その展開だとサキエルがセントラルドグマ侵入してアダムと接触して終了なのかな でもリリスだっけ いたのは
むしろシンジくんがエヴァに乗るのはアフタっぽくなくて、ネルフの周辺の人間関係でグダグダやる様子を描写するのがアフタっぽいって印象さえある(かつてアフタヌーンを愛読していたおじさんの偏見)
エヴァへの感想は『そんなの乗るなよ』なんだけど……
“漫画を一本仕上げて投稿するなんて明らかに「乗ってる」側の人なのに、その作品の主人公が乗らないというのは不思議だ”
乗るからみんな不幸になったんだろ(´・_・`)韓国系縦読み漫画っぽさをイメージしてしまう
そりゃアフタヌーンに投稿する作品なんだからそうするだろ!?
乗った上でアフタ感を出すなら、使徒とタッグを組むくらいからスタートなのでは
文句だけ言ってエヴァに乗らないシンジ君、ギャグ漫画なら割と面白そう
綾波が作ってくれた「碇くんがエヴァに乗らなくても良いように」してくれた世界を私が守りたい、あなたは死なないわ。
エヴァに乗ることになった主要登場人物がバンバン死んでくのが『ぼくらの』
「乗れよ」
でも今、一番アフタヌーンっぽい漫画雑誌ってハルタなんだよな。
「乗れよ!」はシンプルだけど真理だな。葛藤してるだけの主人公はもうお腹いっぱい
文芸雑誌の投稿に、40代と50代の「自分にしか分からない生きづらさ」みたいなのが多いってどっかで見たな。同じものを感じる。
守りに入ってる陰キャの主人公が、それこそ総評にある「乗れよ!」のように一転して世の中に「攻め」を繰り出すものからしか得られない滋養のようなものはある。
岸和田「エヴァには乗らんとなぁ、のぅ?長官?」/ミスメロン「長官!ヤメテクダサイ!」
最初からシンジを巻き込むことがユイの計画だったんで、その場合初号機が勝手に暴走してシンジを拐うみたいな流れかな
アフタヌーンっぽさ笑う
別にエヴァを書き直せって言ってんじゃなくて、創作である以上テーマを据えて達成する物語を描けって言ってんじゃないの?
でも乗った世界線の作品はアフタでやらんよな。乗っても乗らなくても、感情移入が必要な作品がとんと読みづらくなったのは年齢のせいなのかな。
"漫画を一本仕上げて投稿するなんて明らかに「乗ってる」側の人なのに、その作品の主人公が乗らないというのは不思議だ。"
エグザクソンのデザインがエヴァ並に異形格好良かったらなあ
冷笑系の作品なのかなとか思っちゃう
何も分からずとりあえず乗って、乗ったあとに「これやばいやつじゃん」とあわてて降りたのが『天気の子』
うまい表現。エヴァに乗った結果関係性が悪くなるとかエヴァに乗っても地球は滅亡するとかがアフタっぽいかなあ。乗らないのはハナから舞台に上がってないし
強いられちゃえばいいんじゃないですかね
毒親ポエムみたいの?辛い心情ぶちまけて読者に理解してほしいというのは作者のセラピーであって読者のための作品じゃないよな
ギャンブルに勝ってもその競技はうまくなれないと思うけどな。愚かなままでいようとする学習の間違いがあるんだけど。
まあアムロに少しその気があったとはいえシンジほど情けない主人公というのはエヴァ以前には考えられず、その意味であのアニメはゾルトラークだったのだなあと。あれ以降この手の話(セカイ系)がわらわら出てきた。
娯楽なんだから事件を起こせ、ってのは最低限だわな。ブンガクじゃねえんだから(これはエヴァ自体に対する批判でもあります)
いまだにエヴァなの?
まさにゲンドウとシンジのやり取りで笑ったw ほんで綾波が乗ったんやね
呪縛
「エヴァに乗らなかったエヴァ」が『Q』なので、やはりエヴァには乗るべき。
そこで逆に振り切れてブチ切れた碇シンジくんがゲッターロボか漫画版ガンダムみたいにノリノリでロボに乗ったり叫んで暴れたりモニタを叩き壊したりするとジャンプに行け!って言われるんだよね。
乗れっつーの!
