何度見てもよい
藤子・F・不二雄の名作「老年期の終り」が無料公開中。人類が老衰するまで長らえたのはめでたいというべきかもしれんと言う老人が未知の宇宙に飛び込む若者の無茶な冒険を仰ぎ見る。歌おうマギー若き日の歌を……
手塚治虫の何かも、こんな未来感だったっけ? “文化の停滞も問題だ。ここ300年、これといった発見も発明もない。何よりも、新しいものに目を向けようとしなくなった。人類全体の性行がそうなっている。”
藤子・F・不二雄のSF短編は今読んでも刺さる名作が多いし定期的に読み返したくなる
さすがやなぁ…って感じ。絵もほんま上手い。タイトルもええね。
39(241)ページで終わりかと思ったら続きがあってびっくりした。まあ流石にあそこで終わりだと長い短編の終わりとしては尻切れトンボすぎるか
人類が希望を失って行きつく先は自己消滅なのか?そこが納得いかない。銀河系の資源を貪り尽くすまで営みを続けると思う。
火の鳥の未来編でも、文明が進歩した末に種としての人類の生命力が衰えた未来が描かれてたが、「人類の黄昏」みたいな考え方が流行したのかな? と思ったが、未来編が60年代末で、老年期の終わりが70年代末
まあ冷静に考えたら6千年もの隔絶があって会話が成立するはずがないのだが。ラグラングの人々が異様に物わかりがよく古代人(イケダ)に優しいのも人々皆が「老年」だからだろうか。
幼年期の終わりは知っていて当然というSF強度
AI にすべてをゆだねた結果こうなりそうだね
今となるとすごく実感を伴う。 そういやスタートレックも23世紀設定だよな。 実は21世紀で人類が老い始めるとは。
藤本先生は偉大なるマンガ家なのか、それとも預言者なのか。
今の世の中見ていたら人類は後1000年存続するのかなって思った。色々制限がありセックスすら自由にできない。少子化拗らせて皇族でさえ存亡の危機。たかだか戦後数十年でこれだからな。純日本人も絶滅に向かっている
何度読んでも「そんなのいやだ!!」のシーンがグッとくる
すごい。タイトルもすごい。
テーマも漫画そのものも色褪せない感動がある。500年前の絵画が人々の心を動かすようにこの人の作品も傑作として受け継がれていくんだろうなと思う。
この司書のおじいさんを凄く羨ましいと感じる
これも名作だよなぁ。この世界が生きるに値するか怪しいと私は思ってしまっているが、子供や若者のやみくもな希望に触れると、それが錯覚だと分かっていても、いっときは明るい気分になってしまう。
宇宙が出来て138億、地球が出来て46億、生命が誕生してから40億。我ら地球人類がこの宇宙で最初に生まれた知的生命だとしたら。生命として老いるのも我らからだろう。
誰の作品かもわからずブクマから読み始めたが、藤子不二雄が手塚治虫の影響受けたマンガだと素直に理解して読みきって、やはりそうだったと情報を見て気づいた。描かれた未来へのビジョンが現代と被ってしまう。
2026年9月無料公開 自分はこの作品を上位に位置づけない(冷凍睡眠で宇宙を旅する男を、技術革新でワープを開発し追い越す子孫…って元ネタあるし)けど、逆にSF短編は上位でなくても魅力ある、のだ。
1978年の作品らしいけど、当時と違い今の日本ももう老年期なのかな。・・・なんて考えながら読んだ。この曲もyoutubeで聞けた。エリクソンによれば、青年→成人→壮年→老年という順番らしい
もしこの生成AI時代にF先生が生きてたらどんな漫画描いたんだろうなと時々思う
状況説明をセリフに落とすのがすごく上手い。一方で、お話自体はとってつけたようなドラマだった。不思議で面白いとは思うけど、設定を描くためのお話という感じ。
ずっと寝てた癖に(・ω・)
この流れだと『宇宙人』も来るかな
50年の月日は本当に長いのだな。当時から変わらぬものと、何周も変わってしまったものと両方読み取れる。自分の寿命内でもこれだけの変化なのだ。人類史はまだ初期なのだと思わされる。
/藤子・F・不二雄 ( https://dora-world.com/reading_manga )
F先生もたった50年で日本が老年期になってるとは思わんかったやろな
この衰退の気分みたいなものは非常に現代的というか、現代日本を覆うムードと奇妙にシンクロしているが、翻って70年代の日本にもこんな空気が一部にでもあったのだろうか。炭鉱町の閉鎖とかはそれにあたるか?
人口の減少、出生率の低下が衰退の始まりというのが、今に重なるね
わからないまま おわる そんなのは いやだ!
