映画の演出としての「絶望感」の表現なんやろけど、日本人から見ると普通に怒り湧くレベルで草
クリシェ
この後、スタッフが美味しくいただきました。テロップで流さないと。杞憂民が発生するじゃん
映画でも演劇でも、食べ物を粗末に扱う場面が出てきた時点で、心理的にザワザワしすぎて大抵ギブアップしてしまいます…
巨人の星のクリスマス会が思い浮かんだが、ロケットニュースだと改変されてた。 https://rocketnews24.com/2025/12/24/2618729/amp/
なぜか星飛雄馬のトラウマクリスマス会が脳裏に浮かんだ。
スクリームで何度も美女がえちえちな肉体晒した直後に殺害されててホームパーティーといえば殺人コメディの認識が強まった。
食べ物を神聖視(他のゴミと区別)するのはいいんだけど、その宗教観を他人にまで押し付けてくるのが質が悪いんだよな。世界の常識だろみたいな顔して
id:entok 「衝撃だった」と言ってるだけで、「〇〇するべき」とか言ってないんだから「押しつけ」ではないだろ。なんか日本人が「外国人の行動」に少しでも否定的な評価を下すと、日本人を貶しにかかる奴っているよね。
生ゴミをゴミ箱に捨てちゃダメ!って思っちゃう。
やっぱり日本人とは感覚が違っててびっくりするよね。どちらがいいと言ってるわけじゃないけど、そういうのが世界なんだろう
映画だからだろ?何で「謎の女」はいつも美人なの?ってのと同じ。
そうそう。他にも食事中子どもがふてくされて部屋に戻ったあとに、親が残したことに腹も立てずにザザーッとゴミ箱に捨てるシーンとか毎度驚いてた。
演出では?実際には多分食べて処分したりもしてますよ多分。キャラが金持ち設定だと金銭感覚の違いもあるかも。車が店に突っ込んで大破してるのにお咎めなしの展開見ても文化の違いで許されてるとは思わないし
スクールデイズの最終回で見たような。
食べ物をゴミ箱に捨てるシーン、演出と思ってもぎょっとするのわかる。自暴自棄な表現としてわかりやすいんだろうね。ゴミ箱に捨てたものを食べて自分のおかしさに気づくシーンもある。
中止やドタキャン表現のお決まりなだけでは。それでも、食物を捨てるのを見るのはキツイよね。悲しい気持になる。それが狙いなのかも知れないけど。
50人前のケータリング発注もらって2人しか来なかった時、泣きながら捨てたことあるよ。お金はちゃんと払われたけど、今思い出しても1番嫌な仕事やったわ。
脱線でこのニュースを連想。捨てるのが基本の文化ではなさそう:▼「ホワイトハウスの夕食会、ステーキ2600食を寄付 発砲事件で提供中止 - 日本経済新聞」(2026年4月28日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB283N60Y6A420C2000000/
食べ物を捨てなければならない辛さ残念さがわかるなら、そうせざるを得なかった映画の登場人物の心情にも寄り添ってあげようよ。
私も食べ物そまつにする演出は嫌だが、それだけ屈辱なのでしょうね。日本だとごちそうのお膳が並んでるのに自分だけ畳にご飯とメザシだけおいてあるみたいな。それだけ外国だと社会的死という象徴なんでしょうな
ドギーバッグというアメリカ由来の言葉があるくらいだから食べ物を無駄に捨てない残さないという感覚はあちらにも当然あるでしょ
もちろん演出なんだけど、撮影現場では、実際に撮影の為に準備して捨てられてるんだよなぁ。
※この後スタッフが美味しく頂きました とかテロップ入れて欲しい?