窓辺系の主人公だ。そういう漫画も映画もいっぱいあるよ。
若い人が応募者だとエヴァに乗れるだけの経験も度量も積んでないのにどうやって乗った後を描き切るのか、という疑問が大きい。大抵、描けないから既にある作品を真似た展開になって終わる。
乗って、実は使徒側が正しかったんだ!ってシンジvsネルフになるとか
コンフリクトを昇華しきらないまま作品にしちゃったやつだ
まともな大人がいないのが悪い、優しくしてもらえないならシンジはエヴァに乗る必要なんかないと喚いていた層が書き手に回ったせいかな?
何か動かさないとそれこそ「話にならない」のよな
ロボットに乗った後に持ち逃げしてネルフと敵対すれば、鉄人28号とか仮面ライダーとかサイボーグ009とかの系列になる。
なるほどなぁ
起承転結の転の部分だけがない漫画なんだろうな。ただ、そういった作品はコミティアとかで見かけるときがある
そういうのが集まりがちなのが自誌の特性とわかった上で、乗らないなら乗らないがエンタメとして昇華できていない内向的な作品ばかりで、だったら乗れよ、なんだろうね。
エヴァに乗らない話は純文学みたいなもんで、アフタヌーン読者はそういうのも好きなはずだけど、人に読ませるハードルはまあ高いよね
あくまで本流があってのアナザーだからなあ。
JPOPの歌詞もそんなもん単純で手に届くリアリティがそんなにいいかねぇ乗れよ
応募する側も「これはアフタヌーンっぽいな」と思って応募するからそういった作品が集まるんだろうな
まあでも気軽に巨大な兵器に乗っても少年が神話になるだけで落とし所が難しい気はする。結論が「ナイフ持って暴れました」だとそれはそれで問題だろう。
新世紀と明言することでエヴァQで大喜利される可能性を潰している鉄壁のポストだ
乗ってしまうと画力や資料収集力が追いつかないのだろう。乗らないのではなく、乗れない碇シンジくん達。
文学も漫画もすべてつまらない。おもしろいのはツァラトゥストラくらい
乗るカタルシスを味わいたくて物語を読んでる
時と事情によるだろ!!!!
アフタヌーン投稿者はエヴァに乗らないシンジくんみたいな人が多そうだから仕方ないじゃん(偏見)。ただアドバイスは明確でエヴァに乗ったシンジくんの話を持って来いと。そりゃそうだ。
プロセカのニーゴシナリオはなかなか乗らない。三年以上乗らなかったのでは。今の若者に合わせて考え方を変える必要もあるのでは
エヴァにだけは乗らんでくださいよ!
俺はガキの頃にエヴァをリアタイしたので「主人公のウダウダはもう飽きた。さっさとロボットに乗って怪獣と戦って欲しい」と思いながらその頃は観ていました。
ここは乗ることで周りがドンドン不幸になって「やっぱり乗らなきゃよかった・・・」ってオチに。
「乗れ、でなければ帰れ」という事か…
「乗らないシンジ」に共感するだけ、という作品のニーズ自体はもちろんあるとは思うが、マス向けでない尖った作品になる訳で、賞レース応募作でやっても大体凡作止まりだよ、という感じはわかる。
エバーに乗りなさいシンジくん!行きなさいシンジくん!まではやって物語に決着を付けるか、乗った後にお前のせいだよシンジくん、死になさいシンジくんにすれば何もしないより深みが出るか。人間性が削れるが。
たしか国語の教科書に載った論評なんだけど、映画コンクールに応募してくる若者映画が家族の関係が薄くて孤独完結してるって言うのがあったな、今探せば読めるだろうか。
モラトリアムをずーっと擦り続けてる作品もあるんですよ配慮してください!!(モンカマ
エヴァに乗る資格がない人が乗る人を見てるのがアフタ
"碇シンジくんが文句だけ言ってエヴァに乗らずに終わった新世紀"と言われると『無能の人』は思い浮かぶな(漫画を描く==エヴァに乗る)。まあ商業誌に載るのは厳しいやね。
主人公が文句や理屈だけ並べてエヴァに乗らず、キッチンでパスタを茹でているのが村上春樹の作品(偏見
エヴァに乗れない『巷のシンジ君』に「エヴァに乗ったらどうなるか」を見せるのがエンタメの役割のひとつだと思うが、最近は「エヴァに乗れない・乗りたくない自分を肯定してくれるエンタメ」が流行ってるんだと思う
