他人の不幸や人生の破滅をエンタメとして楽しむ悪趣味さが如何にも増田って感じ(´・ω・`)
そういう意味では映画も裁判も出るか作るかする側になった方が面白い
「みいちゃん」と呼ぶのは許されないようだが「山田さん」と呼ぶのは許されるのだろうか
窃盗や薬物はつまんないのはそうなんだけどつまんない事件で判決後に裁判官がめちゃくちゃ人情味を利かせたお説教するの好き。こっちまで泣いちゃうようなやつ。
裁判傍聴芸人も連載持ってたけどそんな面白いのが毎週あるわけでもないので打ち切られたたな。窃盗と麻薬はつまんなさそうだな。
「こうした性犯罪だったり新しい犯罪だったりは、裁判とは関係ない第三者の関心も高いようで傍聴席も大勢でにぎわっていた」どうやら善良寄り傍聴者の増田は発想しなさそうだがそれらの傍聴が多いのは大半出歯亀です
ステーションバーの男の変種/他人の人生をコンテンツとして消費するのよくないよ
エンターテイナー「法廷型の劇場を作って、フィクションの裁判傍聴できるようにしたらどうだろう???」←イレギュラーが発生したときの状況を追体験できるノンフィクション裁判の再演でもいいかも知れないけどな。
てか裁判員来ないんだけどそんな確率低いんかな?もうやめたとかないよね?
時間消費の種類としてかなり目的が違くて比べるようなことではなくない?裁判傍聴は「ぼさーっとTVのワイドショーとか見る」とかと同じジャンルでは。TVよりは刺激的かもだけど、方向性として。創作ではないのでね
平日休みがある人の特権ですね
映画か裁判傍聴、どっち見に行く?と聞かれたことがある。
“さて、また平日が休日になったら、裁判の傍聴に行くとするか。裁判所は交通の便の良い繁華街にあって、行きや帰りにランチやショッピングを楽しむことができる”
意識の高い傍観者でいるための技術もそれなりに必要と思える。共感性強すぎると問題意識を拾いすぎて疲労のあまり倒れてしまいそう。
こういう消費のしかたってなんというか悪趣味だなぁって思うようになったなぁ。講談社の編集が想定しているのってこのような人なのかも…いやノンフィクションだから面白いって言ってるからそれ以上か…
性犯罪の傍聴ばっかり行ってる人居るらしいね・・同じ穴の狢
ウォッチング。
最近AIで開発やら調べ物するのに忙しくてハテブを開けなかったりするんだよね。なので映画や裁判傍聴よりも今のAIの方が面白い
増田はノンフィクションだから面白いって人とフィクションだから面白いって人が居るのを理解すべきと思う
『照柿』を思い出した。小説でもきついのに現実でそうしたやりとりを見るのは勇気がいるなあ。
悪趣味ではあるけれど、別に恋リアだってワイドショーだって趣味の悪さという点では大差ないので自分も同じ穴のムジナであるという自覚くらいは持ってもいいと思っています。
裁判傍聴だと、ミュージカルないじゃん。生演奏で歌って弁論が行われるなら、行くかな。
生の映画を見ているようなもんだよ…
法廷ものの映画、『否定と肯定』『風の遺産』あたりは楽しんで視聴したけどこれらは史実がもとになってるとは言えあくまでもフィクションだからなあ
漫画「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」は心中に失敗して妻の自死幇助で捕まった夫の回が印象に残っている。法廷中が涙した裁判、情状酌量を予感させてからのしっかり有罪判決で締めたオチ。
いにしえの「他人の不幸で今日も飯がうまい」AA思い出した。
リーガルハイで興味持って最寄り川崎の裁判所行ったけど到着した午後には全て終わってたし掲示板見る限り企業のお金回収トラブルばっかりっぽくて興味薄れて再訪もしてない
悪趣味
割と人の心がない部類。
性犯罪の傍聴は(もしなくしたらまずいのであれば)フィルタリングできたらいいのになぁ
みい山やらウシジマくんは、スラムツーリズムっていうんだっけ。