星飛雄馬のあれは刺さりすぎてトラウマシーン
農耕民族みたいな他者の助けを受けながら自ら作る人種は食べ物を大事にする傾向は強い。
日曜日にゴム長履いて洗車鉄粉取り丹念にワックスがけふき取りしたあとすぐ雨が降り発狂みたいな描写が映画に出てこないのと同じ
神聖視も何も食えるご飯はまだゴミじゃないだろ・・・
生活感のある対応をするよりも雑に捨てた方がショッキングさを強調することになるからという面が大きいのではと思う。
ワクワクの塊だったものがゴミになって無残に捨てられるという所が演出として重要なので… でも現実でも本当にそれがショックな出来事だったら残り物食べてる時にそれ思い出しちゃうから捨てると思う
外国人は食べ残しまじで多くて、片付けてると嫌になる。そういう文化だと分かっててもなお。「日本は食べ残しを嫌う文化である」ってことを学んで、日本に来たら実践して欲しい。神社で敬意を払うのであれば。
コロナの頃、特に国家的自粛が始まった時期はよくあったことらしいよ
アメリカ人が食ってるのはご飯じゃなくて餌のイメージ。学校の食堂でオートミールベチャッ「Next !」って感じ
セルフネグレクトの描写としては適切に思える。それ以外は、よくわからない
たんに「もう見たくもない」の表現以上のものはなさそう
一方で外食の leftover を持って帰る文化もあるけどね。映画だと料理失敗→ゴミ箱直行というシーンもよくあるが、『グロリア』みたいにフライパンごと捨てるといっそ清々しい
威勢よく食物をぶん投げるアクションに続いて違うシーンにさくっと進むのがハリウッド、手付かずのごちそうやタッパに詰めて冷蔵庫にしまう姿をじっくり映して行間を読ませるのがアジアのアート系映画
アメリカは人口3倍で食品ロスは14倍以上なのでポイポイ捨てちゃう国であるのはそうなんだろう
会社主催のパーティは、来場者が帰ったら運営側が食べます
星飛雄馬
食べ残しをドギーバッグで持ち帰れるアメリカも、日本以上に「勿体無い」を体現してる気もするが
実際は多少は冷蔵庫に保存してるんじゃないか?
これは食べ物でこれは食べ物ではないという区分けが非常に人間中心的なんですよね
死亡フラグみたいなもんだけどそれ破ったところで新しい流れに繋がるほどでもないし
アメリカは外食も量が多いんでドギーバッグみたいなのがあるし、食いもんは全般的に安価だからぽいぽい捨てちゃう(時間の方が貴重という思考も) さらに寄付文化が加わって、壮絶に矛盾しまくるわけです
巨大なピザを屋根の上に放り投げたのはもったいないを通り越して感心した
食べかけのサンドイッチを出かけなきゃいけないからゴミ箱にポイみたいな演出もモヤモヤする
実際にそういう事態になったら、後悔しながら一刻も早く捨てて忘れたいよね
日本人も「自分の食卓で」食べ物が無駄になるのが嫌なだけで、ほとんどの人は他人が発注ミスや作り過ぎで食物を余らせて困っていても助けようとは思わない。自身の宗教性を自覚すべき。
送別会で、超繁忙期に実施すると5/50みたいなことはあるよね…。苦しい
インド映画の喫煙シーンで下に入る「タバコは健康に悪い」云々のテロップみたいに、「スタッフがおいしく食べました」って入れれば良いんじゃね
「日本人怒らすなら食い物の恨み」って一時期よく言われたな。マクドナルドの鶏肉期限偽装とか、中国製毒入りギョウザ事件とか。文化的に食べ物への執着強めとか分かったらそれはそれで面白いかな。
くす玉がセットされているかもしれないから、家主は忘れずに片付けよう
谷山浩子さんの「土曜日のタマネギ」では、捨てたものに対して「宇宙の果てにお帰り」って言ってていい表現するなって思った
もったいないと思うから捨てるシーンでどうしようもなさ、やりきれなさを演出してるのでは?あとそれは見えるから言えてるけど日本は食品廃棄量世界でも上位だよ。
絶対に捨てないわ。まあやったことないんだけど/冷蔵庫に入らないとかなら諦めるかもしれん
全部食べるのが失礼、食べ残すのが礼儀って中国の文化が理解できなかった。食べ物は残しちゃいかんよ
パーティとかじゃなくても普通に朝ごはん作ったところなのに家族みんな出かけて、出来たてホカホカのままゴミ箱にザーッって捨ててるのよくあるよね。あれなんなんだろう…
(映画で描写されてるわけじゃないが)アメリカではクリスマスのモミの木(生木)を時期が済んだら飾りつけごと廃棄すると知って驚いたことはある。現代の「消費は美徳」感。
フィクションです
食べ物を捨てるのは犬猫を殴るのと同じくらい倫理的に許せないって人が多そう
残念感を演出するために捨てるシーンを入れるんだよ
腐るに任せて来なかった連中に投げまくれば有効活用できてスッキリもする
はてブを見ていると、もったいない精神がバカにされているように思うことが多々ある。
その理屈だと、なにかに怒って壊す演出全て使えなくなるやん。
っていうわりに日本は食品廃棄率世界一とかじゃなかったかな。ネット上の食物に対する熱意と現実の乖離を感じる。
食べ物は大事ってコンテクストが世界共通だからよく使われる感情表現のひとつなんだろうね
もったいないな
食べ物粗末にすることを神聖視って当たり前では。食べ物って資源だし有限なもので、苦労して生産してんだからさ。押し付けんなとか言ってるのは飽食の時代で無駄に消費生産する中で育った価値観で甘ったれた精神では
大恐慌下のアメリカ社会を書いたオンリー・イエスタデイという本には、食い物に困ったという描写がほぼない。第二次大戦時の貧乏飯の代名詞がマカロニチーズとスパム。アメリカは食糧が満ち足りた国なんでしょう。
記号としての演出にマジレス!?!?
