二階から目薬の類義語かな。
ぼた餅が顔に跳ねる画像で吹いた。江戸の長屋の狭さならそりゃ凶器になるわな
昭和・平成なら、ぼた餅を犠牲にしてでも、生でやってたはずだけど、令和のSDGsやね。
子供時代に持っていた学研の付録かなんかの「ことわざ辞典」には、食器戸棚からぼた餅を発見する人的なイメージ図が描かれていたが、本来は落下してくるんだな。
あったとしてそれは嬉しいのかは笑う。瓢箪から駒よりは実現性あるが
実際に寝ている間に餅が口の中に落ちてきたら下手すると窒息死しそう
想像しただけで、ひえってなるくらい怖いw寝てる顔の上にモノ降ってくるの恐怖だよね。
カバン掃除してたら千円札出てきたとかの方が嬉しいよね~。
危険すぎるw
そういう感じの家ならぼた餅に紛れてクモとかも落ちてきそう
まいはなかなかいいけつしてんな
これぞDPZ
ぼた餅を置いてる皿は落下しないんだろうか
いやいやいやいやいや、ラップで巻いたぼたもちが口に入っても嬉しくない(=たなぼたじゃない)でしょ。水道歴史館はしょうがないとして事務所でやらないのはデイリーポータルみがない。
窒息しそうで怖いなと思ったのは私だけだろうか。
サムネがやばい。ぼたもち現物から→引いて落下中の物体はウソで毛糸でよかった
神棚じゃないの? 江戸の長屋ならこんなちっちゃい仏壇もありうるかぁ。てか江戸の水道の歴史は確かに不思議だ、一度勉強してみたい
実験としてちょっと雑。他の人も書いてるけど事務所でやるなら周囲に落ちたときの対策はするとしてラップなんか巻かないでやってほしいしあとぜったい高すぎる。
ひょうたんからコマと同じで、ありえない幸運という意味なのでは。
なぜ「棚からぼた餅」としか書いてないのに「が勝手に落ちてきて自分の口の中に入ってくる」まで補完してしまうのだろう。「瓢箪から駒」「藪から棒」「闇から闇」どのからにもそんな意味はないのに。
神棚の餅がうまそうだな、でも取って食うわけにもいかねえし、何かの拍子に口の中に落っこちて来ねえかな、的な発想かと思ってた。
「食器棚に隠されてたぼた餅を見つけた」みたいなイメージだった。
地震であのサイズの巨大な牡丹餅が顔の上に落ちてきたら恐怖しかない
そのまま口に入ったとしても、餅だけに喉に詰まらせてしまう恐れが……
喉に詰まりそうで危険だよこんなの。誰も止めなかったの?絶対に真似しないよう注意書きをした方がいいのでは?
なぜ東京都水道歴史館・・・いや確かに長屋とか再現してるし無料で行けるからいいんだけどさ。お茶の水から行けるので2回ほど行ったことある。
記事読む前→上から落ちる餅なんて結構痛いし最悪歯が折れるんじゃ…/記事読んだ後→なんか大丈夫そうだけどマネしてケガしないようにね(マネするやつなんかいない)
神棚のぼた餅を盗み食いしたのが後でバレた人が、「寝てたらたまたま口に落ちてきたんだ」と言い訳したので、「そんな都合の良い偶然があるわけないだろ」という故事として伝わっているんだよね(大嘘)。
落下イメージになってるのは、「二階から目薬」と混ざってるんじゃ
(DPZ)「なぜ棚からぼた餅が落ちてくるのか」大真面目に実験するあたりがDPZらしくて好感が持てる。
出典となる昔話が本当に存在するのだろうか?存命の絵本作家の話があるが俗諺>絵本の順番に思える。実際の所はただ単に牡丹餅が思い掛けなくも棚にあって嬉しい、くらいの意味じゃないのだろうか。
誤飲や窒息が怖い
記事を書いた人が「棚からぼた餅」を自分の口の中に入ってくるまで補完するのは、記事に書いてある通り「昔話をもとに」しているから。AIによると江戸時代後期には口に入る話が出てくるらしい。
開いた口へ(ぼた)餅という言い回しもあり混ざっているのではないか?該当の昔話が見つからない。
奇跡レベルなのでことわざになったんでしょ/そうか、お若い方はぼた餅がわからんか。あんころ餅とも言うよ。春彼岸の時はぼた餅で秋彼岸の時はお萩。ってお彼岸はわかるだろうか。
見つけてラッキー的なことじゃないのか
普通に神棚から落ちてきたのではないだろうか(実家では小皿に載せたぼた餅を神棚に捧げていた)
口の中に落ちてくるのいうのは昔話が由来という説はよく見かけるが、その由来となった昔話はいつ頃のどこら辺で成立した昔話なのかの情報が見当たらない。
落ちてくるとは言ってない
江戸時代に落ちてきたのなら、ネズミやネコが走り回ってぶつかって落ちたとか、地震で落ちたとかの線が濃厚そうで、なんか嬉しくなさそうw
“「一番たなぼたにいいと思いますよ!」とおすすめされた棚”
棚からぼた餅、本来は「棚から不意に見つかる」なのか、「落ちて口に入る」なのか、信用できそうな説明は見つかなかった。でも口に入る方が面白いので、私は今後そう信じようと思います/石川さん、前歯お大事に。。
似た意味のことわざで「あいた口にもち」というのがあって、18世紀後半の恋川春町の「金々先生栄華夢」という黄表紙(大河ドラマべらぼうでおなじみ)にその表現がある。人気ブコメの答えになったかな?
