「被害を受けた側が「許そう、だが忘れない」という物語を紡いでいるときに、加害の側が「忘れた」と応じてしまえば、和解の前提が成り立たない」「生まれてないから反省しない」が如何に酷い言葉か。
戦時の君主を現在まで象徴として担いでおきながら許されると考えているのは頭がどうかしている。1億総懺悔とか欺瞞だったよね。
許すの許さんのというレベルで話をするのがまず間違っている気がする。宮崎氏の感覚で、ここ100年の世界の戦争を許せない順に並べてみてほしい。
仏や中国が「ベトナム、チベットへの加害を忘れない」米英が「長きにわたる植民地支配を反省」などと言わないことを踏まえると、この反省スタイルは日本人が特に好きなスタイルだよね。役に立ってるかは知らない
フランスや中国、米英が反省しないのは戦勝国だからだよ。ドイツは延々と反省迫られてる
一方で、現総理の高市は反省なんかしておりませんし、いわれる覚えもありません、などと言うんだよね
宮崎さんは実家が兵器会社で、そのために裕福だったので、加害者としての罪の意識を持たれている背景がある。
駿 あんたは辺野古の事件についてなんかコメント出せ
戦争責任者の息子、孫を政治家として個人崇拝する文化は、独伊では考えにくいところ。「祖父の汚名を濯ぐ」という意識が、歴史修正主義に向かわせる
この人は辺野古基金の共同代表であり活動家団体にも辺野古ボートにも金を流していたことが明らかなんだから、まずは自分自身の責任に向き合ってくれないか?これでは責任からの逃げだろ。
ローマ教皇や戦後の天皇も加害の歴史を反省してるんだし歴史の長さを誇るなら加害の歴史も記憶するべき
辺野古基金の共同代表があの事件出高校生が死んだことに対して何のコメントも出さないのに何がどう向き合うかだよ。お前が向き合えよ。
自分の加害に触れない人が何だって? https://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-05-09/2015050901_01_1.html https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-243230.html#google_vignette
多くの日本人は忘れたなんて思っていませんが。かたや辺野古の運動に強い影響力を持ちながら、辺野古の事件に沈黙を貫き、「忘れた」に等しい態度の人がいるらしいです。
宮崎駿氏は、何を言っても「ご自分は赤い千尋と向き合っていないのに?」としか思わなくなった。「その事実はいつまでも残ります」
沖縄基地反対闘争の資金源になってる宮崎駿。
そうそう辺野古の活動家は加害者であることを忘れるなよ。沖縄土人は一緒にアジアを侵略した加害者でそれを制裁したのが米軍だから。
この人たちの言っている「日本人」には、何故か自身が含まれていないんだよ。他人にひたすら反省と贖罪を求めている。辺野古の件を見ても分かるでしょ。
辺野古の事故が起こる以前に刊行された書籍の要約の記事に、辺野古の事故に触れていないと文句をつけるブコメ多数。
駿は単純化できないことを知ってて自作で善悪分けられない作劇するのにこういう時だけ現実無視して単純な理想論ぶつので分裂的/著: 辻田 真佐憲 発売日 2025年07月17日 https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000417459
戦争の話となると急に日本国民としての責任、などというキモい概念を持ち出すのはリベラルを自認するならやめて欲しい。/そこに共謀関係がないなら、親の罪に子が連座するなんて野蛮な法は中国にも韓国にもないよ。
たしかに、本来のリベラルであれば、戦後生まれた人間には、過去の戦争の反省なんて無関係のはずなのに急に国民全体の責任にするのは、なんでだろうな。現在の戦争、人権であれば真っ先に批判すべきは中露だろうな。
宮崎駿には戦争の話よりも、かつて勲と語った「文明が自然を破壊する物語」が今や反転し、熊が人を喰い雑草が限界集落を覆い尽くす現代社会について語って欲しい。駿は、自然に人類が侵犯される現代を喜んでるのか?
辻田真佐憲『「あの戦争」は何だったのか』(2025.7)からの抜粋記事/被害国側のフィリピンが「許そう、だが忘れない」と語るのに対し加害国側の日本側から仮に「過去より未来指向」等と言ったら確かに外交下手なわけで
「日本人」だから子孫が永遠に反省し続けなければいけない…という理屈が成り立つには「日本人」に特有かつ必ず備えている加害性みたいなのがあるはずだけど、そんなものは証明しようがない。永遠に反省なんて無理だ
1941年生まれの人間に戦争責任はあるのか
パヤオには加害者の実感がないからな
ナポレオン戦争は共和国政府のやらかしなので他国に400万人の犠牲者を出したとしても王政復古した政府と国民はノーカン無罪で押し切ったフランスをちょっとは見習ってもいいんじゃね?
