全文その文体で書いてて草。オチまで完璧やな
これが物議を醸している助詞枠というやつか…。
どっかの株スレはみんな語尾をのでで終わらせるので それを思い出したので/シンプルライフと個人ブログが流行った時もそれっぽいのがあって。なんか画像載せて「ふわふわのわたげ。」とか書いて。
黒板純(吉岡秀隆)「最近、助詞で文を区切るやつが多すぎるわけで。」
わかる。かなり嫌い。
歌の歌詞みたい
口語だとこんな喋り方の人は結構存在する。読点で全部つながるよりは読みやすいから適宜句点にしてると思われる。
最近のは気になるが、もう少し前から似たようなフレージングはあったと思われ
例をくれ
文字数制限があるところでは、途中でとめても意味がわかるところでとめているのではないかと思われ
これ、昔の女子同人小説では、頻発してて。もっと遡るなら、源流、新井素子じゃないかなって――あたしは。けど。それが今更また増えてるなんてこと、ちっとも知らなくって。
PayPayで。
北の国から’26
ちょ待てよ終助詞は許せよ
この先、生き残れるか。みたいに読み間違いを防ぐために分けることもあるような。
なんかムズムズしてきた。
100字制限あるブコメは、字数を如何に削るかパズル的な要素あるよな。あえて字足らずにしたり送り仮名を削ったり、日本語としては正しくないけれど、読者を信じて。ただ、それに言語能力や思考が引っ張られるリスクは
北の国からの純のナレーションっぽいよな(おれなりの倉本聰氏追悼)
HOTEL(高嶋政伸)
タコは増田かと。増田も2018年には指摘( https://anond.hatelabo.jp/20180201201314 )しており。「最近」や「きがしている」は具体的に述べるべき。増田プラグインが便利なので使ってみると良き。あと終助詞は許してよね。
もちもちしたドーナツ、ポンデ。
言い切らないことで、含みや解釈の余地を広げている
Xはともかくはてブでは割とやる。スタイルとしてでなく端的に字数制限の中に圧縮するために不要なら省くというだけの話
これに遭遇するといつも、区切られ省略された部分は察してほしいという甘えっぽい態度を感じてしまいます。
検索避け?
わりとよくやるがそんなに最近増えてるか?
「~としか。」は気持ち悪いなと思う。「気になるほうがやるべき、としか。」みたいなやつ。なぜかわからないが「~としか。」って言うやつは大体言ってる内容もうざいんだ。
何も言えなくて・・・夏
「助動詞つけて終わらせろやタコ」< 終止形や命令形で文を終えることを許さない、というのも中々に尖ったご意見ですね。
多用してると、めそめそした感じでいらっとするよなこれ。
わからない意味 何を考え コスパとタイパ 乱れた日本語
梶原一騎で体言止め「「昨今! 氾濫する……助詞区切りの軟弱なる文章!」
文章末に句点があると冷たいとか威圧的だとかいうのと似たような話で、温かみや軽妙さを出そうとしてやってんのかなとは思う。
きまぐれオレンジロード
たまゆら
あ〜新井素子か!とブコメ見て思わず声出そうになるなど。最近特に増えてるという感覚もなかったが増えてるの?まあ、はてブでは自分でも割と多用してるかと。なにせ100字には入り切らんことが実に多いので。
話し言葉っぽい感じを出したいんじゃないの?知らんけど。
倉本聰も鬼籍に入る時代
ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて
お願いしたく🙏
「思い」の「い」は助詞ではないとか。
変な余韻を残すだけだよそれって言ってやりたい。
詩的表現,特に字数制限のある俳句に通じるように思う。「気がしている」では閉じてしまう世界が一文字変えるだけで広がりや余韻を感じさせる表現になる。
多分、最近は文字数制限があるからでは?俳句を作るが如く。
連続ものの各話プロローグでナレーションが「我らが主人公は今日も〜なのでして……」とか、文を締めずに本編に入るようなイメージあるな。
自分が悪い意味で認識したのは西尾維新の化物語だな。阿良々木くんのモノローグで多用されてて「話は面白いけど文体が気持ち悪いな〜」と思いながら読んでた。
やきもきする
「連用形で終わらせるやつ」ではないか?
