“当時の風潮で、漫画だと分からず電車でも読めるように”へー。外連味があると言えばそうかも
"手塚治虫のはかっこよかった""『スケバン刑事』の文庫本は生頼範義"誰かと思えばウルフガイの人か"今や一般書籍の表紙がラノベみたいな漫画絵なのにね"
新しい顧客の開拓のためかな。横道だけど、ゲームの海外版パッケージ、改変レベルが面白いhttps://www.gamespark.jp/article/2020/03/02/97193.html generalsawada.blog11.fc2.com/blog-entry-5.html
「漫画の単行本は漫画の絵のままで構わない。だって漫画だから」「でも文庫にするなら表紙は漫画の絵はダメ。格調高い表紙でなければダメ。だって文庫なのだから」みたいな意識だったのでは?知らんけど
懐かしいな。個人的には作品を別角度で光を当てた印象で、作品の奥行きを感じさせたものだけど。そもそも大御所の作品でしかあり得ない事象だった。
”文庫ではないですが寺田閣下の贅沢なカバー” なんの本だろと思ったら「スペースアルプス伝説」じゃねーか。
たまに表紙が美麗で衝動買いしたが中身がしょぼくて拍子抜けしたこともある。
90年代の(文芸系の)文庫にそんな高尚イメージは無いと思うけど。愛蔵版から表紙を引き継いだ『ブラックジャック』がヒットしたので出版社側が「漫画の文庫はそういうもの」イメージを持ってしまったように見える
>あの時代「マンガなんて読むの?」って空気はまだ拭えていなかった 今や「漫画でいいから読んでくれ」みたいな話、漫画の読み方が分からないみたいな話も出てきてますね…。
漫画文庫版ってこの中でも年代が結構違うから表紙の意味合いもそれぞれ別な気がするなぁ/秋田書店のは既にコミックスとして出てる物の再販だから作者に改めて頼みづらかったとか 生頼氏や東氏のは明らかに狙ってやっ
これ系だと空山基のキューティーハニーがホントにエロカッコよくてねえ
角川文庫版 涼宮ハルヒの憂鬱 https://www.kadokawa.co.jp/product/321712000417/
別人によるマンガ表紙絵では、『スパイダーマン』(表紙:生頼範義)や『デビルマン』(表紙:風忍)が好き
ハヤカワ版ハルヒ https://twitpic.com/7e7kb5
1970年代終わり、すでに白土三平の『忍者武芸帳』『忍法秘話』、石森章太郎の『サイボーグ009』の文庫版があって、表紙がリアル調のイラストだった記憶がある。
逆の話、コバルト文庫で表紙含む挿絵をマンガ家にお願いしようとしたらえらく反対された、って思い出話を久美沙織が「コバルト風雲録」で回顧してたっけな。
“文庫マンガ”の話してるのに「文庫ではないですが」って割り込んむ感性ってなんなの?
( スペースアル伝、田丸氏が単行本化を拒否していたのを "寺田克也さんの表紙やゆうきまさみさんとの対談なんかで釣った感じ" https://natalie.mu/comic/pp/yorinukihiroshisan レイモンドのドラマCDの配役もすっとんでる
当時は特に「文庫」を作者から手が離れた「一般教養」とする「円本」からの文脈があり岩波等内容にかかわらず表紙を揃えたり、単行本と大きく変え文庫毎の特徴を出すのが珍しくないという面もあり被害者認識は過敏よ
単純に話題作りの一環じゃないの?
これすごいイヤだったんだけど今見るとおもしろいな。
知ってる範囲だと白泉社のは著者が書いてる。 https://www.amazon.co.jp/dp/B00SWHD1CW/ 11人いるとかも新しいバージョンは著者の書いた表紙。
当時漫画は低俗と見られてたみたいなポストがあるけど、えーそんな昔の話だっけ?私の記憶だと、単にはやりだったに過ぎないような。今でも明治大正の小説にラノベ風表紙をつけてて、それと同じではないの?
エロ漫画雑誌とかアンソロで表紙書いた人の漫画が載ってないやつ。ここ最近は載ってるのも増えたけどね。昔そのお約束に慣れるまではほんとショックだった。こんなことが許されてええんか…ってマジで激怒した
スケバン刑事の神は面白すぎるな(髪型が違う雰囲気で)
小説を読む層がターゲットだからじゃね?