乗る乗らないというより、青葉シゲルらオペレーターたちの生活をフォーカスするような話が読みたい。それか「ジオフロントを作る人」みたいなのに焦点があたるのがいいな。
そういう作品が多いって事は 乗らない作品がないから狙い目 俺天才って勘違いしてセッセと没作品投稿する奴らが多いんだろうな
物語を読みたい読者は、言ったことより行ったことを読みたいのね。
いやこれは乗らなかった後に何も見るべきことが起きてないことが問題だと言ってるんであって、乗らない選択の先を描けないなら乗せろよ、という話だろ。これが痛快だと感じるんならYouTubeのネトウヨ動画でも観とけ。
乗らないのは、いつもの自分でしかないのでね……
編集長「EVAに乗れ、乗らないなら帰れ」
昔は四季賞って非メジャー嗜好な漫画家の憧れで受賞してそのまま連載になった作品も多かったしメンツも凄かった(芦奈野ひとし、二瓶勉、木村紺、漆原由紀)2010年あたりを境にそういう輝きが失われたように感じる。
エヴァに乗る作品がたくさんあって、エヴァに乗らない作品もたくさんあるなら、まぁエヴァに乗る方を読むだろ
要は(審査員達にとって)その載らない作品群におもしろい物がなかった、って話だからね。リプで絶賛してる人の大半はそのへん勘違いしてるよ。おもしろければどっちでもいいんだから。
作者自身がその意味でのエヴァに乗ったことがないんですよ日々新世紀を味わわされて暮らしているのに(偏見)
シンジ君をエヴァに乗せなかった作品やシンジ君がエヴァに乗れなかった作品は、エヴァに乗らなかった作品と同じにしちゃダメだぞ。要は変化がない作品はダメというか、相当難しいから気軽に手を出すなということ
乗らないと物語が始まらないなら乗るしかないんだよね~。
エヴァQは311直後の作品だから暗〜い話になってるんだと納得してた。
まあ最終回まで主人公が変身しなかった魔法少女アニメも有るけどね(回想シーンでは変身してたからそれは最終回より手前だったが)
エバーに乗らない作品はそこが面白さでないと刺さらないかもなあ。
現役のアフタヌーン定期購読者ですが、今のアフタヌーンは、自分の人生を自分自身に全ベットしたキラキラ系ばっかりになっとるやんけ感は確かにあります
一方で、碇シンジ君が文句だけ言ってる二次創作『シンジ「なにがQだよ!!」』は当時めちゃめちゃ笑った記憶がある。(でもよく考えたらあれエヴァに乗ってたな。)
こんなのマックサラダ現象と同じく、口先で見たいというだけで実際はそっぽ向くのだろうな。『見てみてぇよ、エヴァに乗らずに終わったエヴァ』
そういう話が面白いかどうかというよりみんなが同じような話書いてても埋もれるだけって事かね
シンジ君が何かしら理由をつけて、搭乗拒否し続ける作品はちょっとみたい、もうすでに二次創作とかにあるのかな。
「内向的で非社会的な主人公がエヴァに乗ってくれる」だけで褒めてくれる優しい世界! ではなく、よっぽど『ヱヴァ: Q』みたいな作品(自己紹介?)ばっかりだったんだろうな……。
もう誰もオジサンの言うことを聞かないんだよ
「エヴァに乗る」が諺になりそうな勢い
「応募作に碇シンジくんが文句だけ言ってエヴァに乗らずに終わった新世紀みたいな作品が多い、アドバイスはただ一言“乗れよ”です」アフタヌーン編集長総評が痛快
その展開だとサキエルがセントラルドグマ侵入してアダムと接触して終了なのかな でもリリスだっけ いたのは
むしろシンジくんがエヴァに乗るのはアフタっぽくなくて、ネルフの周辺の人間関係でグダグダやる様子を描写するのがアフタっぽいって印象さえある(かつてアフタヌーンを愛読していたおじさんの偏見)
エヴァへの感想は『そんなの乗るなよ』なんだけど……
“漫画を一本仕上げて投稿するなんて明らかに「乗ってる」側の人なのに、その作品の主人公が乗らないというのは不思議だ”
乗るからみんな不幸になったんだろ(´・_・`)韓国系縦読み漫画っぽさをイメージしてしまう
そりゃアフタヌーンに投稿する作品なんだからそうするだろ!?