助詞で文が終わることもあるし,助詞で終わっていない例が挙がってるしでなんとも。
全く関係ないけど、昔バカ殿のコスプレして歌を歌うコーナーで田代まさしが田中邦衛の格好をして北の国からのBGMをバックに歌おうとするんだけど「これ歌詞ねえじゃねえか!」って突っ込むのが面白かった。
省略を勝手にやるわけだから、自己中心的な社会不適合者が多いと推定され
疑問系のイントネーションで喋るのが気になるのと似ている
言いさし文ってやつかな?
拝承
妙に改行いれまくる文とか句読点入れまくる文とか書いている人をfacebookなどで見かけるけど‥
草
村上龍風にいえば恥に塗れたエクスキューズな文体。オレも好きでない
ですますとかの助動詞終わらせてしまうと、次にしかし、それで、とか接続詞を使わないと文章がつながらない。助詞で終われせて接続詞の文字数分を節約してくて。結果こうなるよね。
前からだと思うが
ほら余白って必要かなって。
メンバーの歌ネタみたい
終助詞(ね、よ、か、な、わ など): 文の最後につけて話し手の気持ち・疑問・共感・確認などのニュアンスを表します。例:こんな水着着れませんわ!ほとんど紐ですわ!金玉も丸見えやないか…
バカなこと書くから、みんな、助詞で止めて感想書いてるし と思ったけど、そんな多くなかったね。旧2chほど底意地悪くなかったのが残念な
ただの口語の表現やないの?
「マルハラ」の価値観に近いかも。お堅くならないよう区切ることでフランクにしてるのでは。
むしろ古いけどな思ったのだが、新井素子説おもしろい。文面にちょっと拙いというか幼い感じが出るよね。
Twitterの話かよwと思ったが僕も「写メ」とか気持ち悪い言葉に苦しめられたりしてるなぁ。あと同系の接続詞を2回使う奴。これは本当に育ちが悪いんだろうなと思う。
この文章の中で助詞で終わっているのは少なくないですか?
文字数制限文化の結果ではなかろうか
なんとなく余韻を残したい気持ちの表れなのかなって
こんにちは
昨日、悲別で(倉本聰脚本)
歌のタイトルに多いですよね。「恋しくて」とか「魅せられて」とか。
たぶん手癖で大した意味はない
昔のロシア語の翻訳ものみたいな
「。」を「?」に変えて読むとしっくりくる
違うのか、小洒落た倒置法表現とは。「最近、多すぎる気がするんだよ、助詞で文を区切るやつが。」みたいな?真似しようとしても何だかとても難しいなってw
ショート動画でこのタイプの文章に遭遇しすぎてイライラがやばい
少なくとも「〜と思い。」は助詞で終わってないし、終止形で終わらせるなら「〜と思う。」なので助動詞も不要。「〜と思います。」なら、まあそうだけど。
文の補足を読み手に委ねて、読み手に自分の文章を代行的に完遂させる。この仕組みで、読み手の脳内で文章の再生成を通じた自他の文章の錯覚による共感を強制している。その強制性への違和感が気持ち悪さとなる。
見なきゃいいのに
昔からおった気がして。
私は助詞とか助動詞とかよくわからないので雰囲気で日本語を書いている
文節ごとに一マス空ける人が苦手。歌詞じゃないんだから。
別に深い意味があるわけではないので。言い切ると強すぎる感じがするから。少し余韻を残しておきたいというか。読み手に続きを補ってもらえればと。
倉本聰の訃報もあり、読んでると、ずっと、頭の中にさだまさしの歌が流れるわけで。
ぺこーらに、告白しようと思ってる。スレのみんなには、悪いけど。抜け駆けで。次の給料日、お金入るから。スパチャして。そこで気持ち伝える。ぺこーらは男の人と付き合ったことないから。びっくりするかもだけど。
私が気持ち悪いのは、NHKのドキュメント72とかで多用される、伝聞の「〜だそう」って区切り。
日立メールの話かと思ったわ。小生は助詞で文を区切ることをお願いしたく。拝承。/まぁ本家では大分もう廃れてるようだが。
意識やや高めの自語り記事とかインタビューとかでありがちか。まぁ言語化は難しくとも特定方向の印象を与える効果は発揮できてそうなので、無理に理由を求めず単に嫌いとか合わないでよくないですか
気にしたことがなかった。新井素子に慣れてるせいか? なんで気持ち悪いんだろう。マンガで見る「あーし、〇〇でぇ」みたいなのと似てるからかな。
ちょっと拝承の気配を感じ。今ではこの文化を憶えている人も減ってきた頃合いかとも思い。自身もちゃんとした拝承文化を知らないのですが。なんだかここに残しておきたく。
文節ごとに句点入れたりスペース入れたり、ひどいのになると改行する奴もイヤだよね。
文字数節約の名残り、としか。
文の終わりが助詞だと余韻があってボクは好きにゃ。そんなに怒らないで、ボクの肉球でも揉んで癒やされてにゃ!