SNSで「パーティー中止になったからごちそう取りに来て」つって近くの公園で配るか?日本でやったら保健所案件だけど、アメリカなら大丈夫そうだ。(けどそれで食中毒とか起きて訴訟起こされて大変なことにまで見える)
案外、食物に異常なまでに固執する日本人みたいな人たちのほうが珍しいのかもよ?
何のハリウッド映画なのか誰も言ってないのである。
そういうシーン結構多いんだよな。料理失敗して全部捨てて「ピザ取るか?(ニコッ)」とか、一口も手をつけずに捨てて席を立ったり。意図的な演出とは思えないことがある。文化の違いなのだろうとは思うけど。
漫画「炎の料理人 周富徳」作中で、失敗した料理(焦げた目玉焼き?)を容赦なくゴミ箱に捨てる米国ドラマを見て、若い頃の周さんが驚くシーンがあったのを思い出した。景気の良かった大量消費文化の一幕なのかもねえ。
「土曜日のタマネギ」現象。斉藤由貴が彼氏のために作ったポトフを全部流しに捨てる怖いシーンが目に浮かぶのである
ハリウッド映画で ホームパーティするよ!→中止やドタキャン→用意したご..
映画の演出としての「絶望感」の表現なんやろけど、日本人から見ると普通に怒り湧くレベルで草
クリシェ
この後、スタッフが美味しくいただきました。テロップで流さないと。杞憂民が発生するじゃん
映画でも演劇でも、食べ物を粗末に扱う場面が出てきた時点で、心理的にザワザワしすぎて大抵ギブアップしてしまいます…
巨人の星のクリスマス会が思い浮かんだが、ロケットニュースだと改変されてた。 https://rocketnews24.com/2025/12/24/2618729/amp/
なぜか星飛雄馬のトラウマクリスマス会が脳裏に浮かんだ。
スクリームで何度も美女がえちえちな肉体晒した直後に殺害されててホームパーティーといえば殺人コメディの認識が強まった。
食べ物を神聖視(他のゴミと区別)するのはいいんだけど、その宗教観を他人にまで押し付けてくるのが質が悪いんだよな。世界の常識だろみたいな顔して
id:entok 「衝撃だった」と言ってるだけで、「〇〇するべき」とか言ってないんだから「押しつけ」ではないだろ。なんか日本人が「外国人の行動」に少しでも否定的な評価を下すと、日本人を貶しにかかる奴っているよね。
生ゴミをゴミ箱に捨てちゃダメ!って思っちゃう。
やっぱり日本人とは感覚が違っててびっくりするよね。どちらがいいと言ってるわけじゃないけど、そういうのが世界なんだろう
映画だからだろ?何で「謎の女」はいつも美人なの?ってのと同じ。
そうそう。他にも食事中子どもがふてくされて部屋に戻ったあとに、親が残したことに腹も立てずにザザーッとゴミ箱に捨てるシーンとか毎度驚いてた。
演出では?実際には多分食べて処分したりもしてますよ多分。キャラが金持ち設定だと金銭感覚の違いもあるかも。車が店に突っ込んで大破してるのにお咎めなしの展開見ても文化の違いで許されてるとは思わないし
スクールデイズの最終回で見たような。
食べ物をゴミ箱に捨てるシーン、演出と思ってもぎょっとするのわかる。自暴自棄な表現としてわかりやすいんだろうね。ゴミ箱に捨てたものを食べて自分のおかしさに気づくシーンもある。
中止やドタキャン表現のお決まりなだけでは。それでも、食物を捨てるのを見るのはキツイよね。悲しい気持になる。それが狙いなのかも知れないけど。
