まあ大人は自衛隊員だろうな…
”だから奥さんに搭乗拒否されてんのか”うーん意味が深い。
綾波「」
とはいえアニオタが認知できる大人は後藤隊長だけだから…
作り手がこどもおじさんばっかりだからね。
碇ユイが唯一母としてそばに存在してたような
現実世界と同じ程度しか大人がいない
奥さんから搭乗拒否はワロタ。
全裸中年男性さんは今「近代」なのですね
中学生がいるから際立つだけで、普通にあんなもんじゃないの。
まとめのXer全員子どもって話か。子どもが想像上の屏風から出たことのない大人像を夢想している(´・_・`)/自衛隊員が大人って、作中では児童虐殺を試みてる人でなしでしょ
ウィンストン・チャーチルって映画見たけど、チャーチルが一番子供だったな。わがまま気まま自分が一番、戦後はすぐにお払い箱…戦時のリーダーってそういうもんなんだろうかね
世の大人の心はみんな14歳から変わってない。その点大人が出てこないエヴァはむしろリアル。子供にはそれがわからんのです。
言うて多くの成人はけっこう中学生マインドのままじゃないのかね?違う?
大人が居なかったというか、子どもに対して「親」が居なかったとは思った。皆、生きる事や自分の事で手一杯な感じだったと今になって思う。
OTONAがちゃんとしてる物語はストレス少な目。
現実社会だっていうほど大人はおらんぞ
冨樫義博も精神年齢が中2〜高2くらいで止まってるとか対談で言ってたなぁ
エヴァの大人たち、子供のまま大人になったみたいですわね。現実の縮図、皮肉が効いてますの!
大人も自分の話をするものなのです(^^) 大人になったとき分かるわ。それが
『令和でもまだやんのそれ』
日本のアニメ漫画でリアルな大人を描くことにちゃんと向き合ってる作品なんて本当にごく少数だからね。エヴァだけの問題じゃない。
仕事だからと非戦闘員を虐殺できる戦略自衛隊を大人と言うならそうなんだろう
ブクマクの町にも大人はおりません💢💢💢。
大人って言っても司令&副司令以外はだいたい20代30代じゃないの。その年代でちゃんと大人としての振る舞いができるかというと…
何が『父にありがとう』なのかとは思った。
確かにね。でも現代ってそうじゃない?要はあんまり苦労しなくてもコンフォートゾーンに入れるから成長が止まる。昔は貧乏だ競争だってあったけど、今はそれが無い。大人だなぁ、って人あんまり見ない。
親子なのゲンドウとシンジくらいで他にそもそも親が出てこないというか。赤木ナオコとリツコ、葛城博士とミサトくらいか。
シンジ「大人のキスって言ってたじゃないか!!」/ そんなに大人が出てくるのがいいならシンカリオン見てよ!デリシャスパーティ♡プリキュアでもいいよ!
親としてはアレなんだけど、責任を取る管理職という立場は結構描けていたと思うよ(それも大人の態度とは言える。まあ実際の責任の取り方は自爆や溶けるくらいしか思いつかないんだけれど)
アダムだリリスだ使徒だ引っ張ってきても父なる神の影すら皆無、厳しい父はなくどっちかてと神が祟り神でしか存在しない形なの、めちゃくちゃオタク男(後ネトウヨへ)のメンタリティと宗教観だなあと
“昔流行ったそれらしい分析まだ擦るのかよ…”
逆だよ。単に年齢を重ねただけ、組織内で一定の地位には就いてもプライベートの精神性は10~20代と変わらん大人が1990年代当時すでに多数だっのを暴露した作品。言われ尽くされてるけどオウム真理教の幹部らと同じ
あの頃はエヴァだけでなく全般的に他のアニメも大人が出てこなかった。あと、よく言われてるのは日本ではWW2で大人がやらかしたのでバトルに大人は出せず(外敵排除は鬼畜米英と一緒なので)子供を出さざるを得なかった
加持だけは大人だった気がするけどな。自分のロールに最後まで徹する、ていう。ダメな大人、ズルい大人という姿も含めてそういう立ち回りだと思ってた。
それをセカイ系と言って、フォロワーが大量に出たじゃろ
エヴァはセカイ系だし。大人が出てこない=社会を描いていない=政治問題を避けている=生活保守なんだわ。オタク受けする要素を詰め込んだが、作中にメッセージはない。
仮に大人がまともなプロフェッショナルだった場合どんな話になってたろうと考えてみたけどゲンドウだけはあのまんまの理由があるし他の精神年齢より組織の規模が原因で不都合が生じてたから結局変わらんだろうなと
『旧劇場版』は「とにかくおまえらも大人になれ!」、『シン』は「自分も大人になれました」、庵野の人生経験がダイレクトに反映されているのだなあ、という
認識が旧劇で止まっている?