過去に遡上しての責任なんかは知らんが、酷い愚者は歴史を弄り出す事は知ってる。それにパヤオを都合よく使うなよ、アレも大概なアレだからな。クリエイターとして優れている以外パヤオに何か担保があるか?
大東亜戦争は建前上アジア解放だったけど、フィリピンは戦前すでに将来の独立が確約されてたので日本軍を歓迎しなかった。インドネシアで今村大将は好かれたが、好例だけでひとくくりにせず個々の事例を見なくては
自分が経験した訳でもないのに忘れるなと言われてもな。国家の罪として皆んなで反省しましょう、なんてスーパー全体主義の極右翼の発想で物申してんのか?
大日本帝国がやらかしたことを繰り返さないために歴史を学び対策を考えると事はとても大切
id:donovantree 「関係ない」は通用しないなら、「日本の人権派」は、仲間がやった「自衛官差別」を反省しろ。 id:jimusiosaka 事故があった後も宮崎によるコメントはゼロだし「本と言動が一致してない」と言う批判は妥当だろ
戦争も国の歴史であり忘れる必要はない。気になるのは日清や日露、ww1がその対象になっていないリベラル界隈。cinefukはそろそろ己の頭の中にある想像の保守から解放されたら良いのにね。バカに映るよ笑
宮崎駿監督は2024年11月のマグサイサイ賞受賞時、日本人がアジアにおける「戦争加害」を忘れてはならないと強く訴えた
政治家でもない宮崎駿がフィリピンから賞を受ける際のごく短い発言を都合よく解釈して、大御所の知名度と権威を恣意的に利用している記事。宮崎駿よりもこういうことをする記者の方を批判するべき。
反戦を訴える事と戦艦や戦車をかっこいいと思う事は共存できる!この人を見ているとわかる
「戦後しばらくのあいだフィリピンには強い反日感情が根付いていた。しかしその後、戦没者の遺族や元兵士が慰霊のため現地を訪れ、謝罪の意思を示したことが、和解への道をひらく一因となった」
フィリピンでは祖父が戦死しているので、日本人としてフィリピンの人に向き合う気持ちがあると同時に家族を失った被害者としての側面もあるので、宮崎駿氏がどの立場で物言ってらっしゃるのかはすごく気にしてる
国際法で解決済みなので。
こういうサヨクの欺瞞に満ちた自己憐憫はもうお腹いっぱいです。
宮崎駿「戦争加害」忘れない...「あの戦争」どう向き合うか
「被害を受けた側が「許そう、だが忘れない」という物語を紡いでいるときに、加害の側が「忘れた」と応じてしまえば、和解の前提が成り立たない」「生まれてないから反省しない」が如何に酷い言葉か。
戦時の君主を現在まで象徴として担いでおきながら許されると考えているのは頭がどうかしている。1億総懺悔とか欺瞞だったよね。
許すの許さんのというレベルで話をするのがまず間違っている気がする。宮崎氏の感覚で、ここ100年の世界の戦争を許せない順に並べてみてほしい。
仏や中国が「ベトナム、チベットへの加害を忘れない」米英が「長きにわたる植民地支配を反省」などと言わないことを踏まえると、この反省スタイルは日本人が特に好きなスタイルだよね。役に立ってるかは知らない
フランスや中国、米英が反省しないのは戦勝国だからだよ。ドイツは延々と反省迫られてる
一方で、現総理の高市は反省なんかしておりませんし、いわれる覚えもありません、などと言うんだよね
宮崎さんは実家が兵器会社で、そのために裕福だったので、加害者としての罪の意識を持たれている背景がある。
駿 あんたは辺野古の事件についてなんかコメント出せ
戦争責任者の息子、孫を政治家として個人崇拝する文化は、独伊では考えにくいところ。「祖父の汚名を濯ぐ」という意識が、歴史修正主義に向かわせる
この人は辺野古基金の共同代表であり活動家団体にも辺野古ボートにも金を流していたことが明らかなんだから、まずは自分自身の責任に向き合ってくれないか?これでは責任からの逃げだろ。
ローマ教皇や戦後の天皇も加害の歴史を反省してるんだし歴史の長さを誇るなら加害の歴史も記憶するべき
辺野古基金の共同代表があの事件出高校生が死んだことに対して何のコメントも出さないのに何がどう向き合うかだよ。お前が向き合えよ。
自分の加害に触れない人が何だって? https://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-05-09/2015050901_01_1.html https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-243230.html#google_vignette
多くの日本人は忘れたなんて思っていませんが。かたや辺野古の運動に強い影響力を持ちながら、辺野古の事件に沈黙を貫き、「忘れた」に等しい態度の人がいるらしいです。
