『巨大人型兵器はSF失格』と叩かれてた時代を知る世代にはたまらん話。SFマガジンの特集を『SF側の謝罪』と受け取るこの怨念と執念の熱量よ
富野自身もおもちゃ会社からの要望で巨大ロボにしてるだけで18mはリアルではないと思ってたはず
最後の問いが難しすぎる。徳光先生が売れる世界線はララァがシャアを救える世界線より少ないぞ。でも売れてほしい。そして熱くて面白いオタク漫画をたくさん売ってほしい。近年のガンダムブームに乗れれば良いのだが
ロボットアニメを蔑視してた世代って、考えてみれば、既に還暦超えてるんだよなぁ
今だに人型ロボットは不合理性の塊に見えるけど何が変わったの?(SFではあるけど科学的な整合性を求めるハードSFには当たらないという判断がらされたのが気に入らない人がいたのかな)
SFが劣化したんや!!!!!!!!
代表的な論者だった高千穂遥が誤解を公式見解とした以上すでに有耶無耶で、存在しないものへの謝罪などないでしょう。そもそもSFファンダムは早々軟化してるし2012年には『~THE ORIGIN』が星雲賞コミック部門受賞。
「宇宙の戦士」をやりたかったのにオモチャ会社の都合で全長18mになったんだから、そらSF要素は限定的でしょう。浸透と拡散の結果、あれもSFになったと見た方が合理的/例えば現在のミリタリーSFはSF要素がかなり緩い
銀英伝だってドローンで戦う現代からすると、戦艦同士の戦闘且つ人力操作で数百万人も死ぬ必要ある?ってなってるんでまぁ…
そんなさぁ、“SFは一枚岩”みたいな物言いされましても。
なんかSFマニアの厄介さが乗り移ったような…あえてやってるんだろうけど。
ハヤカワの方 https://www.hayakawabooks.com/n/n7a9fb39f1394 でなく徳光側にブクマ付くのおもろ。閃ハサ村瀬監督へのロングインタビューも掲載。堺三保は白土晴一(アニメ『純潔のマリア』考証)と考証ブラザーズしてたよね。
ロボットアニメ無かったら、日本人はこんなにSF好きじゃなかったろうな
まず勝手に代表面するのを止めてもろて。
SFとは言い難い、はぜんぜんよい。SFと言うな(SFが低く見られるから)、という主張が確かにあった歴史なわけで
あの徳光康之先生だから許されるエントリ。
昔「早くガンダムが好きな元気な女の子を卒業してほしい」と言った彼は今どうしているだろうか
(ブコメ見て)昭和時代、SFとは茶道華道釣り模型ハム等と同じヒエラルキーのある趣味もとい「道」で、海外ハードSF(を原書で読む人間)が一番偉くて漫画アニメ(のファン)が最底辺だった歴史を知らんと何も分からんよな…
あなたが徳光康之だったら売れるためにココからどうしますか?←今さら謝罪してももう遅いっていうマンガを描いて売れないっていうのをやりたい
そこまでSFという概念というか因習村に帰属してないので村の一員であることがそんな大事か?としか。SFだったとして結局は足は不要なんだからとっとと取れ
何を今更
今にして振り返ると自分の主観では「古参」と「にわか」の対立でしかなかったなあ。
AMBACの他に, 走破性と塹壕から手だけ出して撃つ性(と宇宙空間での作業性)を考慮すると人型になるのは必然
SF読みが「教室で、学習塾で…(略)…居酒屋で」にいる世界「冬の時代」とか無かった並行世界なんでは?感。(まあSF側が明確にロボットアニメを格下扱いしてた事実はある https://x.com/ka_ka_xyz/status/1939250792399331742
ガサラキサイズのロボアニメをやるべきだろう(ガサラキおじさん)
徳光康之の漫画はロボットにせよプロレスにせよ、マイナージャンルへの偏見や蔑視に対する捻くれた情熱の表現で溢れているので、ロボットが真っ当なSFとして認められていたら今の徳光漫画は無かったのかもしれない。
巨大ロボットものアニメの先駆はガンダムよりも鉄人28号なのでは?
