”売れてしまったアーティストが、次に「音楽的な評価」を欲しがった例”→坂本龍一氏に明石家さんま氏が「世界に通用するアーティストですよね、あと桑田佳祐くらいですもん」ったときの坂本氏の顔は忘れられないな
「日本のコアなロックファンは10万人」
売れてるから評価されないってのは、ロックマニア特有の拗らせ感あって面白い考察
後10年くらいしたら今のはっぴいえんどの位置にサザンが収まるんじゃないかな
サザンはデビュー当時、イロモノ、コミックバンド的な扱いをされていて、当人達はいたく不満だったらしい...という記憶
80年代で活動を辞めてたら伝説的なバンド扱いされてたかもしれん。良くも悪くも現役でやり続けてるから神格化されてない
日本のコアなメタルファンは何万人なのだよじゃあ
音楽に隙がなくて商業製品として完成されてるからだと思うけど。そうなると『ロック』ではないねぇ
サザンよりKUWATA BANDや桑田ソロのほうが好きなのは俺だけじゃないはず
かたやずーっとプレイヤーとして売れ続けているバンド、かたや活動4年くらいでアルバム3枚のバンド。個人的にはロスト・イン・トランスレーションでぐわっと再発見されつつ海外評価のお墨付きを得て生まれた幻想かと
歌謡曲との距離感の差がありそう。「アルフィーだろうがチャゲアスだろうが」に近い側にプロットされているような。まあはっぴいえんどの面々も解散後は歌謡曲フィールドにも出ていくんだけれども
売れてる人のインタビュー、売れてるが故に当たり障りないことしか言えなくてつまんなくないことが多くないか。
昔々"軽薄なノリ"が名誉であり、ヤンチャなものに対してやや寛容な時代があった。 ついつい、調子に乗ってそれをやめそびれた我々は、 未だに「まともな音楽人」として衆人に認知されていない。(ツイ引用より、本人弁)
北野くん確認しに来たのにまだ貼られてないとは!どうしたブクマカ!
サザンオールスターズが売れていたのは事実だけれど音楽的な完成度ははっぴいえんどのほうが高かったってだけでしょ
はっぴいえんどの対抗軸に立つのは本来ならミカバンドのはずなんだけど…。ここでサザンが出てくるのもおかしい。
初期のサザンの名曲をレイ・チャールズがカバーした、という紛れもない事実は『ロック』である
ロックか?と言われたらうーん?だしなあ、初期の桑田ソロはロックしてた
単純にロックよりデカ過ぎるだけでしょ。はっぴぃえんどは逆にメンバーのその後の活躍がカオスだからそこくらいしかロック的に語り用がない。
インベーダー60万台 vs ゼビウス1万5000台みたいな、売れてないけど `通` の間での盛り上がりはすごかったイメージ
はっぴいえんどって誰?サザンは知ってるけど
山下達郎やユーミンなどの「海外でのシティポップ再評価」の流れに80年代JPOP3巨頭のサザンが乗らないのはなぜか。(サザンの元ネタは山下達郎同様にビーチボーイズが多いはずなのに。)
オタクの評価"だけ"を真に受けないほうが良いのでは。
松本隆氏の寄与分の評価が難しい。日本語ロックの始祖云々と紐付ける人いるけどその後の転身考えたらなあ。生みの親はむしろ敵役の内田裕也氏ではないかとか、形にしたのはキャロルじゃないかなどと思う。
「はっぴぃえんど」なんて一般の人は聞かないから。それだけのことだと。あと、あれ、ロックか?
大瀧詠一の「さらばシベリア鉄道」は「霧の中のジョニー」のオマージュということにファンの間にはなっているが、普通に聴けばパクリで後年「霧の中のジョニー」を初めて聴いた太田裕美は絶句したらしい。
なんか人と違うこと言いたくなるんじゃないの。「サザンよりはっぴいえんど」に不満なサザンのファンだって「希望の轍より◯◯がさぁ…」とか言ったことあるでしょ。
ハッピーエンドは業界内では少し影響があった程度でロックと言うカテゴリーを外すとYMOの方が影響力があったはず。ロックカテゴリーではサザン、ツイスト、レイニーウッドがTV出演してロックが認知され始めた感じかな
当時ロック御三家と言われたのは、原田真二、世良公則&ツイスト、Charでサザンはコミックバンド扱い。ミリオンもデビュー14年目の1992年だし先駆け的な意味合いで比較されるものではない気がする
売れすぎて売れる歌謡曲しかできなくなったバンドという印象
(「歌詞内容が聞き取れない〔ダン池田氏〕」って全然ロックと関係ない方向から非難されてたのは知ってるけど、渋谷陽一氏は高く評価してましたぜ )
コメント見て気づいたけど、単純にサザンはシティポップの文脈を感じないからかもね。
昔は「テレビに出る=ロックではない」という分かりやすい基準があったのだが
ヤバいな。批評家が本気でそんなこと書く?イノベーターであることを評価してるのに、B'zとかミスチルとか出すなよ。細野さんも佐野元春も米津も星野源もYOASOBIもAdoもBabymetalもリーダーズも先駆者なの。替えがないの。
サザンはずっと売れていて、評価も高かったし、一応現役なので、「伝説」枠とはちょっと違うのかも。ロマンがあるのかな
まず時代が違う。21世紀から見たら同じに見えるかも知らんけど
再発見の文脈で評価の高い取り上げ方になるのは必然。解散後のメンバー各々の活躍に比べた、はっぴいえんどそのものの知名度の低さで延々と再評価が繰り返される。/書かれてる通り売れてる対象を話題にしない。
「やっぱりさあ ジャパニーズロックなんていっても日本語をのせることじたいムリがあるわけだしさあ でもサザンの力は認めざるをえないよね」おまたせしました、ご注文の北野くんです。
売れてるものを褒めたい動機が批評家にはないとか
「あれ、ロックか?」というコメントがあるが、バッファロー・スプリングフィールドやザ・バーズを目指した、あえてジャンル分けすれば「フォーク・ロック」(れっきとしたロック)だよね (´・ω・`)
桑田佳祐はミュージシャンズ・ミュージシャンとして後進にかなり影響を与えてる。はっぴいえんどは結局「雑誌メディア」の人たちだが、サザンは「テレビメディア」の人たち。今やどっちもオールドメディア
サザンは今もなお売れ続けてるし、何十年売れ続けてるんだよって感じある。
8ビート主体だから
サザンやミスチルは歌詞がいい。ラルクやB’zは顔がいい。サブスク以降の日本語を理解しない人達が純粋に聞いていいと思えるのは、はっぴいえんどや山下達郎というのは理解できる。
“あと、社会現象レベルで売れてる人って、「その音楽がいかに良いか」じゃなく「なぜ売れてるか」という音楽直接関係ない社会学的経済学的分析になりがち、というのもありますね” 確かに。
日本語ポップス(日本語ロック?)として桑田佳祐が日本の音楽界に与えた影響の大きさは、「はっぴいえんど」と変わらないぐらいあるだろ。
ロック的な評価ってアルバム単位で語る前提だからだと思ってる。サザンはどれが名盤かで意見が割れすぎるしそもそも曲単位で語りたくなる/思い過ごしも恋のうちがロックじゃないわけがない
何故かサザンはレコードがゴミ扱いされている…音楽ファンの悪いところだ…
バンドの方知らなくてサザンの楽曲としてのはっぴいえんどは知ってたからタイトルで混乱したw
荒井由実と松任谷由実の評価にも同じようなことが言えるかもしれない。バカ売れすると音楽的批評の対象から外れがち
はっぴいえんどってのは知らんけど、まあ若いもんからすると、サザン?って感じでしょ
ロックっていうジャンルを語ること自体がもはやなあ・・って感覚はある
当時の評価はわからないが、はっぴいえんどは陰キャというかオタクっぽく、サザンは陽キャのイメージ。自分は前者の系譜の音楽と親和性強い。
個人的には、すいか、持ってるのは少しだけ自慢。
J-POPなんてクソダサの象徴やん。大衆に迎合する音楽がロックなわけがない。
日本語で英語発音のようなロックを世に広めたのはすごい功績だと思うし原由子という存在も大きいけど、桑田氏特有のオラつきが(俺の)ロック的価値観と相容れず…。はっびぃえんど的な扱いにはならないんじゃない?
