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ロバート・フリップ、デヴィッド・ボウイ「Heroes」のレコーディングを回想 ボウイもフリップもイーノも「リミナル・ゾーン」にいた - amass

1: kiku72 2026/08/27 19:28

“同時に、私たちは“リミナル・ゾーン(境界域)”にいたとも言えます。ここでいうリミナルとは、時間的にも、人間関係においても、場所においても、何かと何かの“あい”

2: karatte 2026/08/27 21:55

独特の言い回しがいい。フリップ翁の邦訳はですます調がしっくりくる。英文ソースも参照したい。

3: mmddkk 2026/08/27 22:06

「(Robert Frippの代わりに)彼のライヴ・ギタリストを務めた人のほうが、私がやるよりもはるかに良い仕事をしたと思います」というのは、後にKing Crimsonを組むAdrian Belewだよね。

4: auto_chan 2026/08/27 22:17

曲名目にしただけにひょーーーーーんとあのロングトーンが流れてくるくらいに印象的

5: OKP 2026/08/27 23:57

“私がデヴィッドのライヴ・ギタリストとして適任だったか? それは分かりません。ただ、彼のライヴ・ギタリストを務めた人のほうが、私がやるよりもはるかに良い仕事をしたと思います” 言いそうw

6: ustam 2026/08/28 00:13

今更だけどルーリードと曲調が似てるなあ、と思ったら、『Im waiting for the man』の影響受けてるのね。

7: masa_bob 2026/08/28 00:25

1978年のころのLIVEが一番カッコいいよね

8: georgew 2026/08/28 00:30

もう半世紀近く前になるのか...

9: gogatsu26 2026/08/28 03:03

“当時の私は、自分が現役のプレイヤーだとは思っていませんでした。10か月間、隠遁生活のような状態で過ごしていて、そういう世界に戻るつもりもなかったんです”

10: mitsumorix 2026/08/28 06:40

少年の時プレスリーの熱狂的ファンだったボウイだが、ソロで売るためにデビュー時はフォーク歌手。ミック・ロンソンとの邂逅で英式ロックに活路を見出し、以来彼の音作りの最重要テーマはギタリスト選びとなった。

11: Masuda_Buddha 2026/08/28 09:27

ダリル・ホールの『Sacred Songs』(1977レコーディング)と勘違いした。フリップ周辺、人脈が濃すぎて脳内でアルバムが混線。

12: donovantree 2026/08/28 09:38

“リミナル・ゾーン(境界域)”「ブライアン・イーノについても〜今私たちが知るブライアンにはまだ至っておらず、その“あいだ”にいたと思います。」イーノはその翌1978年Ambient 1: Music for Airportsを発表する。