無声映画の講釈技術を、プレゼンテーションに感動をもたらす語り口につなげられる可能性は多くの人が気付いていても、頼みに行く面倒臭さが強すぎて誰もオファーしないのは、帯がなくなっても同じだろう。
おつかれさん!!
やばいやばい、まだご存命なのを勘違いで忘れていました。
割と最近まで、俳優の浜村純と区別がついてなかった
90歳超えてはった
かーちゃんがこの番組好きで聴いてた。まだ続いてたのかー。かの上岡龍太郎が弟子入りを志願したという伝説の語り職人。まさか上岡さんより長生きとは。
1972年から!一つの仕事を55年続けるってすごい。「稲村ジェーン」という映画にかけて「浜村ジューン」と言われたりしていたこともあったな。
いやもう何年も前からまともに喋れてなかったんだから、絶対に遅いよ。
持った湯呑みをバッタと落とし、小膝叩いてニッコリ笑い
私の気がかりは小林克也がいつまでできるか……
むしろまだやっとったんか…凄いな
>今年秋の改編に伴い2026年9月末でレギュラー放送を終了します。←これは許されないな。責任者がごめんなさい、ありがとうと記者会見しないとダメでしょう。
エリアフリーやめちゃって最近聞いてなかったけど永さんみたいになっちゃってたのか気になる
僕が子供の頃からずーっとやってる。学校休んだときは母がラジオ聞きながらよく編み物してたのを見てた。テレビではスタジオ2時という番組内の映画解説が面白くて映画が好きになった。恐怖の報酬はまだ覚えてる。
このラジオ番組の決して忘れられない記憶として、浜村さんが南京大虐殺の否定論を語りまくってたのを聞いたこと。古臭い否定論ばかりで唖然とした記憶。
「最後の晩餐」という関西ローカル番組でキダタローに頭髪の指摘してたのがもう25年前。しかしもうその時に60代だったとは。
持った扇子をバッたと落とし
夜勤のバイト中、夜が明けてありがとう浜村淳ですが流れ、取るに足らない新聞記事を1つ読む度に延々文句を言って10分くらい引っ張る話芸にげんなりした記憶しかない。
まだやっていてマジでびびった。91歳凄いなぁ
上京組関西人としては、まだ生きとったんか!ワレェ!!
「浜村ジューン」はね、桑田佳祐が監督した稲村ジェーンを「つまらない」とこっぴどく批判して、「僕に同じ予算をくれたらもっと面白い映画を撮れる。タイトルは『浜村ジューン』で」て言ったのよ
50年以上続いてるとかすごいな
まだ続いてたのか、営業車のラジオでよく聞いてた、乙でした
昔、営業車で聴いてたな。先輩にMBS聴けって言われて。ありがとう浜村淳です→ごめんやす馬場章夫です→すみからすみまで角淳一です。なんやこのゴールデンリレー! 最高か!? 交通情報も良かった。お疲れ様でした。
“「ごめんやす浜村淳です」”だったの!ごめんやすといえば、ごめんやす馬場章夫です、の印象しかなかった。ってか、ごめんやす馬場章夫ですは20年以上前に終わってるのね。
関西にいた頃は朝の車移動時は100%聞いていた(関東に越してきてラジオのつまらなさにびっくりした)。とにかくthe話芸の人だったが、まぁでも特に含蓄のある人ではなかったんだよな。御歳91歳か。お疲れ様でした。
50年前、保育園に向かう道中のカーラジオが出会いで、その後、NHKのホントにホント?でラジオの中の人がTV出てるという現象に混乱した。最後に聞いたの確かコロナ前だが既に(音声的にも心情的にも)聞くのは厳しかった。
浜村淳の映画評といえば、平気でラストのオチまで喋ってネタバレするのが常だったそうだw。
聞いたことあるけどネタバレはするわセリフの関西弁改変するわですごかったな。古い洋画のセリフなのに「何で、何でお前はこんなことするんや」みたいにしてたもんね。
80歳位で潔く後進に道を譲って欲しかった。
道上洋三も浜村淳もいなくなった。。
2024年4月から週一になったのでもっと続けるのかと思っていた。お疲れ様でした。
浜村淳の映画紹介は、登場人物が丁々発止の関西弁の掛け合いでテンポよく進み、クライマックスで「さあ、この続きで劇場で!」と終わるのだが、いざ映画館に行くと、「この続き」はスタッフロールしかないと言う。
MBSラジオ「ありがとう浜村淳です」が9月でレギュラー放送終了と発表 放送開始から55年目で歴史に幕(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
無声映画の講釈技術を、プレゼンテーションに感動をもたらす語り口につなげられる可能性は多くの人が気付いていても、頼みに行く面倒臭さが強すぎて誰もオファーしないのは、帯がなくなっても同じだろう。
おつかれさん!!