スーパーロボット大戦で参戦のときには、ネルフと違って周りの大人たちがちゃんとしている場合のシンジ君が描かれる傾向的なそれを思い出したり
かつて少年少女だった頃に期待した”大人”に、どれだけの人がなれてるんだろうね。自分はだいぶ距離感ある / すくなくとも、他人に"大人"を無制限に求めて、裏切られたと裁く気マンマンの人は違うような気がするね
インパクト重視で毎回無責任な「引き」を作るために意味ありげな台詞をばら撒いているんだから、いい加減もうエヴァについて語るのやめたら?他にもっと語るべきものあるよ?
ここで言う大人の定義ってなんなのだ?
監督の人格が成熟してないから大人が描けなかっただけでは
だから人類の意識を統合して1つの生命体になろうとしたんでしょう。人類補間計画万歳! 大人という定義は結局は各個人の幻想に過ぎないのだよな
大人だったらシン・ゴジラみたいになるのか?
エヴァをいい歳で語っている時点で大人ではないのです(暴論)
AC的傷を抱えた人ばかりではある。それ自体はともかく、親の立場になったら親になろうと足掻けよゲンドウ、と思う。親ポジションのミサトさんはまあ頑張ってた、立派な大人じゃないけどそれでも。
ゼーレが利他主義者だったのに驚愕した。エヴァシリーズは不老不死の肉体で、ゼーレが独占するのを初号機で阻止するんだ、だからママが中に居て、ゲンドウはそれを支え、最後はシンジのために死ぬと思っていました…
エヴァを下敷きにしたうえで、育児のメンドい部分をアキくんに丸投げして育児の楽しい部分だけかっさらうマキマさんを入れてきたのタツキはうまいな~と思う。
月1エヴァはまだ旧劇なのに若い観客が多くて驚いた。新劇やパチンコの効果だろうか?今さらエヴァの話題で盛り上がってるのもリアルタイム世代とは限らないよなと
大人はスイカ作ってた
アウトレイジ的にいえば「全員シャア」 シンジも最後までアムロになれなかった
各パイロットの親の魂が入ってるエヴァが大人(母親)なんちゃうか。ミサトもリツコも親の描写があるが加治だけないんだよね(漫画版にあるけどセカインで両親を亡くしてる)
少年少女を主人公にするなら大人は出張っちゃダメなんだけど。対象年齢から外れただけだと思うよ
ゲンドウもユイも育てる気ないなら避妊しなよと思う
「大人がいない」と呟いている人のプロフや最近のポストを見に行ったらまともな大人のようには見えなかった。まぁ、まともな大人はXなんてやってないよな。
ポストガンダムIP
カミーユがだいたい代弁してくれる
だからシン・エヴァで「おとなになるということ」を描いたんだろうがよ、みんな見てねえのか
感情や感性は誰ひとり同じ人がいないのに、世間的な正しさに合わせるよう教育され慣らされてきた。日本人はもっと他人と違う自分の気持ちを打ち明けていいし、そうすべきとも思う。
そうだね。ミサトさんの言動見てると、不安定でシンジくんの方がまだ理解できる。単に上手く描けていないだけなのか。しかし、ブコメの大人なんてこんなモノと言うのも、凄い納得感ある。子供の頃に想像していた大人
大体のキャラは、幼少期から生命の危機と隣り合わせにある特殊な世界だからね。加持さんが大人なのはなんとなく分かる。
この議論はシンカリオンがアニメ化された時に、(パイロットである)主人公たちへのNERVと超進化研究所の対応の違いで比較・考察されていたことを思い出した。
どんなにインフラぶっ壊されようが流通も生産もごくまともに機能して電気ガスどころかコンビニや酒屋学校すら行ける生活に大人の姿が見えないと?