SF自体、差別され迫害された時代が長い。追い込まれれば追い込まれるほど先鋭化し、異端審問を始めるのが世の習い。キリスト教も共産党も同じ。逆に右翼が鷹揚なのは権力に養われているから。
この事実は「オタク」とはいかに視野狭窄で1人1派であり、いまの「オタク」とは意味も性質も違う種族であることがわかる。ただ、いまのオタクがかつてのオタクを「薄め」てはいるんよね。
ガンダム以降の人間なので、SF認定されないことのデメリットがわからん//人型批判されるけど、今、陸上で大きな勢力誇っているのは人間だよ。利便性はある。4足歩行に戻りたくないよね
SFファンって自分たちが高尚なものを嗜んでいるっていう自意識が強すぎるんだよな。自分の好きな高尚なもののラインに入っているかどうかで線を引こうとする。「彼方のアストラ」アニメ化の時の振舞いも忘れられない
SFだってどこかの段階で嘘を受容している。結局のところどこに線を引くかという非常に小さい問題…ビデオ屋に行けば全部ファンタジーでくくられているぞ?
じゃあ百合特集は百合への謝罪? https://www.hayakawabooks.com/n/n59fb9ad18d3a
「ガンダムはSFじゃない」と呼ばれ続けて幾星霜
ハードSFからのプレッシャーがあったからガンダムの設定も従来アニメより緻密になりシェアード・ワールド的広がりを持てたのでは…。あと、そういうコンプレックスがなければ徳光先生という異才も生まれなかった気が
懐かしい論争。だが逆にちゃんとしたSFの定義は何かといえば、何か架空のガジェットを媒介に一個の架空の世界(社会や歴史まで)全体を構想する物と俺は思ってる。結果的にこれに成功したロボアニメは一定数あるだろ
ガサラキはSFだよ
宇宙人主導の人類補完計画(適合した赤ん坊のみ)が成功して地球ごと旧人類が消し飛ぶオチの大作SFがある
SF理論家のダルコ・スーヴィン曰くSFは現実の延長線沿いを描くものであり、非現実的な物語をファンタジーと評した。ただし、逆算でしかないため現実の我々が作り出したスマートフォンですらSFの登場人物は持っていない
やがて富野高橋に脳を焼かれたSFロボットアニメファンが「リアルでない」「低俗な」ロボットアニメや萌えSFアニメを蔑視する側に回った歴史を思い起こせば、ジャンル対立じゃなくて世代間対立なんだよなあ。
たったこれだけで勝利宣言すんのか・・・
『SFマガジンなどのSF雑誌誌面で』当時の読者では無いし、全号を確認できた訳では無いが、確認したSFMではガンダムがボロカスの評価はされてない。徳光氏は勇み足では?俺の感想としては「ほぼ、扱われてすらいない」
ロボットアニメへのSF側の謝罪|徳光康之
『巨大人型兵器はSF失格』と叩かれてた時代を知る世代にはたまらん話。SFマガジンの特集を『SF側の謝罪』と受け取るこの怨念と執念の熱量よ
富野自身もおもちゃ会社からの要望で巨大ロボにしてるだけで18mはリアルではないと思ってたはず
最後の問いが難しすぎる。徳光先生が売れる世界線はララァがシャアを救える世界線より少ないぞ。でも売れてほしい。そして熱くて面白いオタク漫画をたくさん売ってほしい。近年のガンダムブームに乗れれば良いのだが
ロボットアニメを蔑視してた世代って、考えてみれば、既に還暦超えてるんだよなぁ
今だに人型ロボットは不合理性の塊に見えるけど何が変わったの?(SFではあるけど科学的な整合性を求めるハードSFには当たらないという判断がらされたのが気に入らない人がいたのかな)
SFが劣化したんや!!!!!!!!