やばいやばい、まだご存命なのを勘違いで忘れていました。
割と最近まで、俳優の浜村純と区別がついてなかった
90歳超えてはった
かーちゃんがこの番組好きで聴いてた。まだ続いてたのかー。かの上岡龍太郎が弟子入りを志願したという伝説の語り職人。まさか上岡さんより長生きとは。
1972年から!一つの仕事を55年続けるってすごい。「稲村ジェーン」という映画にかけて「浜村ジューン」と言われたりしていたこともあったな。
いやもう何年も前からまともに喋れてなかったんだから、絶対に遅いよ。
持った湯呑みをバッタと落とし、小膝叩いてニッコリ笑い
私の気がかりは小林克也がいつまでできるか……
むしろまだやっとったんか…凄いな
>今年秋の改編に伴い2026年9月末でレギュラー放送を終了します。←これは許されないな。責任者がごめんなさい、ありがとうと記者会見しないとダメでしょう。
エリアフリーやめちゃって最近聞いてなかったけど永さんみたいになっちゃってたのか気になる
僕が子供の頃からずーっとやってる。学校休んだときは母がラジオ聞きながらよく編み物してたのを見てた。テレビではスタジオ2時という番組内の映画解説が面白くて映画が好きになった。恐怖の報酬はまだ覚えてる。
このラジオ番組の決して忘れられない記憶として、浜村さんが南京大虐殺の否定論を語りまくってたのを聞いたこと。古臭い否定論ばかりで唖然とした記憶。
「最後の晩餐」という関西ローカル番組でキダタローに頭髪の指摘してたのがもう25年前。しかしもうその時に60代だったとは。
持った扇子をバッたと落とし
夜勤のバイト中、夜が明けてありがとう浜村淳ですが流れ、取るに足らない新聞記事を1つ読む度に延々文句を言って10分くらい引っ張る話芸にげんなりした記憶しかない。
まだやっていてマジでびびった。91歳凄いなぁ
上京組関西人としては、まだ生きとったんか!ワレェ!!
「浜村ジューン」はね、桑田佳祐が監督した稲村ジェーンを「つまらない」とこっぴどく批判して、「僕に同じ予算をくれたらもっと面白い映画を撮れる。タイトルは『浜村ジューン』で」て言ったのよ
50年以上続いてるとかすごいな
まだ続いてたのか、営業車のラジオでよく聞いてた、乙でした
昔、営業車で聴いてたな。先輩にMBS聴けって言われて。ありがとう浜村淳です→ごめんやす馬場章夫です→すみからすみまで角淳一です。なんやこのゴールデンリレー! 最高か!? 交通情報も良かった。お疲れ様でした。
“「ごめんやす浜村淳です」”だったの!ごめんやすといえば、ごめんやす馬場章夫です、の印象しかなかった。ってか、ごめんやす馬場章夫ですは20年以上前に終わってるのね。
関西にいた頃は朝の車移動時は100%聞いていた(関東に越してきてラジオのつまらなさにびっくりした)。とにかくthe話芸の人だったが、まぁでも特に含蓄のある人ではなかったんだよな。御歳91歳か。お疲れ様でした。
50年前、保育園に向かう道中のカーラジオが出会いで、その後、NHKのホントにホント?でラジオの中の人がTV出てるという現象に混乱した。最後に聞いたの確かコロナ前だが既に(音声的にも心情的にも)聞くのは厳しかった。
浜村淳の映画評といえば、平気でラストのオチまで喋ってネタバレするのが常だったそうだw。
聞いたことあるけどネタバレはするわセリフの関西弁改変するわですごかったな。古い洋画のセリフなのに「何で、何でお前はこんなことするんや」みたいにしてたもんね。
80歳位で潔く後進に道を譲って欲しかった。
道上洋三も浜村淳もいなくなった。。
2024年4月から週一になったのでもっと続けるのかと思っていた。お疲れ様でした。
浜村淳の映画紹介は、登場人物が丁々発止の関西弁の掛け合いでテンポよく進み、クライマックスで「さあ、この続きで劇場で!」と終わるのだが、いざ映画館に行くと、「この続き」はスタッフロールしかないと言う。