そら日本では設計書はExcel方眼紙に書くものと決まっておりますので
MDAの不渡り手形って表現がいい。看板下ろして日用品になっただけか
Visioが使える環境はわずかで、大体必要なものだけをオートシェイプで書いてた
AIが書いたものであり、筆者の実体験はかなり薄いな
最終的に現場で必要なのはコードなわけでそのためには頭でっかちで厳密なUMLよりも本文にもあるけれど「UML的ななにか」のほうが都合がいいし硬直化しない柔軟な開発設計につながって効率もいいからだと思う。
結論に納得しかない。UML を学んだことは良かったと思うし、その当初から、今もまだ使い続けてるやつしか使ってなかったw
UMLのユースケース図はとてもいいと思った記憶がある。
UMLは減ったけど、tomlとかはあるからそれでいいんじゃない
"「図を正しく描けば、コードは自動的に出てくる」という約束です。" いまのプロンプト/ハーネスエンジニア礼賛諸氏は歴史に学ぼう / plantuml, mermaidでシーケンス図やクラス相関図は残ったし自分はそれで十分
ブランドとしては無産したが、要素は残ってる図のメソッドとしては残ると思う。低コストで図が書けるのは重要な要素、jdocはじめMDにしてもrSTにしても
(PlantUML以前の) UMLはModeling Languageと言いながらテキストでの記法が定義されてないのが現代の目線で見ると致命的なんよね
20世紀は図の作法だけで来歴がバレたり揉めたりしてたからファウラー先生のUMLは非常に使い勝手がよかったのよ。それだけ
殆どの状況で結局コード書いた方が早いという印象。UML等でドキュメントに残して議論する余地があるケースは無くなったわけではないが。
シーケンス図とか今でもよく見ると思うけど。クラス図はコードからリバースできるツールも昔はあったけど、役に立たなかったな。結局、コードが正だからリバースできないものに未来は無い。
UMLの歴史について語ってるのになんで筆者はICONIXに触れないの?
図としてのUMLは、「ER図」や「DFD」を2026年の巷で耳にしないように、すっかり溶け込んでる。それはそう。制度としては……へーそーなーんーだー
シーケンス図は今でもデータフローのある処理の整合性確認したり、マルチスレッドロジックのデッドロック目視検出に役立ったりする
自分の中では、フリーで使いやすいUML作図ツールがろくになかったのが致命的。Astahもフリー版やめちゃうし
状態遷移図は主要なデータ状態とイベントわかりやすいし好きなんだが何故か作られてないことが多い。
2000年代はUMLの本何冊か作って、エージェンシー経由で韓国語版まで出たんだけどなあ。こういう状況になっていたのか。
元々手書きで適当に図を書く時のプラクティスでしょ。シーケンス図とかよく使うから形式張った体系的なUMLは死んだけど現場では生き残ってる
オージス総研とかが一生懸命啓蒙してた印象
確かに全部を図を完璧な仕様で覚える必要は無くなったけど、それっぽい何かは今でも使われてる気がするけどね。なんかいっぱいのUMlを書くのは上流工程みたいな想像してたけど、そういうのはなくなったねー
UMLで設計書書くPJはいくつかあったが、業務仕様を書くにも、フレームワーク部を書くにも適さなくて自然消滅した。結局フレームワークは優秀な人が気合いで作って重要部だけ文書化、業務部は文章で完結にって感じに。
なぜ、2000年代には巷で耳にした「UML」を現在では全く耳にしないのか?
そら日本では設計書はExcel方眼紙に書くものと決まっておりますので
MDAの不渡り手形って表現がいい。看板下ろして日用品になっただけか
Visioが使える環境はわずかで、大体必要なものだけをオートシェイプで書いてた
AIが書いたものであり、筆者の実体験はかなり薄いな
最終的に現場で必要なのはコードなわけでそのためには頭でっかちで厳密なUMLよりも本文にもあるけれど「UML的ななにか」のほうが都合がいいし硬直化しない柔軟な開発設計につながって効率もいいからだと思う。
結論に納得しかない。UML を学んだことは良かったと思うし、その当初から、今もまだ使い続けてるやつしか使ってなかったw
UMLのユースケース図はとてもいいと思った記憶がある。
UMLは減ったけど、tomlとかはあるからそれでいいんじゃない
"「図を正しく描けば、コードは自動的に出てくる」という約束です。" いまのプロンプト/ハーネスエンジニア礼賛諸氏は歴史に学ぼう / plantuml, mermaidでシーケンス図やクラス相関図は残ったし自分はそれで十分
ブランドとしては無産したが、要素は残ってる図のメソッドとしては残ると思う。低コストで図が書けるのは重要な要素、jdocはじめMDにしてもrSTにしても
(PlantUML以前の) UMLはModeling Languageと言いながらテキストでの記法が定義されてないのが現代の目線で見ると致命的なんよね
20世紀は図の作法だけで来歴がバレたり揉めたりしてたからファウラー先生のUMLは非常に使い勝手がよかったのよ。それだけ
殆どの状況で結局コード書いた方が早いという印象。UML等でドキュメントに残して議論する余地があるケースは無くなったわけではないが。
シーケンス図とか今でもよく見ると思うけど。クラス図はコードからリバースできるツールも昔はあったけど、役に立たなかったな。結局、コードが正だからリバースできないものに未来は無い。
UMLの歴史について語ってるのになんで筆者はICONIXに触れないの?
図としてのUMLは、「ER図」や「DFD」を2026年の巷で耳にしないように、すっかり溶け込んでる。それはそう。制度としては……へーそーなーんーだー
シーケンス図は今でもデータフローのある処理の整合性確認したり、マルチスレッドロジックのデッドロック目視検出に役立ったりする
自分の中では、フリーで使いやすいUML作図ツールがろくになかったのが致命的。Astahもフリー版やめちゃうし
状態遷移図は主要なデータ状態とイベントわかりやすいし好きなんだが何故か作られてないことが多い。
2000年代はUMLの本何冊か作って、エージェンシー経由で韓国語版まで出たんだけどなあ。こういう状況になっていたのか。
元々手書きで適当に図を書く時のプラクティスでしょ。シーケンス図とかよく使うから形式張った体系的なUMLは死んだけど現場では生き残ってる
オージス総研とかが一生懸命啓蒙してた印象
確かに全部を図を完璧な仕様で覚える必要は無くなったけど、それっぽい何かは今でも使われてる気がするけどね。なんかいっぱいのUMlを書くのは上流工程みたいな想像してたけど、そういうのはなくなったねー
UMLで設計書書くPJはいくつかあったが、業務仕様を書くにも、フレームワーク部を書くにも適さなくて自然消滅した。結局フレームワークは優秀な人が気合いで作って重要部だけ文書化、業務部は文章で完結にって感じに。