"劇中における雁屋哲の分身が山岡ではなく海原雄山であることの証左だと思う"
雄山を肯定するために後付けで色々持ち出して、建て付けがガタガタになっているという印象
“美味しんぼってだんだんと「剣客商売の息子視点のマンガ」みたいになっていって。山岡は精一杯頑張るし実力はあるけど、いいところで雄山が〆る。栗田のようなヒロインも夫である山岡ではなく雄山を立てる。全部老
主人公男女逆 人間関係とかまるっきり新規設定 料理対決ぐらいある ただのグルメアニメになってしまうか
山岡オイディプ郎
芸術家の男と暴力に耐えて支える女って関係、夫婦の間だけなら好きにすりゃいいけど、付き合わされる子供はたまったもんじゃないし、その関係を第三者(というか息子の妻となる女)に肯定させるのは、正直とてもキモい
まとめ人がつけたタイトルが酷すぎる。直すなら、原作「美味しんぼ」には〜というシーンがあるが現代の倫理感では放送できなさそう、あたりか
別に原作通りにやる必要もないのでは
左派に人の心はないからね。栗田とかフレネミーだよな。毒親と仲直りを強要してまた毒親の被害者を増やすやつ。海原雄山は孫にも同じように性加害するよ
この辺りの栗田一族の気持ち悪さはヤバい 虐待被害者を家族総出で「いつまで被害者面してるんだマザコン」とか言って追い詰めてシバキまくる醜悪さは凄いよ
マゾ(山岡ママ)がサド(雄山)をコントロールしていたなんて、士郎(外野)には分からんやろ。何なら死ぬことによって雄山の心の永久欠番になったんだろ、山岡ママ。自分を倒せるように化け物を育てる雄山も変態。
美味しんぼ、今読むと栗田ゆうこの「親父と和解しろ」ハラスメントがきつすぎて山岡が可哀想になるわ
新、ってことはアニメ化してないエピソードをアニメ化するのかな? 「こんな〇〇は食えないよ。1週間後に本物の〇〇を食わせてやる」のテンプレでオリジナル脚本でも面白そうだけど。
海原雄山役を大塚明夫さんがやるのか気になってる。新旧で実の親子が一つの役を引き継ぐってあるのかな?
処女厨の海原雄山が経産婦を愛せるわけないだろと思ったがよく考えたらコラだった
美味しんぼは料理はともかく独特の受け入れがたい気持ち悪さを内包していて、どうも好きになれん。
コナン並の文字量
ここまで擦られる。結局、名作ってことたんだろな。ちなみにおれのベストエピソードは第9話「寿司の心」。「俺は、、、ただ言わずにおれなかっただけさ、、、」に山岡の業がすべて言い表わされてる
余裕で表現の自由の範疇では(倫理観とかおいといて)
その点、刃牙の母親ってすごいよな。夫に心酔して息子をネグレクトしてたのは同じでも、最後はその息子のために夫に立ち向かうんだから。
やがて父になる。
長期連載で原作者が老いたから、視点が山岡側から雄山側になっただけだったりして。
夫婦間の事情は当事者にしかわからない部分があるというのは事実だと思うけど、息子である山岡にお前の問題じゃないのって言っちゃうのはストレート過ぎて、原作者はこういうのの処理あんまり上手くないんだなって
『HUNTER×HUNTER』みたいなセリフ量
DVという言葉がなかっただけで、当時でもDVとして描写されていただろう。何なら今の方が「女→男のDVもある」などと相対化するバックラッシュが進行し、「現代の倫理観では〜」などと陳腐な反ポリコレが横行している。
美味しんぼの連載当時は雁屋哲は40代で、主人公である山岡に自分を投影していたが、そこから数十年連載するうちに年をとって海原雄山に自分を投影するようになった……ということでしかないと思うが
この部分の描写の変遷は、案外社会の変遷を映しているように見えて今改めて見ると面白かったりする。
福島回かなり重要だけど鼻血出したせいで謎の圧力喰らって今も休載(実質打ち切り)状態で原作者生きてる間にはちゃんと完結して欲しいもんだがな。美味しんぼなんてデマ極論だらけなんだし割り切れるやろがい。
昭和のマンガだから、ストーリーの展開もアドリブ的に作られたし、昭和の価値観だし、現代基準の倫理観に合わないのは当然。
美味しんぼはネット民のネタにされすぎてて、コマの切り抜きとか下手するとコラ画像で語られることすらあるので、ちゃんと原作読んでそうな人達の議論自体が貴重。
