むかしNHKがトマソンのことを特集したときには個人名に悪い意味で由来する「トマソン」ってワードは控えて「超芸術」って表現してたなって思い出した。知らない野球選手なんだけど、たしかによろしくない気はしてる
もしかしてトマソンってトーマス・エジソンの略!?(違います)
トマソン含め路上観察学のものの見方、とらえ方が海外でも紹介されるのはいいことだ
語源になった野球選手は本人の与り知らないところでなんか不名誉の象徴みたくなってて気の毒ではある
トマソン概念、tomasonとして普通に海外に紹介されていたのか。
読んでも何かわからん
期待外れの外国人選手を「害人」と平然と言っていた時代だ許してやれ。/感覚としては「シュール」に近いものだが、そこに笑いを(要するに批評性を)見てる。まあスノッブか、今ならオタク的と言っていいかも。
ゲーリー・トマソンは「引退した王貞治の穴を埋める存在として期待された」のだな。比較されて「無用の長物」扱いされたのはちと気の毒ではある(彼の現役時代のことを私はあまり覚えていないが)。 https://w.wiki/HRgV
トマソンのおもしろさ、世界にもきっと伝わると思うー
概念がフランスにも広まりつつあるのか。/私も好きな概念だけど,名前の出自があまりお行儀良くなく,なんJ語がそのまま広まっていくような感覚があるので,何とか今から変わらんものかとば思う。
語源=大型扇風機だった人
入口を塞いでしまったため、登って降りるだけの階段になった「純粋階段」とか建物の高所にドアだけある建物とか何らかの痕跡があるのが面白い。
語源が野球選手由来とは知らなかった。クロマティ高校的な問題は確かにある
写真ないの写真
名前がなぁ、一部界隈で言ってる間は良いけどあまり広がるのはモヤモヤする。が、ふと頭に出てくるのは「トマソン」なんだよな。今後は超芸術が思い浮かぶようになるのか
「なんか意味を喪失してるのに残ってるもの」の面白みは万人が同意するんだけど、口さがないファンからスポーツ選手への罵倒を他に流用するってのがいまだと匿名掲示板にしかない類の治安の悪さでビビるんだよな
こういうトピックではいつも、楠見清氏の「無言板アート入門」をお勧めしている。
vowさん
「Anatomie du tomason」っていうのか。解体新書を思い出すなど…
カルドネル・シルヴァンさん“2008年に沼正三の「家畜人ヤプー」で日仏翻訳文学賞” 沼正三の代理人 康芳夫氏をして「日本語の言葉遊びが多いので翻訳は不可能」と言わしめた作品を仏訳して賞まで獲るとは
若い頃ちくま文庫に影響されて自分でも歩いてみたがなかなか見つからなかった。ずいぶん経って仕事で移り住んだ北関東の町は純粋階段やら原爆タイプやらトマソンだらけだった。東京=都会の遊びなんだと悟った。
なんか日本は現象を面白く見るだけだけど、フランスとかドイツなら理論立てて系統化してくれそう
おお、トマソンの概念が廃れずに海外で広まって居るとは。路上探検隊は山形にも来たりしてるし、トマソンも東京以外にも沢山ありそう。台湾とかどうかな。
年始も特番「令和ロマンの娯楽がたり」で今日のトマソンっていうコーナーがあって、面白かった。トマソンの語源はブコメで初めて知ったけど、とはいえ超芸術もしっくりこない。良いのがあれば置き換わりそうだけど…
世界的にトマソン選手のことが知られるのは確かに微妙。本人にどんな気持ちか確認して欲しい。
どっかに画像付きでまとまっとらんかな
今となってはトマソンという名前自体が「元の意味を失ったにも関わらず保存されているもの」であって、そこに自己言及的なおもしろさがある。あえて元ネタに言及しない方がよいのでは。
高田馬場にあったな、謎のトライアングル。もうなくなっちゃたけど。https://bit.ly/45H9oAd とり・みきさんもやってたよなあ。
路上観察的な趣味は世界中にありそうだけど、トマソンみたいな遊びは無いのか。
無用煙突に登って自撮りした表紙のインパクトは凄いよね。著者の赤瀬川源平、今でいう迷惑系周縁にあったんだろうな
初めてトマソンの概念に触れたのは大昔、ブログなんて言葉がなかった頃によく見てたトマソントーキョー。まだあるのかなって調べてみたら綺麗なサイトになって続いてた。うれしい http://www.st.rim.or.jp/~tokyo/
赤瀬川本人は「海外には和モノのような味わいがイマイチない」みたいなこと言ってたけどなー
