなので作者の意図が100%作品に乗るが、AIはインプットが同じでもアウトプットが異なるのでAIの意図が入ってしまう。なので別物。道具と生成器の違い
僕は今でもアナログのほうが良いと思っていますよ。アニメも出来ればセルに戻って欲しいと思っています
表現全般じゃなくて絵単体で見ても写真とかデジタルとか従来品よりお手軽安価な画材とかで何度もパラダイムが揺らぎ変化しシフトしたりしてるので、そこを越えてく方法は作品を発表することで得られる思う、両者とも
人の価値観の殆どはモノよりコトにあるので、批判のそれはコトの構成要素がまだ未消化なのではないかと。名画の精巧な贋作もカラーコピーも同じ絵の価値だとするかしないか、それは何を数値化したものかみたいな。
生成AIで個性を出せるのは結局LORA、神絵師のふんどしがなければ何もできねぇ
昔「浅野いにおの漫画は背景の写真取り込んでるからだめ」みたいな風潮があったが、情熱大陸かなにかで『全ロケーション自分でとってきてる』(購入資料じゃない)というので沈静化したのを思い出した。
「AIで承認欲求満たすな」は本当それで、AIはインスタントなんよね。カップ麺で自炊しても良いけどカップ麺を振る舞って感想を求めるな的な。ただAIを創作に活用するのは否定しないかな。カップ麺もアレンジは興味深い
確かコブラの作者が結構昔からMacで作画をしていて割と批判されていたような記憶があるけど。
ファンアートという文脈であれば、公式絵をi2iしてファンアートです!って出すのはナシかな・・・
みんなが違うことに対してお気持ちを書いてる以上のものが見当たらない
初期のころはいかにもデジタル絵って感じで、その時点で批判が出るのも理解できるけどね。トーンだって最初は印刷が糊側で削れなかったし。ツールと使用者の技術進化が進んだ現在から小馬鹿にするのもちょっとな。
反AIが嘘を広めてる証拠を見て、反AIのコメントを書くのってどんな考えなんだろう
保守ってのはそういうもん。何でも変化に対して否定的になる(知らない物を食べる原始人と食べない原始人みたいなもん)/本能的なものなので仕方無い。故に総体としては人類が生存し続けられた。
結局は最終成果物のクオリティチェックする人次第になると思う。それはAIにせよ自力にせよ。
愛を何で測るのか。数年?十数年で価値観は変わる。という寓話みたい
絵に限らす、反AIは分が悪いなと思っている。既にそうなりつつあるが、クオリティで見分けがつかなくなったらどうしようもない。紙に書いたようなタッチとか、生セルの質感とかも出せるようになるでしょう。
結局のところ手書き、デジタル、AI、どれも「その人の創意工夫があるか?」「創意工夫の発露の道具としての活用」に落ち着くと思ってる昨今。AIに絵を描かせて、リミックスと動画編集人間がやったMVとか面白いのあるし
描ける描けないの話も的外れなきがす。表現欲求実現の手段としてペンやアプリの変わりにAIが登場し、それは描ける描けない世界の住人にとっては冒涜的だが、手段にこだわりがない人からすればイチャモンもいいところ
ビデオゲームは最初からデジタルでグラフィックが描かれてたけどそれはどうなんだろ
ネットでの発信がメインになった事、デジタル入稿が一番手間がない事、など外的環境が「デジタルの方が相手も楽」という空気感を生み出し過激派を黙らせた印象
未だに「CGを使うアニメなんて駄作」「着ぐるみゴジラ絶対視」な人がAI以前から実際いるのがね。/ ここでも盗みが権利が云々、結局「真の日本人」「真の右翼左翼」みたいにオリジナルの追求は総括にしかならないのよ。
2010年でデジタル絵をバカにするってのは結構思想強くない…? フォトショを買えない子供はお絵かき掲示板にいた。2000年代でそこからsaiの登場だったな、プロ周りは知らない/漫画家の必須スキルとして集中線があった頃
昔は、絵の具なんかないから画材を山に採掘に行くところから始まった時代もあったわけで、出来合の絵の具を使うなんて苦労が足りん、そこに愛はあるのか〜!?みたいな批判もあったのかなあ
PC作画→AIの間には、スクリーントーン→PC作画の間以上の飛躍があるやろ…とは思うけど、魂云々に関しては、使い方次第やろ…とも。そこは、個人完結作家とアシスタント使いやネーム原作者との差~に近いかと。
まぁた始まった。テメェとやり方が違うと『尊敬』だの『愛』だのがないとか。何様だよ。承認欲求のためにこんな寝言のポストしてんじゃねえ。そういや、寺沢武一はCGマンガ描いて相当に叩かれてたな。
発端が愛が無いというツイートで、本題はそこなのに、絵が描けるようにならないとか、デジタル絵とAIは同列じゃないとか、そんなズレたコメが上位に表示されるのがブクマです。
別にAIポン出しすればいいと思うが、嫌うのも嫌う方の自由だと思う。嫌われるのが嫌なのか手描きとか嘘つく層もいるし。AI悪くないというならAIですって胸張って言えばいいのに、なぜ隠すんですかね、承認欲求だよね?