乗った上でアフタ感を出すなら、使徒とタッグを組むくらいからスタートなのでは
文句だけ言ってエヴァに乗らないシンジ君、ギャグ漫画なら割と面白そう
綾波が作ってくれた「碇くんがエヴァに乗らなくても良いように」してくれた世界を私が守りたい、あなたは死なないわ。
エヴァに乗ることになった主要登場人物がバンバン死んでくのが『ぼくらの』
「乗れよ」
でも今、一番アフタヌーンっぽい漫画雑誌ってハルタなんだよな。
「乗れよ!」はシンプルだけど真理だな。葛藤してるだけの主人公はもうお腹いっぱい
文芸雑誌の投稿に、40代と50代の「自分にしか分からない生きづらさ」みたいなのが多いってどっかで見たな。同じものを感じる。
守りに入ってる陰キャの主人公が、それこそ総評にある「乗れよ!」のように一転して世の中に「攻め」を繰り出すものからしか得られない滋養のようなものはある。
岸和田「エヴァには乗らんとなぁ、のぅ?長官?」/ミスメロン「長官!ヤメテクダサイ!」
最初からシンジを巻き込むことがユイの計画だったんで、その場合初号機が勝手に暴走してシンジを拐うみたいな流れかな
アフタヌーンっぽさ笑う
別にエヴァを書き直せって言ってんじゃなくて、創作である以上テーマを据えて達成する物語を描けって言ってんじゃないの?
でも乗った世界線の作品はアフタでやらんよな。乗っても乗らなくても、感情移入が必要な作品がとんと読みづらくなったのは年齢のせいなのかな。
"漫画を一本仕上げて投稿するなんて明らかに「乗ってる」側の人なのに、その作品の主人公が乗らないというのは不思議だ。"
エグザクソンのデザインがエヴァ並に異形格好良かったらなあ
冷笑系の作品なのかなとか思っちゃう
何も分からずとりあえず乗って、乗ったあとに「これやばいやつじゃん」とあわてて降りたのが『天気の子』
うまい表現。エヴァに乗った結果関係性が悪くなるとかエヴァに乗っても地球は滅亡するとかがアフタっぽいかなあ。乗らないのはハナから舞台に上がってないし
強いられちゃえばいいんじゃないですかね
毒親ポエムみたいの?辛い心情ぶちまけて読者に理解してほしいというのは作者のセラピーであって読者のための作品じゃないよな
ギャンブルに勝ってもその競技はうまくなれないと思うけどな。愚かなままでいようとする学習の間違いがあるんだけど。
まあアムロに少しその気があったとはいえシンジほど情けない主人公というのはエヴァ以前には考えられず、その意味であのアニメはゾルトラークだったのだなあと。あれ以降この手の話(セカイ系)がわらわら出てきた。
娯楽なんだから事件を起こせ、ってのは最低限だわな。ブンガクじゃねえんだから(これはエヴァ自体に対する批判でもあります)
いまだにエヴァなの?
