そして唐突に挟まる〚サメ〛。〚サメ〛がシーンにちょっとでも入っちゃったら、いや〚サメ〛匂わせだけでもそれはサメ映画なのよ。
女優が脱いで濡れ場をやると興行収入には一切触れず評論家がこぞって殻を破っただの一皮むけただの褒め称え素晴らしい映画だった今後に期待って書き散らす。男社会でPDCAをグルグル回す仕組みが出来上がってる
「福田村事件」のセックスシーンは監督もいらんと思ったらしいが、脚本家が入れた。 荒井晴彦氏の信念もわかる。 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO93213010V11C25A2BE0P00/
喧嘩独学って何と思って調べたら韓国漫画かよ。そんなもの観ているなよ。
誇張表現だろうが「あらゆる映画」ではないな…そして最近はその手のシーンだいぶ減った気はする。たまにあると懐かしさすら感じる。私が萎えるのは、銃弾飛び交ってるとこでの見つめ合い長会話
最近のアクション映画、主人公自身のそういうシーンはない傾向な気がする。主人公が結構年齢高いやつ。リーアム・ニーソンとかジェイソン・ステイサムとかマッコールさんとか。終始最強のおじさんが悪を成敗するのみ
深遠な芸術的意味を期待して質問したらド直球な回答が返ってくるの草。まあ実際ロマンポルノみたいにノルマ的に挟まれてるだけの作品も多いしな
昔のハリウッド映画だとシャワーシーンのタイミングも計算で入れている感じはしたな。話がダレるのは何分後でありここでサービスシーンを入れる。もちろんストーリー的な意味はない。
逆にセックスシーンが作品の核で、必要不可欠だった名作映画を知りたい。ニューシネマパラダイスはキスシーンだが。
「あらゆる映画」にセックスシーンはない。嘘なので終了。
セックスシーンが入れられないので、代わりにインド映画はダンスシーンを入れた、という話は聞いたことがある。そしてほぼあらゆるインド映画にダンスシーンはある。
"なぜ高尚な意味が必要なの? "
教授!これは!?
葬式のあとはみんないたす映画is何 アンパンマン映画も超おもしろく見れるから、そんな刺激いらんのよなぁ… ばいきんまんとえほんのルルン、最&高
ターミネーターでの女パイパイ丸出しはこどものころ衝撃でした
2010年代後半ぐらいから、男性同士での接吻シーンが増えた気がするのですね。あれは興奮させるためではなく、政治風潮に合わせるためのものだったんだろうねえ
日本映画云々と最初のポストの引用が言ってるけど、ハリウッドだってそうだろ
タレント映画などならわかるけど、物語が主体なら無くてもいいかな。ターミネーターなら物語上の必要性があるかな。
エンタメ作品でも7,80年代ごろは「ふたりは愛し合っている」の記号程度でそんなシーンが存在したが、90年代以降はどんどん減っていった印象。スピード感がなくなるから/ターミネーターはプロット的に必要なシーン
まぁ、着衣のままの不自然な濡れ場を入れるくらいなら「事前/事後」みたいな演出で十分なんですよね。あと毎回シャワー浴びてからにしろよって思っちゃう。
普段どんな映画観てんの...? レーティングがあるからどんどん減ってるのに "あらゆる映画でセックスシーンがある"
セックス=芸術っていう発想、いいえエンタメですよっていうおとなげなさ、20世紀みある。
世界の危機が迫ってる!ってときにチュッチュし始めると「いいからはよ世界救え」って思っちゃう
この文脈でデスペラードが出てないのありえないでしょ、本家版とハリウッド版を比較してセックスシーンに意味あんのかとかを授業で散々やったよ。
映画はサブカルチャーでほとんどに芸術的意味を見つけ出そうとするのが「?」なのだが。#70年代とかビデオデッキが普及する前は、エロ場面はサーヴィスで入れてたのも多かっただろう、エロ見に映画館行く人いたので
最近の映画で意味があったのってプロメテウスくらいだろ
ゴジラといえば、ゴジラvs.コングは人間パートが退屈すぎて途中で寝てしまったので10分に1回くらいゴジラに暴れて欲しかった。とはいえゴジラとコングが共闘してからの流れが面白かったかと言われると……
監督や脚本家はなんらかの意図があって入れてるけど、その人その時によって意図は違うので芸術的な意味と言われましてもという感じはする。受け手によっても違うしね
謎のエロシーン、洋画の方が多いイメージなんだが。元ツイの人が日本叩きしてるので
「赤い影」はサスペンススリラーなのにセックスシーンがすごいので有名な映画。あれも観る人を興奮させるために入れたシーンかも知れないけど、作品の重要な要素になってるよね
「見る人を興奮させるため」のアクションシーンも、“イラナイ”扱いするんですかね?この手の御仁ら。むしろ濡れ場もアクションも、メインの花形シーンまであるやろ。
男が悪い
そんなこと言ったら映画なんて全部いらないってことになるよ
ハリウッド映画にだってあってお茶の間を凍りつかせてたやろ。ホラー映画なんて、カーセックスしてるカップルは最初の犠牲者なんやぞ
よほどの必然性がないなら入れないでほしい派。
『ガンダム』におけるセイラさんのお風呂シーンも、まあサービスカットだよな……。
ベッドシーン的なものはそれ自体に意味がないのならただの尺稼ぎとしか思えないものな。カーチェイスシーンとかも同様で。
裸婦を描いた絵画も深遠な芸術的意味があるのかと思いきや、みんながオッパイ見たかっただけだって言うしなあ
さよなら渓谷のセックスシーンは良かった記憶。まぁ正体を知らなかった真木よう子の濡れ場におじさんが興奮しただけだが、ストーリーの鍵だった気がする。だいぶ忘れてもうたけど。
あらゆる宮崎駿魔女宅でパンチラシーンがあるけど、どんな芸術的意味でしょうか
ほとんどの映画は芸術である前にエンタメだからね。エンタメと芸術のバランスが良い映画だって事を忘れてはいけない。
アニメだと入浴シーンや水着回みたいなもんやろ
「見る人を興奮させる為だよ」その通り/起源は監督の趣味と実益で額縁ショーの延長だよ/
多分「あらゆる」の使い方間違ってる。
村上春樹は読んでも怒られないポルノ。
逆にノルウェイの森にセックスシーンが無かったのは驚いた
伊丹十三のお葬式は紛れもなく名作で地上波で定期的に流して欲しいのだが、途中に入る明らかに無駄なセックスシーンのおかげで流せない説。
アニメもサービスシーン入れるやん。予告向けだけど。映画の場合は芸術ではなくて予告で釣るため以外はほぼないよね。
セックスシーンのバーターで自分の主義主張を謳うシーンを入れる脚本家や監督が居るけど、あれホント辟易する(逆にそういうシーンがあるから、セックスシーンにも意味があると勘違いするのかも)
前史の理解が必要。ヘイズ・コードによる規制期間(1930-1968)は、『カサブランカ』『ローマの休日』などセックスシーンを描かず要素で濃く匂わせる演出多い。その後の70-90年代は、反動から露骨な性交描写がエスカレート
全体的には減ってる印象だなぁ。セックスシーンのありそうなセックス系の作品ばかり見てるから「あらゆる」とか不正確なことを言い出すのでは。https://press.moviewalker.jp/ranking/boxoffice/2025/ 半分以下じゃない?