昭和の頃は身近な場所にトマソン物件がたくさんあった。僕もよく白黒フィルムで写真撮ってたな。
抜き型の事かと思った
意味があるのかよくわんないけどなんかかっこいい歌詞(ミッシェルとか)もトマソンなのかもしれない
そこで人名を使っちゃうの昭和的な嘲笑だよねぇ。概念としては素敵なのに。
“81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ。” <マスコミに「無用の長物」と蔑まれていた彼にダダイズムを感じ取ってつけたネーミング。
老人力の概念も輸出しよう。むしろ今は国内に必要な価値観かな
トマソン、令和の時代にはやや不適切な概念名になってしまった。しかし例えば「無用芸術」という名前にするとしても、そもそも芸術とは無用なものなので、名前を変えるのも結構難しいんだよな。
語源となったトマソンさんが気の毒すぎるなw
『「言葉があると、見えなかったものが見えてくるわけです」』よい分析。赤瀬川先生のこの系譜はDPZとかにもつながってるんだと思う。
「Anatomie du tomason(超芸術トマソン全貌)」/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%BD%E3%83%B3
トマソンという名称は失礼で誹謗中傷というポリコレ論が、一時語られたものの。
「ンゴ」もすでに(不名誉な)語源としては忘れられてるのと同じなのは面白い
不名誉過ぎる “トマソンという命名は、81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ。”
別冊宝島のVOWネタが懐かしい。タモリ倶楽部でも一時東京トワイライトゾーンとかやってたなぁ
写真が一つもないよ。トマソン本人のコメントがほしい。
「トマソン」という言葉も、こち亀で最初に学んだ気がする。
トマソン本人に取材しないのだろうか。役に立たない人として南陽子と世界に知れ渡って嬉しいとこの記者は思っているのだろうか。言葉が軽薄 Grokお前… https://grokipedia.com/page/gary_thomasson
先日の「令和ロマンの娯楽がたり」で「きょうのトマソン」というコーナーがあり、それでこれをトマソンと呼ぶのかと思って調べてたの思い出した
超芸術トマソンなつかC。
いつもこの言葉を見ると思うのが,実際トマソンはどう思ってるんだろうと.勝手によくわからない名称にされ,本人気分を害してるのか,それとも納得してるのか.まあそもそも全く感知してないかもしれんが.
世界規模になるとさすがに可哀想
なんとなくセッシューと早川雪洲の関係を思い出した/ トマソンとの出会いがネットの人もいるんだな、当然か
赤瀬川源平由来でトマソン⇨宝島のVOWの流れよね そして西洋へ
「不動産の痕跡器官」とでも言ったら?
打率.261 20HRだから、そこまで酷い成績でもないんだけどね
むむこれは超芸術ではないか?←なんて耳の残るフレーズだろうか
トマソンは人名だったとは知らなんだ。トルソーみたいな外来の用語だと思っていた。新しい言い方として現象的遺構を提案してみる。
ゲーリー・トマソンの初年度成績は120試合23本塁打 132三振 打率.261 投高打低の現代なら充分に優良外国人の数字
語源的には失礼だけど西洋でフランスから広まるならそのまま定着しそう
赤瀬川原平本人は、トマソンをもっとローカルな、戦後の東京に特有な物として考えていたんじゃないかと思いますね。
「カルドネル・シルヴァンさん(63)=京都市上京区=は、40年後のいまも絶えない路上観察者の一人。」/海外のトマソン愛好者。タモリ倶楽部復活してくれよ。ゲストに呼べるだろう。
認識されるまでが超芸術で認識して以降は"芸術"に変化する。非文脈に文脈を見出したらそれは文脈的であり、超芸術という名づけ自体もハリボテに過ぎない。認識した時点で定義上の存在で無くなるなら存在しないと同義
トマソンは戦後という括りではないと思うな(ハイレッドセンターとそれ以降のテキストはかなり読んだ)
超芸術トマソンて概念は知らんかったが、確かに散歩してると無用の長物に惹かれる場面は多々あるな。
>「言葉があると、見えなかったものが見えてくるわけです」
なんで命名センスがなんJなんや…
"81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手" "無用の長物であるトマソン" 言って良いことと悪いことがあるやろ?
