『寄生獣』は「そこにあったから描いてみただけ(そして描き続けて、描き終えた)」の高みだなあ、って感じがします。
ミギーの口の話は新鮮。良い考察だった。俺には、家族という単位を壊された新一が、極端な個人主義と、極端な全体主義の間で彷徨して、「周りの人達主義」に落ち着く話に見えた。(広川は全地球の全体主義)。
ミギーの「牙のない口=話すための口」は、 言語と対話が人間性を形作るという象徴として扱われている ――by copilot
良い考察。好き。
人間とは何か、意思はどこに宿るか、意思とは何か。田村が子を守ったのは意思とは無関係な本能的反射で、パラサイトでも免れない「赤子」(人間種)の支配力。
面白かった。田宮のあのシーンについては噛み合わないまま噛み合ったコミュニケーションが気になってこんなものを書いた https://rna.hatenadiary.jp/entry/2015/02/15/234200
最初は異生物との戦いの雰囲気だったけど田宮良子登場からは一貫して人間って何だという話だった気はする、読み直そう
直前までの流れで感情らしいものが見え始めてたミギーと人間性を失いつつあった新一に大きな影響を与える田村玲子のラスト、真意に気づけた新一と理解できなかったミギーの対比が本当によくできてると思う。
読み返したくなったし、子供に読ませたくなった。買いに行こう。
田宮良子は序盤で利己的遺伝子の講義を取ってるとき皮肉を言ってたからこそ母としての振る舞いには余計に感動しちゃうのだ。
ミギーには牙がない、か。なるほど、面白かった。
本題とは関係ないけど、繁殖能力がないパラサイトたちはどうやって増えて地球にやってきたんだろう、という疑問がわいてきた。そのあたりの設定は考えられてるのかな。
確かにジョーには牙があったがミギーにはないね。同じ共生タイプでも
“人間ではないものを描くことによって、人間を描いている” まず全ての物語は「人間を描く」のが前提じゃないかなぁ。考察すべきは「この作品はどのように、人間の何を描いているか」のほう
前半はよくある考察だなあと思ったが、最後の牙の話は良かった。なるほど。
連載してたの30年以上前?。。。アフタヌーンを立ち読みするのすごく大変だった記憶。中二病ど真ん中だったからめちゃくちゃ刺さった。ミギーの口の話良いですね。「毎回牙を書くのがめんどくさい」とかではないんだ
中身はともかく、母親を殺されてもった種族に対する憎悪が解消されるまで、がシンイチの物語なんよね
おもしろかった。最後のミギーの口の話は「なるほど」って思った。
「これは君のお母さんなんかじゃない。でも、君がやっちゃいけない気がする」 「我々はか弱い。だからあまりいじめるな」 “「人間ではないものを描くことによって、人間を描いている」”
何度振り返っても面白い。まさにオールタイムベスト
ヒストリエはパラサイト=スキタイ人(ペルシア人→遊牧民)、人間=ギリシア人(欧米的文明人)の文脈で寄生獣と対比して読むことが出来るかな。根っこに奴隷制を抱え込んでいる現代の自称素晴らしい文明人とは何…
スプラッタホラーからのバディものバトル漫画であるが、人間側が割とあっさり勝利を手にしたのも面白かった
漠然と人間讃歌な物語なんだよなあと思ってたけどここまで言語化できるとは
人間こそが「寄生獣」というあたりが、80~90年代半ばのオタク的なメタ・パロディー視点なんだよね。ロリ美少女なんぞを愛好してる「自分を自虐的に嗤う」というのが当時のノリ
田宮良子が産んだ子が成長して自分や母親が何者なのか悩むというスピンオフを、なんとあの萩尾望都が描いてる。
非人間と人間の共生についてじゃない?というのでは語り尽くせないのはわかってたが、2つ3つ深い考察でした。良き。
「人間は自分の脳以外に、「もう一つの巨大な脳」を持っている」口による直接の会話でなくネットで繋がる事でその「巨大な脳」が断片化してばらばらになっていくのを日々感じている。
人間と寄生生物の愛憎劇だにゃ!ボクの寄生先は飼い主さんの膝上がいいにゃ。
