問いが面白いから、それへの回答もレベルが上がる。/あ、自分の過去ブログ記事思い出したわ。https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/2020/07/20/092815 と https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/2025/09/24/131300 って、かなり同じ問題意識だと思う
商品化で魂は失われる。商品化はマウント取りや権威付けに過ぎない
小説「ガダラの豚」はアフリカ(ただしケニア。ナイジェリアとは大陸の反対側)の呪術を題材にしつつ大変面白かった。しかしあれはあくまで日本人の作品だし、ネイティブの人が作ったらどうなるのかは興味がある。
例に出てくる日本の伝統っていわゆる神じゃないしな。
「偽物が本物の延命装置になってる」って返しが秀逸。崩してアレンジされるからこそ原典に注目が集まる
神道は本物が存在しないからな!!!!!!!!!!なにしても自由よ!!!!!!!!!
妖怪がそもそもキャラクター化なので。神道も後から体系化されたものだし、着物は誰も来なくなってしまったよね
原典がどうであったかはもう誰にも分からないのでは。
こんなとこに書いたところで届くわけもないが、彼らが、彼らの中の若者に向けたコンテンツを丁寧に作ってほしいよな。僕らはそうしてきたんだと思うし、僕らはそれを勝手に探しにいく/ブコメがEtan comic教えてくれた
何やろ。なんか全体的に重たいわ。もっと肩の力を抜けよ。
諸星大二郎『マッドメン』を思い出した(アフリカではなくパプアニューギニアが舞台だけど)。
インプレゾンビを滅ぼしてからまたおいで
正確に守れはしてないけど保存の役にも立ってるから、ごちゃごちゃ言ってねえで露骨なAI漫画じゃなくちゃんとエンタメに昇華したもん作ってくれ。
まずナイジェリアの手塚治虫が必要
まずエンタメ作品とする前に設定等の下地を作るのです。こちらでは「RPG幻想事典 日本編」などの書籍があって、未来のエンタメ作者さんの発想の下地作りみたいなもんを醸成する時期があったように思います。
エグングンめちゃくちゃかっこいい。ゲームに向いてそう
日本神道は行為習慣の継続そのものが宗教なので、教義がなく「教義と神を信じている」わけではない。みんな半信半疑状態で「継続」を信じている。だから漫画にもできるし相対化も茶化すこともできる。
尊厳破壊が一つのジャンルになっているような文化圏なので、敬虔な人とはなかなか相容れないだろうなと思う。もちろん日本国内も含めて
全部は読めてないけど、天皇や皇室、宮内庁の話は出てるかな。
日本って海外からも自国からも神秘的なものを想起させる島国的なガラパゴス的な唯一無二性があって、大陸だと文化がグラデーション的に違うだけでモチーフが似てるから独自スタイルを確立しづらいんだろうなと思う
この話、わりとダイレクトに「刀剣乱舞」が返答すると思う。刀剣自体がかなり組織的に社会化・「文化」化したものではあるけれど、少なくともあのゲームにおいて「イケメン消費」と「文化リスペクト」は並走した。
知らんけど、祭りとか神事って元々歌とかで意味伝えていく側面もあるんちゃうんけ 商品化で失うんじゃなくて、商品化と共に輸入される外国の富や価値観で現地の行動が変わったとき、心を失ったと感じるのでは
長年の文化の下地があっての、アニメ&ゲームだから、現地の人が急に作るのは難しいかもね。ベルバラやハイジ、最近だと、天幕のジャードゥーガルみたいに、日本からその国の創作物を発信したほうが実は近道なのかも
めちゃくちゃ真面目な人なのが分かる。日本はもうそういう文化と伝統を考えながら行動する国ではなくなってしまった。
伝統があっても人が作ったものなんだから「本物」なんてありはしない。
個人的には、形を線で書きあらわし易かったからじゃないかなって…思います…
(神以外の)フィクションの物語だから、改変しやすいのかも。忌避感も少ないし。
日本でも、仏様や天皇、神話の神々のコミックは少ないと思うが
浴衣や盆踊りなんかは上手く生活に溶け込んでるし、着物も晴れの日の衣装としてはそこそこのこってる方だと思うよ。その上での創作への取り込みだからね。
そう言われてみればなんでもかんでもコンテンツ化してしまった日本て変なのかしらん
アニメ漫画の源流は浮世絵だし、それが庶民も楽しめるようになった太平の世のおかげ
現在残ってないものは現在の我々には残ってないことすら気付かないので、それでも残っているものを見て残ってるとおもうだけ。
エンタメにできたのは漫画より先にお芝居だね。お芝居でやれてるなら漫画でもいける。/最初にやった人が偉いんだよなあ
マンガ日本の古典や世界名作劇場のような形でナイジェリアの神話や文化を上質な娯楽に昇華した作品があったら、私は絶対見たい。
面白ければ何でもいいです。神話とか伝統とかハイコンテキストを押し出せば押し出すほど読者も絞られてしまう気はする。でもそれがいい
ナイジェリアを元に日本で漫画ができそう。日本の取り込み、融合力よ。テロマエロマエのような感じかね。
こういう海外の人達 真面目に文化や宗教に根ざしてこだわりすぎて面白くなくなる 日本は宗教もエッセンスとして独自解釈して面白ければいいと自由に話を作る それでも宗教を冒涜したと言われない文化
神道って凄いと思ってて、神様のことは何も学ばないのに、初詣にはいくし、何となく八百万の神は信じてるし。大抵の漫画は茶化してないと思うんだよね。鬼滅もリスペクトがある。それがいいんじゃない?
