私ならこれに薬の魔物の解雇理由をいれるかな。
小説家がシナリオ書いたりその逆のケースも結構あるよ。
京アニのラノベはすでに。
結局コミカライズ前提のビジネスモデルだしな。純粋な小説家の居場所が消えていくのは皮肉
文庫化よりコミカライズが圧倒的利益になる今後の話としてはわからなくもない。ただ、例に出してるラインナップはまだWeb→小説商業化が一応のゴールだった時期の作品が大半では。
並べてみると凄いな
漫画でもよくある映像化を目標にして書くのをなにか違うのだろうか。
oneとかヤバ子とか杉浦次郎とか怪物原作者が並行して何作も手掛けるのも当たり前になってきた。ジャンプとチャンピオンで掛け持ち連載してる西修も
小説の影が薄くなるとは、夜空のお星さまが消えてしまうようなものですわね。悲しいですの。
そうなるとアニメ映えしにくそうな拓銀令嬢がメディアミックス面で不利すぎる…経営SLG+悪役令嬢ノベルゲーみたいな悪魔合体ゲーム化を望むべきなのか
なろう系、ここでは名前も出てこない、自分の周りでは聞いたことのないようなタイトルでもしっかりとファンがついててコミカライズは既に10巻越えとかざらにある。すごい裾野の広さ。
昔のエロゲライターが今アニメの脚本家やってますエロゲライター凄い、って話の現代版か?とか思ってしまったのは秘密。
『「コミックで収益を得ること」が前提のビジネスモデルに』『一人で物語に必要なすべての要素を作れる証明』ジャンプ+やらが無料でマンガ読めるのも、「なろう」で無料でラノベ読めるのも、似たような感じか
文章でも漫画でも似たようなのいっぱいあるけど、アニメ化までされるアナウンスあると、え、これも??とはなる。
「なろう」から原作出版のオファーと同時にコミカライズの話が来る、というのは複数の原作者さんが言及してるよね。当然監修作業も必須なわけで脳内にあるビジュアルとコミカライズの整合性を取るのは大変
なろう出身の作家1人通知登録してるが、原作大量にやってるのか頻繁に新作通知来るもんな
事実だがプロの分析としては遅すぎる。なろう系作家が、書籍化契約にコミカライズ義務入れるのは必須って言ったのは多分19年頃。ベースの部数も、ネット広告との相性も、アニメ化等の可能性も跳ね上がるから
小説→漫画→アニメの順で見る人が増えていくから上を狙っていくのは仕方ないのだろう。逆に昔より漫画、オリジナルアニメがオタクのメインストリームではなくなり活字文化がアニメ漫画の流行を作ってる感じさえある
アニメ・漫画と共倒れコース?
“例えば「ノベルゲーム」です"と言われるのは15年くらい前と逆方向で面白い。電撃最盛期の作家陣は既にCSゲー、ソシャゲ、アニメの脚本に軸を移してる人も結構いるので今更な言説ではある
小説の競争から、将来的にはAI実写風ドラマやAI実写風ハリウッドで、全てのコンテンツ制覇したいよね。小説とマンガは競争システムが機能してるから、今後の技術展開次第ではアニメ以外も世界をとれてしまう
ラノベ原作コミカライズの激増は10年近く前からの傾向。スマホゲームのシナリオなどをラノベ作家が担当するようになったのもその頃から。
異世界転生追放ザマァ悪役令嬢錬金術師テイマーあとなんだ?求められてるのはフレームの中でどんな企画を見つけるかだけで、完結さえ求められてないというのが。
漫画に関しては結構健全な分業なってる気がする、やりたくないことをやってる人は少ないというか。oneは話を考えるのが楽しくて仕方ないしぽすかは絵を描くのが楽しくて仕方ないし。
なんかもう工場ラインみたいになってきたな。是非はともかくとして。
純文学=芸術という意識は明治の輸入概念。江戸の戯作作家は大衆娯楽の職人で、蔦重は浮世絵とセットで売るプロデューサーだった。小説家がマンガ原作を書く今の流れ、実は数百年越しの先祖返りでは。
メディアミックスが前提だから、小説家として大成しなくても、原作や脚本で食えると考えたらアリだよな。高橋龍也とか渡航みたくシナリオライターやラノベ作家が仕事や知人の伝手でアニメ脚本家になるのもままある。
原作付きマンガは昔からあったけど、小説が原作のは増えてるかも。メディアミックス的なのは角川映画で時かけやセーラー服と機関銃などをやってたころからあったかも。古くはシェイクスピアだってそんな感じ。
KADOKAWAに メディアファクトリーを吸収された時に 生まれた会社?
