寄稿させていただきました。子育てをやって良いことのひとつは、子ども時代の二周目(孫なら三周目)が体験できること、それから人生が一直線状のライフコースでなく円環状のライフサイクルであるとわかることです。
"人ひとりの人生は一度きりだが、世代が連なれば人生はチェーンのように連なる"これほんとそうだ…
「「子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」」とても共感できる話
人を一人責任持って育てるという重責に対して十分な報酬はあって然るべきと思います
子育てで得てる一番のものはマジでこれだと思ってて、日々自分の再発見がある / なおワイ子供が虫嫌いのため一人で虫捕りしてたら無事不審者なった模様
ADHD児、怪我や迷子にならないかずっと気を張ってて、追体験どころではなかった……。そもそも私自身が本ばかり読んでる子供だったので、原体験も無かった。
タラレバ娘で全く同じ事言ってた。
これは本当にある。子供にとって初めての体験をすぐ隣で見る時に、隣で付き添う者というややメタな位置から(辛いことも含めて)もう一度新鮮な体験をしている。そもそも自分の実体験はン十年前だし。
ほんとそう
わかる
はい、その通りだと思う。…だからこそ、機能不全家族で育った人間の一部は、子供をつくりたくない気持ちがある。「もう一度あの悲しい思いを蘇らせるのは耐えがたい」ってわけ。自分の子供にこそ、って人もいるけど
うまくできないところ見ててすごくもどかしくても、よく考えたら自分めちゃくちゃそうだったなぁってなるんだよね。自分よりだいぶマシなところもダメなとこもあって別の人間だなとも思う
とても共感できる。
2000年代ではあるけど、インターネットのオフ会イツメン達(20人くらいいた)に「オフ会幹事やるからワイのやりたい遊びがしたい」って缶蹴り、鬼ごっこ、ケイドロ、色々を名古屋の公園でやったのはいい思い出
子ども時代の追体験というのは非常に分かる。ただここにある文脈は実は一人でも思いを馳せたり体験すればできる感覚がある。子育てという観点だと、当時の自分の親がどうだったのか、が追体験できる方が驚きだった
つまり子育てをしないと、お金をいくら稼いでも、永遠に子供時代を過ごすことになるという事ですね。ネットで会った事もない有名人に粘着し続けたり。
時間の流れはサイクルでありコースだと感じてる。円環のように巡りつつ、戻らないものもあるから。イメージは少し伸びたコイルばねのようならせん状。何度も円環を繰り返す人もいれば伸びてほぼ直線の人もいる
良いなぁ。
一歳児子育て中です。今得ている時間を大切にして行きたいと思いました。大人の務めも果たしながら、子供のように学んで遊ぶ、簡単なことではないけど頑張るぞ。
とてもよくわかる。
子供がゲームをするようになって私もなんだが楽しい感じ
子供の時に父親に虫取りに連れて行ってもらって嬉しかったから、息子に同じことをしたら息子も喜んでいた。きっと将来息子も自分の子を連れて虫を捕りに行くいくだろうということを確信して安堵した。
子供時代の追体験とともに、自分が子供の時に親がどういうことを考えていたのかも仮想体験できるので、時間軸の前も後ろもサイクル的に捉えられるな。
子供時代の追体験もあるしあの時の親の気持ちを追体験してる事も意義深いなと感じる
たしかに。子どもを授かる前には想像もしなかったもんな。
とてもいいな、と思いました。実際子育てをしている身として共感できるし、今からおじいちゃんになったときの3回目の経験を楽しみにしてる。健康に過ごそう。
かと言って半日くらいお花摘みとシャボン玉に付き合わされると飽きと疲労がね…
熊代 亨。子供に根気強く勉強を教えられる親は強いよなあ。大抵の親は勉強しなさいで終わりだし。
中島みゆきって凄い
子供時代に体験できなかった事の補償になっている人もいるよ。
GWに子供を田舎の室内遊園地のボールプールに連れて行ったらガラガラ貸切状態で親も入れたんだけど、今まで完全に失ってた子供の頃のボールプールに入ってた時の記憶が蘇ってきて感動した
子なし40代既婚者って立場からのコメだけど、もし子がいても、親が自分にくれたものを自分はあげられない(経済的・体力的に無理)という負の自信がある。犬も飼えないし、休日に遊びに連れ出すこともできない。悲しい
こういうの時々見かけるけど、よくわかんないんだよなー。そんなに蘇らない。なんでだろ。