インタビューで面白いこと言ったつもりが後から掘り返されて大炎上してキャンセル対象になったりするから、音楽誌で尖ったこと言いづらくなってませんか?
稲村ジェーンの前あたりで終わってたら伝説になってた気がする
なんで比べる必要あるの?
最近、はっぴいえんど史観云々で見かけた話題だとこの辺の方が興味深かった。確かに90年代以降、突然評価が上がった印象はある https://x.com/mik_knm/status/2052938511377146301
サザンはリアタイの中高年はめちゃロック評価してる/子供の頃クワタバンド聴き「学生時代のバンドを長く続けるために我慢することもあるのかな」と思った記憶。そしてロックやろうとしてもサザンになる桑田
サザン大嫌いマン。桑田ソロならまだあり。サザンは長年バンドなのか?問題がありスタジオミュージシャン演奏疑惑はずっと言われてたし。/ 日本語歌詞という点では歴史に残ると思う。
はっぴいえんどは(あれはフォークだと言われ続けてるが)フォークの枠におさまらなかったからこそロックの元祖では?と言われるのであってそういったジャンルを超える何かが(もともと雑多な音楽志向の)サザンにはない
”日本の音楽誌はインタビューなしで誌面を作らない(作れない)傾向”
はっぴいえんど メンバーだけでも奇跡の合体だよ。サザンもどっちもすごい。
現役のバンドを現役のうちから神格化することもないのと違いますか。
“ 「日本のコアなロックファンは10万人」という説があります(具体的な数字には諸説あり)。それ以上に売りたいと思ったら、それ以外の層にもアピールしなきゃいけない。逆にいうと音楽マニアに「評価」されてるだ
サザンはブクマで話題の反戦・平和の歌いっぱい作っているのにブクマカ誰も聞いちゃいない。
サザンに音楽性ある?はっぴいえんどのミニマルな音楽は大好きだよ。
はっぴいえんどは解散後のメンバーの活躍で過大評価されがち。好きだけど。
初期の曲を聴くと、若くして声も歌唱法も完成されていて凄いなと思っている。
この話は「ロック的な評価」という文脈を外すとまったく議論にならないとは思うけど、仮にそれを議論してもあんまり生産的になる気はしない。ポップス=大衆歌としての評価だと逆転しそうな気はする
“宇多田さん”なぜにさん付け
夏フェスでサザン見れたのは感動したなあ
サザン、山下達郎、ユーミンなどは当時の洋楽至上主義的な音楽マニアには軽んじられてたような。ほとんどが奴らはチャラいヒットソングメーカーだ!みたいなイメージ先行だと思う。
レイ・チャールズにカネで「エリー」をカバーさせた呪い。
すでに圧倒的に評価されているものを評論家はとりあげたがらない。野球評論家が今さら「大谷翔平ってすごいプレイヤーなんですよ!」とか言わないように。
「チャコの海岸物語」以降は歌謡曲として売れることを選んだ人たちなので、聴く側もそう捉えているんじゃないかな
はっぴいえんどとティン・パン・アレーの区別がつかない(申し訳ない)
本人もそれをわかってるからソロワークでちょっと渋い路線を演ってるんじゃ
サザンは神奈川県民の一般教養だけど、はっぴいえんどは都民の専修科目って感じ
自分は「ロック」文脈ではサザンはぜんぜん対象ではないんだけど、ボーカルを中心としたミックスの違いと楽器プレイヤーへの注目度の違いなのではって思う
70年代には日本語ロック論争というのがあったが、その論争そのものを終わらせてしまったのがサザン。サザン以前の邦ロックを聴いてないと、彼らの位置づけや評価は実感できないと思う。
サザンというか桑田佳祐は自分が気持ちいい音楽をひたすら追求してて、格好つけたり権威になるのを恥ずかしがって、わざとお下品でダサくゴテゴテさせちゃうから、構造的に音楽性の評価を拒否してる。でも凄いよ。
サザンは欧米音楽の翻訳者として優秀だったがパンクには否定的。これが雑誌メディアと相性が悪かったんだと思う
たしかに日本国民みんな知ってるレベルのアーティストを今さら「評価」しようとはならないのかもなあ。あと何十年化したら歴史的な評価がされるのかも
初期の歌詞が酷かったのと、トラックもオリジナリティが薄かったからでは?初期オレンジレンジと似たような感じ。
評論・批評家は自分たちのタコツボ的価値観の中に閉じこもり、エコーチェンバーの中で大衆の感覚とズレていくという話かなあ。Rotten Tomatoesの映画批評とかもそうよね
既に評価されてるものに更なる評価が必要か、という気はするな。彼らの音楽に何か新しい解釈可能性でも見出したとでも言うのでなければ。既に語られすぎ、どこかで聞いたようなことしか言えないのよ。
みんな色々と思うところ考察があるんだな〜、世代だけどハマらなかったのでなんとも言えぬが、みんなの意見を見てるのが面白い
サザンは小林武史時代を低評価する勢力がいる。洋楽に近づけると無駄に高評価。本場を知る隠れ家的イタリアンな評価が欲しいとか。サイゼリアなどをチェーン店の味と揶揄・酷評するような時代だった昔のJPOP論
「ロック的なもの」を「時代への反骨」と定義するならば、今もちゃんとロックしてるアーチストってもはやサザンくらいじゃないですか逆に。幸福感や自己憐憫ばかり歌ってる今どきの子たちに比べればずっと。
子供が言ってるのでしょう。前後関係が分かってなくて全部フラットに認識しつつ「えらい」とか「すごい」とかで話してる。サザンがすごけりゃ佐野元春さんもすごい。でも世代があとだから意味合いが違うって話で。
はっぴいえんどのほうがよりエポックメイキングだったし、サザンのほうが商業的にすごく成功したという程度の違いがそう見せるのかな
渋谷系の文脈で一切名前の出てこないドリカムとかにも通じる問題である。