傲慢で冷酷な初期の雄山は、話が進むにつれ厳しくも筋の通った大芸術家としての面が強調された。その煽りで山岡さんだけがいつまでも母親の事を引きずるマザコン男のように扱われたのは気の毒だったなあ。
コンプラ雄山「(皿を静かに置きながら)もしよろしければこの料理を作った料理人をお呼びいただけますか」コンプラ士郎「明日、この場所にまたきてください。残業代は支給します」
だから、そこまで放映してないアニメ版が人気というのもわかる気がする。 漫画版も面白かったのは、32巻ぐらいまでだった記憶。そこらへんまでは、テンプレに沿ったコナン仕立てのように安心感あったと。
前時代の権力者は頭おかしいっていうのは今まさにアメリカ大統領が証明してる
字が多い。マンガ下手だな。
登場人物全員山岡さんの鮎以下のカス(部長除く)だから大丈夫
確かに。作者が海原雄山に肩入れしすぎてる気持ち悪さは感じる / “栗田のようなヒロインも夫である山岡ではなく雄山を立てる。全部老人を中心に回っていく作品になる不気味さがある。”
雄山の件で山岡の味方をしたのは岡星の奥さんだけであまりに可哀想だった。栗子は最大の敵だし…。
読んだことはないが、唐沢寿明が憤慨しているシーンだけは覚えてる
今期やってた「鉄鍋のジャン!」のジャンなんてDV通り越して暴力による洗脳教育されてるんだけど、「原作は1990年代連載だから!」ってエクスキューズで他の問題シーンもろとも全て強引に押し通してたな…
修羅の世界だからな。母親の愛情に飢えていた山岡が大人になるしかない。栗田は海原雄山の肩を持つんじゃなくて、山岡の伴侶として慰めてやらなくちゃいけないんだけど、雄山の嫁という立場に陶酔してる感じはある。
栗田家のアレもあるけど、仲直りできた一番の理由は、途中で登場した金上鋭が過去の雄山の所業がどうでも良くなるくらいクズだった事も大きかったかと。あれだけカイジのキャラでしょ…
"ぶっちゃけ母親も息子を愛してたというより「雄山の息子だから」愛していた" 栗田の伯父さんの言葉を読んでないんだろうか。「母は、子供を愛するのとはまったく違う次元で、妻として夫を愛するのだ。」
裸一貫から銀座一等地に馬鹿でかい高級料亭興したんだから大したもんよな雄山!!!!!!!!!実業家として!!!!人たらしとしての能力が圧倒的すぎる!!!!!!!!
長期連載だし雁屋哲なので初期〜中期以降で人物設定はブレており”一貫性を持って設計された人物像”などハナからない。その前提のうえで、ポストにあるような”剣客商売の息子”的な方向性に収束していったのでは
なんだかんだで、みんな好きなんだね❤️
美味しんぼと刃牙は、父超えをテーマにするはずが作者の加齢で父の方に想いが入っちゃった双璧ですかねぇ。
栗田ゆう子を皮切りに登場人物が作者の思想を代弁する超越的存在になっていってこの漫画は崩壊するんだよな
ネタバレがひどい
結局悪しき父親的存在に勝てないのは男組でも。アレは学生運動が衰退する現実と重ねたかもだが / カリーにはバイオレンスで荒唐無稽でセンチメントな原作を書かせておけばよかったのに、時代がそれを許さなかったか
雄山のモデルとなった人(北大路 魯山人)は、もっと無茶苦茶でマイルド化されてるから、我々のくだらない論理感で測らない方がいいよ。
アニメしか見てないけど、山岡は雄山のせいで母親が死んだと思っている。実際のところは不明だが、栗田さんが擁護出来るような人とは思えない。主従関係でDVだ。いくら凄い人物であっても、許されるわけではない。
鉄鍋のジャンはヒロインが毒母になってるのを容赦なく描いているし、グルメ漫画は地獄やでえ…
「雄山」という権威の批判、否定、破壊させる目的で、読者を山岡に感情移入させるための仕掛けの数々では?であればここまで読者が考察するなら、作者はしてやったりだと思う。
建て増ししたせいで生まれた2面性と割り切れない部分が逆にリアルになっちゃたんだよね。山岡さんも結局子供視点だったわけだし
描き始めた時は作者は山岡視点だったのが、歳とって雄山視点に変わってったんだと思う。多分だけど自分の子供が成長したんじゃないかな。