1人で世界を創れる小説で生き残った作品を、数人でゆっくりとコミカライズしていき、そこで売れればスタジオ丸ごと占有するアニメプロジェクトに回す。合理的ではある。
間違いだとは思わんが、大半のコミカライズが原作小説の方が圧倒的に面白いんだ。「勇者刑に処す」とか1番わかりやすい。アニメやコミカライズにすると作品は大半劣化する。小説が一番面白いと思っている
実際にどれくらい稼いでる人がどれぐらいいるんかな
マンガがヒットしてアニメ化しても、「マンガ家はアニメ原作者になっていく」とは言わないでしょ。あとオーバーラップの決算みてわかるのは、オーバーラップはそういう会社だということだし、なんつーかこう…。
面白い漫画作れる漫画家をどれだけ確保できるかが肝な気がするなぁ。爆死したなろう漫画の屍もたくさんある。
チー付与は原作と言っていいのか?(読んだことはない)
江戸時代の有名作品だって歌舞伎になったから知名度が高いとかだしなぁ。
望まぬ不死の冒険者2期そろそろこないかねえ
“これからは小説家から「売れるストーリーをつくれる脚本家」に転身した作家には、あらゆる業界から引っ切り無しに声がかかるようになるだろうと僕は考えています。”
これだけヒットしても外への影響は範囲が限定的なんだよなぁ。同じファン層が回している気すらしている。
オーバーラップ社の決算資料を読むと、作家に求められるものがもはや「マンガなどの脚本」になっており「小説家」に割り当てられるパイは縮小の一途を辿りそう
私ならこれに薬の魔物の解雇理由をいれるかな。
小説家がシナリオ書いたりその逆のケースも結構あるよ。
京アニのラノベはすでに。
結局コミカライズ前提のビジネスモデルだしな。純粋な小説家の居場所が消えていくのは皮肉
文庫化よりコミカライズが圧倒的利益になる今後の話としてはわからなくもない。ただ、例に出してるラインナップはまだWeb→小説商業化が一応のゴールだった時期の作品が大半では。
並べてみると凄いな
漫画でもよくある映像化を目標にして書くのをなにか違うのだろうか。
oneとかヤバ子とか杉浦次郎とか怪物原作者が並行して何作も手掛けるのも当たり前になってきた。ジャンプとチャンピオンで掛け持ち連載してる西修も
小説の影が薄くなるとは、夜空のお星さまが消えてしまうようなものですわね。悲しいですの。
そうなるとアニメ映えしにくそうな拓銀令嬢がメディアミックス面で不利すぎる…経営SLG+悪役令嬢ノベルゲーみたいな悪魔合体ゲーム化を望むべきなのか
なろう系、ここでは名前も出てこない、自分の周りでは聞いたことのないようなタイトルでもしっかりとファンがついててコミカライズは既に10巻越えとかざらにある。すごい裾野の広さ。
昔のエロゲライターが今アニメの脚本家やってますエロゲライター凄い、って話の現代版か?とか思ってしまったのは秘密。
『「コミックで収益を得ること」が前提のビジネスモデルに』『一人で物語に必要なすべての要素を作れる証明』ジャンプ+やらが無料でマンガ読めるのも、「なろう」で無料でラノベ読めるのも、似たような感じか
文章でも漫画でも似たようなのいっぱいあるけど、アニメ化までされるアナウンスあると、え、これも??とはなる。
「なろう」から原作出版のオファーと同時にコミカライズの話が来る、というのは複数の原作者さんが言及してるよね。当然監修作業も必須なわけで脳内にあるビジュアルとコミカライズの整合性を取るのは大変
なろう出身の作家1人通知登録してるが、原作大量にやってるのか頻繁に新作通知来るもんな
事実だがプロの分析としては遅すぎる。なろう系作家が、書籍化契約にコミカライズ義務入れるのは必須って言ったのは多分19年頃。ベースの部数も、ネット広告との相性も、アニメ化等の可能性も跳ね上がるから
小説→漫画→アニメの順で見る人が増えていくから上を狙っていくのは仕方ないのだろう。逆に昔より漫画、オリジナルアニメがオタクのメインストリームではなくなり活字文化がアニメ漫画の流行を作ってる感じさえある
アニメ・漫画と共倒れコース?
