音楽というのは元々モノマネによって広がっていく性質があり、AIによる学習を直ちに剽窃と呼ぶのは躊躇われる。
詳細訊かないと分からんが。
“さらに「音楽における著作権は20世紀のアメリカで設計された」と彼は続ける。メロディラインと歌詞を合わせた「トップライン」を音楽のDNAかの如く絶対的に扱い、下部の輪郭線であるベースラインやリズムパターンを
神でも悪魔でもないというカオスはあんまり創造性とは思わない。金剛界曼荼羅でも観照すればいい。
“今日も「Suno」が700万曲を生成する、この世界”
菊地成孔節が炸裂してて面白い。AIは楽器の延長って考え方は納得感あるわ
SpotifyやYouTubeが公表しているように、人力で生成される大半のコンテンツがほとんど再生されないゴミデータである。生成AIの登場はゴミが増える速度が加速しただけである。強度を保ったクリエイティブを作れるのは少数
楽器も演奏できない人間がデジタルツールポチポチで曲作れるようになったのをスルーしちゃったからね
AIは楽器の一つであるのはそうだと思うけど、ミュージシャンならそのAIという楽器を使って自分の意図や衝動を表現できてる感があるのかどうか語ってほしかった。演者から見た楽器って表現手段でしょ?
菊地成孔の話があったのか…聞きたかった、、、ラジオが終わってもうどれだけたったやら
自由意志以外はすべて道具と言う考え方は出来る。純粋な自由意思があるのかという問いもあり得る。AIの出力はノイズが多いので、道具として優れているとはあまり思っていない。
AIを一人のプレーヤーみたいに扱うの面白い
デジタルツールで作曲するのが基本になってるので、今更使わないなんて手段はないんだよなあ・・・裾野を広げたのもデジタルツールだし
8割方は鼻につく人なんだけど2割の真面目な話はおもしろいんだよな
全くもってその通りなんだけど、リスナーがそれをいつまでも理解しようとしないんだよな。AIとは何かを知ろうともせず聞く耳もなく、手抜き手抜き言いよる。
分かる。音楽におけるAIはあんまこうガツンと責めづらいというか、サンプルパックみたいなものがアリでAIがナシって理屈は意外と難しいと思うんよな。もう既に色んな"ヤバい"作り方が市民権得てるじゃん?みたいな。
“現在における我々のストリーミングの出発点はここである。”そうですね。何であれそれがイノベーションだったと。
この理屈でいうと、イラスト生成AIも(デジタル上の)紙と鉛筆やな。クオリティは扱い手によって変わる
こんな面白そうなトークがあったとは、、、
”メロディラインと歌詞を合わせた「トップライン」を音楽のDNAかの如く絶対的に扱い、下部の輪郭線であるベースラインやリズムパターンを蔑ろにする権利ビジネスなのだと。” 下部の輪郭線は「ジャンル」扱い。
"「以前は無風だったんですけどね」と苦笑い" わかる。反対(過激)派イラスト界隈から音楽側に標的を移して活動してる肌感ヒシヒシでしんどい。賛否の「意見」より、その立場に基づく素敵な「音楽」が聞きたいから!
さすがです。
サンプリングはもちろんDTMがとっくに当たり前になってる世界なのに「AI曲ダメ絶対!」な人っているのか…まぁそういう考えもあるか。世界は広いな。
音楽はパクリだと気付かれると叩かれるので、バレない程度にアレンジする必要があり、バレルかバレないかの線引きは人や時代でも変わるので、そのアレンジ加減をAIがやってくれると助かるのかも。
打ち込みやサンプリングやAIもそうだけど何をしたかが評価されるようになってればいいね
楽器や大工道具にたとえてもいいし自動車やバイクにもたとえられるし、兵器にもたとえられる
さすがである
「音楽的な剽窃を原理/構造的に証明した裁判は1件もない」いや記念樹事件があるぞ(JASRAC古賀財団の腐敗問題が飛び火したような訴訟でパクリ訴訟の本筋ではないかもしれないが)/ RT学習は無意味。推論のほうでしょ。
わかってはいるがこの人が60代っていうのがなかなか
お年寄りはまだこんなこと言ってるんだね
同じインプットをしたときアウトプットが同一なら創作の主体は使い手にあるのでそれは道具と言えるけど、同一インプットでアウトプットが異なると創作の主体は使い手側にないので道具と言うより生成器が近い気がする
記事にもあるように「岸辺露伴は動かない」シリーズでもAIを使っていて、すでに実績のある菊地成孔さん。大変興味深い記事と即興演奏(AIと)でした。
他の何よりも菊地がもう還暦超えてるという事実に衝撃を受けた
文章に関してもそういう使い方は出るんじゃないのかと感じている。
イラストレーターが同じような事を言ったら炎上しそう。ネットの反応見てないから炎上してるのかもしれないけど
音楽も将棋と似た立ち位置になるのでは?作る人の人格や技術だったり曲の位置付け込みで楽しむのと、単にその曲そのものを楽しむというもの