現実の人間もいうほど大人かというと、心もとないもんだと思うが。
大人がいないというより「子供目線の大人」がいないだな。年を取って人間大人になっても中身や振る舞いはそこまで変わらないってわかった。変わったのは元気が減ってテンションが落ちたくらいだな
大人とは?俺も2人の子供が成人したけど、大人かというと疑問を禁じ得ない。
作中で「大人」に言及してたのはゲンドウ「大人になれ」ミサトさん「大人のキスよ」くらいか / そういえば当時アダルトチルドレンにからめた考察が流行ってたよね。
「日本には大人がいない」って言えばそれっぽく聞こえるやつ
子供の頃はミサトさんに全く魅力を感じなかったのにオッサンになるとミサトさんとラブラブ騎乗位中出しセックスしたいと強く願うようになった。Eカップってのも大きなポイントだった。
現実世界に「大人」なんていないでしょ。フィクションだとひたすら滅私する聖人がいるけど、現実にはいない。登場人物が我欲に忠実に行動してたのが 、受けたのでは
棘※ "まとめ主、まとめにエヴァ制作スタッフがいる事に気づいてないやろ" …えっと、どなたが?
30年も経っているのにコレほど論考され続けるのはすごい作品だ。当時は予約殺到でレーザーディスク買えないのほどの人気だった。そんなの今まで聞いたことなかった。地方民はレーザーディスク買うしかなかったし。
エヴァの稼働を支える運営スタッフは各自責任を果たす大人だと思うけど。子どもに対峙する(保守的な)大人がいなかったって意味かな。
人は、子育てして自己犠牲を学んで大人になる。エヴァの登場人物に皆無。せいぜいスイカ育ててイキってるだけ🍉
大人同士で子供みたいな交流をするのはリアルだけど子供に対して大人として接することができないのは単純にクソ野郎
これって作者(庵野秀明)が大人じゃなかった/大人になった、という話なの?それともあえて大人が出てこない作品にしたの?
ガンダムにもいなくね?デギンとかかw
理想的な「大人」なんて者がいると思ってる方が子供の証拠
みんなアダルトチルドレンだから…。
まあ冷静な大人が一人でも出てくると壊れるよね /冬月先生はどう?
完結編では大人のキャラが描けていて、庵野さん成長したんだなと思った 立派な大人の人が身近にいるのかも(奥さんかな)
旧エヴァはみんなアダルトチルドレンだったけど、新劇ヱヴァの方はミサトさんがちゃんと大人になってて、ゲンドウも子供の自分に向き合えたから、完結できたんだと思ってる。
人の内面にある幼児性を曝け出すのが当時のトレンドだったということ。だから、エヴァにヒゲマンは出てこない。
新エヴァにおける立ち回りをみると冬月先生は別なのでは?
青橋ゲルは割と大人だと思ったが違うのか。
『ふしぎの海のナディア』の終盤を見るに、庵野監督がそういう大人というか「親」像を描けなかったわけでは無いと思うけど。
戦略自演隊「作戦は、失敗だったな…」普通に大人のプロだったと思う。
アニメやマンガって親って結構邪魔だったりする。昔はラスボスや英雄様だけど最近は存在自体がないか無為乾燥、嫌悪対象だったり。
TV版が放送されてた頃からずっと言われ続けてきた話みたい?
「よくやったな、シンジ」と、それを聞いた時のシンジの反応とか、油まみれで働く父親とそれを見たシンジの行動とか、わりと親子だったよね。
「私の心は子どものころからほとんど変わっていません。理想の大人を目指して、大人のふりをして、それを積み重ねてきただけです。きっと私は死ぬまで大人のふりを続けるでしょう。」(葬送のフリーレン)
制作陣が政治的・社会的な闘争に触れないまま歳を重ねた世代だから、まあ当然だろう。宮崎駿や富野由悠季など、学生運動最盛期と同世代の人々と比較すれば、「何を描かないか」において明白に現れているのでは。
子どもが想像する大人はあくまで子どもが抱く幻想であって実在しない。その幻想が砕かれることで大人が生まれるがそれは子どもの幻想とは全くの別物である。
新劇エヴァのトウジは立派な大人になっていたよなあ。あの生活と労働がほぼイコールの「村」の描写が庵野にとっての大人のいる世界なんだろうか。そこでの生活を得てやっとシンジも大人になるというような。
大人はいるけど食い尽くし系しかいない。つまり庵野の本質がソレで金の亡者のコンテンツホルダーどもと祭りで暴れてスッキリしたいお前らがそれを崇めたてつまってとうとうガンダムを喰わせちまったんだよ××が!!!!
