どうにでもなれーッ❢
はてな左派「死んだらモノやろ」言いそう。共産主義者ってそういう価値観だから中国みたいにポコポコ死刑するんだよな
30代で父を、40代で母を亡くして、比較的早めに親を見送った方だけど、もっと早くに親を亡くした人はどれだけ不安で悲しいだろうなとは思う。一人っ子なので、うっかり親より先に死なずに済んでホッとしてもいる。
そういう精神の混乱を儀式で宥めるのが葬式
無形の感情を所有する為に語彙が必要。
そういう人が出てくるのも含めて葬儀なんよな。泣き女なんて物を必要としないのが本来的ともいえる https://www.osohshiki.jp/column/article/065/
みなさん良かったですね。頼りになる親が居て。
葬儀も埋葬もせず、腐敗していく遺体を見てたって「限界すぎ」となるだろうし、中止せず早めに骨壺やお墓に入ってもらった方がいいとは思う。形があるのに冷たくて動かないのは辛いよ。殯やってた古代人はすげーわ。
参考。ちいかわに出てきた奴はこれ https://x.com/ngnchiikawa/status/1385930321837785095
そういう遺族の心の有り様を含めて宥めるための儀式がご葬儀であり、最後の納骨なんだと思う。確かに大好きな家族が突然いなくなるのはキツいよね
今両親のどちらかが死んでもこれほど悲しめない気がしているので、とても大切な家族との死による別離の苦しみを味わうのと死を悲しめないのはどちらがつらいんだろうなと考えたりした。まぁ比べるものではないな
ロースおじさんの「ハイ中止~~~~」を思い出す
葬式までは平気だったのに母親の亡骸が焼かれる瞬間に足に力が入らなくなってぶっ倒れたのはビックリしたな。その当時10代で健康優良児だったのに。自分が思うより精神って脆い。怒りや笑いに変えるのいいと思う
ずっと昔、仲の良かった兄貴分が事故で死んで、通夜には間に合わず納骨後の葬式だけ出た(そういう順番だったんだ。厳密には葬式じゃなかったのかな?)。死に顔も見てなくて、今でも死んだのが信じられない
通夜とか葬式でお坊さんがお経読んでるときよりも棺桶のフタ開けて遺体の周りに花入れる時間と、棺桶を火葬場の窯に入れる瞬間、人生で一番泣ける。
半強制的に忙しくさせるのが目的といってる人もいたな
初めての身内の葬式が大好きな祖父で1週間後に大学入試で情緒が完璧におかしかった。親戚に「だんだん慣れる」と言われたがその通りだった。父を看取りながら病室でコンペの準備してたり。
おれはそれ以上に「式」が嫌で嫌でさ。だから終わらせて親のない「日常」を早く取り戻さなければって思った。まあこれは子供がまだ手がかかる年齢だったのも功を奏したのかも。
15で母を亡くしたとき同じようなことを思っていた。葬儀中ずっと死という現実を突きつけられてるわけで…火葬後骨になった姿見ると余計に。父の時にはもう慣れたが。
出棺までは結構悲しみあるけど骨になると結構どうでもよくなるんで骨にするの大事だなって思ったな
足が悪い以外元気だった父が転倒死したことはずっと心の傷になっている。葬儀は親戚の余計な口出しや場違いな言動に憎しみすら湧いた。数ヶ月すれば多少は立ち直れたが、立ち直った自分の薄情さに嫌悪感がある
闘病や呆けてしまった姿を見ていると、やっと苦しみから解放されたんだと、寧ろ喜ぶ事もある。
赤べこはどういう意味なの?