ご存命であれば90代…今の時代にどんな作品を描かれただろうか…見てみたかった。
イケダは22ページ目まで、異星文明に出会ったと思ってて、次のページで『相手は地球文明』と気付いたはずなのに『たった60日で地球へ』の方にショック受けてんだよな。よく判らん男だ。
出生率の低下なぁ、まぁいずれは地球も
52年クラーク「(地球)幼年期の終わり」種としての人類は行き詰まり極一部の新人類の赤ん坊が宇宙へと旅立つ 48「銀河帝国の崩壊(都市と星)」かつて銀河中に広まった地球文明も今は地球に閉じこもりやがて若者が
ワイルド星人
私たちの世界も人口増加が停滞し、同じように衰退に向かうのだろうか。残念ながら、宇宙へ目指す事はなさそうだ。
まだ世の中が上り坂で明るかったであろう1978年にこんなストーリーをよく描けたな。すごい。/よくよく考えたら終戦直後体験してる人には想像しやすいかも。
やっぱり面白い。最後のコマがいいのよ
こういった人類滅亡系だとマシスンの「生き残り」を思い出す
冷凍睡眠とラストの見送るシーンはアーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」のオマージュかと思います。
初めて読んだ。1978年(昭和53年)の作品!?なんかもうすごいわ…。
絵がいいなー。リアルタッチで描くより寓話的になるというか⋯
人類が星へ行くならボクも連れてって!宇宙でマタタビ探ししたいにゃ。
唐突に挿入されるラッキースケベサービスカットに藤子F節を感じる
現実にはもっと早く衰退して、少子化が大問題になったのであった。この作品が出た頃は人口爆発が憂慮されていたので、宇宙に人類が飛び出すのは自然な感覚だったんだよ。
「幼年期の終わり」のオマージュであろう本作が1978年なのかぁ。ブラボで影響されて読んだ「幼年期の終わり」ってそんな古かったんだなぁ、、
人類はしぶといなあ
宇宙間航行ができるくらい発展して6千年も経ってしまうと、確かに種として老年期を迎えるってのはあるのかもしれない。ところがどっこい人類は愚かで欲深いので、2026年に世界大戦・絶滅を迎えそうな境界に居るんよ
ほんと極上の短編やな
かの『カンビュセスの籤』と表裏一体というか。ともかく読めて良かった。
藤子不二雄先生は1980年代から環境問題や社会問題を漫画を通じて発信してたけど、太陽光パネルで森を破壊したり、利権のためだけに移民を受け入れまくって治安を崩壊させたりと、今の日本にはがっかりするだろうな
恐竜は1億年以上繁栄したのになあ。旧人類だって10万年単位で種があったはず…
歳をとるってそういうことなんだろうなあ…若さって大事や…
おとなしい羊の群れから 飛び出したいのだ うつむいた仲間と別れて 走りたいのだ たとえ終わりが あってもいい そこに始まりが 宿っているならば / 岸田智史『重いつばさ』
グレートフィルターに阻まれて宇宙に進出する前にエネルギーが枯渇して文明が終わる未来。オーバーロードなんてなかった。
ヤリ船(おい
老年期が終わったら次は死か?いや違う!新しい生だ!と、諦めを拒否する若さが眩しいね。/孫娘を未知の世界に送り出し、祖父は故郷であるラグラングで、若い日の夢を見ながら静かに眠りにつくのだろう。
宇宙の星とビルの場面とか星が見えてるだけなんだけど本当に宇宙と星がよすぎる
構図がいちいち絵になる
未知の惑星を目指していたはずなのに医者がいないと安全に目覚められない冬眠機はおかしいよ
最高
石黒正数ってほんとFの影響だなぁ。あと大友克洋
「2001夜物語」でも、疲れて地球に引き返してゆく人類が描かれていたな。
手塚治虫って生きてたらまだ90代なのか。みな水木しげる見習ってほしい
さすがですな
育児してると人類が活力失って衰退してるなんて感じまずしないけどね。
老年期が終わり、そしてまた始まる感じは手塚と重なるけど、火の鳥が介在しない分、藤子Fは人類の主体性を信じてるように思えた。
藤子不二雄F先生の45才の頃の作品だそうですよ。何ですかその年でこの世に対する達観。
イケダ氏、地球に戻ってから最新の宇宙船で旅に出た方が色々と捗るだろうに。まあ、アタオカでなければ老衰した少女のハートに火をつけられないよな。
懐かしい
id:neet_modi_ki<日本での牧歌的な成長幻想は石油ショック(1973)で一旦は完全に止まりますね。70年代は公害(光化学スモッグ等)とか成長の限界(ローマクラブ)とかも流行ってたので、科学の未来が明るい時代ではない気はします
ヒロインがちょっと舞台装置すぎて都合がいいんだけど、それを飲み込めれば良い話だなーとおもう
アーサー・C・クラークの幼年期の終わりは読んでないけど、面白かった。なんかこうテンポとかレイアウト、表現力に異様な読ませる力がある。
タイトルはA・C・クラーク作品のもじりだが,冷凍冬眠宇宙船が超光速宇宙船に追い越されるネタはA・E・ヴァン・ヴォークトの短編『はるかなりケンタウルス』から。
3000年後の日本(あれば)人も「藤子不二雄は面白い。いまだにずーっと面白い」っていってくれるはず。
すこしふしぎ
小松左京『神への長い道』(1967年)がコールドスリープ、種の老成、未知へ希望を扱っている。老年期の終わりは1978年。
素晴らしい
白い少年から天使かと思った。幼年期の終り級の傑作
70年代は共産革命の前夜祭が蜃気楼で終わった後の鬱状態という構造についての芸術が山ほどあるので時代の空気感ではあるのでは。初期村上春樹とかもこの人類史的鬱状態を前提にした個人のブルジョワ幸福が舞台装置
めちゃおもしろいな、天才かよ
お爺さんの「人類が宇宙全体に広がっていって何になる?」というセリフが枯れた心の表現として強烈すぎて印象に残ってる。
激しく今さらというかものすごく失礼な言い方になっちゃうけど、マンガがむちゃくちゃ巧いなあと思ってしまった。シンプルな線、確かな手触りのある描写、突然ぶちこまれる「あれだ!」の大ゴマ・・・
このページ数で、映像にしたら90分いける内容が入っている。
F先生のSF(すこしふしぎ)シリーズは本当にどれも名作。宝石箱のようなシリーズだよな。こんなスケールのでかい話を読んだら、どこぞの島国が老年期だとかちっぽけな話でしょ。まだ、人類は火星にすら行ってないのに
読みやすさが桁違いよね
昔読んだ時は素直に感動したものだが、今見ると「行った先に親切な知的生命体がいて解凍してくれるギャンブルをもう1回やるの? そこは改善してからやろうよ」という気分になる。
さすがに思考がもう古いと感じる。インフラが無くなるのに一人残る老人とか、解凍される保証もないのに二人で冷凍状態になって虚空に旅立つとか、夢想的すぎる。
映画化してもいい位の完成度。ドラえもんにも通じるが自分はF作品の構図と画角とあえて描き込まない空白の使いこなしがすごく好き。
幼年期の終わりというアーサー・C・クラークのSFのオマージュ部分が分かる人がどれだけいるか?