まさにゲンドウとシンジのやり取りで笑ったw ほんで綾波が乗ったんやね
呪縛
「エヴァに乗らなかったエヴァ」が『Q』なので、やはりエヴァには乗るべき。
そこで逆に振り切れてブチ切れた碇シンジくんがゲッターロボか漫画版ガンダムみたいにノリノリでロボに乗ったり叫んで暴れたりモニタを叩き壊したりするとジャンプに行け!って言われるんだよね。
乗れっつーの!
窓辺系の主人公だ。そういう漫画も映画もいっぱいあるよ。
若い人が応募者だとエヴァに乗れるだけの経験も度量も積んでないのにどうやって乗った後を描き切るのか、という疑問が大きい。大抵、描けないから既にある作品を真似た展開になって終わる。
乗って、実は使徒側が正しかったんだ!ってシンジvsネルフになるとか
コンフリクトを昇華しきらないまま作品にしちゃったやつだ
まともな大人がいないのが悪い、優しくしてもらえないならシンジはエヴァに乗る必要なんかないと喚いていた層が書き手に回ったせいかな?
何か動かさないとそれこそ「話にならない」のよな
ロボットに乗った後に持ち逃げしてネルフと敵対すれば、鉄人28号とか仮面ライダーとかサイボーグ009とかの系列になる。
なるほどなぁ
起承転結の転の部分だけがない漫画なんだろうな。ただ、そういった作品はコミティアとかで見かけるときがある
そういうのが集まりがちなのが自誌の特性とわかった上で、乗らないなら乗らないがエンタメとして昇華できていない内向的な作品ばかりで、だったら乗れよ、なんだろうね。
エヴァに乗らない話は純文学みたいなもんで、アフタヌーン読者はそういうのも好きなはずだけど、人に読ませるハードルはまあ高いよね
あくまで本流があってのアナザーだからなあ。
JPOPの歌詞もそんなもん単純で手に届くリアリティがそんなにいいかねぇ乗れよ
応募する側も「これはアフタヌーンっぽいな」と思って応募するからそういった作品が集まるんだろうな
まあでも気軽に巨大な兵器に乗っても少年が神話になるだけで落とし所が難しい気はする。結論が「ナイフ持って暴れました」だとそれはそれで問題だろう。
新世紀と明言することでエヴァQで大喜利される可能性を潰している鉄壁のポストだ
乗ってしまうと画力や資料収集力が追いつかないのだろう。乗らないのではなく、乗れない碇シンジくん達。
文学も漫画もすべてつまらない。おもしろいのはツァラトゥストラくらい
乗るカタルシスを味わいたくて物語を読んでる
時と事情によるだろ!!!!
アフタヌーン投稿者はエヴァに乗らないシンジくんみたいな人が多そうだから仕方ないじゃん(偏見)。ただアドバイスは明確でエヴァに乗ったシンジくんの話を持って来いと。そりゃそうだ。
プロセカのニーゴシナリオはなかなか乗らない。三年以上乗らなかったのでは。今の若者に合わせて考え方を変える必要もあるのでは
エヴァにだけは乗らんでくださいよ!