ブラックジャックのハードカバー以前、1970年代半ばに刊行開始した小学館漫画文庫が嚆矢だろうなあ。まとめ中にもいくつかあるね。いろんな思惑があったとは思うけど、秀逸な装丁もハズレもあったなあ。
今みたいに特殊印刷が一般的じゃなかったから高級感を出すのには効果あったんじゃないかしらね。あと今クリアニス使いすぎて保管ミスると酷いことになるから本好きは気をつけて。ニス劣化すると溶けます。
「昔はマンガ・アニメが低く見られてた」論って現在から30年前くらいをポイントしながらスライドして今後もずっと言われる気がする。
↓ハヤカワ版ハルヒおもろい この絵柄で「涼宮ハルヒの憂鬱」とか言われたらミステリー作品やんww
十二国記が大人も読みやすいような表紙で発売されてたやつとか?
わりと好きだった
この漫画感が消臭されてる表紙の手塚治虫作品の愛蔵版が小学校の図書館に置いてあって、それで初めて手塚作品に触れた。この表紙だったから学校の図書館に置けた節もあったと思ってて感謝してる。
ブラックジャックのは凄い良かったからなー。
文庫版やハードカバーって漫画編集部ではなく文芸編集部が手掛けるんですよ。だから表紙絵も文芸の論理で別人が描く。地味に中身も文芸の厳しい校閲を通してる。あと過去作で作者の手を煩わせないようにとかもある。
ワイド版では高田明美のイラストで彩られているのに文庫版にしたらちゃっちいプラモデルみたいなものに置き換わったパトレイバー。/梅原克文が「生頼さんの表紙が夢だった」というように生頼範義と真鍋博は別格。
うちのブラックジャックと火の鳥はここにあるハードカバー愛蔵版(私の本棚にあるけど厳密には父親の蔵書)。好きだったし、中身を描いてる人と違うことに疑問を持ったこともなかったな…
ナンジャコリャと思ったが言おうと思ったことid:behuckleberry02さんが全部書いてたんで帰ります(出版社を一枚岩みたいに思ってる人がたまによくいるが、編集部が違えば文化がちがーう!が基本という理解の方が無難
その時々じゃね。例えば横山光輝の三国志や史記、項羽と劉邦などの歴史漫画はどれも単行本と連載版は絵柄も内容も異なるよ。単行本で加筆修正されたのもあるし逆に減らされたのもある。作者違うのかと思ったな。
表紙を担当したイラストレーターさんの解釈が見えるのもいいよね~。
電車の中で読めるようにってのはほんとかなあ?かつての本屋は断らない限り紙のカバーをかけてくれていたと思うので,他人からは何を読んでいるかわからないのがデフォルトだった気がするが。
え??何が良いの??むしろ嫌なんだが。
書店では文庫本と漫画本は全然別の場所にあって、普段漫画は読まず文庫本を読むユーザーに手に取ってもらいたいから...とバイトしてた時に聞いたな
文庫ってわりと経費かかってないと思うけどなんで装丁装画変更するんだろうね?そのままのほうが利益率たかいだろうに
みいちゃんもリアルみいちゃんで!
コミックスじゃなくて文庫買う人って老眼率高そうだけどなぜ小さくしてしまうのか。愛蔵版というでかいやつも後に出てきたけど
元の漫画ファンはもう単行本で買ってしまっているから、別な読者層にアピールするのに有効だったのだろう
萩尾望都
この漫画文庫ブームの影響で漫画にそんなに興味が無い父親が手塚治虫を揃えて、おかげで自宅で気軽に触れる機会が出来たのだよなぁ。
これはこれで特有のサブカル臭がして大好き。最近揃えた史記も横山光輝絵でないのが良い感じ。しかし文字が小さくて読みづらいのが難点。
BLACKJACKの文庫版は実家にもあった。なんとはなしに受け入れていたが今から思うと大胆なアレンジではある
別のターゲットを狙うんで単に値段を下げただけだと文庫化待ちされそうだもんな。
こういうフォーマットの直接の元祖は、文春が出したハードカバー・文庫の『アドルフに告ぐ』ですよ
冨樫が表紙のキャラをリアルに描くのは好き
開いて読んでたら普通に漫画だし書店にこの表紙で飾ってるんだし、電車でバレないためなんてないしょ。アンプラグドとかリミックスとか多かった頃だし高級感とか買いなおす動機づけとか未読層の興味引くとかでない。
火の鳥や999の惑星の写真だけのやつもすげーよかった。表紙の表現に色々な選択肢があるほうが文化として面白いと思うけど
文庫版パタリロはあの2頭身のパタリロを立体化したフィギュアの写真だったから大人向け表紙にした感がなかったなぁ。
生頼範義は回顧展行ったことあるけど、ものすごく良かった。こういうイラストレーターの絵画展があったらぜひまた行きたい。
学校の図書室に置いてあったブラックジャックがまさにそれで、置いてもらいやすいんだろうかと思った