クワガタ取りとか、釣りとか、川遊びとか、綺麗な川で潜るとか、キャッチボールとか、ゲームもそうだし、しかも、それを息子とできるのはこの上ないよね。
全面同意。こちらもぜひ。『子は親を救うために「心の病」になる』 https://amzn.asia/d/06dJwydr
子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」だったと思う。
子供を持つと、自分の子供時代を追体験できるようになるっていうのを聞いて、ますます自分は子供持てないなって思ったんだよね。吐きそうになる。こっちにはデメリットでも、大勢の人にはメリットなんだなって知った
一輪車のってみせたときむけられる、羨望の目。(昔取った杵柄)
いきなり宗教臭くなったやん笑 本当にこのおっちゃんのブログは面白くて笑える
子供との虫探し、1番楽しい
我が子じゃなくても。子育てじゃなくても。例えば職場の新入りに対してもそういうリフレイン感じられるので。人が入れ替わる環境に身を置くのが大事かなと。
ブコメ見ると、シンプルに運が良いか、悪いかに依存するという実感。合理的な人間ほど、結婚、育児はリスクの高いギャンブルになる。頭のいい人達(天才、秀才)は遺伝子ギャンブルの勝者という自覚持った方がいい。
子供時代を追体験できる楽しさはもちろんそう。でもそれ以上に、私が産んで私が24時間世話してきた存在なのにこんなにも私と違う人間になるという驚きが大きい。円環というより螺旋
子供たちが小さい頃は本当に「人生2週目」という言葉が頭をよぎった。でも、自分が親にしてもらったことを子供にもするだけじゃなく、新しい試みもいっぱいやったつもり。そうして螺旋は続いていく(続いていけ)
タイトルだけ見て「Dream TheaterのOctavariumかよ!」と思ってしまった。ある男(父親を指唆)のように守りの人生なんてまっぴらだと思っていたのに気づけばいつしか自分も・・・的な歌なんだけどこの話とは逆向きだな。
とても共感しました。私は学童期、消えたいと思うくらいつらい時期もありましたが、子どもたちにはそう思ってほしくない、地球上で遊び倒してほしいと思っています。
とても共感。堂々と親子でポケモンのTシャツなど着られるのも嬉しい。一方で、自分の親は気づいてくれなかった自分の子供時代の気持ちを慰めながら歩んでもいる。負の螺旋は終わらせ、善の部分は惜しみなく与えたい
大変健全なライフサイクルだった。これを間違いまくって子供を自分の2周目だと勘違いしてる人をまあまあ見かけるのでほっこりした。
子供時代もよみがえるし、自分がしてほしかったことを子供にすることで、自分のインナーチャイルドが癒されていく感覚がある。人生が多層的になった感覚はあるよ。大変なことも多いけど。
その通り。別に子育て以外にも他人と円環を紡ぐ事もできると思うけど、子育てが1番わかりやすい。孤独から救われ人生に意味を与える
うん
自身が第二子で少々雑に扱われてきた感を持ち続けているけど、子を得たことで第一子の特別さにひれ伏している。例えばもう一人恵まれたとして、インナーチャイルドの期待に沿えるだろうか。いや存在も叶わないかも。
「もう一回子ども時代を追体験できる」かつ、自分の子ども時代と現代の差分、自分自身と子ども自身の差分もあるので、子ども時代ver.2.0って実感がある。
わかる。虫取りとか川遊びとかやってるとめちゃ楽しい。なんなら子供本人より楽しく感じられている
うちは長男LD &ADHDだし兄弟2人男児だからインドアな私と全く違う子供時代だけど、男児だったらこんな人生だったかもを体験できてありがたいと思う。GWは虫取りに行き、田植えに行き、磯遊びに行った。
自分には娘しかいないので、原体験とはちょっとズレてる。娘は虫も嫌いだし、カメハメ波も打とうとしない。でも、女の子の遊びは逆に新鮮で、一緒に絵を描きながらほっこりしている。
つらい子供時代だったから自分のような思いをさせたくない一心で必死でやってる。子育てすればするほど母のことが嫌いになる。なぜあんな仕打ちができたから理解不能で苦しくなる。
大人でも遊びたいってのをいつもは我慢してるが、子どもをだしにしたら堂々とできるってなんか難しい言葉で言ってるだけで、子どもいなくても恥ずかしげもなくやればいいだけな気がする。大人は無邪気だとだめなの?
