Mutual Amplification(相互増幅)とは、考えの主導権を自分の手に残しておく姿勢。較正(calibration)とは、Cognitive Offloading(認知の外部委託)とCognitive Surrender(認知的降伏)の境目を能動的に見分ける手間をかけ続けること
HITLを経済やB/Sでとらえた感じ。「借り物の自信」「知識の負債」とかいいな。知識のリボ払い?
使うが、疑う
理解負債って言葉が刺さる。AIの流暢な回答を脳死で通してると、後で更問いされた時に詰むやつ
“Mutual Amplification”
出来る上司って、報告書の重要度に合わせて勘所押さえた質問してくるじゃん?そんな感じでいいんじゃないかと思ってる。
仕事が速く多く回るようになったとて責任は全て使用者にかかる。監督責任だけが増えてゆく。対人と違いLLMに責任委譲は現状無理。コンパイラの様な出力再現性はなく機能提供者への移譲や担保させる事もできない
知っている内容をAIに代わりに考えさせて楽するくらいがいいと思うよ。コーディングのアシストと同じ。
AI利用での認知的降伏とは管理も確認も責任も放棄して部下の成果を右から左するだけのダメ上司の印象w AIにも一発で成果を求めず主導権を渡さず認知を委託する範囲を調整し続け複数回の対話を重ねる志が必要って話かな
AIに降伏していたとしても気づかずに自己の自信になる。対策としてはAIを使う前に自己の見解はっきりさせて置くことが必要。事後では判別できない。日本式の作文の様式と同じ感じ。
AIを使ったとき、たとえ答えが間違っていても、人の自信はむしろ上がった。 いわば外から借りてきた自信だ。AIの自信に満ちた口調を、人は脳内で「自分の確信」に静かに両替してしまう。間違ったまま自信だけが膨らむ
“AIが良いか悪いかではない。いま自分が、AIに助けてもらっているのか、それとも考えること自体を明け渡しているのか。そのどちらにいるかを、その都度見分けられるかどうか。それが較正だ。今回の記事はその話だ。
好きな作業の判断はAIに渡さないんだけど、めんどくさい作業で〆切が決まってる時は投げてしまうこともある そしていい結果にならない ここをどう付き合うか、現状の課題
考えるのをやめてもいいと思えるくらいのモデル、くださいよ。どこです??それ / たいして「考えて」なかったんじゃねえの?もともと
いい読み物だ。それはあなたの答えなのか、あなたの価値が付加されている答えなのか、を問われる場面を起点に、AIに頼る、自分の答えである主張、ができる条件とは。
読み物として面白かった。
これもたぶんAIと相談しながら書いたもので「降伏」はしてないんだろうけど、文体からはAIを感じるよね。「AIの出力が、静かに自分の出力になる」の「静かに」とか。
"Mutual Amplification(相互増幅)とは、考えの主導権を自分の手に残しておく姿勢。較正(calibration)とは、Cognitive Offloading(認知の外部委託)とCognitive Surrender(認知的降伏)の境目を能動的に見分ける手間をかけ続けること"
降伏しやすいという構造を理解し、意識的に抵抗しなければならないのでなかなか大変だ
似たような話はあちこちで聞くので多分真理なんだろう。問題は、これを読んでほしい上司たちに限って元々部下や他部署に丸投げするスタイルなのだということ。
読みながら思ったのは、重力の正体はわからずとも法則を見出して利用してきたように、思考経路はわからずともハルネーションなどの癖に注意を向けつつ出力結果を使うのは、人類の文明としてアリではないかなってこと
AIに作業を任せる「外部委託」と、考えを明け渡す「認知的降伏」の違いを整理。目指すのは、考えの中心と最後の表現を自分が握り、AIを壁打ちや補助に使う「相互増幅」。
人は楽をするもので、いにしえからある言葉ですら、日々省略され使うのが楽になっていく。みんな自信がないので、第三者の肯定をやすやすと受け入れる。不適切な判断によって社会全体が構築されたその時は怖い。
最近の自分の研究テーマ。新人教育論、マネジメント論など様々な角度できっちり扱うべきテーマ。特に、組織の意思決定を行う責任者がAIに降伏したときに大きな悲劇が起きると思っている。
相互増幅 ― AIに考えを明け渡さないための較正 - Nothing ventured, nothing gained.