日立製作所構文やん
下田美咲著「株式会社夫婦」がこれだった
マルハラやめてください
意識してないと思われ
別にいいかと
発祥はわからないけどここが最近流行らせただろうなというのは知っていて。でも撲滅するとか物騒なこと言ってるので教えなくて。割とこの文体好きなので
助詞を使わないのは原始人、魏延、エアリス。オレタチ、ニンゲン、クウ。
これ、よくやるけど、なんか、言い切らないのが、おかしって、感じなんだけど。句読点が、多い、人のほうが、気になるなと
時折カタカナを混ぜると昭和軽薄体っぽくなるワケで。そのヘンがボクら現代の若者のフィーリングにフィットするって感じてて
note文体って感じ
それよりも、箇条書き体言止めに句点つけてあると、AI作文っぽさを感じる。
なんかエモい感じがしちゃうな 適切に言葉を省略するのも日本語の美のうちなので
言文一致運動かもしれない
そんないるか?
いるいる。メールで「〜していただきたく。」って書いてる人がいて気になってた。
twitch見てるとそういう喋りしてる人複数見かけたことあるから、単に若者の間で流行ってるんとちゃうん?
北の国からの純かもしれないわけで
おや?みんな助詞を知らないのに助詞について話してる?助詞の代表は「てにをは」だよ。
言外のものを読み手に察するよう促す感じで気持ち悪くなりがち
こんなつまらないことで怒るなや
句読点ついてるので再現性が薄まってて
日本人の最後まで言い切らずに曖昧さを残しておきたい文化だと思ってて、、、
「気がしていて」はぁ。
これはひろゆき氏の議論のテクニックから来ている気が。使うこと自体が悪いとは言わないけど影響されているのはどうかなと思う
”助詞枠”に全部持って行かれてしまった…。
確かに新井素子だー!ブコメすごい…
そんな気がしている所存でごわす。
まあ文字数削減の一環かなって
間がないから。増田は、はあ
二文で十分ですよ。分かってくださいよ。
「思い」で文を終えているのは助詞ではありませんね。
AI時代のタイパとコスパですよ
たしかに多用は読みづらい。ま、そういう界隈に触れてないがイライラする気持はわかる。
別に抵抗ないけど、心の中では最後に NO MUSIC NO LIFE みたいなのつけて何でも着地させたくなっちゃう
古文調を想起させる表現ではあるな。
AI生成では文法的に不完全な文は少ないだろうから、不完全な文はむしろ人間的と言えなくもないか
かゆ うま
言い切ると軋轢を生むから自分の意思を(少なくとも文面上)明示しない、と言う傾向に見える。
思っていて。は「、」でもいいのでは?ってときが多い
なんだか、アメブロで大量改行するのと似ている気がして。
大学の教養の授業(言語学)で習ったのは、日本語も変化していくので正しい日本語を書け!って頑なになるのではなく変化を観察して楽しもう!みたいなスタンスでいいなと思いまして。
ニンダイ構文か。「xxすることができます。xxすることも。」みたいな。
20年位前から同人BL小説でよく見た。20年前からあるにしては、そんなに広まってはいない。
助詞がついてるのはまだしも、「思い。」は連用形で終わってるじゃないか。
草野心平…
北の国から
大昔、知り合いの手伝いでタウン誌的なやつの店舗紹介文を大量に書いた時、文末を勝手に「〜してみて。」とか「〜したい。」に直されたのを思い出した。あと「〜ことも。」も多かったな。
「〇〇かと。」←これきらい!!!!!!!!何様やねん!!!!!!!軍師かお前は!!!!!!!