「他人の知財が下敷きに無いと成り立たないツール」の状態から脱するのがまずスタートラインだよ生成AIは
デジタルなら綺麗な真円や直線が素人でも一日目からかける。技術はいらない。やっぱりAI批判はその延長にあると思うよ
16色画像集の本買ったし、256色画像集の本も買ったが…アレらを見て愛がないなんてかけらも思わんかったな。今見ても多分すごいぜ。家帰ったら久々に本開いてみよう。
“承認欲求のために他者様のキャラクターを使うな!!!!!”愛のある体罰はokと言ってる事が同じじゃん?
「一緒だよ」派、「違うよ」派、どっちもいると思うけど、自分は「これはさすがに違うよ」派。AI は描画を行う主体が人から機械に移ったので、道具の進歩と同列には語れないと思っている。
漫画原作と作画の関係みたいなもんだと思ってる。
うろ覚えだけど2000年だと有線の板タブで筆圧もないしソフトには線を滑らかにする補正もないしpixivもないしtwitterもないんじゃね/Windows98で個人のホームページにお絵描きCGIがあるレベル/こういう論争は嘘だらけだから嫌い
昔のPCでAAみたいに文字の濃淡で描いたり、BASICの描画コマンド駆使して描いたりしてた人はめちゃ愛だけはあったと思うんだけどな。
無痛分娩で産む→愛がない、とか未だに蔓延ってるらしいしな
お前それ寺沢武一の前で言えんの?
デジタル否定してた奴は結局置いてかれた。AI否定してる奴も置いてかれるでしょ。モヤモヤしつつもついてくしかないんだよ
アナログで絵を描く→サランラップにトレースする→ディスプレイにそのラップを貼る→マウスで線をなぞる→デジタル化
AI絵が憎いのは権利の問題以上に「絵師としての社会的地位が脅かされるから」だよ。誰でも絵が出力できるようになれば絵描きに群がってチヤホヤする意味も殆どなくなる
生成AIのCGは感情論マシマシマンばっかだから難しい問題
ミケランジェロ工房が作ったものはミケランジェロ作と認められるのだし、AI絵を監修して発表したものは発表者の作品として認めて良いと思う。アシスタントがほとんど描いているマンガのような。
今やほとんどの文字を人は書かない。昔は全てを手書き。今も書家は生きてる。これから画家も同じに。
寺沢武一さんが30年前からデジタルでコブラを描いてたはず。私は当時、新しいなぁ、としか思いませんでした。
日本においてAIに関して権利問題は整理されていて問題ではない・問題だと言っているのは非AIユーザが行っている権利侵害行為をAIユーザもしているだけで、AI特有ではなく、自身の違法行為を棚に上げて、あげつらうこ
寺沢武一先生が古くからコンピュータでイラスト描いていたからね。21世紀にデジタルは手抜き批判があるとは思わなかった//コピー機を上手く使うのも漫画家の技能では
エフェクトは手書きじゃ難しそう
版画には人情が感じられないとか言われた時代もあったんすかね
AI絵を揶揄するやつは無痛分娩も揶揄しそう
AIに描かせた絵はAIに書かせたブログと同様、ほとんど価値を感じませんね…
デジタルで描ける人はアナログでも描けるって言うけどアンドゥやレイヤーが無いと無理って人はそこそこおらんか?