インド映画(マサラ映画)は歌とダンスだけでなく、ナヴァ・ラサという9種の感情を呼び起こす要素を入れるのがお約束になってる。
確かにこの「あらゆる」はどういう意味なんだろう… allではないよね…
水戸黄門のお銀の入浴シーンは…? 肩がお湯から出てるだけで興奮するか?って思うけど、 お湯の中を想像させるのが大事なのかねえ。
とりあえず濡れ場を入れたい人と、濡れ場があるととりあえず非難する人、両方バカなんじゃないの。個別の作品によるしか正解はないのになぜ総論で語るんだ。
謎のエロシーンが挟まる映画を観た記憶が乏しい。たぶん観てないことはないけどエロシーン目当てに映画観ないし
あらゆる…?/興行的娯楽産業として発展したのに、すべてに芸術的な意味があると思ってるのがおぼこいねえ。
特に昔はそうだったねえ。 / 小学生の頃、映画の大長編ドラえもんを見に行ったら、しずかちゃんのえっちなシーンで妙な歓声みたいなのが客席から上がってちょいトラウマ。
ゼイリブの最後のシーンとか最高やんけ
あんまり見たことないけど観客が飽きそうなタイミングでお色気だとか歌だとかダンスをしている気がする
T1はちゃんと意味があってな
007やインディージョーンズとかでも入ってて子供ながら当時は嫌だったなぁ。ターミネーターの1とかもだいぶ激しめのそういうシーンがある。
業界ぐるみで役者グルーミングしてる側面もあるでしょと思う。撮る側も興奮してんでしょ。性欲だけじゃなくコントロール、支配したい欲求もありそう。テーマやキャラ、文脈無視して入れるのはなくなって欲しいね
「猛烈合体」/最新の嵐が丘はよく練られてる
必要な表現なら全然入れてくれていいんだけど、不要なら入れないで欲しい。ものすごく面白い映画でも、小学生の子供と見れなくなる。
これは「先生」が無能。そこでなぜ日活ロマンポルノが若手監督の登竜門になっていたのかを解説しないと
興奮するし、セックスは誰もが共感できる普通的な事なので。え、汚らわしく感じる?それはあんたの問題だし、何でみんながお前に合わせないといけないの
カーチェイスシーンをスキップして事後でいいかというと、その過程が興奮するし見たいから入れてほしい。セックスシーンもどんな風にするのか、が見せたいなら入れたらいいと思う。
アクション映画のアクションシーンとか、ポルノ映画のポルノシーンとか概ね「またこれか」的な凡庸さを感じてしまう。だからこそ、そこを越えてくると興奮させられるわけで、作り手もそこを目指してると思う。
もういっそセックスシーン入れないと公開できない規則にして欲しい。
人間の生と死に絡んでるからとも言えるし、だからこそ本能的に人間が求める物だからとも言える。社会性から離れて、生き物として根源的に輝く瞬間だから。気持ちは分かるけど、SEXを忌避し過ぎるのもおかしい。
逆に今は隠し過ぎじゃない?って方向で不自然になってる気がする。それはそれで未来から見たときそこに深遠な意味があるのではとか思われそう
映画「北京原人」での片岡礼子の扱いについて述べよ
「合 体」
「セックスシーンが作品の核で、必要不可欠だった名作映画」→ジョゼと虎と魚たち
お金を払って映画館に来ていただいたお客様のためのサービスシーン。ってワシは聞いたで。セックスシーンが必要不可欠なのはターミネーター。
これが理由で邦画見ない人も多いと思う。
洋画だとちょっと前までは減ってたけど今オープンにしていこうという世間の流れもあるからこれから増えていくと思う
まぁ、映画史的にはそうなのかもしれない。しかし「興奮」というのはストーリー上の「高揚」とも言い換えられるケースもありそう。ちなみに文学の世界だとどう捉えられているのだろう?
俺が男だから説得力ないかもだけど、『ジョゼと虎と魚たち』と『薔薇の名前』はあるとないとで完全に評価変わる。『ジョーカー2』もしょぼすぎて好きで意味がある。慣習は無駄だし強制は問題外だけど、ものによる。
ターミネーターは1でセックスしといてよかった作品
あからさまなサービスシーンは減ってるような。関係性を表現してるとか単に日常描写だったりもあるし、普段どんな映画見てるのか疑問。/アニメの水着回よりは必然性あるのでは、と思うとアニメの後進性を感じる
感情に訴えるものは芸術だよ。エロスとタナトス~の話はどっちかというと文学(映画も文学の一種と言えるけど)。あと、映画である以上趣味じゃない限り商業的に成功しないといけないという枷があるよね
多様な倫理にも傾向はあり、統治は誰かが配分しないと子供が生存できない人間の生態、交換経済はそれが生む利用価値が正当性の根拠に多いとか。芸術だとエロスこそが芸術の存在していい正当性だって説が(異論もある)
グリーンマイルもやんわりではあるが朝までセックス三昧みたいなシーンがあって、あれだけで子供と観るのは憚られるんだよなあ
私が子供の頃(数十年前)の洋画はどれもセックスシーンがあってイヤだった。でもさよならジュピターの無重力セックスは興奮したし今でもやってみたい願望がある
命のやりとりは広義のセックスシーン(大抵の化学反応は広義の酸化還元反応だよ的な)
地面師たちの終わりの方のセックスシーンは、騙されたことが発覚してからの落差が強調されていいなと思った
「あーそうかい。それじゃあ違うシーンを存分に入れてみよう」→『俺たちに明日はない』のエンディング
個々の作品での要不要は論評の余地があるが、全体傾向としてはそれだけそうしたシーンが愛されてるからでそれでヨシ! だと思うよ。
日本には源氏物語の頃より「契りを結ぶ」というセックス表現があり、男女間で何らかの関係成立を表現する手法として用いられてきていて、それを芸術的な意味として先生には回答して欲しかったな
「あらゆる映画で」って雑な質問したら、雑な回答が返ってくるのも仕方ないのでは。
無くてもいい濡れ場があるだけで人に勧めにくくなるからやめてほしい。地面師とかいらんやろあれ
“やはりエロスとタナトス的な楔を打ち込む為でしょうか”こういうサブカルマジで嫌い
洋画から輸入した演出だと思ってました
サービス、サービスぅ!
宗教画の裸婦にも怒る人たち。こういう人々のために、エロースがあり、神の似姿としての人体というエクスキューズがある。高尚と下賤など視点の差異に過ぎない。天地混濁した祝祭にこそ真の美がある。
……興奮するかぁ? まあそこは個人差だけど、一回ヤッたら死ぬタコじゃあるまいしおよそ人間愛して憎んで生きて死ぬという過程で日常的にセックスしまくってる訳で。食事や睡眠のシーンが出てくるのと同じでは?
食事シーンについてはどう思うんだろう。セックスも食事も日常だし関係性を表現できる有効な手段の一つなんだが。
まぁあったらあったで目が覚めるよね。全員がとは言わないけどリテンション的な役割はわかる。映画見ないけど。
その意味だと最近完走した「地獄に落ちるわよ」で使われてた濡れ場は効果的でよくできてたな。必ず意味があって転換点だった。
オッペンハイマーでのシーンは驚いたなぁ あらゆる映画言うけどとなりのトトロでそんなのあったらビックリするよ あなたのお姫さまは誰かと腰をふっているわー
昔はハリウッド映画のほうが多いイメージだった。『タイタニック』の濡れ場とか。
観る人間の文化レベルによるよね。私はプラダを着た悪魔のハイブランドのコーデ見るのすごい好きだったし。そういうとこ見ない人間は、あの映画はセックスシーンが良かったみたいな感想になるんだろうか?
555は許されたか
メガゾーン23の話はそこまでだ
セックスシーンそのものが悪いのではなく男性目線に偏りすぎているセックス描写がつまらないだけでしょ
「不世出の名作」を「売れなかったせいで世に知られなかった作品」という意味で使ってる人がいるな
大衆向け映画ならそんなもん。エログロバイオレンスで売る。
あらゆる映画にセックスシーンはないし芸術的な意味のあるセックスシーンもある。それは人間の営みだから。食事シーンは本当にあらゆる映画にあり、芸術的な意味のないものもあればあるものもある。
アニメの水着回や温泉回ほど無駄で要らない話はない キモオタに媚びて無駄な時間潰すくらいなら さっさとストーリー進めるなり 普段の描写を時間かけてしっかり描け
映画ではなくドラマだけどゲームオブスローンズでその類の批判あった気がする…男性向け性描写が多すぎると
最近見る映画がほとんどアニメなのでそういう慣習はすっかり忘れてた・・・最近見た数少ない実写映画はシラートだし。
フリーセックスは家父長制で所有される性に対するアンチテーゼ、つまりしれっと差し込まれるリベラルな政治的主張なので大変高尚でおしゃれな表現といえますね。
ストーリーの山場で交感神経が優位になっている際、性的興奮を与えて副交感神経を優位にさせ、その後の展開で再度交感神経を優位にして快楽ホルモンの分泌を促すのです。 実はこれは射精と同じメカニズムなんですね
日本と海外でのセックスの位置が異なるから難しいけど、主人公の表現で楽だからじゃね?彼女いて童貞じゃないが済むしピロートークで話も進められる。途中で差し込めば関係が進んだ表現。
ターミネーター1
質問自体は雑すぎてビビるけど、「普段は化学屋さんで分析と営業やってます。」というプロフィールの人が「映画批評の授業」取れる大学ってどこやろ?
