タイピングオブザデッドはこの手のものに含まれるんだろうか、タイピングによる分岐選択もあったような
"振り出しに戻った彼らは、人々にQTEについて話を聞いてみた。そして分かったのは、人々が嫌っていたのはQTEそのものではなく、「悪いQTE」だったということだ"
QTEの歴史と行為のシミュレーションという視点からの考察がめちゃくちゃ読み応えあって面白い
魔法少女ノ魔女裁判なんかは広義だとはおもうけど、とても心のないQTEで良かった
文中のシェンムー2お同じシーンを3回連続失敗、手前からやり直しを繰り返して、うんざりして投げてしまったのを思い出した。こんな展開だったのか。
俺はシェンムーのQTEは好きだな 特にどぶ板のバーでの大立ち回りのやつ ゲームの上限を越えたカッコよさで悦に入れる 失敗したら「ダサっw」って笑えるし あと黒人と白人のチェイス選択とか
キーマウ、ABXY、BAYXを往復するのでQTEはまじで天敵。一部の任天堂ゲームのように配置を出してくれるの神。隆盛のジャストアクションバトルゲームも実質QTEゲーミングなのでタイミングで瞬間判断するの人類は好き。
我が国にも死刑執行ボタンという無慈悲なQTEがありますぞ
QTEのあるゲーム殆どやってないけどモンハンワイルズの会話展開しながら周り見渡して採集しながらの移動は途中からシナリオに興味なくしたのもあってスキップできない方のムービーって感じで苦痛でしかなかった
SEKIROなどがQTEの進化系だろう。色んな攻撃手段から好みのQTEを選べてる。敵ボスにあわせて自分で最適反応を組み上げることて最終的に撃破する流れ。ノウハウと技術力の向上でQTEが本来目指していた方向性を実現した。
絶対的に悪だね。特に猫を飼い始めてからは。お、ムービーシーンか、と思ってコントローラーを置き撫でろと要求してきていた猫を撫でているとゲームオーバーって体験が少なくない。完全な騙し討ちなんよ
LDゲームの時代は顧客が遊びに飢えてたし、店側はインカムを稼ぎたかったし、それらの事情の上で許されてただけだよね。
ゲームってのは操作によって選択肢を選び続ける事に楽しさがあるはずなのに、QTEは失敗したら即死なだけのものが多い
ムービーシーンは他人事第三者視点だからいいんであって、そこに突如操作を求められても面白くもなんともないのよ。開発者の自己満足でしかない
ゲームに向き合う際の心理的スタンスが「操作キャラとの一体化(FPS)」か「作品の鑑賞者(TPS)」かで評価が分かれそう。前者なら、操作キャラとの一体感が増す快、後者なら、鑑賞の没入感を損なわれる不快になりそう
ティアキンは最後の最後の操作が一番印象的だし途中色々あったけどこれ体験できるなら全部許せるって思った。
複雑で派手な戦闘のバリエーションだが、メタルギアライジングのQTEの完成度は凄かったな。ボタン連打で崩れる道路を駆け上がり、ヘリに肉薄してスティックの斬撃で細切れにする。実にいい……。
QTEはプログラミングなら良くない結果をもたらしがちなアンチパターンってやつになるんじゃないかと思う。あとQTEの範囲広げすぎ。sekiroみたいなアクションゲーム中のボタン押下動作までQTEとは思わない
デトロイトビカムヒューマンでQTE失敗したせいで自分の意図とは違う選択肢を選ばされた時に絶対悪だと思った。ダイスロールを受け入れられる人は良いのかもしれないが
ゲーム界がもっとも理解してないのは、ストーリーは主人公の描くに足る行いと帰結を描くものでそのためにはプレイヤーに選択させちゃダメということ。ゲーム性とは正反対なので混同しがち。ゲーム性は戦闘シーンで
QTE嫌いだと思ってたけど、エクシリア2の選択肢は心を打たれたしやっぱり使い方次第かな
結果に影響しない演出としてはQTE好きだけど、QTEの結果予期しない分岐を強いられることは好きじゃない/デトロイトでカーラが自我に目ざめて壁を壊すシーンのQTEはめちゃくちゃ好き
自分が知ってる最古のQTEは、PS版ソウルエッジ(1996) の各キャラエンディングで、ムービー中に無操作だと通常EDに、特定の操作をするとトゥルーEDに分岐するやつ(UI等でのヒントは一切ない) https://youtu.be/eNdV5VIS60k
風のタクトのアクションもQTEを意識させるものであった記憶がある
QTEは使い方次第というのはその通りだけど雑な使われ方をしたので嫌われたのであって.ムービーばっか作るならゲームじゃなくて映画作ってろよの返答にQTE入れました,だとこのゲームわかってないな,となるよね.