単なる親AI vs 反AI論ではなく、音を生成する技術史や主に米国における音楽著作権の歴史の課題点や音楽のコピー文化という音楽業界独特の文脈から発する「人類史上最も大量に音楽が生み出される時代」の問い掛け。
あとで即興AIとのセッションを聴く
インプロビゼーションの掛け合いが出来る楽器ってそれ楽器? 「音で遊ぶ為の器具」なら楽器か。インターネット登場以来、全ての人がクリエイターになれる方向で世界が拡張されてきた流れに乗っているとは言える。
『「音楽における著作権は20世紀のアメリカで設計された」と彼は続ける』←メロディ重視はアメリカより先に19世紀後半のヨーロッパのような。フランスの音楽著作権管理団体SACEMの設立が1851年。
即興演奏すご
音楽系は実は前からAIでパートとかミキシングとかマスタリングとかやってたから、道具として使うのに慣れてるのはありますよね 最近Spliceに似たパターンをAI生成する機能付いたのは戦慄しました、展開作の簡単すぎ…
ポピュラーミュージックはテクノロジーと共にある、と故渋谷陽一さんが言ってた気がする。わたしもテクノロジーに寄り添えなくなったら誰も振り向かなくなると思う。 そして即興演奏AIは衝撃的
菊地成孔と大谷能生の「憂鬱と官能を教えた学校」 これを何処かのサービスで視聴できるようにして欲しい
膨大かつ広範な知識の音源かけたり女子アナと変態コントするラジオ復活してよ~
菊地成孔はAIを「楽器の子孫」と捉え、音楽の本質を再考。1日700万曲生成の時代に著作権や創作の定義が揺らぐ。
“彼にとって音楽AIは、オルガンやチェンバロをはじめとしたヨーロッパの楽器の発明から連綿と更新される、音楽機材の最新版。つまりシンセサイザー、サンプラー、MIDIと同じ「楽器の子孫」に過ぎない。”
AIは楽器に過ぎない 菊地成孔が考える「音楽は誰のものか」という根源的な問い
音楽というのは元々モノマネによって広がっていく性質があり、AIによる学習を直ちに剽窃と呼ぶのは躊躇われる。
詳細訊かないと分からんが。
“さらに「音楽における著作権は20世紀のアメリカで設計された」と彼は続ける。メロディラインと歌詞を合わせた「トップライン」を音楽のDNAかの如く絶対的に扱い、下部の輪郭線であるベースラインやリズムパターンを
神でも悪魔でもないというカオスはあんまり創造性とは思わない。金剛界曼荼羅でも観照すればいい。
“今日も「Suno」が700万曲を生成する、この世界”
菊地成孔節が炸裂してて面白い。AIは楽器の延長って考え方は納得感あるわ
SpotifyやYouTubeが公表しているように、人力で生成される大半のコンテンツがほとんど再生されないゴミデータである。生成AIの登場はゴミが増える速度が加速しただけである。強度を保ったクリエイティブを作れるのは少数
楽器も演奏できない人間がデジタルツールポチポチで曲作れるようになったのをスルーしちゃったからね
AIは楽器の一つであるのはそうだと思うけど、ミュージシャンならそのAIという楽器を使って自分の意図や衝動を表現できてる感があるのかどうか語ってほしかった。演者から見た楽器って表現手段でしょ?
菊地成孔の話があったのか…聞きたかった、、、ラジオが終わってもうどれだけたったやら
自由意志以外はすべて道具と言う考え方は出来る。純粋な自由意思があるのかという問いもあり得る。AIの出力はノイズが多いので、道具として優れているとはあまり思っていない。
AIを一人のプレーヤーみたいに扱うの面白い
デジタルツールで作曲するのが基本になってるので、今更使わないなんて手段はないんだよなあ・・・裾野を広げたのもデジタルツールだし
8割方は鼻につく人なんだけど2割の真面目な話はおもしろいんだよな
全くもってその通りなんだけど、リスナーがそれをいつまでも理解しようとしないんだよな。AIとは何かを知ろうともせず聞く耳もなく、手抜き手抜き言いよる。
分かる。音楽におけるAIはあんまこうガツンと責めづらいというか、サンプルパックみたいなものがアリでAIがナシって理屈は意外と難しいと思うんよな。もう既に色んな"ヤバい"作り方が市民権得てるじゃん?みたいな。
“現在における我々のストリーミングの出発点はここである。”そうですね。何であれそれがイノベーションだったと。
この理屈でいうと、イラスト生成AIも(デジタル上の)紙と鉛筆やな。クオリティは扱い手によって変わる
こんな面白そうなトークがあったとは、、、
”メロディラインと歌詞を合わせた「トップライン」を音楽のDNAかの如く絶対的に扱い、下部の輪郭線であるベースラインやリズムパターンを蔑ろにする権利ビジネスなのだと。” 下部の輪郭線は「ジャンル」扱い。
"「以前は無風だったんですけどね」と苦笑い" わかる。反対(過激)派イラスト界隈から音楽側に標的を移して活動してる肌感ヒシヒシでしんどい。賛否の「意見」より、その立場に基づく素敵な「音楽」が聞きたいから!