27で父が早逝。湯灌良かったよ。葬儀まで時間もあったのでゆっくりお別れできた。ずっと嗚咽してたけど、自宅で丁寧に湯灌してもらえたのは本当にありがたかった。
マジレスすると死ななくても限界になることはある。かといって選べるもんでもない
親しい人との死別は大きなストレス要因。自覚がなくても大きなダメージを受けていると思った方が良い。https://www.niph.go.jp/journal/data/42-3/199342030005.pdf
そう思えるほど大事な親を持ってるのがもう眩しい。
両親が金婚式を迎えるくらいの歳になるまで元気で生きているというのは幸せなことなんだな
今まであんまり周囲で人が死んでこなかったので、これから死がラッシュで来ると思うと結構気が滅入る
しんどい時はこのチャプター飛ばしたいなとか思う時もあるよな
これに耐えられない人がいるから宗教があると言っても過言ではない。これから日本人の課題になっていくんだろうか。
中止といえばロースおじさんね。https://news.livedoor.com/article/detail/8877251/
自分の長所の一つに『死を受け入れるのが早い』があると思う。20代の頃から祖父母、父と順番に見送っても喪主だろうと参列者だろうと別に死でしかなかったのよね。短所は自分以外に寄り添うのが苦手な所…。
たとえ葬式本体が大丈夫でも出棺で涙腺崩壊するのは、若くして喪主した時の自身の実体験であるので、幸い未経験の皆様は出棺の破壊力のヤバさにご覚悟ください。それまでは意外と現実感がないのかもしれない。
20代で父親が逝ったけど、葬式の前に棺桶の中にいる父親を見ながらペットセメタリーで妻を蘇らせようとした夫の気持ちを想像してた。冗談でした〜! って起きてほしかった。
親は病気で緩やかに死に向かっていたので、葬式の保険とかもバッチリ入っていた。それでもやっぱりその日が来ると、メンタルがやや崩れたので、若い時分に突然、だと本当に強いストレスかかるな、と思った。
小学5年生で祖母が亡くなったときは目の前で突然倒れてそのままだったんでこんな感じだったな。つい最近両親も亡くなったけど二人とも老衰という感じでいろいろ予期していたんで不思議なくらい冷静だったっけ。
早く親に死んでほしい人がいなくてみんな羨ましいわ
文字書きとか二次創作とか”炎上ウケ狙い”だろって暴言はくくらいTWITTERやtogetterの嘘に翻弄されてきました
人間、つらいときはまともな人のフリしないで済む方法があってもいいよな、と思うことはある
今時知人レベルの間柄で火葬までご一緒したけど、起きる可能性がまだあると思える焼く直前からお骨になって戻ってくるら辺が自分としてはピークだなと客観視できたよ。程度の差はあるけど遺族の嗚咽は仕方ない
密送→落ち着いた頃にお別れの会という方法もある。
息子娘の葬儀の空気の重さはヤバい
母親、事故で死んだけど全くこんなふうに思わんかったな。まだ生きてる父親とは関係性が悪いのでそれ以上に何も思わなさそう。面倒な感情と無縁でよかった。
中止でーすのあいつも何かあって永遠に中止に囚われてるんだろうなって思っちゃったじゃないか
親御さん大好きだったんだね。俺には無理かな
喪主を2回やったけど神妙な顔して挨拶しながら、心中では神輿担いでわっしょいしてた
伯父が急逝した時と祖母の気持ちがこうだったんだろうなと今なら思う……
40代で両親を亡くしたけど、自分に子供がいるとそこまで思い詰めなくて済むかな。でももしも子供の葬儀だったとしたら…地獄の苦しみだと思う
分かるよ。自身が生きているからこそ、喪う苦しみが存在する原因なんだよ。死は救済。新たな生命など以ての外。
20代で母を亡くした時より、50代で実父、妻、義父と毎年亡くなった時がしんどかったなぁ。鬱の治療中だったが、これから鬱になってもおかしくない状況と言われたっけ/ちいかわの「中止で〜す」討伐されてるじゃん…
id:hirorinya 同意でただひたすらに無言でうなずきし続けるしかないって意かと / 突然すぎるとちょっと巻き戻して今まで通りの無かったことにできるのでは?って思っちゃうんだよね…手が届きそうだけどありえないのに