"知ってる最古のQTEは、PS版ソウルエッジ(1996) の各キャラエンディング" すっげえわかる。ED中に突然 ミツルギ ヴァーサス タネガシマ ファイ とアナウンスされてそのシーン以外にない一人称視点で負けイベント始まる。
QTEが嫌われたのはだいたいバイオ4のせい
バイオ4でQTEはクソだと思ってたけど、ヘビーレインでキャラの行為を操作するのは面白かった。サイコな展開はマジでキツくて疑似体験できたが、難易度上がるとQTEがシビアなのは面倒。ヘビーレインは仕方ないが
QTEゲームの究極はアスラズラースだと思う。あまり知られていないけど。体験版をやって呆然とした。そしてQTEが嫌いになった。/今プレイ動画を見直してまた呆然とした。
id:srgyさん見てバーチャロン(OMG)のED中に「運命改変」と言いながらレバーガチャガチャするのがエンゼルランド徳大工前店で流行ってたの思いだした(謎/LIPSの時間切れ無回答ってハンター試験のアレの元ネタだよな、多分
ダイナマイト刑事に言及してくれて嬉しい。 通常操作でできないことやらせる手段と思うが失敗するとデスペナは理不尽。
エースコンバット最新作だとごく一部を除いて主人公が恥をかくだけのが多いな…
『GUNDAM 0079 The War For Earth』の話してる?(してない
『The Wonderful 101』の最終決戦が、これまで数多のQTEを逆手に取ったような一体感を演出してて大好き。本編中のQTEも、ヒーローものの外連味と相性よかった。
そもそも映像体験をゲームのうちに入れ込むことに疑義がある。ノーマルのプレイでは絶対にできないような凝ったトドメモーションが発生するとかも俺は嫌いだわ。ムービー詐欺の延長に感じられる。
プレイヤーの思考をストレートに反映してその後の展開を左右するために実装されたQTEならいいけど、実際はしょうもない連打とか覚えゲーのポチポチばっかりでうんざり。何がおもろいねん。
QTEが目指した「ゲームの夢」と現在地|遊星歯車機関
タイピングオブザデッドはこの手のものに含まれるんだろうか、タイピングによる分岐選択もあったような
"振り出しに戻った彼らは、人々にQTEについて話を聞いてみた。そして分かったのは、人々が嫌っていたのはQTEそのものではなく、「悪いQTE」だったということだ"
QTEの歴史と行為のシミュレーションという視点からの考察がめちゃくちゃ読み応えあって面白い
魔法少女ノ魔女裁判なんかは広義だとはおもうけど、とても心のないQTEで良かった
文中のシェンムー2お同じシーンを3回連続失敗、手前からやり直しを繰り返して、うんざりして投げてしまったのを思い出した。こんな展開だったのか。
俺はシェンムーのQTEは好きだな 特にどぶ板のバーでの大立ち回りのやつ ゲームの上限を越えたカッコよさで悦に入れる 失敗したら「ダサっw」って笑えるし あと黒人と白人のチェイス選択とか
キーマウ、ABXY、BAYXを往復するのでQTEはまじで天敵。一部の任天堂ゲームのように配置を出してくれるの神。隆盛のジャストアクションバトルゲームも実質QTEゲーミングなのでタイミングで瞬間判断するの人類は好き。
我が国にも死刑執行ボタンという無慈悲なQTEがありますぞ
QTEのあるゲーム殆どやってないけどモンハンワイルズの会話展開しながら周り見渡して採集しながらの移動は途中からシナリオに興味なくしたのもあってスキップできない方のムービーって感じで苦痛でしかなかった
SEKIROなどがQTEの進化系だろう。色んな攻撃手段から好みのQTEを選べてる。敵ボスにあわせて自分で最適反応を組み上げることて最終的に撃破する流れ。ノウハウと技術力の向上でQTEが本来目指していた方向性を実現した。
絶対的に悪だね。特に猫を飼い始めてからは。お、ムービーシーンか、と思ってコントローラーを置き撫でろと要求してきていた猫を撫でているとゲームオーバーって体験が少なくない。完全な騙し討ちなんよ
LDゲームの時代は顧客が遊びに飢えてたし、店側はインカムを稼ぎたかったし、それらの事情の上で許されてただけだよね。
ゲームってのは操作によって選択肢を選び続ける事に楽しさがあるはずなのに、QTEは失敗したら即死なだけのものが多い