棚を覗いてみたらぼた餅があったという話で落ちてくる訳ではないはずだが、落ちてきた方が展開としては面白くはあるので放っておこうw
私の生家では「ぼたもち」と「おはぎ」を使い分けていたが、たしかに関東で「ぼたもち」は通じなかったな。製法、少しだけ違っていたはず
棚ぼたの具体的な逸話はないが、開いた口へ牡丹餅などの類似の言い回しがある。牡丹餅は当時の高級スイーツだったらしい。
諺自体にはない "落ちる" と謂う印象は「ぼた」の語感から生じているのでは? / 本来は、棚に大事に保管してある牡丹餅が供される、と謂う意味では? (彼岸限定、甘い餡で包んだ飯と思えばかつては御馳走に違いない。)
“「棚の下で口を開けて待っていたらぼた餅が落ちてきた」という昔話をもとにしたことわざ” 最初にちゃんと語源の説明がなされてました。
「勝手に落ちてきて口の中に入る」が補完されるのは、「ぼた餅は食べてこそ効用が生じる。口ではなく床に落ちると、ぼた餅の形状ゆえにまともに食べられない。ゆえに、口の中に入るに違いない」と推論されるから。
「めっちゃ嬉しい!!嬉しいですたなぼた!!」…棚ぼたのうれしさというより、苦労が報われたうれしさが入ってそう。
ここは江戸の治水 神田上水 がわかるところだよ ブラタモリの本郷台地と一緒に見ると、理解度が深まるよ
なぜ棚からぼた餅が落ちてくるのか そのうえ口に入るなんてことがあるのか、あったとしてそれは嬉しいのか?
二階から目薬の類義語かな。
ぼた餅が顔に跳ねる画像で吹いた。江戸の長屋の狭さならそりゃ凶器になるわな
昭和・平成なら、ぼた餅を犠牲にしてでも、生でやってたはずだけど、令和のSDGsやね。
子供時代に持っていた学研の付録かなんかの「ことわざ辞典」には、食器戸棚からぼた餅を発見する人的なイメージ図が描かれていたが、本来は落下してくるんだな。
あったとしてそれは嬉しいのかは笑う。瓢箪から駒よりは実現性あるが
実際に寝ている間に餅が口の中に落ちてきたら下手すると窒息死しそう
想像しただけで、ひえってなるくらい怖いw寝てる顔の上にモノ降ってくるの恐怖だよね。
カバン掃除してたら千円札出てきたとかの方が嬉しいよね~。
危険すぎるw
そういう感じの家ならぼた餅に紛れてクモとかも落ちてきそう
まいはなかなかいいけつしてんな
これぞDPZ
ぼた餅を置いてる皿は落下しないんだろうか
いやいやいやいやいや、ラップで巻いたぼたもちが口に入っても嬉しくない(=たなぼたじゃない)でしょ。水道歴史館はしょうがないとして事務所でやらないのはデイリーポータルみがない。
窒息しそうで怖いなと思ったのは私だけだろうか。
サムネがやばい。ぼたもち現物から→引いて落下中の物体はウソで毛糸でよかった
神棚じゃないの? 江戸の長屋ならこんなちっちゃい仏壇もありうるかぁ。てか江戸の水道の歴史は確かに不思議だ、一度勉強してみたい
実験としてちょっと雑。他の人も書いてるけど事務所でやるなら周囲に落ちたときの対策はするとしてラップなんか巻かないでやってほしいしあとぜったい高すぎる。
ひょうたんからコマと同じで、ありえない幸運という意味なのでは。
なぜ「棚からぼた餅」としか書いてないのに「が勝手に落ちてきて自分の口の中に入ってくる」まで補完してしまうのだろう。「瓢箪から駒」「藪から棒」「闇から闇」どのからにもそんな意味はないのに。
神棚の餅がうまそうだな、でも取って食うわけにもいかねえし、何かの拍子に口の中に落っこちて来ねえかな、的な発想かと思ってた。
「食器棚に隠されてたぼた餅を見つけた」みたいなイメージだった。
地震であのサイズの巨大な牡丹餅が顔の上に落ちてきたら恐怖しかない
そのまま口に入ったとしても、餅だけに喉に詰まらせてしまう恐れが……
喉に詰まりそうで危険だよこんなの。誰も止めなかったの?絶対に真似しないよう注意書きをした方がいいのでは?