Mutual Amplification(相互増幅)とは、考えの主導権を自分の手に残しておく姿勢。較正(calibration)とは、Cognitive Offloading(認知の外部委託)とCognitive Surrender(認知的降伏)の境目を能動的に見分ける手間をかけ続けること
HITLを経済やB/Sでとらえた感じ。「借り物の自信」「知識の負債」とかいいな。知識のリボ払い?
使うが、疑う
理解負債って言葉が刺さる。AIの流暢な回答を脳死で通してると、後で更問いされた時に詰むやつ
“Mutual Amplification”
出来る上司って、報告書の重要度に合わせて勘所押さえた質問してくるじゃん?そんな感じでいいんじゃないかと思ってる。
仕事が速く多く回るようになったとて責任は全て使用者にかかる。監督責任だけが増えてゆく。対人と違いLLMに責任委譲は現状無理。コンパイラの様な出力再現性はなく機能提供者への移譲や担保させる事もできない
知っている内容をAIに代わりに考えさせて楽するくらいがいいと思うよ。コーディングのアシストと同じ。
AI利用での認知的降伏とは管理も確認も責任も放棄して部下の成果を右から左するだけのダメ上司の印象w AIにも一発で成果を求めず主導権を渡さず認知を委託する範囲を調整し続け複数回の対話を重ねる志が必要って話かな
AIに降伏していたとしても気づかずに自己の自信になる。対策としてはAIを使う前に自己の見解はっきりさせて置くことが必要。事後では判別できない。日本式の作文の様式と同じ感じ。
AIを使ったとき、たとえ答えが間違っていても、人の自信はむしろ上がった。 いわば外から借りてきた自信だ。AIの自信に満ちた口調を、人は脳内で「自分の確信」に静かに両替してしまう。間違ったまま自信だけが膨らむ
“AIが良いか悪いかではない。いま自分が、AIに助けてもらっているのか、それとも考えること自体を明け渡しているのか。そのどちらにいるかを、その都度見分けられるかどうか。それが較正だ。今回の記事はその話だ。
好きな作業の判断はAIに渡さないんだけど、めんどくさい作業で〆切が決まってる時は投げてしまうこともある そしていい結果にならない ここをどう付き合うか、現状の課題
考えるのをやめてもいいと思えるくらいのモデル、くださいよ。どこです??それ / たいして「考えて」なかったんじゃねえの?もともと
いい読み物だ。それはあなたの答えなのか、あなたの価値が付加されている答えなのか、を問われる場面を起点に、AIに頼る、自分の答えである主張、ができる条件とは。
読み物として面白かった。
これもたぶんAIと相談しながら書いたもので「降伏」はしてないんだろうけど、文体からはAIを感じるよね。「AIの出力が、静かに自分の出力になる」の「静かに」とか。
"Mutual Amplification(相互増幅)とは、考えの主導権を自分の手に残しておく姿勢。較正(calibration)とは、Cognitive Offloading(認知の外部委託)とCognitive Surrender(認知的降伏)の境目を能動的に見分ける手間をかけ続けること"
降伏しやすいという構造を理解し、意識的に抵抗しなければならないのでなかなか大変だ
似たような話はあちこちで聞くので多分真理なんだろう。問題は、これを読んでほしい上司たちに限って元々部下や他部署に丸投げするスタイルなのだということ。
読みながら思ったのは、重力の正体はわからずとも法則を見出して利用してきたように、思考経路はわからずともハルネーションなどの癖に注意を向けつつ出力結果を使うのは、人類の文明としてアリではないかなってこと
AIに作業を任せる「外部委託」と、考えを明け渡す「認知的降伏」の違いを整理。目指すのは、考えの中心と最後の表現を自分が握り、AIを壁打ちや補助に使う「相互増幅」。
人は楽をするもので、いにしえからある言葉ですら、日々省略され使うのが楽になっていく。みんな自信がないので、第三者の肯定をやすやすと受け入れる。不適切な判断によって社会全体が構築されたその時は怖い。
最近の自分の研究テーマ。新人教育論、マネジメント論など様々な角度できっちり扱うべきテーマ。特に、組織の意思決定を行う責任者がAIに降伏したときに大きな悲劇が起きると思っている。