物語の都合上、関係を持つことが必須ならば「こいつら交尾したんだ!」ってことが観客に伝われば良いだけなのよね。つまり、全ての映画にセックスしないと出られない部屋から出てくるシーンを入れれば解決っすよ〜。
昔の手癖が残っているだけのような気もするが、どうだろう。ネットで性的コンテンツが簡単に手に入るようになった今の時代に大きな需要があるとも思えないのだが
アニメ『グノーシア』で、そろそろループの仕組みとセオリーも見え始めてダレ始めた中盤にユーリちゃんを持ってきたのは最高だった。温泉回も水着回も要らない、これから必要なのはTSにして百合回なのだよ。
あらゆる性的シーンを消し去りかねない勢い
劣化ポルノを挿入されるのは、スケベなおっさんの私もいらんと思ってる。
ポスターやトレーラー用(マーケティング目的)。レーティングを上げるため(大人向けとされる作品のほうが観られる傾向がある)。監督の趣味。必然性はあるけど脚本や演出が下手。こんなとこ?まぁ、必要ないわな。
すごい。どこの誰とも知らない人の伝聞の有識者のご意見を大人数が無批判に信じている。
社会全体が高齢化していくなかでは不要論が強くなってくとは思うし、実際、ビジネスとして成立するようになるのかもな
ストーリーに関係ないのに妙にねちっこいのは気になるよね
それよか「サメ」が人を襲うシーンを増やした方が良いよなぁ
洋画の予告でのキスシーンは正面衝突する勢いで劇的なBGMでやるもんだから毎回笑えて好き
それより、よくそんなにすぐ勃起できるな…という思いのほうが強い
関係値がわかりやすいってのはあると思う。朝チュンだと配慮感漂うし。
ターミネーターの「パコパコナー」は必要だろ
お前の個人的趣味で興行作品のシーンの要不要を決めるな 決めたいなら出資側か制作側になれ 規制だけは勘弁な
原作にないエロ改変は、強引に捩じ込まれた不必要なポリコレ改変とやってることは同じ。
濡れ場もいらんし、本筋と関係ないところで主人公が家庭関係に悩んでる描画とかもいらんなと思うが、まあ尺稼がないいかんのだろうなあと思って早回しでスキップしてる。ただ映画館だと辛いんだよなー。
娯楽映画なんだから、稼ぐには話題性が必要。それは芸術性よりも優先度が高くなるんだ。資本主義ではね。
どっちかというと制作関係者に女優を脱がせたい偉い人がいるって話ではないですかね。しらんけど。
“あらゆる映画”はいくらなんでも言いすぎで、あなたの見てる映画がそうなだけでは?と、ちょっとまぜっ返したくはなる。まあ言いたいことは分かるけど。
見る人を興奮させるってのも難しいもんなんだけどな、それも芸術の形
こりゃまたフェミニストや学術オタク君が怒りそうだなぁ
映画に暴力とセックスを入れるのは脚本やセリフが理解出来ない人も刺激を受け取れるようにする為で単一言語の日本からすると不自然に思うかもしれない。個人的には、小説に何故性描写が出て来るのかの方が謎だ。
昔のロマンポルノは映画界が生き残るために出来上がったよね。
まあ芸術って基本的に見る人を興奮させる為だからな。
でも純文学作品でもしょっちゅうセックスしてるじゃん。純文学作品が読者を興奮させる為にセックスシーン入れてるんか?え?入れてるの?……そう……。
あの手の濡れ場ってストーリーが停滞するから邪魔。特にアクション映画だと。
セックスシーンあるから観ませんって人より観ますって人のほうが多そうだとは思う。
「何にエロスを感じるか」も社会的規範に左右されるもので、例えばソ連時代の映画だと、女性がシャワーを浴びるシーン(背後からのアングルのみ)でも観客は興奮していたわけでして…
先生が言ってることをまじめにいうと最初のポストの人の言ってることになる、というだけな気がするけど。セックスも死も戦争も刺激が強いものだからなー
「『あらゆる』なワケねーだろーーがよォ!テキトーな事言ってるんじゃあねーぞッ!」って俺の中の億泰が言ってます。
人間はセックスしないと生まれてこないので人間が写ってたらそれはセックス描写なんですよ興奮しますね
逆に何で入れちゃいけないんだ?表現の一つでしかないと思うが。
女優を脱がせることが一流の映画監督の証、みたいな業界の風潮があるからじゃないの?「やった」女の数で競い合ってるようなノリだよ
最近減ってきてめちゃくちゃうれしい もちろん必要なら入れるべき(国宝とか)
カーアクション入れたがるのも分析してほしい
そもそも映画に芸術的な意味だけを求めるアプローチは間違っている、現代アートかなにかだと思っているのか
今の時代に映画でエロを供給したいのか?って疑問はある
女優の裸を見てみたいっていう男の下心を満たす為かと。あの女優こんな体だったのか、を内輪で話して盛り上がる楽しさはあると思う。書いてて下品だけど思うけど仕方がない
ゴジラ-1.0はセックスシーンがなさすぎて「アセクシャルな何かを持っている人なの?」という疑問を持ちながら見てた
エロゲ全盛期のとりあえずエロゲだからエロを入れようみたいなエロシーン
銃撃戦とかカーチェイスと同じことだと思ってた。事細かく描く意味はあまりないが、そういうのがないとエンタメにならない。
割とセックスシーンのない映画ばかり見ているのでピンとこない話だが、ラブシーンには「この二人は今や親密な仲です」をセリフ無しで秒で伝えられる便利さがある。もちろんスケベを喜ばせる意義だってある。
どんなシーンも必要があると判断されたからそこにあるんだよ
セックスシーンを見て興奮したいならAV見るわ。あらゆる映画って書いてあるけど最近減ってきてる気がする。
最近減ってきたというコメント多いが、それも本来不要だった一つのエビデンスかもしれない(映画のワンシーンでエロ需要を満たす必要などなくなった)
高校の時に映画館貸切で映画鑑賞したけど、最高に盛り上がってたよ笑。なんの映画かは忘れたけどそのシーンだけ覚えてる笑笑笑
肌面積増やすサムネは、クリック率上げるため有効過ぎるよな
「必然性があるなら脱ぎます」
「食事もセックスも誰もが行う人間の自然な営みであり、それを描写したものなんですよ」「ぼくは営んだことないですが」
逆に自分も含めて「必然性のないラブシーンはおかしい」みたいになっちゃってるのは何故だろう。世の中のセックスの大半は必然性なんかないのにね笑
監督が撮りたいからではなかったのか…
ホラー映画では「この人達を殺します」という芸術的意味がありますね(芸術とは
子どもの頃、そのシーンになると親がチャンネル変えてたわ
クリフハンガーだって連載構造の中で読者に媚びた安直な作劇なのは自明だが文学部教授がディケンズの作品の批評ができなければ存在価値がない。批評の授業でその回答したやつとそれを真に受けたやつの頭が悪い
そもそも性潔癖過ぎるので、別に隠す必要もなければ、必要性がないなら出す必要もないっていう単純な話であって、意味なんてその映画の内容によって変わるだろ。
くだらない
性嫌悪という声がでかいだけの精神異常者共が叫ぶクレームに従っても、ハリウッドみたいに娯楽が死ぬだけなんで、「じゃあ見ないでね」って言っときゃ良いよ/人を殺せ。血を流せ。おっぱい見せろ。娯楽とは興奮だ
単純な流行り廃りじゃないの?性的表現を入れると警察に睨まれたので反骨精神としてあえてセックスシーンを入れるのが流行った。段々セックスシーンも陳腐化してきてしまった。さてこれからどうするか?