こういうのは結局メディアがどれだけ取り上げたかどうかによるので。BUCK-TICKとか最近ようやく音楽性が評価されてきてるけど、ちょっと前は違ったし。
サザンもはっぴいえんども同列に歴史のバンドって感覚の世代からすると、普通に評価されてるやんけ、としか思えないんだけど・・・。「ロックとは」を語ること自体が若者文化だった世代くらいまでの感覚なのかな。
はっぴいえんどの評価って、解散後の各メンバーの活躍があって、その源流を辿っておお!! という流れ。映画「ロスト〜」は「海外にも"分かる"人が遂に現れたか」という(しかもそれがソフィア・コッポラだったというのも
長渕剛は生き方がロックなのでロック枠で評価してほしい。
サザンが好きで音楽はじめました、って人、知らないなあ。個人的にはデビュー曲が最高傑作、研ナオコの曲は割と良かった、桑田佳祐モテそうなのに原由子と結婚してエロい歌詞なのはパンクすぎる、というバンド。
J-POPはどうしても世間に向けて音楽を作る必要があるけど、はっぴいえんどは自分たちがやりたい音楽をやりきれたからじゃないかなと。わからんけど
物心付く前のバンドで楽曲も聞いたこと無いので何もわかりません…。
音楽性の話ですよね。耳大丈夫ですか? などとコアぶったりして。
日本語ロックで売れるには歌謡曲的要素が必要だけど、歌謡曲的だと洋楽志向の人には評価されないってことだろうと思う。サザンがシティポップ的に再評価される日が来るのかな
知らん
サザンは流行歌や歌謡曲という認識だったので、音楽的な評価の対象として考えたことはなかった。はっぴいえんどは、面白い音楽という感覚で、他の面白い音楽をやっているミュージシャンと地続きな感じ。
オレはこんな昔バンドより若いティーンロックパンク技巧バンド テレビ大陸音頭を楽しんでるからね
EIGHT-JAMがその隙間を埋めるような番組であって欲しい。特集で見たり見なかったりしてるけど、ミッシェルの時に解説してたアーティストが「チバさんは歌上手い、間違えない」と言ってて、そういう話をたくさん聞きたい
論ずるにはまだ早いよ。200年後にまた来てください。ほんとうの芸術的評価を下してあげますよ。
音楽評論家は陰キャかつエリート気取りなので、ロックンロールと大衆受けする音楽が嫌いなので、はっぴぃえんどを持ち上げまくっただけ。だから、ティンパンアレーは良くてサディスティックミカバンドはダメなんだ。
Pも→もQもquestionableという、3重質問という新しい誤謬か
はっぴいえんどに関しては作品自体が素晴らしいのですけど、その後のメンバー全員の活躍の凄さで神格化されているきらいも。
見下してるんだよね大衆音楽を。自分で書いておきながら大衆音楽の土台があるおかげでアーティストと10万人のロックファンが立っていられることを忘れてる。日本映画界もそんな感じ。
これ、そもそもはっぴいえんど史観がどこからどこまでなのかわからないって問題もないのかな
邦楽ベストに「風街ろまん」を選んだが故に・・・/身も蓋もないけど洋楽ファンが納得できる邦楽ってのがある。非洋楽ファン層の評価と被れば特大ヒットになるけど、そうなると洋楽ファンはわざわざ言及しないんだよ
はっぴいえんど中心史観を批判してサザンを評価している音楽評論家・スージー鈴木に言及している人がいない
はっぴいえんどの系譜が過大評価されているというほうが正確では?あとこの対比で出すならサザンでなくB'zの方が適切で2010年あたりまでのこの手の玄人筋からは完全に黙殺されていた。紅白後の反応の正体はこれだよ
北野コメントを見て満足したので帰ります
サザンは時代に合わせて音楽性を変えていく天才だと思う。ロックファンは音楽性変わると”迎合した”と評価しがち。
サザンはカラオケでファンがどこにでもいて鬱陶しくてトラウマになった
売れてる音楽と評価される音楽が別というのアニソンだとあんまり聞かない話だなと、売れてないけど評価されるということはあっても、売れた曲が評価されないということはなさそう
桑田さんはサービス精神がすんごく高い人ってイメージ。娯楽としての完成度が高い。だからマイノリティを感じてる人々からは評価されづらいかも。
ブコメを見てて、音楽好きを自称するレベルの人で、ここまで明確にサザンを下に見て馬鹿にする人がいるんだと驚いた。 テレビに映ってない音楽を興味持ち始めた中学生みたいな感覚。
ロックの定義もJ-POP歌謡曲Jロックの区別もロックとしての評価もわからんが、はっぴいえんどはそこから様々な音楽形態に派生していった奇跡のタレントの集合体、サザンは天才桑田のタレント変遷で並列で語るのもどうか
一方続けることで評価をあげるB'z
"馬鹿な世間には見つかっていない、マニアなオレだからこそ知ってる"、みたいなニーズが強いからじゃなかろうか
愛を実感している人は言葉になんかしないでただ愛を堪能するけど、愛に飢えている人は愛を言葉にして熱く語る、ということだろうな。
メンバー個人の活動や関連人脈、フォロワー・チルドレンも含め、シーン全体への影響度という意味ではそうなるのも無理はないんじゃないか。まぁ実際には見えない影響も多々あるんだとは思うけど。
日本の80年前後のパンクロックのシーンを舞台にした「ストリート・キングダム」って映画に「そこまでして売れるのはパンク・ロックじゃない」っていうシーンがあって、どう考えても自己矛盾なので仕方ない。
いまビリー・ジョエルを深く語る人がいないように考察に向かないジャンルという感じはする。語るならEastWest史観の一部だと思う。「My Foreplay Music」のギターリフはロック視点でもすごくかっこよくて好き。
「大衆の評価」ならサザンの圧勝だろうし、これっていったい誰に評価されたいって話しなの?