代表的な論者だった高千穂遥が誤解を公式見解とした以上すでに有耶無耶で、存在しないものへの謝罪などないでしょう。そもそもSFファンダムは早々軟化してるし2012年には『~THE ORIGIN』が星雲賞コミック部門受賞。
「宇宙の戦士」をやりたかったのにオモチャ会社の都合で全長18mになったんだから、そらSF要素は限定的でしょう。浸透と拡散の結果、あれもSFになったと見た方が合理的/例えば現在のミリタリーSFはSF要素がかなり緩い
銀英伝だってドローンで戦う現代からすると、戦艦同士の戦闘且つ人力操作で数百万人も死ぬ必要ある?ってなってるんでまぁ…
そんなさぁ、“SFは一枚岩”みたいな物言いされましても。
なんかSFマニアの厄介さが乗り移ったような…あえてやってるんだろうけど。
ハヤカワの方 https://www.hayakawabooks.com/n/n7a9fb39f1394 でなく徳光側にブクマ付くのおもろ。閃ハサ村瀬監督へのロングインタビューも掲載。堺三保は白土晴一(アニメ『純潔のマリア』考証)と考証ブラザーズしてたよね。
ロボットアニメ無かったら、日本人はこんなにSF好きじゃなかったろうな
まず勝手に代表面するのを止めてもろて。
SFとは言い難い、はぜんぜんよい。SFと言うな(SFが低く見られるから)、という主張が確かにあった歴史なわけで
あの徳光康之先生だから許されるエントリ。
昔「早くガンダムが好きな元気な女の子を卒業してほしい」と言った彼は今どうしているだろうか
(ブコメ見て)昭和時代、SFとは茶道華道釣り模型ハム等と同じヒエラルキーのある趣味もとい「道」で、海外ハードSF(を原書で読む人間)が一番偉くて漫画アニメ(のファン)が最底辺だった歴史を知らんと何も分からんよな…
あなたが徳光康之だったら売れるためにココからどうしますか?←今さら謝罪してももう遅いっていうマンガを描いて売れないっていうのをやりたい
そこまでSFという概念というか因習村に帰属してないので村の一員であることがそんな大事か?としか。SFだったとして結局は足は不要なんだからとっとと取れ
何を今更
今にして振り返ると自分の主観では「古参」と「にわか」の対立でしかなかったなあ。
AMBACの他に, 走破性と塹壕から手だけ出して撃つ性(と宇宙空間での作業性)を考慮すると人型になるのは必然
SF読みが「教室で、学習塾で…(略)…居酒屋で」にいる世界「冬の時代」とか無かった並行世界なんでは?感。(まあSF側が明確にロボットアニメを格下扱いしてた事実はある https://x.com/ka_ka_xyz/status/1939250792399331742
ガサラキサイズのロボアニメをやるべきだろう(ガサラキおじさん)
徳光康之の漫画はロボットにせよプロレスにせよ、マイナージャンルへの偏見や蔑視に対する捻くれた情熱の表現で溢れているので、ロボットが真っ当なSFとして認められていたら今の徳光漫画は無かったのかもしれない。
巨大ロボットものアニメの先駆はガンダムよりも鉄人28号なのでは?
SF自体、差別され迫害された時代が長い。追い込まれれば追い込まれるほど先鋭化し、異端審問を始めるのが世の習い。キリスト教も共産党も同じ。逆に右翼が鷹揚なのは権力に養われているから。
この事実は「オタク」とはいかに視野狭窄で1人1派であり、いまの「オタク」とは意味も性質も違う種族であることがわかる。ただ、いまのオタクがかつてのオタクを「薄め」てはいるんよね。
ガンダム以降の人間なので、SF認定されないことのデメリットがわからん//人型批判されるけど、今、陸上で大きな勢力誇っているのは人間だよ。利便性はある。4足歩行に戻りたくないよね
SFファンって自分たちが高尚なものを嗜んでいるっていう自意識が強すぎるんだよな。自分の好きな高尚なもののラインに入っているかどうかで線を引こうとする。「彼方のアストラ」アニメ化の時の振舞いも忘れられない
SFだってどこかの段階で嘘を受容している。結局のところどこに線を引くかという非常に小さい問題…ビデオ屋に行けば全部ファンタジーでくくられているぞ?
じゃあ百合特集は百合への謝罪? https://www.hayakawabooks.com/n/n59fb9ad18d3a
「ガンダムはSFじゃない」と呼ばれ続けて幾星霜
ハードSFからのプレッシャーがあったからガンダムの設定も従来アニメより緻密になりシェアード・ワールド的広がりを持てたのでは…。あと、そういうコンプレックスがなければ徳光先生という異才も生まれなかった気が
懐かしい論争。だが逆にちゃんとしたSFの定義は何かといえば、何か架空のガジェットを媒介に一個の架空の世界(社会や歴史まで)全体を構想する物と俺は思ってる。結果的にこれに成功したロボアニメは一定数あるだろ
ガサラキはSFだよ
宇宙人主導の人類補完計画(適合した赤ん坊のみ)が成功して地球ごと旧人類が消し飛ぶオチの大作SFがある
SF理論家のダルコ・スーヴィン曰くSFは現実の延長線沿いを描くものであり、非現実的な物語をファンタジーと評した。ただし、逆算でしかないため現実の我々が作り出したスマートフォンですらSFの登場人物は持っていない
やがて富野高橋に脳を焼かれたSFロボットアニメファンが「リアルでない」「低俗な」ロボットアニメや萌えSFアニメを蔑視する側に回った歴史を思い起こせば、ジャンル対立じゃなくて世代間対立なんだよなあ。
たったこれだけで勝利宣言すんのか・・・
『SFマガジンなどのSF雑誌誌面で』当時の読者では無いし、全号を確認できた訳では無いが、確認したSFMではガンダムがボロカスの評価はされてない。徳光氏は勇み足では?俺の感想としては「ほぼ、扱われてすらいない」