50人前のケータリング発注もらって2人しか来なかった時、泣きながら捨てたことあるよ。お金はちゃんと払われたけど、今思い出しても1番嫌な仕事やったわ。
脱線でこのニュースを連想。捨てるのが基本の文化ではなさそう:▼「ホワイトハウスの夕食会、ステーキ2600食を寄付 発砲事件で提供中止 - 日本経済新聞」(2026年4月28日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB283N60Y6A420C2000000/
食べ物を捨てなければならない辛さ残念さがわかるなら、そうせざるを得なかった映画の登場人物の心情にも寄り添ってあげようよ。
私も食べ物そまつにする演出は嫌だが、それだけ屈辱なのでしょうね。日本だとごちそうのお膳が並んでるのに自分だけ畳にご飯とメザシだけおいてあるみたいな。それだけ外国だと社会的死という象徴なんでしょうな
ドギーバッグというアメリカ由来の言葉があるくらいだから食べ物を無駄に捨てない残さないという感覚はあちらにも当然あるでしょ
もちろん演出なんだけど、撮影現場では、実際に撮影の為に準備して捨てられてるんだよなぁ。
※この後スタッフが美味しく頂きました とかテロップ入れて欲しい?
星飛雄馬のあれは刺さりすぎてトラウマシーン
農耕民族みたいな他者の助けを受けながら自ら作る人種は食べ物を大事にする傾向は強い。
日曜日にゴム長履いて洗車鉄粉取り丹念にワックスがけふき取りしたあとすぐ雨が降り発狂みたいな描写が映画に出てこないのと同じ
神聖視も何も食えるご飯はまだゴミじゃないだろ・・・
生活感のある対応をするよりも雑に捨てた方がショッキングさを強調することになるからという面が大きいのではと思う。
ワクワクの塊だったものがゴミになって無残に捨てられるという所が演出として重要なので… でも現実でも本当にそれがショックな出来事だったら残り物食べてる時にそれ思い出しちゃうから捨てると思う
外国人は食べ残しまじで多くて、片付けてると嫌になる。そういう文化だと分かっててもなお。「日本は食べ残しを嫌う文化である」ってことを学んで、日本に来たら実践して欲しい。神社で敬意を払うのであれば。
コロナの頃、特に国家的自粛が始まった時期はよくあったことらしいよ
アメリカ人が食ってるのはご飯じゃなくて餌のイメージ。学校の食堂でオートミールベチャッ「Next !」って感じ
セルフネグレクトの描写としては適切に思える。それ以外は、よくわからない
たんに「もう見たくもない」の表現以上のものはなさそう
一方で外食の leftover を持って帰る文化もあるけどね。映画だと料理失敗→ゴミ箱直行というシーンもよくあるが、『グロリア』みたいにフライパンごと捨てるといっそ清々しい
威勢よく食物をぶん投げるアクションに続いて違うシーンにさくっと進むのがハリウッド、手付かずのごちそうやタッパに詰めて冷蔵庫にしまう姿をじっくり映して行間を読ませるのがアジアのアート系映画
アメリカは人口3倍で食品ロスは14倍以上なのでポイポイ捨てちゃう国であるのはそうなんだろう
会社主催のパーティは、来場者が帰ったら運営側が食べます
星飛雄馬
食べ残しをドギーバッグで持ち帰れるアメリカも、日本以上に「勿体無い」を体現してる気もするが
実際は多少は冷蔵庫に保存してるんじゃないか?
