そういうわけで、僕は主治医に「就職しなくてもいいからブログを仕事だと認識しろ」と言われている。無職で金にならない文を書く人は社会では少ないが、はてな村ではけっこういる。
専門家は統計情報から語るから「けっこういる」なんて雑な記述しないと思うけど...
つまり我々素人のおじさんがいう「ともだちぜんぜんいない」も専門家がみたら「けっこういる」だったりする……?
医者は患者を診て素人は病気のイメージを語る。「私の会った人は引きこもりだった」と「私の思う引きこもりはきっとこういう人」の違い。専門家かと言うより実例に対処しているかなので数ではなく当事者かの問題。
ネットで実施した調査では、インターネット利用率は100%となりました
駅の階段で転んで大怪我する人が全然いないのを不思議に思っていたが、救急医が「しょっちゅう来る」と言ってるのを見て認識を改めたことある / ここで言う専門家はスーパーやホテルの人など。必ず統計で語るわけでは
お前みたいなやつ見たことない、とかどこ行ってもやっていけない、とか言われがちな疾患持ちにとって、この「けっこういる」っていうのはちょっとした救いかもしれない。それで問題が解決するわけではないけども。
キズパワーパッドで傷がきれいに治る患者は山ほどいるけど医者には見えないらしいね
精神疾患じゃなくてもリアルの知り合い以外とは「ネットを介してコミュニケーションして」いない人は世の中にいっぱいいるのだが、精神疾患が専門かどうか以前に、そういうことに気付いていないのでは?
ネットでも引きこもってるから?
「偶に良く有る」問題
SLEで入院してる時、精神症状がSLEなのか薬の副作用なのか診断するために精神科が来たな…。躁鬱がひどく、TVは自分の悪口言ってた。薬のせいでした
人間は観測できないものは「いない」って判定するから…。「日本に大卒のひとは、どれくらい居ると思います?」って問いに体感と統計がズレるひと多いんじゃないかな?
「トレンドとしてみれば当たっている」…そのトレンドのことを言っているんじゃないかと。そもそも引用部分に関しては「ぜんぜんいない」なんて言ってないし。
自分からその世界に突っ込んで行かないと観測できない世界も多いだろうね。「不倫する人間はけっこういる。」も同じかも。
男女対立界隈でよく見る「〜な男/女なんて全然いない」を思い出した
専門家はもちろん素人向けに説明することもあるので雑な表現を使うこともある / 本件は論理的には「ぜんぜんいない」のほうだけが間違っている
素人の「けっこういる」→専門家「お前の世界から見えるはずないだろ。透視術でも使えるのか?」問題もあるんでしょうね。
社会は均質でないので立ち位置によって見えているものが違うのだけど、その多面性を理解しない人が極端な意見を言ったりしていて、なるほどこれが社会の分断かーって思う。
これもしかして不良外国人がーとか言う話にちょっと関係あったりする?
SNSに書き込んでいる人は、文章を作れる能力のある人だけです。「文盲」の人はSNSにいないと言えるだろう。リアル社会で「文盲」の人はいるんだよねえ。
「けっこういる」とは予想や基準よりも多い人数をあらわすので、話者の感覚による
見ているもの見えているものの違いや、多い少ないの基準とする数字や比較対象の違いがあるということで、どちらも間違っていないことは多い。正誤を論じる前にそういうものであるという認識を持っておく必要がある。
専門家というより現場なのよね。そういう事例が集まってくる現場。
基本的に素人の観測範囲は狭い。よく死にたいと言っている人ほど死なないと言われているがそうでもない様に。やはり無知の知の重要性。(私の観測範囲には)の括弧の中身を認識できていないと不幸な衝突もあるだろう
家族の既往症、医者にこの年齢では珍しいって言われたことがあるので、これは本当に珍しいのかな……。
「まれによくある」的な話。どの分野でもある話と思う。教員が言う「そういう子or保護者、けっこういますよ」とか、市役所職員の「そういう市民の方…」とか。コンビニ、弁護士、エンジニア、どこでもあると思う。
アーケードゲーム界隈にいると未だゲーセンでビデオゲームを遊ぶ人はそれなりに結構いるように感じるけど、ゲーマー全体で見たらたぶん数パーセントしかいない(1パーセントもいないかも知れない)みたいなもんか。
1%とか1gの感覚に似てるよな
統計ではなく、雑談レベルでのボリューム感の話。
希によくある
手術を受ける患者さんが「この手術、よくあるんですか?」と不安げに聞いてくることがあるが、こちらとしては週に3、4件ぐらいやってる全く珍しくない手術だったりするので、まあそれぐらいの認識の差は常にある。