「リーサル・ウェポン2」で互いの傷の見せあいこからセックスに移行するシーンは当時マジで「要るかこれ? これ要るか? テンポ悪くなったわ、この二人のシーン要る?」とかなりイライラしたモノだ。基本Hな俺だが。
一昔前のハリウッドのテンプレのイメージなんだが。なんならヒロインの一番の活躍シーン。
村上春樹の小説の冒頭でなんかあった気がする
芸術って言うと高尚に聞こえちゃうけど、エンタメではあるので。もちろん、批判はあり。
今ほどAVが氾濫されてない時代にそういうものを見る方便だったものの形だけが残ってるんじゃねえかなあと
物語の緊張と緩和を表現するためだと思っていた。例えば、吊り橋効果が働く感情を可視化するとか。
最初のポストについては「エンタメだから」ってことよね。/ あと脱げる女優は仕事があるってことかな。
映画のアクションシーンに必ずしも物語上の意味があるわけでもないのと変わらない気がするけど。素晴らしいショットやシーンが純粋に美しいだけという作品も多い気がする
インド映画『RRR』はダンスシーンはあれどセックスシーンの代替ではない。必ずしもイコールではない。(代替の場合もある)
女性観客が求めてる認識なんだが。ポルノを除いて、客層が男性メインの映画と女性メインの映画で、どちらが濡れ場存在率が高いか誰か検証してくれないかしら。
単純な需要の問題で、1960年代後半~90年代前半の娯楽映画の観客にベッドシーン見たい人が一定数いたってだけ。男性向けマンガ・アニメの水着回とかお風呂シーンと一緒。違和感持つ客が増えれば消えていく。
町中に裸の女性の銅像を建てたのと同じ世代の人がやってるのだと思う
伊達「お、セックスシーンか、興奮してきたな」
喧嘩独学って韓国のWebtoonじゃないの? 原作にないシーンを足しているということかね/正直言うほどあるか?と思うんだけど/まあでもセックスって身を切るものではあると思う
なんていうか、映画見る人に見える部分が少ない割に演者は現場では体当たり感あって、気の毒に思っちゃう。騙しで強要された話もたまに見るし。AVでええんちゃうか的気持ちになる…
ハリーポッターとかいつまで経ってもセックスシーン出てこなくてなんじゃそりゃと思ったな。じゃあラブコメ要素入れんなよと。
「あらゆる映画にセックスシーンがある」というのは、言い換えれば「セックスシーンがないのは映画とは見なさない」ってことにならんか(対偶)。ずいぶん先鋭的な思想だな。
因果の矢印を逆にしちゃダメだぞ
で、濡れ場は見たいの見たくないの?俺は全部なくなると寂しいけど脈絡もろくな効果もない濡れ場はいらない
人には人のセックスを観たいという欲望があるんじゃないかな?その欲望を撥ねつけるのも、受け入れるのもその人次第だけどね。
まあ、せやろなとしか言いようがないw 他の理由としては「話題作りのため(「あの●●が脱いだ!」)」⏎意味のある性行シーンと言えば『ターミネーター』。朝チュンでも成り立つけど。
不快、苦手という話はともかく、必要ないシーンは入れるなと言うならセックスシーン以外の様々な場面や描写でも、中には必ずしも必要と言い切れんものもあるように思うんだがそれらも全てそぎ落とせってことなのかな
感受性の問題じゃねーよストーリーや人間関係、世界観との整合性ミスマッチの問題だろ。むしろ感受性高いから強い嫌悪感感じるんだろうが
性行為は自然でありふれた営みだけど、もっとありふれてて生死に直結する排便シーンは別に出てこないしなぁ。女性の生理の話もあまり出てこないし。/客が濡れ場を求めてると信じてた作り手が多かったんだろうね
最近のハリウッドの大作はセックスシーンどころか恋愛要素も減ってきてると思う。
いらないですってただの消費者なのに何様の立場なんだろう?自分が作る時は入れなければいいじゃん
映画のセックスシーンで興奮する奴なんておらんやろ。
邦画にはあんまりないような。しかしフェティッシュなシーンは同じ映画を何回も見たくなる大きな要因なわけで、それが色々なバリエーションになってるだけでしょ。フックは多い方が良い。
令和においては、この男女の物語でベッドシーンないのは漂白されすぎて逆におかしいだろ(露出はなくていい)って作品はある
ロックのギターソロみたいなもんだよ。やっぱなきゃないで締まらんのよ。わかる?
恋愛と犯罪に関わる映画ぐらいでいい。アクション映画でヒーローがスカした感じでセックスするのもイラっとするし、名探偵が脚に興奮するタイプとか急に知らされても「えっ…」って引くだけ。
別にお前がいるかいらないかとかどうでもいいんだわ。嫌なら映画を見るな。一番いらないのはお前の存在だよ。そんなに嫌ならお前が監督になってセックスシーンを撮らなければいいだろ。
セックスシーンあるバージョンと、一方その頃で別のシーン見せてくれるバージョンを作ろう
ターミネーターとかならあって意味あるけど、ターミネーター2はそういえば無かったな。タイタニックもある意味はあるんだろうな。基本いらないと思う派だけど。
△”見る人を興奮させる為” 〇”その方が客がたくさん入るから” ◎”その方が客がたくさん入ると製作者が信じていたから”(旧トップガンの追加撮影)
最近は減ってきたと思うのだけど。
他人の性行為で興奮したいならAVでもいい訳で、もっと物語に触れる内容やその映画だからこその見せ場を描いて、セックスシーンで水増しするなと思う。昔はSNSなかったから知らずに友達と行っていや〜な空気になったり
マトリックスシリーズを見返さない理由
私も基本不要派ですが「Mr.&Mrs.スミス」の銃撃戦しながらはケンカップル好きの私に響いたので、何がきっかけで急に新しい扉開くか分かんないなと思う
血と肉は簡単に人をドキドキさせられるからね。だから、今は表に出られないあの監督の映画も血と肉だらけだったし。
その手の映画は単純にエロの入れ方が雑だからな。とエロゲを嗜んた者としては思うのですよ。少年週刊誌くらいで留めるか青年誌まで行くかどっちかにすればいい感じになるのにな
?そんなに当たり前にあったっけ?金ローでカットされてたからだろうか?いやでも間違ってハリポタのパロディAVとか見てるんじゃないか?
俺の一番好きな映画にはセックスシーンないよ。寝てるおっさんのちんこは映ってたけど……
「エロス」と「タナトス」か。知らんけど。
国宝はあってよかったと思うな。意味があったと思う。
そろそろフェミを海外に追放しないと
セックス中になんか展開があるならストーリーの一部として見てられるが、だいたいが「さぁ濡れ場の時間ですじっくりご覧あれ」と言わんばかりのねっとりしたカット割になるのが大変気持ち悪い。
幕の内弁当にはカマボコやら玉子焼きやら、はてはバラン入れとかなきゃ格好がつかない、ぐらいの感覚で入れてると思う。セックスが日常から離れたものになったのはここ20年くらいで、それより前はあるのが日常だった
yのAI漫画もどんな題材でも必ず,①東京(本物)新宿4100㎡vs.西村ジョイ屋島店20466㎡の比較と, ②3機のうどんメカが父母ヶ浜から出てきて,うどんロボ・十二灯ジョイ讃岐に合体して戦う(大抵勝てない)sceneが有.
子供のころ洋画みたあとは、外人(雑くくり)ってすぐセックスするんだなぁ。って思っていました。文化の違いてきな意味で。
映画映像作品の歴史的にそらそうやろというところから見ると、近現代のでも隠喩とか示唆とかは描写的には当時と変わらん。小説も同じ。
クラシックバレエの男性ダンサーのタイツがなぜあんなにピッチリしてると思ってんのよ、ご婦人方へのサービスに決まってるでしょ。/言い訳がつくなら性的なものは大半の人が好きだし、そうでなければ種は滅ぶよ。
B級映画の義務のような濡れ場がシリーズの大きなターニングポイントになったのがターミネーター
確かに恋愛もので、全くそのシーンがないのに結ばれたりすると、俺は不自然さを感じてしまう。それは俺がセックスの相性が恋愛の中に必要性があると思ってるだと思う。
日本映画だけじゃなく、洋画、特にドラマは無駄にセックスシーン入れがちだと思う。ドラマだと尺の問題もあるんだろうけど、ストーリーの続きを見たくてスキップしがち。
映画における芸術性を説明してからの回答がアレだとがっかりくるかもねぇ。
数年前は小説もセックスシーン入れる傾向があったような。
「えっちな場面を描きたい」だって立派な芸術的意図だよ
「意味わかんねえと思っていたらやっぱり特に意味ねえのかよ!要らん!」とか思うオタクのあなた、あなたが鼻息荒くして見ているアニメの「サービス」も、実写ドラマファンから同じように思われてんですよ?