無いから自分で書いたって凄いね。保存であり、破壊だと思うよ。その時代、時代に沿ったストーリー、絵柄で残ってく。それで仕方ないし、良いのだと思う。あと、日本には学習マンガが普及してて、小学生でも読めるよ
マンガについてはともかく、ゲームについてはWizardryの功績が大きいと思う。あれの作者が日本の要素をドカドカ入れてくれたおかげで、ゲームに忍者・侍・日本刀を出す違和感がなくなった。
日本には妖怪を現代コンテンツにした水木しげるという妖怪がいたからな・・・/冗談ではなく水木しげると金子一馬はそっち方面の功罪が多大だと思う。「絵」の影響力はとても大きい。
「それを自分がやるんだよ!」と言う前にやってた。商品化かどうかは文化の違いもあるしナイジェリアの大衆がどういった反応をするか見るしかない。一度否定されても後から認められるようなこともある。
アニメや漫画やゲームの創作においてはそういうのは動機が不純という扱いになり、まあ、どうやtったって面白くはならないよね。
宗教であれ歴史であれ、「神聖さに対する悪意のない軽薄さ」が必要になるから他国にはなかなか難しい。いくら軽薄な日本人でも天皇は気軽には描かないのだが、他国には天皇に相当するものがいっぱいあるわけだから。
まずFGOに売り込むのがいいんじゃないかな
カルチャーのサブカルチャーによる消費および解体と見ることもできる。
「日本はもうそういう文化と伝統を考えながら行動する国ではなくなってしまった。」日本はそもそも考えたことないよ。文化も伝統も破壊し続けてきたし。その軽薄さが強みでもあるんだけど。
アフロビーツとノリウッドもヨルバ・イボ・ハウサの伝統の変容の一つなのでは? ①問いが逆で「エンタメ」が出来たので「神聖なもの」が蒸留された。②鬼舞辻無惨は、全く鬼では無い。③「商品化」こそ再生産
まずいち漫画好きとして、ナイジェリア人にも伝わる漫画フォーマットを嬉しく思った。でも漫画より先にお芝居で伝統のアレンジをエンタメ化するのがいいとは思ったな
日本人にバラして良いのか?お前らが描く前に使われるぞ?/神話って最初の創作コンテンツよね/エグングンはそのままレンジャーじゃん
元々の日記好き、擬人化好き、江戸町民文化、戦後の強烈な漫画家がうまく揃って今の漫画文化になってると思う。ナイジェリア文化を保ちたいが先に来るなら、学習マンガ良さそう。学びの場で漫画はかなりいい
近頃の日本はかなり危ういけど、嘘を嘘として楽しむのは受ける側にそれなりの素養が必要だとは思う。
神聖なものをエンタメ化・商品化したことで神聖さが薄れた面はあると思う。日本は日本の神々や怪異だけじゃなく、世界中の神話や伝承をエンタメ化してきたけど、その対象に敬意を払ってるかっつと、あんまりないよな
“その「魂」は消えていない。”魂 そんなもんないから 無いものは消えようもない
神話や祭祀の維持、保護、学術研究それぞれのアプローチと、すでにある娯楽文化のふたつが基礎にあって、創作者と消費者がある。全て相応に人と時間と金が必要で、つまり平和な時代が一定程度続かないと…という…
少し形は違うけど、SNSでこういう議論をしている時点でもうすでに始まってる気がする。真面目な語り口は日本にもよくいる解説系インフルエンサーのそれだ。十分コンテンツといえる
そもそも日本書紀で初登場する「神道」は、それ以前のカミ信仰と仏教を分ける文脈で生み出された概念で、神道そのものが元から存在していたわけじゃない。しかも明治維新後の国策神道とも異なる、ずっとフィクション
日常と伝統が乖離し始めたときこそフィクションが維持装置として役立つ気はするな。神話そのものを描くのではなくて、エッセンス・アイデアとして取り込んでいるのだと思う
ナイジェリアの神様って誰がいたっけと思ったらオグンか。これがまた面白い神様で、アメリカにも伝播してモダナイズされてオートバイや鉄道、タクシー、トラックの神様になってたりしてる。https://x.gd/siZab
今に伝わる神を描いた浮世絵や錦絵だって商品だったわけだし、そういう文化と言えばそう
アフロビートがスタイルになってしまった。これは日本風アニメが世界に広まったのと同じで本家はアイデンティティの危機。
日本の妖怪や神道や着物は元々そんなに神聖なもんでもなかったんじゃねぇかな…
すごい興味深い文化。神聖なものをエンタメ化してよい風潮がもしなければ、その雰囲気を作っていくところからなのでどの手段を取るかも変わる。尊敬の念を持って日本で作る方がいいかもとは思う。
クリスマスとか初詣とか宗教混ざってるけど葬儀は仏教の作法が多くて、信仰は仏教になりそうかな。密教とかで出てくるけど、仏教は他に比べて少いかも。
神話については神が人の世に降りて世直しする話が簡単。ラーマーヤナとかね。妖怪は鳥山石燕という鬼才が江戸時代に存在したことが大きいので、他の国でもあまりない文化だと思う。
悪役にしたりネタにしたりするのが許されるなら可能だろう。真面目に書かないと駄目なら難しいだろう
かっこいい。
他のブクマカも指摘してるけど、妖怪のポップ化は水木しげるの前に江戸時代の鳥山石燕だからな。大河ドラマ「べらぼう」を観よう
まずレイヤーの異なる伝統文化から、商業化した作品を紡ぎ出すイタコのような創作者を用意します。
これは「継承」をどう捉えるか?の問題。人から人へ何かが受け継がれる時に、何も変わらずそっくりそのまま継承できるか?というとそれはない。様々な足し引きがあり、その中でこそ不変の「こころ」が見出だせる。