はてブではしょうがないかと。
吉岡秀隆です
それでいうと、「〜するなど。」みたいな、などで文を終えるやつ、ずっと気になってた◜. ̫.◝◦°
ただの口語でしょ。一時コメント等でよく見かけた「~だと思いました」の方が違和感があったよ
使おう!!!ハチワレ構文と合わせて
。を無くすと割と違和感消えると思うよ。とにかく最近。を忌避する傾向にあると聞く
私は少し前までは定期更新ゲーム(なりチャ的なもの)で遊んでたけど、なりチャ文化の女プレイヤーはこの文体が多かった。古の女子同人小説の影響と、確定ロール禁止への歪な適応かな、とコメントに打ち込んで。
言い切らないことで責任を負うことを回避する文体では。もっと昔だとやたら「~な感じ。」で終わらせていたみたいな。
生成AIの文章だと思う。
せやな
文字数たらないとこうなりがち
旧Twitter(別名X)では未だに「なう」としか言わない
区切っちゃうよね、助詞で
「〜致したく」みたいなビジネス構文の場合と、女性などの独白文体の場合とがあるわね。ブコメとかだと文字数省略のためでしょうが
確かに「個人的には〇〇だと思っていて。〜〜~」みたいなのは気になる。「個人的には〇〇だと思っているんです。〜~〜」と言ってほしい。伝わるかな。
脱字があるよ!もったいない
おまけの中身が知りたくて
“こういうツイートする当事者を探していて。 なんでこんな書き方するのか聞きたいと思い。”
〜〜だと思っていて、っていうフレーズ良く聞くよな
初っ端から助詞じゃなくて動詞で終わってるんだが / ある種の言文一致よね、しゃべり言葉書き起こしたらこんな感じだし
散文などで以前から見られるような、余韻を残す修辞法の一つだと思っていたのだが。多用して効果や目的・意図なく使うのは、確かに無意味あるいは逆効果だとは思う。
富野由悠季のフォロワーなんでしょう
関西あたりで「〜ですし」で終わる表現があって、それが気になっている
こういう感じの文章スタイルの知人がいて、文章の組み立て方が自分とは違うなと感じていた。会話形式なんだろうか。北の国からは爆笑してしまうわけで。
奈須きのこで鍛えた俺にはノーダメージ。
最近、助詞で文を区切るやつが多すぎる気がしていて。
全文その文体で書いてて草。オチまで完璧やな
これが物議を醸している助詞枠というやつか…。
どっかの株スレはみんな語尾をのでで終わらせるので それを思い出したので/シンプルライフと個人ブログが流行った時もそれっぽいのがあって。なんか画像載せて「ふわふわのわたげ。」とか書いて。
黒板純(吉岡秀隆)「最近、助詞で文を区切るやつが多すぎるわけで。」
わかる。かなり嫌い。
歌の歌詞みたい
口語だとこんな喋り方の人は結構存在する。読点で全部つながるよりは読みやすいから適宜句点にしてると思われる。
最近のは気になるが、もう少し前から似たようなフレージングはあったと思われ
例をくれ
文字数制限があるところでは、途中でとめても意味がわかるところでとめているのではないかと思われ
これ、昔の女子同人小説では、頻発してて。もっと遡るなら、源流、新井素子じゃないかなって――あたしは。けど。それが今更また増えてるなんてこと、ちっとも知らなくって。
PayPayで。
北の国から’26
ちょ待てよ終助詞は許せよ
この先、生き残れるか。みたいに読み間違いを防ぐために分けることもあるような。
なんかムズムズしてきた。
100字制限あるブコメは、字数を如何に削るかパズル的な要素あるよな。あえて字足らずにしたり送り仮名を削ったり、日本語としては正しくないけれど、読者を信じて。ただ、それに言語能力や思考が引っ張られるリスクは
北の国からの純のナレーションっぽいよな(おれなりの倉本聰氏追悼)
HOTEL(高嶋政伸)
タコは増田かと。増田も2018年には指摘( https://anond.hatelabo.jp/20180201201314 )しており。「最近」や「きがしている」は具体的に述べるべき。増田プラグインが便利なので使ってみると良き。あと終助詞は許してよね。
もちもちしたドーナツ、ポンデ。
言い切らないことで、含みや解釈の余地を広げている
Xはともかくはてブでは割とやる。スタイルとしてでなく端的に字数制限の中に圧縮するために不要なら省くというだけの話
これに遭遇するといつも、区切られ省略された部分は察してほしいという甘えっぽい態度を感じてしまいます。
検索避け?