クローネンバーグ「ヒストリー・オブ・バイオレンス」でのシーンは意味があると思うよ。多分。
娯楽かつビジネスだからな。男は見たいだろうから集客にはなる。それ自体の是非はともかく
俺も映像作品に濡れ場とかラブシーン入ってると機嫌が悪くなるんだけど、「あらゆる映画に」は言いすぎだろ。入ってない映画はいくらでもあるだろと。
誰も映画館には行ってないのである
映画批評の授業で先生に「あらゆる映画でセックスシーンがあるけど、どんな芸術的な意味でしょうか?」と質問したら、普通に「見る人を興奮させる為だよ」 と回答された
そして唐突に挟まる〚サメ〛。〚サメ〛がシーンにちょっとでも入っちゃったら、いや〚サメ〛匂わせだけでもそれはサメ映画なのよ。
女優が脱いで濡れ場をやると興行収入には一切触れず評論家がこぞって殻を破っただの一皮むけただの褒め称え素晴らしい映画だった今後に期待って書き散らす。男社会でPDCAをグルグル回す仕組みが出来上がってる
「福田村事件」のセックスシーンは監督もいらんと思ったらしいが、脚本家が入れた。 荒井晴彦氏の信念もわかる。 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO93213010V11C25A2BE0P00/
喧嘩独学って何と思って調べたら韓国漫画かよ。そんなもの観ているなよ。
誇張表現だろうが「あらゆる映画」ではないな…そして最近はその手のシーンだいぶ減った気はする。たまにあると懐かしさすら感じる。私が萎えるのは、銃弾飛び交ってるとこでの見つめ合い長会話
最近のアクション映画、主人公自身のそういうシーンはない傾向な気がする。主人公が結構年齢高いやつ。リーアム・ニーソンとかジェイソン・ステイサムとかマッコールさんとか。終始最強のおじさんが悪を成敗するのみ
深遠な芸術的意味を期待して質問したらド直球な回答が返ってくるの草。まあ実際ロマンポルノみたいにノルマ的に挟まれてるだけの作品も多いしな
昔のハリウッド映画だとシャワーシーンのタイミングも計算で入れている感じはしたな。話がダレるのは何分後でありここでサービスシーンを入れる。もちろんストーリー的な意味はない。
逆にセックスシーンが作品の核で、必要不可欠だった名作映画を知りたい。ニューシネマパラダイスはキスシーンだが。
「あらゆる映画」にセックスシーンはない。嘘なので終了。
セックスシーンが入れられないので、代わりにインド映画はダンスシーンを入れた、という話は聞いたことがある。そしてほぼあらゆるインド映画にダンスシーンはある。
"なぜ高尚な意味が必要なの? "
教授!これは!?
葬式のあとはみんないたす映画is何 アンパンマン映画も超おもしろく見れるから、そんな刺激いらんのよなぁ… ばいきんまんとえほんのルルン、最&高
ターミネーターでの女パイパイ丸出しはこどものころ衝撃でした
2010年代後半ぐらいから、男性同士での接吻シーンが増えた気がするのですね。あれは興奮させるためではなく、政治風潮に合わせるためのものだったんだろうねえ
日本映画云々と最初のポストの引用が言ってるけど、ハリウッドだってそうだろ
タレント映画などならわかるけど、物語が主体なら無くてもいいかな。ターミネーターなら物語上の必要性があるかな。
エンタメ作品でも7,80年代ごろは「ふたりは愛し合っている」の記号程度でそんなシーンが存在したが、90年代以降はどんどん減っていった印象。スピード感がなくなるから/ターミネーターはプロット的に必要なシーン
まぁ、着衣のままの不自然な濡れ場を入れるくらいなら「事前/事後」みたいな演出で十分なんですよね。あと毎回シャワー浴びてからにしろよって思っちゃう。
普段どんな映画観てんの...? レーティングがあるからどんどん減ってるのに "あらゆる映画でセックスシーンがある"
セックス=芸術っていう発想、いいえエンタメですよっていうおとなげなさ、20世紀みある。
世界の危機が迫ってる!ってときにチュッチュし始めると「いいからはよ世界救え」って思っちゃう
この文脈でデスペラードが出てないのありえないでしょ、本家版とハリウッド版を比較してセックスシーンに意味あんのかとかを授業で散々やったよ。
映画はサブカルチャーでほとんどに芸術的意味を見つけ出そうとするのが「?」なのだが。#70年代とかビデオデッキが普及する前は、エロ場面はサーヴィスで入れてたのも多かっただろう、エロ見に映画館行く人いたので
最近の映画で意味があったのってプロメテウスくらいだろ
ゴジラといえば、ゴジラvs.コングは人間パートが退屈すぎて途中で寝てしまったので10分に1回くらいゴジラに暴れて欲しかった。とはいえゴジラとコングが共闘してからの流れが面白かったかと言われると……
監督や脚本家はなんらかの意図があって入れてるけど、その人その時によって意図は違うので芸術的な意味と言われましてもという感じはする。受け手によっても違うしね
謎のエロシーン、洋画の方が多いイメージなんだが。元ツイの人が日本叩きしてるので
「赤い影」はサスペンススリラーなのにセックスシーンがすごいので有名な映画。あれも観る人を興奮させるために入れたシーンかも知れないけど、作品の重要な要素になってるよね
「見る人を興奮させるため」のアクションシーンも、“イラナイ”扱いするんですかね?この手の御仁ら。むしろ濡れ場もアクションも、メインの花形シーンまであるやろ。
男が悪い
そんなこと言ったら映画なんて全部いらないってことになるよ
ハリウッド映画にだってあってお茶の間を凍りつかせてたやろ。ホラー映画なんて、カーセックスしてるカップルは最初の犠牲者なんやぞ
よほどの必然性がないなら入れないでほしい派。
『ガンダム』におけるセイラさんのお風呂シーンも、まあサービスカットだよな……。
ベッドシーン的なものはそれ自体に意味がないのならただの尺稼ぎとしか思えないものな。カーチェイスシーンとかも同様で。
裸婦を描いた絵画も深遠な芸術的意味があるのかと思いきや、みんながオッパイ見たかっただけだって言うしなあ
さよなら渓谷のセックスシーンは良かった記憶。まぁ正体を知らなかった真木よう子の濡れ場におじさんが興奮しただけだが、ストーリーの鍵だった気がする。だいぶ忘れてもうたけど。
あらゆる宮崎駿魔女宅でパンチラシーンがあるけど、どんな芸術的意味でしょうか
ほとんどの映画は芸術である前にエンタメだからね。エンタメと芸術のバランスが良い映画だって事を忘れてはいけない。
アニメだと入浴シーンや水着回みたいなもんやろ
「見る人を興奮させる為だよ」その通り/起源は監督の趣味と実益で額縁ショーの延長だよ/
多分「あらゆる」の使い方間違ってる。
村上春樹は読んでも怒られないポルノ。
逆にノルウェイの森にセックスシーンが無かったのは驚いた
伊丹十三のお葬式は紛れもなく名作で地上波で定期的に流して欲しいのだが、途中に入る明らかに無駄なセックスシーンのおかげで流せない説。
アニメもサービスシーン入れるやん。予告向けだけど。映画の場合は芸術ではなくて予告で釣るため以外はほぼないよね。
セックスシーンのバーターで自分の主義主張を謳うシーンを入れる脚本家や監督が居るけど、あれホント辟易する(逆にそういうシーンがあるから、セックスシーンにも意味があると勘違いするのかも)
前史の理解が必要。ヘイズ・コードによる規制期間(1930-1968)は、『カサブランカ』『ローマの休日』などセックスシーンを描かず要素で濃く匂わせる演出多い。その後の70-90年代は、反動から露骨な性交描写がエスカレート
全体的には減ってる印象だなぁ。セックスシーンのありそうなセックス系の作品ばかり見てるから「あらゆる」とか不正確なことを言い出すのでは。https://press.moviewalker.jp/ranking/boxoffice/2025/ 半分以下じゃない?
