全巻をLLMに食わせて、登場人物AIとの会話シミュレーションするとか面白いかも
宇治十帖って、たぶん二次創作で、終わり方もポストモダンで、その中に薫の未練と浮舟のリアリズムが際立って、何かいいよね。twitterで話題になる脚本の典型よね(イカれちゃってる人)。
車に慣れきった田舎の人が東京に出てきてヘロヘロになるのをグレードアップしたような感じか。1000年前だと公共交通機関も自転車もないから歩くしかないもんな。我々と基準にしてはいけない。でも20kmはキツいよな
このルートだと京都屈指の激ウマパン屋「たま木亭」の前をとおるので同じ道を辿ってみたい人は訪問必須です。 http://www.tamaki-tei.com/
坂本竜馬の家から桂浜まで歩かないと思う、、、と高知に行った時に思った
往復40キロ!?と思ったら帰りは電車とのこと、それはそうやね。あれもこれもポータルだなあと思いながら読みました。お疲れさまでした。
2ページ目の木幡山の特色感が面白かった というか濃かった ありがとうございます
現代っ子でも学校行事で数十キロ歩けちゃったりするし,当時の慣れてる人だったら普通に歩けるんだろうけど,時間はかかるわな。
ゴム底靴と舗装道路…
「対岸には、ヒロイン浮舟と貴公子・匂宮の像があった」匂宮はいらない子。匂宮は檻に入れとけ。
いい旅だなー。山越のルートだったのか、勉強になる。
(根拠はなんにもないが)そのルート選択は治安上の問題かなぁ? (現在の地図と当時の地図を重ねると解る問題かもしれないけど)。 / 体力、距離感とは別に時間感覚もあるんぢゃあなあい? 1日という時間の意味の。
陸路より途中は舟使う方が多かったんじゃないのかなと思うけど、どうなんだろ。行きは完全に下りだし。伏見から宇治あたりはほぼ湖サイズの巨椋池があったわけだし。今や全然ピンと来ないけどね
つぎは平家物語の登場人物の気持ちになるために鎌倉まで来てね。本物の盛者必衰の理をお見せします。
京都や鎌倉を歩きたく鳴った。
京都一周トレイルの伏見・深草コースとすこしかぶるのね。とちゅう、ご利益のある寺社に寄れただろうし、景色のよい山や田園は都の疲れを癒したかもしれない。現代のハイカーも10~20㎞は歩く。宇治には鳳凰堂がある
自分は清少納言派。枕草子に触発されて京都を歩いたことがあるので派閥は違うが共感する。平安の装束を着て徒(かち)ればさらに当時が偲ばれたのでは?
文章では面倒くさそうで、大和和紀大先生の『あさきゆめみし』を読んだことがあるが、あれはあれで誰が誰だかわからなくなる。田辺聖子超先生の本でも買ってくるか。
"宇治十帖では、宇治に住む姫君のもとへ都の貴公子たちが足繫く通う。更に下人を使って手紙を届けさせる。人々は、徒歩、牛車、馬などの移動手段を使って、都と宇治の間を行ったり来たり"
20kmなら一般人なら誰でも徒歩で日帰り往復できる距離。だいたい平地の整備された道なら8-10時間40kmくらい。ある歴史人物の移動を計算して歩こうと考え測ったら、片道32kmを丸一日で往復してるので躊躇してる。
25キロも歩いたのか〜。すごい!!みやび!!
こういう徒歩旅行はいいなあ.
中央の平地を通らず木幡山を通るのは、かつては中央部には大きな巨椋池があったから。JR奈良線が中央部を通らないのはそれが理由。
恋愛のコスト高すぎ問題。薫は宇治まで馬で通ってたよね。大君のこじらせためんどくささが好き。菅原孝標女は「私も大人になったら浮舟みたいな美人になって薫のようないい男を通わせてみたい」と夢想していた。
”いや、牛車でなくて徒歩だから、貴族の恋文を届けさせられる下人の気持ちか。” (笑)
次回は、平治物語の登場人物の気持ちになって、京都から宇治まで逃走して、最後は土の中に隠れるとかどうだろうか。
幕末好きは萩往還もおすすめ(一泊二日コース)https://hagi-okan.yamaguchi-city.jp/about/ ゆっくり歩くなら二泊三日コース。なお萩市から山口市平野部まで宿らしい宿は殆どない。
「剣客商売」とか読んでると「この時代の人、どんだけ歩いてたんや」と気絶しそうになる。なんか江戸時代は普通の婦女子でも荷物持って草鞋履きで時速6キロくらいで延々歩いてた、とかいう調査結果が出てたよね?
1000年前まで遡らなくとも、交通がこんなに便利になったのは精々ここ60年ほどだよ。だから昔はやたら女性(特に妊婦)には"禁域"が多かった。あれこれ方便使って山や海に女性が行かないようにしてた。
石山寺も遠いよねえ
4、5時間ならがんばって歩こうかという気にもなれるか。目的地だけじゃなくてチェックポイントがあることでモチベーションの維持もできそうだし。
歩きだと4時間はかかりましたよね?自転車だと1時間で行けますよ。
平安時代どころか戦国時代でも庶民は毎日数十km歩くの普通だったらしいからね。
源氏物語の登場人物の気持ちになりたくて、都から宇治まで約20km歩く 古典の世界は実は体力が大事?