基底欠損としてそこまでたどり着けずに死んでくコースに入ってしまったな、と思ってる。
思い出が想起されてシンクロする感じなのかな…
つまり「結婚して良かったことはまたオッパイをしゃぶれたことだ。二度目の子供時代が蘇った」ということですね!(全然違う
育児をしてると、子ども時代の再体験と、自分の親の体験の想像あるいは答え合わせの2種類の感情が流れ込んでくる。親にしてもらったことは子にしてやりたいと思う。
親もあの時面白かったんだろうな。って気づけるから追どころか憑依まである
この何割かは他人の子と遊んでも得られるので、飽きっぽい人は「たまに遊んでくれる大人」をやるといい。村の子育てが滅びたのにも理由はあろうが。「これ(だけ)が人生」というのは狭苦しいし、人目を気にしすぎ。
早朝発でスキーに行くために寝ている子をベッドから抱き上げて車に運んだとき、「そうか、父親は自分に対してこういう感情を抱いたんだ」と気づき、これは子を持たないと絶対に得られない経験だなとびっくりした
勝ち組人生ならでは
恵まれた家庭に育った場合に限る、という感じがする。
誰かを喜ばせることに嬉しさを見出す人には、子育てはめちゃくちゃ幸福をもたらしてくれると思う。こんな記事にまでいちいち突っかかって否定するコメントをせずにいられない人たちは何で幸せを感じるんだろう
ほむらちゃんの本地仏は直江さんだから。十字架を抱いて眠ったこともあったけど千億の夜を超えて見事環結するんだよね。/いまめっちゃ思い出しながら子供の宿題見てる。
子育てで自分の子ども時代が戻ってくる感覚、懐かしさだけでなく時間の引き受け方の話でもある。
こういうことをもっと氷河期世代に啓蒙しなきゃいけなかったのにね。何もかもが遅すぎた。
子どものいる一番のメリットは自分の人生の価値が下がること。この記事で言うライフコースから半分以上降りられて、とても楽になる。勘違いされそうだけど自分の人生を子どもに負わせるということでは決してない。
善意を装って燃やしに来たような文章。。。
実際に子育てしてみると、うちの親、おかしかったのでは?って気づくことある
「弱者とは何か」という感覚について、子育ての経験で完全に変わった。
すげー駄文だな。今の日本は自分が死んだら世界も終わりという「独我論的世界観」にパラダイムシフトしてますよ。
そうだよね。一生思い出すことがなかったような記憶が、ふわーっと出てくることもあったよな。ああ、自分の時もあったかも、って
子育てを通して自分の親を許せたり、逆に「こんなに子どもは可愛いのにあんな扱いして意味わからんな」と割り切れたりしたので、自分の人生にはよかったと思う
これこれ。
「子を持って知る親の恩」という言葉があるが蓋し真実だと思う。
子じゃなくてペットの話で恐縮なんだけど、親が子犬を猫可愛がりする時の台詞が30年前によく聞いたフレーズで、その口癖久しぶりに聞いたわー!って脳内で盛り上がったけど照れくさいのでまだこの感動を伝えてない
分かる。子供と共に学び、親子の関係を築いていくことでようやく、自分の人生が完成に向かう感じ。我が子をパチンコや競馬に連れていってた父親は、今の自分にとって反面教師そのものだけどもw
めっちゃわかる。子供がいないとじゃぶじゃぶ池で全身びしょ濡れで遊ぶことなどもうなかっただろう。
皆さんのブコメがすてき
https://toyokeizai.net/articles/-/943840
私は子ども時代に全く通らなかった、スーパー戦隊ヒーローものに今めちゃくちゃ夢中になっている。どろ遊びも子どもより必死だ。そして子どもと一緒に学んでいる。教えられる事も多い。
自分がしたかった、されたかったことを権限をもって関われるのだよな…
はじめて自転車に乗れたときの、なんだってできると思えた一瞬。朝はあたたかく、夕方はさびしく鳴る学校のチャイム。そうした風景をもう一度体験している。子育ては、つよくてニューゲーム。そんなふうに思う。