1973年に発生したオイルショックで経済はメチャクチャに。作品発表時の1978年は景気の回復期に差し掛かっていたが世相は明るくなかった。また中ソは対立が激化。ポルポト政権で大量虐殺発生。暗い時代だったのでは。
いま読むと相当おセンチな話なあ。当時はどうしてこの人ら極端な行動してるのかと思ったけど、生まれた星を捨てるって特別なイベントがおセンチムードを加速させてるんかなあといまは思う。長らく住んだ家を壊す感か
我々は現段階でも低密度周縁地域にインフラ縮小・コンパクトシティ化(というかぶっちゃけ切り捨て)を希望する精神を手に入れているので、汎銀河文明になっても同じことをやっている未来は容易に想像できる。
せ、せつない
翌年のファーストガンダムが「増えすぎた人口を…」ってやってるのに、こっちは出生率の低下を予見してるのね。最近フィクションでも宇宙モノ少ないし、六千年待たずとも老年期に来てる感。
あれだけ繁栄しても戦争や事変1つなかったのか、とは思った。争いや破壊された形跡もない。よく言えば、成熟なのかなーとか。
面白かった。映画を見た気分になれる。 冒頭部分の乗り物の擬音が「ルルル」なのが微妙な違和感。
たった45ページ。何という漫画の上手さ…
子どもの頃にこの作品を読んだ時の感想が「6000年後にタイムスリップしたと思えばいいのになぁ」だった。
意欲が衰退するってのはわかるな……
ゴールドラッシュ後の米国西部とか、今の日本の地方都市はこんな感じかな……
バカみたいに無謀。銀河の終焉が迫っているわけでもない。エスパー魔美・収録作 「雪の降る街を 」の回はマンガくん(昭和53年3月25日号)に掲載され、当作は同年8月号のマンガ少年に掲載された模様。パパの無謀さを
これ読んでる人で、幼年期の終わりを読んだことない人いるの?(読みなさい
ブコメを読んでいると世紀末思想が何故か日本で流行っていたことも認識されなくなりそう(自分も理解はできんが)
自分が老年だからといって他人を巻き込むなという話を読んだ感想が「50年で日本が老年期になってる」だからな。君たちが老年で終わっただけで、まだまだ頑張る人はいくらでも居るよ。
若者達の行動に無謀と思うか、老人の行動に哀れと思うか。地球に戻る人達だって希望が有る理由では無いのも切なく感じる。
人類が繁栄後に衰退する話としては、星新一「最後の地球人」や小松左京「神への長い道」などわりとある。
おじいちゃんが泣ける。
いろいろ飛躍しててその心理にはいたらないだろという感じはあるが創作のキャラはそう動かないと物語にならないものな
コメ欄の感想の差も年齢の差がありそう
昔読んだときはフーンって感じだったけど今読むとまた違う感慨があるな
「幼年期の終わり」より先にこっちを読んだわ
多分、自分自身が終わりに近づいたからこの話がグッと来るんだろうね。人口の3割が60歳以上っていう若者にフタがされた状態の今の日本はこの話と別だよ。
いや、今の日本が暗いのは経済政策がまずいから。財政緊縮をやめれば景気良くなって明るくなるよ。まずは消費税廃止からやろう
作中アメリカ民謡「マギー若き日の歌を」原曲はパブリックドメインだけど、訳詞はまだ権利期間中でj-widでも管理中。スマホなので隅まで見れてないが著作権表示あったかな?/追記電子書籍単行本奥付にはJASRAC表示あり
SFを1000冊読むと、大体のパターンは出尽くしていると感じて老年期のような気分になるものだったりするかも?いや2000冊くらいかな?