1970年代後半の秋田書店文庫版の鉄人28号とか、当時すでに読者は高年齢層を想定、10数年前の子供時代にリアルタイムで鉄人28号の漫画を読んでいた大人が対象だったんだろうなあという雰囲気
ブラック・ジャック文庫版懐かしいな
何かもっともらしいこと言ってるけど、それも間違いではないんやろけど、昔はなんかイラストレーター別に起用してと仕事増やすみたいな謎のノリがあっただけと思う。今の出版業界からは信じられないが。
“スケバン刑事の文庫カバーは、かの平成ゴジラポスターを描かれていた生頼範義先生” これは和田慎二先生からのご指名です。後書き参照
文庫以前に表紙詐欺的な漫画も多かったと思う
はーーーブコメなるほど>文芸編集部が手がけるから。コレクターとしてはどっちも嬉しかったな
子供心には「変だなー」って思っていた。パーセンテージでいうと、今でもそっちの思いの方がまさる
このブラックジャックの表紙すごい好き。初めて読んだのががこれだったので印象に残ってる
なぜか『頭の体操』を思い出した
これうちの業界でもあるが「厳しいレビュー」って大抵過剰品質のゴミ
このブラックジャック持ってたなあ、懐かしい。
一粒で二度美味しというかアンコと皮で各々味わい深い
大人があまり漫画を読まない時代だったからそこに配慮したと思うな。手塚治虫はじめ王道漫画家ヒット作は子供向け雑誌連載だったし。だから今でも70代とかはあまり漫画読まないでしょ。みっともないという風潮だった
“イラストレーターには当然ギャラが支払われるのに漫画家本人が描いたらタダっての理不尽”
ブラックジャックはあんなにリアルタッチなのに原作のイメージと違和感がなくてすごい
昔、マンガが文庫化するとき作者とは別のイラストレーターが表紙を描くことがあったけどあれは何だったの→当時の社会やマンガの扱いを知らないと謎かも
“当時の風潮で、漫画だと分からず電車でも読めるように”へー。外連味があると言えばそうかも
"手塚治虫のはかっこよかった""『スケバン刑事』の文庫本は生頼範義"誰かと思えばウルフガイの人か"今や一般書籍の表紙がラノベみたいな漫画絵なのにね"
新しい顧客の開拓のためかな。横道だけど、ゲームの海外版パッケージ、改変レベルが面白いhttps://www.gamespark.jp/article/2020/03/02/97193.html generalsawada.blog11.fc2.com/blog-entry-5.html
「漫画の単行本は漫画の絵のままで構わない。だって漫画だから」「でも文庫にするなら表紙は漫画の絵はダメ。格調高い表紙でなければダメ。だって文庫なのだから」みたいな意識だったのでは?知らんけど
懐かしいな。個人的には作品を別角度で光を当てた印象で、作品の奥行きを感じさせたものだけど。そもそも大御所の作品でしかあり得ない事象だった。
”文庫ではないですが寺田閣下の贅沢なカバー” なんの本だろと思ったら「スペースアルプス伝説」じゃねーか。
たまに表紙が美麗で衝動買いしたが中身がしょぼくて拍子抜けしたこともある。
90年代の(文芸系の)文庫にそんな高尚イメージは無いと思うけど。愛蔵版から表紙を引き継いだ『ブラックジャック』がヒットしたので出版社側が「漫画の文庫はそういうもの」イメージを持ってしまったように見える
>あの時代「マンガなんて読むの?」って空気はまだ拭えていなかった 今や「漫画でいいから読んでくれ」みたいな話、漫画の読み方が分からないみたいな話も出てきてますね…。
漫画文庫版ってこの中でも年代が結構違うから表紙の意味合いもそれぞれ別な気がするなぁ/秋田書店のは既にコミックスとして出てる物の再販だから作者に改めて頼みづらかったとか 生頼氏や東氏のは明らかに狙ってやっ
これ系だと空山基のキューティーハニーがホントにエロカッコよくてねえ
角川文庫版 涼宮ハルヒの憂鬱 https://www.kadokawa.co.jp/product/321712000417/
別人によるマンガ表紙絵では、『スパイダーマン』(表紙:生頼範義)や『デビルマン』(表紙:風忍)が好き
ハヤカワ版ハルヒ https://twitpic.com/7e7kb5
1970年代終わり、すでに白土三平の『忍者武芸帳』『忍法秘話』、石森章太郎の『サイボーグ009』の文庫版があって、表紙がリアル調のイラストだった記憶がある。
逆の話、コバルト文庫で表紙含む挿絵をマンガ家にお願いしようとしたらえらく反対された、って思い出話を久美沙織が「コバルト風雲録」で回顧してたっけな。
“文庫マンガ”の話してるのに「文庫ではないですが」って割り込んむ感性ってなんなの?