「死後の先の未来についてまで展望させる」若者は高齢者を「逃げ切り」と思ってるけど、たとえば環境問題なんかは案外高齢者のほうが関心が高かったりするのよね。
私は子供がいないが、妹の子供たちと近くに住み、よく一緒に遊んでいる。今さら、公園の遊具で遊ぶ事になろうとは想像してなかったし、今までになく自分の子供時代を振り返っている。
自分と全然違う子供時代の在り方を体験するのも面白いですよ。
経済的な面で親レベルの事を子供にしてやれてないが(実家よりボロい家に住んでいて落ち込む)うちの親は図書館にも博物館にも連れてってくれなかったし我が子は私の子供時代より絶対賢いのでいいだろうと諦めている
“GWのようなまとまった休みには、子どもたちと一緒によく出掛けた。(中略)近場でお金のかからない、けれども身体を動かし五感を刺激するような遊びだ”
虫取りかご持って野山を連れまわってない!そうすべきなのだろうか。
父親が昭和ノリで主導権持っていけるならの理想論。嫁がどこかで仕入れた安心安全第一情報で自分を育てた祖父母も信用してない家族関係がほとんど。教養のあるハイソサエティやなと思った。
戦隊シリーズやライダー、ポケモンを子供と一緒に追いかけた時、製作者(大人)が子供に向けて語りかけている事にようやく気が付き胸が熱くなったよ。子育ては煩しいし思う通りにいかないけど、良いものだよね
何故か怨嗟に満ちているコメ欄
5歳の息子を見ていて、5歳の私を思い出しつつ、当時の父母や祖父母の眼差しを思い出す。大きな生命の流れの一部になっていることに気づいて、嬉しくもなるし、切なくなったりもしてる。
このテーマは何度も繰り返し語られているけど、ある人にとってはそれが円環への回帰になり、ある人には異世界転生に、別の人にとっては解呪の旅に、またある人には呪いの再生産になるのだ。
自分の子供時代に触れた楽しいものや、逆に優しい子真面目そうな子という上部レッテルで苦しんだ私のようになってほしく無い気持ちがぐちゃぐちゃになってちぐはぐ。でも楽しい。
子育ては、かつての子供時代のステージを大人の頭と身体で追体験できるので、強くてニューゲーム感があって、とても楽しい。前回クリア時から時代が変わったことで、追加のアイテムやコンテンツもたくさんあるし。
うん。一人暮らし&私立文系の学費を出してもらった分。子どもの学費を貯めている。最近の学費はちと高すぎないかな。
そうねえ確かにね。そして親は子育てに対する責任があるけど、祖父母は責任なしでとにかくかわいがればいいので気楽。おじいちゃんになりたい
インターネットだと、子供というものが如何に損失を産む存在で家庭を貧困にするかを力説する言説だらけで、このようにメリットを語るのが逆に珍しくなってきた
“子どもの遊びをもう一周させてもらえる”そうかも。考えたことなかった/子供と一緒に年甲斐もなくゲームや遊びに興じている。子供がいなかったらどこかしらけた気持ちを持ちながら生きていたかもしれない
老人介護(親の介護)をとおしても、子供時代がよみがえりそうな気がする。
不快な記事。投稿者単位でミュートできんかなぁ
誰も言っていなかったけど誰もが共感できる言語化。俺も子供と一緒にやったザリガニ釣りが楽しかった
とても共感できる。子供をおんぶしてると自分が子供の頃におんぶしてもらってた親の広い背中の記憶が蘇り、自分が背負ってるのか背負われてるのか自他の境界が曖昧になって陶然とする瞬間がある。
だから何なんだ、という感想。結論のようなものはなく。それはそうってことしか書かれていない。
円環の理は、まどかが犠牲にならないと生まれないし、結局、その犠牲が嫌で世界を再度ひっくり返したのがほむらだよね。次の映画でどうなるんでしょうね?