傍聴席が満席の自分の裁判がラストシーンで流れる世にも奇妙な物語の導入
実は2chで専用スレが20年以上の老舗である趣味だぞ
映画はどんな胸糞エンドでも「うぷっ!フィクションじゃなかったら危なかったぜ……」で済むけど、裁判はリアルゲロが出る自信しかないから無理無理の無理。現実こわい。
映画と違ってつまんないCM見なくて済むしな
悪趣味だろうが目的がなんだろうが裁判が公開されてて誰でも傍聴できるってのは大事なんだよね。裁判員裁判は事件名と期日をHPで調べることができる。うちは現住建造物等放火事件を子供と傍聴したことがある。
こないだ性犯罪を告発するハードルの一つに傍聴席の野次馬も挙げられているのを読んだ(実父に被害を受けた人だったかもしれない)。男性で埋まるのを阻止しようと女性に傍聴を呼びかけてる人もいた。
むかし身内が自動車事故で裁判になった。車の運転が大好きでいままでゴールド免許だった。映画と同じような娯楽として裁判をおもしろがる人間は絶対に許さない。
創作だからクソな結末でも気にならないで済むのに裁判の内容がクソすぎたらどうすりゃ良いんだよ
裁判所は公有地に建つので大体は江戸時代の公=城のあたりにあって、町人の商業区とは離れた場所にあり、したがって繁華街にはあまり近くありません。
悪趣味だと思うけど、公開されてるって事はそう言う連中も呼び込むって事だよな
一回くらいは行っておきたいと思いつつ…
被告人家族のほうは弁護士が何か言ってたりするのかな。つまりその、どのくらいノンフィクションなんだろうっていうか。
人の業を眺めるのは、火事や喧嘩と違い危険は無いが、娯楽としては悪趣味だろう。人間ウォッチングも程々に。
静かに聞いて居られればな。胸糞悪くても悪態つけんし。
裁判の傍聴には行ったことないけど、朝日新聞の「きょうも傍聴席にいます。」という連載は好きでよく読んでる。事件について普段のニュースとは違う側面が知れて興味深かったりする→ https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=8
その裁判傍聴の面白さの源泉は「現実に自分と異なる他人がいること」なので、ネットの面白人でも政治家でも何かのウォッチャーでもいいんじゃないかな。何らかの形で他人にかかわれば同様の面白さがあるかも
書きぶりが趣味悪いなーとは思うけどそのための増田ではあるか。未編集なのが良いのかねぇ。
公開された仕組みである以上批判はできないし興味がないと言えば嘘になる。ただ他の優先度の方が高いのでついぞ行ったことはない。
悪趣味だなとは思うものの、悪趣味な映画は好きなので多分俺も大きい括りだとカテゴリは同じなんだろうな
動機は悪趣味ではあるけど、裁判の監視という意味では見てる人がいる意味はある
性犯罪の裁判傍聴が男に人気って本当だったんだな。気持ち悪い。
創作も実際の事件をベースにしていたりする ( https://ja.wikipedia.org/?curid=2740271 ) し、消費しているという意味では、直接的か、間接的か、の違いであり、地続きであるとも言えるかもしれない
最後で創作とバラす感じ? “裁判所は交通の便の良い繁華街にあって(おそらく、日本各地のどこの裁判所でも)、行きや帰りにランチやショッピングを楽しむことができるのもいい。そこは映画館と同じく良いところ”
傍聴人を傍聴する人がすでに居そう
これが映画だったら、たぶん終盤で主客転倒して増田が被告席に立つ展開になる
夏休みに裁判傍聴の引率をする高校教員は昔も今もいて、自分も我が子も初傍聴はそれ。意見陳述で死刑を求める場面は恐ろしく、エクストリーム弁護は腹立たしく、絶対こんな場所にはたちたくないと思って今に至る。
ていうかノンフィクションより相手を楽しませようと提供側が試行錯誤している作り物の方が大抵上ではと思ってるんですけど。ノンフィクションの良さってむしろなんなん?