葬儀は死者との折り合いをつける、生者のためのものってのは持てるもの・強者の理屈で、悲しくて折れた人には葬儀をひらいて弔問者に対応する魂の充電ものこってないんですよ。葬儀をやらない人にとやかく言わないで
高1の時父が借金で自殺した。式の間ずっとイラついてた。気づかなかった自分に、逃げの自殺をした父に、大学へは行けず高卒で就職が決まった未来に、知った顔でなんか話してる外車で来たお坊さんに。若かったなー
仲悪かったわけでもないけど、比較的早めに他界して、まあ病気だから急でもなかったけど、淡々としたものだったかな。こういうの読むと世の中の人は感情豊かなんだなと。
親の葬儀中、マジで限界すぎて「中止で~す 中止 この催し 親の死という事実そのもの ぜんぶ」って激ヤバなちいかわのでかつよ怪異みたいになって終わりだった 中止で~~~~〜〜〜〜〜〜〜す→「事故で親亡くしたから赤べこ 今からでも中止で〜〜〜〜〜すしたい」
どうにでもなれーッ❢
はてな左派「死んだらモノやろ」言いそう。共産主義者ってそういう価値観だから中国みたいにポコポコ死刑するんだよな
30代で父を、40代で母を亡くして、比較的早めに親を見送った方だけど、もっと早くに親を亡くした人はどれだけ不安で悲しいだろうなとは思う。一人っ子なので、うっかり親より先に死なずに済んでホッとしてもいる。
そういう精神の混乱を儀式で宥めるのが葬式
無形の感情を所有する為に語彙が必要。
そういう人が出てくるのも含めて葬儀なんよな。泣き女なんて物を必要としないのが本来的ともいえる https://www.osohshiki.jp/column/article/065/
みなさん良かったですね。頼りになる親が居て。
葬儀も埋葬もせず、腐敗していく遺体を見てたって「限界すぎ」となるだろうし、中止せず早めに骨壺やお墓に入ってもらった方がいいとは思う。形があるのに冷たくて動かないのは辛いよ。殯やってた古代人はすげーわ。
参考。ちいかわに出てきた奴はこれ https://x.com/ngnchiikawa/status/1385930321837785095
そういう遺族の心の有り様を含めて宥めるための儀式がご葬儀であり、最後の納骨なんだと思う。確かに大好きな家族が突然いなくなるのはキツいよね
今両親のどちらかが死んでもこれほど悲しめない気がしているので、とても大切な家族との死による別離の苦しみを味わうのと死を悲しめないのはどちらがつらいんだろうなと考えたりした。まぁ比べるものではないな
ロースおじさんの「ハイ中止~~~~」を思い出す
葬式までは平気だったのに母親の亡骸が焼かれる瞬間に足に力が入らなくなってぶっ倒れたのはビックリしたな。その当時10代で健康優良児だったのに。自分が思うより精神って脆い。怒りや笑いに変えるのいいと思う
ずっと昔、仲の良かった兄貴分が事故で死んで、通夜には間に合わず納骨後の葬式だけ出た(そういう順番だったんだ。厳密には葬式じゃなかったのかな?)。死に顔も見てなくて、今でも死んだのが信じられない
通夜とか葬式でお坊さんがお経読んでるときよりも棺桶のフタ開けて遺体の周りに花入れる時間と、棺桶を火葬場の窯に入れる瞬間、人生で一番泣ける。
半強制的に忙しくさせるのが目的といってる人もいたな
初めての身内の葬式が大好きな祖父で1週間後に大学入試で情緒が完璧におかしかった。親戚に「だんだん慣れる」と言われたがその通りだった。父を看取りながら病室でコンペの準備してたり。
おれはそれ以上に「式」が嫌で嫌でさ。だから終わらせて親のない「日常」を早く取り戻さなければって思った。まあこれは子供がまだ手がかかる年齢だったのも功を奏したのかも。
15で母を亡くしたとき同じようなことを思っていた。葬儀中ずっと死という現実を突きつけられてるわけで…火葬後骨になった姿見ると余計に。父の時にはもう慣れたが。
出棺までは結構悲しみあるけど骨になると結構どうでもよくなるんで骨にするの大事だなって思ったな
足が悪い以外元気だった父が転倒死したことはずっと心の傷になっている。葬儀は親戚の余計な口出しや場違いな言動に憎しみすら湧いた。数ヶ月すれば多少は立ち直れたが、立ち直った自分の薄情さに嫌悪感がある
闘病や呆けてしまった姿を見ていると、やっと苦しみから解放されたんだと、寧ろ喜ぶ事もある。
赤べこはどういう意味なの?