SuchmosのYonceが歌うサザンのカバーがとても素晴らしくて聴くたびうっとりしてしまうのだけど、同じスタイルの後発バンドがないだけで、個別の楽曲の良さはちゃんと後世に引き継がれているのではないかなあ
いやいや、評価されてますよ。桑田佳祐の才能は唯一無二だし、バンドの歴史もなんかいい感じ。はっぴい~はその後メンバーがそれぞれ大化けしてて、日本の音楽史の礎になった伝説グループ。時代がちょっと前。
サザンは老舗の定食屋(の親父)、王道やたまにクセ強な料理を作ってくれる。はっぴいえんどは伝説の創作料理店、新しくておしゃれでマニアックな料理を作るイメージ。どっちもチョイ癖が有るが美味い。
村上春樹のエッセイでも「俗っぽいポップス」として登場するので、同時代の文化人的評価はそんな感じかと思う。リトルフィートやった熱い胸騒ぎとかkamakuraのニューウェーブっぽさとかすごいとこいっぱいあるんだけど
だってはっぴいえんどはもういないじゃない。
雑誌の側も、あまりに売れすぎてる人を今更語っても…というのはあるような気がします。自分たちが取り上げたから売れた、という自己満足が得られないから
文脈的な位置付けや音楽的な分析、評価はたしかに大きく出てないが大きな価値は皆感じてて、ただ目立って論じられてないだけな印象
たしかに90〜00年代はポップス系とロキノン系が分かれていて、最近はそういうのないかもね。
サザン大好きなんだけど、そういえば自分のなかで作ってる『日本の音楽史』の年表には入れてないなって気付いた。なんでかうまく言語化出来ないのにも気付いた。
はっぴいえんどは神格化されすぎているきらいがある
批評的な音楽記事や音楽番組でミスチルやサザンが全く取り上げられないのは不思議だなあと思っていた。同じ小林武史でもMy Little Loverは出てくるのに。インタビューを受けないからって推測は端的で本質っぽくて良いね。
27クラブみたいなもんで、早くして解散したか現役かの違いも大きいんじゃないかな
おれはサザンオールスターズも、文中に挙がってる「ミスチルもB'zもラルクもグレイ」も評価されているとおもうし、あとは誰を評価する声がデカいかだけの差だとおもう。
ユニクロのCMにサザンが使われているのは、何か象徴的な気がする
渋谷陽一みたいに歌詞のことばっか言ってる評論家って少数派で、大体がサウンドを語りたい訳で、サザンみたいに詞曲が突出して、演奏はそれなり、シンセ含む音作りは安い、となると語ることがないのかもしれぬ。
ずうとるびの評価はどうなんでしょうかは
10年後ぐらいに山下達郎みたいに欧米から評価されるんじゃない
ミスチルのプロデューサーでもあった小林武史が桑田佳祐を「あんなに音を詰め込める人はプリンスと桑田佳祐くらい」って言ってた。スペイン語歌詞の「愛は花のように」はまさにそんな印象でCMで聴いてアルバム買った
音楽雑誌は「音楽マニア」を購買層としていて、「知られざる名バンド」を発掘する方が需要にもあってるウケもよいってことね。わりと納得感がある。音楽誌好きの売れ線バンドは、読者開拓に有難い存在だろうな。
B'zとエアロスミスの違いみたいな
「高く評価されている」をどう定義するかが不明なので、その後の記述が思いつきに過ぎなくなってますね。
桑田佳祐のメロディメーカーとしての才能はすごく認めるけどバンドとしての影響力はあまり無いように思う。歌詞は尖っているけど音は尖っていないって感じかな。
大瀧詠一は山下達郎のアニキみたいなもんだけど、桑田の佳ちゃんと山達さんあたりは時代を戦った兄弟分。大瀧さんは鬼籍にはいられたけど、山達も桑田もまだ現役。
サリエリとかヴァンハルみたいに200年経ったら再評価されるかもしらんよ
エロティカやマンピーの印象が強すぎて⋯子供にこのバンドを紹介できない
サザンの歌詞とジャニーズのグループ名は下ネタとして結構いい勝負だと思う
とはいえ、どちらもartist’s artistとしてよく挙がる人だけどな…
MM・ロキノンドグマの小っちゃな話だな。日本ロック史であれば、清志郎・元春的生き方の系譜、ひばり的大衆歌謡史に音楽芸能制度の変化が射程。インディーズ制度や初音ミク以前にロックがありえた痕跡を論証しようや
僕は作曲家や演奏者が死去した後も曲が人々から忘れられず演奏される音楽こそ評価が高い音楽だと思っている。僕はこの件を評価できるほど見識はないが時間が全てを決めていくと思う。今から30年後には答えがわかるよ
少なくとも日本国内ではサザンの方が評価高いだろ。
日本語の歌を英語のように歌う歌い方をはじめたこと以外に、なにか音楽的に評価できる点ってあったっけ?
Ray Charles - Ellie My Lovehttps://www.youtube.com/watch?v=NU39--Ccwes
大滝詠一ファンだけど、はっぴいえんどが伝説化されすぎてるだけだと思う。
「ロック的な評価」という言葉の意味がイマイチ曖昧なんですが... > ふわっとしてて自分もよくわらない。ポピュラー音楽に関しては「売れてるものが正義だ」というのはその通りであろう。
「かもしれない(憶測です)」は明白に憶測だが、「だと思います。実際にどうだったかは知りませんが」という書き方は「比較的ほのめかし寄りの憶測」に見えて、オレがいきものがかりだったらムッとする
売れると歌謡曲・ポップス枠に追いやられてしまうだけではなかろうか。サザンはよく知らんけど、桑田のソロ活動を見るとガチ洋ロックのフォロワーでもあるのは明白なんだけど、歌謡曲もルーツであることを隠さないし
はっぴいえんどのメンバーは、その後もスタジオミュージシャンやら国民的作詞家やらで多方面に多くの作品に関与したのも大きいと思う。/リアタイ勢だが、クリエイションや四人囃子の方が人気あった気が(年バレw)。
はっぴいえんどなんかより、サザンやラルクの方が、高く評価されるべきハイレベルかつマニアックな楽曲作ってるだろーが。そして、それを普通の聞き手が分からなくてもヒット曲になってるから凄いんだよ。
サザンはロックだよ パッと浮かぶ代表曲が多種多様すぎてロックンロールなイメージが薄まってるだけだよ・新譜の「ジャンヌ・ダルクによろしく」はかなりロックだよ
マイケルジャクソンとプリンスどっちが凄いのかを考えるだけで2時間はファミレスにいられるよね。これも同じ。
日本人はものすごーく嫉妬深いから商業的に芸術的にも成功しましたが嫌なんだよ、負けを認めたくないから。ワールドクラスまでいけば、比較外になるから素直に従う。
はっぴいえんどってあの曲しか知らんのよな、あの曲は良い曲だと思うけど、曲名すら知らんのよな。
なぜ比べるのでしょうか。それぞれの時代でそれぞれ評価されてると思うけど。どちらがいいとか悪いとかじゃなく。売れてるからとかもまた別だと思う。というか個人的にサザンがロックという認識がそもそもなかった。
「はっぴいえんどが高く評価されてるのに、サザンオールスターズは評価されてない」という説に関しての私感|小野島 大
”売れてしまったアーティストが、次に「音楽的な評価」を欲しがった例”→坂本龍一氏に明石家さんま氏が「世界に通用するアーティストですよね、あと桑田佳祐くらいですもん」ったときの坂本氏の顔は忘れられないな
「日本のコアなロックファンは10万人」
売れてるから評価されないってのは、ロックマニア特有の拗らせ感あって面白い考察
後10年くらいしたら今のはっぴいえんどの位置にサザンが収まるんじゃないかな
サザンはデビュー当時、イロモノ、コミックバンド的な扱いをされていて、当人達はいたく不満だったらしい...という記憶
80年代で活動を辞めてたら伝説的なバンド扱いされてたかもしれん。良くも悪くも現役でやり続けてるから神格化されてない
日本のコアなメタルファンは何万人なのだよじゃあ
音楽に隙がなくて商業製品として完成されてるからだと思うけど。そうなると『ロック』ではないねぇ
サザンよりKUWATA BANDや桑田ソロのほうが好きなのは俺だけじゃないはず
かたやずーっとプレイヤーとして売れ続けているバンド、かたや活動4年くらいでアルバム3枚のバンド。個人的にはロスト・イン・トランスレーションでぐわっと再発見されつつ海外評価のお墨付きを得て生まれた幻想かと
歌謡曲との距離感の差がありそう。「アルフィーだろうがチャゲアスだろうが」に近い側にプロットされているような。まあはっぴいえんどの面々も解散後は歌謡曲フィールドにも出ていくんだけれども
売れてる人のインタビュー、売れてるが故に当たり障りないことしか言えなくてつまんなくないことが多くないか。
昔々"軽薄なノリ"が名誉であり、ヤンチャなものに対してやや寛容な時代があった。 ついつい、調子に乗ってそれをやめそびれた我々は、 未だに「まともな音楽人」として衆人に認知されていない。(ツイ引用より、本人弁)
北野くん確認しに来たのにまだ貼られてないとは!どうしたブクマカ!