小学生の時に読んだ時と今では感じ方が違う。
1933年生まれなので1978年発表なら45歳か。たぶん一番こういう気分になる年なんじゃないかなと思う
圧巻。映画を一本見た後のような読後感。
現実的に人口減少で離島や山間部の自治体が解散して都会に移住なんて事は進行形だしこれから増えるだろう。問題はそれが意欲の問題ではない事だ。資本主義的合理性は人口の縮小と居住の集中を内包している
天の川銀河の外に行こうとしてアンドロメダ銀河に行くと、結局戻ってきてしまうのだ。
1978年の時点で出生率低下の影響がどの程度認識されていたのか気になる
1978年(昭和53年)初出。50年近く経ってるのにまったく古びれないな。読みやすさも読後感もピカイチだ
本当に痺れるよ、今2026年でも面白い
この作品発表当時と現在で、イケダに共感した読者の割合がどう変化したかは興味ある。「ただもっと遠くを目指す無謀な冒険」に共感する人が減ってるのは確実だと思うがどうか。
マリモくん推し。/F先生が44歳のときの作品。ブクマカの世代にぶっ刺さるのか。当時(昭和53年)に『マンガ少年』で読んだかつての少年も今やまさに老年期か。感想を聞いてみたい。
星野之宣が「2001夜物語」で同じテーマを扱ってる。https://ja.wikipedia.org/wiki/2001%E5%A4%9C%E7%89%A9%E8%AA%9E不二子先生の方が先なのは流石だなあ。
やがて訪れるもの。
読む人の年代によって感想が変わりそうな作品だな しかしこの短い中に複雑な設定と簡潔な起承転結を詰め込んで物語を描く技術においてこの人の右に出る人はいないな
F先生の漫画の上手さはコマ割り、背景美術、カメラワークといったあたりに強く感じる。最初の見開きからすでに惚れ惚れする。最近大長編ドラを電書で買い直しているが引きのカットがいずれも絶品すぎて最高
F先生のトラウマ製造器降臨
何でやろ萩尾望都の「スター・レッド」思い出した
懐かしいな。
表紙が「未来に向かって走るぞ!」「すごい!ついていかせて!」って感じでは全くないのがまた味わい深い。
年寄りの自分にはイケダとマリモがただただ眩しい。
宇宙の深淵、アプスーも思い浮かぶが、ヴィシュヴァールーパか。ダム開発で沈んだ集落、火山が近い限界集落だと、わしはここにとどまるがリアルに感じられる。あてどなく彷徨うにも新しい生活するにも身が持たない。
既存SFが外宇宙に希望を見出しがちな中、暗黒森林理論を持ち出してきた中国人に感心する。原神でもそんな感じの話が出てきた
「あれだ!!」のシーンすごく好き。
手塚治虫の『火の鳥』シリーズにも宇宙に進出した人類が活力を失って地球に引きこもるようになると言う描写があった。諸行無常で盛者必衰なのは、日本人は大好きだよね。
老年期の終り(SF短編)
幼年期の終わり買ったけどまだ読んでないんだった。それにしてもカッコ良すぎる。
70年代みは感じる。20世紀中のコロニーを予想してた頃の作品が2057年としてるのは面白い。種が老衰し揃って地球に引揚げてく設定は今の科学観からは無さげ。また、帰還船の3万6500分の1…時速50kmに対し時速1mで行きます?
古びないなあ。表現も絵も原典に近いというか普遍的というか。
おおお…上手い……………………………
やっぱ天才だよな。絵柄は古さを感じるけどストーリーは今でも全然ありでは
初めて読んだのが多分40年くらい前だ。中学生の時は、他の短編と違って地味に感じ、あまり感銘を受けなかった。今読むと…これは、じんわり来るねー
少し不思議どころかガチのSF作品、藤子・F・不二雄先生による示唆に飛渡名作
今見るとキリコとフィアナみもある
哲学・文芸作品としては素晴らしい。ジンワリ来る。ただ6000年間も宇宙へ拡散し続けた人類に関しては「All Tomorrows(最終的には10億年の人類史)」見ちゃうと言語が通じる通じない以上の根本的変化があると思う
ドラちゃん. 試し読. ミー
星野之宣だったらもっとやるせなくさせるけど、そこはF先生。この絵柄に救われる。
天才の描いた漫画である。メモとしてはこれで十分。
さすが。はてブで上がってくる読み切りとは格が違うねやっぱ
SFパクってりゃ評価された昔
ざっと読んだだけの雑感想だがワープ航法でそこそこ気軽に行き来できるようになってもその星自体がただの中継基地以上の存在にはならなかったんだなって
骨董品の宇宙船で行こうとするせいで当人達は命を賭けた大探索のように思ってるけど現代人からすると庭先に散歩に行くくらいの距離感なのが何とも。
当時はギラギラの時代みたいなブコメあるけど、70年安保、あさま山荘で政治の季節は終わり、73年のオイルショックで経済的には完全に頭打ちと発表当時(78年)がまさにこの作品の空気間。昭和の解像度も大分落ちてきたな
私だったら地球に戻るなあ、と思っちゃった。老年期なのかな
とりあえず地球に戻ってどれくらい発展したのか?テクノロジーの変化を見てまた宇宙へ行くな。SF短編集で好きなのは《カンビュセスの籤》《みどりの守り神》《絶滅の島》人類滅亡3部作です!ずっと変わりません
短編のF先生はちょっと物悲しい。今にしてわかるうまさも。逆に走る姿とかはなんか躍動感がないね、それも味だけど。ティラノがすくっと立っていた時代!
自分の生まれ育った場所を簡単に捨てられるものだろうか?一つの惑星に住む人全員?
星野之宣だと「AI搭載の亜光速地球外知的生命体探査宇宙船」を開発した科学者が超高速航法完成後に探査船を追い越してしまい、必死に呼びかけてくる自分が開発したAI探査船に何の返事もできなかった…ってのを
すごく良かった、こんな作品を何本も世に送り出せるのって、本当に素晴らしいことだと思う
いいですねー。タイトルはA. C. クラークの「幼年期の終り」をもじっているけど、発展しなくなった人類の様子は同じクラークの「都市と星」を思い起こさせる
素晴らしい!
五段組(!)のページとかあるけど、ちゃんと読める
一コマの構図の良さ、コマの繋がりの緩急、やはりいいなあ。空に宇宙船があって仰角で見上げてるとか/冒頭の乗り物の移動からの開始は、手塚治虫「新宝島」オマージュかな。つまり主題に作家としての実感がある?