この増田がやらかして傍聴される羽目になったら最高のエンタメだよなって思う。
映画よりも裁判傍聴の方が面白い
他人の不幸や人生の破滅をエンタメとして楽しむ悪趣味さが如何にも増田って感じ(´・ω・`)
そういう意味では映画も裁判も出るか作るかする側になった方が面白い
「みいちゃん」と呼ぶのは許されないようだが「山田さん」と呼ぶのは許されるのだろうか
窃盗や薬物はつまんないのはそうなんだけどつまんない事件で判決後に裁判官がめちゃくちゃ人情味を利かせたお説教するの好き。こっちまで泣いちゃうようなやつ。
裁判傍聴芸人も連載持ってたけどそんな面白いのが毎週あるわけでもないので打ち切られたたな。窃盗と麻薬はつまんなさそうだな。
「こうした性犯罪だったり新しい犯罪だったりは、裁判とは関係ない第三者の関心も高いようで傍聴席も大勢でにぎわっていた」どうやら善良寄り傍聴者の増田は発想しなさそうだがそれらの傍聴が多いのは大半出歯亀です
ステーションバーの男の変種/他人の人生をコンテンツとして消費するのよくないよ
エンターテイナー「法廷型の劇場を作って、フィクションの裁判傍聴できるようにしたらどうだろう???」←イレギュラーが発生したときの状況を追体験できるノンフィクション裁判の再演でもいいかも知れないけどな。
てか裁判員来ないんだけどそんな確率低いんかな?もうやめたとかないよね?
時間消費の種類としてかなり目的が違くて比べるようなことではなくない?裁判傍聴は「ぼさーっとTVのワイドショーとか見る」とかと同じジャンルでは。TVよりは刺激的かもだけど、方向性として。創作ではないのでね
平日休みがある人の特権ですね
映画か裁判傍聴、どっち見に行く?と聞かれたことがある。
“さて、また平日が休日になったら、裁判の傍聴に行くとするか。裁判所は交通の便の良い繁華街にあって、行きや帰りにランチやショッピングを楽しむことができる”
意識の高い傍観者でいるための技術もそれなりに必要と思える。共感性強すぎると問題意識を拾いすぎて疲労のあまり倒れてしまいそう。
こういう消費のしかたってなんというか悪趣味だなぁって思うようになったなぁ。講談社の編集が想定しているのってこのような人なのかも…いやノンフィクションだから面白いって言ってるからそれ以上か…
性犯罪の傍聴ばっかり行ってる人居るらしいね・・同じ穴の狢
ウォッチング。
最近AIで開発やら調べ物するのに忙しくてハテブを開けなかったりするんだよね。なので映画や裁判傍聴よりも今のAIの方が面白い
増田はノンフィクションだから面白いって人とフィクションだから面白いって人が居るのを理解すべきと思う
『照柿』を思い出した。小説でもきついのに現実でそうしたやりとりを見るのは勇気がいるなあ。
悪趣味ではあるけれど、別に恋リアだってワイドショーだって趣味の悪さという点では大差ないので自分も同じ穴のムジナであるという自覚くらいは持ってもいいと思っています。
裁判傍聴だと、ミュージカルないじゃん。生演奏で歌って弁論が行われるなら、行くかな。
生の映画を見ているようなもんだよ…
法廷ものの映画、『否定と肯定』『風の遺産』あたりは楽しんで視聴したけどこれらは史実がもとになってるとは言えあくまでもフィクションだからなあ
漫画「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」は心中に失敗して妻の自死幇助で捕まった夫の回が印象に残っている。法廷中が涙した裁判、情状酌量を予感させてからのしっかり有罪判決で締めたオチ。
いにしえの「他人の不幸で今日も飯がうまい」AA思い出した。
リーガルハイで興味持って最寄り川崎の裁判所行ったけど到着した午後には全て終わってたし掲示板見る限り企業のお金回収トラブルばっかりっぽくて興味薄れて再訪もしてない
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割と人の心がない部類。
性犯罪の傍聴は(もしなくしたらまずいのであれば)フィルタリングできたらいいのになぁ