トマソン、本邦でいうと井川慶みたいな感じじゃろか?(失敗外国人助っ人枠という意味で)
四谷階段は今では旅館の建物がビルになってしまって確認できないとか
『トマソンという命名は、81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ』ゲーリー・トマソンさん、いまだご存命。
“トマソンという命名は、81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ。”なるほど分からん
“「Anatomie du tomason(超芸術トマソン全貌)」”……そういう訳になるんか。
巨人は嫌いだが、これはトマソンに対して失礼すぎる。
The whole city was a Thomasson. Perhaps America itself was a Thomasson. "Virtual Light" William Gibson / ウィリアム・ギブスンも使ってたトマソン
個人名を微妙な意味で使い続けるのは問題あるような。他の言葉への置き換えをした方がいいのではないかな。
“トマソンという命名は、81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ。”
「純粋階段」とか「空中ドア」とかのネーミングが良くて、赤瀬川のセンスがあってこそと思うけど、一旦理解されればみんな自分で発見できるところもすごいよね。
面白いと思う人と思わない人がいるんだろうけど、いいよね。他者が観測することで生まれるのは、量子的でもある
トマソン本人がどう思ってるのか知らんけど、役立たずの代名詞として個人名を使うのはヒドいよなぁ…
( "Anatomie" でターヘル・アナトミア思い出したが、Wikipediaには日本語訳の元となった蘭語版及びオリジナルの独語版ではタイトル違うとあり、由来も書かれているが出典はなく一方で https://appletechlab.jp/blog-entry-2826.html 説も
勝手に「街角遺跡」と称して旧ツイッターのXに投稿していたところ、それはトマソンと呼ぶのですよと教えてもらった。
可哀想だから、魅了されるという意味を込めて空振りでも金を取れるスイングの美しさから不振でも4番に据えられ続けていたと歴史改変してあげよう。
路上で見つかる無用の長物 「超芸術トマソン」に魅了された研究者 | 毎日新聞
むかしNHKがトマソンのことを特集したときには個人名に悪い意味で由来する「トマソン」ってワードは控えて「超芸術」って表現してたなって思い出した。知らない野球選手なんだけど、たしかによろしくない気はしてる
もしかしてトマソンってトーマス・エジソンの略!?(違います)
トマソン含め路上観察学のものの見方、とらえ方が海外でも紹介されるのはいいことだ
語源になった野球選手は本人の与り知らないところでなんか不名誉の象徴みたくなってて気の毒ではある
トマソン概念、tomasonとして普通に海外に紹介されていたのか。
読んでも何かわからん
期待外れの外国人選手を「害人」と平然と言っていた時代だ許してやれ。/感覚としては「シュール」に近いものだが、そこに笑いを(要するに批評性を)見てる。まあスノッブか、今ならオタク的と言っていいかも。
ゲーリー・トマソンは「引退した王貞治の穴を埋める存在として期待された」のだな。比較されて「無用の長物」扱いされたのはちと気の毒ではある(彼の現役時代のことを私はあまり覚えていないが)。 https://w.wiki/HRgV
トマソンのおもしろさ、世界にもきっと伝わると思うー
概念がフランスにも広まりつつあるのか。/私も好きな概念だけど,名前の出自があまりお行儀良くなく,なんJ語がそのまま広まっていくような感覚があるので,何とか今から変わらんものかとば思う。
語源=大型扇風機だった人
入口を塞いでしまったため、登って降りるだけの階段になった「純粋階段」とか建物の高所にドアだけある建物とか何らかの痕跡があるのが面白い。
語源が野球選手由来とは知らなかった。クロマティ高校的な問題は確かにある
写真ないの写真
名前がなぁ、一部界隈で言ってる間は良いけどあまり広がるのはモヤモヤする。が、ふと頭に出てくるのは「トマソン」なんだよな。今後は超芸術が思い浮かぶようになるのか
「なんか意味を喪失してるのに残ってるもの」の面白みは万人が同意するんだけど、口さがないファンからスポーツ選手への罵倒を他に流用するってのがいまだと匿名掲示板にしかない類の治安の悪さでビビるんだよな
こういうトピックではいつも、楠見清氏の「無言板アート入門」をお勧めしている。
vowさん