これは食べ物でこれは食べ物ではないという区分けが非常に人間中心的なんですよね
死亡フラグみたいなもんだけどそれ破ったところで新しい流れに繋がるほどでもないし
アメリカは外食も量が多いんでドギーバッグみたいなのがあるし、食いもんは全般的に安価だからぽいぽい捨てちゃう(時間の方が貴重という思考も) さらに寄付文化が加わって、壮絶に矛盾しまくるわけです
巨大なピザを屋根の上に放り投げたのはもったいないを通り越して感心した
食べかけのサンドイッチを出かけなきゃいけないからゴミ箱にポイみたいな演出もモヤモヤする
実際にそういう事態になったら、後悔しながら一刻も早く捨てて忘れたいよね
日本人も「自分の食卓で」食べ物が無駄になるのが嫌なだけで、ほとんどの人は他人が発注ミスや作り過ぎで食物を余らせて困っていても助けようとは思わない。自身の宗教性を自覚すべき。
送別会で、超繁忙期に実施すると5/50みたいなことはあるよね…。苦しい
インド映画の喫煙シーンで下に入る「タバコは健康に悪い」云々のテロップみたいに、「スタッフがおいしく食べました」って入れれば良いんじゃね
「日本人怒らすなら食い物の恨み」って一時期よく言われたな。マクドナルドの鶏肉期限偽装とか、中国製毒入りギョウザ事件とか。文化的に食べ物への執着強めとか分かったらそれはそれで面白いかな。
くす玉がセットされているかもしれないから、家主は忘れずに片付けよう
谷山浩子さんの「土曜日のタマネギ」では、捨てたものに対して「宇宙の果てにお帰り」って言ってていい表現するなって思った
もったいないと思うから捨てるシーンでどうしようもなさ、やりきれなさを演出してるのでは?あとそれは見えるから言えてるけど日本は食品廃棄量世界でも上位だよ。
絶対に捨てないわ。まあやったことないんだけど/冷蔵庫に入らないとかなら諦めるかもしれん
全部食べるのが失礼、食べ残すのが礼儀って中国の文化が理解できなかった。食べ物は残しちゃいかんよ
パーティとかじゃなくても普通に朝ごはん作ったところなのに家族みんな出かけて、出来たてホカホカのままゴミ箱にザーッって捨ててるのよくあるよね。あれなんなんだろう…
(映画で描写されてるわけじゃないが)アメリカではクリスマスのモミの木(生木)を時期が済んだら飾りつけごと廃棄すると知って驚いたことはある。現代の「消費は美徳」感。
フィクションです
食べ物を捨てるのは犬猫を殴るのと同じくらい倫理的に許せないって人が多そう
残念感を演出するために捨てるシーンを入れるんだよ
腐るに任せて来なかった連中に投げまくれば有効活用できてスッキリもする
はてブを見ていると、もったいない精神がバカにされているように思うことが多々ある。
その理屈だと、なにかに怒って壊す演出全て使えなくなるやん。
っていうわりに日本は食品廃棄率世界一とかじゃなかったかな。ネット上の食物に対する熱意と現実の乖離を感じる。
食べ物は大事ってコンテクストが世界共通だからよく使われる感情表現のひとつなんだろうね
もったいないな
食べ物粗末にすることを神聖視って当たり前では。食べ物って資源だし有限なもので、苦労して生産してんだからさ。押し付けんなとか言ってるのは飽食の時代で無駄に消費生産する中で育った価値観で甘ったれた精神では
大恐慌下のアメリカ社会を書いたオンリー・イエスタデイという本には、食い物に困ったという描写がほぼない。第二次大戦時の貧乏飯の代名詞がマカロニチーズとスパム。アメリカは食糧が満ち足りた国なんでしょう。
記号としての演出にマジレス!?!?
SNSで「パーティー中止になったからごちそう取りに来て」つって近くの公園で配るか?日本でやったら保健所案件だけど、アメリカなら大丈夫そうだ。(けどそれで食中毒とか起きて訴訟起こされて大変なことにまで見える)
案外、食物に異常なまでに固執する日本人みたいな人たちのほうが珍しいのかもよ?
何のハリウッド映画なのか誰も言ってないのである。
そういうシーン結構多いんだよな。料理失敗して全部捨てて「ピザ取るか?(ニコッ)」とか、一口も手をつけずに捨てて席を立ったり。意図的な演出とは思えないことがある。文化の違いなのだろうとは思うけど。
漫画「炎の料理人 周富徳」作中で、失敗した料理(焦げた目玉焼き?)を容赦なくゴミ箱に捨てる米国ドラマを見て、若い頃の周さんが驚くシーンがあったのを思い出した。景気の良かった大量消費文化の一幕なのかもねえ。
「土曜日のタマネギ」現象。斉藤由貴が彼氏のために作ったポトフを全部流しに捨てる怖いシーンが目に浮かぶのである