サザンオールスターズが売れていたのは事実だけれど音楽的な完成度ははっぴいえんどのほうが高かったってだけでしょ
はっぴいえんどの対抗軸に立つのは本来ならミカバンドのはずなんだけど…。ここでサザンが出てくるのもおかしい。
初期のサザンの名曲をレイ・チャールズがカバーした、という紛れもない事実は『ロック』である
ロックか?と言われたらうーん?だしなあ、初期の桑田ソロはロックしてた
単純にロックよりデカ過ぎるだけでしょ。はっぴぃえんどは逆にメンバーのその後の活躍がカオスだからそこくらいしかロック的に語り用がない。
インベーダー60万台 vs ゼビウス1万5000台みたいな、売れてないけど `通` の間での盛り上がりはすごかったイメージ
はっぴいえんどって誰?サザンは知ってるけど
山下達郎やユーミンなどの「海外でのシティポップ再評価」の流れに80年代JPOP3巨頭のサザンが乗らないのはなぜか。(サザンの元ネタは山下達郎同様にビーチボーイズが多いはずなのに。)
オタクの評価"だけ"を真に受けないほうが良いのでは。
松本隆氏の寄与分の評価が難しい。日本語ロックの始祖云々と紐付ける人いるけどその後の転身考えたらなあ。生みの親はむしろ敵役の内田裕也氏ではないかとか、形にしたのはキャロルじゃないかなどと思う。
「はっぴぃえんど」なんて一般の人は聞かないから。それだけのことだと。あと、あれ、ロックか?
大瀧詠一の「さらばシベリア鉄道」は「霧の中のジョニー」のオマージュということにファンの間にはなっているが、普通に聴けばパクリで後年「霧の中のジョニー」を初めて聴いた太田裕美は絶句したらしい。
なんか人と違うこと言いたくなるんじゃないの。「サザンよりはっぴいえんど」に不満なサザンのファンだって「希望の轍より◯◯がさぁ…」とか言ったことあるでしょ。
ハッピーエンドは業界内では少し影響があった程度でロックと言うカテゴリーを外すとYMOの方が影響力があったはず。ロックカテゴリーではサザン、ツイスト、レイニーウッドがTV出演してロックが認知され始めた感じかな
当時ロック御三家と言われたのは、原田真二、世良公則&ツイスト、Charでサザンはコミックバンド扱い。ミリオンもデビュー14年目の1992年だし先駆け的な意味合いで比較されるものではない気がする
売れすぎて売れる歌謡曲しかできなくなったバンドという印象
(「歌詞内容が聞き取れない〔ダン池田氏〕」って全然ロックと関係ない方向から非難されてたのは知ってるけど、渋谷陽一氏は高く評価してましたぜ )
コメント見て気づいたけど、単純にサザンはシティポップの文脈を感じないからかもね。
昔は「テレビに出る=ロックではない」という分かりやすい基準があったのだが
ヤバいな。批評家が本気でそんなこと書く?イノベーターであることを評価してるのに、B'zとかミスチルとか出すなよ。細野さんも佐野元春も米津も星野源もYOASOBIもAdoもBabymetalもリーダーズも先駆者なの。替えがないの。
サザンはずっと売れていて、評価も高かったし、一応現役なので、「伝説」枠とはちょっと違うのかも。ロマンがあるのかな
まず時代が違う。21世紀から見たら同じに見えるかも知らんけど
再発見の文脈で評価の高い取り上げ方になるのは必然。解散後のメンバー各々の活躍に比べた、はっぴいえんどそのものの知名度の低さで延々と再評価が繰り返される。/書かれてる通り売れてる対象を話題にしない。
「やっぱりさあ ジャパニーズロックなんていっても日本語をのせることじたいムリがあるわけだしさあ でもサザンの力は認めざるをえないよね」おまたせしました、ご注文の北野くんです。
売れてるものを褒めたい動機が批評家にはないとか
「あれ、ロックか?」というコメントがあるが、バッファロー・スプリングフィールドやザ・バーズを目指した、あえてジャンル分けすれば「フォーク・ロック」(れっきとしたロック)だよね (´・ω・`)
桑田佳祐はミュージシャンズ・ミュージシャンとして後進にかなり影響を与えてる。はっぴいえんどは結局「雑誌メディア」の人たちだが、サザンは「テレビメディア」の人たち。今やどっちもオールドメディア
サザンは今もなお売れ続けてるし、何十年売れ続けてるんだよって感じある。
8ビート主体だから
サザンやミスチルは歌詞がいい。ラルクやB’zは顔がいい。サブスク以降の日本語を理解しない人達が純粋に聞いていいと思えるのは、はっぴいえんどや山下達郎というのは理解できる。
“あと、社会現象レベルで売れてる人って、「その音楽がいかに良いか」じゃなく「なぜ売れてるか」という音楽直接関係ない社会学的経済学的分析になりがち、というのもありますね” 確かに。
日本語ポップス(日本語ロック?)として桑田佳祐が日本の音楽界に与えた影響の大きさは、「はっぴいえんど」と変わらないぐらいあるだろ。
ロック的な評価ってアルバム単位で語る前提だからだと思ってる。サザンはどれが名盤かで意見が割れすぎるしそもそも曲単位で語りたくなる/思い過ごしも恋のうちがロックじゃないわけがない
何故かサザンはレコードがゴミ扱いされている…音楽ファンの悪いところだ…
バンドの方知らなくてサザンの楽曲としてのはっぴいえんどは知ってたからタイトルで混乱したw
荒井由実と松任谷由実の評価にも同じようなことが言えるかもしれない。バカ売れすると音楽的批評の対象から外れがち
はっぴいえんどってのは知らんけど、まあ若いもんからすると、サザン?って感じでしょ
ロックっていうジャンルを語ること自体がもはやなあ・・って感覚はある
当時の評価はわからないが、はっぴいえんどは陰キャというかオタクっぽく、サザンは陽キャのイメージ。自分は前者の系譜の音楽と親和性強い。
個人的には、すいか、持ってるのは少しだけ自慢。
J-POPなんてクソダサの象徴やん。大衆に迎合する音楽がロックなわけがない。
日本語で英語発音のようなロックを世に広めたのはすごい功績だと思うし原由子という存在も大きいけど、桑田氏特有のオラつきが(俺の)ロック的価値観と相容れず…。はっびぃえんど的な扱いにはならないんじゃない?