( スペースアル伝、田丸氏が単行本化を拒否していたのを "寺田克也さんの表紙やゆうきまさみさんとの対談なんかで釣った感じ" https://natalie.mu/comic/pp/yorinukihiroshisan レイモンドのドラマCDの配役もすっとんでる
当時は特に「文庫」を作者から手が離れた「一般教養」とする「円本」からの文脈があり岩波等内容にかかわらず表紙を揃えたり、単行本と大きく変え文庫毎の特徴を出すのが珍しくないという面もあり被害者認識は過敏よ
単純に話題作りの一環じゃないの?
これすごいイヤだったんだけど今見るとおもしろいな。
知ってる範囲だと白泉社のは著者が書いてる。 https://www.amazon.co.jp/dp/B00SWHD1CW/ 11人いるとかも新しいバージョンは著者の書いた表紙。
当時漫画は低俗と見られてたみたいなポストがあるけど、えーそんな昔の話だっけ?私の記憶だと、単にはやりだったに過ぎないような。今でも明治大正の小説にラノベ風表紙をつけてて、それと同じではないの?
エロ漫画雑誌とかアンソロで表紙書いた人の漫画が載ってないやつ。ここ最近は載ってるのも増えたけどね。昔そのお約束に慣れるまではほんとショックだった。こんなことが許されてええんか…ってマジで激怒した
スケバン刑事の神は面白すぎるな(髪型が違う雰囲気で)
小説を読む層がターゲットだからじゃね?
ブラックジャックのハードカバー以前、1970年代半ばに刊行開始した小学館漫画文庫が嚆矢だろうなあ。まとめ中にもいくつかあるね。いろんな思惑があったとは思うけど、秀逸な装丁もハズレもあったなあ。
今みたいに特殊印刷が一般的じゃなかったから高級感を出すのには効果あったんじゃないかしらね。あと今クリアニス使いすぎて保管ミスると酷いことになるから本好きは気をつけて。ニス劣化すると溶けます。
「昔はマンガ・アニメが低く見られてた」論って現在から30年前くらいをポイントしながらスライドして今後もずっと言われる気がする。
↓ハヤカワ版ハルヒおもろい この絵柄で「涼宮ハルヒの憂鬱」とか言われたらミステリー作品やんww
十二国記が大人も読みやすいような表紙で発売されてたやつとか?
わりと好きだった
この漫画感が消臭されてる表紙の手塚治虫作品の愛蔵版が小学校の図書館に置いてあって、それで初めて手塚作品に触れた。この表紙だったから学校の図書館に置けた節もあったと思ってて感謝してる。
ブラックジャックのは凄い良かったからなー。
文庫版やハードカバーって漫画編集部ではなく文芸編集部が手掛けるんですよ。だから表紙絵も文芸の論理で別人が描く。地味に中身も文芸の厳しい校閲を通してる。あと過去作で作者の手を煩わせないようにとかもある。
ワイド版では高田明美のイラストで彩られているのに文庫版にしたらちゃっちいプラモデルみたいなものに置き換わったパトレイバー。/梅原克文が「生頼さんの表紙が夢だった」というように生頼範義と真鍋博は別格。
うちのブラックジャックと火の鳥はここにあるハードカバー愛蔵版(私の本棚にあるけど厳密には父親の蔵書)。好きだったし、中身を描いてる人と違うことに疑問を持ったこともなかったな…
ナンジャコリャと思ったが言おうと思ったことid:behuckleberry02さんが全部書いてたんで帰ります(出版社を一枚岩みたいに思ってる人がたまによくいるが、編集部が違えば文化がちがーう!が基本という理解の方が無難
その時々じゃね。例えば横山光輝の三国志や史記、項羽と劉邦などの歴史漫画はどれも単行本と連載版は絵柄も内容も異なるよ。単行本で加筆修正されたのもあるし逆に減らされたのもある。作者違うのかと思ったな。
表紙を担当したイラストレーターさんの解釈が見えるのもいいよね~。
電車の中で読めるようにってのはほんとかなあ?かつての本屋は断らない限り紙のカバーをかけてくれていたと思うので,他人からは何を読んでいるかわからないのがデフォルトだった気がするが。
え??何が良いの??むしろ嫌なんだが。
書店では文庫本と漫画本は全然別の場所にあって、普段漫画は読まず文庫本を読むユーザーに手に取ってもらいたいから...とバイトしてた時に聞いたな
文庫ってわりと経費かかってないと思うけどなんで装丁装画変更するんだろうね?そのままのほうが利益率たかいだろうに
みいちゃんもリアルみいちゃんで!