まずは民俗学に取り組む学者を育てるところが第一歩よねえ。柳田國男なくして水木しげるは成立し得たか?という。
『鬼滅の刃』より『鬼灯の冷徹』のほうが、日本人の「鬼」やあの世について考え方が良くまとまっているような気がする。日本古来のものではなく、中国から渡ってきた要素が混入しているので。
映画『ブラックパンサー』とかどう見たんだろう?(あれもアフリカン・アメリカンには評判いいが、アフリカ人からは文化剽窃との批判が出てる)/音楽で云えば、JBとフェラ・クティは相互に影響を与えてるよね
影絵、人形劇、歌劇等、各時代のエンタメの中に取り込まれる際に商品経済にも組み込まれる。軽薄化でもあるが美化、脚色もあり存在感を増すとも言える。習慣化は強まるが宗教性が薄まる。それをこの人は嘆くだろうか
日本では、伝統とか文化を教えとして学ぶよりも、生活習慣に根付いちゃってるので、意識してないんだよね。初詣も法事もやったことない人は少ないだろうし、我慢も元気もよく使われる言葉だけど教えを意識してない。
“つまり「偽物」が、本物の延命装置になってる。”
ナイジェリアの小説「やし酒飲み」は日本語訳までされて商業的に成功している。土着の神話的世界を扱っていてゲームの原作にできそうな冒険譚でもある。https://www.iwanami.co.jp/book/b248495.html
X凍結中なのでposfieにログインすることは出来ないが、土着文化を好くことによって、その好かれ方によって伝わるものを精神性と呼べるかどうかだ。日本も別に忠実ではない。
前提としての「共通知識」(鬼なら桃太郎とか)があって、絵や娯楽にその「要素を少しとりこむ」をず〜っとやっているから。なんだろうなぁ。 そいや、「紙芝居」って外国で見たことないよね。
織田信長が殺しまくったのがハードルを下げたんだと思う(´・_・`)あとは天皇家が仏教を神道にミキシングしたり、近代にクリスチャンが非人道的行為を大手振ってやるので尊重する必要がなくなったり
現代に生きる我々は、コンテキストを読み取ってコンテンツをコンテンツとして消費することに少しばかり慣れ過ぎているかもしれない。/一方で文化保護や研究をそれなりにやっているから安心して改変できるのかも。
能とか浄瑠璃とか落語とか、お芝居からだからな。なのでナイジェリアでも神事ではなくエンタメとしてそれらを扱う土壌があれば換骨できるはず。
うーん、日本はそもそも明治政府が廃仏毀釈と神域の西洋教会化をして改造しているし、それ以前でも、主に大乗仏教の布教において精進料理や踊り念仏などエンタメを図っているし。下地の前提が違いすぎる気がする。
冒頭の生成AIの解説絵はげんなりしたけど、ジャンプあたりはそのメソッドに習熟した結果日本以外を舞台にすることもできたりするのぜ>ロンドン怪奇生命保険 - 平尾友秀/城本祥 https://shonenjumpplus.com/episode/9253191254500135416
よく分からないので女体化して日常系にして。
そもそも妖怪や着物が「神聖なもの」という意識が日本人には薄い
漫画アニメゲーム等にアレンジして取り込んだ者たちが伝統の維持を意識していたから伝統が残ったというようなことはなく、アレンジする者とは別に伝統を維持する者も居たから結果として残っているのだと思う。
真面目だしとても賢明な人だな。こういう人を見ると世界はまだ捨てたもんじゃないと思える
神々を性転換された上に性的消費されることを許容できるなら…?/あまり語られないが、日本のアニメ、漫画の発展にオタクと同人、二次創作に対する寛容性が強固な土台としてあったことは忘れちゃいけないと思う。
さすがにナイジェリアの人にはわからんと思うのだが、世俗の着物と神職や巫女が着ている着物はまた別物。神職の衣装は神社の人は毎日着ているとこもあるし、神事で衣装装飾品が違ったり、かなり細かな決まりがある
商品にしてるのは企業であってアーティストはそんな気持ちで作ってないと思うよ
百鬼夜行は平安時代からあるよね。/素晴らしい文化交流。
アミニズム、をシステマチックに学問としてまとめている分野があるとすればオモロイね。調べてみよう。/ググれば、立教奥野ゼミ、東北大学宗教学研究室、千葉大学文化人類学研究室、が出てくるね。調べてみよう。
神道はアニメやゲームで受け継がれてないよ。神道はお祈りするものでバトルするものじゃないです/妖怪は2大巨匠(江戸時代の鳥山石燕と水木しげる)という妖怪のイメージの共有に多大な影響を与えた人がいるので
日本人が無宗教という時、それは地獄とか天国とか幽霊や神の考えを捨てて唯物論に浸っているわけでも2元論でもない。守らないといけない品格(プライド)と伝統をおもちゃにされないようにするしかないんじゃなかな
いまだに呪術が生活や社会の中に根強く残っている地域と聞くのでどのような流れになっていくか気になるところ。
ナコルルはアイヌ文化を広めたのか、それとも破壊したのか。恣意的な省略・改変がエンタメの常ならば、伝統にもそれに負けない芯の強さが必要だ。
良いなぁ。あとでしっかり読もう
「若者に向けたコンテンツを丁寧に作ってほしい」とか言われても、世界的にはアニメやゲームに大して興味ない若者の方が多いからね。作っても需要が少ない。
『真・女神転生のすべて 悪魔復活編』のバックベアードの項には「かつて日本を支配しようとやって来たことがあるが鬼太郎の活躍で失敗に終わった」とあるのでメガテン世界には妖鬼キタロウもいる