短編といいつつ結構長いね。
ディアスポラを思い出しながら結末を読んだ。
ほんとに偶然、今読んでる本にこの短編からの引用があって、丁度ホッテントリに上がってるのでびっくりだ
マリモくんえっちすぎ
これ読んだことなかったなあ。やっぱ藤子不二雄先生はすごい。文明の老年期を描きながら始まりの芽も描く。いつだって新しい時代を築くのは新しい挑戦なんだよな
老年期の終り(SF短編)
何度見てもよい
藤子・F・不二雄の名作「老年期の終り」が無料公開中。人類が老衰するまで長らえたのはめでたいというべきかもしれんと言う老人が未知の宇宙に飛び込む若者の無茶な冒険を仰ぎ見る。歌おうマギー若き日の歌を……
手塚治虫の何かも、こんな未来感だったっけ? “文化の停滞も問題だ。ここ300年、これといった発見も発明もない。何よりも、新しいものに目を向けようとしなくなった。人類全体の性行がそうなっている。”
藤子・F・不二雄のSF短編は今読んでも刺さる名作が多いし定期的に読み返したくなる
さすがやなぁ…って感じ。絵もほんま上手い。タイトルもええね。
39(241)ページで終わりかと思ったら続きがあってびっくりした。まあ流石にあそこで終わりだと長い短編の終わりとしては尻切れトンボすぎるか
人類が希望を失って行きつく先は自己消滅なのか?そこが納得いかない。銀河系の資源を貪り尽くすまで営みを続けると思う。
火の鳥の未来編でも、文明が進歩した末に種としての人類の生命力が衰えた未来が描かれてたが、「人類の黄昏」みたいな考え方が流行したのかな? と思ったが、未来編が60年代末で、老年期の終わりが70年代末
まあ冷静に考えたら6千年もの隔絶があって会話が成立するはずがないのだが。ラグラングの人々が異様に物わかりがよく古代人(イケダ)に優しいのも人々皆が「老年」だからだろうか。
幼年期の終わりは知っていて当然というSF強度
AI にすべてをゆだねた結果こうなりそうだね
今となるとすごく実感を伴う。 そういやスタートレックも23世紀設定だよな。 実は21世紀で人類が老い始めるとは。
藤本先生は偉大なるマンガ家なのか、それとも預言者なのか。
今の世の中見ていたら人類は後1000年存続するのかなって思った。色々制限がありセックスすら自由にできない。少子化拗らせて皇族でさえ存亡の危機。たかだか戦後数十年でこれだからな。純日本人も絶滅に向かっている
何度読んでも「そんなのいやだ!!」のシーンがグッとくる
すごい。タイトルもすごい。
テーマも漫画そのものも色褪せない感動がある。500年前の絵画が人々の心を動かすようにこの人の作品も傑作として受け継がれていくんだろうなと思う。
この司書のおじいさんを凄く羨ましいと感じる
これも名作だよなぁ。この世界が生きるに値するか怪しいと私は思ってしまっているが、子供や若者のやみくもな希望に触れると、それが錯覚だと分かっていても、いっときは明るい気分になってしまう。
宇宙が出来て138億、地球が出来て46億、生命が誕生してから40億。我ら地球人類がこの宇宙で最初に生まれた知的生命だとしたら。生命として老いるのも我らからだろう。
誰の作品かもわからずブクマから読み始めたが、藤子不二雄が手塚治虫の影響受けたマンガだと素直に理解して読みきって、やはりそうだったと情報を見て気づいた。描かれた未来へのビジョンが現代と被ってしまう。
2026年9月無料公開 自分はこの作品を上位に位置づけない(冷凍睡眠で宇宙を旅する男を、技術革新でワープを開発し追い越す子孫…って元ネタあるし)けど、逆にSF短編は上位でなくても魅力ある、のだ。
1978年の作品らしいけど、当時と違い今の日本ももう老年期なのかな。・・・なんて考えながら読んだ。この曲もyoutubeで聞けた。エリクソンによれば、青年→成人→壮年→老年という順番らしい
もしこの生成AI時代にF先生が生きてたらどんな漫画描いたんだろうなと時々思う
状況説明をセリフに落とすのがすごく上手い。一方で、お話自体はとってつけたようなドラマだった。不思議で面白いとは思うけど、設定を描くためのお話という感じ。
ずっと寝てた癖に(・ω・)
この流れだと『宇宙人』も来るかな
50年の月日は本当に長いのだな。当時から変わらぬものと、何周も変わってしまったものと両方読み取れる。自分の寿命内でもこれだけの変化なのだ。人類史はまだ初期なのだと思わされる。
/藤子・F・不二雄 ( https://dora-world.com/reading_manga )
F先生もたった50年で日本が老年期になってるとは思わんかったやろな
この衰退の気分みたいなものは非常に現代的というか、現代日本を覆うムードと奇妙にシンクロしているが、翻って70年代の日本にもこんな空気が一部にでもあったのだろうか。炭鉱町の閉鎖とかはそれにあたるか?
人口の減少、出生率の低下が衰退の始まりというのが、今に重なるね
わからないまま おわる そんなのは いやだ!