わりとよくやるがそんなに最近増えてるか?
「~としか。」は気持ち悪いなと思う。「気になるほうがやるべき、としか。」みたいなやつ。なぜかわからないが「~としか。」って言うやつは大体言ってる内容もうざいんだ。
何も言えなくて・・・夏
「助動詞つけて終わらせろやタコ」< 終止形や命令形で文を終えることを許さない、というのも中々に尖ったご意見ですね。
多用してると、めそめそした感じでいらっとするよなこれ。
わからない意味 何を考え コスパとタイパ 乱れた日本語
梶原一騎で体言止め「「昨今! 氾濫する……助詞区切りの軟弱なる文章!」
文章末に句点があると冷たいとか威圧的だとかいうのと似たような話で、温かみや軽妙さを出そうとしてやってんのかなとは思う。
きまぐれオレンジロード
たまゆら
あ〜新井素子か!とブコメ見て思わず声出そうになるなど。最近特に増えてるという感覚もなかったが増えてるの?まあ、はてブでは自分でも割と多用してるかと。なにせ100字には入り切らんことが実に多いので。
話し言葉っぽい感じを出したいんじゃないの?知らんけど。
倉本聰も鬼籍に入る時代
ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて
お願いしたく🙏
「思い」の「い」は助詞ではないとか。
変な余韻を残すだけだよそれって言ってやりたい。
詩的表現,特に字数制限のある俳句に通じるように思う。「気がしている」では閉じてしまう世界が一文字変えるだけで広がりや余韻を感じさせる表現になる。
多分、最近は文字数制限があるからでは?俳句を作るが如く。
連続ものの各話プロローグでナレーションが「我らが主人公は今日も〜なのでして……」とか、文を締めずに本編に入るようなイメージあるな。
自分が悪い意味で認識したのは西尾維新の化物語だな。阿良々木くんのモノローグで多用されてて「話は面白いけど文体が気持ち悪いな〜」と思いながら読んでた。
やきもきする
「連用形で終わらせるやつ」ではないか?
助詞で文が終わることもあるし,助詞で終わっていない例が挙がってるしでなんとも。
全く関係ないけど、昔バカ殿のコスプレして歌を歌うコーナーで田代まさしが田中邦衛の格好をして北の国からのBGMをバックに歌おうとするんだけど「これ歌詞ねえじゃねえか!」って突っ込むのが面白かった。
省略を勝手にやるわけだから、自己中心的な社会不適合者が多いと推定され
疑問系のイントネーションで喋るのが気になるのと似ている
言いさし文ってやつかな?
拝承
妙に改行いれまくる文とか句読点入れまくる文とか書いている人をfacebookなどで見かけるけど‥
草
村上龍風にいえば恥に塗れたエクスキューズな文体。オレも好きでない
ですますとかの助動詞終わらせてしまうと、次にしかし、それで、とか接続詞を使わないと文章がつながらない。助詞で終われせて接続詞の文字数分を節約してくて。結果こうなるよね。
前からだと思うが
ほら余白って必要かなって。
メンバーの歌ネタみたい
終助詞(ね、よ、か、な、わ など): 文の最後につけて話し手の気持ち・疑問・共感・確認などのニュアンスを表します。例:こんな水着着れませんわ!ほとんど紐ですわ!金玉も丸見えやないか…
バカなこと書くから、みんな、助詞で止めて感想書いてるし と思ったけど、そんな多くなかったね。旧2chほど底意地悪くなかったのが残念な
ただの口語の表現やないの?
「マルハラ」の価値観に近いかも。お堅くならないよう区切ることでフランクにしてるのでは。
むしろ古いけどな思ったのだが、新井素子説おもしろい。文面にちょっと拙いというか幼い感じが出るよね。
Twitterの話かよwと思ったが僕も「写メ」とか気持ち悪い言葉に苦しめられたりしてるなぁ。あと同系の接続詞を2回使う奴。これは本当に育ちが悪いんだろうなと思う。
この文章の中で助詞で終わっているのは少なくないですか?
