“ マーが最も懐かしく思い出すのは、1986年にリリースされたザ・スミスの3作目のアルバム『The Queen Is Dead』の制作”
モリッシーって作詞だけじゃなくて歌メロの作曲もしてたんだよな。
「いや、本当に魔法みたいだったよ!」なんだか泣けてしまう。2人の出会いは本当に奇跡のようで。ファーストアルバムを初めて聴いた時の事を今でも覚えている。
学生時代に組んだバンドでボーカルに「ジョニー・マーのギターを弾いてくれ」と言われ曲を聴かされて頭を抱えたな。ギターは私ひとりだったので。
There is a light that never goes out って感じ。でも消えちゃったけど。
モリッシーのメロディは独特だったからなあ。ギターバンドとしての、あのアレンジと、あの独特なメロディが別々の所から出て来て、一つの曲に収まる感じは、さぞ不思議な光景だったろうよ。
“最高だった。魔法みたいだった。僕はギターを手にして、カセットプレーヤーを膝の間に挟んで、“こんなのがある”と言って、録音ボタンを押す”
スミスの所属レーベルはラフ・トレード
Some Girls Are Bigger Than Othersという曲がメロディが綺麗で好きで、ギターで弾いてみたい!とチャレンジしたらアルペジオ地獄で難しかったなぁ。後から歌詞が女の子の胸の大きさについてを歌ってると気づいてずっこけた笑
ジョニー・マーはギターが上手い
“「スミスの多くの曲では、アコースティック・ギターがすごく大きく鳴っているけど、あれは意図的なんだよ。アコースティック・ギターをラジオに戻したかったんだ。しかも、音量の大きなアコースティックをね。”
キャッチーな曲調とキモボーカルの組み合わせが好きだった
モリッシーとマーのコンビは、稀代のメロディメーカーだと思う。
当時のロックではアコギを使うのが流行ってたね。
ジョニー・マー、ザ・スミス時代にモリッシーと曲作りをした「魔法」のような体験を回想 - amass
“ マーが最も懐かしく思い出すのは、1986年にリリースされたザ・スミスの3作目のアルバム『The Queen Is Dead』の制作”
モリッシーって作詞だけじゃなくて歌メロの作曲もしてたんだよな。
「いや、本当に魔法みたいだったよ!」なんだか泣けてしまう。2人の出会いは本当に奇跡のようで。ファーストアルバムを初めて聴いた時の事を今でも覚えている。
学生時代に組んだバンドでボーカルに「ジョニー・マーのギターを弾いてくれ」と言われ曲を聴かされて頭を抱えたな。ギターは私ひとりだったので。
There is a light that never goes out って感じ。でも消えちゃったけど。
モリッシーのメロディは独特だったからなあ。ギターバンドとしての、あのアレンジと、あの独特なメロディが別々の所から出て来て、一つの曲に収まる感じは、さぞ不思議な光景だったろうよ。
“最高だった。魔法みたいだった。僕はギターを手にして、カセットプレーヤーを膝の間に挟んで、“こんなのがある”と言って、録音ボタンを押す”
スミスの所属レーベルはラフ・トレード
Some Girls Are Bigger Than Othersという曲がメロディが綺麗で好きで、ギターで弾いてみたい!とチャレンジしたらアルペジオ地獄で難しかったなぁ。後から歌詞が女の子の胸の大きさについてを歌ってると気づいてずっこけた笑
ジョニー・マーはギターが上手い
“「スミスの多くの曲では、アコースティック・ギターがすごく大きく鳴っているけど、あれは意図的なんだよ。アコースティック・ギターをラジオに戻したかったんだ。しかも、音量の大きなアコースティックをね。”
キャッチーな曲調とキモボーカルの組み合わせが好きだった
モリッシーとマーのコンビは、稀代のメロディメーカーだと思う。
当時のロックではアコギを使うのが流行ってたね。