「オタクによる反戦デモ」関連のpostでこれ https://b.hatena.ne.jp/entry/4785284956754663682 がわかりやすいんだけど、この地雷魚さんは“偽物”の側なんよね。まぁ言葉が強すぎる感はあるので「別物」でも何でもいいけど。(続メタ
就職氷河期に触れてるなら電車男等をターゲットにする前段階としてコミュニケーション力を市場化してコミュ力至上主義を内面化した一般メディアや就職産業の方への言及が必要だろう。
“特にコミケの参加増を受けて"「迫害下にあった」とは形容できない"と言うのは、黒人運動やLGBTパレードの参加人数増を受けて「差別はなかった」と言ってるようなもの”
当時はオタク=犯罪者予備軍みたいな極端な空気感だったのは事実だろ。宮崎事件直後のバッシングを知らない世代には捏造に見えるのかもな。歴史修正主義はオタク界隈でも健在かw
「迫害」って言葉の幅が広いよね。入学や就職を断られる程の差別はなくとも、クラスや職場で敬遠・白眼視を受けた人は少なくない。その理由が、オタ趣味なのか本人の特性なのかの判別が難しいのがややこしいとこだが
宮崎勤事件当時まだ小中学生だった人は、親や教師から否定されがちだったのかな。自分は幸い(?)その頃すでに学校には友人皆無で、アニメ、ゲーム、歴史等の趣味も一人でやってたし、親の口出しも無かった。
VIPやまとめブログ、ニコニコ動画とかでアストロターフィングが横行してたのは間違いではないと思うけどな。ハルヒもけいおんも過大評価されすぎ
迫害はなかったという言説が現れる時点でいまも差別がつづいてるということ
現在、迷惑ではない撮り鉄は迫害されてるかどうか的な?
80年代だと普通にやばかった。
"大谷昭宏 フィギュア萌え族"で検索してみるといくらでも迫害の証拠がでてくる。ワイドショーで犯罪者にオタク的な要素を見つけてオタク全体を犯罪者予備軍扱い。これは迫害だと当時のオタクも反論してる。
あった。以上。もうこの辺の世代のこの手の話題は目にするのも嫌だよ。現実が全く見えてない。
またこれかよ・・・これは「ホロコーストはなかった」とか「部落差別はなかった」「旧日本軍の蛮行はなかった」と同じ。当時の複数被害者証言や文章的な証拠なんていくらでもあるのに
ある種の自己紹介での趣味欄で「アニメ」が出現したパーセンテージの推移が可視化できたら、視聴者人口と対照してどれだけ「明示したら攻撃されるもの」だったのかわかるんだがなあ。
大変だったんですね
世代にずれがあるとしても「根暗」というレッテルがあったけどな。「くりいむレモン」が流行ってむしろゾーニングを押し広げてたんだな。
コミュ力至上主義を徹底して称揚してきた側の終焉なのかなコレ。「テレビマンはなぜ転職市場で評価されないのか」https://note.com/babytamtam3/n/n5bfafe8ed514
迫害された結果、「表現の自由=TPO関係なくエロで溢れ返らせること」という考えを持つようになってしまいました
男が悪い
昔はオタクの定義も曖昧で、アイドル、特撮、鉄道、カメラ、ビデオ、様々なジャンルのマニアが「オタク」の括りでぼんやり忌避されてたのは俺も記憶してる。今はなぜかアニオタの語りだけがやたらと強いんだよな。
相当環境・個人差の大きい事案なんだとは思う / B・バージン読み返したくなってきた
やった側は大して気にもしていない。矮小化、記憶にも残らない。されていた方は怨嗟の気持ちを自己増幅させる事もあるだろう。そこに溝はあるし、いじめの記憶と似た構図なんだろうな。
捏造ではないと思うけど、オタクだけか?って言われるとそうではないかなと。偏向報道や偏見になんの歯止めもない時代だったっていうだけかな。
なかったと言い張ればなかったことになると思ってる系知能ってどこにでも湧くんだな
「迫害」というのはかなり強い言葉で、一般的には迫害と言われたら虐殺や奴隷的支配、公民権の剥奪などの深刻な人権侵害を連想するんだよ。たかだかオタクの肩身が狭かった程度の話で使うべき言葉じゃない。
キモいオタクは迫害されたけどキモくないオタクは迫害されなかったで済む話
誰もが被害者になりたがる。道徳的に優位に立てる気にさせてくれる現代社会のバグあるいは道徳の系譜
この手の歴史修正主義者は何度でも現れる
長らくアニメは「子どもの観るもの」だった訳で、それを大人も観るようになったことで「大人が観るなんて」という風潮が生まれ、だんだん薄れたと見るのが正しいと思う。一時期迫害があった、は少し違うと思う。
迫害という言葉が強すぎて、当事者だった私ですらこの論調には違和感がある。自分も偏見の目で見られていた自覚はあるが、それを迫害と呼ぶのは違うと考えている。言葉の価値を下げないでほしい。