鬼は反乱者だったり、大蛇は土砂崩れだったりと何らかの比喩となっている場合があるので、昔話になった時点で商品化のようなもの。
本物の◯◯じゃなくて形だけのものを商品化しても、売れて、好きだって人が増えればその中から本物を知りたがる人が必ず出てきて、本物も生き残れる派 / 形だけでも生き残らせたい時、最低限の敬意ってのが難しいか…
別に表現手段が一足飛びにアニメやゲームでなくてもいいんだよ。日本だって最初からそうだったわけじゃない。口承民話とか文学とかの膨大な下地の上に成り立ってる。
無理だね、としか 消費者が居ないものは成り立たない 生成AIでちょろっと作ったものは人の心を動かさないし 無くなった文化なんて星の数程ある 誰もそのナイジェリアの土着文化になんか興味はない
神話や伝統を題材にした作品を複数目にすることによって、共通点から原典の姿をぼんやり把握できる
着物はもう少しカジュアルかつ手軽になれば着る人も増えると思うんだけど着付け警察がいたりするからなあ…
文化が歪んだ形で商品化されたとしても、広く普及すればそれなりに深く調べようとする人もいるので、案外正しい情報も伝わっていくものだと感じている。悪名は無名に勝る。
商品舐めすぎやろ。ハリウッドやマンガ・アニメに宿る神業に、世界一のエンタメメディアに洗練させんとしてきた先達にこいつこそ敬意あんのかよ。無ければ何をやってもダメだろうね
以前も貼ったが「アフリカの忘れられた物語を語る「アフリカン・コミック」がいま熱い」 https://courrier.jp/news/archives/328906/ コミック化・ゲーム化することで残るもの失われるもの両方あるわな。
敬意を持ってやる分にはいいのでは
この人が「消えていない」と言っている「妖怪」「神道」「着物」の魂とは何なのか。多くの日本人はファッションとしてそれらを取り入れ消費しているに過ぎない。
日本は1300年代に成立した能楽(申楽)が当時の台本そのままに未だに上演されているのが大きい。他のエンタメで異文化まみれになっても、能楽が上演され続ける限り、例えば鬼の意味、動き、台詞の軸は変わらない。
柳田國男のように民話を書籍に固定してそれが広く普及するのも大事だが。主流の宗教以外はまずそれが難しい。水木しげるもそこにいる。
素晴らしい質問と観点。神話などは絶対に守らないといけない。日本人がどれだけ意識しているか分からんが、民族としてのアイデンティティにおいて重要。
興味深い題材を作品化しようとするなら一旦はそこから離れて俯瞰してみるのがいいんじゃないかな。怪異が真の恐怖だった平安時代から愛すべきキャラに変わる現代まで日本人はホンモノから距離を取り続けてると思う
妖怪ウォッチあたりが江戸的な消費の仕方に思える
マルフォイ役の役者さんのエピソードを知ったとき、それはそれこれはこれって考え方は文化なのかなと思った
つーか、それらは文化の主導権争いであり、新たな創始者ポジション争いな訳でもあるので、もっと野心的なものだと心して取り組んだ方がいい。
実は守れてないけど守った気になってるバカの群れがクリエイターを擁護しているよ。
そもそも外来の物は土着文化と混ざるんだよ。キリスト教の天使や悪魔もそうだし、明治期に翻訳された本や語られた歴史もそう。「山中にて仙人より助言を賜り、危機を脱し革命を成し遂げたるワシントン」の本とかある
そういうのは「作家」がやる事で作家でも何でもない人は現状実際にやってる作家を買い支えたり広めたりするのがいいので「俺はやらないけど俺がやりたい事を誰か代わりにやってくれー!」は、さもしいと思います
Xの翻訳機能で一番関心度が上がった国がナイジェリア。お米を沢山食べる国らしく料理も日本人の口に合いそうな感じの美味しそうさなんだ
個人制作の漫画は「大人の事情」が入り込む余地が少なく、精神性を保ったままエンタメ化出来る媒体ではあると思う。
まず古事記と日本書紀あって、それから神楽とか能からの歌舞伎とか、江戸時代の本文化がデカそう。やっぱ長い平和と市民の娯楽、教養、余裕がだいじ
消滅するよりは変容したとしても何らかの形で残る方がマシでは。水木しげるが娯楽作品にしなければ今頃完全に忘れ去られた妖怪とかもあったかもよ。
とりあえずAIイラストではダメだな
「日本は妖怪、神道、着物の伝統をアニメやゲームに取り込んだが、ナイジェリアでも可能か?だが土着文化をそう扱うのは『商品化』か?」との問いと、それへの反応
問いが面白いから、それへの回答もレベルが上がる。/あ、自分の過去ブログ記事思い出したわ。https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/2020/07/20/092815 と https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/2025/09/24/131300 って、かなり同じ問題意識だと思う
商品化で魂は失われる。商品化はマウント取りや権威付けに過ぎない
小説「ガダラの豚」はアフリカ(ただしケニア。ナイジェリアとは大陸の反対側)の呪術を題材にしつつ大変面白かった。しかしあれはあくまで日本人の作品だし、ネイティブの人が作ったらどうなるのかは興味がある。
例に出てくる日本の伝統っていわゆる神じゃないしな。
「偽物が本物の延命装置になってる」って返しが秀逸。崩してアレンジされるからこそ原典に注目が集まる
神道は本物が存在しないからな!!!!!!!!!!なにしても自由よ!!!!!!!!!