インド映画(マサラ映画)は歌とダンスだけでなく、ナヴァ・ラサという9種の感情を呼び起こす要素を入れるのがお約束になってる。
確かにこの「あらゆる」はどういう意味なんだろう… allではないよね…
水戸黄門のお銀の入浴シーンは…? 肩がお湯から出てるだけで興奮するか?って思うけど、 お湯の中を想像させるのが大事なのかねえ。
とりあえず濡れ場を入れたい人と、濡れ場があるととりあえず非難する人、両方バカなんじゃないの。個別の作品によるしか正解はないのになぜ総論で語るんだ。
謎のエロシーンが挟まる映画を観た記憶が乏しい。たぶん観てないことはないけどエロシーン目当てに映画観ないし
あらゆる…?/興行的娯楽産業として発展したのに、すべてに芸術的な意味があると思ってるのがおぼこいねえ。
特に昔はそうだったねえ。 / 小学生の頃、映画の大長編ドラえもんを見に行ったら、しずかちゃんのえっちなシーンで妙な歓声みたいなのが客席から上がってちょいトラウマ。
ゼイリブの最後のシーンとか最高やんけ
あんまり見たことないけど観客が飽きそうなタイミングでお色気だとか歌だとかダンスをしている気がする
T1はちゃんと意味があってな
007やインディージョーンズとかでも入ってて子供ながら当時は嫌だったなぁ。ターミネーターの1とかもだいぶ激しめのそういうシーンがある。
業界ぐるみで役者グルーミングしてる側面もあるでしょと思う。撮る側も興奮してんでしょ。性欲だけじゃなくコントロール、支配したい欲求もありそう。テーマやキャラ、文脈無視して入れるのはなくなって欲しいね
「猛烈合体」/最新の嵐が丘はよく練られてる
必要な表現なら全然入れてくれていいんだけど、不要なら入れないで欲しい。ものすごく面白い映画でも、小学生の子供と見れなくなる。
これは「先生」が無能。そこでなぜ日活ロマンポルノが若手監督の登竜門になっていたのかを解説しないと
興奮するし、セックスは誰もが共感できる普通的な事なので。え、汚らわしく感じる?それはあんたの問題だし、何でみんながお前に合わせないといけないの
カーチェイスシーンをスキップして事後でいいかというと、その過程が興奮するし見たいから入れてほしい。セックスシーンもどんな風にするのか、が見せたいなら入れたらいいと思う。
アクション映画のアクションシーンとか、ポルノ映画のポルノシーンとか概ね「またこれか」的な凡庸さを感じてしまう。だからこそ、そこを越えてくると興奮させられるわけで、作り手もそこを目指してると思う。
もういっそセックスシーン入れないと公開できない規則にして欲しい。
人間の生と死に絡んでるからとも言えるし、だからこそ本能的に人間が求める物だからとも言える。社会性から離れて、生き物として根源的に輝く瞬間だから。気持ちは分かるけど、SEXを忌避し過ぎるのもおかしい。
逆に今は隠し過ぎじゃない?って方向で不自然になってる気がする。それはそれで未来から見たときそこに深遠な意味があるのではとか思われそう
映画「北京原人」での片岡礼子の扱いについて述べよ
「合 体」
「セックスシーンが作品の核で、必要不可欠だった名作映画」→ジョゼと虎と魚たち
お金を払って映画館に来ていただいたお客様のためのサービスシーン。ってワシは聞いたで。セックスシーンが必要不可欠なのはターミネーター。
これが理由で邦画見ない人も多いと思う。
洋画だとちょっと前までは減ってたけど今オープンにしていこうという世間の流れもあるからこれから増えていくと思う
まぁ、映画史的にはそうなのかもしれない。しかし「興奮」というのはストーリー上の「高揚」とも言い換えられるケースもありそう。ちなみに文学の世界だとどう捉えられているのだろう?
俺が男だから説得力ないかもだけど、『ジョゼと虎と魚たち』と『薔薇の名前』はあるとないとで完全に評価変わる。『ジョーカー2』もしょぼすぎて好きで意味がある。慣習は無駄だし強制は問題外だけど、ものによる。
ターミネーターは1でセックスしといてよかった作品
あからさまなサービスシーンは減ってるような。関係性を表現してるとか単に日常描写だったりもあるし、普段どんな映画見てるのか疑問。/アニメの水着回よりは必然性あるのでは、と思うとアニメの後進性を感じる
感情に訴えるものは芸術だよ。エロスとタナトス~の話はどっちかというと文学(映画も文学の一種と言えるけど)。あと、映画である以上趣味じゃない限り商業的に成功しないといけないという枷があるよね
多様な倫理にも傾向はあり、統治は誰かが配分しないと子供が生存できない人間の生態、交換経済はそれが生む利用価値が正当性の根拠に多いとか。芸術だとエロスこそが芸術の存在していい正当性だって説が(異論もある)
グリーンマイルもやんわりではあるが朝までセックス三昧みたいなシーンがあって、あれだけで子供と観るのは憚られるんだよなあ
私が子供の頃(数十年前)の洋画はどれもセックスシーンがあってイヤだった。でもさよならジュピターの無重力セックスは興奮したし今でもやってみたい願望がある
命のやりとりは広義のセックスシーン(大抵の化学反応は広義の酸化還元反応だよ的な)
地面師たちの終わりの方のセックスシーンは、騙されたことが発覚してからの落差が強調されていいなと思った
「あーそうかい。それじゃあ違うシーンを存分に入れてみよう」→『俺たちに明日はない』のエンディング
個々の作品での要不要は論評の余地があるが、全体傾向としてはそれだけそうしたシーンが愛されてるからでそれでヨシ! だと思うよ。
日本には源氏物語の頃より「契りを結ぶ」というセックス表現があり、男女間で何らかの関係成立を表現する手法として用いられてきていて、それを芸術的な意味として先生には回答して欲しかったな
「あらゆる映画で」って雑な質問したら、雑な回答が返ってくるのも仕方ないのでは。
無くてもいい濡れ場があるだけで人に勧めにくくなるからやめてほしい。地面師とかいらんやろあれ
“やはりエロスとタナトス的な楔を打ち込む為でしょうか”こういうサブカルマジで嫌い
洋画から輸入した演出だと思ってました
サービス、サービスぅ!
宗教画の裸婦にも怒る人たち。こういう人々のために、エロースがあり、神の似姿としての人体というエクスキューズがある。高尚と下賤など視点の差異に過ぎない。天地混濁した祝祭にこそ真の美がある。
……興奮するかぁ? まあそこは個人差だけど、一回ヤッたら死ぬタコじゃあるまいしおよそ人間愛して憎んで生きて死ぬという過程で日常的にセックスしまくってる訳で。食事や睡眠のシーンが出てくるのと同じでは?
食事シーンについてはどう思うんだろう。セックスも食事も日常だし関係性を表現できる有効な手段の一つなんだが。
まぁあったらあったで目が覚めるよね。全員がとは言わないけどリテンション的な役割はわかる。映画見ないけど。
その意味だと最近完走した「地獄に落ちるわよ」で使われてた濡れ場は効果的でよくできてたな。必ず意味があって転換点だった。
オッペンハイマーでのシーンは驚いたなぁ あらゆる映画言うけどとなりのトトロでそんなのあったらビックリするよ あなたのお姫さまは誰かと腰をふっているわー
昔はハリウッド映画のほうが多いイメージだった。『タイタニック』の濡れ場とか。
観る人間の文化レベルによるよね。私はプラダを着た悪魔のハイブランドのコーデ見るのすごい好きだったし。そういうとこ見ない人間は、あの映画はセックスシーンが良かったみたいな感想になるんだろうか?
555は許されたか
メガゾーン23の話はそこまでだ
セックスシーンそのものが悪いのではなく男性目線に偏りすぎているセックス描写がつまらないだけでしょ
「不世出の名作」を「売れなかったせいで世に知られなかった作品」という意味で使ってる人がいるな
大衆向け映画ならそんなもん。エログロバイオレンスで売る。
あらゆる映画にセックスシーンはないし芸術的な意味のあるセックスシーンもある。それは人間の営みだから。食事シーンは本当にあらゆる映画にあり、芸術的な意味のないものもあればあるものもある。
アニメの水着回や温泉回ほど無駄で要らない話はない キモオタに媚びて無駄な時間潰すくらいなら さっさとストーリー進めるなり 普段の描写を時間かけてしっかり描け
映画ではなくドラマだけどゲームオブスローンズでその類の批判あった気がする…男性向け性描写が多すぎると
最近見る映画がほとんどアニメなのでそういう慣習はすっかり忘れてた・・・最近見た数少ない実写映画はシラートだし。
フリーセックスは家父長制で所有される性に対するアンチテーゼ、つまりしれっと差し込まれるリベラルな政治的主張なので大変高尚でおしゃれな表現といえますね。
ストーリーの山場で交感神経が優位になっている際、性的興奮を与えて副交感神経を優位にさせ、その後の展開で再度交感神経を優位にして快楽ホルモンの分泌を促すのです。 実はこれは射精と同じメカニズムなんですね
日本と海外でのセックスの位置が異なるから難しいけど、主人公の表現で楽だからじゃね?彼女いて童貞じゃないが済むしピロートークで話も進められる。途中で差し込めば関係が進んだ表現。
ターミネーター1
質問自体は雑すぎてビビるけど、「普段は化学屋さんで分析と営業やってます。」というプロフィールの人が「映画批評の授業」取れる大学ってどこやろ?