宮崎駿氏は、何を言っても「ご自分は赤い千尋と向き合っていないのに?」としか思わなくなった。「その事実はいつまでも残ります」
沖縄基地反対闘争の資金源になってる宮崎駿。
そうそう辺野古の活動家は加害者であることを忘れるなよ。沖縄土人は一緒にアジアを侵略した加害者でそれを制裁したのが米軍だから。
この人たちの言っている「日本人」には、何故か自身が含まれていないんだよ。他人にひたすら反省と贖罪を求めている。辺野古の件を見ても分かるでしょ。
辺野古の事故が起こる以前に刊行された書籍の要約の記事に、辺野古の事故に触れていないと文句をつけるブコメ多数。
駿は単純化できないことを知ってて自作で善悪分けられない作劇するのにこういう時だけ現実無視して単純な理想論ぶつので分裂的/著: 辻田 真佐憲 発売日 2025年07月17日 https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000417459
戦争の話となると急に日本国民としての責任、などというキモい概念を持ち出すのはリベラルを自認するならやめて欲しい。/そこに共謀関係がないなら、親の罪に子が連座するなんて野蛮な法は中国にも韓国にもないよ。
たしかに、本来のリベラルであれば、戦後生まれた人間には、過去の戦争の反省なんて無関係のはずなのに急に国民全体の責任にするのは、なんでだろうな。現在の戦争、人権であれば真っ先に批判すべきは中露だろうな。
宮崎駿には戦争の話よりも、かつて勲と語った「文明が自然を破壊する物語」が今や反転し、熊が人を喰い雑草が限界集落を覆い尽くす現代社会について語って欲しい。駿は、自然に人類が侵犯される現代を喜んでるのか?
辻田真佐憲『「あの戦争」は何だったのか』(2025.7)からの抜粋記事/被害国側のフィリピンが「許そう、だが忘れない」と語るのに対し加害国側の日本側から仮に「過去より未来指向」等と言ったら確かに外交下手なわけで
「日本人」だから子孫が永遠に反省し続けなければいけない…という理屈が成り立つには「日本人」に特有かつ必ず備えている加害性みたいなのがあるはずだけど、そんなものは証明しようがない。永遠に反省なんて無理だ
1941年生まれの人間に戦争責任はあるのか
パヤオには加害者の実感がないからな
ナポレオン戦争は共和国政府のやらかしなので他国に400万人の犠牲者を出したとしても王政復古した政府と国民はノーカン無罪で押し切ったフランスをちょっとは見習ってもいいんじゃね?
過去に遡上しての責任なんかは知らんが、酷い愚者は歴史を弄り出す事は知ってる。それにパヤオを都合よく使うなよ、アレも大概なアレだからな。クリエイターとして優れている以外パヤオに何か担保があるか?
大東亜戦争は建前上アジア解放だったけど、フィリピンは戦前すでに将来の独立が確約されてたので日本軍を歓迎しなかった。インドネシアで今村大将は好かれたが、好例だけでひとくくりにせず個々の事例を見なくては
自分が経験した訳でもないのに忘れるなと言われてもな。国家の罪として皆んなで反省しましょう、なんてスーパー全体主義の極右翼の発想で物申してんのか?
大日本帝国がやらかしたことを繰り返さないために歴史を学び対策を考えると事はとても大切
id:donovantree 「関係ない」は通用しないなら、「日本の人権派」は、仲間がやった「自衛官差別」を反省しろ。 id:jimusiosaka 事故があった後も宮崎によるコメントはゼロだし「本と言動が一致してない」と言う批判は妥当だろ
戦争も国の歴史であり忘れる必要はない。気になるのは日清や日露、ww1がその対象になっていないリベラル界隈。cinefukはそろそろ己の頭の中にある想像の保守から解放されたら良いのにね。バカに映るよ笑
宮崎駿監督は2024年11月のマグサイサイ賞受賞時、日本人がアジアにおける「戦争加害」を忘れてはならないと強く訴えた
政治家でもない宮崎駿がフィリピンから賞を受ける際のごく短い発言を都合よく解釈して、大御所の知名度と権威を恣意的に利用している記事。宮崎駿よりもこういうことをする記者の方を批判するべき。
反戦を訴える事と戦艦や戦車をかっこいいと思う事は共存できる!この人を見ているとわかる
「戦後しばらくのあいだフィリピンには強い反日感情が根付いていた。しかしその後、戦没者の遺族や元兵士が慰霊のため現地を訪れ、謝罪の意思を示したことが、和解への道をひらく一因となった」
フィリピンでは祖父が戦死しているので、日本人としてフィリピンの人に向き合う気持ちがあると同時に家族を失った被害者としての側面もあるので、宮崎駿氏がどの立場で物言ってらっしゃるのかはすごく気にしてる
国際法で解決済みなので。
こういうサヨクの欺瞞に満ちた自己憐憫はもうお腹いっぱいです。