渋谷が仕切ってた80年代よりも、90年代にニルヴァーナ・レディオヘッド・オアシス・レッチリに全ベットしてた頃が全盛期という印象。その頃にはベックを理解できない渋谷陽一は洋楽に興味を失くしてたっぽいが。
“自分語り多めのテキストは、「音楽について書け」と批判される一方、「情報が飽和したネットでは個人の体験談が貴重」と見直しも起きたり” 自分がはてブの「隙自語」を好んで読むのと近い……のか?
はっきしいって、昔のロッキングオンは、昔のはてなダイアリーに似てたよ。『Cut』レイアウトおしゃれに決めすぎて読みづらいし、翻訳記事はともかく日本人ライターの書いた映画評はひどいものだった。
自分語り全開のロキノン文体の源流から限界までしっかり論考されてて読みごたえある
高校くらいの頃にロキノン読んで、あのアーティスト気取りの自己陶酔・自己顕示の煮凝りみたいな音楽評論だらけでマジで寒気がしたなぁ。タナソーとかも同様だけど。お前は誰だよって思ってたし、今も思ってる
1980年代の雑誌はぜんぶほんとにうざかった。企業のPRと個人の感想だけだった(´・ω・`)
70年代に渋谷陽一に出会った時は舌を巻き、フォロワー的な心理になりつつも、ロッキン・オン創刊の頃には興味を失っていたオレは、たぶんリスニングガイド以上の「評論」を求めてなかったんだろうな。北中正和は好き
センスないくせにトム・ヨークと交流があるだけでイキってた寒い連中
はっはっは(ロキノン育ちのわし)
本当に読むところのない雑誌なのに人気があるらしい、という現実を見て、随分とアノ界隈からは離れさせていただいた。とてもよかったと思っている。
ロッキング・オンは読んでなんじゃこりゃと思ったので、ずっとクロスビートばかり買ってた(懐古)
おれが好きじゃなかった理由が書いてあるなとおもって面白く読んだが、好きじゃなかったと思しき人がはてブに意外と多くておもしろい
“自分語りを肯定” はてなはロキノンだったのか。『らーめん再遊記』の作り手vs語り手編と繋がる話が多いね。同じ人物を軸に置いてるんだから当たり前だけども。
とにかく自分の好きなアーティストしか推さないイメージだった。どんだけzep好きなんだよと。
中村とうようが頑固が行きすぎて今の音楽を拒絶した末に昔の廃盤レコードをずっと聴いているだけになり自殺したのを横目で見て段々と書く仕事以外の仕事を増やしていった感じがある。
当時、渋谷タナソーにかぶれた奴らのウザいことウザいこと。それだけではなくてヘビメタとか言ってくるしな。
80年代のロッキンオンのノリ、好きだったけどなぁ。モリッシーを評して「ジェームス・ディーンと太宰治を足したら、気持ち悪い踊りをして歌うオカマになった」みたいなこと書いてて面白いって思ってた中学時代だった
内的必然性の話か、ちゃんと読もう
ばるぼらさんの渋谷陽一の分かりやすくて素晴らしいまとめ。評論家→編集者→晩年のイベンター渋谷陽一も含めて「メディアとしての渋谷陽一」として評伝を書いていただきたい。
自身の小林秀雄的なポジションについてラジオの番組内で言及してたらしいけど、同じアイデアを茶化しの精神で「考えるヒット」という形に膨らませた近田春夫氏のほうが自分的には昔からの好みだ。
最近よくあるクリエイターとメディアの関係みたいのを、当初から見透かして、自分でメディアを立ち上げたのは凄いと思う。好き嫌いあるだろうが、おそらく「じゃ、自分で立ち上げろよ」って渋谷は言うだろう。
ほぼ一般人の自分語り、ミュージシャンの架空対談(虚構新聞よりひどい)を当時は本当に面白いと思っていた。なにしろ他になかったので。一音楽ファンだって自分なりに語っていいという「場」がそこにあった。
昔のロックのライブ映像がYoutubeで観れるようになって久しいが、中心の英米から遠く離れた日本に引きこもったままスタジオ盤聴いてロックを語るとか、イタコ芸になるだけだと思った。ランディ・ローズ小児麻痺とか。
“ロッキング・オン ばるぼら 渋谷陽一”
「初期衝動」って渋谷陽一の語法だったのかー
サブカルチャーの消費を通じて主体や何かの確立を目指す「型」を確立した功績
“あまりの挑発的な文体に面食らう。一体この人はなぜずっと怒りっぱなしなのか。〈自分の内に混沌としたロック衝動を持たないものが、ロック批評を行ったところで、どうでもいいものにしかならない〉”
文学的に優れた批評のスタイルで音楽を取り上げて書いても、結局それは文学的に良いのであって、音楽的な論理で良いのではない。ここに納得がいかなくなった渋谷 > 自分で勘付いただけでも随分マシか。
渋谷はあれだけハマってたはずのZepですら、To be a rock and not to rollという「歌詞」から紐解いていたくらいで、殆ど言葉からのみ、ロック批評を展開していた。図らずもそれって吉本隆明のロック評と同じなんだよね。
70年代の、読者だった頃の思い出を書いていたところへこの記事が来て、いろいろ懐かしいことを思い出した。渋谷陽一、誤解されている部分も多い人だと思う。https://nevertheless.hatenablog.com/entry/2026/08/07/153252
あんまり雑誌の方は読んでなかったけど、新潮文庫「ロックは語れない」で遠藤ミチロウを知った。あと山下達郎ってこんな面白い人なんだ!とも
初期衝動, 自分語り
渋谷陽一のロック批評とは何だったのか? ばるぼらの『メディアとしてのロックン・ロール 渋谷陽一評論集』評
渋谷が仕切ってた80年代よりも、90年代にニルヴァーナ・レディオヘッド・オアシス・レッチリに全ベットしてた頃が全盛期という印象。その頃にはベックを理解できない渋谷陽一は洋楽に興味を失くしてたっぽいが。
“自分語り多めのテキストは、「音楽について書け」と批判される一方、「情報が飽和したネットでは個人の体験談が貴重」と見直しも起きたり” 自分がはてブの「隙自語」を好んで読むのと近い……のか?