「Anatomie du tomason」っていうのか。解体新書を思い出すなど…
カルドネル・シルヴァンさん“2008年に沼正三の「家畜人ヤプー」で日仏翻訳文学賞” 沼正三の代理人 康芳夫氏をして「日本語の言葉遊びが多いので翻訳は不可能」と言わしめた作品を仏訳して賞まで獲るとは
若い頃ちくま文庫に影響されて自分でも歩いてみたがなかなか見つからなかった。ずいぶん経って仕事で移り住んだ北関東の町は純粋階段やら原爆タイプやらトマソンだらけだった。東京=都会の遊びなんだと悟った。
なんか日本は現象を面白く見るだけだけど、フランスとかドイツなら理論立てて系統化してくれそう
おお、トマソンの概念が廃れずに海外で広まって居るとは。路上探検隊は山形にも来たりしてるし、トマソンも東京以外にも沢山ありそう。台湾とかどうかな。
年始も特番「令和ロマンの娯楽がたり」で今日のトマソンっていうコーナーがあって、面白かった。トマソンの語源はブコメで初めて知ったけど、とはいえ超芸術もしっくりこない。良いのがあれば置き換わりそうだけど…
世界的にトマソン選手のことが知られるのは確かに微妙。本人にどんな気持ちか確認して欲しい。
どっかに画像付きでまとまっとらんかな
今となってはトマソンという名前自体が「元の意味を失ったにも関わらず保存されているもの」であって、そこに自己言及的なおもしろさがある。あえて元ネタに言及しない方がよいのでは。
高田馬場にあったな、謎のトライアングル。もうなくなっちゃたけど。https://bit.ly/45H9oAd とり・みきさんもやってたよなあ。
路上観察的な趣味は世界中にありそうだけど、トマソンみたいな遊びは無いのか。
無用煙突に登って自撮りした表紙のインパクトは凄いよね。著者の赤瀬川源平、今でいう迷惑系周縁にあったんだろうな
初めてトマソンの概念に触れたのは大昔、ブログなんて言葉がなかった頃によく見てたトマソントーキョー。まだあるのかなって調べてみたら綺麗なサイトになって続いてた。うれしい http://www.st.rim.or.jp/~tokyo/
赤瀬川本人は「海外には和モノのような味わいがイマイチない」みたいなこと言ってたけどなー
昭和の頃は身近な場所にトマソン物件がたくさんあった。僕もよく白黒フィルムで写真撮ってたな。
抜き型の事かと思った
意味があるのかよくわんないけどなんかかっこいい歌詞(ミッシェルとか)もトマソンなのかもしれない
そこで人名を使っちゃうの昭和的な嘲笑だよねぇ。概念としては素敵なのに。
“81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ。” <マスコミに「無用の長物」と蔑まれていた彼にダダイズムを感じ取ってつけたネーミング。
老人力の概念も輸出しよう。むしろ今は国内に必要な価値観かな
トマソン、令和の時代にはやや不適切な概念名になってしまった。しかし例えば「無用芸術」という名前にするとしても、そもそも芸術とは無用なものなので、名前を変えるのも結構難しいんだよな。
語源となったトマソンさんが気の毒すぎるなw
『「言葉があると、見えなかったものが見えてくるわけです」』よい分析。赤瀬川先生のこの系譜はDPZとかにもつながってるんだと思う。
「Anatomie du tomason(超芸術トマソン全貌)」/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%BD%E3%83%B3
トマソンという名称は失礼で誹謗中傷というポリコレ論が、一時語られたものの。
「ンゴ」もすでに(不名誉な)語源としては忘れられてるのと同じなのは面白い
不名誉過ぎる “トマソンという命名は、81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ。”
別冊宝島のVOWネタが懐かしい。タモリ倶楽部でも一時東京トワイライトゾーンとかやってたなぁ
写真が一つもないよ。トマソン本人のコメントがほしい。
「トマソン」という言葉も、こち亀で最初に学んだ気がする。
トマソン本人に取材しないのだろうか。役に立たない人として南陽子と世界に知れ渡って嬉しいとこの記者は思っているのだろうか。言葉が軽薄 Grokお前… https://grokipedia.com/page/gary_thomasson
先日の「令和ロマンの娯楽がたり」で「きょうのトマソン」というコーナーがあり、それでこれをトマソンと呼ぶのかと思って調べてたの思い出した
超芸術トマソンなつかC。
いつもこの言葉を見ると思うのが,実際トマソンはどう思ってるんだろうと.勝手によくわからない名称にされ,本人気分を害してるのか,それとも納得してるのか.まあそもそも全く感知してないかもしれんが.