妖怪がそもそもキャラクター化なので。神道も後から体系化されたものだし、着物は誰も来なくなってしまったよね
原典がどうであったかはもう誰にも分からないのでは。
こんなとこに書いたところで届くわけもないが、彼らが、彼らの中の若者に向けたコンテンツを丁寧に作ってほしいよな。僕らはそうしてきたんだと思うし、僕らはそれを勝手に探しにいく/ブコメがEtan comic教えてくれた
何やろ。なんか全体的に重たいわ。もっと肩の力を抜けよ。
諸星大二郎『マッドメン』を思い出した(アフリカではなくパプアニューギニアが舞台だけど)。
インプレゾンビを滅ぼしてからまたおいで
正確に守れはしてないけど保存の役にも立ってるから、ごちゃごちゃ言ってねえで露骨なAI漫画じゃなくちゃんとエンタメに昇華したもん作ってくれ。
まずナイジェリアの手塚治虫が必要
まずエンタメ作品とする前に設定等の下地を作るのです。こちらでは「RPG幻想事典 日本編」などの書籍があって、未来のエンタメ作者さんの発想の下地作りみたいなもんを醸成する時期があったように思います。
エグングンめちゃくちゃかっこいい。ゲームに向いてそう
日本神道は行為習慣の継続そのものが宗教なので、教義がなく「教義と神を信じている」わけではない。みんな半信半疑状態で「継続」を信じている。だから漫画にもできるし相対化も茶化すこともできる。
尊厳破壊が一つのジャンルになっているような文化圏なので、敬虔な人とはなかなか相容れないだろうなと思う。もちろん日本国内も含めて
全部は読めてないけど、天皇や皇室、宮内庁の話は出てるかな。
日本って海外からも自国からも神秘的なものを想起させる島国的なガラパゴス的な唯一無二性があって、大陸だと文化がグラデーション的に違うだけでモチーフが似てるから独自スタイルを確立しづらいんだろうなと思う
この話、わりとダイレクトに「刀剣乱舞」が返答すると思う。刀剣自体がかなり組織的に社会化・「文化」化したものではあるけれど、少なくともあのゲームにおいて「イケメン消費」と「文化リスペクト」は並走した。
知らんけど、祭りとか神事って元々歌とかで意味伝えていく側面もあるんちゃうんけ 商品化で失うんじゃなくて、商品化と共に輸入される外国の富や価値観で現地の行動が変わったとき、心を失ったと感じるのでは
長年の文化の下地があっての、アニメ&ゲームだから、現地の人が急に作るのは難しいかもね。ベルバラやハイジ、最近だと、天幕のジャードゥーガルみたいに、日本からその国の創作物を発信したほうが実は近道なのかも
めちゃくちゃ真面目な人なのが分かる。日本はもうそういう文化と伝統を考えながら行動する国ではなくなってしまった。
伝統があっても人が作ったものなんだから「本物」なんてありはしない。
個人的には、形を線で書きあらわし易かったからじゃないかなって…思います…
(神以外の)フィクションの物語だから、改変しやすいのかも。忌避感も少ないし。
日本でも、仏様や天皇、神話の神々のコミックは少ないと思うが
浴衣や盆踊りなんかは上手く生活に溶け込んでるし、着物も晴れの日の衣装としてはそこそこのこってる方だと思うよ。その上での創作への取り込みだからね。
そう言われてみればなんでもかんでもコンテンツ化してしまった日本て変なのかしらん
アニメ漫画の源流は浮世絵だし、それが庶民も楽しめるようになった太平の世のおかげ
現在残ってないものは現在の我々には残ってないことすら気付かないので、それでも残っているものを見て残ってるとおもうだけ。
エンタメにできたのは漫画より先にお芝居だね。お芝居でやれてるなら漫画でもいける。/最初にやった人が偉いんだよなあ
マンガ日本の古典や世界名作劇場のような形でナイジェリアの神話や文化を上質な娯楽に昇華した作品があったら、私は絶対見たい。
面白ければ何でもいいです。神話とか伝統とかハイコンテキストを押し出せば押し出すほど読者も絞られてしまう気はする。でもそれがいい
ナイジェリアを元に日本で漫画ができそう。日本の取り込み、融合力よ。テロマエロマエのような感じかね。
こういう海外の人達 真面目に文化や宗教に根ざしてこだわりすぎて面白くなくなる 日本は宗教もエッセンスとして独自解釈して面白ければいいと自由に話を作る それでも宗教を冒涜したと言われない文化
神道って凄いと思ってて、神様のことは何も学ばないのに、初詣にはいくし、何となく八百万の神は信じてるし。大抵の漫画は茶化してないと思うんだよね。鬼滅もリスペクトがある。それがいいんじゃない?