“パラサイトには人間のような感情がありません”めちゃくちゃ感情があるようにしか表現してなかったけど
いまさら陳腐すぎるやろ
寄生獣はやはりすばらしい作品
“それは「ミギーの口には牙がないこと」です。右手に寄生したミギーの口は、消化器官に繋がっていないため、「食べるための口」ではなく「喋るための口」です”
面白かったです。
人間も鶏や豚や牛を大量に食い殺しているがそこに罪の意識を持つ人は少ない。人間性とはただの虚構なのかも知れない。
“右手に寄生したミギーの口は、消化器官に繋がっていないため、「食べるための口」ではなく「喋るための口」です。”
寄生獣?バトル漫画でしょ(バトル脳
ミギーの口は喋るためのものは良い
1度読んでから、相当な時間が経った。もう一度読んでみたら違う感想になるかも知れない。
「寄生獣のパラサイト」→「ハンターのキメラアント」→「フリーレンの魔族」という時代の変遷。最近は「魔族は生成AIと同じ」という発想が流行る。
“右手に寄生したミギーの口は、消化器官に繋がっていないため、「食べるための口」ではなく「喋るための口」”
同じく食欲を知らないはずの宇田さんのジョーにはめちゃくちゃ牙があるんですがそれは……(まあ実用じゃなくデザインとしての牙っぽいが)
ちょっと前に自分の1番のゲームをあげるやつがあったけど、漫画なら寄生獣になるなぁ…
田村玲子と新一のあの場面、アニメ「セイの格率」だとキリの悪いとこにあって台無しなんだよなー
「食物連鎖の頂点にいる人間を捕食する敵」「敵の力を借りて戦う主人公」という手垢だけで自立しそうな材料で、普遍的なテーマを描き切った名作にふさわしい名文!
岩明先生がどこまで発言してるかはわからないが、娯楽作品として寄生獣を考える時『物体X』の存在は外せないよね
“
良い考察だ。
シンイチが涙を取り戻すシーン、その瞬間の静寂と赤ん坊の鳴き声に切り替わる対比がとても好き
広川についてもっと掘り下げてほしい気もする
「寄生獣」は何を描いた物語であったのか?関連 | ムービーナーズ
『寄生獣』は「そこにあったから描いてみただけ(そして描き続けて、描き終えた)」の高みだなあ、って感じがします。
ミギーの口の話は新鮮。良い考察だった。俺には、家族という単位を壊された新一が、極端な個人主義と、極端な全体主義の間で彷徨して、「周りの人達主義」に落ち着く話に見えた。(広川は全地球の全体主義)。
ミギーの「牙のない口=話すための口」は、 言語と対話が人間性を形作るという象徴として扱われている ――by copilot
良い考察。好き。
人間とは何か、意思はどこに宿るか、意思とは何か。田村が子を守ったのは意思とは無関係な本能的反射で、パラサイトでも免れない「赤子」(人間種)の支配力。
面白かった。田宮のあのシーンについては噛み合わないまま噛み合ったコミュニケーションが気になってこんなものを書いた https://rna.hatenadiary.jp/entry/2015/02/15/234200
最初は異生物との戦いの雰囲気だったけど田宮良子登場からは一貫して人間って何だという話だった気はする、読み直そう
直前までの流れで感情らしいものが見え始めてたミギーと人間性を失いつつあった新一に大きな影響を与える田村玲子のラスト、真意に気づけた新一と理解できなかったミギーの対比が本当によくできてると思う。
読み返したくなったし、子供に読ませたくなった。買いに行こう。
田宮良子は序盤で利己的遺伝子の講義を取ってるとき皮肉を言ってたからこそ母としての振る舞いには余計に感動しちゃうのだ。
ミギーには牙がない、か。なるほど、面白かった。
本題とは関係ないけど、繁殖能力がないパラサイトたちはどうやって増えて地球にやってきたんだろう、という疑問がわいてきた。そのあたりの設定は考えられてるのかな。
確かにジョーには牙があったがミギーにはないね。同じ共生タイプでも
“人間ではないものを描くことによって、人間を描いている” まず全ての物語は「人間を描く」のが前提じゃないかなぁ。考察すべきは「この作品はどのように、人間の何を描いているか」のほう