専門家ではないが個人的に近頃は”障害者”に対する認識が薄い人が多いのかなという気が。田舎者からしたらそりゃ一定いてそれが社会でしょという感じなんだが
世にも稀な病気の専門医からすると、その稀な病気の患者に接することが日常になるってことかなぁ。
どちらも「自分の周りでは」視点で話してるのは同じなんだよな 基準とか考慮してないだろう
病院には怪我人が多いみたいな。
内容は別で見出しだけで引っ張ると、サブスクのおかげで素人の「全然見るものない」が駆逐されたのは個人的に痛快です。元からそいつが楽しむ能力が足りないだけなのに向こうが悪いみたいな言い草がムカついてたんだ
こういう専門というかそれぞれの分野の人に「こういうのって結構ありますよ」っていうのを集めたらおもしろいかも
60代以上だとインターネットが若い時代にあった訳ではないので、ネットに縁がない引き籠りの人も多そう。
「〜ってあまり見ないですよね」と言ったのに対し、「そう?結構いるよ」と言われると、それ以上会話する気にならない。
うちは身内に障碍者がいたので(動けない系の障碍者)この「インターネットできない引きこもり」がいたわけだけど、そうすると他の同様の患者が存在するという情報も入るので「ちゃんと統計通りに患者がいるんだな(ry
素人の「ぜんぜんいない」と専門家の「けっこういる」の間に自称専門家の素人が言う「稀によくある」が存在する
専門家にしか観測できない程度にしかいない、は素人的には全然いないという感覚になっちゃうな
昔うつになりかけた(主観)ときは気持ち的にネットにアクセスできたので、たぶん軽い部類だったんだろうな。
専門家と素人の違いというよりか体感は場所に依存するということかと./今まで身近に知的障害者に接しない人も、施設や関係機関に関わるようになれば自然と生活の一部となる./だからこそ統計が重要.
専門家か素人かというより、観測可能な領域の問題かなあ。見えてない領域は存在しないものとして扱われがち。
でも俺みたいなプレイフォグはどの病院に行っても「気のせい。年のせい」「どこにも異状はない」で終わってしまう。
ネットの無い時代に受験で1ヶ月ホテル暮らしした時は狂うかと思ったもんなぁ。今はFIREして引き籠もりだけど、ネットの存在が理性を保ってる。
まれによくある。病院には病人が多い。みんなで平均値越えを目指そう。
自分は実際にはとても狭い界隈にいるに過ぎないんだけど、例えば世界中に開かれてるって謳い文句のネットにつながってるだけで世界が見えてる気になってるってのはある。
分かる。仕事とはそういうもの。1割未満の事象に9割以上のマインドシェアを取られるから、そういう感覚的なギャップが生まれがち。
「今の引きこもりは」という条件に対して、引きこもりという集合にはネットで観測出来ない群が「多い」よ、という実情を返すと、観測範囲だ、そりゃ病院なら多いでしょうとか揶揄が出るの、すごい「ネット」って感じ
せやな!ワイ、ひきこもり相談ばっか転々とやってるけど、公的専門相談、私設専門相談、医療、介護、生活保護、自助会、SNSで違うやろし、公的専門相談も何なら行政区でも見えてるもの違うんやろなと思う。
自己免疫疾患て珍しいの?!家族にも親戚にも同僚にもいるから、よくいるものと思ってた。/仕事で会うから日本にロシア人やイスラエル人がよく来てるなぁと思ってるけど世間的には気付かれにくいみたいね
例えば精神科閉鎖病棟の患者の人たちって、精神科の医師・スタッフか、自分が入院しないとなかなか会う機会も無いと思う
実際には繋がってないがネットは見てるという人もかなり。コミュニケーション事故って厄介さん扱いされてる方も。わりとグラデーション。
私は見たことないからお前の言ってることは嘘、と決めつける人の多いこと(n=1だがこの観察もループしてる)。偏見交じるが女性、中国の人にそれを言われてそういう気が多い人レッテル貼っちゃったよ。
北海道の人は慣れてるから転んだり骨折しないと思っていたが、嫁に聞いたら冬季の骨折でめちゃくちゃ忙しくなるって言ってたから、センサーの位置でこうも違うんだなと。
都会で上場企業勤めしてるような奴は日本人ほとんど全員大卒のような気がするし金なくて結婚できないとか他人事だし本気で話通じない奴はほぼいないしみんなNISAやってる気分になる
素人の「ぜんぜんいない」と専門家の「けっこういる」問題 - シロクマの屑籠
そういうわけで、僕は主治医に「就職しなくてもいいからブログを仕事だと認識しろ」と言われている。無職で金にならない文を書く人は社会では少ないが、はてな村ではけっこういる。
専門家は統計情報から語るから「けっこういる」なんて雑な記述しないと思うけど...