物語の都合上、関係を持つことが必須ならば「こいつら交尾したんだ!」ってことが観客に伝われば良いだけなのよね。つまり、全ての映画にセックスしないと出られない部屋から出てくるシーンを入れれば解決っすよ〜。
昔の手癖が残っているだけのような気もするが、どうだろう。ネットで性的コンテンツが簡単に手に入るようになった今の時代に大きな需要があるとも思えないのだが
アニメ『グノーシア』で、そろそろループの仕組みとセオリーも見え始めてダレ始めた中盤にユーリちゃんを持ってきたのは最高だった。温泉回も水着回も要らない、これから必要なのはTSにして百合回なのだよ。
あらゆる性的シーンを消し去りかねない勢い
劣化ポルノを挿入されるのは、スケベなおっさんの私もいらんと思ってる。
ポスターやトレーラー用(マーケティング目的)。レーティングを上げるため(大人向けとされる作品のほうが観られる傾向がある)。監督の趣味。必然性はあるけど脚本や演出が下手。こんなとこ?まぁ、必要ないわな。
すごい。どこの誰とも知らない人の伝聞の有識者のご意見を大人数が無批判に信じている。
社会全体が高齢化していくなかでは不要論が強くなってくとは思うし、実際、ビジネスとして成立するようになるのかもな
ストーリーに関係ないのに妙にねちっこいのは気になるよね
それよか「サメ」が人を襲うシーンを増やした方が良いよなぁ
洋画の予告でのキスシーンは正面衝突する勢いで劇的なBGMでやるもんだから毎回笑えて好き
それより、よくそんなにすぐ勃起できるな…という思いのほうが強い
関係値がわかりやすいってのはあると思う。朝チュンだと配慮感漂うし。
ターミネーターの「パコパコナー」は必要だろ
お前の個人的趣味で興行作品のシーンの要不要を決めるな 決めたいなら出資側か制作側になれ 規制だけは勘弁な
原作にないエロ改変は、強引に捩じ込まれた不必要なポリコレ改変とやってることは同じ。
濡れ場もいらんし、本筋と関係ないところで主人公が家庭関係に悩んでる描画とかもいらんなと思うが、まあ尺稼がないいかんのだろうなあと思って早回しでスキップしてる。ただ映画館だと辛いんだよなー。
娯楽映画なんだから、稼ぐには話題性が必要。それは芸術性よりも優先度が高くなるんだ。資本主義ではね。
どっちかというと制作関係者に女優を脱がせたい偉い人がいるって話ではないですかね。しらんけど。
“あらゆる映画”はいくらなんでも言いすぎで、あなたの見てる映画がそうなだけでは?と、ちょっとまぜっ返したくはなる。まあ言いたいことは分かるけど。
見る人を興奮させるってのも難しいもんなんだけどな、それも芸術の形
こりゃまたフェミニストや学術オタク君が怒りそうだなぁ
映画に暴力とセックスを入れるのは脚本やセリフが理解出来ない人も刺激を受け取れるようにする為で単一言語の日本からすると不自然に思うかもしれない。個人的には、小説に何故性描写が出て来るのかの方が謎だ。
昔のロマンポルノは映画界が生き残るために出来上がったよね。
まあ芸術って基本的に見る人を興奮させる為だからな。
でも純文学作品でもしょっちゅうセックスしてるじゃん。純文学作品が読者を興奮させる為にセックスシーン入れてるんか?え?入れてるの?……そう……。
あの手の濡れ場ってストーリーが停滞するから邪魔。特にアクション映画だと。
セックスシーンあるから観ませんって人より観ますって人のほうが多そうだとは思う。
「何にエロスを感じるか」も社会的規範に左右されるもので、例えばソ連時代の映画だと、女性がシャワーを浴びるシーン(背後からのアングルのみ)でも観客は興奮していたわけでして…
先生が言ってることをまじめにいうと最初のポストの人の言ってることになる、というだけな気がするけど。セックスも死も戦争も刺激が強いものだからなー
「『あらゆる』なワケねーだろーーがよォ!テキトーな事言ってるんじゃあねーぞッ!」って俺の中の億泰が言ってます。
人間はセックスしないと生まれてこないので人間が写ってたらそれはセックス描写なんですよ興奮しますね
逆に何で入れちゃいけないんだ?表現の一つでしかないと思うが。
女優を脱がせることが一流の映画監督の証、みたいな業界の風潮があるからじゃないの?「やった」女の数で競い合ってるようなノリだよ
最近減ってきてめちゃくちゃうれしい もちろん必要なら入れるべき(国宝とか)
カーアクション入れたがるのも分析してほしい
そもそも映画に芸術的な意味だけを求めるアプローチは間違っている、現代アートかなにかだと思っているのか
今の時代に映画でエロを供給したいのか?って疑問はある
女優の裸を見てみたいっていう男の下心を満たす為かと。あの女優こんな体だったのか、を内輪で話して盛り上がる楽しさはあると思う。書いてて下品だけど思うけど仕方がない
ゴジラ-1.0はセックスシーンがなさすぎて「アセクシャルな何かを持っている人なの?」という疑問を持ちながら見てた
エロゲ全盛期のとりあえずエロゲだからエロを入れようみたいなエロシーン
銃撃戦とかカーチェイスと同じことだと思ってた。事細かく描く意味はあまりないが、そういうのがないとエンタメにならない。
割とセックスシーンのない映画ばかり見ているのでピンとこない話だが、ラブシーンには「この二人は今や親密な仲です」をセリフ無しで秒で伝えられる便利さがある。もちろんスケベを喜ばせる意義だってある。
どんなシーンも必要があると判断されたからそこにあるんだよ
セックスシーンを見て興奮したいならAV見るわ。あらゆる映画って書いてあるけど最近減ってきてる気がする。
最近減ってきたというコメント多いが、それも本来不要だった一つのエビデンスかもしれない(映画のワンシーンでエロ需要を満たす必要などなくなった)
高校の時に映画館貸切で映画鑑賞したけど、最高に盛り上がってたよ笑。なんの映画かは忘れたけどそのシーンだけ覚えてる笑笑笑
肌面積増やすサムネは、クリック率上げるため有効過ぎるよな
「必然性があるなら脱ぎます」
「食事もセックスも誰もが行う人間の自然な営みであり、それを描写したものなんですよ」「ぼくは営んだことないですが」
逆に自分も含めて「必然性のないラブシーンはおかしい」みたいになっちゃってるのは何故だろう。世の中のセックスの大半は必然性なんかないのにね笑
監督が撮りたいからではなかったのか…
ホラー映画では「この人達を殺します」という芸術的意味がありますね(芸術とは
子どもの頃、そのシーンになると親がチャンネル変えてたわ
クリフハンガーだって連載構造の中で読者に媚びた安直な作劇なのは自明だが文学部教授がディケンズの作品の批評ができなければ存在価値がない。批評の授業でその回答したやつとそれを真に受けたやつの頭が悪い
そもそも性潔癖過ぎるので、別に隠す必要もなければ、必要性がないなら出す必要もないっていう単純な話であって、意味なんてその映画の内容によって変わるだろ。
くだらない
性嫌悪という声がでかいだけの精神異常者共が叫ぶクレームに従っても、ハリウッドみたいに娯楽が死ぬだけなんで、「じゃあ見ないでね」って言っときゃ良いよ/人を殺せ。血を流せ。おっぱい見せろ。娯楽とは興奮だ
単純な流行り廃りじゃないの?性的表現を入れると警察に睨まれたので反骨精神としてあえてセックスシーンを入れるのが流行った。段々セックスシーンも陳腐化してきてしまった。さてこれからどうするか?