インタビューで面白いこと言ったつもりが後から掘り返されて大炎上してキャンセル対象になったりするから、音楽誌で尖ったこと言いづらくなってませんか?
稲村ジェーンの前あたりで終わってたら伝説になってた気がする
なんで比べる必要あるの?
最近、はっぴいえんど史観云々で見かけた話題だとこの辺の方が興味深かった。確かに90年代以降、突然評価が上がった印象はある https://x.com/mik_knm/status/2052938511377146301
サザンはリアタイの中高年はめちゃロック評価してる/子供の頃クワタバンド聴き「学生時代のバンドを長く続けるために我慢することもあるのかな」と思った記憶。そしてロックやろうとしてもサザンになる桑田
サザン大嫌いマン。桑田ソロならまだあり。サザンは長年バンドなのか?問題がありスタジオミュージシャン演奏疑惑はずっと言われてたし。/ 日本語歌詞という点では歴史に残ると思う。
はっぴいえんどは(あれはフォークだと言われ続けてるが)フォークの枠におさまらなかったからこそロックの元祖では?と言われるのであってそういったジャンルを超える何かが(もともと雑多な音楽志向の)サザンにはない
”日本の音楽誌はインタビューなしで誌面を作らない(作れない)傾向”
はっぴいえんど メンバーだけでも奇跡の合体だよ。サザンもどっちもすごい。
現役のバンドを現役のうちから神格化することもないのと違いますか。
“ 「日本のコアなロックファンは10万人」という説があります(具体的な数字には諸説あり)。それ以上に売りたいと思ったら、それ以外の層にもアピールしなきゃいけない。逆にいうと音楽マニアに「評価」されてるだ
サザンはブクマで話題の反戦・平和の歌いっぱい作っているのにブクマカ誰も聞いちゃいない。
サザンに音楽性ある?はっぴいえんどのミニマルな音楽は大好きだよ。
はっぴいえんどは解散後のメンバーの活躍で過大評価されがち。好きだけど。
初期の曲を聴くと、若くして声も歌唱法も完成されていて凄いなと思っている。
この話は「ロック的な評価」という文脈を外すとまったく議論にならないとは思うけど、仮にそれを議論してもあんまり生産的になる気はしない。ポップス=大衆歌としての評価だと逆転しそうな気はする
“宇多田さん”なぜにさん付け
夏フェスでサザン見れたのは感動したなあ
サザン、山下達郎、ユーミンなどは当時の洋楽至上主義的な音楽マニアには軽んじられてたような。ほとんどが奴らはチャラいヒットソングメーカーだ!みたいなイメージ先行だと思う。
レイ・チャールズにカネで「エリー」をカバーさせた呪い。
すでに圧倒的に評価されているものを評論家はとりあげたがらない。野球評論家が今さら「大谷翔平ってすごいプレイヤーなんですよ!」とか言わないように。
「チャコの海岸物語」以降は歌謡曲として売れることを選んだ人たちなので、聴く側もそう捉えているんじゃないかな
はっぴいえんどとティン・パン・アレーの区別がつかない(申し訳ない)
本人もそれをわかってるからソロワークでちょっと渋い路線を演ってるんじゃ
サザンは神奈川県民の一般教養だけど、はっぴいえんどは都民の専修科目って感じ
自分は「ロック」文脈ではサザンはぜんぜん対象ではないんだけど、ボーカルを中心としたミックスの違いと楽器プレイヤーへの注目度の違いなのではって思う
70年代には日本語ロック論争というのがあったが、その論争そのものを終わらせてしまったのがサザン。サザン以前の邦ロックを聴いてないと、彼らの位置づけや評価は実感できないと思う。
サザンというか桑田佳祐は自分が気持ちいい音楽をひたすら追求してて、格好つけたり権威になるのを恥ずかしがって、わざとお下品でダサくゴテゴテさせちゃうから、構造的に音楽性の評価を拒否してる。でも凄いよ。
サザンは欧米音楽の翻訳者として優秀だったがパンクには否定的。これが雑誌メディアと相性が悪かったんだと思う
たしかに日本国民みんな知ってるレベルのアーティストを今さら「評価」しようとはならないのかもなあ。あと何十年化したら歴史的な評価がされるのかも
初期の歌詞が酷かったのと、トラックもオリジナリティが薄かったからでは?初期オレンジレンジと似たような感じ。
評論・批評家は自分たちのタコツボ的価値観の中に閉じこもり、エコーチェンバーの中で大衆の感覚とズレていくという話かなあ。Rotten Tomatoesの映画批評とかもそうよね
既に評価されてるものに更なる評価が必要か、という気はするな。彼らの音楽に何か新しい解釈可能性でも見出したとでも言うのでなければ。既に語られすぎ、どこかで聞いたようなことしか言えないのよ。
みんな色々と思うところ考察があるんだな〜、世代だけどハマらなかったのでなんとも言えぬが、みんなの意見を見てるのが面白い
サザンは小林武史時代を低評価する勢力がいる。洋楽に近づけると無駄に高評価。本場を知る隠れ家的イタリアンな評価が欲しいとか。サイゼリアなどをチェーン店の味と揶揄・酷評するような時代だった昔のJPOP論
「ロック的なもの」を「時代への反骨」と定義するならば、今もちゃんとロックしてるアーチストってもはやサザンくらいじゃないですか逆に。幸福感や自己憐憫ばかり歌ってる今どきの子たちに比べればずっと。
子供が言ってるのでしょう。前後関係が分かってなくて全部フラットに認識しつつ「えらい」とか「すごい」とかで話してる。サザンがすごけりゃ佐野元春さんもすごい。でも世代があとだから意味合いが違うって話で。
はっぴいえんどのほうがよりエポックメイキングだったし、サザンのほうが商業的にすごく成功したという程度の違いがそう見せるのかな
渋谷系の文脈で一切名前の出てこないドリカムとかにも通じる問題である。