なぜ東京都水道歴史館・・・いや確かに長屋とか再現してるし無料で行けるからいいんだけどさ。お茶の水から行けるので2回ほど行ったことある。
記事読む前→上から落ちる餅なんて結構痛いし最悪歯が折れるんじゃ…/記事読んだ後→なんか大丈夫そうだけどマネしてケガしないようにね(マネするやつなんかいない)
神棚のぼた餅を盗み食いしたのが後でバレた人が、「寝てたらたまたま口に落ちてきたんだ」と言い訳したので、「そんな都合の良い偶然があるわけないだろ」という故事として伝わっているんだよね(大嘘)。
落下イメージになってるのは、「二階から目薬」と混ざってるんじゃ
(DPZ)「なぜ棚からぼた餅が落ちてくるのか」大真面目に実験するあたりがDPZらしくて好感が持てる。
出典となる昔話が本当に存在するのだろうか?存命の絵本作家の話があるが俗諺>絵本の順番に思える。実際の所はただ単に牡丹餅が思い掛けなくも棚にあって嬉しい、くらいの意味じゃないのだろうか。
誤飲や窒息が怖い
記事を書いた人が「棚からぼた餅」を自分の口の中に入ってくるまで補完するのは、記事に書いてある通り「昔話をもとに」しているから。AIによると江戸時代後期には口に入る話が出てくるらしい。
開いた口へ(ぼた)餅という言い回しもあり混ざっているのではないか?該当の昔話が見つからない。
奇跡レベルなのでことわざになったんでしょ/そうか、お若い方はぼた餅がわからんか。あんころ餅とも言うよ。春彼岸の時はぼた餅で秋彼岸の時はお萩。ってお彼岸はわかるだろうか。
見つけてラッキー的なことじゃないのか
普通に神棚から落ちてきたのではないだろうか(実家では小皿に載せたぼた餅を神棚に捧げていた)
口の中に落ちてくるのいうのは昔話が由来という説はよく見かけるが、その由来となった昔話はいつ頃のどこら辺で成立した昔話なのかの情報が見当たらない。
落ちてくるとは言ってない
江戸時代に落ちてきたのなら、ネズミやネコが走り回ってぶつかって落ちたとか、地震で落ちたとかの線が濃厚そうで、なんか嬉しくなさそうw
“「一番たなぼたにいいと思いますよ!」とおすすめされた棚”
棚からぼた餅、本来は「棚から不意に見つかる」なのか、「落ちて口に入る」なのか、信用できそうな説明は見つかなかった。でも口に入る方が面白いので、私は今後そう信じようと思います/石川さん、前歯お大事に。。
似た意味のことわざで「あいた口にもち」というのがあって、18世紀後半の恋川春町の「金々先生栄華夢」という黄表紙(大河ドラマべらぼうでおなじみ)にその表現がある。人気ブコメの答えになったかな?
棚を覗いてみたらぼた餅があったという話で落ちてくる訳ではないはずだが、落ちてきた方が展開としては面白くはあるので放っておこうw
私の生家では「ぼたもち」と「おはぎ」を使い分けていたが、たしかに関東で「ぼたもち」は通じなかったな。製法、少しだけ違っていたはず
棚ぼたの具体的な逸話はないが、開いた口へ牡丹餅などの類似の言い回しがある。牡丹餅は当時の高級スイーツだったらしい。
諺自体にはない "落ちる" と謂う印象は「ぼた」の語感から生じているのでは? / 本来は、棚に大事に保管してある牡丹餅が供される、と謂う意味では? (彼岸限定、甘い餡で包んだ飯と思えばかつては御馳走に違いない。)
“「棚の下で口を開けて待っていたらぼた餅が落ちてきた」という昔話をもとにしたことわざ” 最初にちゃんと語源の説明がなされてました。
「勝手に落ちてきて口の中に入る」が補完されるのは、「ぼた餅は食べてこそ効用が生じる。口ではなく床に落ちると、ぼた餅の形状ゆえにまともに食べられない。ゆえに、口の中に入るに違いない」と推論されるから。
「めっちゃ嬉しい!!嬉しいですたなぼた!!」…棚ぼたのうれしさというより、苦労が報われたうれしさが入ってそう。
ここは江戸の治水 神田上水 がわかるところだよ ブラタモリの本郷台地と一緒に見ると、理解度が深まるよ