CGは超絶画力の人がコンピューターの性能をフルに使ったコンセプトアートの存在が知られるようになってアナログの模倣を脱したCG独自の表現が浸透した印象 AIも絵の技術がある人が使うようになれば色々と変わると思う
昔はPCで描く→愛がないじゃった
“反AI側からの歴史改変があるので釘を差すようにしています” コンピュータの社会実装の歴史は、半ば「コンピュータなんか使うのは・・」という偏見の歴史じゃないかな。
更に昔で言えば、トーンを使うと揶揄される時代があった。点一つまで自分の手で打たないと許されない時代。歴史は何度も繰り返される。
愛とか魂を言語化できない人が愛とか騙しを理解できる矛盾
デジタル絵は簡単そうに見えて実際やってみるととても難しく奥深いというのが浸透した結果認められてる感
3Dモデルのポーザーを使うと「顎の線が一致してるから問題!不買!」って世界はあったよ
表現方法の違いから勝手に愛を読み取ることの可笑しさよ。手描きだろうが愛の欠片もねえゴロなんぞ死ぬほどいるじゃろ?/猫も杓子もクリスタまみれで昔以上に遥かに楽して描いてるのにね/露骨にAIなのは好かんがね
デジ絵を描ける人はアナログでも描ける。効率や不慣れでクオリティは多少落ちるけど絵を描く技術は失われない。生成AIでしか絵を出力できない人は永遠に絵は描けない。4年ほど生成AI界隈見てるけど描ける人はいない
つまりこれまでの歴史がそうだったように感情論で新技術の普及が止まることなどないってことだ。昔はAIを使うことに愛がないって批判的な人がいたらしいけど信じられない、なんて時代もすぐに来るのでは?
もちろんデジタル化とAI絵では全く論点が違うのだが、批判点を絞らず「袈裟まで憎い」式に戦線を広げてると、このように議論の拡散と薄まりを招く。
速くて綺麗な方がいいよね。
まあ履歴書にも手書きのヌクモリティを求められてたことを鑑みると…/「苦労すること」に価値を見出そうとするのは一定数いそう
印刷すると味気ないから発行部数分作者が描こう
人の温もりを感じられる人皮装丁の本にしよう
AIのファンアートに愛が無いとは限ら無いけど、デジタル絵とAI絵はそもそも別物の話だと思うんだけど、そこ同列に話してんのよくわからん
全然関係ないけどこの間フィギュア制作の動画見たらペンタブのカッター版?ヘラ版?みたいのあってスゴー!てなった。デジタル粘土をリアルみたいに削るデバイス
GANTZを初めて読んだときはたまげたなー。こんながっつりCG漫画でもやっていいんだーって。
完成品の品質と平行して消費した労力にも価値を見出す風潮と今のAIで決定的に異なるのは、他人の技術を労せず盗んでいる点では。その辺の人を襲って盗ってきたダイヤの指輪を貰って嬉しいか?って話だと思うのだが。
AI絵が憎いのは新しい技術だからではなくて権利の問題でしょ。なんでかつてのデジタル作画と同列に語ってるのか意味不明。
絵を描けない人がAI絵をつくるのと、絵を描ける人が画材としてデジタルを使用することは全く別のことだよ。
このブコメでもAIは違う!が湧いてら。 デジ絵もそうだし、手書きとワープロ打ちでも見たなこういうの。こういう言説はみんな無視したほうがいいよ。今回はいつもと違う!という意見はだいたいそんなこと無いです。
スクリーントーンを使うとつめたい、愛がないとされる時代…道具の進化と共にいろんな意見があったんだな / それはともかくAIで絵を「生成」するのは描くとは違うよね。絵を描く道具にAIを利用するのとは違う
所謂ラッダイト運動であり、技術の進歩による省コスト化を止める手段どころか理由すら存在しなかったのだが、その行き着く先が人間を省略することだったのは歴史の皮肉である。
デジタルで書けるならアナログでも書けるって論は、クオリティの多寡と、アナログでも他者の技術を利用していることを度外視している。絵の具を使わず、辰砂や緑青の顔料から作るべきでは?(ミラーリング)
id:hanninyasu こういう反AIって平然とデマ撒くから困るんだよね。何も見てないでしょキミhttps://note.com/studiomasakaki/n/n1732db6116df
権利でと言ってる人多いけど一般の多くの人はたぶん新しい技術に対する忌諱だと思うよ。ネットの一部のリテラシーの高い人が権利が問題だと思ってるだけで。
ブクマカもAIで書かれた技術紹介noteを「人間を舐め腐ったAI文体」と忌み嫌っているしな https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/kyutaro15/n/n4482c1bebc76
「自分の苦労が意味なくなる、自分が評価されなくなる、技術進歩が嫌い、憎い」という感情が先で論理は後づけだから
アナログもデジタルもインプットが同じならアウトプットが同じなので作者の意図が100%作品に乗るが、AIはインプットが同じでもアウトプットが異なるのでAIの意図が入ってしまう。なので別物。道具と生成器の違い