27で父が早逝。湯灌良かったよ。葬儀まで時間もあったのでゆっくりお別れできた。ずっと嗚咽してたけど、自宅で丁寧に湯灌してもらえたのは本当にありがたかった。
マジレスすると死ななくても限界になることはある。かといって選べるもんでもない
親しい人との死別は大きなストレス要因。自覚がなくても大きなダメージを受けていると思った方が良い。https://www.niph.go.jp/journal/data/42-3/199342030005.pdf
そう思えるほど大事な親を持ってるのがもう眩しい。
両親が金婚式を迎えるくらいの歳になるまで元気で生きているというのは幸せなことなんだな
今まであんまり周囲で人が死んでこなかったので、これから死がラッシュで来ると思うと結構気が滅入る
しんどい時はこのチャプター飛ばしたいなとか思う時もあるよな
これに耐えられない人がいるから宗教があると言っても過言ではない。これから日本人の課題になっていくんだろうか。
中止といえばロースおじさんね。https://news.livedoor.com/article/detail/8877251/
自分の長所の一つに『死を受け入れるのが早い』があると思う。20代の頃から祖父母、父と順番に見送っても喪主だろうと参列者だろうと別に死でしかなかったのよね。短所は自分以外に寄り添うのが苦手な所…。
たとえ葬式本体が大丈夫でも出棺で涙腺崩壊するのは、若くして喪主した時の自身の実体験であるので、幸い未経験の皆様は出棺の破壊力のヤバさにご覚悟ください。それまでは意外と現実感がないのかもしれない。
20代で父親が逝ったけど、葬式の前に棺桶の中にいる父親を見ながらペットセメタリーで妻を蘇らせようとした夫の気持ちを想像してた。冗談でした〜! って起きてほしかった。
親は病気で緩やかに死に向かっていたので、葬式の保険とかもバッチリ入っていた。それでもやっぱりその日が来ると、メンタルがやや崩れたので、若い時分に突然、だと本当に強いストレスかかるな、と思った。
小学5年生で祖母が亡くなったときは目の前で突然倒れてそのままだったんでこんな感じだったな。つい最近両親も亡くなったけど二人とも老衰という感じでいろいろ予期していたんで不思議なくらい冷静だったっけ。
早く親に死んでほしい人がいなくてみんな羨ましいわ
文字書きとか二次創作とか”炎上ウケ狙い”だろって暴言はくくらいTWITTERやtogetterの嘘に翻弄されてきました
人間、つらいときはまともな人のフリしないで済む方法があってもいいよな、と思うことはある
今時知人レベルの間柄で火葬までご一緒したけど、起きる可能性がまだあると思える焼く直前からお骨になって戻ってくるら辺が自分としてはピークだなと客観視できたよ。程度の差はあるけど遺族の嗚咽は仕方ない
密送→落ち着いた頃にお別れの会という方法もある。
息子娘の葬儀の空気の重さはヤバい
母親、事故で死んだけど全くこんなふうに思わんかったな。まだ生きてる父親とは関係性が悪いのでそれ以上に何も思わなさそう。面倒な感情と無縁でよかった。
中止でーすのあいつも何かあって永遠に中止に囚われてるんだろうなって思っちゃったじゃないか
親御さん大好きだったんだね。俺には無理かな
喪主を2回やったけど神妙な顔して挨拶しながら、心中では神輿担いでわっしょいしてた
伯父が急逝した時と祖母の気持ちがこうだったんだろうなと今なら思う……
40代で両親を亡くしたけど、自分に子供がいるとそこまで思い詰めなくて済むかな。でももしも子供の葬儀だったとしたら…地獄の苦しみだと思う
分かるよ。自身が生きているからこそ、喪う苦しみが存在する原因なんだよ。死は救済。新たな生命など以ての外。
20代で母を亡くした時より、50代で実父、妻、義父と毎年亡くなった時がしんどかったなぁ。鬱の治療中だったが、これから鬱になってもおかしくない状況と言われたっけ/ちいかわの「中止で〜す」討伐されてるじゃん…
id:hirorinya 同意でただひたすらに無言でうなずきし続けるしかないって意かと / 突然すぎるとちょっと巻き戻して今まで通りの無かったことにできるのでは?って思っちゃうんだよね…手が届きそうだけどありえないのに
葬儀は死者との折り合いをつける、生者のためのものってのは持てるもの・強者の理屈で、悲しくて折れた人には葬儀をひらいて弔問者に対応する魂の充電ものこってないんですよ。葬儀をやらない人にとやかく言わないで
高1の時父が借金で自殺した。式の間ずっとイラついてた。気づかなかった自分に、逃げの自殺をした父に、大学へは行けず高卒で就職が決まった未来に、知った顔でなんか話してる外車で来たお坊さんに。若かったなー
仲悪かったわけでもないけど、比較的早めに他界して、まあ病気だから急でもなかったけど、淡々としたものだったかな。こういうの読むと世の中の人は感情豊かなんだなと。