全巻をLLMに食わせて、登場人物AIとの会話シミュレーションするとか面白いかも
宇治十帖って、たぶん二次創作で、終わり方もポストモダンで、その中に薫の未練と浮舟のリアリズムが際立って、何かいいよね。twitterで話題になる脚本の典型よね(イカれちゃってる人)。
車に慣れきった田舎の人が東京に出てきてヘロヘロになるのをグレードアップしたような感じか。1000年前だと公共交通機関も自転車もないから歩くしかないもんな。我々と基準にしてはいけない。でも20kmはキツいよな
このルートだと京都屈指の激ウマパン屋「たま木亭」の前をとおるので同じ道を辿ってみたい人は訪問必須です。 http://www.tamaki-tei.com/
坂本竜馬の家から桂浜まで歩かないと思う、、、と高知に行った時に思った
往復40キロ!?と思ったら帰りは電車とのこと、それはそうやね。あれもこれもポータルだなあと思いながら読みました。お疲れさまでした。
2ページ目の木幡山の特色感が面白かった というか濃かった ありがとうございます
現代っ子でも学校行事で数十キロ歩けちゃったりするし,当時の慣れてる人だったら普通に歩けるんだろうけど,時間はかかるわな。
ゴム底靴と舗装道路…
「対岸には、ヒロイン浮舟と貴公子・匂宮の像があった」匂宮はいらない子。匂宮は檻に入れとけ。
いい旅だなー。山越のルートだったのか、勉強になる。
(根拠はなんにもないが)そのルート選択は治安上の問題かなぁ? (現在の地図と当時の地図を重ねると解る問題かもしれないけど)。 / 体力、距離感とは別に時間感覚もあるんぢゃあなあい? 1日という時間の意味の。
陸路より途中は舟使う方が多かったんじゃないのかなと思うけど、どうなんだろ。行きは完全に下りだし。伏見から宇治あたりはほぼ湖サイズの巨椋池があったわけだし。今や全然ピンと来ないけどね
つぎは平家物語の登場人物の気持ちになるために鎌倉まで来てね。本物の盛者必衰の理をお見せします。
京都や鎌倉を歩きたく鳴った。
京都一周トレイルの伏見・深草コースとすこしかぶるのね。とちゅう、ご利益のある寺社に寄れただろうし、景色のよい山や田園は都の疲れを癒したかもしれない。現代のハイカーも10~20㎞は歩く。宇治には鳳凰堂がある
自分は清少納言派。枕草子に触発されて京都を歩いたことがあるので派閥は違うが共感する。平安の装束を着て徒(かち)ればさらに当時が偲ばれたのでは?
文章では面倒くさそうで、大和和紀大先生の『あさきゆめみし』を読んだことがあるが、あれはあれで誰が誰だかわからなくなる。田辺聖子超先生の本でも買ってくるか。
"宇治十帖では、宇治に住む姫君のもとへ都の貴公子たちが足繫く通う。更に下人を使って手紙を届けさせる。人々は、徒歩、牛車、馬などの移動手段を使って、都と宇治の間を行ったり来たり"
20kmなら一般人なら誰でも徒歩で日帰り往復できる距離。だいたい平地の整備された道なら8-10時間40kmくらい。ある歴史人物の移動を計算して歩こうと考え測ったら、片道32kmを丸一日で往復してるので躊躇してる。
25キロも歩いたのか〜。すごい!!みやび!!
こういう徒歩旅行はいいなあ.
中央の平地を通らず木幡山を通るのは、かつては中央部には大きな巨椋池があったから。JR奈良線が中央部を通らないのはそれが理由。
恋愛のコスト高すぎ問題。薫は宇治まで馬で通ってたよね。大君のこじらせためんどくささが好き。菅原孝標女は「私も大人になったら浮舟みたいな美人になって薫のようないい男を通わせてみたい」と夢想していた。
”いや、牛車でなくて徒歩だから、貴族の恋文を届けさせられる下人の気持ちか。” (笑)
次回は、平治物語の登場人物の気持ちになって、京都から宇治まで逃走して、最後は土の中に隠れるとかどうだろうか。
幕末好きは萩往還もおすすめ(一泊二日コース)https://hagi-okan.yamaguchi-city.jp/about/ ゆっくり歩くなら二泊三日コース。なお萩市から山口市平野部まで宿らしい宿は殆どない。
「剣客商売」とか読んでると「この時代の人、どんだけ歩いてたんや」と気絶しそうになる。なんか江戸時代は普通の婦女子でも荷物持って草鞋履きで時速6キロくらいで延々歩いてた、とかいう調査結果が出てたよね?
1000年前まで遡らなくとも、交通がこんなに便利になったのは精々ここ60年ほどだよ。だから昔はやたら女性(特に妊婦)には"禁域"が多かった。あれこれ方便使って山や海に女性が行かないようにしてた。
石山寺も遠いよねえ
4、5時間ならがんばって歩こうかという気にもなれるか。目的地だけじゃなくてチェックポイントがあることでモチベーションの維持もできそうだし。
歩きだと4時間はかかりましたよね?自転車だと1時間で行けますよ。
平安時代どころか戦国時代でも庶民は毎日数十km歩くの普通だったらしいからね。