僕は今でもアナログのほうが良いと思っていますよ。アニメも出来ればセルに戻って欲しいと思っています
表現全般じゃなくて絵単体で見ても写真とかデジタルとか従来品よりお手軽安価な画材とかで何度もパラダイムが揺らぎ変化しシフトしたりしてるので、そこを越えてく方法は作品を発表することで得られる思う、両者とも
人の価値観の殆どはモノよりコトにあるので、批判のそれはコトの構成要素がまだ未消化なのではないかと。名画の精巧な贋作もカラーコピーも同じ絵の価値だとするかしないか、それは何を数値化したものかみたいな。
生成AIで個性を出せるのは結局LORA、神絵師のふんどしがなければ何もできねぇ
昔「浅野いにおの漫画は背景の写真取り込んでるからだめ」みたいな風潮があったが、情熱大陸かなにかで『全ロケーション自分でとってきてる』(購入資料じゃない)というので沈静化したのを思い出した。
「AIで承認欲求満たすな」は本当それで、AIはインスタントなんよね。カップ麺で自炊しても良いけどカップ麺を振る舞って感想を求めるな的な。ただAIを創作に活用するのは否定しないかな。カップ麺もアレンジは興味深い
確かコブラの作者が結構昔からMacで作画をしていて割と批判されていたような記憶があるけど。
ファンアートという文脈であれば、公式絵をi2iしてファンアートです!って出すのはナシかな・・・
みんなが違うことに対してお気持ちを書いてる以上のものが見当たらない
初期のころはいかにもデジタル絵って感じで、その時点で批判が出るのも理解できるけどね。トーンだって最初は印刷が糊側で削れなかったし。ツールと使用者の技術進化が進んだ現在から小馬鹿にするのもちょっとな。
反AIが嘘を広めてる証拠を見て、反AIのコメントを書くのってどんな考えなんだろう
保守ってのはそういうもん。何でも変化に対して否定的になる(知らない物を食べる原始人と食べない原始人みたいなもん)/本能的なものなので仕方無い。故に総体としては人類が生存し続けられた。
結局は最終成果物のクオリティチェックする人次第になると思う。それはAIにせよ自力にせよ。
愛を何で測るのか。数年?十数年で価値観は変わる。という寓話みたい
絵に限らす、反AIは分が悪いなと思っている。既にそうなりつつあるが、クオリティで見分けがつかなくなったらどうしようもない。紙に書いたようなタッチとか、生セルの質感とかも出せるようになるでしょう。
結局のところ手書き、デジタル、AI、どれも「その人の創意工夫があるか?」「創意工夫の発露の道具としての活用」に落ち着くと思ってる昨今。AIに絵を描かせて、リミックスと動画編集人間がやったMVとか面白いのあるし
描ける描けないの話も的外れなきがす。表現欲求実現の手段としてペンやアプリの変わりにAIが登場し、それは描ける描けない世界の住人にとっては冒涜的だが、手段にこだわりがない人からすればイチャモンもいいところ
ビデオゲームは最初からデジタルでグラフィックが描かれてたけどそれはどうなんだろ
ネットでの発信がメインになった事、デジタル入稿が一番手間がない事、など外的環境が「デジタルの方が相手も楽」という空気感を生み出し過激派を黙らせた印象
未だに「CGを使うアニメなんて駄作」「着ぐるみゴジラ絶対視」な人がAI以前から実際いるのがね。/ ここでも盗みが権利が云々、結局「真の日本人」「真の右翼左翼」みたいにオリジナルの追求は総括にしかならないのよ。
2010年でデジタル絵をバカにするってのは結構思想強くない…? フォトショを買えない子供はお絵かき掲示板にいた。2000年代でそこからsaiの登場だったな、プロ周りは知らない/漫画家の必須スキルとして集中線があった頃
昔は、絵の具なんかないから画材を山に採掘に行くところから始まった時代もあったわけで、出来合の絵の具を使うなんて苦労が足りん、そこに愛はあるのか〜!?みたいな批判もあったのかなあ
PC作画→AIの間には、スクリーントーン→PC作画の間以上の飛躍があるやろ…とは思うけど、魂云々に関しては、使い方次第やろ…とも。そこは、個人完結作家とアシスタント使いやネーム原作者との差~に近いかと。
まぁた始まった。テメェとやり方が違うと『尊敬』だの『愛』だのがないとか。何様だよ。承認欲求のためにこんな寝言のポストしてんじゃねえ。そういや、寺沢武一はCGマンガ描いて相当に叩かれてたな。
発端が愛が無いというツイートで、本題はそこなのに、絵が描けるようにならないとか、デジタル絵とAIは同列じゃないとか、そんなズレたコメが上位に表示されるのがブクマです。
別にAIポン出しすればいいと思うが、嫌うのも嫌う方の自由だと思う。嫌われるのが嫌なのか手描きとか嘘つく層もいるし。AI悪くないというならAIですって胸張って言えばいいのに、なぜ隠すんですかね、承認欲求だよね?