受け入れ難い気持ち悪さがこの漫画の面白いところ
野望の王国の原作者ですよ……歪んでて当然
父親との対立が面白いんじゃないか。
栗田は海原雄山氏って呼ぶのか。
そもそも作者が傲慢として描いてきた海原雄山に情が移って無理筋な擁護、山岡の母親まわりもねじ曲げた解釈を入れた辻褄合わせに過ぎないのに、なぜ真剣に議論されてるのか不思議でしょうがない
家族へのDVを何故か賛美されている美味しんぼへのカウンターとして、ヒロアカのエンデヴァーの存在があるんやで。どう考えても反省させるのは山岡はんではなく、海原雄山の方。
『じゃああんたが雄山のキャラを壊さずに士郎と仲直りさせてみろよ』
id:ikaironic そもそも仲直りさせる必要があったのかって話でもある。もし仲直りさせるなら、雄山が折れるべきだったかな。頭を下げることは出来なくても、態度で謝罪を示すことは出来るってキャラだし。
前半の海原雄山の描写が酷いことについては、「山岡視点ではこう見えていた」という叙述トリック的なものとして私の中では解釈している。山岡の中で父を受け入れていくに従って雄山の見え方が変わってくる。
そんなことよりおむすび握ってあげてた頃の栗田さんを返せ。
雄山の初期設定からの変容は作品を長続きさせるために必要だったんだろうと思うけど、栗田の立ち位置は良く分からん。
むしろ、連載初期の共に無法者だった雄山と士郎を、上手に着地させたなという感想。長期連載ならでは。
この漫画ってモラハラする奴しかいないよな
前作アニメからもう35年経ってるんだね!新しいアニメも楽しみっ。
「私だってまさか乳首でイクなんて思っても無かったわよ」も現代の倫理観では/桑の実だ!
作者が人の親になったので父親属性に甘くなったとか言われていた記憶
「傍目には妻を虐待しているとしか思えないだろうが、俺は妻を心から愛しているし、妻もそれをわかっているからついてくるのだ」ってDVの一典型だもんな。
某少年漫画で大量の人体実験するような外道が後半で主人公と共闘するようになったらなぜか「いいやつ」っぽい雰囲気出してるの、マジでイカレてるけど、雄山もそれに近いw
これ自体は雄山世代が見てきた古い倫理観の中でも極端なものも雄山が引き継いでいて、山岡から見て悪役に置ける描き方というだけでは。決して良くはないんだろうが、古い作品を現代の尺度で語るのは好きじゃない
ここでも突っ込まれてるけど、妻に料理を何度も作り直させた雄山を芸術家の鑑だと擁護しておいて、自分が夫に味噌汁の作り直しを要求されるとブチギレる栗田ゆう子はダブスタ糞女だよなと当時から思ってた
山岡士郎はフロイト的なエディプス・コンプレックス全開ですね。カリーが分かりやすいキャラ付けとして誇張して書いたのだろう
左巻き、反体制でブイブイ言わせてきた連中が齢を重ねて地位を手に入れることで権威主義に転向する光景をはてな村では嫌というほど見せられてきただろう。https://tinyurl.com/pe6x2e5y https://tinyurl.com/2s3kw6tb
栗田さん言うじゃねえか /ちなみに世代としては海原雄山は昭和一桁生まれくらいだから、今だと95歳くらいのイメージ、山岡さんは70歳くらい。俺等が想像できるもんでもない。
この「現代の倫理観では無理じゃないか」ッていう指摘なんか流行ってんね。昔の倫理観で作ってますじゃいかんのかと思うしそのうち「将来の倫理観」持ち出して激論交わす人出てきそう
初期は芸術家は人格がどんなに破綻してても作品が素晴らしければ評価され、その作品のために自発的に献身する人もいる、だったのに、栗田さんが人格も素晴らしいと言い出したからおかしくなった。
士郎の母、滅私奉公で夫の偉大な功績が私の功績と同一化してしまうメンタルの持ち主だったという視点。虐待される姿を息子に見せて可哀想な自分の心のケアをさせていたとしたら…怖。
共依存の毒親の犠牲になった子供の精神は歪むという事例
山岡さんを一番成長させた出来事は、副部長の「仔牛音頭いくぞー!」だと思う(´・ω・`)