フルタイムの母が1人で3人育てたことの事実に日々驚くばかりの子育て。私は夫とエベレスト登ってヒイヒイ言ってるけど、母は冬季K2北壁を単独無酸素で登ってたみたいな衝撃。
キュウベエにお手柄と言われるほどの最強を育てそうだな。
「もう一回子ども時代を追体験できる」本当にその通り。子供の頃の自分を思い出し、懐かしんでる。
日本の民俗学で円環時間は基本概念。キリスト教じゃなくてアジア(多神教ギリシャ含む)の概念よ。https://kaigo-postseven.com/65016
分かったからその体験を全人類が経験できる方法を提示してみせてよ。でなけりゃ黙ってて
もう一回子供時代を体験しろと言われるなら自殺する自信あるし、誰にもこんな思いさせたくないね
そりゃ良い幼少期をお過ごしの様で何よりだわ。俺の代でこの腐った円環を終わりにしようと考える人もいるんじゃないの。
ブクマも含めてそれはそう。今でも子供見ると可哀想でいたたまれなくなるもん。
スマホ、各種SNS、ショート動画ありの幼少時代、大人の目から見ても難易度ベリーハードすぎる。少し気を抜くとヤツらにすぐ引っ張られる。
子育てをとおして子ども時代が蘇り、人生は円環の理に導かれる
寄稿させていただきました。子育てをやって良いことのひとつは、子ども時代の二周目(孫なら三周目)が体験できること、それから人生が一直線状のライフコースでなく円環状のライフサイクルであるとわかることです。
"人ひとりの人生は一度きりだが、世代が連なれば人生はチェーンのように連なる"これほんとそうだ…
「「子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」」とても共感できる話
人を一人責任持って育てるという重責に対して十分な報酬はあって然るべきと思います
子育てで得てる一番のものはマジでこれだと思ってて、日々自分の再発見がある / なおワイ子供が虫嫌いのため一人で虫捕りしてたら無事不審者なった模様
ADHD児、怪我や迷子にならないかずっと気を張ってて、追体験どころではなかった……。そもそも私自身が本ばかり読んでる子供だったので、原体験も無かった。
タラレバ娘で全く同じ事言ってた。
これは本当にある。子供にとって初めての体験をすぐ隣で見る時に、隣で付き添う者というややメタな位置から(辛いことも含めて)もう一度新鮮な体験をしている。そもそも自分の実体験はン十年前だし。
ほんとそう
わかる
はい、その通りだと思う。…だからこそ、機能不全家族で育った人間の一部は、子供をつくりたくない気持ちがある。「もう一度あの悲しい思いを蘇らせるのは耐えがたい」ってわけ。自分の子供にこそ、って人もいるけど
うまくできないところ見ててすごくもどかしくても、よく考えたら自分めちゃくちゃそうだったなぁってなるんだよね。自分よりだいぶマシなところもダメなとこもあって別の人間だなとも思う
とても共感できる。
2000年代ではあるけど、インターネットのオフ会イツメン達(20人くらいいた)に「オフ会幹事やるからワイのやりたい遊びがしたい」って缶蹴り、鬼ごっこ、ケイドロ、色々を名古屋の公園でやったのはいい思い出
子ども時代の追体験というのは非常に分かる。ただここにある文脈は実は一人でも思いを馳せたり体験すればできる感覚がある。子育てという観点だと、当時の自分の親がどうだったのか、が追体験できる方が驚きだった
つまり子育てをしないと、お金をいくら稼いでも、永遠に子供時代を過ごすことになるという事ですね。ネットで会った事もない有名人に粘着し続けたり。
時間の流れはサイクルでありコースだと感じてる。円環のように巡りつつ、戻らないものもあるから。イメージは少し伸びたコイルばねのようならせん状。何度も円環を繰り返す人もいれば伸びてほぼ直線の人もいる
良いなぁ。
一歳児子育て中です。今得ている時間を大切にして行きたいと思いました。大人の務めも果たしながら、子供のように学んで遊ぶ、簡単なことではないけど頑張るぞ。
とてもよくわかる。
子供がゲームをするようになって私もなんだが楽しい感じ
子供の時に父親に虫取りに連れて行ってもらって嬉しかったから、息子に同じことをしたら息子も喜んでいた。きっと将来息子も自分の子を連れて虫を捕りに行くいくだろうということを確信して安堵した。
子供時代の追体験とともに、自分が子供の時に親がどういうことを考えていたのかも仮想体験できるので、時間軸の前も後ろもサイクル的に捉えられるな。
子供時代の追体験もあるしあの時の親の気持ちを追体験してる事も意義深いなと感じる
たしかに。子どもを授かる前には想像もしなかったもんな。
とてもいいな、と思いました。実際子育てをしている身として共感できるし、今からおじいちゃんになったときの3回目の経験を楽しみにしてる。健康に過ごそう。
かと言って半日くらいお花摘みとシャボン玉に付き合わされると飽きと疲労がね…
熊代 亨。子供に根気強く勉強を教えられる親は強いよなあ。大抵の親は勉強しなさいで終わりだし。