つまり我々素人のおじさんがいう「ともだちぜんぜんいない」も専門家がみたら「けっこういる」だったりする……?
医者は患者を診て素人は病気のイメージを語る。「私の会った人は引きこもりだった」と「私の思う引きこもりはきっとこういう人」の違い。専門家かと言うより実例に対処しているかなので数ではなく当事者かの問題。
ネットで実施した調査では、インターネット利用率は100%となりました
駅の階段で転んで大怪我する人が全然いないのを不思議に思っていたが、救急医が「しょっちゅう来る」と言ってるのを見て認識を改めたことある / ここで言う専門家はスーパーやホテルの人など。必ず統計で語るわけでは
お前みたいなやつ見たことない、とかどこ行ってもやっていけない、とか言われがちな疾患持ちにとって、この「けっこういる」っていうのはちょっとした救いかもしれない。それで問題が解決するわけではないけども。
キズパワーパッドで傷がきれいに治る患者は山ほどいるけど医者には見えないらしいね
精神疾患じゃなくてもリアルの知り合い以外とは「ネットを介してコミュニケーションして」いない人は世の中にいっぱいいるのだが、精神疾患が専門かどうか以前に、そういうことに気付いていないのでは?
ネットでも引きこもってるから?
「偶に良く有る」問題
SLEで入院してる時、精神症状がSLEなのか薬の副作用なのか診断するために精神科が来たな…。躁鬱がひどく、TVは自分の悪口言ってた。薬のせいでした
人間は観測できないものは「いない」って判定するから…。「日本に大卒のひとは、どれくらい居ると思います?」って問いに体感と統計がズレるひと多いんじゃないかな?
「トレンドとしてみれば当たっている」…そのトレンドのことを言っているんじゃないかと。そもそも引用部分に関しては「ぜんぜんいない」なんて言ってないし。
自分からその世界に突っ込んで行かないと観測できない世界も多いだろうね。「不倫する人間はけっこういる。」も同じかも。
男女対立界隈でよく見る「〜な男/女なんて全然いない」を思い出した
専門家はもちろん素人向けに説明することもあるので雑な表現を使うこともある / 本件は論理的には「ぜんぜんいない」のほうだけが間違っている
素人の「けっこういる」→専門家「お前の世界から見えるはずないだろ。透視術でも使えるのか?」問題もあるんでしょうね。
社会は均質でないので立ち位置によって見えているものが違うのだけど、その多面性を理解しない人が極端な意見を言ったりしていて、なるほどこれが社会の分断かーって思う。
これもしかして不良外国人がーとか言う話にちょっと関係あったりする?
SNSに書き込んでいる人は、文章を作れる能力のある人だけです。「文盲」の人はSNSにいないと言えるだろう。リアル社会で「文盲」の人はいるんだよねえ。
「けっこういる」とは予想や基準よりも多い人数をあらわすので、話者の感覚による
見ているもの見えているものの違いや、多い少ないの基準とする数字や比較対象の違いがあるということで、どちらも間違っていないことは多い。正誤を論じる前にそういうものであるという認識を持っておく必要がある。
専門家というより現場なのよね。そういう事例が集まってくる現場。
基本的に素人の観測範囲は狭い。よく死にたいと言っている人ほど死なないと言われているがそうでもない様に。やはり無知の知の重要性。(私の観測範囲には)の括弧の中身を認識できていないと不幸な衝突もあるだろう
家族の既往症、医者にこの年齢では珍しいって言われたことがあるので、これは本当に珍しいのかな……。
「まれによくある」的な話。どの分野でもある話と思う。教員が言う「そういう子or保護者、けっこういますよ」とか、市役所職員の「そういう市民の方…」とか。コンビニ、弁護士、エンジニア、どこでもあると思う。
アーケードゲーム界隈にいると未だゲーセンでビデオゲームを遊ぶ人はそれなりに結構いるように感じるけど、ゲーマー全体で見たらたぶん数パーセントしかいない(1パーセントもいないかも知れない)みたいなもんか。
1%とか1gの感覚に似てるよな
統計ではなく、雑談レベルでのボリューム感の話。
希によくある
手術を受ける患者さんが「この手術、よくあるんですか?」と不安げに聞いてくることがあるが、こちらとしては週に3、4件ぐらいやってる全く珍しくない手術だったりするので、まあそれぐらいの認識の差は常にある。