無いから自分で書いたって凄いね。保存であり、破壊だと思うよ。その時代、時代に沿ったストーリー、絵柄で残ってく。それで仕方ないし、良いのだと思う。あと、日本には学習マンガが普及してて、小学生でも読めるよ
マンガについてはともかく、ゲームについてはWizardryの功績が大きいと思う。あれの作者が日本の要素をドカドカ入れてくれたおかげで、ゲームに忍者・侍・日本刀を出す違和感がなくなった。
日本には妖怪を現代コンテンツにした水木しげるという妖怪がいたからな・・・/冗談ではなく水木しげると金子一馬はそっち方面の功罪が多大だと思う。「絵」の影響力はとても大きい。
「それを自分がやるんだよ!」と言う前にやってた。商品化かどうかは文化の違いもあるしナイジェリアの大衆がどういった反応をするか見るしかない。一度否定されても後から認められるようなこともある。
アニメや漫画やゲームの創作においてはそういうのは動機が不純という扱いになり、まあ、どうやtったって面白くはならないよね。
宗教であれ歴史であれ、「神聖さに対する悪意のない軽薄さ」が必要になるから他国にはなかなか難しい。いくら軽薄な日本人でも天皇は気軽には描かないのだが、他国には天皇に相当するものがいっぱいあるわけだから。
まずFGOに売り込むのがいいんじゃないかな
カルチャーのサブカルチャーによる消費および解体と見ることもできる。
「日本はもうそういう文化と伝統を考えながら行動する国ではなくなってしまった。」日本はそもそも考えたことないよ。文化も伝統も破壊し続けてきたし。その軽薄さが強みでもあるんだけど。
アフロビーツとノリウッドもヨルバ・イボ・ハウサの伝統の変容の一つなのでは? ①問いが逆で「エンタメ」が出来たので「神聖なもの」が蒸留された。②鬼舞辻無惨は、全く鬼では無い。③「商品化」こそ再生産
まずいち漫画好きとして、ナイジェリア人にも伝わる漫画フォーマットを嬉しく思った。でも漫画より先にお芝居で伝統のアレンジをエンタメ化するのがいいとは思ったな
日本人にバラして良いのか?お前らが描く前に使われるぞ?/神話って最初の創作コンテンツよね/エグングンはそのままレンジャーじゃん
元々の日記好き、擬人化好き、江戸町民文化、戦後の強烈な漫画家がうまく揃って今の漫画文化になってると思う。ナイジェリア文化を保ちたいが先に来るなら、学習マンガ良さそう。学びの場で漫画はかなりいい
近頃の日本はかなり危ういけど、嘘を嘘として楽しむのは受ける側にそれなりの素養が必要だとは思う。
神聖なものをエンタメ化・商品化したことで神聖さが薄れた面はあると思う。日本は日本の神々や怪異だけじゃなく、世界中の神話や伝承をエンタメ化してきたけど、その対象に敬意を払ってるかっつと、あんまりないよな
“その「魂」は消えていない。”魂 そんなもんないから 無いものは消えようもない
神話や祭祀の維持、保護、学術研究それぞれのアプローチと、すでにある娯楽文化のふたつが基礎にあって、創作者と消費者がある。全て相応に人と時間と金が必要で、つまり平和な時代が一定程度続かないと…という…
少し形は違うけど、SNSでこういう議論をしている時点でもうすでに始まってる気がする。真面目な語り口は日本にもよくいる解説系インフルエンサーのそれだ。十分コンテンツといえる
そもそも日本書紀で初登場する「神道」は、それ以前のカミ信仰と仏教を分ける文脈で生み出された概念で、神道そのものが元から存在していたわけじゃない。しかも明治維新後の国策神道とも異なる、ずっとフィクション
日常と伝統が乖離し始めたときこそフィクションが維持装置として役立つ気はするな。神話そのものを描くのではなくて、エッセンス・アイデアとして取り込んでいるのだと思う
ナイジェリアの神様って誰がいたっけと思ったらオグンか。これがまた面白い神様で、アメリカにも伝播してモダナイズされてオートバイや鉄道、タクシー、トラックの神様になってたりしてる。https://x.gd/siZab
今に伝わる神を描いた浮世絵や錦絵だって商品だったわけだし、そういう文化と言えばそう
アフロビートがスタイルになってしまった。これは日本風アニメが世界に広まったのと同じで本家はアイデンティティの危機。
日本の妖怪や神道や着物は元々そんなに神聖なもんでもなかったんじゃねぇかな…
すごい興味深い文化。神聖なものをエンタメ化してよい風潮がもしなければ、その雰囲気を作っていくところからなのでどの手段を取るかも変わる。尊敬の念を持って日本で作る方がいいかもとは思う。
クリスマスとか初詣とか宗教混ざってるけど葬儀は仏教の作法が多くて、信仰は仏教になりそうかな。密教とかで出てくるけど、仏教は他に比べて少いかも。
神話については神が人の世に降りて世直しする話が簡単。ラーマーヤナとかね。妖怪は鳥山石燕という鬼才が江戸時代に存在したことが大きいので、他の国でもあまりない文化だと思う。
悪役にしたりネタにしたりするのが許されるなら可能だろう。真面目に書かないと駄目なら難しいだろう
かっこいい。
他のブクマカも指摘してるけど、妖怪のポップ化は水木しげるの前に江戸時代の鳥山石燕だからな。大河ドラマ「べらぼう」を観よう