さすがです。
サンプリングはもちろんDTMがとっくに当たり前になってる世界なのに「AI曲ダメ絶対!」な人っているのか…まぁそういう考えもあるか。世界は広いな。
音楽はパクリだと気付かれると叩かれるので、バレない程度にアレンジする必要があり、バレルかバレないかの線引きは人や時代でも変わるので、そのアレンジ加減をAIがやってくれると助かるのかも。
打ち込みやサンプリングやAIもそうだけど何をしたかが評価されるようになってればいいね
楽器や大工道具にたとえてもいいし自動車やバイクにもたとえられるし、兵器にもたとえられる
さすがである
「音楽的な剽窃を原理/構造的に証明した裁判は1件もない」いや記念樹事件があるぞ(JASRAC古賀財団の腐敗問題が飛び火したような訴訟でパクリ訴訟の本筋ではないかもしれないが)/ RT学習は無意味。推論のほうでしょ。
わかってはいるがこの人が60代っていうのがなかなか
お年寄りはまだこんなこと言ってるんだね
同じインプットをしたときアウトプットが同一なら創作の主体は使い手にあるのでそれは道具と言えるけど、同一インプットでアウトプットが異なると創作の主体は使い手側にないので道具と言うより生成器が近い気がする
記事にもあるように「岸辺露伴は動かない」シリーズでもAIを使っていて、すでに実績のある菊地成孔さん。大変興味深い記事と即興演奏(AIと)でした。
他の何よりも菊地がもう還暦超えてるという事実に衝撃を受けた
文章に関してもそういう使い方は出るんじゃないのかと感じている。
イラストレーターが同じような事を言ったら炎上しそう。ネットの反応見てないから炎上してるのかもしれないけど
音楽も将棋と似た立ち位置になるのでは?作る人の人格や技術だったり曲の位置付け込みで楽しむのと、単にその曲そのものを楽しむというもの
単なる親AI vs 反AI論ではなく、音を生成する技術史や主に米国における音楽著作権の歴史の課題点や音楽のコピー文化という音楽業界独特の文脈から発する「人類史上最も大量に音楽が生み出される時代」の問い掛け。
あとで即興AIとのセッションを聴く
インプロビゼーションの掛け合いが出来る楽器ってそれ楽器? 「音で遊ぶ為の器具」なら楽器か。インターネット登場以来、全ての人がクリエイターになれる方向で世界が拡張されてきた流れに乗っているとは言える。
『「音楽における著作権は20世紀のアメリカで設計された」と彼は続ける』←メロディ重視はアメリカより先に19世紀後半のヨーロッパのような。フランスの音楽著作権管理団体SACEMの設立が1851年。
即興演奏すご
音楽系は実は前からAIでパートとかミキシングとかマスタリングとかやってたから、道具として使うのに慣れてるのはありますよね 最近Spliceに似たパターンをAI生成する機能付いたのは戦慄しました、展開作の簡単すぎ…
ポピュラーミュージックはテクノロジーと共にある、と故渋谷陽一さんが言ってた気がする。わたしもテクノロジーに寄り添えなくなったら誰も振り向かなくなると思う。 そして即興演奏AIは衝撃的
菊地成孔と大谷能生の「憂鬱と官能を教えた学校」 これを何処かのサービスで視聴できるようにして欲しい
膨大かつ広範な知識の音源かけたり女子アナと変態コントするラジオ復活してよ~
菊地成孔はAIを「楽器の子孫」と捉え、音楽の本質を再考。1日700万曲生成の時代に著作権や創作の定義が揺らぐ。
“彼にとって音楽AIは、オルガンやチェンバロをはじめとしたヨーロッパの楽器の発明から連綿と更新される、音楽機材の最新版。つまりシンセサイザー、サンプラー、MIDIと同じ「楽器の子孫」に過ぎない。”