文字数制限文化の結果ではなかろうか
なんとなく余韻を残したい気持ちの表れなのかなって
こんにちは
昨日、悲別で(倉本聰脚本)
歌のタイトルに多いですよね。「恋しくて」とか「魅せられて」とか。
たぶん手癖で大した意味はない
昔のロシア語の翻訳ものみたいな
「。」を「?」に変えて読むとしっくりくる
違うのか、小洒落た倒置法表現とは。「最近、多すぎる気がするんだよ、助詞で文を区切るやつが。」みたいな?真似しようとしても何だかとても難しいなってw
ショート動画でこのタイプの文章に遭遇しすぎてイライラがやばい
少なくとも「〜と思い。」は助詞で終わってないし、終止形で終わらせるなら「〜と思う。」なので助動詞も不要。「〜と思います。」なら、まあそうだけど。
文の補足を読み手に委ねて、読み手に自分の文章を代行的に完遂させる。この仕組みで、読み手の脳内で文章の再生成を通じた自他の文章の錯覚による共感を強制している。その強制性への違和感が気持ち悪さとなる。
見なきゃいいのに
昔からおった気がして。
私は助詞とか助動詞とかよくわからないので雰囲気で日本語を書いている
文節ごとに一マス空ける人が苦手。歌詞じゃないんだから。
別に深い意味があるわけではないので。言い切ると強すぎる感じがするから。少し余韻を残しておきたいというか。読み手に続きを補ってもらえればと。
倉本聰の訃報もあり、読んでると、ずっと、頭の中にさだまさしの歌が流れるわけで。
ぺこーらに、告白しようと思ってる。スレのみんなには、悪いけど。抜け駆けで。次の給料日、お金入るから。スパチャして。そこで気持ち伝える。ぺこーらは男の人と付き合ったことないから。びっくりするかもだけど。
私が気持ち悪いのは、NHKのドキュメント72とかで多用される、伝聞の「〜だそう」って区切り。
日立メールの話かと思ったわ。小生は助詞で文を区切ることをお願いしたく。拝承。/まぁ本家では大分もう廃れてるようだが。
意識やや高めの自語り記事とかインタビューとかでありがちか。まぁ言語化は難しくとも特定方向の印象を与える効果は発揮できてそうなので、無理に理由を求めず単に嫌いとか合わないでよくないですか
気にしたことがなかった。新井素子に慣れてるせいか? なんで気持ち悪いんだろう。マンガで見る「あーし、〇〇でぇ」みたいなのと似てるからかな。
ちょっと拝承の気配を感じ。今ではこの文化を憶えている人も減ってきた頃合いかとも思い。自身もちゃんとした拝承文化を知らないのですが。なんだかここに残しておきたく。
文節ごとに句点入れたりスペース入れたり、ひどいのになると改行する奴もイヤだよね。
文字数節約の名残り、としか。
文の終わりが助詞だと余韻があってボクは好きにゃ。そんなに怒らないで、ボクの肉球でも揉んで癒やされてにゃ!
日立製作所構文やん
下田美咲著「株式会社夫婦」がこれだった
マルハラやめてください
意識してないと思われ
別にいいかと
発祥はわからないけどここが最近流行らせただろうなというのは知っていて。でも撲滅するとか物騒なこと言ってるので教えなくて。割とこの文体好きなので
助詞を使わないのは原始人、魏延、エアリス。オレタチ、ニンゲン、クウ。
これ、よくやるけど、なんか、言い切らないのが、おかしって、感じなんだけど。句読点が、多い、人のほうが、気になるなと
時折カタカナを混ぜると昭和軽薄体っぽくなるワケで。そのヘンがボクら現代の若者のフィーリングにフィットするって感じてて
note文体って感じ
それよりも、箇条書き体言止めに句点つけてあると、AI作文っぽさを感じる。
なんかエモい感じがしちゃうな 適切に言葉を省略するのも日本語の美のうちなので
言文一致運動かもしれない
そんないるか?
いるいる。メールで「〜していただきたく。」って書いてる人がいて気になってた。
twitch見てるとそういう喋りしてる人複数見かけたことあるから、単に若者の間で流行ってるんとちゃうん?