中島みゆきって凄い
子供時代に体験できなかった事の補償になっている人もいるよ。
GWに子供を田舎の室内遊園地のボールプールに連れて行ったらガラガラ貸切状態で親も入れたんだけど、今まで完全に失ってた子供の頃のボールプールに入ってた時の記憶が蘇ってきて感動した
子なし40代既婚者って立場からのコメだけど、もし子がいても、親が自分にくれたものを自分はあげられない(経済的・体力的に無理)という負の自信がある。犬も飼えないし、休日に遊びに連れ出すこともできない。悲しい
こういうの時々見かけるけど、よくわかんないんだよなー。そんなに蘇らない。なんでだろ。
クワガタ取りとか、釣りとか、川遊びとか、綺麗な川で潜るとか、キャッチボールとか、ゲームもそうだし、しかも、それを息子とできるのはこの上ないよね。
全面同意。こちらもぜひ。『子は親を救うために「心の病」になる』 https://amzn.asia/d/06dJwydr
子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」だったと思う。
子供を持つと、自分の子供時代を追体験できるようになるっていうのを聞いて、ますます自分は子供持てないなって思ったんだよね。吐きそうになる。こっちにはデメリットでも、大勢の人にはメリットなんだなって知った
一輪車のってみせたときむけられる、羨望の目。(昔取った杵柄)
いきなり宗教臭くなったやん笑 本当にこのおっちゃんのブログは面白くて笑える
子供との虫探し、1番楽しい
我が子じゃなくても。子育てじゃなくても。例えば職場の新入りに対してもそういうリフレイン感じられるので。人が入れ替わる環境に身を置くのが大事かなと。
ブコメ見ると、シンプルに運が良いか、悪いかに依存するという実感。合理的な人間ほど、結婚、育児はリスクの高いギャンブルになる。頭のいい人達(天才、秀才)は遺伝子ギャンブルの勝者という自覚持った方がいい。
子供時代を追体験できる楽しさはもちろんそう。でもそれ以上に、私が産んで私が24時間世話してきた存在なのにこんなにも私と違う人間になるという驚きが大きい。円環というより螺旋
子供たちが小さい頃は本当に「人生2週目」という言葉が頭をよぎった。でも、自分が親にしてもらったことを子供にもするだけじゃなく、新しい試みもいっぱいやったつもり。そうして螺旋は続いていく(続いていけ)
タイトルだけ見て「Dream TheaterのOctavariumかよ!」と思ってしまった。ある男(父親を指唆)のように守りの人生なんてまっぴらだと思っていたのに気づけばいつしか自分も・・・的な歌なんだけどこの話とは逆向きだな。
とても共感しました。私は学童期、消えたいと思うくらいつらい時期もありましたが、子どもたちにはそう思ってほしくない、地球上で遊び倒してほしいと思っています。
とても共感。堂々と親子でポケモンのTシャツなど着られるのも嬉しい。一方で、自分の親は気づいてくれなかった自分の子供時代の気持ちを慰めながら歩んでもいる。負の螺旋は終わらせ、善の部分は惜しみなく与えたい
大変健全なライフサイクルだった。これを間違いまくって子供を自分の2周目だと勘違いしてる人をまあまあ見かけるのでほっこりした。
子供時代もよみがえるし、自分がしてほしかったことを子供にすることで、自分のインナーチャイルドが癒されていく感覚がある。人生が多層的になった感覚はあるよ。大変なことも多いけど。
その通り。別に子育て以外にも他人と円環を紡ぐ事もできると思うけど、子育てが1番わかりやすい。孤独から救われ人生に意味を与える
うん
自身が第二子で少々雑に扱われてきた感を持ち続けているけど、子を得たことで第一子の特別さにひれ伏している。例えばもう一人恵まれたとして、インナーチャイルドの期待に沿えるだろうか。いや存在も叶わないかも。
「もう一回子ども時代を追体験できる」かつ、自分の子ども時代と現代の差分、自分自身と子ども自身の差分もあるので、子ども時代ver.2.0って実感がある。
わかる。虫取りとか川遊びとかやってるとめちゃ楽しい。なんなら子供本人より楽しく感じられている
うちは長男LD &ADHDだし兄弟2人男児だからインドアな私と全く違う子供時代だけど、男児だったらこんな人生だったかもを体験できてありがたいと思う。GWは虫取りに行き、田植えに行き、磯遊びに行った。
自分には娘しかいないので、原体験とはちょっとズレてる。娘は虫も嫌いだし、カメハメ波も打とうとしない。でも、女の子の遊びは逆に新鮮で、一緒に絵を描きながらほっこりしている。
つらい子供時代だったから自分のような思いをさせたくない一心で必死でやってる。子育てすればするほど母のことが嫌いになる。なぜあんな仕打ちができたから理解不能で苦しくなる。
大人でも遊びたいってのをいつもは我慢してるが、子どもをだしにしたら堂々とできるってなんか難しい言葉で言ってるだけで、子どもいなくても恥ずかしげもなくやればいいだけな気がする。大人は無邪気だとだめなの?