専門家ではないが個人的に近頃は”障害者”に対する認識が薄い人が多いのかなという気が。田舎者からしたらそりゃ一定いてそれが社会でしょという感じなんだが
世にも稀な病気の専門医からすると、その稀な病気の患者に接することが日常になるってことかなぁ。
どちらも「自分の周りでは」視点で話してるのは同じなんだよな 基準とか考慮してないだろう
病院には怪我人が多いみたいな。
内容は別で見出しだけで引っ張ると、サブスクのおかげで素人の「全然見るものない」が駆逐されたのは個人的に痛快です。元からそいつが楽しむ能力が足りないだけなのに向こうが悪いみたいな言い草がムカついてたんだ
こういう専門というかそれぞれの分野の人に「こういうのって結構ありますよ」っていうのを集めたらおもしろいかも
60代以上だとインターネットが若い時代にあった訳ではないので、ネットに縁がない引き籠りの人も多そう。
「〜ってあまり見ないですよね」と言ったのに対し、「そう?結構いるよ」と言われると、それ以上会話する気にならない。
うちは身内に障碍者がいたので(動けない系の障碍者)この「インターネットできない引きこもり」がいたわけだけど、そうすると他の同様の患者が存在するという情報も入るので「ちゃんと統計通りに患者がいるんだな(ry
素人の「ぜんぜんいない」と専門家の「けっこういる」の間に自称専門家の素人が言う「稀によくある」が存在する
専門家にしか観測できない程度にしかいない、は素人的には全然いないという感覚になっちゃうな
昔うつになりかけた(主観)ときは気持ち的にネットにアクセスできたので、たぶん軽い部類だったんだろうな。
専門家と素人の違いというよりか体感は場所に依存するということかと./今まで身近に知的障害者に接しない人も、施設や関係機関に関わるようになれば自然と生活の一部となる./だからこそ統計が重要.
専門家か素人かというより、観測可能な領域の問題かなあ。見えてない領域は存在しないものとして扱われがち。
でも俺みたいなプレイフォグはどの病院に行っても「気のせい。年のせい」「どこにも異状はない」で終わってしまう。
ネットの無い時代に受験で1ヶ月ホテル暮らしした時は狂うかと思ったもんなぁ。今はFIREして引き籠もりだけど、ネットの存在が理性を保ってる。
まれによくある。病院には病人が多い。みんなで平均値越えを目指そう。
自分は実際にはとても狭い界隈にいるに過ぎないんだけど、例えば世界中に開かれてるって謳い文句のネットにつながってるだけで世界が見えてる気になってるってのはある。
分かる。仕事とはそういうもの。1割未満の事象に9割以上のマインドシェアを取られるから、そういう感覚的なギャップが生まれがち。
「今の引きこもりは」という条件に対して、引きこもりという集合にはネットで観測出来ない群が「多い」よ、という実情を返すと、観測範囲だ、そりゃ病院なら多いでしょうとか揶揄が出るの、すごい「ネット」って感じ
せやな!ワイ、ひきこもり相談ばっか転々とやってるけど、公的専門相談、私設専門相談、医療、介護、生活保護、自助会、SNSで違うやろし、公的専門相談も何なら行政区でも見えてるもの違うんやろなと思う。
自己免疫疾患て珍しいの?!家族にも親戚にも同僚にもいるから、よくいるものと思ってた。/仕事で会うから日本にロシア人やイスラエル人がよく来てるなぁと思ってるけど世間的には気付かれにくいみたいね
例えば精神科閉鎖病棟の患者の人たちって、精神科の医師・スタッフか、自分が入院しないとなかなか会う機会も無いと思う
実際には繋がってないがネットは見てるという人もかなり。コミュニケーション事故って厄介さん扱いされてる方も。わりとグラデーション。
私は見たことないからお前の言ってることは嘘、と決めつける人の多いこと(n=1だがこの観察もループしてる)。偏見交じるが女性、中国の人にそれを言われてそういう気が多い人レッテル貼っちゃったよ。
北海道の人は慣れてるから転んだり骨折しないと思っていたが、嫁に聞いたら冬季の骨折でめちゃくちゃ忙しくなるって言ってたから、センサーの位置でこうも違うんだなと。
都会で上場企業勤めしてるような奴は日本人ほとんど全員大卒のような気がするし金なくて結婚できないとか他人事だし本気で話通じない奴はほぼいないしみんなNISAやってる気分になる