こういうのは結局メディアがどれだけ取り上げたかどうかによるので。BUCK-TICKとか最近ようやく音楽性が評価されてきてるけど、ちょっと前は違ったし。
サザンもはっぴいえんども同列に歴史のバンドって感覚の世代からすると、普通に評価されてるやんけ、としか思えないんだけど・・・。「ロックとは」を語ること自体が若者文化だった世代くらいまでの感覚なのかな。
はっぴいえんどの評価って、解散後の各メンバーの活躍があって、その源流を辿っておお!! という流れ。映画「ロスト〜」は「海外にも"分かる"人が遂に現れたか」という(しかもそれがソフィア・コッポラだったというのも
長渕剛は生き方がロックなのでロック枠で評価してほしい。
サザンが好きで音楽はじめました、って人、知らないなあ。個人的にはデビュー曲が最高傑作、研ナオコの曲は割と良かった、桑田佳祐モテそうなのに原由子と結婚してエロい歌詞なのはパンクすぎる、というバンド。
J-POPはどうしても世間に向けて音楽を作る必要があるけど、はっぴいえんどは自分たちがやりたい音楽をやりきれたからじゃないかなと。わからんけど
物心付く前のバンドで楽曲も聞いたこと無いので何もわかりません…。
音楽性の話ですよね。耳大丈夫ですか? などとコアぶったりして。
日本語ロックで売れるには歌謡曲的要素が必要だけど、歌謡曲的だと洋楽志向の人には評価されないってことだろうと思う。サザンがシティポップ的に再評価される日が来るのかな
知らん
サザンは流行歌や歌謡曲という認識だったので、音楽的な評価の対象として考えたことはなかった。はっぴいえんどは、面白い音楽という感覚で、他の面白い音楽をやっているミュージシャンと地続きな感じ。
オレはこんな昔バンドより若いティーンロックパンク技巧バンド テレビ大陸音頭を楽しんでるからね
EIGHT-JAMがその隙間を埋めるような番組であって欲しい。特集で見たり見なかったりしてるけど、ミッシェルの時に解説してたアーティストが「チバさんは歌上手い、間違えない」と言ってて、そういう話をたくさん聞きたい
論ずるにはまだ早いよ。200年後にまた来てください。ほんとうの芸術的評価を下してあげますよ。
音楽評論家は陰キャかつエリート気取りなので、ロックンロールと大衆受けする音楽が嫌いなので、はっぴぃえんどを持ち上げまくっただけ。だから、ティンパンアレーは良くてサディスティックミカバンドはダメなんだ。
Pも→もQもquestionableという、3重質問という新しい誤謬か
はっぴいえんどに関しては作品自体が素晴らしいのですけど、その後のメンバー全員の活躍の凄さで神格化されているきらいも。
見下してるんだよね大衆音楽を。自分で書いておきながら大衆音楽の土台があるおかげでアーティストと10万人のロックファンが立っていられることを忘れてる。日本映画界もそんな感じ。
これ、そもそもはっぴいえんど史観がどこからどこまでなのかわからないって問題もないのかな
邦楽ベストに「風街ろまん」を選んだが故に・・・/身も蓋もないけど洋楽ファンが納得できる邦楽ってのがある。非洋楽ファン層の評価と被れば特大ヒットになるけど、そうなると洋楽ファンはわざわざ言及しないんだよ
はっぴいえんど中心史観を批判してサザンを評価している音楽評論家・スージー鈴木に言及している人がいない
はっぴいえんどの系譜が過大評価されているというほうが正確では?あとこの対比で出すならサザンでなくB'zの方が適切で2010年あたりまでのこの手の玄人筋からは完全に黙殺されていた。紅白後の反応の正体はこれだよ
北野コメントを見て満足したので帰ります
サザンは時代に合わせて音楽性を変えていく天才だと思う。ロックファンは音楽性変わると”迎合した”と評価しがち。
サザンはカラオケでファンがどこにでもいて鬱陶しくてトラウマになった
売れてる音楽と評価される音楽が別というのアニソンだとあんまり聞かない話だなと、売れてないけど評価されるということはあっても、売れた曲が評価されないということはなさそう
桑田さんはサービス精神がすんごく高い人ってイメージ。娯楽としての完成度が高い。だからマイノリティを感じてる人々からは評価されづらいかも。
ブコメを見てて、音楽好きを自称するレベルの人で、ここまで明確にサザンを下に見て馬鹿にする人がいるんだと驚いた。 テレビに映ってない音楽を興味持ち始めた中学生みたいな感覚。
ロックの定義もJ-POP歌謡曲Jロックの区別もロックとしての評価もわからんが、はっぴいえんどはそこから様々な音楽形態に派生していった奇跡のタレントの集合体、サザンは天才桑田のタレント変遷で並列で語るのもどうか
一方続けることで評価をあげるB'z
"馬鹿な世間には見つかっていない、マニアなオレだからこそ知ってる"、みたいなニーズが強いからじゃなかろうか
愛を実感している人は言葉になんかしないでただ愛を堪能するけど、愛に飢えている人は愛を言葉にして熱く語る、ということだろうな。
メンバー個人の活動や関連人脈、フォロワー・チルドレンも含め、シーン全体への影響度という意味ではそうなるのも無理はないんじゃないか。まぁ実際には見えない影響も多々あるんだとは思うけど。
日本の80年前後のパンクロックのシーンを舞台にした「ストリート・キングダム」って映画に「そこまでして売れるのはパンク・ロックじゃない」っていうシーンがあって、どう考えても自己矛盾なので仕方ない。
いまビリー・ジョエルを深く語る人がいないように考察に向かないジャンルという感じはする。語るならEastWest史観の一部だと思う。「My Foreplay Music」のギターリフはロック視点でもすごくかっこよくて好き。
「大衆の評価」ならサザンの圧勝だろうし、これっていったい誰に評価されたいって話しなの?