ムービーシーンは他人事第三者視点だからいいんであって、そこに突如操作を求められても面白くもなんともないのよ。開発者の自己満足でしかない
ゲームに向き合う際の心理的スタンスが「操作キャラとの一体化(FPS)」か「作品の鑑賞者(TPS)」かで評価が分かれそう。前者なら、操作キャラとの一体感が増す快、後者なら、鑑賞の没入感を損なわれる不快になりそう
ティアキンは最後の最後の操作が一番印象的だし途中色々あったけどこれ体験できるなら全部許せるって思った。
複雑で派手な戦闘のバリエーションだが、メタルギアライジングのQTEの完成度は凄かったな。ボタン連打で崩れる道路を駆け上がり、ヘリに肉薄してスティックの斬撃で細切れにする。実にいい……。
QTEはプログラミングなら良くない結果をもたらしがちなアンチパターンってやつになるんじゃないかと思う。あとQTEの範囲広げすぎ。sekiroみたいなアクションゲーム中のボタン押下動作までQTEとは思わない
デトロイトビカムヒューマンでQTE失敗したせいで自分の意図とは違う選択肢を選ばされた時に絶対悪だと思った。ダイスロールを受け入れられる人は良いのかもしれないが
ゲーム界がもっとも理解してないのは、ストーリーは主人公の描くに足る行いと帰結を描くものでそのためにはプレイヤーに選択させちゃダメということ。ゲーム性とは正反対なので混同しがち。ゲーム性は戦闘シーンで
QTE嫌いだと思ってたけど、エクシリア2の選択肢は心を打たれたしやっぱり使い方次第かな
結果に影響しない演出としてはQTE好きだけど、QTEの結果予期しない分岐を強いられることは好きじゃない/デトロイトでカーラが自我に目ざめて壁を壊すシーンのQTEはめちゃくちゃ好き
自分が知ってる最古のQTEは、PS版ソウルエッジ(1996) の各キャラエンディングで、ムービー中に無操作だと通常EDに、特定の操作をするとトゥルーEDに分岐するやつ(UI等でのヒントは一切ない) https://youtu.be/eNdV5VIS60k
風のタクトのアクションもQTEを意識させるものであった記憶がある
QTEは使い方次第というのはその通りだけど雑な使われ方をしたので嫌われたのであって.ムービーばっか作るならゲームじゃなくて映画作ってろよの返答にQTE入れました,だとこのゲームわかってないな,となるよね.
"知ってる最古のQTEは、PS版ソウルエッジ(1996) の各キャラエンディング" すっげえわかる。ED中に突然 ミツルギ ヴァーサス タネガシマ ファイ とアナウンスされてそのシーン以外にない一人称視点で負けイベント始まる。
QTEが嫌われたのはだいたいバイオ4のせい
バイオ4でQTEはクソだと思ってたけど、ヘビーレインでキャラの行為を操作するのは面白かった。サイコな展開はマジでキツくて疑似体験できたが、難易度上がるとQTEがシビアなのは面倒。ヘビーレインは仕方ないが
QTEゲームの究極はアスラズラースだと思う。あまり知られていないけど。体験版をやって呆然とした。そしてQTEが嫌いになった。/今プレイ動画を見直してまた呆然とした。
id:srgyさん見てバーチャロン(OMG)のED中に「運命改変」と言いながらレバーガチャガチャするのがエンゼルランド徳大工前店で流行ってたの思いだした(謎/LIPSの時間切れ無回答ってハンター試験のアレの元ネタだよな、多分
ダイナマイト刑事に言及してくれて嬉しい。 通常操作でできないことやらせる手段と思うが失敗するとデスペナは理不尽。
エースコンバット最新作だとごく一部を除いて主人公が恥をかくだけのが多いな…
『GUNDAM 0079 The War For Earth』の話してる?(してない
『The Wonderful 101』の最終決戦が、これまで数多のQTEを逆手に取ったような一体感を演出してて大好き。本編中のQTEも、ヒーローものの外連味と相性よかった。
そもそも映像体験をゲームのうちに入れ込むことに疑義がある。ノーマルのプレイでは絶対にできないような凝ったトドメモーションが発生するとかも俺は嫌いだわ。ムービー詐欺の延長に感じられる。
プレイヤーの思考をストレートに反映してその後の展開を左右するために実装されたQTEならいいけど、実際はしょうもない連打とか覚えゲーのポチポチばっかりでうんざり。何がおもろいねん。