“例えば「ノベルゲーム」です"と言われるのは15年くらい前と逆方向で面白い。電撃最盛期の作家陣は既にCSゲー、ソシャゲ、アニメの脚本に軸を移してる人も結構いるので今更な言説ではある
小説の競争から、将来的にはAI実写風ドラマやAI実写風ハリウッドで、全てのコンテンツ制覇したいよね。小説とマンガは競争システムが機能してるから、今後の技術展開次第ではアニメ以外も世界をとれてしまう
ラノベ原作コミカライズの激増は10年近く前からの傾向。スマホゲームのシナリオなどをラノベ作家が担当するようになったのもその頃から。
異世界転生追放ザマァ悪役令嬢錬金術師テイマーあとなんだ?求められてるのはフレームの中でどんな企画を見つけるかだけで、完結さえ求められてないというのが。
漫画に関しては結構健全な分業なってる気がする、やりたくないことをやってる人は少ないというか。oneは話を考えるのが楽しくて仕方ないしぽすかは絵を描くのが楽しくて仕方ないし。
なんかもう工場ラインみたいになってきたな。是非はともかくとして。
純文学=芸術という意識は明治の輸入概念。江戸の戯作作家は大衆娯楽の職人で、蔦重は浮世絵とセットで売るプロデューサーだった。小説家がマンガ原作を書く今の流れ、実は数百年越しの先祖返りでは。
メディアミックスが前提だから、小説家として大成しなくても、原作や脚本で食えると考えたらアリだよな。高橋龍也とか渡航みたくシナリオライターやラノベ作家が仕事や知人の伝手でアニメ脚本家になるのもままある。
原作付きマンガは昔からあったけど、小説が原作のは増えてるかも。メディアミックス的なのは角川映画で時かけやセーラー服と機関銃などをやってたころからあったかも。古くはシェイクスピアだってそんな感じ。
KADOKAWAに メディアファクトリーを吸収された時に 生まれた会社?
1人で世界を創れる小説で生き残った作品を、数人でゆっくりとコミカライズしていき、そこで売れればスタジオ丸ごと占有するアニメプロジェクトに回す。合理的ではある。
間違いだとは思わんが、大半のコミカライズが原作小説の方が圧倒的に面白いんだ。「勇者刑に処す」とか1番わかりやすい。アニメやコミカライズにすると作品は大半劣化する。小説が一番面白いと思っている
実際にどれくらい稼いでる人がどれぐらいいるんかな
マンガがヒットしてアニメ化しても、「マンガ家はアニメ原作者になっていく」とは言わないでしょ。あとオーバーラップの決算みてわかるのは、オーバーラップはそういう会社だということだし、なんつーかこう…。
面白い漫画作れる漫画家をどれだけ確保できるかが肝な気がするなぁ。爆死したなろう漫画の屍もたくさんある。
チー付与は原作と言っていいのか?(読んだことはない)
江戸時代の有名作品だって歌舞伎になったから知名度が高いとかだしなぁ。
望まぬ不死の冒険者2期そろそろこないかねえ
“これからは小説家から「売れるストーリーをつくれる脚本家」に転身した作家には、あらゆる業界から引っ切り無しに声がかかるようになるだろうと僕は考えています。”
これだけヒットしても外への影響は範囲が限定的なんだよなぁ。同じファン層が回している気すらしている。