SuchmosのYonceが歌うサザンのカバーがとても素晴らしくて聴くたびうっとりしてしまうのだけど、同じスタイルの後発バンドがないだけで、個別の楽曲の良さはちゃんと後世に引き継がれているのではないかなあ
いやいや、評価されてますよ。桑田佳祐の才能は唯一無二だし、バンドの歴史もなんかいい感じ。はっぴい~はその後メンバーがそれぞれ大化けしてて、日本の音楽史の礎になった伝説グループ。時代がちょっと前。
サザンは老舗の定食屋(の親父)、王道やたまにクセ強な料理を作ってくれる。はっぴいえんどは伝説の創作料理店、新しくておしゃれでマニアックな料理を作るイメージ。どっちもチョイ癖が有るが美味い。
村上春樹のエッセイでも「俗っぽいポップス」として登場するので、同時代の文化人的評価はそんな感じかと思う。リトルフィートやった熱い胸騒ぎとかkamakuraのニューウェーブっぽさとかすごいとこいっぱいあるんだけど
だってはっぴいえんどはもういないじゃない。
雑誌の側も、あまりに売れすぎてる人を今更語っても…というのはあるような気がします。自分たちが取り上げたから売れた、という自己満足が得られないから
文脈的な位置付けや音楽的な分析、評価はたしかに大きく出てないが大きな価値は皆感じてて、ただ目立って論じられてないだけな印象
たしかに90〜00年代はポップス系とロキノン系が分かれていて、最近はそういうのないかもね。
サザン大好きなんだけど、そういえば自分のなかで作ってる『日本の音楽史』の年表には入れてないなって気付いた。なんでかうまく言語化出来ないのにも気付いた。
はっぴいえんどは神格化されすぎているきらいがある
批評的な音楽記事や音楽番組でミスチルやサザンが全く取り上げられないのは不思議だなあと思っていた。同じ小林武史でもMy Little Loverは出てくるのに。インタビューを受けないからって推測は端的で本質っぽくて良いね。
27クラブみたいなもんで、早くして解散したか現役かの違いも大きいんじゃないかな
おれはサザンオールスターズも、文中に挙がってる「ミスチルもB'zもラルクもグレイ」も評価されているとおもうし、あとは誰を評価する声がデカいかだけの差だとおもう。
ユニクロのCMにサザンが使われているのは、何か象徴的な気がする
渋谷陽一みたいに歌詞のことばっか言ってる評論家って少数派で、大体がサウンドを語りたい訳で、サザンみたいに詞曲が突出して、演奏はそれなり、シンセ含む音作りは安い、となると語ることがないのかもしれぬ。
ずうとるびの評価はどうなんでしょうかは
10年後ぐらいに山下達郎みたいに欧米から評価されるんじゃない
ミスチルのプロデューサーでもあった小林武史が桑田佳祐を「あんなに音を詰め込める人はプリンスと桑田佳祐くらい」って言ってた。スペイン語歌詞の「愛は花のように」はまさにそんな印象でCMで聴いてアルバム買った
音楽雑誌は「音楽マニア」を購買層としていて、「知られざる名バンド」を発掘する方が需要にもあってるウケもよいってことね。わりと納得感がある。音楽誌好きの売れ線バンドは、読者開拓に有難い存在だろうな。
B'zとエアロスミスの違いみたいな
「高く評価されている」をどう定義するかが不明なので、その後の記述が思いつきに過ぎなくなってますね。
桑田佳祐のメロディメーカーとしての才能はすごく認めるけどバンドとしての影響力はあまり無いように思う。歌詞は尖っているけど音は尖っていないって感じかな。
大瀧詠一は山下達郎のアニキみたいなもんだけど、桑田の佳ちゃんと山達さんあたりは時代を戦った兄弟分。大瀧さんは鬼籍にはいられたけど、山達も桑田もまだ現役。
サリエリとかヴァンハルみたいに200年経ったら再評価されるかもしらんよ
エロティカやマンピーの印象が強すぎて⋯子供にこのバンドを紹介できない
サザンの歌詞とジャニーズのグループ名は下ネタとして結構いい勝負だと思う
とはいえ、どちらもartist’s artistとしてよく挙がる人だけどな…
MM・ロキノンドグマの小っちゃな話だな。日本ロック史であれば、清志郎・元春的生き方の系譜、ひばり的大衆歌謡史に音楽芸能制度の変化が射程。インディーズ制度や初音ミク以前にロックがありえた痕跡を論証しようや
僕は作曲家や演奏者が死去した後も曲が人々から忘れられず演奏される音楽こそ評価が高い音楽だと思っている。僕はこの件を評価できるほど見識はないが時間が全てを決めていくと思う。今から30年後には答えがわかるよ
少なくとも日本国内ではサザンの方が評価高いだろ。
日本語の歌を英語のように歌う歌い方をはじめたこと以外に、なにか音楽的に評価できる点ってあったっけ?
Ray Charles - Ellie My Lovehttps://www.youtube.com/watch?v=NU39--Ccwes
大滝詠一ファンだけど、はっぴいえんどが伝説化されすぎてるだけだと思う。
「ロック的な評価」という言葉の意味がイマイチ曖昧なんですが... > ふわっとしてて自分もよくわらない。ポピュラー音楽に関しては「売れてるものが正義だ」というのはその通りであろう。
「かもしれない(憶測です)」は明白に憶測だが、「だと思います。実際にどうだったかは知りませんが」という書き方は「比較的ほのめかし寄りの憶測」に見えて、オレがいきものがかりだったらムッとする
売れると歌謡曲・ポップス枠に追いやられてしまうだけではなかろうか。サザンはよく知らんけど、桑田のソロ活動を見るとガチ洋ロックのフォロワーでもあるのは明白なんだけど、歌謡曲もルーツであることを隠さないし
はっぴいえんどのメンバーは、その後もスタジオミュージシャンやら国民的作詞家やらで多方面に多くの作品に関与したのも大きいと思う。/リアタイ勢だが、クリエイションや四人囃子の方が人気あった気が(年バレw)。
はっぴいえんどなんかより、サザンやラルクの方が、高く評価されるべきハイレベルかつマニアックな楽曲作ってるだろーが。そして、それを普通の聞き手が分からなくてもヒット曲になってるから凄いんだよ。
サザンはロックだよ パッと浮かぶ代表曲が多種多様すぎてロックンロールなイメージが薄まってるだけだよ・新譜の「ジャンヌ・ダルクによろしく」はかなりロックだよ
マイケルジャクソンとプリンスどっちが凄いのかを考えるだけで2時間はファミレスにいられるよね。これも同じ。
日本人はものすごーく嫉妬深いから商業的に芸術的にも成功しましたが嫌なんだよ、負けを認めたくないから。ワールドクラスまでいけば、比較外になるから素直に従う。
はっぴいえんどってあの曲しか知らんのよな、あの曲は良い曲だと思うけど、曲名すら知らんのよな。
なぜ比べるのでしょうか。それぞれの時代でそれぞれ評価されてると思うけど。どちらがいいとか悪いとかじゃなく。売れてるからとかもまた別だと思う。というか個人的にサザンがロックという認識がそもそもなかった。