基底欠損としてそこまでたどり着けずに死んでくコースに入ってしまったな、と思ってる。
思い出が想起されてシンクロする感じなのかな…
つまり「結婚して良かったことはまたオッパイをしゃぶれたことだ。二度目の子供時代が蘇った」ということですね!(全然違う
育児をしてると、子ども時代の再体験と、自分の親の体験の想像あるいは答え合わせの2種類の感情が流れ込んでくる。親にしてもらったことは子にしてやりたいと思う。
親もあの時面白かったんだろうな。って気づけるから追どころか憑依まである
この何割かは他人の子と遊んでも得られるので、飽きっぽい人は「たまに遊んでくれる大人」をやるといい。村の子育てが滅びたのにも理由はあろうが。「これ(だけ)が人生」というのは狭苦しいし、人目を気にしすぎ。
早朝発でスキーに行くために寝ている子をベッドから抱き上げて車に運んだとき、「そうか、父親は自分に対してこういう感情を抱いたんだ」と気づき、これは子を持たないと絶対に得られない経験だなとびっくりした
勝ち組人生ならでは
恵まれた家庭に育った場合に限る、という感じがする。
誰かを喜ばせることに嬉しさを見出す人には、子育てはめちゃくちゃ幸福をもたらしてくれると思う。こんな記事にまでいちいち突っかかって否定するコメントをせずにいられない人たちは何で幸せを感じるんだろう
ほむらちゃんの本地仏は直江さんだから。十字架を抱いて眠ったこともあったけど千億の夜を超えて見事環結するんだよね。/いまめっちゃ思い出しながら子供の宿題見てる。
子育てで自分の子ども時代が戻ってくる感覚、懐かしさだけでなく時間の引き受け方の話でもある。
こういうことをもっと氷河期世代に啓蒙しなきゃいけなかったのにね。何もかもが遅すぎた。
子どものいる一番のメリットは自分の人生の価値が下がること。この記事で言うライフコースから半分以上降りられて、とても楽になる。勘違いされそうだけど自分の人生を子どもに負わせるということでは決してない。
善意を装って燃やしに来たような文章。。。
実際に子育てしてみると、うちの親、おかしかったのでは?って気づくことある
「弱者とは何か」という感覚について、子育ての経験で完全に変わった。
すげー駄文だな。今の日本は自分が死んだら世界も終わりという「独我論的世界観」にパラダイムシフトしてますよ。
そうだよね。一生思い出すことがなかったような記憶が、ふわーっと出てくることもあったよな。ああ、自分の時もあったかも、って
子育てを通して自分の親を許せたり、逆に「こんなに子どもは可愛いのにあんな扱いして意味わからんな」と割り切れたりしたので、自分の人生にはよかったと思う
これこれ。
「子を持って知る親の恩」という言葉があるが蓋し真実だと思う。
子じゃなくてペットの話で恐縮なんだけど、親が子犬を猫可愛がりする時の台詞が30年前によく聞いたフレーズで、その口癖久しぶりに聞いたわー!って脳内で盛り上がったけど照れくさいのでまだこの感動を伝えてない
分かる。子供と共に学び、親子の関係を築いていくことでようやく、自分の人生が完成に向かう感じ。我が子をパチンコや競馬に連れていってた父親は、今の自分にとって反面教師そのものだけどもw
めっちゃわかる。子供がいないとじゃぶじゃぶ池で全身びしょ濡れで遊ぶことなどもうなかっただろう。
皆さんのブコメがすてき
https://toyokeizai.net/articles/-/943840
私は子ども時代に全く通らなかった、スーパー戦隊ヒーローものに今めちゃくちゃ夢中になっている。どろ遊びも子どもより必死だ。そして子どもと一緒に学んでいる。教えられる事も多い。
自分がしたかった、されたかったことを権限をもって関われるのだよな…
はじめて自転車に乗れたときの、なんだってできると思えた一瞬。朝はあたたかく、夕方はさびしく鳴る学校のチャイム。そうした風景をもう一度体験している。子育ては、つよくてニューゲーム。そんなふうに思う。
「死後の先の未来についてまで展望させる」若者は高齢者を「逃げ切り」と思ってるけど、たとえば環境問題なんかは案外高齢者のほうが関心が高かったりするのよね。
私は子供がいないが、妹の子供たちと近くに住み、よく一緒に遊んでいる。今さら、公園の遊具で遊ぶ事になろうとは想像してなかったし、今までになく自分の子供時代を振り返っている。
自分と全然違う子供時代の在り方を体験するのも面白いですよ。