前半はよくある考察だなあと思ったが、最後の牙の話は良かった。なるほど。
連載してたの30年以上前?。。。アフタヌーンを立ち読みするのすごく大変だった記憶。中二病ど真ん中だったからめちゃくちゃ刺さった。ミギーの口の話良いですね。「毎回牙を書くのがめんどくさい」とかではないんだ
中身はともかく、母親を殺されてもった種族に対する憎悪が解消されるまで、がシンイチの物語なんよね
おもしろかった。最後のミギーの口の話は「なるほど」って思った。
「これは君のお母さんなんかじゃない。でも、君がやっちゃいけない気がする」 「我々はか弱い。だからあまりいじめるな」 “「人間ではないものを描くことによって、人間を描いている」”
何度振り返っても面白い。まさにオールタイムベスト
ヒストリエはパラサイト=スキタイ人(ペルシア人→遊牧民)、人間=ギリシア人(欧米的文明人)の文脈で寄生獣と対比して読むことが出来るかな。根っこに奴隷制を抱え込んでいる現代の自称素晴らしい文明人とは何…
スプラッタホラーからのバディものバトル漫画であるが、人間側が割とあっさり勝利を手にしたのも面白かった
漠然と人間讃歌な物語なんだよなあと思ってたけどここまで言語化できるとは
人間こそが「寄生獣」というあたりが、80~90年代半ばのオタク的なメタ・パロディー視点なんだよね。ロリ美少女なんぞを愛好してる「自分を自虐的に嗤う」というのが当時のノリ
田宮良子が産んだ子が成長して自分や母親が何者なのか悩むというスピンオフを、なんとあの萩尾望都が描いてる。
非人間と人間の共生についてじゃない?というのでは語り尽くせないのはわかってたが、2つ3つ深い考察でした。良き。
「人間は自分の脳以外に、「もう一つの巨大な脳」を持っている」口による直接の会話でなくネットで繋がる事でその「巨大な脳」が断片化してばらばらになっていくのを日々感じている。
人間と寄生生物の愛憎劇だにゃ!ボクの寄生先は飼い主さんの膝上がいいにゃ。
“パラサイトには人間のような感情がありません”めちゃくちゃ感情があるようにしか表現してなかったけど
いまさら陳腐すぎるやろ
寄生獣はやはりすばらしい作品
“それは「ミギーの口には牙がないこと」です。右手に寄生したミギーの口は、消化器官に繋がっていないため、「食べるための口」ではなく「喋るための口」です”
面白かったです。
人間も鶏や豚や牛を大量に食い殺しているがそこに罪の意識を持つ人は少ない。人間性とはただの虚構なのかも知れない。
“右手に寄生したミギーの口は、消化器官に繋がっていないため、「食べるための口」ではなく「喋るための口」です。”
寄生獣?バトル漫画でしょ(バトル脳
ミギーの口は喋るためのものは良い
1度読んでから、相当な時間が経った。もう一度読んでみたら違う感想になるかも知れない。
「寄生獣のパラサイト」→「ハンターのキメラアント」→「フリーレンの魔族」という時代の変遷。最近は「魔族は生成AIと同じ」という発想が流行る。
“右手に寄生したミギーの口は、消化器官に繋がっていないため、「食べるための口」ではなく「喋るための口」”
同じく食欲を知らないはずの宇田さんのジョーにはめちゃくちゃ牙があるんですがそれは……(まあ実用じゃなくデザインとしての牙っぽいが)
ちょっと前に自分の1番のゲームをあげるやつがあったけど、漫画なら寄生獣になるなぁ…
田村玲子と新一のあの場面、アニメ「セイの格率」だとキリの悪いとこにあって台無しなんだよなー
「食物連鎖の頂点にいる人間を捕食する敵」「敵の力を借りて戦う主人公」という手垢だけで自立しそうな材料で、普遍的なテーマを描き切った名作にふさわしい名文!
岩明先生がどこまで発言してるかはわからないが、娯楽作品として寄生獣を考える時『物体X』の存在は外せないよね
“
良い考察だ。
シンイチが涙を取り戻すシーン、その瞬間の静寂と赤ん坊の鳴き声に切り替わる対比がとても好き
広川についてもっと掘り下げてほしい気もする