ご存命であれば90代…今の時代にどんな作品を描かれただろうか…見てみたかった。
イケダは22ページ目まで、異星文明に出会ったと思ってて、次のページで『相手は地球文明』と気付いたはずなのに『たった60日で地球へ』の方にショック受けてんだよな。よく判らん男だ。
出生率の低下なぁ、まぁいずれは地球も
52年クラーク「(地球)幼年期の終わり」種としての人類は行き詰まり極一部の新人類の赤ん坊が宇宙へと旅立つ 48「銀河帝国の崩壊(都市と星)」かつて銀河中に広まった地球文明も今は地球に閉じこもりやがて若者が
ワイルド星人
私たちの世界も人口増加が停滞し、同じように衰退に向かうのだろうか。残念ながら、宇宙へ目指す事はなさそうだ。
まだ世の中が上り坂で明るかったであろう1978年にこんなストーリーをよく描けたな。すごい。/よくよく考えたら終戦直後体験してる人には想像しやすいかも。
やっぱり面白い。最後のコマがいいのよ
こういった人類滅亡系だとマシスンの「生き残り」を思い出す
冷凍睡眠とラストの見送るシーンはアーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」のオマージュかと思います。
初めて読んだ。1978年(昭和53年)の作品!?なんかもうすごいわ…。
絵がいいなー。リアルタッチで描くより寓話的になるというか⋯
人類が星へ行くならボクも連れてって!宇宙でマタタビ探ししたいにゃ。
唐突に挿入されるラッキースケベサービスカットに藤子F節を感じる
現実にはもっと早く衰退して、少子化が大問題になったのであった。この作品が出た頃は人口爆発が憂慮されていたので、宇宙に人類が飛び出すのは自然な感覚だったんだよ。
「幼年期の終わり」のオマージュであろう本作が1978年なのかぁ。ブラボで影響されて読んだ「幼年期の終わり」ってそんな古かったんだなぁ、、
人類はしぶといなあ
宇宙間航行ができるくらい発展して6千年も経ってしまうと、確かに種として老年期を迎えるってのはあるのかもしれない。ところがどっこい人類は愚かで欲深いので、2026年に世界大戦・絶滅を迎えそうな境界に居るんよ
ほんと極上の短編やな
かの『カンビュセスの籤』と表裏一体というか。ともかく読めて良かった。
藤子不二雄先生は1980年代から環境問題や社会問題を漫画を通じて発信してたけど、太陽光パネルで森を破壊したり、利権のためだけに移民を受け入れまくって治安を崩壊させたりと、今の日本にはがっかりするだろうな
恐竜は1億年以上繁栄したのになあ。旧人類だって10万年単位で種があったはず…
歳をとるってそういうことなんだろうなあ…若さって大事や…
おとなしい羊の群れから 飛び出したいのだ うつむいた仲間と別れて 走りたいのだ たとえ終わりが あってもいい そこに始まりが 宿っているならば / 岸田智史『重いつばさ』
グレートフィルターに阻まれて宇宙に進出する前にエネルギーが枯渇して文明が終わる未来。オーバーロードなんてなかった。
ヤリ船(おい
老年期が終わったら次は死か?いや違う!新しい生だ!と、諦めを拒否する若さが眩しいね。/孫娘を未知の世界に送り出し、祖父は故郷であるラグラングで、若い日の夢を見ながら静かに眠りにつくのだろう。
宇宙の星とビルの場面とか星が見えてるだけなんだけど本当に宇宙と星がよすぎる
構図がいちいち絵になる
未知の惑星を目指していたはずなのに医者がいないと安全に目覚められない冬眠機はおかしいよ
最高
石黒正数ってほんとFの影響だなぁ。あと大友克洋
「2001夜物語」でも、疲れて地球に引き返してゆく人類が描かれていたな。
手塚治虫って生きてたらまだ90代なのか。みな水木しげる見習ってほしい
さすがですな
育児してると人類が活力失って衰退してるなんて感じまずしないけどね。
老年期が終わり、そしてまた始まる感じは手塚と重なるけど、火の鳥が介在しない分、藤子Fは人類の主体性を信じてるように思えた。
藤子不二雄F先生の45才の頃の作品だそうですよ。何ですかその年でこの世に対する達観。
イケダ氏、地球に戻ってから最新の宇宙船で旅に出た方が色々と捗るだろうに。まあ、アタオカでなければ老衰した少女のハートに火をつけられないよな。
懐かしい
id:neet_modi_ki<日本での牧歌的な成長幻想は石油ショック(1973)で一旦は完全に止まりますね。70年代は公害(光化学スモッグ等)とか成長の限界(ローマクラブ)とかも流行ってたので、科学の未来が明るい時代ではない気はします
ヒロインがちょっと舞台装置すぎて都合がいいんだけど、それを飲み込めれば良い話だなーとおもう
アーサー・C・クラークの幼年期の終わりは読んでないけど、面白かった。なんかこうテンポとかレイアウト、表現力に異様な読ませる力がある。
タイトルはA・C・クラーク作品のもじりだが,冷凍冬眠宇宙船が超光速宇宙船に追い越されるネタはA・E・ヴァン・ヴォークトの短編『はるかなりケンタウルス』から。
3000年後の日本(あれば)人も「藤子不二雄は面白い。いまだにずーっと面白い」っていってくれるはず。
すこしふしぎ
小松左京『神への長い道』(1967年)がコールドスリープ、種の老成、未知へ希望を扱っている。老年期の終わりは1978年。
素晴らしい
白い少年から天使かと思った。幼年期の終り級の傑作
70年代は共産革命の前夜祭が蜃気楼で終わった後の鬱状態という構造についての芸術が山ほどあるので時代の空気感ではあるのでは。初期村上春樹とかもこの人類史的鬱状態を前提にした個人のブルジョワ幸福が舞台装置
めちゃおもしろいな、天才かよ
お爺さんの「人類が宇宙全体に広がっていって何になる?」というセリフが枯れた心の表現として強烈すぎて印象に残ってる。
激しく今さらというかものすごく失礼な言い方になっちゃうけど、マンガがむちゃくちゃ巧いなあと思ってしまった。シンプルな線、確かな手触りのある描写、突然ぶちこまれる「あれだ!」の大ゴマ・・・
このページ数で、映像にしたら90分いける内容が入っている。
F先生のSF(すこしふしぎ)シリーズは本当にどれも名作。宝石箱のようなシリーズだよな。こんなスケールのでかい話を読んだら、どこぞの島国が老年期だとかちっぽけな話でしょ。まだ、人類は火星にすら行ってないのに
読みやすさが桁違いよね
昔読んだ時は素直に感動したものだが、今見ると「行った先に親切な知的生命体がいて解凍してくれるギャンブルをもう1回やるの? そこは改善してからやろうよ」という気分になる。
さすがに思考がもう古いと感じる。インフラが無くなるのに一人残る老人とか、解凍される保証もないのに二人で冷凍状態になって虚空に旅立つとか、夢想的すぎる。
映画化してもいい位の完成度。ドラえもんにも通じるが自分はF作品の構図と画角とあえて描き込まない空白の使いこなしがすごく好き。
幼年期の終わりというアーサー・C・クラークのSFのオマージュ部分が分かる人がどれだけいるか?