『「オタク迫害史観」というどう考えても捏造されているオタクたちへの違和感|地雷魚』へのコメント
「オタクによる反戦デモ」関連のpostでこれ https://b.hatena.ne.jp/entry/4785284956754663682 がわかりやすいんだけど、この地雷魚さんは“偽物”の側なんよね。まぁ言葉が強すぎる感はあるので「別物」でも何でもいいけど。(続メタ
就職氷河期に触れてるなら電車男等をターゲットにする前段階としてコミュニケーション力を市場化してコミュ力至上主義を内面化した一般メディアや就職産業の方への言及が必要だろう。
“特にコミケの参加増を受けて"「迫害下にあった」とは形容できない"と言うのは、黒人運動やLGBTパレードの参加人数増を受けて「差別はなかった」と言ってるようなもの”
当時はオタク=犯罪者予備軍みたいな極端な空気感だったのは事実だろ。宮崎事件直後のバッシングを知らない世代には捏造に見えるのかもな。歴史修正主義はオタク界隈でも健在かw
「迫害」って言葉の幅が広いよね。入学や就職を断られる程の差別はなくとも、クラスや職場で敬遠・白眼視を受けた人は少なくない。その理由が、オタ趣味なのか本人の特性なのかの判別が難しいのがややこしいとこだが
宮崎勤事件当時まだ小中学生だった人は、親や教師から否定されがちだったのかな。自分は幸い(?)その頃すでに学校には友人皆無で、アニメ、ゲーム、歴史等の趣味も一人でやってたし、親の口出しも無かった。
VIPやまとめブログ、ニコニコ動画とかでアストロターフィングが横行してたのは間違いではないと思うけどな。ハルヒもけいおんも過大評価されすぎ
迫害はなかったという言説が現れる時点でいまも差別がつづいてるということ
現在、迷惑ではない撮り鉄は迫害されてるかどうか的な?
80年代だと普通にやばかった。
"大谷昭宏 フィギュア萌え族"で検索してみるといくらでも迫害の証拠がでてくる。ワイドショーで犯罪者にオタク的な要素を見つけてオタク全体を犯罪者予備軍扱い。これは迫害だと当時のオタクも反論してる。
あった。以上。もうこの辺の世代のこの手の話題は目にするのも嫌だよ。現実が全く見えてない。
またこれかよ・・・これは「ホロコーストはなかった」とか「部落差別はなかった」「旧日本軍の蛮行はなかった」と同じ。当時の複数被害者証言や文章的な証拠なんていくらでもあるのに
ある種の自己紹介での趣味欄で「アニメ」が出現したパーセンテージの推移が可視化できたら、視聴者人口と対照してどれだけ「明示したら攻撃されるもの」だったのかわかるんだがなあ。
大変だったんですね
世代にずれがあるとしても「根暗」というレッテルがあったけどな。「くりいむレモン」が流行ってむしろゾーニングを押し広げてたんだな。
コミュ力至上主義を徹底して称揚してきた側の終焉なのかなコレ。「テレビマンはなぜ転職市場で評価されないのか」https://note.com/babytamtam3/n/n5bfafe8ed514
迫害された結果、「表現の自由=TPO関係なくエロで溢れ返らせること」という考えを持つようになってしまいました
男が悪い
昔はオタクの定義も曖昧で、アイドル、特撮、鉄道、カメラ、ビデオ、様々なジャンルのマニアが「オタク」の括りでぼんやり忌避されてたのは俺も記憶してる。今はなぜかアニオタの語りだけがやたらと強いんだよな。
相当環境・個人差の大きい事案なんだとは思う / B・バージン読み返したくなってきた
やった側は大して気にもしていない。矮小化、記憶にも残らない。されていた方は怨嗟の気持ちを自己増幅させる事もあるだろう。そこに溝はあるし、いじめの記憶と似た構図なんだろうな。
捏造ではないと思うけど、オタクだけか?って言われるとそうではないかなと。偏向報道や偏見になんの歯止めもない時代だったっていうだけかな。
なかったと言い張ればなかったことになると思ってる系知能ってどこにでも湧くんだな
「迫害」というのはかなり強い言葉で、一般的には迫害と言われたら虐殺や奴隷的支配、公民権の剥奪などの深刻な人権侵害を連想するんだよ。たかだかオタクの肩身が狭かった程度の話で使うべき言葉じゃない。
キモいオタクは迫害されたけどキモくないオタクは迫害されなかったで済む話
誰もが被害者になりたがる。道徳的に優位に立てる気にさせてくれる現代社会のバグあるいは道徳の系譜
この手の歴史修正主義者は何度でも現れる
長らくアニメは「子どもの観るもの」だった訳で、それを大人も観るようになったことで「大人が観るなんて」という風潮が生まれ、だんだん薄れたと見るのが正しいと思う。一時期迫害があった、は少し違うと思う。
迫害という言葉が強すぎて、当事者だった私ですらこの論調には違和感がある。自分も偏見の目で見られていた自覚はあるが、それを迫害と呼ぶのは違うと考えている。言葉の価値を下げないでほしい。