大人か子供かもまああるが、主要登場人物が何らかの心(など)に問題を抱えているというところのが主軸だとは思う(青葉シゲルは抱えてない可能性含む)
「法律も人権も予算も無視!ただし、失敗すれば人類滅亡」って状況での組織の振る舞いってどうなるのか、興味ある
大人って相対的なもんでしかなくて、子供に未来を繋ぐために子供に対して何かしようという行動が大人という行動を形作っているだけでなるものじゃないんだよ、だからエヴァの人物はシンジ目線で大人に見えないだけ
現実の世界でも、理想とされるような"大人"はほぼ存在しません。私含め。実在しない、ただの理想像に過ぎないのではないか、とすら思います。
大人って大きい子供だろ論を訴えていますがなかなか受け入れてもらえません。
https://wanderlog.com/view/gnrraucefq/can-you-dispute-coinbase-transactions-coinbase-buyer-protection-policy/shared
当時作ってた人たちも大概若かったことも考慮したい
みんないつまでエヴァの話ししてんの?
うろ覚えだが、番宣からして自分が可哀想な感じで見ようとも思わなかったが、このスレは面白かった。
諦める事さ(歌 串田アキラ)
だって地上波放映当時、庵野監督35歳だよ。ゲンドウ(48)より一回り以上歳下なんだよ。しょうがないよ。
エヴァはわりとシンプルなビルドゥングスロマンで、だけど社会の代弁者として子供に立ち塞がるべき大人が大人になりきれていないという点が新しかった。その点で明らかにガンダムの系譜に連なる。
むしろマクロスFの「俺だって本当はただのガキだ」という隊長の台詞が名言である。(どう見ても立派な大人だが。)
ガンダムって、年齢設定に対して描かれ方が大人よな
「エヴァには大人が出てこない」という話に共感、主要キャラは誰も彼も自分の話をしていたように思う→大人ってなんだろう?という哲学的な話へ発展する
まあ大人は自衛隊員だろうな…
”だから奥さんに搭乗拒否されてんのか”うーん意味が深い。
綾波「」
とはいえアニオタが認知できる大人は後藤隊長だけだから…
作り手がこどもおじさんばっかりだからね。
碇ユイが唯一母としてそばに存在してたような
現実世界と同じ程度しか大人がいない
奥さんから搭乗拒否はワロタ。
全裸中年男性さんは今「近代」なのですね
中学生がいるから際立つだけで、普通にあんなもんじゃないの。
まとめのXer全員子どもって話か。子どもが想像上の屏風から出たことのない大人像を夢想している(´・_・`)/自衛隊員が大人って、作中では児童虐殺を試みてる人でなしでしょ
ウィンストン・チャーチルって映画見たけど、チャーチルが一番子供だったな。わがまま気まま自分が一番、戦後はすぐにお払い箱…戦時のリーダーってそういうもんなんだろうかね
世の大人の心はみんな14歳から変わってない。その点大人が出てこないエヴァはむしろリアル。子供にはそれがわからんのです。
言うて多くの成人はけっこう中学生マインドのままじゃないのかね?違う?
大人が居なかったというか、子どもに対して「親」が居なかったとは思った。皆、生きる事や自分の事で手一杯な感じだったと今になって思う。
OTONAがちゃんとしてる物語はストレス少な目。
現実社会だっていうほど大人はおらんぞ
冨樫義博も精神年齢が中2〜高2くらいで止まってるとか対談で言ってたなぁ
エヴァの大人たち、子供のまま大人になったみたいですわね。現実の縮図、皮肉が効いてますの!