『新 美味しんぼ』は父・海原雄山に母親を奪われた主人公・山岡士郎が本当の意味で大人に成長するシーンがあるが、現代の倫理観では放送できなさそう
"劇中における雁屋哲の分身が山岡ではなく海原雄山であることの証左だと思う"
雄山を肯定するために後付けで色々持ち出して、建て付けがガタガタになっているという印象
“美味しんぼってだんだんと「剣客商売の息子視点のマンガ」みたいになっていって。山岡は精一杯頑張るし実力はあるけど、いいところで雄山が〆る。栗田のようなヒロインも夫である山岡ではなく雄山を立てる。全部老
主人公男女逆 人間関係とかまるっきり新規設定 料理対決ぐらいある ただのグルメアニメになってしまうか
山岡オイディプ郎
芸術家の男と暴力に耐えて支える女って関係、夫婦の間だけなら好きにすりゃいいけど、付き合わされる子供はたまったもんじゃないし、その関係を第三者(というか息子の妻となる女)に肯定させるのは、正直とてもキモい
まとめ人がつけたタイトルが酷すぎる。直すなら、原作「美味しんぼ」には〜というシーンがあるが現代の倫理感では放送できなさそう、あたりか
別に原作通りにやる必要もないのでは
左派に人の心はないからね。栗田とかフレネミーだよな。毒親と仲直りを強要してまた毒親の被害者を増やすやつ。海原雄山は孫にも同じように性加害するよ
この辺りの栗田一族の気持ち悪さはヤバい 虐待被害者を家族総出で「いつまで被害者面してるんだマザコン」とか言って追い詰めてシバキまくる醜悪さは凄いよ
マゾ(山岡ママ)がサド(雄山)をコントロールしていたなんて、士郎(外野)には分からんやろ。何なら死ぬことによって雄山の心の永久欠番になったんだろ、山岡ママ。自分を倒せるように化け物を育てる雄山も変態。
美味しんぼ、今読むと栗田ゆうこの「親父と和解しろ」ハラスメントがきつすぎて山岡が可哀想になるわ
新、ってことはアニメ化してないエピソードをアニメ化するのかな? 「こんな〇〇は食えないよ。1週間後に本物の〇〇を食わせてやる」のテンプレでオリジナル脚本でも面白そうだけど。
海原雄山役を大塚明夫さんがやるのか気になってる。新旧で実の親子が一つの役を引き継ぐってあるのかな?
処女厨の海原雄山が経産婦を愛せるわけないだろと思ったがよく考えたらコラだった
美味しんぼは料理はともかく独特の受け入れがたい気持ち悪さを内包していて、どうも好きになれん。
コナン並の文字量
ここまで擦られる。結局、名作ってことたんだろな。ちなみにおれのベストエピソードは第9話「寿司の心」。「俺は、、、ただ言わずにおれなかっただけさ、、、」に山岡の業がすべて言い表わされてる
余裕で表現の自由の範疇では(倫理観とかおいといて)
その点、刃牙の母親ってすごいよな。夫に心酔して息子をネグレクトしてたのは同じでも、最後はその息子のために夫に立ち向かうんだから。
やがて父になる。
長期連載で原作者が老いたから、視点が山岡側から雄山側になっただけだったりして。
夫婦間の事情は当事者にしかわからない部分があるというのは事実だと思うけど、息子である山岡にお前の問題じゃないのって言っちゃうのはストレート過ぎて、原作者はこういうのの処理あんまり上手くないんだなって
『HUNTER×HUNTER』みたいなセリフ量
DVという言葉がなかっただけで、当時でもDVとして描写されていただろう。何なら今の方が「女→男のDVもある」などと相対化するバックラッシュが進行し、「現代の倫理観では〜」などと陳腐な反ポリコレが横行している。
美味しんぼの連載当時は雁屋哲は40代で、主人公である山岡に自分を投影していたが、そこから数十年連載するうちに年をとって海原雄山に自分を投影するようになった……ということでしかないと思うが
この部分の描写の変遷は、案外社会の変遷を映しているように見えて今改めて見ると面白かったりする。
福島回かなり重要だけど鼻血出したせいで謎の圧力喰らって今も休載(実質打ち切り)状態で原作者生きてる間にはちゃんと完結して欲しいもんだがな。美味しんぼなんてデマ極論だらけなんだし割り切れるやろがい。
昭和のマンガだから、ストーリーの展開もアドリブ的に作られたし、昭和の価値観だし、現代基準の倫理観に合わないのは当然。