「リーサル・ウェポン2」で互いの傷の見せあいこからセックスに移行するシーンは当時マジで「要るかこれ? これ要るか? テンポ悪くなったわ、この二人のシーン要る?」とかなりイライラしたモノだ。基本Hな俺だが。
一昔前のハリウッドのテンプレのイメージなんだが。なんならヒロインの一番の活躍シーン。
村上春樹の小説の冒頭でなんかあった気がする
芸術って言うと高尚に聞こえちゃうけど、エンタメではあるので。もちろん、批判はあり。
今ほどAVが氾濫されてない時代にそういうものを見る方便だったものの形だけが残ってるんじゃねえかなあと
物語の緊張と緩和を表現するためだと思っていた。例えば、吊り橋効果が働く感情を可視化するとか。
最初のポストについては「エンタメだから」ってことよね。/ あと脱げる女優は仕事があるってことかな。
映画のアクションシーンに必ずしも物語上の意味があるわけでもないのと変わらない気がするけど。素晴らしいショットやシーンが純粋に美しいだけという作品も多い気がする
インド映画『RRR』はダンスシーンはあれどセックスシーンの代替ではない。必ずしもイコールではない。(代替の場合もある)
女性観客が求めてる認識なんだが。ポルノを除いて、客層が男性メインの映画と女性メインの映画で、どちらが濡れ場存在率が高いか誰か検証してくれないかしら。
単純な需要の問題で、1960年代後半~90年代前半の娯楽映画の観客にベッドシーン見たい人が一定数いたってだけ。男性向けマンガ・アニメの水着回とかお風呂シーンと一緒。違和感持つ客が増えれば消えていく。
町中に裸の女性の銅像を建てたのと同じ世代の人がやってるのだと思う
伊達「お、セックスシーンか、興奮してきたな」
喧嘩独学って韓国のWebtoonじゃないの? 原作にないシーンを足しているということかね/正直言うほどあるか?と思うんだけど/まあでもセックスって身を切るものではあると思う
なんていうか、映画見る人に見える部分が少ない割に演者は現場では体当たり感あって、気の毒に思っちゃう。騙しで強要された話もたまに見るし。AVでええんちゃうか的気持ちになる…
ハリーポッターとかいつまで経ってもセックスシーン出てこなくてなんじゃそりゃと思ったな。じゃあラブコメ要素入れんなよと。
「あらゆる映画にセックスシーンがある」というのは、言い換えれば「セックスシーンがないのは映画とは見なさない」ってことにならんか(対偶)。ずいぶん先鋭的な思想だな。
因果の矢印を逆にしちゃダメだぞ
で、濡れ場は見たいの見たくないの?俺は全部なくなると寂しいけど脈絡もろくな効果もない濡れ場はいらない
人には人のセックスを観たいという欲望があるんじゃないかな?その欲望を撥ねつけるのも、受け入れるのもその人次第だけどね。
まあ、せやろなとしか言いようがないw 他の理由としては「話題作りのため(「あの●●が脱いだ!」)」⏎意味のある性行シーンと言えば『ターミネーター』。朝チュンでも成り立つけど。
不快、苦手という話はともかく、必要ないシーンは入れるなと言うならセックスシーン以外の様々な場面や描写でも、中には必ずしも必要と言い切れんものもあるように思うんだがそれらも全てそぎ落とせってことなのかな
感受性の問題じゃねーよストーリーや人間関係、世界観との整合性ミスマッチの問題だろ。むしろ感受性高いから強い嫌悪感感じるんだろうが
性行為は自然でありふれた営みだけど、もっとありふれてて生死に直結する排便シーンは別に出てこないしなぁ。女性の生理の話もあまり出てこないし。/客が濡れ場を求めてると信じてた作り手が多かったんだろうね
最近のハリウッドの大作はセックスシーンどころか恋愛要素も減ってきてると思う。
いらないですってただの消費者なのに何様の立場なんだろう?自分が作る時は入れなければいいじゃん
映画のセックスシーンで興奮する奴なんておらんやろ。
邦画にはあんまりないような。しかしフェティッシュなシーンは同じ映画を何回も見たくなる大きな要因なわけで、それが色々なバリエーションになってるだけでしょ。フックは多い方が良い。
令和においては、この男女の物語でベッドシーンないのは漂白されすぎて逆におかしいだろ(露出はなくていい)って作品はある
ロックのギターソロみたいなもんだよ。やっぱなきゃないで締まらんのよ。わかる?
恋愛と犯罪に関わる映画ぐらいでいい。アクション映画でヒーローがスカした感じでセックスするのもイラっとするし、名探偵が脚に興奮するタイプとか急に知らされても「えっ…」って引くだけ。
別にお前がいるかいらないかとかどうでもいいんだわ。嫌なら映画を見るな。一番いらないのはお前の存在だよ。そんなに嫌ならお前が監督になってセックスシーンを撮らなければいいだろ。
セックスシーンあるバージョンと、一方その頃で別のシーン見せてくれるバージョンを作ろう
ターミネーターとかならあって意味あるけど、ターミネーター2はそういえば無かったな。タイタニックもある意味はあるんだろうな。基本いらないと思う派だけど。
△”見る人を興奮させる為” 〇”その方が客がたくさん入るから” ◎”その方が客がたくさん入ると製作者が信じていたから”(旧トップガンの追加撮影)
最近は減ってきたと思うのだけど。
他人の性行為で興奮したいならAVでもいい訳で、もっと物語に触れる内容やその映画だからこその見せ場を描いて、セックスシーンで水増しするなと思う。昔はSNSなかったから知らずに友達と行っていや〜な空気になったり
マトリックスシリーズを見返さない理由
私も基本不要派ですが「Mr.&Mrs.スミス」の銃撃戦しながらはケンカップル好きの私に響いたので、何がきっかけで急に新しい扉開くか分かんないなと思う
血と肉は簡単に人をドキドキさせられるからね。だから、今は表に出られないあの監督の映画も血と肉だらけだったし。
その手の映画は単純にエロの入れ方が雑だからな。とエロゲを嗜んた者としては思うのですよ。少年週刊誌くらいで留めるか青年誌まで行くかどっちかにすればいい感じになるのにな
?そんなに当たり前にあったっけ?金ローでカットされてたからだろうか?いやでも間違ってハリポタのパロディAVとか見てるんじゃないか?
俺の一番好きな映画にはセックスシーンないよ。寝てるおっさんのちんこは映ってたけど……
「エロス」と「タナトス」か。知らんけど。
国宝はあってよかったと思うな。意味があったと思う。
そろそろフェミを海外に追放しないと
セックス中になんか展開があるならストーリーの一部として見てられるが、だいたいが「さぁ濡れ場の時間ですじっくりご覧あれ」と言わんばかりのねっとりしたカット割になるのが大変気持ち悪い。
幕の内弁当にはカマボコやら玉子焼きやら、はてはバラン入れとかなきゃ格好がつかない、ぐらいの感覚で入れてると思う。セックスが日常から離れたものになったのはここ20年くらいで、それより前はあるのが日常だった
yのAI漫画もどんな題材でも必ず,①東京(本物)新宿4100㎡vs.西村ジョイ屋島店20466㎡の比較と, ②3機のうどんメカが父母ヶ浜から出てきて,うどんロボ・十二灯ジョイ讃岐に合体して戦う(大抵勝てない)sceneが有.
子供のころ洋画みたあとは、外人(雑くくり)ってすぐセックスするんだなぁ。って思っていました。文化の違いてきな意味で。
映画映像作品の歴史的にそらそうやろというところから見ると、近現代のでも隠喩とか示唆とかは描写的には当時と変わらん。小説も同じ。
クラシックバレエの男性ダンサーのタイツがなぜあんなにピッチリしてると思ってんのよ、ご婦人方へのサービスに決まってるでしょ。/言い訳がつくなら性的なものは大半の人が好きだし、そうでなければ種は滅ぶよ。
B級映画の義務のような濡れ場がシリーズの大きなターニングポイントになったのがターミネーター
確かに恋愛もので、全くそのシーンがないのに結ばれたりすると、俺は不自然さを感じてしまう。それは俺がセックスの相性が恋愛の中に必要性があると思ってるだと思う。
日本映画だけじゃなく、洋画、特にドラマは無駄にセックスシーン入れがちだと思う。ドラマだと尺の問題もあるんだろうけど、ストーリーの続きを見たくてスキップしがち。
映画における芸術性を説明してからの回答がアレだとがっかりくるかもねぇ。
数年前は小説もセックスシーン入れる傾向があったような。
「えっちな場面を描きたい」だって立派な芸術的意図だよ
「意味わかんねえと思っていたらやっぱり特に意味ねえのかよ!要らん!」とか思うオタクのあなた、あなたが鼻息荒くして見ているアニメの「サービス」も、実写ドラマファンから同じように思われてんですよ?
クローネンバーグ「ヒストリー・オブ・バイオレンス」でのシーンは意味があると思うよ。多分。
娯楽かつビジネスだからな。男は見たいだろうから集客にはなる。それ自体の是非はともかく
俺も映像作品に濡れ場とかラブシーン入ってると機嫌が悪くなるんだけど、「あらゆる映画に」は言いすぎだろ。入ってない映画はいくらでもあるだろと。
誰も映画館には行ってないのである