大人も自分の話をするものなのです(^^) 大人になったとき分かるわ。それが
『令和でもまだやんのそれ』
日本のアニメ漫画でリアルな大人を描くことにちゃんと向き合ってる作品なんて本当にごく少数だからね。エヴァだけの問題じゃない。
仕事だからと非戦闘員を虐殺できる戦略自衛隊を大人と言うならそうなんだろう
ブクマクの町にも大人はおりません💢💢💢。
大人って言っても司令&副司令以外はだいたい20代30代じゃないの。その年代でちゃんと大人としての振る舞いができるかというと…
何が『父にありがとう』なのかとは思った。
確かにね。でも現代ってそうじゃない?要はあんまり苦労しなくてもコンフォートゾーンに入れるから成長が止まる。昔は貧乏だ競争だってあったけど、今はそれが無い。大人だなぁ、って人あんまり見ない。
親子なのゲンドウとシンジくらいで他にそもそも親が出てこないというか。赤木ナオコとリツコ、葛城博士とミサトくらいか。
シンジ「大人のキスって言ってたじゃないか!!」/ そんなに大人が出てくるのがいいならシンカリオン見てよ!デリシャスパーティ♡プリキュアでもいいよ!
親としてはアレなんだけど、責任を取る管理職という立場は結構描けていたと思うよ(それも大人の態度とは言える。まあ実際の責任の取り方は自爆や溶けるくらいしか思いつかないんだけれど)
アダムだリリスだ使徒だ引っ張ってきても父なる神の影すら皆無、厳しい父はなくどっちかてと神が祟り神でしか存在しない形なの、めちゃくちゃオタク男(後ネトウヨへ)のメンタリティと宗教観だなあと
“昔流行ったそれらしい分析まだ擦るのかよ…”
逆だよ。単に年齢を重ねただけ、組織内で一定の地位には就いてもプライベートの精神性は10~20代と変わらん大人が1990年代当時すでに多数だっのを暴露した作品。言われ尽くされてるけどオウム真理教の幹部らと同じ
あの頃はエヴァだけでなく全般的に他のアニメも大人が出てこなかった。あと、よく言われてるのは日本ではWW2で大人がやらかしたのでバトルに大人は出せず(外敵排除は鬼畜米英と一緒なので)子供を出さざるを得なかった
加持だけは大人だった気がするけどな。自分のロールに最後まで徹する、ていう。ダメな大人、ズルい大人という姿も含めてそういう立ち回りだと思ってた。
それをセカイ系と言って、フォロワーが大量に出たじゃろ
エヴァはセカイ系だし。大人が出てこない=社会を描いていない=政治問題を避けている=生活保守なんだわ。オタク受けする要素を詰め込んだが、作中にメッセージはない。
仮に大人がまともなプロフェッショナルだった場合どんな話になってたろうと考えてみたけどゲンドウだけはあのまんまの理由があるし他の精神年齢より組織の規模が原因で不都合が生じてたから結局変わらんだろうなと
『旧劇場版』は「とにかくおまえらも大人になれ!」、『シン』は「自分も大人になれました」、庵野の人生経験がダイレクトに反映されているのだなあ、という
認識が旧劇で止まっている?
スーパーロボット大戦で参戦のときには、ネルフと違って周りの大人たちがちゃんとしている場合のシンジ君が描かれる傾向的なそれを思い出したり
かつて少年少女だった頃に期待した”大人”に、どれだけの人がなれてるんだろうね。自分はだいぶ距離感ある / すくなくとも、他人に"大人"を無制限に求めて、裏切られたと裁く気マンマンの人は違うような気がするね
インパクト重視で毎回無責任な「引き」を作るために意味ありげな台詞をばら撒いているんだから、いい加減もうエヴァについて語るのやめたら?他にもっと語るべきものあるよ?
ここで言う大人の定義ってなんなのだ?
監督の人格が成熟してないから大人が描けなかっただけでは
だから人類の意識を統合して1つの生命体になろうとしたんでしょう。人類補間計画万歳! 大人という定義は結局は各個人の幻想に過ぎないのだよな
大人だったらシン・ゴジラみたいになるのか?