まずレイヤーの異なる伝統文化から、商業化した作品を紡ぎ出すイタコのような創作者を用意します。
これは「継承」をどう捉えるか?の問題。人から人へ何かが受け継がれる時に、何も変わらずそっくりそのまま継承できるか?というとそれはない。様々な足し引きがあり、その中でこそ不変の「こころ」が見出だせる。
まずは民俗学に取り組む学者を育てるところが第一歩よねえ。柳田國男なくして水木しげるは成立し得たか?という。
『鬼滅の刃』より『鬼灯の冷徹』のほうが、日本人の「鬼」やあの世について考え方が良くまとまっているような気がする。日本古来のものではなく、中国から渡ってきた要素が混入しているので。
映画『ブラックパンサー』とかどう見たんだろう?(あれもアフリカン・アメリカンには評判いいが、アフリカ人からは文化剽窃との批判が出てる)/音楽で云えば、JBとフェラ・クティは相互に影響を与えてるよね
影絵、人形劇、歌劇等、各時代のエンタメの中に取り込まれる際に商品経済にも組み込まれる。軽薄化でもあるが美化、脚色もあり存在感を増すとも言える。習慣化は強まるが宗教性が薄まる。それをこの人は嘆くだろうか
日本では、伝統とか文化を教えとして学ぶよりも、生活習慣に根付いちゃってるので、意識してないんだよね。初詣も法事もやったことない人は少ないだろうし、我慢も元気もよく使われる言葉だけど教えを意識してない。
“つまり「偽物」が、本物の延命装置になってる。”
ナイジェリアの小説「やし酒飲み」は日本語訳までされて商業的に成功している。土着の神話的世界を扱っていてゲームの原作にできそうな冒険譚でもある。https://www.iwanami.co.jp/book/b248495.html
X凍結中なのでposfieにログインすることは出来ないが、土着文化を好くことによって、その好かれ方によって伝わるものを精神性と呼べるかどうかだ。日本も別に忠実ではない。
前提としての「共通知識」(鬼なら桃太郎とか)があって、絵や娯楽にその「要素を少しとりこむ」をず〜っとやっているから。なんだろうなぁ。 そいや、「紙芝居」って外国で見たことないよね。
織田信長が殺しまくったのがハードルを下げたんだと思う(´・_・`)あとは天皇家が仏教を神道にミキシングしたり、近代にクリスチャンが非人道的行為を大手振ってやるので尊重する必要がなくなったり
現代に生きる我々は、コンテキストを読み取ってコンテンツをコンテンツとして消費することに少しばかり慣れ過ぎているかもしれない。/一方で文化保護や研究をそれなりにやっているから安心して改変できるのかも。
能とか浄瑠璃とか落語とか、お芝居からだからな。なのでナイジェリアでも神事ではなくエンタメとしてそれらを扱う土壌があれば換骨できるはず。
うーん、日本はそもそも明治政府が廃仏毀釈と神域の西洋教会化をして改造しているし、それ以前でも、主に大乗仏教の布教において精進料理や踊り念仏などエンタメを図っているし。下地の前提が違いすぎる気がする。
冒頭の生成AIの解説絵はげんなりしたけど、ジャンプあたりはそのメソッドに習熟した結果日本以外を舞台にすることもできたりするのぜ>ロンドン怪奇生命保険 - 平尾友秀/城本祥 https://shonenjumpplus.com/episode/9253191254500135416
よく分からないので女体化して日常系にして。
そもそも妖怪や着物が「神聖なもの」という意識が日本人には薄い
漫画アニメゲーム等にアレンジして取り込んだ者たちが伝統の維持を意識していたから伝統が残ったというようなことはなく、アレンジする者とは別に伝統を維持する者も居たから結果として残っているのだと思う。
真面目だしとても賢明な人だな。こういう人を見ると世界はまだ捨てたもんじゃないと思える
神々を性転換された上に性的消費されることを許容できるなら…?/あまり語られないが、日本のアニメ、漫画の発展にオタクと同人、二次創作に対する寛容性が強固な土台としてあったことは忘れちゃいけないと思う。
さすがにナイジェリアの人にはわからんと思うのだが、世俗の着物と神職や巫女が着ている着物はまた別物。神職の衣装は神社の人は毎日着ているとこもあるし、神事で衣装装飾品が違ったり、かなり細かな決まりがある
商品にしてるのは企業であってアーティストはそんな気持ちで作ってないと思うよ
百鬼夜行は平安時代からあるよね。/素晴らしい文化交流。
アミニズム、をシステマチックに学問としてまとめている分野があるとすればオモロイね。調べてみよう。/ググれば、立教奥野ゼミ、東北大学宗教学研究室、千葉大学文化人類学研究室、が出てくるね。調べてみよう。
神道はアニメやゲームで受け継がれてないよ。神道はお祈りするものでバトルするものじゃないです/妖怪は2大巨匠(江戸時代の鳥山石燕と水木しげる)という妖怪のイメージの共有に多大な影響を与えた人がいるので
日本人が無宗教という時、それは地獄とか天国とか幽霊や神の考えを捨てて唯物論に浸っているわけでも2元論でもない。守らないといけない品格(プライド)と伝統をおもちゃにされないようにするしかないんじゃなかな