はっきしいって、昔のロッキングオンは、昔のはてなダイアリーに似てたよ。『Cut』レイアウトおしゃれに決めすぎて読みづらいし、翻訳記事はともかく日本人ライターの書いた映画評はひどいものだった。
自分語り全開のロキノン文体の源流から限界までしっかり論考されてて読みごたえある
高校くらいの頃にロキノン読んで、あのアーティスト気取りの自己陶酔・自己顕示の煮凝りみたいな音楽評論だらけでマジで寒気がしたなぁ。タナソーとかも同様だけど。お前は誰だよって思ってたし、今も思ってる
1980年代の雑誌はぜんぶほんとにうざかった。企業のPRと個人の感想だけだった(´・ω・`)
70年代に渋谷陽一に出会った時は舌を巻き、フォロワー的な心理になりつつも、ロッキン・オン創刊の頃には興味を失っていたオレは、たぶんリスニングガイド以上の「評論」を求めてなかったんだろうな。北中正和は好き
センスないくせにトム・ヨークと交流があるだけでイキってた寒い連中
はっはっは(ロキノン育ちのわし)
本当に読むところのない雑誌なのに人気があるらしい、という現実を見て、随分とアノ界隈からは離れさせていただいた。とてもよかったと思っている。
ロッキング・オンは読んでなんじゃこりゃと思ったので、ずっとクロスビートばかり買ってた(懐古)
おれが好きじゃなかった理由が書いてあるなとおもって面白く読んだが、好きじゃなかったと思しき人がはてブに意外と多くておもしろい
“自分語りを肯定” はてなはロキノンだったのか。『らーめん再遊記』の作り手vs語り手編と繋がる話が多いね。同じ人物を軸に置いてるんだから当たり前だけども。
とにかく自分の好きなアーティストしか推さないイメージだった。どんだけzep好きなんだよと。
中村とうようが頑固が行きすぎて今の音楽を拒絶した末に昔の廃盤レコードをずっと聴いているだけになり自殺したのを横目で見て段々と書く仕事以外の仕事を増やしていった感じがある。
当時、渋谷タナソーにかぶれた奴らのウザいことウザいこと。それだけではなくてヘビメタとか言ってくるしな。
80年代のロッキンオンのノリ、好きだったけどなぁ。モリッシーを評して「ジェームス・ディーンと太宰治を足したら、気持ち悪い踊りをして歌うオカマになった」みたいなこと書いてて面白いって思ってた中学時代だった
内的必然性の話か、ちゃんと読もう
ばるぼらさんの渋谷陽一の分かりやすくて素晴らしいまとめ。評論家→編集者→晩年のイベンター渋谷陽一も含めて「メディアとしての渋谷陽一」として評伝を書いていただきたい。
自身の小林秀雄的なポジションについてラジオの番組内で言及してたらしいけど、同じアイデアを茶化しの精神で「考えるヒット」という形に膨らませた近田春夫氏のほうが自分的には昔からの好みだ。
最近よくあるクリエイターとメディアの関係みたいのを、当初から見透かして、自分でメディアを立ち上げたのは凄いと思う。好き嫌いあるだろうが、おそらく「じゃ、自分で立ち上げろよ」って渋谷は言うだろう。
ほぼ一般人の自分語り、ミュージシャンの架空対談(虚構新聞よりひどい)を当時は本当に面白いと思っていた。なにしろ他になかったので。一音楽ファンだって自分なりに語っていいという「場」がそこにあった。
昔のロックのライブ映像がYoutubeで観れるようになって久しいが、中心の英米から遠く離れた日本に引きこもったままスタジオ盤聴いてロックを語るとか、イタコ芸になるだけだと思った。ランディ・ローズ小児麻痺とか。
“ロッキング・オン ばるぼら 渋谷陽一”
「初期衝動」って渋谷陽一の語法だったのかー
サブカルチャーの消費を通じて主体や何かの確立を目指す「型」を確立した功績
“あまりの挑発的な文体に面食らう。一体この人はなぜずっと怒りっぱなしなのか。〈自分の内に混沌としたロック衝動を持たないものが、ロック批評を行ったところで、どうでもいいものにしかならない〉”
文学的に優れた批評のスタイルで音楽を取り上げて書いても、結局それは文学的に良いのであって、音楽的な論理で良いのではない。ここに納得がいかなくなった渋谷 > 自分で勘付いただけでも随分マシか。
渋谷はあれだけハマってたはずのZepですら、To be a rock and not to rollという「歌詞」から紐解いていたくらいで、殆ど言葉からのみ、ロック批評を展開していた。図らずもそれって吉本隆明のロック評と同じなんだよね。
70年代の、読者だった頃の思い出を書いていたところへこの記事が来て、いろいろ懐かしいことを思い出した。渋谷陽一、誤解されている部分も多い人だと思う。https://nevertheless.hatenablog.com/entry/2026/08/07/153252
あんまり雑誌の方は読んでなかったけど、新潮文庫「ロックは語れない」で遠藤ミチロウを知った。あと山下達郎ってこんな面白い人なんだ!とも
初期衝動, 自分語り