エヴァをいい歳で語っている時点で大人ではないのです(暴論)
AC的傷を抱えた人ばかりではある。それ自体はともかく、親の立場になったら親になろうと足掻けよゲンドウ、と思う。親ポジションのミサトさんはまあ頑張ってた、立派な大人じゃないけどそれでも。
ゼーレが利他主義者だったのに驚愕した。エヴァシリーズは不老不死の肉体で、ゼーレが独占するのを初号機で阻止するんだ、だからママが中に居て、ゲンドウはそれを支え、最後はシンジのために死ぬと思っていました…
エヴァを下敷きにしたうえで、育児のメンドい部分をアキくんに丸投げして育児の楽しい部分だけかっさらうマキマさんを入れてきたのタツキはうまいな~と思う。
月1エヴァはまだ旧劇なのに若い観客が多くて驚いた。新劇やパチンコの効果だろうか?今さらエヴァの話題で盛り上がってるのもリアルタイム世代とは限らないよなと
大人はスイカ作ってた
アウトレイジ的にいえば「全員シャア」 シンジも最後までアムロになれなかった
各パイロットの親の魂が入ってるエヴァが大人(母親)なんちゃうか。ミサトもリツコも親の描写があるが加治だけないんだよね(漫画版にあるけどセカインで両親を亡くしてる)
少年少女を主人公にするなら大人は出張っちゃダメなんだけど。対象年齢から外れただけだと思うよ
ゲンドウもユイも育てる気ないなら避妊しなよと思う
「大人がいない」と呟いている人のプロフや最近のポストを見に行ったらまともな大人のようには見えなかった。まぁ、まともな大人はXなんてやってないよな。
ポストガンダムIP
カミーユがだいたい代弁してくれる
だからシン・エヴァで「おとなになるということ」を描いたんだろうがよ、みんな見てねえのか
感情や感性は誰ひとり同じ人がいないのに、世間的な正しさに合わせるよう教育され慣らされてきた。日本人はもっと他人と違う自分の気持ちを打ち明けていいし、そうすべきとも思う。
そうだね。ミサトさんの言動見てると、不安定でシンジくんの方がまだ理解できる。単に上手く描けていないだけなのか。しかし、ブコメの大人なんてこんなモノと言うのも、凄い納得感ある。子供の頃に想像していた大人
大体のキャラは、幼少期から生命の危機と隣り合わせにある特殊な世界だからね。加持さんが大人なのはなんとなく分かる。
この議論はシンカリオンがアニメ化された時に、(パイロットである)主人公たちへのNERVと超進化研究所の対応の違いで比較・考察されていたことを思い出した。
どんなにインフラぶっ壊されようが流通も生産もごくまともに機能して電気ガスどころかコンビニや酒屋学校すら行ける生活に大人の姿が見えないと?
現実の人間もいうほど大人かというと、心もとないもんだと思うが。
大人がいないというより「子供目線の大人」がいないだな。年を取って人間大人になっても中身や振る舞いはそこまで変わらないってわかった。変わったのは元気が減ってテンションが落ちたくらいだな
大人とは?俺も2人の子供が成人したけど、大人かというと疑問を禁じ得ない。
作中で「大人」に言及してたのはゲンドウ「大人になれ」ミサトさん「大人のキスよ」くらいか / そういえば当時アダルトチルドレンにからめた考察が流行ってたよね。
「日本には大人がいない」って言えばそれっぽく聞こえるやつ
子供の頃はミサトさんに全く魅力を感じなかったのにオッサンになるとミサトさんとラブラブ騎乗位中出しセックスしたいと強く願うようになった。Eカップってのも大きなポイントだった。
現実世界に「大人」なんていないでしょ。フィクションだとひたすら滅私する聖人がいるけど、現実にはいない。登場人物が我欲に忠実に行動してたのが 、受けたのでは
棘※ "まとめ主、まとめにエヴァ制作スタッフがいる事に気づいてないやろ" …えっと、どなたが?
30年も経っているのにコレほど論考され続けるのはすごい作品だ。当時は予約殺到でレーザーディスク買えないのほどの人気だった。そんなの今まで聞いたことなかった。地方民はレーザーディスク買うしかなかったし。
エヴァの稼働を支える運営スタッフは各自責任を果たす大人だと思うけど。子どもに対峙する(保守的な)大人がいなかったって意味かな。
人は、子育てして自己犠牲を学んで大人になる。エヴァの登場人物に皆無。せいぜいスイカ育ててイキってるだけ🍉
大人同士で子供みたいな交流をするのはリアルだけど子供に対して大人として接することができないのは単純にクソ野郎
これって作者(庵野秀明)が大人じゃなかった/大人になった、という話なの?それともあえて大人が出てこない作品にしたの?