経済的な面で親レベルの事を子供にしてやれてないが(実家よりボロい家に住んでいて落ち込む)うちの親は図書館にも博物館にも連れてってくれなかったし我が子は私の子供時代より絶対賢いのでいいだろうと諦めている
“GWのようなまとまった休みには、子どもたちと一緒によく出掛けた。(中略)近場でお金のかからない、けれども身体を動かし五感を刺激するような遊びだ”
虫取りかご持って野山を連れまわってない!そうすべきなのだろうか。
父親が昭和ノリで主導権持っていけるならの理想論。嫁がどこかで仕入れた安心安全第一情報で自分を育てた祖父母も信用してない家族関係がほとんど。教養のあるハイソサエティやなと思った。
戦隊シリーズやライダー、ポケモンを子供と一緒に追いかけた時、製作者(大人)が子供に向けて語りかけている事にようやく気が付き胸が熱くなったよ。子育ては煩しいし思う通りにいかないけど、良いものだよね
何故か怨嗟に満ちているコメ欄
5歳の息子を見ていて、5歳の私を思い出しつつ、当時の父母や祖父母の眼差しを思い出す。大きな生命の流れの一部になっていることに気づいて、嬉しくもなるし、切なくなったりもしてる。
このテーマは何度も繰り返し語られているけど、ある人にとってはそれが円環への回帰になり、ある人には異世界転生に、別の人にとっては解呪の旅に、またある人には呪いの再生産になるのだ。
自分の子供時代に触れた楽しいものや、逆に優しい子真面目そうな子という上部レッテルで苦しんだ私のようになってほしく無い気持ちがぐちゃぐちゃになってちぐはぐ。でも楽しい。
子育ては、かつての子供時代のステージを大人の頭と身体で追体験できるので、強くてニューゲーム感があって、とても楽しい。前回クリア時から時代が変わったことで、追加のアイテムやコンテンツもたくさんあるし。
うん。一人暮らし&私立文系の学費を出してもらった分。子どもの学費を貯めている。最近の学費はちと高すぎないかな。
そうねえ確かにね。そして親は子育てに対する責任があるけど、祖父母は責任なしでとにかくかわいがればいいので気楽。おじいちゃんになりたい
インターネットだと、子供というものが如何に損失を産む存在で家庭を貧困にするかを力説する言説だらけで、このようにメリットを語るのが逆に珍しくなってきた
“子どもの遊びをもう一周させてもらえる”そうかも。考えたことなかった/子供と一緒に年甲斐もなくゲームや遊びに興じている。子供がいなかったらどこかしらけた気持ちを持ちながら生きていたかもしれない
老人介護(親の介護)をとおしても、子供時代がよみがえりそうな気がする。
不快な記事。投稿者単位でミュートできんかなぁ
誰も言っていなかったけど誰もが共感できる言語化。俺も子供と一緒にやったザリガニ釣りが楽しかった
とても共感できる。子供をおんぶしてると自分が子供の頃におんぶしてもらってた親の広い背中の記憶が蘇り、自分が背負ってるのか背負われてるのか自他の境界が曖昧になって陶然とする瞬間がある。
だから何なんだ、という感想。結論のようなものはなく。それはそうってことしか書かれていない。
円環の理は、まどかが犠牲にならないと生まれないし、結局、その犠牲が嫌で世界を再度ひっくり返したのがほむらだよね。次の映画でどうなるんでしょうね?
フルタイムの母が1人で3人育てたことの事実に日々驚くばかりの子育て。私は夫とエベレスト登ってヒイヒイ言ってるけど、母は冬季K2北壁を単独無酸素で登ってたみたいな衝撃。
キュウベエにお手柄と言われるほどの最強を育てそうだな。
「もう一回子ども時代を追体験できる」本当にその通り。子供の頃の自分を思い出し、懐かしんでる。
日本の民俗学で円環時間は基本概念。キリスト教じゃなくてアジア(多神教ギリシャ含む)の概念よ。https://kaigo-postseven.com/65016
分かったからその体験を全人類が経験できる方法を提示してみせてよ。でなけりゃ黙ってて
もう一回子供時代を体験しろと言われるなら自殺する自信あるし、誰にもこんな思いさせたくないね
そりゃ良い幼少期をお過ごしの様で何よりだわ。俺の代でこの腐った円環を終わりにしようと考える人もいるんじゃないの。
ブクマも含めてそれはそう。今でも子供見ると可哀想でいたたまれなくなるもん。
スマホ、各種SNS、ショート動画ありの幼少時代、大人の目から見ても難易度ベリーハードすぎる。少し気を抜くとヤツらにすぐ引っ張られる。