世界規模になるとさすがに可哀想
なんとなくセッシューと早川雪洲の関係を思い出した/ トマソンとの出会いがネットの人もいるんだな、当然か
赤瀬川源平由来でトマソン⇨宝島のVOWの流れよね そして西洋へ
「不動産の痕跡器官」とでも言ったら?
打率.261 20HRだから、そこまで酷い成績でもないんだけどね
むむこれは超芸術ではないか?←なんて耳の残るフレーズだろうか
トマソンは人名だったとは知らなんだ。トルソーみたいな外来の用語だと思っていた。新しい言い方として現象的遺構を提案してみる。
ゲーリー・トマソンの初年度成績は120試合23本塁打 132三振 打率.261 投高打低の現代なら充分に優良外国人の数字
語源的には失礼だけど西洋でフランスから広まるならそのまま定着しそう
赤瀬川原平本人は、トマソンをもっとローカルな、戦後の東京に特有な物として考えていたんじゃないかと思いますね。
「カルドネル・シルヴァンさん(63)=京都市上京区=は、40年後のいまも絶えない路上観察者の一人。」/海外のトマソン愛好者。タモリ倶楽部復活してくれよ。ゲストに呼べるだろう。
認識されるまでが超芸術で認識して以降は"芸術"に変化する。非文脈に文脈を見出したらそれは文脈的であり、超芸術という名づけ自体もハリボテに過ぎない。認識した時点で定義上の存在で無くなるなら存在しないと同義
トマソンは戦後という括りではないと思うな(ハイレッドセンターとそれ以降のテキストはかなり読んだ)
超芸術トマソンて概念は知らんかったが、確かに散歩してると無用の長物に惹かれる場面は多々あるな。
>「言葉があると、見えなかったものが見えてくるわけです」
なんで命名センスがなんJなんや…
"81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手" "無用の長物であるトマソン" 言って良いことと悪いことがあるやろ?
トマソン、本邦でいうと井川慶みたいな感じじゃろか?(失敗外国人助っ人枠という意味で)
四谷階段は今では旅館の建物がビルになってしまって確認できないとか
『トマソンという命名は、81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ』ゲーリー・トマソンさん、いまだご存命。
“トマソンという命名は、81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ。”なるほど分からん
“「Anatomie du tomason(超芸術トマソン全貌)」”……そういう訳になるんか。
巨人は嫌いだが、これはトマソンに対して失礼すぎる。
The whole city was a Thomasson. Perhaps America itself was a Thomasson. "Virtual Light" William Gibson / ウィリアム・ギブスンも使ってたトマソン
個人名を微妙な意味で使い続けるのは問題あるような。他の言葉への置き換えをした方がいいのではないかな。
“トマソンという命名は、81年にプロ野球・巨人に期待を集めて入団し、ふるわなかった外国人選手にちなむ。”
「純粋階段」とか「空中ドア」とかのネーミングが良くて、赤瀬川のセンスがあってこそと思うけど、一旦理解されればみんな自分で発見できるところもすごいよね。
面白いと思う人と思わない人がいるんだろうけど、いいよね。他者が観測することで生まれるのは、量子的でもある
トマソン本人がどう思ってるのか知らんけど、役立たずの代名詞として個人名を使うのはヒドいよなぁ…
( "Anatomie" でターヘル・アナトミア思い出したが、Wikipediaには日本語訳の元となった蘭語版及びオリジナルの独語版ではタイトル違うとあり、由来も書かれているが出典はなく一方で https://appletechlab.jp/blog-entry-2826.html 説も
勝手に「街角遺跡」と称して旧ツイッターのXに投稿していたところ、それはトマソンと呼ぶのですよと教えてもらった。
可哀想だから、魅了されるという意味を込めて空振りでも金を取れるスイングの美しさから不振でも4番に据えられ続けていたと歴史改変してあげよう。