北の国からの純かもしれないわけで
おや?みんな助詞を知らないのに助詞について話してる?助詞の代表は「てにをは」だよ。
言外のものを読み手に察するよう促す感じで気持ち悪くなりがち
こんなつまらないことで怒るなや
句読点ついてるので再現性が薄まってて
日本人の最後まで言い切らずに曖昧さを残しておきたい文化だと思ってて、、、
「気がしていて」はぁ。
これはひろゆき氏の議論のテクニックから来ている気が。使うこと自体が悪いとは言わないけど影響されているのはどうかなと思う
”助詞枠”に全部持って行かれてしまった…。
確かに新井素子だー!ブコメすごい…
そんな気がしている所存でごわす。
まあ文字数削減の一環かなって
間がないから。増田は、はあ
二文で十分ですよ。分かってくださいよ。
「思い」で文を終えているのは助詞ではありませんね。
AI時代のタイパとコスパですよ
たしかに多用は読みづらい。ま、そういう界隈に触れてないがイライラする気持はわかる。
別に抵抗ないけど、心の中では最後に NO MUSIC NO LIFE みたいなのつけて何でも着地させたくなっちゃう
古文調を想起させる表現ではあるな。
AI生成では文法的に不完全な文は少ないだろうから、不完全な文はむしろ人間的と言えなくもないか
かゆ うま
言い切ると軋轢を生むから自分の意思を(少なくとも文面上)明示しない、と言う傾向に見える。
思っていて。は「、」でもいいのでは?ってときが多い
なんだか、アメブロで大量改行するのと似ている気がして。
大学の教養の授業(言語学)で習ったのは、日本語も変化していくので正しい日本語を書け!って頑なになるのではなく変化を観察して楽しもう!みたいなスタンスでいいなと思いまして。
ニンダイ構文か。「xxすることができます。xxすることも。」みたいな。
20年位前から同人BL小説でよく見た。20年前からあるにしては、そんなに広まってはいない。
助詞がついてるのはまだしも、「思い。」は連用形で終わってるじゃないか。
草野心平…
北の国から
大昔、知り合いの手伝いでタウン誌的なやつの店舗紹介文を大量に書いた時、文末を勝手に「〜してみて。」とか「〜したい。」に直されたのを思い出した。あと「〜ことも。」も多かったな。
「〇〇かと。」←これきらい!!!!!!!!何様やねん!!!!!!!軍師かお前は!!!!!!!
はてブではしょうがないかと。
吉岡秀隆です
それでいうと、「〜するなど。」みたいな、などで文を終えるやつ、ずっと気になってた◜. ̫.◝◦°
ただの口語でしょ。一時コメント等でよく見かけた「~だと思いました」の方が違和感があったよ
使おう!!!ハチワレ構文と合わせて
。を無くすと割と違和感消えると思うよ。とにかく最近。を忌避する傾向にあると聞く
私は少し前までは定期更新ゲーム(なりチャ的なもの)で遊んでたけど、なりチャ文化の女プレイヤーはこの文体が多かった。古の女子同人小説の影響と、確定ロール禁止への歪な適応かな、とコメントに打ち込んで。
言い切らないことで責任を負うことを回避する文体では。もっと昔だとやたら「~な感じ。」で終わらせていたみたいな。
生成AIの文章だと思う。
せやな
文字数たらないとこうなりがち
旧Twitter(別名X)では未だに「なう」としか言わない
区切っちゃうよね、助詞で
「〜致したく」みたいなビジネス構文の場合と、女性などの独白文体の場合とがあるわね。ブコメとかだと文字数省略のためでしょうが
確かに「個人的には〇〇だと思っていて。〜〜~」みたいなのは気になる。「個人的には〇〇だと思っているんです。〜~〜」と言ってほしい。伝わるかな。
脱字があるよ!もったいない
おまけの中身が知りたくて
“こういうツイートする当事者を探していて。 なんでこんな書き方するのか聞きたいと思い。”
〜〜だと思っていて、っていうフレーズ良く聞くよな
初っ端から助詞じゃなくて動詞で終わってるんだが / ある種の言文一致よね、しゃべり言葉書き起こしたらこんな感じだし
散文などで以前から見られるような、余韻を残す修辞法の一つだと思っていたのだが。多用して効果や目的・意図なく使うのは、確かに無意味あるいは逆効果だとは思う。
富野由悠季のフォロワーなんでしょう
関西あたりで「〜ですし」で終わる表現があって、それが気になっている
こういう感じの文章スタイルの知人がいて、文章の組み立て方が自分とは違うなと感じていた。会話形式なんだろうか。北の国からは爆笑してしまうわけで。
奈須きのこで鍛えた俺にはノーダメージ。