みい山やらウシジマくんは、スラムツーリズムっていうんだっけ。
傍聴席が満席の自分の裁判がラストシーンで流れる世にも奇妙な物語の導入
実は2chで専用スレが20年以上の老舗である趣味だぞ
映画はどんな胸糞エンドでも「うぷっ!フィクションじゃなかったら危なかったぜ……」で済むけど、裁判はリアルゲロが出る自信しかないから無理無理の無理。現実こわい。
映画と違ってつまんないCM見なくて済むしな
悪趣味だろうが目的がなんだろうが裁判が公開されてて誰でも傍聴できるってのは大事なんだよね。裁判員裁判は事件名と期日をHPで調べることができる。うちは現住建造物等放火事件を子供と傍聴したことがある。
こないだ性犯罪を告発するハードルの一つに傍聴席の野次馬も挙げられているのを読んだ(実父に被害を受けた人だったかもしれない)。男性で埋まるのを阻止しようと女性に傍聴を呼びかけてる人もいた。
むかし身内が自動車事故で裁判になった。車の運転が大好きでいままでゴールド免許だった。映画と同じような娯楽として裁判をおもしろがる人間は絶対に許さない。
創作だからクソな結末でも気にならないで済むのに裁判の内容がクソすぎたらどうすりゃ良いんだよ
裁判所は公有地に建つので大体は江戸時代の公=城のあたりにあって、町人の商業区とは離れた場所にあり、したがって繁華街にはあまり近くありません。
悪趣味だと思うけど、公開されてるって事はそう言う連中も呼び込むって事だよな
一回くらいは行っておきたいと思いつつ…
被告人家族のほうは弁護士が何か言ってたりするのかな。つまりその、どのくらいノンフィクションなんだろうっていうか。
人の業を眺めるのは、火事や喧嘩と違い危険は無いが、娯楽としては悪趣味だろう。人間ウォッチングも程々に。
静かに聞いて居られればな。胸糞悪くても悪態つけんし。
裁判の傍聴には行ったことないけど、朝日新聞の「きょうも傍聴席にいます。」という連載は好きでよく読んでる。事件について普段のニュースとは違う側面が知れて興味深かったりする→ https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=8
その裁判傍聴の面白さの源泉は「現実に自分と異なる他人がいること」なので、ネットの面白人でも政治家でも何かのウォッチャーでもいいんじゃないかな。何らかの形で他人にかかわれば同様の面白さがあるかも
書きぶりが趣味悪いなーとは思うけどそのための増田ではあるか。未編集なのが良いのかねぇ。
公開された仕組みである以上批判はできないし興味がないと言えば嘘になる。ただ他の優先度の方が高いのでついぞ行ったことはない。
悪趣味だなとは思うものの、悪趣味な映画は好きなので多分俺も大きい括りだとカテゴリは同じなんだろうな
動機は悪趣味ではあるけど、裁判の監視という意味では見てる人がいる意味はある
性犯罪の裁判傍聴が男に人気って本当だったんだな。気持ち悪い。
創作も実際の事件をベースにしていたりする ( https://ja.wikipedia.org/?curid=2740271 ) し、消費しているという意味では、直接的か、間接的か、の違いであり、地続きであるとも言えるかもしれない
最後で創作とバラす感じ? “裁判所は交通の便の良い繁華街にあって(おそらく、日本各地のどこの裁判所でも)、行きや帰りにランチやショッピングを楽しむことができるのもいい。そこは映画館と同じく良いところ”
傍聴人を傍聴する人がすでに居そう
これが映画だったら、たぶん終盤で主客転倒して増田が被告席に立つ展開になる
夏休みに裁判傍聴の引率をする高校教員は昔も今もいて、自分も我が子も初傍聴はそれ。意見陳述で死刑を求める場面は恐ろしく、エクストリーム弁護は腹立たしく、絶対こんな場所にはたちたくないと思って今に至る。
ていうかノンフィクションより相手を楽しませようと提供側が試行錯誤している作り物の方が大抵上ではと思ってるんですけど。ノンフィクションの良さってむしろなんなん?
この増田がやらかして傍聴される羽目になったら最高のエンタメだよなって思う。