1973年に発生したオイルショックで経済はメチャクチャに。作品発表時の1978年は景気の回復期に差し掛かっていたが世相は明るくなかった。また中ソは対立が激化。ポルポト政権で大量虐殺発生。暗い時代だったのでは。
いま読むと相当おセンチな話なあ。当時はどうしてこの人ら極端な行動してるのかと思ったけど、生まれた星を捨てるって特別なイベントがおセンチムードを加速させてるんかなあといまは思う。長らく住んだ家を壊す感か
我々は現段階でも低密度周縁地域にインフラ縮小・コンパクトシティ化(というかぶっちゃけ切り捨て)を希望する精神を手に入れているので、汎銀河文明になっても同じことをやっている未来は容易に想像できる。
せ、せつない
翌年のファーストガンダムが「増えすぎた人口を…」ってやってるのに、こっちは出生率の低下を予見してるのね。最近フィクションでも宇宙モノ少ないし、六千年待たずとも老年期に来てる感。
あれだけ繁栄しても戦争や事変1つなかったのか、とは思った。争いや破壊された形跡もない。よく言えば、成熟なのかなーとか。
面白かった。映画を見た気分になれる。 冒頭部分の乗り物の擬音が「ルルル」なのが微妙な違和感。
たった45ページ。何という漫画の上手さ…
子どもの頃にこの作品を読んだ時の感想が「6000年後にタイムスリップしたと思えばいいのになぁ」だった。
意欲が衰退するってのはわかるな……
ゴールドラッシュ後の米国西部とか、今の日本の地方都市はこんな感じかな……
バカみたいに無謀。銀河の終焉が迫っているわけでもない。エスパー魔美・収録作 「雪の降る街を 」の回はマンガくん(昭和53年3月25日号)に掲載され、当作は同年8月号のマンガ少年に掲載された模様。パパの無謀さを
これ読んでる人で、幼年期の終わりを読んだことない人いるの?(読みなさい
ブコメを読んでいると世紀末思想が何故か日本で流行っていたことも認識されなくなりそう(自分も理解はできんが)
自分が老年だからといって他人を巻き込むなという話を読んだ感想が「50年で日本が老年期になってる」だからな。君たちが老年で終わっただけで、まだまだ頑張る人はいくらでも居るよ。
若者達の行動に無謀と思うか、老人の行動に哀れと思うか。地球に戻る人達だって希望が有る理由では無いのも切なく感じる。
人類が繁栄後に衰退する話としては、星新一「最後の地球人」や小松左京「神への長い道」などわりとある。
おじいちゃんが泣ける。
いろいろ飛躍しててその心理にはいたらないだろという感じはあるが創作のキャラはそう動かないと物語にならないものな
コメ欄の感想の差も年齢の差がありそう
昔読んだときはフーンって感じだったけど今読むとまた違う感慨があるな
「幼年期の終わり」より先にこっちを読んだわ
多分、自分自身が終わりに近づいたからこの話がグッと来るんだろうね。人口の3割が60歳以上っていう若者にフタがされた状態の今の日本はこの話と別だよ。
いや、今の日本が暗いのは経済政策がまずいから。財政緊縮をやめれば景気良くなって明るくなるよ。まずは消費税廃止からやろう
作中アメリカ民謡「マギー若き日の歌を」原曲はパブリックドメインだけど、訳詞はまだ権利期間中でj-widでも管理中。スマホなので隅まで見れてないが著作権表示あったかな?/追記電子書籍単行本奥付にはJASRAC表示あり
SFを1000冊読むと、大体のパターンは出尽くしていると感じて老年期のような気分になるものだったりするかも?いや2000冊くらいかな?