美味しんぼはネット民のネタにされすぎてて、コマの切り抜きとか下手するとコラ画像で語られることすらあるので、ちゃんと原作読んでそうな人達の議論自体が貴重。
傲慢で冷酷な初期の雄山は、話が進むにつれ厳しくも筋の通った大芸術家としての面が強調された。その煽りで山岡さんだけがいつまでも母親の事を引きずるマザコン男のように扱われたのは気の毒だったなあ。
コンプラ雄山「(皿を静かに置きながら)もしよろしければこの料理を作った料理人をお呼びいただけますか」コンプラ士郎「明日、この場所にまたきてください。残業代は支給します」
だから、そこまで放映してないアニメ版が人気というのもわかる気がする。 漫画版も面白かったのは、32巻ぐらいまでだった記憶。そこらへんまでは、テンプレに沿ったコナン仕立てのように安心感あったと。
前時代の権力者は頭おかしいっていうのは今まさにアメリカ大統領が証明してる
字が多い。マンガ下手だな。
登場人物全員山岡さんの鮎以下のカス(部長除く)だから大丈夫
確かに。作者が海原雄山に肩入れしすぎてる気持ち悪さは感じる / “栗田のようなヒロインも夫である山岡ではなく雄山を立てる。全部老人を中心に回っていく作品になる不気味さがある。”
雄山の件で山岡の味方をしたのは岡星の奥さんだけであまりに可哀想だった。栗子は最大の敵だし…。
読んだことはないが、唐沢寿明が憤慨しているシーンだけは覚えてる
今期やってた「鉄鍋のジャン!」のジャンなんてDV通り越して暴力による洗脳教育されてるんだけど、「原作は1990年代連載だから!」ってエクスキューズで他の問題シーンもろとも全て強引に押し通してたな…
修羅の世界だからな。母親の愛情に飢えていた山岡が大人になるしかない。栗田は海原雄山の肩を持つんじゃなくて、山岡の伴侶として慰めてやらなくちゃいけないんだけど、雄山の嫁という立場に陶酔してる感じはある。
栗田家のアレもあるけど、仲直りできた一番の理由は、途中で登場した金上鋭が過去の雄山の所業がどうでも良くなるくらいクズだった事も大きかったかと。あれだけカイジのキャラでしょ…
"ぶっちゃけ母親も息子を愛してたというより「雄山の息子だから」愛していた" 栗田の伯父さんの言葉を読んでないんだろうか。「母は、子供を愛するのとはまったく違う次元で、妻として夫を愛するのだ。」
裸一貫から銀座一等地に馬鹿でかい高級料亭興したんだから大したもんよな雄山!!!!!!!!!実業家として!!!!人たらしとしての能力が圧倒的すぎる!!!!!!!!
長期連載だし雁屋哲なので初期〜中期以降で人物設定はブレており”一貫性を持って設計された人物像”などハナからない。その前提のうえで、ポストにあるような”剣客商売の息子”的な方向性に収束していったのでは
なんだかんだで、みんな好きなんだね❤️
美味しんぼと刃牙は、父超えをテーマにするはずが作者の加齢で父の方に想いが入っちゃった双璧ですかねぇ。
栗田ゆう子を皮切りに登場人物が作者の思想を代弁する超越的存在になっていってこの漫画は崩壊するんだよな
ネタバレがひどい
結局悪しき父親的存在に勝てないのは男組でも。アレは学生運動が衰退する現実と重ねたかもだが / カリーにはバイオレンスで荒唐無稽でセンチメントな原作を書かせておけばよかったのに、時代がそれを許さなかったか
雄山のモデルとなった人(北大路 魯山人)は、もっと無茶苦茶でマイルド化されてるから、我々のくだらない論理感で測らない方がいいよ。
アニメしか見てないけど、山岡は雄山のせいで母親が死んだと思っている。実際のところは不明だが、栗田さんが擁護出来るような人とは思えない。主従関係でDVだ。いくら凄い人物であっても、許されるわけではない。
鉄鍋のジャンはヒロインが毒母になってるのを容赦なく描いているし、グルメ漫画は地獄やでえ…
「雄山」という権威の批判、否定、破壊させる目的で、読者を山岡に感情移入させるための仕掛けの数々では?であればここまで読者が考察するなら、作者はしてやったりだと思う。
建て増ししたせいで生まれた2面性と割り切れない部分が逆にリアルになっちゃたんだよね。山岡さんも結局子供視点だったわけだし