コミックスじゃなくて文庫買う人って老眼率高そうだけどなぜ小さくしてしまうのか。愛蔵版というでかいやつも後に出てきたけど
元の漫画ファンはもう単行本で買ってしまっているから、別な読者層にアピールするのに有効だったのだろう
萩尾望都
この漫画文庫ブームの影響で漫画にそんなに興味が無い父親が手塚治虫を揃えて、おかげで自宅で気軽に触れる機会が出来たのだよなぁ。
これはこれで特有のサブカル臭がして大好き。最近揃えた史記も横山光輝絵でないのが良い感じ。しかし文字が小さくて読みづらいのが難点。
BLACKJACKの文庫版は実家にもあった。なんとはなしに受け入れていたが今から思うと大胆なアレンジではある
別のターゲットを狙うんで単に値段を下げただけだと文庫化待ちされそうだもんな。
こういうフォーマットの直接の元祖は、文春が出したハードカバー・文庫の『アドルフに告ぐ』ですよ
冨樫が表紙のキャラをリアルに描くのは好き
開いて読んでたら普通に漫画だし書店にこの表紙で飾ってるんだし、電車でバレないためなんてないしょ。アンプラグドとかリミックスとか多かった頃だし高級感とか買いなおす動機づけとか未読層の興味引くとかでない。
火の鳥や999の惑星の写真だけのやつもすげーよかった。表紙の表現に色々な選択肢があるほうが文化として面白いと思うけど
文庫版パタリロはあの2頭身のパタリロを立体化したフィギュアの写真だったから大人向け表紙にした感がなかったなぁ。
生頼範義は回顧展行ったことあるけど、ものすごく良かった。こういうイラストレーターの絵画展があったらぜひまた行きたい。
学校の図書室に置いてあったブラックジャックがまさにそれで、置いてもらいやすいんだろうかと思った
1970年代後半の秋田書店文庫版の鉄人28号とか、当時すでに読者は高年齢層を想定、10数年前の子供時代にリアルタイムで鉄人28号の漫画を読んでいた大人が対象だったんだろうなあという雰囲気
ブラック・ジャック文庫版懐かしいな
何かもっともらしいこと言ってるけど、それも間違いではないんやろけど、昔はなんかイラストレーター別に起用してと仕事増やすみたいな謎のノリがあっただけと思う。今の出版業界からは信じられないが。
“スケバン刑事の文庫カバーは、かの平成ゴジラポスターを描かれていた生頼範義先生” これは和田慎二先生からのご指名です。後書き参照
文庫以前に表紙詐欺的な漫画も多かったと思う
はーーーブコメなるほど>文芸編集部が手がけるから。コレクターとしてはどっちも嬉しかったな
子供心には「変だなー」って思っていた。パーセンテージでいうと、今でもそっちの思いの方がまさる
このブラックジャックの表紙すごい好き。初めて読んだのががこれだったので印象に残ってる
なぜか『頭の体操』を思い出した
これうちの業界でもあるが「厳しいレビュー」って大抵過剰品質のゴミ
このブラックジャック持ってたなあ、懐かしい。
一粒で二度美味しというかアンコと皮で各々味わい深い
大人があまり漫画を読まない時代だったからそこに配慮したと思うな。手塚治虫はじめ王道漫画家ヒット作は子供向け雑誌連載だったし。だから今でも70代とかはあまり漫画読まないでしょ。みっともないという風潮だった
“イラストレーターには当然ギャラが支払われるのに漫画家本人が描いたらタダっての理不尽”
ブラックジャックはあんなにリアルタッチなのに原作のイメージと違和感がなくてすごい