俺はガキの頃にエヴァをリアタイしたので「主人公のウダウダはもう飽きた。さっさとロボットに乗って怪獣と戦って欲しい」と思いながらその頃は観ていました。
ここは乗ることで周りがドンドン不幸になって「やっぱり乗らなきゃよかった・・・」ってオチに。
「乗れ、でなければ帰れ」という事か…
「乗らないシンジ」に共感するだけ、という作品のニーズ自体はもちろんあるとは思うが、マス向けでない尖った作品になる訳で、賞レース応募作でやっても大体凡作止まりだよ、という感じはわかる。
エバーに乗りなさいシンジくん!行きなさいシンジくん!まではやって物語に決着を付けるか、乗った後にお前のせいだよシンジくん、死になさいシンジくんにすれば何もしないより深みが出るか。人間性が削れるが。
たしか国語の教科書に載った論評なんだけど、映画コンクールに応募してくる若者映画が家族の関係が薄くて孤独完結してるって言うのがあったな、今探せば読めるだろうか。
モラトリアムをずーっと擦り続けてる作品もあるんですよ配慮してください!!(モンカマ
エヴァに乗る資格がない人が乗る人を見てるのがアフタ
"碇シンジくんが文句だけ言ってエヴァに乗らずに終わった新世紀"と言われると『無能の人』は思い浮かぶな(漫画を描く==エヴァに乗る)。まあ商業誌に載るのは厳しいやね。
主人公が文句や理屈だけ並べてエヴァに乗らず、キッチンでパスタを茹でているのが村上春樹の作品(偏見
エヴァに乗れない『巷のシンジ君』に「エヴァに乗ったらどうなるか」を見せるのがエンタメの役割のひとつだと思うが、最近は「エヴァに乗れない・乗りたくない自分を肯定してくれるエンタメ」が流行ってるんだと思う
乗る乗らないというより、青葉シゲルらオペレーターたちの生活をフォーカスするような話が読みたい。それか「ジオフロントを作る人」みたいなのに焦点があたるのがいいな。
そういう作品が多いって事は 乗らない作品がないから狙い目 俺天才って勘違いしてセッセと没作品投稿する奴らが多いんだろうな
物語を読みたい読者は、言ったことより行ったことを読みたいのね。
いやこれは乗らなかった後に何も見るべきことが起きてないことが問題だと言ってるんであって、乗らない選択の先を描けないなら乗せろよ、という話だろ。これが痛快だと感じるんならYouTubeのネトウヨ動画でも観とけ。
乗らないのは、いつもの自分でしかないのでね……
編集長「EVAに乗れ、乗らないなら帰れ」
昔は四季賞って非メジャー嗜好な漫画家の憧れで受賞してそのまま連載になった作品も多かったしメンツも凄かった(芦奈野ひとし、二瓶勉、木村紺、漆原由紀)2010年あたりを境にそういう輝きが失われたように感じる。
エヴァに乗る作品がたくさんあって、エヴァに乗らない作品もたくさんあるなら、まぁエヴァに乗る方を読むだろ
要は(審査員達にとって)その載らない作品群におもしろい物がなかった、って話だからね。リプで絶賛してる人の大半はそのへん勘違いしてるよ。おもしろければどっちでもいいんだから。
作者自身がその意味でのエヴァに乗ったことがないんですよ日々新世紀を味わわされて暮らしているのに(偏見)
シンジ君をエヴァに乗せなかった作品やシンジ君がエヴァに乗れなかった作品は、エヴァに乗らなかった作品と同じにしちゃダメだぞ。要は変化がない作品はダメというか、相当難しいから気軽に手を出すなということ
乗らないと物語が始まらないなら乗るしかないんだよね~。
エヴァQは311直後の作品だから暗〜い話になってるんだと納得してた。
まあ最終回まで主人公が変身しなかった魔法少女アニメも有るけどね(回想シーンでは変身してたからそれは最終回より手前だったが)
エバーに乗らない作品はそこが面白さでないと刺さらないかもなあ。
現役のアフタヌーン定期購読者ですが、今のアフタヌーンは、自分の人生を自分自身に全ベットしたキラキラ系ばっかりになっとるやんけ感は確かにあります
一方で、碇シンジ君が文句だけ言ってる二次創作『シンジ「なにがQだよ!!」』は当時めちゃめちゃ笑った記憶がある。(でもよく考えたらあれエヴァに乗ってたな。)
こんなのマックサラダ現象と同じく、口先で見たいというだけで実際はそっぽ向くのだろうな。『見てみてぇよ、エヴァに乗らずに終わったエヴァ』
そういう話が面白いかどうかというよりみんなが同じような話書いてても埋もれるだけって事かね
シンジ君が何かしら理由をつけて、搭乗拒否し続ける作品はちょっとみたい、もうすでに二次創作とかにあるのかな。
「内向的で非社会的な主人公がエヴァに乗ってくれる」だけで褒めてくれる優しい世界! ではなく、よっぽど『ヱヴァ: Q』みたいな作品(自己紹介?)ばっかりだったんだろうな……。
もう誰もオジサンの言うことを聞かないんだよ
「エヴァに乗る」が諺になりそうな勢い