ガンダムにもいなくね?デギンとかかw
理想的な「大人」なんて者がいると思ってる方が子供の証拠
みんなアダルトチルドレンだから…。
まあ冷静な大人が一人でも出てくると壊れるよね /冬月先生はどう?
完結編では大人のキャラが描けていて、庵野さん成長したんだなと思った 立派な大人の人が身近にいるのかも(奥さんかな)
旧エヴァはみんなアダルトチルドレンだったけど、新劇ヱヴァの方はミサトさんがちゃんと大人になってて、ゲンドウも子供の自分に向き合えたから、完結できたんだと思ってる。
人の内面にある幼児性を曝け出すのが当時のトレンドだったということ。だから、エヴァにヒゲマンは出てこない。
新エヴァにおける立ち回りをみると冬月先生は別なのでは?
青橋ゲルは割と大人だと思ったが違うのか。
『ふしぎの海のナディア』の終盤を見るに、庵野監督がそういう大人というか「親」像を描けなかったわけでは無いと思うけど。
戦略自演隊「作戦は、失敗だったな…」普通に大人のプロだったと思う。
アニメやマンガって親って結構邪魔だったりする。昔はラスボスや英雄様だけど最近は存在自体がないか無為乾燥、嫌悪対象だったり。
TV版が放送されてた頃からずっと言われ続けてきた話みたい?
「よくやったな、シンジ」と、それを聞いた時のシンジの反応とか、油まみれで働く父親とそれを見たシンジの行動とか、わりと親子だったよね。
「私の心は子どものころからほとんど変わっていません。理想の大人を目指して、大人のふりをして、それを積み重ねてきただけです。きっと私は死ぬまで大人のふりを続けるでしょう。」(葬送のフリーレン)
制作陣が政治的・社会的な闘争に触れないまま歳を重ねた世代だから、まあ当然だろう。宮崎駿や富野由悠季など、学生運動最盛期と同世代の人々と比較すれば、「何を描かないか」において明白に現れているのでは。
子どもが想像する大人はあくまで子どもが抱く幻想であって実在しない。その幻想が砕かれることで大人が生まれるがそれは子どもの幻想とは全くの別物である。
新劇エヴァのトウジは立派な大人になっていたよなあ。あの生活と労働がほぼイコールの「村」の描写が庵野にとっての大人のいる世界なんだろうか。そこでの生活を得てやっとシンジも大人になるというような。
大人はいるけど食い尽くし系しかいない。つまり庵野の本質がソレで金の亡者のコンテンツホルダーどもと祭りで暴れてスッキリしたいお前らがそれを崇めたてつまってとうとうガンダムを喰わせちまったんだよ××が!!!!
大人か子供かもまああるが、主要登場人物が何らかの心(など)に問題を抱えているというところのが主軸だとは思う(青葉シゲルは抱えてない可能性含む)
「法律も人権も予算も無視!ただし、失敗すれば人類滅亡」って状況での組織の振る舞いってどうなるのか、興味ある
大人って相対的なもんでしかなくて、子供に未来を繋ぐために子供に対して何かしようという行動が大人という行動を形作っているだけでなるものじゃないんだよ、だからエヴァの人物はシンジ目線で大人に見えないだけ
現実の世界でも、理想とされるような"大人"はほぼ存在しません。私含め。実在しない、ただの理想像に過ぎないのではないか、とすら思います。
大人って大きい子供だろ論を訴えていますがなかなか受け入れてもらえません。
https://wanderlog.com/view/gnrraucefq/can-you-dispute-coinbase-transactions-coinbase-buyer-protection-policy/shared
当時作ってた人たちも大概若かったことも考慮したい
みんないつまでエヴァの話ししてんの?
うろ覚えだが、番宣からして自分が可哀想な感じで見ようとも思わなかったが、このスレは面白かった。
諦める事さ(歌 串田アキラ)
だって地上波放映当時、庵野監督35歳だよ。ゲンドウ(48)より一回り以上歳下なんだよ。しょうがないよ。
エヴァはわりとシンプルなビルドゥングスロマンで、だけど社会の代弁者として子供に立ち塞がるべき大人が大人になりきれていないという点が新しかった。その点で明らかにガンダムの系譜に連なる。
むしろマクロスFの「俺だって本当はただのガキだ」という隊長の台詞が名言である。(どう見ても立派な大人だが。)
ガンダムって、年齢設定に対して描かれ方が大人よな