いまだに呪術が生活や社会の中に根強く残っている地域と聞くのでどのような流れになっていくか気になるところ。
ナコルルはアイヌ文化を広めたのか、それとも破壊したのか。恣意的な省略・改変がエンタメの常ならば、伝統にもそれに負けない芯の強さが必要だ。
良いなぁ。あとでしっかり読もう
「若者に向けたコンテンツを丁寧に作ってほしい」とか言われても、世界的にはアニメやゲームに大して興味ない若者の方が多いからね。作っても需要が少ない。
『真・女神転生のすべて 悪魔復活編』のバックベアードの項には「かつて日本を支配しようとやって来たことがあるが鬼太郎の活躍で失敗に終わった」とあるのでメガテン世界には妖鬼キタロウもいる
鬼は反乱者だったり、大蛇は土砂崩れだったりと何らかの比喩となっている場合があるので、昔話になった時点で商品化のようなもの。
本物の◯◯じゃなくて形だけのものを商品化しても、売れて、好きだって人が増えればその中から本物を知りたがる人が必ず出てきて、本物も生き残れる派 / 形だけでも生き残らせたい時、最低限の敬意ってのが難しいか…
別に表現手段が一足飛びにアニメやゲームでなくてもいいんだよ。日本だって最初からそうだったわけじゃない。口承民話とか文学とかの膨大な下地の上に成り立ってる。
無理だね、としか 消費者が居ないものは成り立たない 生成AIでちょろっと作ったものは人の心を動かさないし 無くなった文化なんて星の数程ある 誰もそのナイジェリアの土着文化になんか興味はない
神話や伝統を題材にした作品を複数目にすることによって、共通点から原典の姿をぼんやり把握できる
着物はもう少しカジュアルかつ手軽になれば着る人も増えると思うんだけど着付け警察がいたりするからなあ…
文化が歪んだ形で商品化されたとしても、広く普及すればそれなりに深く調べようとする人もいるので、案外正しい情報も伝わっていくものだと感じている。悪名は無名に勝る。
商品舐めすぎやろ。ハリウッドやマンガ・アニメに宿る神業に、世界一のエンタメメディアに洗練させんとしてきた先達にこいつこそ敬意あんのかよ。無ければ何をやってもダメだろうね
以前も貼ったが「アフリカの忘れられた物語を語る「アフリカン・コミック」がいま熱い」 https://courrier.jp/news/archives/328906/ コミック化・ゲーム化することで残るもの失われるもの両方あるわな。
敬意を持ってやる分にはいいのでは
この人が「消えていない」と言っている「妖怪」「神道」「着物」の魂とは何なのか。多くの日本人はファッションとしてそれらを取り入れ消費しているに過ぎない。
日本は1300年代に成立した能楽(申楽)が当時の台本そのままに未だに上演されているのが大きい。他のエンタメで異文化まみれになっても、能楽が上演され続ける限り、例えば鬼の意味、動き、台詞の軸は変わらない。
柳田國男のように民話を書籍に固定してそれが広く普及するのも大事だが。主流の宗教以外はまずそれが難しい。水木しげるもそこにいる。
素晴らしい質問と観点。神話などは絶対に守らないといけない。日本人がどれだけ意識しているか分からんが、民族としてのアイデンティティにおいて重要。
興味深い題材を作品化しようとするなら一旦はそこから離れて俯瞰してみるのがいいんじゃないかな。怪異が真の恐怖だった平安時代から愛すべきキャラに変わる現代まで日本人はホンモノから距離を取り続けてると思う
妖怪ウォッチあたりが江戸的な消費の仕方に思える
マルフォイ役の役者さんのエピソードを知ったとき、それはそれこれはこれって考え方は文化なのかなと思った
つーか、それらは文化の主導権争いであり、新たな創始者ポジション争いな訳でもあるので、もっと野心的なものだと心して取り組んだ方がいい。
実は守れてないけど守った気になってるバカの群れがクリエイターを擁護しているよ。
そもそも外来の物は土着文化と混ざるんだよ。キリスト教の天使や悪魔もそうだし、明治期に翻訳された本や語られた歴史もそう。「山中にて仙人より助言を賜り、危機を脱し革命を成し遂げたるワシントン」の本とかある
そういうのは「作家」がやる事で作家でも何でもない人は現状実際にやってる作家を買い支えたり広めたりするのがいいので「俺はやらないけど俺がやりたい事を誰か代わりにやってくれー!」は、さもしいと思います
Xの翻訳機能で一番関心度が上がった国がナイジェリア。お米を沢山食べる国らしく料理も日本人の口に合いそうな感じの美味しそうさなんだ
個人制作の漫画は「大人の事情」が入り込む余地が少なく、精神性を保ったままエンタメ化出来る媒体ではあると思う。
まず古事記と日本書紀あって、それから神楽とか能からの歌舞伎とか、江戸時代の本文化がデカそう。やっぱ長い平和と市民の娯楽、教養、余裕がだいじ
消滅するよりは変容したとしても何らかの形で残る方がマシでは。水木しげるが娯楽作品にしなければ今頃完全に忘れ去られた妖怪とかもあったかもよ。
とりあえずAIイラストではダメだな