「他人の知財が下敷きに無いと成り立たないツール」の状態から脱するのがまずスタートラインだよ生成AIは
デジタルなら綺麗な真円や直線が素人でも一日目からかける。技術はいらない。やっぱりAI批判はその延長にあると思うよ
16色画像集の本買ったし、256色画像集の本も買ったが…アレらを見て愛がないなんてかけらも思わんかったな。今見ても多分すごいぜ。家帰ったら久々に本開いてみよう。
“承認欲求のために他者様のキャラクターを使うな!!!!!”愛のある体罰はokと言ってる事が同じじゃん?
「一緒だよ」派、「違うよ」派、どっちもいると思うけど、自分は「これはさすがに違うよ」派。AI は描画を行う主体が人から機械に移ったので、道具の進歩と同列には語れないと思っている。
漫画原作と作画の関係みたいなもんだと思ってる。
うろ覚えだけど2000年だと有線の板タブで筆圧もないしソフトには線を滑らかにする補正もないしpixivもないしtwitterもないんじゃね/Windows98で個人のホームページにお絵描きCGIがあるレベル/こういう論争は嘘だらけだから嫌い
昔のPCでAAみたいに文字の濃淡で描いたり、BASICの描画コマンド駆使して描いたりしてた人はめちゃ愛だけはあったと思うんだけどな。
無痛分娩で産む→愛がない、とか未だに蔓延ってるらしいしな
お前それ寺沢武一の前で言えんの?
デジタル否定してた奴は結局置いてかれた。AI否定してる奴も置いてかれるでしょ。モヤモヤしつつもついてくしかないんだよ
アナログで絵を描く→サランラップにトレースする→ディスプレイにそのラップを貼る→マウスで線をなぞる→デジタル化
AI絵が憎いのは権利の問題以上に「絵師としての社会的地位が脅かされるから」だよ。誰でも絵が出力できるようになれば絵描きに群がってチヤホヤする意味も殆どなくなる
生成AIのCGは感情論マシマシマンばっかだから難しい問題
ミケランジェロ工房が作ったものはミケランジェロ作と認められるのだし、AI絵を監修して発表したものは発表者の作品として認めて良いと思う。アシスタントがほとんど描いているマンガのような。
今やほとんどの文字を人は書かない。昔は全てを手書き。今も書家は生きてる。これから画家も同じに。
寺沢武一さんが30年前からデジタルでコブラを描いてたはず。私は当時、新しいなぁ、としか思いませんでした。
日本においてAIに関して権利問題は整理されていて問題ではない・問題だと言っているのは非AIユーザが行っている権利侵害行為をAIユーザもしているだけで、AI特有ではなく、自身の違法行為を棚に上げて、あげつらうこ
寺沢武一先生が古くからコンピュータでイラスト描いていたからね。21世紀にデジタルは手抜き批判があるとは思わなかった//コピー機を上手く使うのも漫画家の技能では
エフェクトは手書きじゃ難しそう
版画には人情が感じられないとか言われた時代もあったんすかね
AI絵を揶揄するやつは無痛分娩も揶揄しそう
AIに描かせた絵はAIに書かせたブログと同様、ほとんど価値を感じませんね…
デジタルで描ける人はアナログでも描けるって言うけどアンドゥやレイヤーが無いと無理って人はそこそこおらんか?
CGは超絶画力の人がコンピューターの性能をフルに使ったコンセプトアートの存在が知られるようになってアナログの模倣を脱したCG独自の表現が浸透した印象 AIも絵の技術がある人が使うようになれば色々と変わると思う