オーケンの歌った小沢健二『天使たちのシーン』大好き
大槻ケンヂはミュージシャンじゃなくて世界に一個しかない楽器である。
筋少がきのこったのは、コンセプトが合ったから。楽器、歌が、滅茶苦茶、上手くても、みんなスタジオミュージシャンに堕ちていく。そんなモンだ。俺にカレーを食わせろは凄いテーマ作りww
走馬燈
楽器が上手くても食えないのよね。大槻さんは個性があるから食えている。
1980年代と言う時代の生き証人。
例えば石田徹也を見出して一緒に仕事をし、途中で解消しても死後ずっと語ってくれる。それだけでも偉大なんですよ。
大槻ケンヂが生き残ったのは喋りがうまくてメディアに出てたからでしょ
大槻様は楽器が全くできなかった 作曲は鼻モゲラで後はバンドまかせ 高木ブー伝説もそれでできた しかし近年ギターを始め 今ではギター弾き語りライブをやれるようにもなったのです この向上心は尊敬します!
レティクル座からソロ期よく聞いてたな。音楽だけじゃなくってサブカル全般この人の影響で知ったの多い。「狂い咲きサンダーロード」とか
それこそストリートキングダムに出てくるような人たちやもっと前の日本のロックバンドを90年代そこそこにまっすぐに継承してた人って大槻ケンヂしかいなかった気もする
創作全般そうなのだが、うまい人が周りにたくさんいると自分の存在価値がわからなくなる。でも、結局残るのはうまい人ではなく、伝えたいもの作りたいものが自分の中にある人。技術よりも欲がある人が残る。
オーケンはキャラと声質が強いから……/ギター弾き語りできるようになってたんだな。すごいな
逆に周りがどんなに『あなたは音楽の技術でなく、それ以外が素晴らしいから』と言った所で、それは本人にとって有難いと感じても、同時に空虚に響くだろう。それで満たされるような人なら、彼の表現は成立し得ない
筋肉少女帯は芸術だから。いいのよ。
世に出たものが生き残る、ってことだよなぁ。悪い意味じゃなく。
「『...こんな事を言っては何だが、大槻ケンヂのボーカルにこんな上手い演奏が必要だろうか?』そう言われちゃなあ(笑)必要かー?OKそうだよ必要なんだよねうん。じゃあ三年ぶりに演ります。いくぢなし」
ビーイング創業者の長戸大幸氏はラジオで「20代の頃に自分よりも上手い連中は音楽を辞めていった」と言っていた。上手くても他の仕事が出来る人は音楽以外の定職に就いて、音楽しか道がない人が音楽業界に残った、と
高木ブ―伝説は歴史に残る名曲
“でね、ここは強調して言いたいんですけど、その頃、空手バカボンのコントの台本を書いていたのは、ケラリーノ・サンドロヴィッチではなくて、この大槻ケンヂだったんですよ(笑)”
歌が歌えたらそれもミュージシャンでいいんだよ 楽器だけの話じゃないしボーカルも楽器なんだ 作曲できなくても楽譜読めなくてもなんの関係もない
おもしれー
ソロでも筋少でも特撮でも「大槻ケンヂを聴いている」という人は多いと思う。最近はあまりライブでやらないけどトゥルーロマンスとか機械とか大槻ケンヂじゃなければ絶対生まれない曲でしょ
大槻ケンヂのエッセイで「十代のうちに詩集を愛読するといい」とあり、実際学生のうちに詩集をいくつか読み込んだことが私の礎の一つになっている。非常に賢い言葉の魔術師、それがオーケン
大槻ケンヂ「昔から音楽に対してはすごくコンプレックスがある。周りにハンパなく上手い人たちが多いので、とても“ミュージシャン”なんて名乗れない感じなんです」【還暦記念詩集『幻と想』インタビュー 後編】 | 特集
オーケンの歌った小沢健二『天使たちのシーン』大好き
大槻ケンヂはミュージシャンじゃなくて世界に一個しかない楽器である。
筋少がきのこったのは、コンセプトが合ったから。楽器、歌が、滅茶苦茶、上手くても、みんなスタジオミュージシャンに堕ちていく。そんなモンだ。俺にカレーを食わせろは凄いテーマ作りww
走馬燈
楽器が上手くても食えないのよね。大槻さんは個性があるから食えている。
1980年代と言う時代の生き証人。
例えば石田徹也を見出して一緒に仕事をし、途中で解消しても死後ずっと語ってくれる。それだけでも偉大なんですよ。
大槻ケンヂが生き残ったのは喋りがうまくてメディアに出てたからでしょ
大槻様は楽器が全くできなかった 作曲は鼻モゲラで後はバンドまかせ 高木ブー伝説もそれでできた しかし近年ギターを始め 今ではギター弾き語りライブをやれるようにもなったのです この向上心は尊敬します!
レティクル座からソロ期よく聞いてたな。音楽だけじゃなくってサブカル全般この人の影響で知ったの多い。「狂い咲きサンダーロード」とか
それこそストリートキングダムに出てくるような人たちやもっと前の日本のロックバンドを90年代そこそこにまっすぐに継承してた人って大槻ケンヂしかいなかった気もする
創作全般そうなのだが、うまい人が周りにたくさんいると自分の存在価値がわからなくなる。でも、結局残るのはうまい人ではなく、伝えたいもの作りたいものが自分の中にある人。技術よりも欲がある人が残る。
オーケンはキャラと声質が強いから……/ギター弾き語りできるようになってたんだな。すごいな
逆に周りがどんなに『あなたは音楽の技術でなく、それ以外が素晴らしいから』と言った所で、それは本人にとって有難いと感じても、同時に空虚に響くだろう。それで満たされるような人なら、彼の表現は成立し得ない
筋肉少女帯は芸術だから。いいのよ。
世に出たものが生き残る、ってことだよなぁ。悪い意味じゃなく。
「『...こんな事を言っては何だが、大槻ケンヂのボーカルにこんな上手い演奏が必要だろうか?』そう言われちゃなあ(笑)必要かー?OKそうだよ必要なんだよねうん。じゃあ三年ぶりに演ります。いくぢなし」
ビーイング創業者の長戸大幸氏はラジオで「20代の頃に自分よりも上手い連中は音楽を辞めていった」と言っていた。上手くても他の仕事が出来る人は音楽以外の定職に就いて、音楽しか道がない人が音楽業界に残った、と
高木ブ―伝説は歴史に残る名曲
“でね、ここは強調して言いたいんですけど、その頃、空手バカボンのコントの台本を書いていたのは、ケラリーノ・サンドロヴィッチではなくて、この大槻ケンヂだったんですよ(笑)”
歌が歌えたらそれもミュージシャンでいいんだよ 楽器だけの話じゃないしボーカルも楽器なんだ 作曲できなくても楽譜読めなくてもなんの関係もない
おもしれー
ソロでも筋少でも特撮でも「大槻ケンヂを聴いている」という人は多いと思う。最近はあまりライブでやらないけどトゥルーロマンスとか機械とか大槻ケンヂじゃなければ絶対生まれない曲でしょ
大槻ケンヂのエッセイで「十代のうちに詩集を愛読するといい」とあり、実際学生のうちに詩集をいくつか読み込んだことが私の礎の一つになっている。非常に賢い言葉の魔術師、それがオーケン