小学生の時に読んだ時と今では感じ方が違う。
1933年生まれなので1978年発表なら45歳か。たぶん一番こういう気分になる年なんじゃないかなと思う
圧巻。映画を一本見た後のような読後感。
現実的に人口減少で離島や山間部の自治体が解散して都会に移住なんて事は進行形だしこれから増えるだろう。問題はそれが意欲の問題ではない事だ。資本主義的合理性は人口の縮小と居住の集中を内包している
天の川銀河の外に行こうとしてアンドロメダ銀河に行くと、結局戻ってきてしまうのだ。
1978年の時点で出生率低下の影響がどの程度認識されていたのか気になる
1978年(昭和53年)初出。50年近く経ってるのにまったく古びれないな。読みやすさも読後感もピカイチだ
本当に痺れるよ、今2026年でも面白い
この作品発表当時と現在で、イケダに共感した読者の割合がどう変化したかは興味ある。「ただもっと遠くを目指す無謀な冒険」に共感する人が減ってるのは確実だと思うがどうか。
マリモくん推し。/F先生が44歳のときの作品。ブクマカの世代にぶっ刺さるのか。当時(昭和53年)に『マンガ少年』で読んだかつての少年も今やまさに老年期か。感想を聞いてみたい。
星野之宣が「2001夜物語」で同じテーマを扱ってる。https://ja.wikipedia.org/wiki/2001%E5%A4%9C%E7%89%A9%E8%AA%9E不二子先生の方が先なのは流石だなあ。
やがて訪れるもの。
読む人の年代によって感想が変わりそうな作品だな しかしこの短い中に複雑な設定と簡潔な起承転結を詰め込んで物語を描く技術においてこの人の右に出る人はいないな
F先生の漫画の上手さはコマ割り、背景美術、カメラワークといったあたりに強く感じる。最初の見開きからすでに惚れ惚れする。最近大長編ドラを電書で買い直しているが引きのカットがいずれも絶品すぎて最高
F先生のトラウマ製造器降臨
何でやろ萩尾望都の「スター・レッド」思い出した
懐かしいな。
表紙が「未来に向かって走るぞ!」「すごい!ついていかせて!」って感じでは全くないのがまた味わい深い。
年寄りの自分にはイケダとマリモがただただ眩しい。
宇宙の深淵、アプスーも思い浮かぶが、ヴィシュヴァールーパか。ダム開発で沈んだ集落、火山が近い限界集落だと、わしはここにとどまるがリアルに感じられる。あてどなく彷徨うにも新しい生活するにも身が持たない。
既存SFが外宇宙に希望を見出しがちな中、暗黒森林理論を持ち出してきた中国人に感心する。原神でもそんな感じの話が出てきた
「あれだ!!」のシーンすごく好き。
手塚治虫の『火の鳥』シリーズにも宇宙に進出した人類が活力を失って地球に引きこもるようになると言う描写があった。諸行無常で盛者必衰なのは、日本人は大好きだよね。
老年期の終り(SF短編)
幼年期の終わり買ったけどまだ読んでないんだった。それにしてもカッコ良すぎる。
70年代みは感じる。20世紀中のコロニーを予想してた頃の作品が2057年としてるのは面白い。種が老衰し揃って地球に引揚げてく設定は今の科学観からは無さげ。また、帰還船の3万6500分の1…時速50kmに対し時速1mで行きます?
古びないなあ。表現も絵も原典に近いというか普遍的というか。
おおお…上手い……………………………
やっぱ天才だよな。絵柄は古さを感じるけどストーリーは今でも全然ありでは
初めて読んだのが多分40年くらい前だ。中学生の時は、他の短編と違って地味に感じ、あまり感銘を受けなかった。今読むと…これは、じんわり来るねー
少し不思議どころかガチのSF作品、藤子・F・不二雄先生による示唆に飛渡名作
今見るとキリコとフィアナみもある
哲学・文芸作品としては素晴らしい。ジンワリ来る。ただ6000年間も宇宙へ拡散し続けた人類に関しては「All Tomorrows(最終的には10億年の人類史)」見ちゃうと言語が通じる通じない以上の根本的変化があると思う
ドラちゃん. 試し読. ミー
星野之宣だったらもっとやるせなくさせるけど、そこはF先生。この絵柄に救われる。
天才の描いた漫画である。メモとしてはこれで十分。
さすが。はてブで上がってくる読み切りとは格が違うねやっぱ
SFパクってりゃ評価された昔
ざっと読んだだけの雑感想だがワープ航法でそこそこ気軽に行き来できるようになってもその星自体がただの中継基地以上の存在にはならなかったんだなって
骨董品の宇宙船で行こうとするせいで当人達は命を賭けた大探索のように思ってるけど現代人からすると庭先に散歩に行くくらいの距離感なのが何とも。
当時はギラギラの時代みたいなブコメあるけど、70年安保、あさま山荘で政治の季節は終わり、73年のオイルショックで経済的には完全に頭打ちと発表当時(78年)がまさにこの作品の空気間。昭和の解像度も大分落ちてきたな
私だったら地球に戻るなあ、と思っちゃった。老年期なのかな
とりあえず地球に戻ってどれくらい発展したのか?テクノロジーの変化を見てまた宇宙へ行くな。SF短編集で好きなのは《カンビュセスの籤》《みどりの守り神》《絶滅の島》人類滅亡3部作です!ずっと変わりません
短編のF先生はちょっと物悲しい。今にしてわかるうまさも。逆に走る姿とかはなんか躍動感がないね、それも味だけど。ティラノがすくっと立っていた時代!
自分の生まれ育った場所を簡単に捨てられるものだろうか?一つの惑星に住む人全員?
星野之宣だと「AI搭載の亜光速地球外知的生命体探査宇宙船」を開発した科学者が超高速航法完成後に探査船を追い越してしまい、必死に呼びかけてくる自分が開発したAI探査船に何の返事もできなかった…ってのを
すごく良かった、こんな作品を何本も世に送り出せるのって、本当に素晴らしいことだと思う
いいですねー。タイトルはA. C. クラークの「幼年期の終り」をもじっているけど、発展しなくなった人類の様子は同じクラークの「都市と星」を思い起こさせる
素晴らしい!
五段組(!)のページとかあるけど、ちゃんと読める
一コマの構図の良さ、コマの繋がりの緩急、やはりいいなあ。空に宇宙船があって仰角で見上げてるとか/冒頭の乗り物の移動からの開始は、手塚治虫「新宝島」オマージュかな。つまり主題に作家としての実感がある?
短編といいつつ結構長いね。
ディアスポラを思い出しながら結末を読んだ。
ほんとに偶然、今読んでる本にこの短編からの引用があって、丁度ホッテントリに上がってるのでびっくりだ
マリモくんえっちすぎ
これ読んだことなかったなあ。やっぱ藤子不二雄先生はすごい。文明の老年期を描きながら始まりの芽も描く。いつだって新しい時代を築くのは新しい挑戦なんだよな