描き始めた時は作者は山岡視点だったのが、歳とって雄山視点に変わってったんだと思う。多分だけど自分の子供が成長したんじゃないかな。
受け入れ難い気持ち悪さがこの漫画の面白いところ
野望の王国の原作者ですよ……歪んでて当然
父親との対立が面白いんじゃないか。
栗田は海原雄山氏って呼ぶのか。
そもそも作者が傲慢として描いてきた海原雄山に情が移って無理筋な擁護、山岡の母親まわりもねじ曲げた解釈を入れた辻褄合わせに過ぎないのに、なぜ真剣に議論されてるのか不思議でしょうがない
家族へのDVを何故か賛美されている美味しんぼへのカウンターとして、ヒロアカのエンデヴァーの存在があるんやで。どう考えても反省させるのは山岡はんではなく、海原雄山の方。
『じゃああんたが雄山のキャラを壊さずに士郎と仲直りさせてみろよ』
id:ikaironic そもそも仲直りさせる必要があったのかって話でもある。もし仲直りさせるなら、雄山が折れるべきだったかな。頭を下げることは出来なくても、態度で謝罪を示すことは出来るってキャラだし。
前半の海原雄山の描写が酷いことについては、「山岡視点ではこう見えていた」という叙述トリック的なものとして私の中では解釈している。山岡の中で父を受け入れていくに従って雄山の見え方が変わってくる。
そんなことよりおむすび握ってあげてた頃の栗田さんを返せ。
雄山の初期設定からの変容は作品を長続きさせるために必要だったんだろうと思うけど、栗田の立ち位置は良く分からん。
むしろ、連載初期の共に無法者だった雄山と士郎を、上手に着地させたなという感想。長期連載ならでは。
この漫画ってモラハラする奴しかいないよな
前作アニメからもう35年経ってるんだね!新しいアニメも楽しみっ。
「私だってまさか乳首でイクなんて思っても無かったわよ」も現代の倫理観では/桑の実だ!
作者が人の親になったので父親属性に甘くなったとか言われていた記憶
「傍目には妻を虐待しているとしか思えないだろうが、俺は妻を心から愛しているし、妻もそれをわかっているからついてくるのだ」ってDVの一典型だもんな。
某少年漫画で大量の人体実験するような外道が後半で主人公と共闘するようになったらなぜか「いいやつ」っぽい雰囲気出してるの、マジでイカレてるけど、雄山もそれに近いw
これ自体は雄山世代が見てきた古い倫理観の中でも極端なものも雄山が引き継いでいて、山岡から見て悪役に置ける描き方というだけでは。決して良くはないんだろうが、古い作品を現代の尺度で語るのは好きじゃない
ここでも突っ込まれてるけど、妻に料理を何度も作り直させた雄山を芸術家の鑑だと擁護しておいて、自分が夫に味噌汁の作り直しを要求されるとブチギレる栗田ゆう子はダブスタ糞女だよなと当時から思ってた
山岡士郎はフロイト的なエディプス・コンプレックス全開ですね。カリーが分かりやすいキャラ付けとして誇張して書いたのだろう
左巻き、反体制でブイブイ言わせてきた連中が齢を重ねて地位を手に入れることで権威主義に転向する光景をはてな村では嫌というほど見せられてきただろう。https://tinyurl.com/pe6x2e5y https://tinyurl.com/2s3kw6tb
栗田さん言うじゃねえか /ちなみに世代としては海原雄山は昭和一桁生まれくらいだから、今だと95歳くらいのイメージ、山岡さんは70歳くらい。俺等が想像できるもんでもない。
この「現代の倫理観では無理じゃないか」ッていう指摘なんか流行ってんね。昔の倫理観で作ってますじゃいかんのかと思うしそのうち「将来の倫理観」持ち出して激論交わす人出てきそう
初期は芸術家は人格がどんなに破綻してても作品が素晴らしければ評価され、その作品のために自発的に献身する人もいる、だったのに、栗田さんが人格も素晴らしいと言い出したからおかしくなった。
士郎の母、滅私奉公で夫の偉大な功績が私の功績と同一化してしまうメンタルの持ち主だったという視点。虐待される姿を息子に見せて可哀想な自分の心のケアをさせていたとしたら…怖。
共依存の毒親の犠牲になった子供の精神は歪むという事例
山岡さんを一番成長させた出来事は、副部長の「仔牛音頭いくぞー!」だと思う(´・ω・`)